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勇者(Lv99)「死にたくても死ねない死なない俺と、殺そうにも殺せない殺したい魔王」
Part8


105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2014/09/07(日) 19:46:40.40 ID:cp5pogPl0
 自分の息遣いが、いやに大きく聞こえる。
女戦士「……」
 女戦士は震える体を何とか抑えつけようと、両手で体を抱いた。
 恐れるな、恐れるな
 女戦士は、そう何度も自分に言い聞かせる。
 ある森林地帯と岩礁地帯の境目、木の影の隠れ、女戦士は先の岩礁地帯に目を向けた。
 巨大な竜の頭が、岩礁地帯の岩の上から顔を出している。
女戦士「……ッ」
 女戦士はとっさに首をひっこめた。
 いる、この先に、魔王軍が。
 女戦士は腰に下げた剣を抜くと、両手で握りしめた。
 村のみんなのために。
 殺されたって構わない。 このままのうのうと生きるくらいなら、せめて一矢報いてやる。
 女戦士は、ぐっと歯を食いしばると、木から飛び出すように身を躍らせ、岩礁地帯へ駆け出した。
 突然の雷鳴と閃光が、女戦士の聴覚と視覚を奪った。
女戦士「!?」
 光に目を細め、何とか先の景色を見る。
 その先の景色は、雷の嵐が魔物どもを紙切れのように吹き飛ばす光景であった。
 魔物の絶叫と雷鳴が空間を震わせる。
 黒焦げになった竜が、地に倒れ、大地が揺れた。
女戦士「……ッ??」
 一体何が……
 雷の雨が止んだ。
 しかし女戦士は、いまだに視界に入ってる情報を、うまく処理できずにいた。
 魔物が、魔王軍がひとりでに吹き飛んでゆくのだ。
 ある一体は突然細切れになり。ある10体は同時に胴体と下半身が分断される。
 場を支配する突風が、肉片を吹き飛ばす。
 吹き荒れる衝撃波の余波だけでも、戦地から1qは離れている女戦士が、体が吹き飛ばされないよう力まねばならないほどだった。
 また稲妻。
 そして突風。
 魔物の残骸が女戦士の横を転がってゆく。
 血しぶきが衝撃波に乗り、女戦士を頬を汚した。
 総勢1万を超えるであろう魔王軍が、次々とゴミのように吹き飛ばされてゆく。
女戦士「……なにこれ」
 女戦士はそうつぶやきながらも、謎の力に蹂躙されてゆく魔王軍から目を逸らせずにいた。

106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2014/09/07(日) 19:47:11.25 ID:cp5pogPl0
 時間にして10分ほどたっただろうか。
 女戦士は、戦場のど真ん中に立ち、あたりを見渡した。
 岩の森とも言われるこの岩礁地帯には、10メートルを超える岩石がいくつも無造作に転がっていた。
 しかし今、この岩礁地帯の一角に、岩と呼べるものはなく、砂と巨大なクレーターが点在する殺風景な景色が広がっている。
 あたりには血の匂いはすれど血や、魔物の死体もない。
 すべて原型も残らぬほどに破壊され、蒸発したのだ。
 そんな異様な破壊の跡地、その場に立つ一人の男。
 白髪を風になびかせ、どこか虚ろな目で地平線を見つめる男。
女戦士「……」
 女戦士は確信する。 この男が
 勇者なのであると。

107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2014/09/07(日) 19:47:44.09 ID:cp5pogPl0
 勇者不在の半年の間に、魔物の進撃は行われ、現状世界の7割は魔族の手に落ちた状況であった。
 しかし、解放された勇者の働きにより、魔物の勢力図は瞬く間に後退する。
 勇者は転移魔法により世界中を移動し、極限レベルの剣術と魔術で魔物に応戦した。
 魔界から無尽蔵に送られ、数を増やす魔物であるが、その数が千であろうが万であろうが、所詮下級魔族である魔物など、勇者の敵ではなく、それこそ蟻を潰すように瞬く間に駆逐されていった。
 各拠点に建造された魔族の塔も、勇者の雷撃魔法の一閃で吹き飛び、十万の数で進軍していた魔王軍も、たった一人の勇者を前に、一時間と持たず全滅した。
 しかし勇者は、ただの一度も魔王城へ近づこうとはしなかった。

108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2014/09/07(日) 19:48:17.04 ID:cp5pogPl0
女戦士「やーみんな、ただいまー」
 女戦士は朗らかに笑いながら、村の人々に手を振った。
 広間に集まっていた村人たちが、一様に驚きの目で、女戦士を迎えた。
村人(男)「お……女戦士! お前無事だったのか!」
 村人たちの中から、一人の若い男が前へ出る。
女戦士「まーねー、私にかかれば楽勝? みたいな」
村人(男)「ばかやろう! 村のみんながどれだけ心配したと思ってんだ!」
女戦士「もー、そんなどならないでよう、朗報を持ってきたんだから!」
村人(男)「朗報……?」
女戦士「そうよ! 魔王軍は全滅した! これで村を手放さなくてすむよ! みんなの畑も大丈夫!」
 女戦士は満面の笑顔と共にVサインを作った。
「!」
 衝撃が村人たちに走り、それは大きなどよめきに変った。
 魔王軍が?
 まさか
 いやでも
 信じられない
村人(男)「……お前ついに頭おかしくなったのか?」
女戦士「あー、やっぱり信じてくれないか、じゃあ証拠を見せるよ!」
村人(男)「証拠?」
女戦士「そう! こちらにおわす勇者様こそ、魔王軍を倒してくれた張本人なのです!」
 女戦士はそういうと、大げさに手を振り、後方に立つ男を示した。
村人(男)「勇者…」
 村人たちの視線が、一斉に女戦士の後方へと注がれる。
 そこに立つのは、腰に一振りの剣を携え、布の服をきている痩せた男だった。
 何よりも目を引くのはその白髪だ。まだ若い風体だというのに、その髪だけは、一本残らずすべて白一色であった。その下、どこか疲れ切った目がどんよりと中空を見つめている。
 勇者には……見えない。

109 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2014/09/07(日) 19:49:30.98 ID:cp5pogPl0
村人(男)「本当に……勇者なのか?」
 村人(男)は、疑わしげな視線を、勇者へ向ける。
女戦士「ほら、勇者様、なんか証拠だして、このままじゃ村のみんなが信じてくれないよう」
 女戦士は、ぼそぼそと勇者にささやく。
勇者「……わかった」
 勇者が答えると同時、勇者の額に光り輝く太陽の紋章が浮かび上がった。
村人(老婆)「おお……」
 勇者様…
 勇者様だ……
 間違いない
 女神信仰の中でも象徴的な太陽の紋章。
 その紋章が刻まれたものこそ勇者であることを知らないものは、この世界には存在しない。
 この紋章を見せれば、大抵のことは叶った。
 紋章を見せれば、王や平民などどんな階級の人物からも情報を得ることができた。
 それほどまでに絶大な信頼性を有する紋章である。
勇者「魔王軍は壊滅させた、だから安心して、ここに住むといい」
 その一言に、村人たちがひれ伏す。
 ありがとう、ありがとうございます
 感謝の言葉、しかし勇者はその言葉に、内心顔をしかめる。
 勇者は、踵を返すと歩き出す。
女戦士「ちょっと、どこへ行くの?」
勇者「用はもう済んだだろ? 俺は帰る」
女戦士「そんなつれないこといわないでよう、お礼もまだだし、合わせたい人がいるの」
 女戦士はそういうと、勇者の腕にしがみつく。
勇者「……放っといてくれ」
 勇者が女戦士へ言葉を放つ。有無を言わせぬ迫力を含んだその声を、女戦士は
女戦士「ヤダー、放っときません、とにかく来て! ね? ね?」
 さわやかな笑顔と共に吹き飛ばした。
勇者「??」
 勇者は面食らった顔になる、このやり取りに、とんでもない違和感を感じたからだ。
 違和感…一体なにが
勇者「うわっ おい!」
 ぐんと引っ張られ、勇者の思考が途切れた。

110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2014/09/07(日) 19:50:12.49 ID:cp5pogPl0
 勇者の腕を抱いたまま、女戦士は勇者を無理やり引きずってゆく。
 村人達も茫然とその姿を見送っていた。
村人(男)「相変わらずだな……あいつは」
 村人(男)は苦笑する。
 あいつの前では、勇者だろうが、なんだろうが、関係ないのか
女戦士「ただいまー」
 勇者の腕を片腕に抱いたまま、女戦士が自宅の扉を開いた。
男の子「お帰り…おねーちゃん」
 ベットで横たわる小さな男子が、弱弱しい笑顔で出迎えた。
勇者「……」
女戦士「もう聞いて、おねーちゃんすごい人と知り合いになったの! 誰だと思う?」
男の子「えー誰かなぁ、コホ、コホ」
 男の子は小さく咳こむ。
勇者「……特有の疫病かなにかか?」
 毒や、病気、感染症なら村の神父が直すことができる。 この世界で病弱で床に伏せている人間など、勇者は今まで見たことがなかった。
女戦士「ううん、もともと、体が弱いの」
勇者「……」
 その一言に、勇者は眉を寄せる。
弟「お姉ちゃん、誰?」
 弟が、姉と話し込む男を見、そう尋ねる。
女戦士「あー気づいちゃった?」
弟「いや、そんなに堂々とされたら誰でも気づくよ…」
女戦士「なんと! この方は! あの! 伝説の! みんなの憧れ! 勇者様なのです!!」
弟「え」
勇者「!」
弟「わー、すごい…本物なの?」
女戦士「本物本物! 直に戦いを見た私が言うんだもん! 剣の達人である私が何が起こってるかわからなかったんだから間違いないって」
弟「剣の達人っていうのは引っ掛かるけど、そこまで言うなら本物なんだね…」
勇者「…」
弟「ねぇ、お姉ちゃん」
女戦士「ん?」
弟「ちょっと…勇者様と、二人で話をさせてくれないかな」
女戦士「え? なになに? 内緒の話?」
弟「うん…ちょっと男同志で話がしたいんだ、お願い」
女戦士「えー、気になるなぁ、まぁいいか、可愛い弟の頼みだし、お姉ちゃんは買い物がてら退散するとするよ」
弟「ありがとう」
女戦士「いーえ、ごゆっくり」
 女戦士は、そういうと扉を開け、外へとでた。
 扉が閉まる。
女戦士「……」

111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2014/09/07(日) 19:57:43.55 ID:cp5pogPl0
 しばらくの沈黙の末、勇者が口を開く。
勇者「……わざとらしいな」
弟「! ……あのっ」
勇者「他言する気はない」
弟「!」
勇者「これで、満足か?」
弟「…やっぱり、気が付いてたんですね」
勇者「……どうやって、神父をごまかしてる?」
弟「……うちは、祖父の時代からずっとこうなんです。 その縁で、目をつぶってもらっています」
勇者「危ういな、小さな村なら誤魔化せるかもしれないが…いつばれてもおかしくない、そうなったら、身の安全は保障できないぞ」
弟「…僕も、姉も覚悟の上です」
勇者「……本当か? 君は見たことがあるのか? 背信者の末路を、俺も何度か見たことがあるが、酷いもんだった」
弟「……っ」
勇者「その時になったら、君たちは後悔するだろう」
勇者「…こんなバカげたことに命をかけるぐらいなら、いっそ入信すればいい、神父とパイプがあるようだし、こっそり洗礼を受ければそれで済む、そうすれば君には神系魔法が効くようになり、その不自由な体も全快…いや、今まで以上に快適な生活ができるはずだ」
弟「……」
勇者「姉に迷惑をかけることもないだろう」
弟「!」
勇者「君が言い出せずにいるなら、俺から言ってやってもいい、そんな不自由な体は苦痛だろう? 」
弟「……」  
勇者「どうした? さきほどから黙っているが、何を悩む必要があるんだ? メリットしかないように思うが?」
弟「……理屈では…ないのです」
勇者「!」
弟「この体が、姉に迷惑をかけていることも知っています、でも……もう知ってしまったから」
勇者「…知った? 何を?」
弟「入信している人たち…女神を信仰している人たちの気持ち悪さ……です」
弟「勇者様は、おかしいと思いませんか? 何かに憑りつかれたように女神を信仰する人たちを……あの姿を見ていると……自分が自分じゃなくなるようで…怖いのです」
勇者「…」
弟「勇者様にこんなことを言って、僕は天罰が下りますかね」
 弟をそういって力なく笑う。
勇者「……そんなことはしないさ、ただ、一つ聞かせてくれ」
勇者「なぜ、俺にこんな話をする気になった? 下手すれば殺されているぞ」
弟「……女神様の使いともいえる勇者様ですけど…なんだか、他の人と違うように見受けられたので…」
勇者「ほかの人と違う? よく意味がわからないな、どういう意味だ?」」
弟「……このどこか変な世界を……勇者様なら変えてくれる……予感……?」
 とぎれとぎれに、何かを確認するように弟は言った。
勇者「…まぁいい、君たちのことは黙っておくさ、それに…面白いこともわかった」
弟「?」
 勇者は立ち上がると、家を出た。

112 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2014/09/07(日) 19:58:09.24 ID:cp5pogPl0
女戦士「……!」
 扉を開けたすぐ横で、腰の剣に手をかけた女戦士と目があった。
勇者「…騙しうちでどうにかなると思ったのか?」
女戦士「……まっさかー、ただ、このまま帰して大丈夫かなーって思っただけよん」
 女戦士はそういって悪戯っぽく笑う。
勇者「村人から、襲われそうになったのも、初めてだよ」
 勇者はそういって苦笑する。
女戦士「あら、そうなの?」
勇者「ああ、恥ずかしい話、今まで考えもしなかった、こんな人間がいる……いや、こんな人間になれるんだな」
女戦士「…ん?」
 女戦士は、言葉の意味がつかめず、眉を寄せる。
勇者「ずっと、避けてた、勝てないと思ったから、もう万策尽きたと思った」
女戦士「??」
勇者「だけど、君たちのおかげで、俺はまた、挑むことができそうだ」
女戦士「えーっと、勇者さん?」
勇者「ーーヤツらを倒す策を、思いついた」
 勇者は、口にした、今まで口にできなかった言葉を、いまこの時確かに口にしたのだ。
女戦士「え? 今、なんて?」
勇者「ありがとう、君たちのことは他言しないから安心してくれ」
 勇者はそういってほほ笑むと、転移魔法で飛び去って行った。
 女戦士は勇者の消えた空を唖然と見あげる。
 空を駆ける勇者、その目は、失いつつあった光が輝きを取り戻していた。

113 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2014/09/07(日) 19:59:27.79 ID:cp5pogPl0
 山奥の洞窟、勇者はそこでひたすらに待った。
 ここで来るかどうか、それが、何よりも大事だった。
 女神の信徒には、ある特徴がある。
 あの姉弟に出会い、勇者が気が付いたことである。
 王子としての生活、そのあとすぐに勇者としての生活が始まった。
 そんな勇者だからこそ、この異常事態に気が付かなかったのだ。
 しかしここで、疑問が一つ生じる。
 今までの冒険を思い返せば、共通点は見えてくる、しかし明確な違いを確信できるほどの情報が今の勇者には不足していたのだ。
 可能性は十分にある。
 思い当たる節もある。
 しかし、確信に至るほどの情報ではない。
 これが、何よりも大切なのである。
 これがもし、成功するのであれば…
 大きな希望が見えてくる。
 勇者の頭に閃いた策の成功率が格段に上昇する。
 だから来い
 勇者は洞窟の岩に腰掛け、ただひたすら待つ。
 そしてーー
 足音、すたすたと、一定のリズムで、その者は来た。
僧侶「…うー」
 僧侶は、意思のない瞳を彷徨わせながら、勇者の前で足を止めた。
勇者「……」
 ここは王国から300キロメートル離れ、四方を海に囲まれた孤島の洞窟である。
 心の壊れた僧侶が、この場所に現れた。
 それにはどれほどの苦労があっただろう。
 それは想像に難くない。
 しかし僧侶は来た。
 勇者は、込み上がってくる感情を御しきれず口元を釣り上げた。
 勇者が洞窟にこもって五日後のことであった。