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勇者(Lv99)「死にたくても死ねない死なない俺と、殺そうにも殺せない殺したい魔王」
Part6


74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) :2014/09/06(土) 22:55:30.22 ID:wtpJ9iTZ0
……
 勇者は、目を覚ました。
 場所は…牢獄の中、格子の向こう側に毒々しい色の花が見える。
 勇者は、戦慄した。
 この場所で明瞭な意識があることに、こちらに手をかざす神父の姿に、その傍らで無表情にこちらを見下す魔王に
 勇者は視線を自分に向ける。砕け散った装備の破片が床に散乱している。 解呪呪文で装備をはがされたのは明らかだ。
…と、いう事は…
神父「すまない…勇者」
 猿ぐつわをかまされた口を開き、勇者は、愕然とした表情で神父の男を見つめた。
 信じられなかった、女神に忠誠を誓った神父が、解呪魔法を会得すほどに信仰深い神父が、魔王に寝返るなど…
 神父は勇者の心臓に手をかざす。
 勇者は知っていた、その行為の意味を
 心臓に注がれる微弱な聖魔法
 それが心臓にポンプされる血流にのって全身を行き渡り、体内のオルガを死滅させた。
勇者「……ッ」
 体のだるさが嘘のように消えてゆく。
 勇者はただ茫然と神父の男を見つめていた。
 今になっても信じられない。
 この目が見たものを確信できない。
 なぜ? なぜ? なぜ?
神父「……」
 神父は勇者の視線か逃れるように顔をそらすと、口を開いた。
神父「私は…間違っていない…女神様は…見てくださっている……」
勇者「!?」
神父「勇者…これからあなたに与えられる試練を乗り越えれば、きっとあなたも私のことをわかってくれるだろう…………」
 神父はそれだけつぶやくと、逃げるように牢から出て行った。
 神父とすれ違うように魔王が勇者の前に立つ。
勇者「ッ」
 勇者は魔王を睨む。
 そんな勇者に対し、魔王は不敵な笑みを浮かべた。

75 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2014/09/06(土) 22:57:10.52 ID:wtpJ9iTZ0
 魔王に寝返りながら、なぜあの神父は神系魔法が使えた?
 わからない
 少なくとも神父は、女神様への信仰を捨てずに、魔王に従ったことになる。
 どうやって?
 わからない
 ……なぜ女神様は……神父に力を与え続けている?
 わからない
 捉えられてから二日が過ぎた、拷問はない……何もしてこない、なぜ?
 わからない
 神父の最後の言葉の意味は…
 …わからない
 わからないことが多すぎた
 勇者はただ恐怖した。
 ガチャリと牢が開く音がした
 勇者はビクりと、視線を上げる。
魔王「勇者、元気そうだな」
 魔王…その傍らには、若い女がいる。
 女は恐怖と戸惑いの入り混じった表情を浮かべながら、あたりを見渡している。
 勇者はこの女に、見覚えがあった。 かつて旅の途中で救った村の娘だ。
魔王「この女に、貴様の面倒を見てもらう」
勇者「……?」
魔王「入れ」
女「ヒッ」
 女は、勇者のいる牢の中に突き飛ばされた。
 牢が閉まる。
魔王「せいぜい世話をしてもらうといい」
 魔王はそういうと、踵を返し去って行った。

76 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2014/09/06(土) 22:58:15.14 ID:wtpJ9iTZ0
勇者「……」
女「……」
 勇者は、女を見る。
 痩せた、頬のこけた女、その女は目を合わせると、弱弱しく微笑んだ。
女「勇者様…こんな形ですが、またあえて光栄です」
勇者「…」
 勇者は、猿ぐつわを外すよう目で促す。
女「勇者様、残念ですが、それはできません、勇者様からは見えませんが、それ鉄で錠がされとります」
勇者「……」
女「それにおらの親兄妹が人質になっとります、ただおらは、勇者様の世話ば仰せつかっただけです」
勇者「……」
女「ふつつかもんですが…よろしくおねげぇします」
勇者「……」
 勇者は、またわけがわからなくなった。

77 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2014/09/06(土) 22:59:50.26 ID:wtpJ9iTZ0
女「勇者様……、ささ」
 女はスプーンに救った粥を、勇者の猿ぐつわの方へ差し出す。
 勇者の口を拘束している猿ぐつわは、中央に貫通した穴があり、そこから食物を通すことができた。
 穴を通して流し込まれる粥を、勇者は飲み込む。
 毎日一度、勇者と女がいる牢獄には食事が出された。 
 毎日変わらず、二枚の食器に粥が乗せられている。 味のない粥であり、ただ栄養を取るためだけのものだ。
 両手両足を拘束された勇者は、それを女の介護を借りて食べていた。
 そんな生活を続けて三日、その日、勇者は気が付いた。
女「ささ、勇者様」
 女の差し出す粥を、勇者は首を振り拒んだ。
女「勇者様…まだ半分しか食べておりませんよ」
勇者「……」
 違う、勇者は気が付いていた。 二枚の食器に入れられた粥、女はそれを取るとき、隠れるように自分の分を勇者の食器に移していることに。
 それでも少なすぎる量だ。
 痩せた女を、勇者を目で制した。
女「……お気づきになりましたか」
勇者「…」
 勇者はうなずく。
女「お優しい……こんな状況でも、勇者様は…やっぱり優しいのですな」
勇者「…」
女「勇者様…おらを覚えておいでですか?」
 女の問いに、勇者はうなずいた。
女「ほんまですか…うれしかぁ」
 女は顔をほころばせた。
勇者「……」
女「魔物に困ってたおら達を、救ってくださった恩、微々たるもんですが…返させてくだせぇ」
勇者「…」
 勇者は首を振り、女をにらむ
女「……勇者様」
勇者「……」
女「…ありがとうございます」
 女は、あきらめたように、粥を自分の口へ運んだ。
 二週間が、何事もなく過ぎた。
 そしてその日は訪れた。

78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2014/09/06(土) 23:01:19.24 ID:wtpJ9iTZ0
 声が、聞こえる、うごめくような、いびきのような声
 牢屋に響く声。
 その正体を、俺は知っている。
 勇者は、猿ぐつわを食いしばり、苦悶の表情でその声を聴き続けた。
 牢が、開く。
魔王「入れ」
少女「……」
 ぶるぶると体を震わせながら、まだあどけなさの残る少女が勇者の牢に入った。
勇者「……ッ」
 勇者は、目を見開き、魔王を見た。
魔王「貴様が信仰を捨てれば、今すぐにでも解放してやる」
 魔王はニタリと笑うと、牢を後にした。
少女「いびき…?」
 牢に響く声に、少女は怪訝な顔でそうつぶやいた。
 違う
 勇者は否定する。
 この声の主は、昨日まで自分の世話をしてくれた女だった。
 昨日、魔王が牢を訪れ、そして
 そして……
 魔力で女の体を無理やりゆがませ、球体の肉団子に変えたのだ。
 痛覚はそのままに、だ。
 一度経験したことのある勇者はわかる。
 その苦痛は、想像を絶する。それが継続して続くのだ。
 生きている限り、魔王が解こうとしない限り。
 この声も、最初は悲鳴のように力強かった。
 しかしそれも今、うめくような軋んだ声に変っている。
 肉団子になった女は、牢の奥に移動させられた。
 ただ声だけが、勇者の耳に入るように。
 苦痛の声が。
 あの優しい人を……
 俺が信仰を捨てるまで。
 魔王はこれを繰り返すのだろう。
 次はこの少女というわけだ。
 この少女にも見覚えがある。
 やはり、かつて救った町の子供だ。
少女「……勇者さま…せっかく救っていただいたのに…こんな形で再開してしまい、申し訳ありません」
 少女から感じられる優しさに、勇者はただ震えた。

79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2014/09/06(土) 23:04:27.03 ID:wtpJ9iTZ0
……
 声がする
 無数の声が
 5人の肉団子の合唱
 胸が張り裂け、頭がどうにかなりそうだった。
 なぜ自分は何もできないのだろう
 なぜ……女神様は助けてくれないのだろう
 皆優しい人間なのだ、こんな苦痛を受ける咎などない、普通の…優しい
 なぜ……なぜ……なぜ…

80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2014/09/06(土) 23:08:30.23 ID:wtpJ9iTZ0
 うめくような声が響く牢屋、勇者のいる牢が開いた。
 勇者はビクりと、魔王を見た。 今回は一人のようだった。
 勇者の頬はこけ、髪はストレスから白く染まっていた。
 痩せ細った体は常に震えている。 精神状態に異常をきたしているのは明らかだ。
 しかし、信仰は捨てない。
魔王「貴様がここにきて、もう半年か?」
 魔王は、憎々しげに勇者を睨んだ。
魔王「本当の勇者なら、皆を救うため、自己犠牲をするものではないのか?」
勇者「……」
 勇者はただ震え、うつろな瞳を上下させた。
魔王「……」
 そんな勇者の姿に、魔王はため息を吐いた。
魔王「勇者、少し話をしようか」
勇者「!」
魔王「余は、魔界から来た」
勇者「…」
魔王「魔界には、魔王が余のほかに12名いる」
勇者「……!」
魔王「恥を覚悟で言おう、余はその魔王たちの中で最も弱い」
勇者「!!??」
魔王「嘘ではない、事実だ、他の魔王にかかれば、余など片腕で瞬殺される」
勇者「……っ」
魔王「まぁ、それだけ弱い余だからこそ、《この》人間界に来ることができたのだがな」
 魔界と《この》人間界をつなぐゲートを通るには、内包する魔力量に上限があった。伝えられる情報量に限度があったのだ。
魔王「だから余は今、《この》人間界に対し干渉し、他の魔王が通れるようゲートの拡張を行っている」
勇者「……」
魔王「わかるか? 勇者、さらに言えば、今余を倒し、ゲートの拡張を防いだとしても、魔界の技術向上によっては、いつ他の魔王たちが人間界に侵攻してもおかしくないのだ」
魔王「余ごときにこの様である貴様に、他の12人の魔王を倒せるのか?」
勇者「……ッ」

81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2014/09/06(土) 23:09:19.84 ID:wtpJ9iTZ0
魔王「もう一つ、話しておこう、女神についてだ」
勇者「!」
魔王「そもそも、なぜ余が人間界に攻撃を仕掛けるかわかるか?」
魔王「女神…神族の力は、人間の信仰心から得られるからだ」
勇者「…!」
魔王「魔族はな、鼻から人間界の支配など興味はないのだよ、神族の家畜を駆除し、力を弱めたところを叩く作戦なのさ」
勇者「……」
 家畜、その言葉が、いやに耳に残る。
 家畜だから…助けてくれない?
 家畜だから…こんな目にあっても、細々構っていられないってことか?
 いや、だとしたらおかしいはずだ、いうなれば人間は食糧、それが今なくなろうとしているときに、神が干渉してこないのはおかしいではないか
魔王「一つ言っておくが、神は干渉しているぞ」
 勇者の思考を読み取ったかのように、魔王は言った。
勇者「!」
魔王「人間界が一つだけだとでも思ったのか?」
勇者「……!?」
魔王「より人口の多い世界では、神の使いである天使と魔物が熾烈な戦いを繰り広げている、この世界は、数ある人間界の中でもっとも小さい世界だ」
勇者「……ッ」
魔王「神はこの世界をとっくに見放しているのさ、だからこそ、余はここで人間界の研究が行えているわけでもあるがな」
勇者「……」
魔王「いかに自分が小さい存在か、わかったか?」
勇者「……」
魔王「さて、本題に入ろう」
 魔王はそういうと、片手を上げた。
 うめき声を上げる肉団子が、魔物に運ばれ牢の前に並べられる。
勇者「…っ」
 魔王がパチンと指を鳴らすと肉団子が人間の形へと戻った。
 皆ぐったりしている。
 突然の苦痛からの解放、しかし、体は震え、うまくコントロールできないようだった。
 そんな中で、最も長い期間肉団子として過ごしてきた女が、弱弱しく勇者を見、そして言った。
女「勇者…様……助げて…」
勇者「っ」
魔王「連れて行け」
 魔王の命令を受け、魔物が五人を引きずっていく。
魔王「勇者、一日待つ、明日、信仰を捨てていれば、あの者どもは生かしたまま元の村に返そう、約束する」
勇者「……ッ」
魔王「もし、信仰を捨てていなければ、五人はまた肉団子だ、そしてまた、貴様に恩のある者をさらい、ここに連れてくる、貴様が信仰を捨てるまで、何度でもだ。 わかったな?」
 魔王はそれだけ言うと牢を後にした。

82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2014/09/06(土) 23:11:15.01 ID:wtpJ9iTZ0
勇者「……」
 女神にとって
 神にとって、俺たちは家畜……
 だから、助けない
 善人だとか、そういうのは関係ないと
 ただ、信仰さえあれば……
 だから、勇者なんて存在を作っただけであとは放置か
 こんなに苦しいのに
 あんなに努力したのに
 女神を信じて
 僧侶は心壊した
 俺を解呪した神父は歪んだ
 今、あの神父の言葉の意味がわかった気がした
 女神様は無意味な試練を与えない
 女神を信仰する者が、一番最初に教えられる言葉だ。
 なぜなら女神は、人々を幸福にするために存在するから
 だから……この先に、自分の行いの先にも幸福が待っていると……あの神父は、信じたのだ。
 その気持ちもわからないではない。 神父が動くことで助かる命がある。
 目の前で地獄の苦しみを味わっている人々を、神父の行いで救うことができるのだ。
 俺も、同じ立場だったら、そうしたかもしれない。
 だから神父は、自分の中の信仰を捨てることなく魔王に手を貸すことができた。
 女神の慈悲の心を信じ、目の前で苦しむ人々を救ったのだ。
 勇者は自嘲する
 この局面で魔王に手を貸すことが、この人間界にとってどれほどの損害になるか、わからぬ女神ではあるまい。
 しかし、神父は神系魔法を使うことができた。
 それがすべてだ
 そう思った。