Part9
209 :
◆qj/KwVcV5s :2016/02/16(火) 16:16:22.56 ID:qK0/Hpfto
メイド長「く…………」
勇者「メルナリアさん!」
魔貴族3「水属性のドラゴンに炎は痛かろう」
魔貴族1「ふん。人型の状態で何ができる」
魔貴族2「ドラゴンの姿に戻ってから出直すのだな、田舎者めが」
魔貴族3「さて……」
勇者(自分の身くらい自分で守ってみせる)
魔貴族1「一撃であの世に送ってくれるわ!!」
勇者「っ!」
勇者(……あれ?)
勇者(魔術が……発動しない!?)
210 :
◆qj/KwVcV5s :2016/02/16(火) 16:17:13.05 ID:qK0/Hpfto
体内の魔力に流れを作ろうとすると、体中に痛みが走った。
勇者「あ…………」
メイド長「エミル……様……!」
魔王「何をしている」
魔貴族1「!?」
魔貴族2「魔王陛下!?」
魔王「妙な魔力を感じて来てみれば……」
周囲の空気は凍るように張り詰めた。
魔貴族3「こ、これは」
魔王「………………」
魔王「……貴様等は全員大陸外へ追放する」
魔王「もう二度とこの大陸の土を踏めると思うな」
211 :
◆qj/KwVcV5s :2016/02/16(火) 16:18:05.31 ID:qK0/Hpfto
勇者(腰が抜けて動けない……)
魔王「エミル! 怪我はないか!?」
勇者「ぼくは無傷です……。でも、メルナリアさんが……」
執事「ちょっと陛下ー! 仕事中に突然走り去るなんて一体何事ですか!」
メイド長「陛下……私がついていながら……申し訳ございません」
執事「! ……これは酷い。すぐに治療します」
魔王「……メルナリアを頼む」
魔王はエミルを抱きかかえてその場を去った。
212 :
◆qj/KwVcV5s :2016/02/16(火) 16:19:19.74 ID:qK0/Hpfto
魔王「エミル……間に合って良かった……」
勇者(このぎゅっとされてる感じ……あの時とおんなじだ)
勇者(雪の魔族に殺されそうになった時と、おんなじ)
魔王「エミル……エミル……」
魔王はエミルを横抱きのまま強く抱きしめた。
勇者(何で……何で、こんなにぼくのこと大事そうにしてるんだろう)
勇者(ぼくにあんなことしたくせに)
魔王「私が普段から貴族共の忠誠心を得られていないせいだ」
魔王「すまなかった」
勇者「…………」
魔王「……魔術を発動できなかったのだな」
勇者「……はい」
213 :
◆qj/KwVcV5s :2016/02/16(火) 16:20:26.09 ID:qK0/Hpfto
ーー魔王城・テラス
日は沈みかけている。
魔王「……前の戦いで、お前は魔術を使いすぎた」
魔王「魔族の血が封印された今の体は、強大な魔力を扱えるほど丈夫ではない」
勇者「…………」
魔王「負担をかけすぎたのだ。数ヶ月は小さな魔法も発動してはならない」
勇者「…………」
魔王「当分私の傍を離れるな」
勇者「………………」
魔王「嫌、かも、しれないが…………」
勇者「………………」
魔王「……………………」
魔王「……私が聞くべきことではないかもしれないが」
魔王「お前は、人間が憎くはないのか」
214 :
◆qj/KwVcV5s :2016/02/16(火) 16:21:00.37 ID:qK0/Hpfto
魔王「人間の社会はお前を拒絶したのだぞ」
勇者「……何の負の感情も持っていないと言えば、嘘になります」
勇者「でも、ぼくのこと、認めてくれた人もいっぱいいました」
勇者「仲良くしてくれた人も、いっぱいいました」
勇者「だから、憎んだりする暇があるなら、もっと、他にできること、あるはずなんです」
魔王「…………そうか」
勇者「……ぼくのこと、化け物呼ばわりする人は、魔族にだっています」
勇者「人間からも、魔族からも拒絶されるのなら、ぼくは一体何処に行けばいいの……?」
勇者「ぼく……生きてちゃいけないの?」
魔王「…………!」
215 :
◆qj/KwVcV5s :2016/02/16(火) 16:21:32.58 ID:qK0/Hpfto
勇者「死にたくなんて、ないのに」
勇者「死にたいって、この頃ふとした瞬間に思ってしまうんです」
勇者「せっかくお母さんが育ててくれた命なのに……」
勇者「お母さんがくれた命、いろんな生き物から命をもらって生きてきた命なのに、」
勇者「やだ……ぼく……生きていたいのに…………」
エミルの涙に夕陽が反射した。
魔王「……私がお前の居場所を作ってやる!」
魔王「私が一生お前を守って……」
魔王「…………私にこのようなことを言う資格はないな」
魔王「お前を守りたいのに……傷付けることしかできていない」
216 :
◆qj/KwVcV5s :2016/02/16(火) 16:22:42.46 ID:qK0/Hpfto
魔王(あの夜は一度挿れるだけで精一杯だった)
魔王(最後まで終えることができたなら、あるいは……)
勇者「っ……!」
勇者「待って!」
魔王「……」
勇者「お願い……キスだけは、許して……」
勇者「キス……だけは……好きな人と、したいんです……」
魔王「想い人がいるのか……?」
エミルは頷いた。
勇者「顔も、名前も……何も、思い出せないけど……」
勇者「初恋の男の子……いたはず、なんです…………」
勇者「思い出したくて思い出したくて仕方がなくて、とっても会いたいのに……」
魔王「っ……!」
魔王「…………そうか」
Now loading......
217 :
◆qj/KwVcV5s :2016/02/16(火) 16:23:11.48 ID:qK0/Hpfto
kokomade
219 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/02/16(火) 20:30:25.28 ID:JTfd1+Ps0
otu
220 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/02/17(水) 09:26:54.66 ID:feidIa5Ko
love desune
otu
221 :
◆qj/KwVcV5s :2016/02/17(水) 13:18:31.43 ID:qmM4/jhSo
勇者『お母さん』
勇者母『どうしたの、エミル』
勇者母『また眠れないの?』
勇者『一人じゃさみしくてねれないの』
勇者母『もう、仕方のない子ね。もう七歳でしょ?』
勇者『むぅ』
勇者母『おいで。一緒に寝てあげるわ』
勇者『わあい!』
勇者母『エミルは本当に甘えん坊ね』
勇者(お母さんにあたまなでなでしてもらうと、とってもあんしんできるの)
勇者『お母さん、あったかあい』
Section 8 温もり
222 :
◆qj/KwVcV5s :2016/02/17(水) 13:18:57.39 ID:qmM4/jhSo
翌朝
勇者(……あったかい)
魔王はエミルの頭を愛おしそうに撫でている。
勇者(お母さんに撫でてもらってるみたい)
ーーーーーー
ーー
魔王『痛いか? ……苦しいか?』
魔王『……すまない。ごめんな、ごめんな』
ーーーーーー
勇者(魔王は何回も謝ってた)
勇者(謝ったところで、ぼくの体が元通りになるわけでもないのに)
勇者(……途中で、胸の奥の方がとても熱くなった)
勇者(魂が弾け飛んじゃうのかなってくらい)
勇者(ぼくの魂に何かが封印されていることは確かみたいだった)
勇者(でも…………)
223 :
◆qj/KwVcV5s :2016/02/17(水) 13:19:46.71 ID:qmM4/jhSo
魔王「…………」
魔王はまたしても頭を抱えている。
執事「……どうだったんですか」
魔王「……ぁ……った…………」
執事「聞こえませんよ」
魔王「駄目、だっ……た…………」
魔王「前の時……よりは……封印が解けかける兆候が……強く見られたが…………」
執事「終われば元通りと」
魔王「結局……エミルを……更に深く傷付けた……だけ……だった…………」
魔王「わた、しは…………彼女を…………傷付けることしかできない…………」
執事「やはり何か他に条件があるのでしょう」
魔王「一体……何が足りないというのだ……」
執事「とりあえず紅茶でも飲んで落ち着いてください」
魔王「死にたいと、この頃ふとした瞬間に思ってしまうんだ……」
執事「何言ってるんですか。しっかりしてください」
224 :
◆qj/KwVcV5s :2016/02/17(水) 13:20:13.14 ID:qmM4/jhSo
ーー浴場
勇者(やっぱりぼく本当に魔族なのかなあ)
メイド長「背中をお流しいたしますわ」
勇者「メルナリアさん……」
勇者「あんなに酷い火傷をしてたのに……もう、大丈夫なんですか?」
メイド長「ええ! 優秀な治療師のおかげで傷痕一つ残っておりませんわ!」
勇者「……ごめんなさい。ぼくのせいで、痛い思いをさせてしまって」
メイド長「私の力不足が招いた事態です。決してエミル様のせいではございませんわ!」
メイド長(少しずつ光を取り戻していらっしゃったというのに、)
メイド長(また……エミル様の緑色の瞳は曇ってしまわれた)
勇者(……本当に魔族になったところで、ぼくはどんな人生を歩めばいいんだろう)
勇者(素敵な恋愛をして、幸せな結婚をして、可愛い孫の顔をお母さんに見せる)
勇者(そんな将来の夢だって、もう叶えられないのに)
225 :
◆qj/KwVcV5s :2016/02/17(水) 13:20:39.92 ID:qmM4/jhSo
ーー魔王の書斎
勇者(本当に一日中一緒にいるつもりなのかな……)
執事「あとこの書類五百枚にサインをお願いします」
魔王「……そんなにあるのか」
執事「昨日サボった分も含まれていますから」
魔王「…………」
勇者(一人になりたい)
勇者(幸いこの部屋にも本がたくさんあるし読書に集中しよう)
魔王「……肩を揉んでくれ」
執事「はい」
勇者(魔気を抑えてたら肩がこるんだっけ)
勇者(……メルナリアさんやコバルトさんもずっと抑えてるし、大変だろうな)
226 :
◆qj/KwVcV5s :2016/02/17(水) 13:21:06.55 ID:qmM4/jhSo
メイド長「紅茶と焼き菓子をお持ちいたしました」
メイド長「少し休憩を取られてはいかがですか」
魔王「……ああ」
勇者「このお菓子……人間のとよく似た味付けで食べやすい……」
勇者「このお城で作ってるんですか?」
メイド長「ええ」
勇者「今度作りたいな……」
227 :
◆qj/KwVcV5s :2016/02/17(水) 13:22:12.78 ID:qmM4/jhSo
魔王「……母上がこの焼き菓子を好んでいた」
勇者「そう、なんですか……」
勇者「…………お母さんに会いたい」
エミルの目から涙が溢れ出した。
勇者「お母さん……お母さん…………」
魔王「っ……」
魔王の手は小刻みに震えている。
執事(今日も捗らなさそうだなあ)
228 :
◆qj/KwVcV5s :2016/02/17(水) 13:22:59.64 ID:qmM4/jhSo
ーー大陸東側・谷を抜けた先の村
勇者兄「エミルがこの村に来なかった?」
村人「ええ」
武闘家「妙だな」
武闘家「あの谷を抜けたのならこの村に一泊するのが西に向かう者の定番だってのに」
法術師「あら、いい香りの香水を売ってるのね」
魔法使い「一ついただこうかしら」
村人「ああ、ライラックの花を原料にした香水がこの村の名産でね」
勇者兄「父さんが母さんへの土産として持ち帰ってきたことがあったな」
勇者兄「笛も名産品じゃなかったっけか?」
勇者兄「父さんが俺とエミルに一個ずつくれたんだ」
村人「ああ、そいつもライラックの木から作って売ってるんだ」
村人「あそこの谷でライラックが群生しているからね」
勇者兄「そういや生えてたな」
村人「一ヶ月くらい前までなら満開で綺麗だったよ」
村人「ライラックのおかげでマリンの町から魚を輸入できて助かってるんだ」
229 :
◆qj/KwVcV5s :2016/02/17(水) 13:23:34.55 ID:qmM4/jhSo
勇者兄「エミルがこの村で作られた笛をよく吹いていたんだ」
勇者兄「あいつが森で演奏してると次々と動物や魔物が寄ってきて、一緒に遊んでいた」
法術師「不思議な子だったわね」
勇者兄「あいつの優しさに惹かれてやってきていたんだろうな」
勇者兄「本当に楽しそうに遊んでいた……」
武闘家「同年代の子供と遊ぶより森の中で動物とかと遊ぶことの方が多かったなあいつ」
村人「勇者さん達はこれからマリンの町へ行くのかい?」
勇者兄「ああ」
村人「なら、マリンの町の診療所で働いている私の娘に手紙を届けてくれないかい?」
村人「郵便に頼むとお金がかかりすぎてね……うちは貧乏なんだ」
勇者兄「ああ、いいぜ」
村人妻「本当はあの子に帰ってきてほしいのだけどねえ……」
230 :
◆qj/KwVcV5s :2016/02/17(水) 13:24:03.94 ID:qmM4/jhSo
勇者(魔王城に連れてこられてからもう一ヶ月弱かあ)
勇者(お兄ちゃんはもう谷を抜けたかなあ)
勇者(魔王が過保護であんまり自由はないけど、)
魔王「……エミル、その……空き時間ができた」
魔王「お前は本が好きだろう。図書室に……行かないか」
勇者(不器用な優しさが見え隠れして、ぼくは彼を憎めなくなってきている)
勇者(どうしてそこまでぼくを大切にしてくれるのだろう)
勇者(……妊娠しないようにちゃんと魔法もかけてくれてるし)
勇者「うっ……」
勇者(死んじゃう前に、わかったらいいな)