Part11
262 :
◆qj/KwVcV5s :2016/02/18(木) 17:33:01.80 ID:+mQqlEJ4o
勇者『きみ、だあれ?』
『えっと……』
勇者『えみるはねえ、エミル・スターマイカ!』
勇者『エミルは、お母さんがつけてくれた名前なんだって!』
『ぼくは……』
『ぼくの名前はーーーー』
Section 9 名前
263 :
◆qj/KwVcV5s :2016/02/18(木) 17:33:27.82 ID:+mQqlEJ4o
魔王「『魔導工学の実践と応用』か……随分難しい本を読むのだな」
勇者「……はい。ちょっと、難しすぎます、けど……」
魔王「先にこの本を読んでおくといい」
魔王「魔族の癖の強い書体だから読みづらいかもしれないが、お前なら問題ないだろう」
勇者「ありがとう、ございます……」
魔王「…………」
勇者「…………」
魔王「……用語集も携えておくといい」
勇者「は、はい」
魔王「…………」
勇者「…………」
264 :
◆qj/KwVcV5s :2016/02/18(木) 17:34:06.00 ID:+mQqlEJ4o
勇者(魔王とぼくは似ている)
勇者(違う形で出会っていたら、きっと仲良くなれたんだと思う)
魔王「……エミル、その」
勇者「っ!」
魔王「わ、悪い……近付き過ぎたな」
魔王(エミルは私個人を恨んではいないようだ)
魔王(しかし、当然ながら私が斬り付けた心の傷が癒えたわけではない)
魔王(一生、私には心を閉ざしたままとなるだろう)
魔王(……体はこれほど近くにあるというのに、心は……)
265 :
◆qj/KwVcV5s :2016/02/18(木) 17:34:31.79 ID:+mQqlEJ4o
勇者「あっ……ちょうちょ……」
魔王「……オオグロバタフライだな」
勇者「キラキラしてて綺麗……」
魔王「その美しい姿から、観賞用に飼う魔族も少なくない」
魔王「お前が望むのなら捕まえるが」
勇者「そんなの、可哀想です」
勇者「必死に生きているのに、カゴに入れるなんて、可哀想」
魔王「……お前なら、そう答えると思っていた」
266 :
◆qj/KwVcV5s :2016/02/18(木) 17:35:02.72 ID:+mQqlEJ4o
『あの蝶、捕まえる?』
勇者『かわいそうだから、だめ』
『……君は優しい子だね。そう言うと思ったよ』
勇者(あれ? 前にもこんなこと……)
勇者(このごろ既視感が激しいなあ)
勇者(既視感を覚える時は、決まって胸が熱くなる)
勇者(体を重ねていた時みたいな、まるで、魂を抉じ開けられるかのような痛み)
267 :
◆qj/KwVcV5s :2016/02/18(木) 17:35:40.60 ID:+mQqlEJ4o
法術師「ねえねえ、コハク君」
武闘家「ん?」
法術師「コハク君とエミルちゃんってよく一緒にいたよね」
武闘家「おう、ちょくちょくつるんでたな」
法術師「……なんにもなかったの?」
武闘家「ん?」
法術師「エミルちゃんは一応女の子でしょ?」
法術師「ほら、ドキッとした瞬間とか、いい雰囲気になったりとか……」
武闘家「ま っ た く な か っ た」
勇者兄「そんな仲になりそうだったら俺が友達付き合いするのを許してないしな」
268 :
◆qj/KwVcV5s :2016/02/18(木) 17:36:16.39 ID:+mQqlEJ4o
武闘家「俺あいつのこと男だと思ってるし」
法術師「えーほんとにぃ?」
武闘家「女として見る方が難しい。遠縁とはいえ血も繋がってるから余計にな」
法術師「そっかぁ」
武闘家「はやくあいつを連れ帰ってナンパしてえなあ」
魔法使い「あんたね……」
勇者兄「親父と同じ遺伝子を感じる」
武闘家「俺ってイケメンには違いないが、目が垂れててちょっと崩れてるだろ?」
魔法使い「それが何よ」
269 :
◆qj/KwVcV5s :2016/02/18(木) 17:36:44.50 ID:+mQqlEJ4o
武闘家「綺麗すぎるよりもちょっと崩れてるくらいの方が親しみやすいんだよ」
武闘家「ほどよいイケメンでコミュ力も優れたこの俺と」
武闘家「綺麗な顔付きだが不器用なあいつ」
武闘家「二人が一緒にいれば女の子が寄ってくるのなんの」
魔法使い「子供の台詞とは思えないわね……」
法術師「チャラすぎるわ……不純よ! 不純!」
武闘家「まああいつはナンパしてるつもりはなかったみたいだがな」
勇者兄「そりゃそうだ」
武闘家「動物や魔物とばかり遊んでいたり、勇者としての訓練で忙しかったり」
武闘家「図書館に籠ってばっかだったりで、人間の友達が少なかったからな」
武闘家「女と仲良くなりたい俺と、純粋に友達が欲しかったあいつ」
武闘家「利害が一致していたわけだ」
武闘家(もっとも、あいつが元の姿で帰ってこられる可能性は低い気もするんだがな)
270 :
◆qj/KwVcV5s :2016/02/18(木) 17:37:35.08 ID:+mQqlEJ4o
執事「はあ、テレポーションの適性があったらなあ」
執事「ま、いいか。たまには翼を広げたいし。……ちょっと飛距離が長すぎたけど」
メイド長「お疲れさま、コバルト」
執事「信頼のおける数少ない仲間は異常気象のおかげで散らばっているし」
執事「同僚が増えてくれたらいいんだけどね」
メイド長「そうねえ……どうしても高位の魔族は人間嫌いが多いものね」
メイド長「お母さま達の様子はどうだったかしら」
執事「すぐに落ち着いたよ。君の身を案じていた」
執事「ついでにマリンの町で買い物もしてきたんだ」
メイド長「あら、懐かしい海藻類や魚介類がいっぱい……」
メイド長「故郷にいた頃はよく食べていたわ」
執事「喜んでもらえたようでよかった」
執事「陛下達はどうだい」
メイド長「相変わらずよ。でも、エミル様が……」
271 :
◆qj/KwVcV5s :2016/02/18(木) 17:38:02.50 ID:+mQqlEJ4o
勇者「ぅ……けほっ……」
魔王「エミル!」
勇者「……平気です」
魔王「顔色が悪い。すぐに休まなければ」
魔王(確実に……エミルは弱ってきている)
勇者(グラグラする……体が上手く動かない)
勇者(どこか懐かしい温もり。この人にお姫様抱っこされるのは、これで何回目かな)
勇者(……綺麗な横顔。氷の裂け目のような色の瞳。寂しそうにひそめた眉)
勇者(…………魂が、割れそう)
勇者『ーーっていうんだ!』
勇者『綺麗な名前だね!』
272 :
◆qj/KwVcV5s :2016/02/18(木) 17:38:32.34 ID:+mQqlEJ4o
勇者『えっとね、たしか、西の地方の古い言葉で、』
勇者『『緑』って意味だって本に書いてあったよ!』
勇者『えみるの目の色とおんなじだねえ』
『…………』
勇者『『 』の目も、アイスグリーンだね!』
勇者『いっしょにあそぼうよ!』
『え……あ……』
勇者(そうだ、あの人の目は、いつも悲しそうで)
勇者(遊びに誘っても、戸惑ったような顔をしていた)
273 :
◆qj/KwVcV5s :2016/02/18(木) 17:39:03.21 ID:+mQqlEJ4o
メイド長「酷い熱だわ!」
メイド長「氷水を用意いたします」
魔王「……頼む」
執事「魔気の影響で免疫力が下がっているのでしょう」
執事「思っていたより早く限界が近付いています」
魔王「…………」
執事「極力平和な人間の土地にエミル様をお送りしましょう」
魔王「だが……」
執事「ここで死なせてしまうよりは時間を稼げます」
魔王「そうするしか……ないのか……」
魔王(エミルは光の力を持っている限り、平和協会の監視網から逃れられない)
魔王(一体……どうすれば……)
魔王(どうすればエミルを救うことができるというんだ……)
274 :
◆qj/KwVcV5s :2016/02/18(木) 17:39:39.90 ID:+mQqlEJ4o
勇者『『 』は、自分のこと『ぼく』って言ってるんだね』
勇者『じゃあ、えみるもこれから『ぼく』って言うー!』
『…………』
勇者『そろそろ自分の名前で自分を呼ぶのそつぎょうしなきゃ』
勇者(あんまり喋るのが得意じゃないみたいで、ぼくばっかり喋ってた)
勇者『いっしょにおかし食べよ? お母さんが焼いてくれたんだあ』
『…………』
『君は、お母さんのこと、好き?』
勇者『うん! ぼくのお母さんはねえ、とっても美人でねえ、』
勇者『やさしくって、料理が上手で、いっつもなでなでしてくれるんだよ』
『……そっか』
勇者(そう答えたら、あの人は更に悲しそうな顔をした)
勇者(どうしてあんなに残念そうだったんだろう)
275 :
◆qj/KwVcV5s :2016/02/18(木) 17:40:05.94 ID:+mQqlEJ4o
『その』
『君の、お母さんは……』
勇者兄『おいお前!』
勇者『あ、お兄ちゃん!』
『お兄さん……?』
勇者兄『見ない顔だな。どこの子だ?』
『…………』
勇者兄『俺の妹に変なことしたら許さないんだからな!』
勇者『お兄ちゃん、失礼でしょ! それに、そういうの『かほご』って言うんだよ!』
『………………』
勇者(お兄ちゃんと、あの人は、とても仲が悪かった)
276 :
◆qj/KwVcV5s :2016/02/18(木) 17:40:37.94 ID:+mQqlEJ4o
勇者『おそくなってごめんね! 剣のおけいこが長引いちゃったの』
勇者『あんまり剣をふるの好きじゃないんだけど、ゆうしゃのぎむだから仕方ないんだあ』
『……ぼくも、剣は持ちたくない』
『勉強をしている時の方が、よっぽど楽しい』
勇者『ぼくもだよ! おんなじだねえ!』
勇者『おべんきょうが好きな子なんてあんまりいないから、うれしいな』
勇者『こんどいっしょにとしょかん行こうよ!』
『……その、あんまり、人が多い所は……人込み、苦手、だし』
勇者『じゃあ明日面白そうな本もってくるね!』
『……うん。……ありがとう』
勇者(ぼく達はよく似ていた)
勇者(……ぼくの家の近くの森や広場で、よく一緒に遊んだな)
277 :
◆qj/KwVcV5s :2016/02/18(木) 17:41:07.27 ID:+mQqlEJ4o
勇者『みんな、魔属は殺せって言う』
勇者『なんでかな? 人間や動物に対しては、『命は平等』って言ってるのにさあ』
『………………』
勇者『人間と魔族が仲良くできたらいいのに』
勇者『そしたらみんな幸せでしょ?』
勇者『……ってぼくが言っても、だれもわかってくれないの』
『ぼくも、そう思うよ』
『魔族と人間の仲が良かったなら、きっと、今頃……』
『父上と母上の仲も、良かっただろうから…………』
勇者(彼の両親は、仲が悪いようだった)
勇者(だから、それが元で、いつも悲しそうな顔をしていたんだと思う)
278 :
◆qj/KwVcV5s :2016/02/18(木) 17:41:51.89 ID:+mQqlEJ4o
魔王「エミル……」
魔王「シュトラールの行方は」
執事「いまだ、不明です」
魔王「奴に解術条件を吐かせることも叶わなかったか」
魔王「……夜が明けたらエミルを西南の森の村へ送り届ける」
勇者「……はあ、……う…………」
メイド長「エミル様……」
魔王「……これでは彼奴と同じではないか!」
魔王「私も……エミルを守ることができなかった」
執事「まだ終わったわけではありません」
執事「調査を続けましょう。解術する手段が見つかるかもしれません」
279 :
◆qj/KwVcV5s :2016/02/18(木) 17:42:57.78 ID:+mQqlEJ4o
魔王「……特定の解除方法が指定されている以上、他の手段で強制解術するのは危険だ」
魔王「対象の命が失われる可能性もある」
執事「…………」
執事「シュトラールはテレポーションにより各地を飛び回ってはいるようですが、」
執事「目撃情報がないわけではありません」
執事「いずれ捕まえることも」
魔王「それまでにエミルが生きていればいいのだがな」
魔王「……今のエミルは一切魔法の類を発動することができない」
魔王「己の身を守る手段がないんだ」
魔王「いつどのような手段で殺されてしまうか……」
280 :
◆qj/KwVcV5s :2016/02/18(木) 17:43:26.20 ID:+mQqlEJ4o
魔王「私は……また失うのか……」
魔王「愛する者を……不幸の深潭から救えぬまま…………」
執事「……ああもう!!!!」
執事「ヴェルディウス!! 君は本当に昔から変わらないね!!!?」
魔王「!?」
メイド長「ちょっとコバルト」
執事「負の感情にばかり囚われて!! 眉間にしわを寄せっぱなしで後ろ向きで!!!!」
執事「口下手だし自信は持っていないし感情表現は下手だし酷く不器用だ!!!!」
執事「子供の頃から何も変わっちゃいない!!」
執事「君は今でも肉親の愛情に餓えた子供のままじゃないか!!!!」
魔王「こ、コバルト」
執事「僕は友人としてそんな君が心配で心配で仕方がないんだよ!!!!」
魔王「…………」
281 :
◆qj/KwVcV5s :2016/02/18(木) 17:43:55.07 ID:+mQqlEJ4o
執事「……はあ」
執事「失礼いたしました。とんだご無礼を働いたことを深くお詫び申し上げます」
魔王「いや……いつも苦労をかけてすまない」
魔王「今日はもう休め」
執事「……僕は、陛下の忠実なるしもべとして、そして一人の友人として」
執事「陛下の幸福を願っております」
魔王「メルナリア、お前もだ」
メイド長「し、しかし陛下」
魔王「……エミルと二人にしてほしいんだ」