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盗賊「コインの表と裏」
Part7


120 : ◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/23(木) 22:01:15.11 ID:Ut9bCkLSo
盗賊「ああああああああああああっ!!!」
勇者へと突きつけるは”紅いダガー”。
智将から奪った、盗賊の最大にして最後の一振り。
勇者「ーーーーーくっ、貴様っ!?」
勇者が詠唱を止め、後退する。盗賊の瞳に何かを見たのか。
盗賊の眼には勝利が確信されていた。故にそれが魔王を後退させるだけの、理由となる。
盗賊「喰らえええええええええええええええええええええええええええ!!!」
後退、後退、後退ーーーされど、前進、前進、前進あるのみ。
元より”疾さ”においては勇者を凌駕する。
例え魔王の力を加えたとしても、こちらもまた歴代の”勇者”の腕輪を加えた。
一撃、唯の一撃を与えるだけで良い。ならば、最後にモノを言うのは疾さであるのは必至。
『いえいえ。私は好きですよ、その二つ名ーーそれに、とても格好良く思います』
彼女の言葉を思い返しながらーーーー
『流石、黒い旋風様ですね』
黒い旋風はありったけの思いを込めて、勇者の身体へと紅いダガーを付き入れた。

121 : ◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/23(木) 22:01:42.12 ID:Ut9bCkLSo
勇者「あ、あぁ……馬鹿、な……」
ダガーは深々と勇者の心臓へと刺さった。
盗賊「はぁ、はぁ……悪いな、テメーの身体が勇者である以上……俺の方が、まだ疾い……」
全身全霊の一撃。それに最上の速度。盗賊の身体はあっという間に、限界を迎える。
勇者「ごぼっ、貴様、貴様ァ……」
口から吐血し、勇者は盗賊へと手を伸ばす。
盗賊「俺は、黒い旋風で……こっちには、白い女神サマが……ツいてるんでな……」
ちらり、と僧侶を見る。恥ずかしくて、やはり正気の彼女の前で言えたもんじゃない。
勇者「あぁぁあ……盗賊、やる、じゃないか」
不意に口調が勇者のものへと変わる。
死の間際に奇跡でも起きたか。盗賊はにっと笑いながら、勇者を見る。

122 : ◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/23(木) 22:02:14.57 ID:Ut9bCkLSo
勇者「……悪かった。僕の、心が……弱くてさ……」
「あの時言ったことは……ぜんぶ、本当で……君が、うらやましかった……」
盗賊「…………」
勇者「君を仲間と、心の底から思えなかった、僕を恨め……」
「悪の心に唆される、弱い僕を憎め……」
盗賊「だから……コインだって言ってるんだ。お前がそうなった様に、俺もそうなるかもしれなかった」
「だけど、安心しろ。お前は……表として、死んで行け。お前に、裏はやっぱり似合わないさ」
勇者「……僕より、真っ当に……君が……表だよ……」
どろり、とダガーの刺し傷から”呪い”が溢れるーーそれは勇者の身体を駆け巡り、即死の呪いを成就させる。
勇者「とう、ぞ……まだ、おわって……ない、から……な?」
その言葉を最後に、勇者は倒れ込んだ。
どうやら無事、呪いは発動した様だった。例え魔王の魂が張り付いていたとしても、勇者の身体は耐え切れなかったらしい。
盗賊「…………ああ、終わっちゃいないな」
終わっていない。その言葉の通りだった。
盗賊は砕け散ったダガーを捨てて、勇者の亡骸を見下す。
刹那、勇者の身体から夥しい量の瘴気が吹き出すーーーそうして瘴気が、魔王を形成する。

123 : ◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/23(木) 22:02:47.48 ID:Ut9bCkLSo
魔王「が、がががが……くっく、くっくっく! 我は不滅、我は永遠!」
「貴様が我を、智将の武器で殺そうとする事も……我は知っておったわ!」
盗賊「そりゃ、勇者と同化したなら……記憶だって、持ってるわな……」
魔王「然り!然り!故に初めから貴様は我の掌の上なのだ!」
「くっく、認めよう盗賊よ……我は確かに、勇者に勝てまいと思った。我も老いておった……故に、勝機は薄いと見えた!」
「だが我は魂の転移の法を知っておる。然らば、勝てぬ相手ならば取り込めば良い……逆もまた、然り!」
盗賊「だからわざわざ、智将にまわりくどい事させたんだろ……」
魔王「然り。手駒を一つ、削る事になったがな。悪の心で染める事は叶わず、悪の心の種を植えるで精一杯だったようだ」
「命を賭してもその程度とは、情けなし。しかし、見事、我の前に現る頃には育ちきっておった」
「随分と居心地が良かったぞ……くっく! そうして、こうして殺される可能性も知っておったのだ」
盗賊「…………」
魔王「勿論、この勇者の身体で貴様を殺せれば上々だったがな……。しかし、貴様は見事勇者を討ち取った」
「なれば、新たな依代として貴様の魂へと”我”を定着させようーーーくっく、くっくっく!」
盗賊は手を広げ、にっこりと笑った。
盗賊「出来るものなら、やってみなってな……」
魔王「ーーーーー我は、永遠なり!!!!」
魔王を形成していた瘴気の渦が、盗賊を包み込む。
全身の穴という穴から、瘴気を取り込みーーー盗賊は、その身体に魔王を許す事となった。

124 : ◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/23(木) 22:03:18.87 ID:Ut9bCkLSo
盗賊「…………馬鹿だなあ。こんな身体に入って」
魔王『な、なにを言っている……?』
盗賊「知らなかったのか。このダガー、使ったら呪いをそのまま使用者に返してくるんだ」
魔王『馬鹿な、貴様……死を、覚悟して……いたのか……!』
盗賊「こればっかりは、賭けだった。即死の反動が、即死なら全部おじゃんだからな」
「どうやら呪い返しまで、タイムロスがある様だーーーなら、充分だな」
魔王『おのれ、智将め、なぜ、この事を我に……っ!」
盗賊「テメーは信頼されてないんだよ。智将はテメーを殺す気満々だったからな」
「俺や勇者がテメーの掌の上だった様に、テメーも智将の掌の上だったんじゃないか?」
「俺は智将の賭けってヤツに乗ってやっただけだよ……」
「自分を犠牲にして、一人だけハッピーエンド迎える事を阻止したい有能なテメーの部下のな」
魔王『ぐぬ、ぐぬぬぬぬぬ……ならば、貴様の身体から、あの小娘に移動するまでよ!』
盗賊「…………させるかよ、なあ、僧侶」
ずり、ずりと。既に腕輪の副作用でまともに動かない身体を引き釣り、彼女へと近づく。
そして横たわり、眼の焦点の合わない僧侶の前で盗賊は屈みこむ。
愛おしい人を見るその眼は、今から為す行いには、およそ似つかわしくない。

125 : ◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/23(木) 22:04:03.24 ID:Ut9bCkLSo
魔王『待て、何をするーーーやめろ、貴様!』
盗賊「悪いな、僧侶。直ぐに、そっち行くから……な?」
僧侶「…………ぁ、ぅ?」
外套から愛用のダガーを手に、最後の一振りを彼女へと振り下ろした。
僧侶「ーーーーーー」
首元を貫き、致死を与える。彼女が最後に、笑ってくれた気がした。
魔王『馬鹿な馬鹿な馬鹿な! 貴様、惚れた女ではないのか! 仲間ではないのかあ!』
盗賊「壊れちまってるんだ。それに、魔王の子なんぞ……産ませる訳にはいかない」
魔王『!』
盗賊「ナメるなよ。お前の逃げ道は全部、塞ぎにかかってんだよ」
「それに勇者も言ってたじゃないか……俺は、正義の為ならどこまでも非道になれるって……な」
魔王『……なんという、なんという! 貴様、何故それほどまで……っ!』
盗賊「ぺらぺら、勇者が最後に抵抗して話してくれたし……」
「僧侶も、魔法使いも……俺に期待してくれた。それだけで、俺は……命を、賭けれる……」
「だって、俺の望みは……世界平和、なんだからな……ふふ、我ながら良く此処まで変わったもんだ」
絶望の中に、希望を見た。それだけで充分だと言う。
盗賊「さーて、そろそろ時間だ。一緒に……くたばれ、魔王」
「魂ってのは、数分で空に昇ってしまうんだろ? 残念だったなあ……街まで、徒歩で1日、か……」
魔王『貴様あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!』

126 : ◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/23(木) 22:04:40.90 ID:Ut9bCkLSo
ーーーーーーどくん。
盗賊の身体が崩れ落ちる。
血塗れの僧侶の身体へと覆いかぶさる様に、倒れこむ。
不思議と心地良い。死とは、こんなにも優しげなのか。

127 : ◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/23(木) 22:05:28.29 ID:Ut9bCkLSo
ーーーー生きている。
盗賊「…………なんで、だ」
静まり返った魔王城。そこで盗賊は眼を覚ました。
確かに呪いの反動は発動し、死を感じた。だけど、こうして生きている。
盗賊「………これ、か」
懐を見ると、見窄らしい石が砕け散っていた。
それは何時か、彼女がおまじないを掛けてくれた”賢者の石”の贋作だった。
盗賊「贋作、じゃないってか?」
まさかな、と砕け散ったそれを掴むーーーが、サラサラと粉末状に消えて行く。
盗賊「…………なあ、僧侶。おまじない、効いたよ」
絶命している僧侶の上で、盗賊は涙する。
嗚咽を漏らし、やり切れない怒りや悲しみ、全てを吐き出していく。

128 : ◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/23(木) 22:05:59.34 ID:Ut9bCkLSo
盗賊「あ、あぁあ、あああああああああああああああああああああああ!!!」
生き残った。生き残ってしまった。
恐らく魔王の魂は胡散した。なのに自分も生きている。
そして仕方ないとは言え、勇者も、僧侶も自分が殺した。
盗賊「ふざけるなっ! ふざけるなっ! 何で、何で俺もお前らと……逝かせてくれないんだっ!」
追いかけたかった。勇者を、魔法使いを、僧侶を追いかけたかった。
だけども、二度も拾ったこの生命がーーーそうは、させてくれなかった。
盗賊「うっ、うぁ……あああああっ! 畜生がっ! 生きて、生きてやるよ……っ!」
「お前らの、ことを……伝えて、平和な世界で……生きて、やる……っ!」
魔王城に響く、盗賊の嗚咽は何時までも止まる事はなかった。

129 : ◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/23(木) 22:06:25.58 ID:Ut9bCkLSo
その日も盗賊と魔法使いが魔王城から逃された様な、酷い土砂降りの雨だった。
川は氾濫し、彼が立ち寄った村は増水に伴い農作物は全て台無しとなったらしい。
酒屋「やれやれ、これで当分は王都からの仕入れに頼るしかありませんね」
客「全くだ。それでも収穫期の後だったのは幸いだよ」
酒屋「違いない。それよりもお客さん、勇者様たちのお話は知ってますか」
客「ああ、魔王城に辿り着いたらしいな!」
酒屋「ええ。以前に王都でお見かけした時から、使命を必ず果たされる方と確信しておりました」
客「かーっ! これから魔物もいなくなって平和な時代か来るんだな。なあ、アンタはどう思う?」
村の酒場では今日も勇者の話題で溢れていた。
客はケラケラと愉快そうに、一人離れた席に座っていた彼に声をかける。

130 : ◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/23(木) 22:06:52.38 ID:Ut9bCkLSo
盗賊「……さあ。どうだろうな」
低い、少し掠れた声で彼はさも興味なさげに答えた。
その風貌は旅人と思わせるもので、擦り切れた外套と深く被った帽子が特徴的だった。
黒、と表現するのが正しい。帽子の下の彼の表情は暗く、陰気な様子だった。
客「アンタ、旅人だろう。勇者様の話とかよく聞いたりしないのかい?」
盗賊「聞くさ。だが、大して面白味のある話ではないさ」
盗賊はグラスを空にすると、数枚の硬貨を置いて席を立った。
客「けっ。なんでえ……ツレないねえ」
酒屋「まあまあ。それにしてもあの方……見た事ありませんか?」
客「ばーか。見ようにもでっけえ帽子マブカで被ってりゃ、顔も見れねーよ」
酒屋「ふーむ。確か勇者様のパーティに、あの様な出で立ちの男が居た気がしましたが……」
客「あー? そんな馬鹿な。王都で有名な、黒い旋風とか言う義賊みたいなヤツだろ、それ」
「だとしたらあんな陰気な男じゃないな。それに黒い旋風ってヤツは正しく、風の様に疾いって噂だぜ!」
酒屋「ははあ……。確かに、そうですね。あんなに足を引き釣り歩いていては、風なんて夢のまた夢ですから」
「それに勇者様のパーティの方なら、こんな所で一人で飲んでいるわけもありませんね」
客「そういうこったぁ! 気を取り直して祝福だ! 魔王は死んだ! これからは平和な時代だーっ!」

131 : ◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/23(木) 22:07:31.77 ID:Ut9bCkLSo
雨の日は嫌いだった。激しくなる程にズキズキと古傷が痛む。
宿屋でベッドに潜り、雨の音を不快だと耳を塞ぐ。
盗賊「…………独りとは、こんなにも寒いものだったかな」
寒い。手足の先がキンと冷えている。
冷えた指先を擦る。温まらない指先を擦る、その仕草は祈りの様にも見えた。
盗賊「……祈りの仕草か。ふふ、僧侶、お前みたいだな……」
あれから、盗賊は魔王城を後にして王都へと真っ直ぐに向かっている。
今日で漸く王都まで後一歩と行った所だ。僧侶や勇者の様に、転移魔法を使えない彼は長く王都までの旅を続けている。
一刻も早く王都に伝えたいが、この口で王へと伝えたかった。
彼らの雄姿と、自分の罪と、魔王の最期を。
盗賊「全く、それにしても噂は広まるのが早い……」
あの日を境に、魔物が鳴りを潜めていた。
勇者が最後の街から魔王城へ向かった事を確認していた人間が、それに気づいて言ったのだーーー『魔王は死んだ』と。
盗賊「王に謁見して、詳細を語るまで……どれくらい、尾ひれがつくかな?」
くつくつ、と笑いながらベッドに更に潜り込んだ。
仲間は全員死んだ。独りの夜はこんなにも寒いものだったのか。
旅は確かに過酷で、盗賊は凄惨な目に合ったと言えよう。
だが、彼は決して彼らを恨んだりしていなかった。
だが彼は聖人ではない。身に降り掛かった出来事を忘れる事も出来ない。
盗賊「弟子入りでもするか」
魔王城の近く、古びた教会の神父が頭に思い浮かんだ。
ひとつ、先人に習いーーー。

132 : ◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/23(木) 22:08:44.74 ID:Ut9bCkLSo
噂があった。
魔王を討った、”黒い旋風”と言う勇者一行の一人は人殺しだった。
その罪を償う為、彼は聖職者となったと言う。
彼はエルフと友好的で、最後に姿を見せたのはエルフの里だったと言う。
コインを指で弾き、”表”と”裏”と言う話を好んで説いていたと言う。
そして彼が生涯に愛した女性はたったの一人だったと言う。
- TRUE END -

133 : ◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/23(木) 22:11:33.62 ID:Ut9bCkLSo
くう疲(・ε・)
勢いで書いたから設定ボロボロっす
疑問点があればお答えしたいくらいにボロボロっす

134 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/23(木) 22:37:34.31 ID:gRbxlC8AO
乙 勢いがあって面白かったよ
ただ、盗賊が転送されてから魔王のとこに行くまでが何か薄かった気がする

135 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/23(木) 22:40:59.63 ID:+UU/zZvG0
乙!

136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/23(木) 23:21:29.37 ID:kPVC6COF0
個人的には色々といい塩梅で楽しめた

137 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/24(金) 02:40:03.47 ID:usGaws450
よかった 乙
久しぶりに勇者ものでいいのに出会ったわ

138 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/24(金) 05:28:17.09 ID:CjWqRxOIo
最後まで自分を貫いたのがよかった
魔王ざまぁw
乙!