Part6
103 :
◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/23(木) 15:30:04.37 ID:Ut9bCkLSo
ーーーー生きている。
盗賊「………生きている」
目覚めると、そこは古びた部屋の一室だった。
少し埃かぶっているが、綺麗に整頓されている。
盗賊「魔法使い、魔法使いは……うぐっ!?」
咄嗟に覚醒した頭で飛び起きるが、身体に奔る激痛に呻き声をあげてしまう。
その声を聞いてか、扉が開いて、老齢の男性が現れた。
神父「おぉ……目を覚まされたか」
見れば、僧侶と同じ聖職者の出で立ち。
それを見て此処が教会だと理解する。
盗賊「アンタが……なあ、もう一人、居ただろう……」
神父「………残念ながら、助けられませんでした」
104 :
◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/23(木) 15:30:31.40 ID:Ut9bCkLSo
盗賊「………っ! 蘇生魔法は!」
神父「心臓を貫かれていました。私が見つけた時には……既に、魂は天に召されておられた……」
盗賊「ふざけるな、ふざけるなっ! 何の、何の為の……教会だっ!」
八つ当たりにも等しい事を知っていた。
蘇生魔法が完全なるモノでない事も知っていた。
神父「蘇生魔法とは謂わば、肉体の死滅を防ぎ……魂を強制的に縛り付ける事で、治癒する魔法です」
「魂が剥がれ落ちてしまえば……どうする事も、出来ないのです……」
盗賊「……………っ」
現実というのは残酷だ。
魔法使いは二度と、この世に戻ってくる事はない。
105 :
◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/23(木) 15:32:29.02 ID:Ut9bCkLSo
魔王城から少し離れた森の中、この教会はあった。
神父は自分たちが立ち寄った最後の街から逃げ出した、謂わば”真っ当”な神への信仰者だった。
最後の街はやはり魔王信仰者の巣窟であった事から、彼は教会を森の中に建てたそうだ。
神父「………此処には、私しかいません。ですから、充分な埋葬は……出来ませんでした」
教会の裏手に小さな墓標があった。
簡素ではあるが、彼が立ててくれたらしい。
盗賊は祈りを捧げ、別れを告げるーーー魔法使い、有難うと。
盗賊「………神父さん、助かった」
神父「いえ、当然の事を。しかし、何があったのですか……あんなに、酷い状態で……」
盗賊「…………」
神父「要らぬ事をお聞きしました。ですが、この森には一応は結界を張っております」
「その傷が治癒するまで、休んで行かれるといいでしょう。貴方は一週間も目を覚まさなかったのですから」
一週間という言葉に盗賊は頭を抱えた。
どれほどまでに勇者は魔王へと成ったのか、考えるだけでも恐ろしい。
106 :
◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/23(木) 15:32:59.73 ID:Ut9bCkLSo
盗賊「此処は……魔王城の、近くだろう」
神父「心配はありません。これでも私、昔は勇者様のパーティとしてお仕えした身ですから」
盗賊「なんだって……!?」
神父「ほっほ。まあ、古い話です。命からがら、私だけが魔王から逃げ出した」
「ですから、贖罪なのです。魔王城に近いこの場で、何時か勇者様たちをお助けする事が……私の、望みです」
僧侶はこの場所を意図して転移魔法を使ったのだろうか。
座標を咄嗟の事だから、指定できなかったとは思うのだが。
だとしたら、これは偶然か、奇跡かーーーなんにせよ、盗賊は初めて神に感謝をした。
盗賊「神父さん、少し話を聞かせて欲しい」
ゆっくりと、盗賊は自分の素性とこれまでの顛末を神父に話した。
神父は驚きながらも、最後には涙をして盗賊を抱きしめたーーー。
神父「おぉ、おぉ……なんと、なんと過酷な……貴方は、深い悲しみを背負っておられる……」
盗賊「………まだ、終わっちゃいない。勇者を……魔王を、倒さないと」
神父「良いでしょう、私の知る限りの情報をお伝えしましょう」
神父は盗賊を離し、教会へと足を運ぶ。
魔法使いの墓標へと最後に祈りを捧げ、後を追った。
107 :
◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/23(木) 15:33:25.53 ID:Ut9bCkLSo
神父は古びたノートを自室から持って、盗賊へと差し出す。
その中身は彼の手記であり、旅の事が事細かに記されていた。
神父「………私の、旅は智将の前に為す術もなく、終わらされてしまったのです」
手記にはこう記されていた。
『魔王の側近である、智将へと私達は魔王城目前で阻まれた』
『彼は残酷で、非情だった。民を盾に、私達の戦力を削いでいった』
『彼の操る呪術は強力で、彼が軍勢の武器へ付与した、治癒を妨げる呪いにより武闘家が命を落とした』
『そしては戦士は智将により、悪の心を植え付けられ……最後には、抗う様に自決した』
『私と勇者様は傷つきながらも、軍勢を背後に智将と相対した』
『だがしかし、勇者様は智将の紅いダガーで命を落とした』
『彼の武器には強力な呪いが掛けられており、即死の呪いだという』
『彼は何時か魔王ですら、この呪いで殺すとまで言った。それ程、強力な呪いなのだろう』
『勇者様は事切れる刹那、私を始めの街へと転移魔法で逃してくれた』
『私には最早、魔王へ立ち向かう力はない。次世代の勇者様が現れる事を祈る事しかできない』
盗賊「ーーーーー」
神父「それが私の知る限り、智将の全てでございます」
盗賊「………つまり、この紅いダガーは」
一筋の光が見えた気がした。
血塗れの様に、紅く刃を染めるコレは魔王ですら、殺す事が出来るかもしれないのか。
ならば尚更一層に、あの時何故突き入れる事が出来なかったのかと。
108 :
◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/23(木) 15:33:52.24 ID:Ut9bCkLSo
神父「……魔王はそう易々と背後を取らせるとは思えません。それに、智将の呪いで殺せるかは分かりません」
「彼自身がそう言い張っていただけでしょう。それに呪いの発動後、使用者を呪う還元作用もございます」
「智将は呪いを自らの力に変える魔物。人間には死の呪いでも、彼には魔力源だったのでしょう……」
盗賊「…………」
神父「加えて、そのダガーは一突すれば壊れしまいます。精製出来たのは智将のみでしょう」
「そして魔王を倒すと言われる聖剣は……。申し訳ありませんが、命を投げ打ってでも魔王を倒す事は難しいかと」
盗賊「………だけど、やらなくちゃならない」
神父「貴方に、勇者様を刺せますか?」
「恐らく、彼は智将の最後の策に掛かってしまったのでしょう。悪の心を、植え付けられた……」
盗賊「ああ。きっと魔王は勇者の身体を乗っ取る事を考えていた。それは魔王の素振りから、間違いない」
「勇者が魔王を上回っているかもしれなかったからだ。だから、智将に命をかけた策を命じた」
「……ふふ、なるほど。見えてきた。俺たちは……掌の上、だったんだな……だが、俺は勇者を……」
ーーーー刺す。
神父「………ならば何も言いますまい。貴方へ神のご加護があらんことを」
「情けないですが、貴方に縋る事しか出来ませぬ。貴方が、人類の最後の希望なのかもしれない……」
盗賊「失敗する確率のほうが、高いんだけどな」
神父「その時は、次世代の勇者様が現れるまで混沌の世が……」
「ですが、不思議と確信しております。神のご支持があったのでしょう……貴方が、何かを起こしてくれる、と」
盗賊「………俺は、信託を受けた勇者じゃない。ケチな、盗賊なんだよ」
盗賊は眉間にシワを寄せて、神父へと苦笑した。
命を投げ打ってでもーーー勇者を、魔王を倒して見せようじゃないか。
109 :
◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/23(木) 15:34:35.78 ID:Ut9bCkLSo
翌日、神父の回復魔法もあって完全に回復した盗賊は魔王城へと向かう事にした。
潰されてしまった右目は見えないが、左目がある。右目を包帯でぐるぐると巻いて、装備を整える。
黒い外套と、黒い帽子。血塗れの二つを確りと身に付けて、教会を出る。
神父「お行きになさるのか」
盗賊「ああ。生き残ってしまったからな……それに、魔王は俺に死の間際に真の絶望を見せてやると言った」
「それにしては俺はまだ、希望を感じている。それに、気になる事もいくつかある……やるだけ、やらないとな」
神父「貴方は、何故その様に強く生きていられるのでしょう」
魔王の策とは言え、盗賊の旅は凄惨なものだった。
これほどまでに見事に絶望の淵に沈められたなら、常人なら這い上がる事は出来ないと思われた。
少し、考える素振りをして盗賊は笑顔を浮かべた。
盗賊「惚れた女と、”表側”の男が待ってるからな」
キィン、とコインを盗賊は弾いてーーー魔王城へと歩き出す。
110 :
◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/23(木) 15:35:40.26 ID:Ut9bCkLSo
ちょっと短いけどここまで(・ε・)
また夜にでも
111 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/23(木) 19:02:35.42 ID:B+/S/Ktp0
乙!
やっと追いつきました!
こういうダークヒーロー系な勇者モノって珍しいような気がするんですけど、何がきっかけで思いつきました?
112 :
◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/23(木) 21:57:00.55 ID:Ut9bCkLSo
終わらせますぞ
>>111
勇者が無敵の胸糞系SSを読んでた時に思いついたよ
113 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/23(木) 21:57:27.94 ID:
Ut9bCkLSo
魔王城には魔物はおらず、自分達が倒した魔物の死骸ですらそのままだった。
やはり、今の勇者に満足に魔王として活動出来る程の力はないと見える。
盗賊「………絶望、か」
確かにこれから起きる出来事は絶望なのかもしれない。
勇者が魔王として充分でなくとも、その力は絶大である事に間違いはない。
元より勇者にも叶わないーーーなぶり殺しは目に見えている。
盗賊「だが……不思議と……」
絶望の中でも、足掻ける気がしていた。
”死”を覚悟した人間に絶望なんてものは唯の付加価値でしかないのだ。
玉座への大扉を開く。あの時、勇者が開いた様に。
114 :
◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/23(木) 21:58:03.52 ID:Ut9bCkLSo
勇者「………へえ、生きてたのか」
僧侶「…………あ、ぁ?」
玉座でふんぞり返る勇者の姿は一層に禍々しく変貌していた。
魔王の魂が定着しつつあるのか、身体は魔王へと徐々に近づいていると見える。
勇者「見ろよ、僧侶。君の愛しの彼だ。馬鹿だね、殺されに帰ってきた」
勇者はケラケラと笑いながら、ぐったりと彼の身体に撓垂れ掛かる僧侶に囁いた。
僧侶は虚ろな眼で、裸体を露わにしたまま身動きもしない。唯、壊れたように呻いているだけだ。
盗賊「……僧侶が愛しているのは、お前だよ」
勇者「まさか生きているとは思わなかったからさ。もう僧侶は壊れちゃった」
「生きてるって知ってたら、君の前で壊してあげたのにねぇ……ざーんねん」
盗賊「聞けよ、勇者」
勇者「………なんで、そんな清々しい顔してるんだい」
「君の愛しい人が、こんなに成ってるんだよ。僕はもう、魔王へと近づいて行ってるんだよ?」
盗賊「知るか。どれだけお前に絶望を見せられたと思ってるんだ」
「もうこの程度じゃ、物ともしないさ。残念だったな」
勇者「ふぅん。なんか吹っ切れてるね。そういえば……魔法使いはどうしたんだい?」
盗賊「…………」
勇者「そうか、死んだのか」
盗賊「…………」
これには流石に怒りが湧くのか、盗賊は勇者を睨みつける。
一歩、近づくーーーまだ、まだ早い。
115 :
◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/23(木) 21:58:33.31 ID:Ut9bCkLSo
勇者「あっはっは、死んだんだ! そりゃそうか、心臓を貫いたんだ」
「蘇生魔法ですら、彼女を治癒する事は出来やしないさ……くっく、あっはっは!」
盗賊「そんなに面白いか、勇者」
勇者「ああ、面白いね。滑稽、実に滑稽だよ。それで盗賊、正義の味方にでもなりに来たの?」
「僕みたいに、悪に染まりなよ……。こっちは実に良い、満ち足りた気分さ」
キィン、とコインを指で弾く。
それは転がり、勇者の足元にーーーそして、裏を天に向ける。
勇者「…………なんの真似?」
盗賊「ほらな、今はお前が裏なんだよ。それで、俺は表……まるで、コインの表と裏みたいだ、お前と俺」
静かに盗賊は語る。これまでの旅の思いを。
盗賊「始めは……お前の事、嫌いだったよ。正義感が強くて、優しくて……ああ、俺とは真反対だって思ったね」
「だけど、お前が本気で魔王を倒したいって思ってたから。僧侶がお前を強く信頼していたから」
「俺はお前の為に、この手を汚してやろうって思えた。まさか、それがお前の反感を買うとは思ってなかったけどな」
勇者「………ああ、鼻につくね。僕の為にって……君は結局、ただの暗殺者だ」
盗賊「違うね。正義ってのは時には非情だ。正義の為には、誰かが手を汚さなきゃならない」
「お前は英雄だ。汚れちゃいけない。だから俺が、その役割を担ったーーーそれだけの、事なんだよ」
116 :
◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/23(木) 21:59:12.43 ID:Ut9bCkLSo
勇者「ふぅん。それで、何が言いたいのさ」
盗賊「お前は心底ド直球正義感野郎だからな。俺の事を最後まで仲間だと思えなかったんだろう」
「だから……智将なんかに、漬け込まれる。真面目すぎるヤツほど、”染まり”易いんだよ……」
勇者「…………」
盗賊「俺とお前がコインの様な存在だ。お前が言ったんだ。正義を志た人間ほど悪に堕ちやすいって」
「悪に染まった人間ほど正義に成りやすいってーーーどうだ、表と裏の説明」
勇者「何を言ってるのか分からないね。仮にそうだとしても、それがどうしたって言うのだ!」
口調が変わる。
やはりか、と盗賊はほくそ笑む。
盗賊「はっはっは、素が出てるじゃないか”魔王”」
勇者「………貴様」
盗賊「確かにテメーは勇者だ。だが、同時に魔王でもある」
「あの時、最後の一撃とやらで勇者の魂にこびりついたんだろ……それが、最初から、目的だったんだろう」
「智将に回りくどく、勇者に悪の心を植え付けさせて……俺達の関係を滅茶苦茶にして……最終的には……身体を乗っ取る……」
ああ、全く。
117 :
◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/23(木) 21:59:38.34 ID:Ut9bCkLSo
盗賊「弱虫さんだな、魔王サマ。勇者に勝つ自信がそんなになかったのか? 自分の側近を捨ててまで、さ」
刹那、勇者の身体が動く。僧侶を放り投げ、盗賊へと駆けるーーー速い。
勇者「人間ごときが、我を馬鹿にするか! 鼠が! 貴様など、一捻りよ!」
ぶぉん、と勇者の腕が盗賊の心臓を貫こうと放たれる。
しかし、盗賊はそれをひらりと交わし、勇者と距離を置く。
盗賊「ふぅ……。やっぱり、完全には魔王が定着していないらしい」
とはいえギリギリだった。もう数瞬、反応が遅れていれば心臓が取り出されていた。
それもあの神父に貰った、この不思議な腕輪のお陰かーーーいつも以上に、疾く動ける。
神父『この腕輪は、貴方を正しく風へと変えてくださるでしょう』
『だがそれ以上に身体への負担は大きい。何れ、貴方は地を這う芋虫の様に成ってしまうかもしれませぬ』
だからどうしたと言うのか。死を覚悟した人間に後先など無い。
勇者「………貴様、何処でその腕輪を?」
盗賊「ん? あぁ、見覚えでもあるのか。確か前の勇者パーティの”盗賊”が身に付けてたんだっけな」
118 :
◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/23(木) 22:00:07.50 ID:Ut9bCkLSo
勇者「……ヤツが生きていると申すか。くっく、全くしぶとい」
「貴様と同じく、仲間に逃がされた腰抜けよ。貴様の方が仲間の敵を討とうとする分、幾分かはマシだな”盗賊”よ」
盗賊「……あの人は、立派に今も戦ってるさ。慣れない聖職者になって、罪を償い続けている」
「回復魔法だって未だに初歩的だし、結界だってそれほど大したものじゃなかった」
「だけど、テメーの近くで虎視眈々と機会を伺っているのさーーー俺みたいに、テメーをぶっ殺す人間が現れるのをな」
勇者「くっく! 面白い……貴様を殺せば、次は過去の遺物の番だ!」
勇者が地面を蹴り、盗賊へと腕を振るう。その速度は腕輪を着けた盗賊さえも肝を冷やす速度だ。
腕輪の恩恵あっても、速度は同等に思えた。盗賊はひらりと身を交わしながら、更に距離を取る。
勇者「ちょこまか、と……貴様、何がしたい!」
盗賊「残念ながら、俺には勇者ほどの馬鹿力はないし、魔法も使えないからな」
「それより、さっきから完全に人格が”魔王”になってるじゃないか。さっきまで勇者だったのになあ」
勇者「くっく、勇者と我の意識は今、混沌の中にある。どちらも存在し、どちらも存在しない」
「我は魔王であり、我は勇者である。だが既に意識はーーー悪で覆い尽くされている!」
勇者はバチバチと両腕を天に掲げ、魔力を溜める。
不味いな、と盗賊は下唇を噛みしめる。雷撃は広範囲すぎて、流石に躱すことは叶わないだろう。
腕輪の恩恵で人智を超えた速度を手にした今を以てしても、難しい。
119 :
◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/23(木) 22:00:36.73 ID:Ut9bCkLSo
盗賊(……今か? いや、まだ早いーーーだけど、このままじゃ)
勇者「くっく! この部屋を覆い尽くす程の雷撃だ! 如何に速く動ける貴様でも、これを躱す事はできまい」
「二度、我の攻撃を躱した事は褒めてやろうーーー極大、雷撃ィ」
僧侶「ーーーーー対、魔防御、魔法」
雷撃が放たれる瞬間、勇者の後ろで倒れこんでいた僧侶が詠唱する。
馬鹿な、と勇者が振り返るーーーが、僧侶は確かに壊れた眼で二人を見ていた。
この一瞬の隙を盗賊は見逃さなかった。
完全に壊し尽くしたはずの、彼女の言葉に勇者ーーー否、魔王が驚いた隙を。
彼女は言葉に出しただけで、決して魔法を発動させた訳ではなかった。
それに気づけ無いはずはなかった。但し、それが本来の魔王であったならばの話だった。
『人呼んで、黒い旋風』
誰が付けたか馬鹿馬鹿しい二つ名。
それを好き好んでいた彼女に魅せつける様に、盗賊は今、旋風として駆ける。