Part1
盗賊「コインの表と裏」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1436888380/
1 :
◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/15(水) 00:39:50.57 ID:9XTpaLhVo
・地の文あり
・R-18表現が少しあります
・胸糞注意
2 :
◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/15(水) 00:40:54.60 ID:9XTpaLhVo
その日は酷い土砂降りの雨だった。
川は氾濫し、彼が立ち寄った村は増水に伴い農作物は全て台無しとなったらしい。
酒屋「やれやれ、これで当分は王都からの仕入れに頼るしかありませんね」
客「全くだ。それでも収穫期の後だったのは幸いだよ」
酒屋「違いない。それよりもお客さん、勇者様たちのお話は知ってますか」
客「ああ、魔王城に辿り着いたらしいな!」
酒屋「ええ。以前に王都でお見かけした時から、使命を必ず果たされる方と確信しておりました」
客「かーっ! これから魔物もいなくなって平和な時代か来るんだな。なあ、アンタはどう思う?」
村の酒場では今日も勇者の話題で溢れていた。
客はケラケラと愉快そうに、一人離れた席に座っていた彼に声をかける。
3 :
◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/15(水) 00:41:20.97 ID:9XTpaLhVo
盗賊「……さあ。どうだろうな」
低い、少し掠れた声で彼はさも興味なさげに答えた。
その風貌は旅人と思わせるもので、擦り切れた外套と深く被った帽子が特徴的だった。
黒、と表現するのが正しい。帽子の下の彼の表情は暗く、陰気な様子だった。
客「アンタ、旅人だろう。勇者様の話とかよく聞いたりしないのかい?」
盗賊「聞くさ。だが、大して面白味のある話ではないさ」
男はグラスを空にすると、数枚の硬貨を置いて席を立った。
客「けっ。なんでえ……ツレないねえ」
酒屋「まあまあ。それにしてもあの方……見た事ありませんか?」
客「ばーか。見ようにもでっけえ帽子マブカで被ってりゃ、顔も見れねーよ」
4 :
◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/15(水) 00:41:52.30 ID:9XTpaLhVo
雨の日は嫌いだった。激しくなる程にズキズキと古傷が痛む。
宿屋でベッドに潜り、雨の音を不快だと耳を塞ぐ。
盗賊「…………独りとは、こんなにも寒いものだったかな」
寒い。手足の先がキンと冷えている。
冷えた指先を擦る。温まらない指先を擦る、その仕草は祈りの様にも見えた。
生まれは貧民街。天涯孤独の身であり、喧騒の中で生きてきた。
行く末は暗殺者か、野盗か。ならず者である事は確定していたと思う。
ーーー1年ほど前だった。
「やめなさい」
凛とした声があの日、彼を貫いたのだ。その声の主は白く、気高かった。
貴族の家へと忍び込もうとした彼を偶然に見かけた彼女は強く咎めた。
5 :
◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/15(水) 00:42:31.87 ID:9XTpaLhVo
「何故、貴方は奪うのですか」
生きる為だと言った。
「ならば何故、貴族を殺そうとするのですか」
ヤツは何度も俺たちを殺そうとしたからだと言った。
「では、貧民街を救うと言ったならば?」
…………。
「その右手のダガーは、まだ綺麗でしょう」
根拠は、と言った。
「暗殺者と言うには、酷く手が震えていたので」
救えるのか、と言った。
「……勇者様ならば」
信じられるものか……。
「では、明日の同じ刻限に此処に来なさい」
6 :
◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/15(水) 00:43:24.52 ID:9XTpaLhVo
翌日、同じ時間に彼は足を運ぶ。確りと右手にダガーを握りしめて。
角を曲がった先、貴族の屋敷の門前ーーー彼女と、もう一人の男がいた。
勇者「どうだろうか。これで君を……君達を、救えるだろうか」
男は柔和な笑顔で彼を見た。男の足元にはしょんぼりとした貴族が正座していた。
察するに男は”勇者”と呼ばれる英雄であり、貴族を何らかの方法で律したのか。
勇者「……君の名前は?」
……盗賊、と言う。
7 :
◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/15(水) 00:44:36.59 ID:9XTpaLhVo
勇者「どうだろうか。魔王を倒す旅路……付いてくる気は、ないかな」
隣では白い女が凛とした顔で盗賊を見つめていた。
その視線には何処か懐かしい感覚にも襲われたーーそれは、何処だったか。
勇者「彼女の強い推薦でね。生憎と僕らは人出不足……二人での旅に限界を感じている」
しかし、何故……ケチな盗賊である俺を。
勇者「彼女の強い推薦だからさ。それに君をコイツから救った手前、お節介というヤツさ」
半泣きの貴族に少し蹴りを入れて、勇者は笑った。
相変わらず、彼女は凛とした表情だった。
勇者の気まぐれ。そして彼女ーー僧侶の強い推薦。こうして盗賊は彼のパーティに入った。
勇者は優しく、正義感の強い人間だった。故に、決して盗賊を仲間と心の底から認める事はできなかった。
彼が”盗賊”で彼が”勇者”だったからーーまるで、光と闇の様に、相反する存在である様に。
8 :
◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/15(水) 00:45:20.00 ID:9XTpaLhVo
ある日の宿屋での出来事。別室で僧侶は既に熟睡していた。
盗賊も微睡んでいた所、勇者の帰りが遅く心配になり探しに出た。
勇者は呆気無く、宿屋の裏手で見つかり剣の鍛錬をしていたので大事には至らなかった。
盗賊「勇者、そろそろ眠ったらどうだ」
勇者「ああ……。鍛錬は終わったし、そろそろ寝るかな」
勇者「僕にはこの剣が全てだ。魔法も大して強くはない……だから、頑張らないとね」
盗賊「まあ、少なくとも俺よりは有能な事に違いないさ」
勇者「君には助けられているよ。君は……僕に出来ない事を、やってくれる」
盗賊「……勇者、お前は英雄だ。世界を照らす光なんだ」
勇者「そういう所はやっぱり、分かり合えないのかな」
盗賊「……もう、寝るぞ」
不毛だ、と言わんばかりに盗賊は踵を返した。
その背中を眺める勇者の眼は……酷く、冷たかった。
9 :
◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/15(水) 00:46:19.63 ID:9XTpaLhVo
翌朝、直ぐに朝食を済ませて街を出発した。
王から贈られたらしい、二人を乗せた馬車を勇者が馬に跨がり引いて行く。
僧侶「盗賊! どうして貴方はそう、だらしがないのです」
盗賊「うるさいな。お前みたいに、いつも気を張っていたら疲れるだろ」
僧侶「貴方は気を張らなさすぎるの。もう少し、勇者様を見習いなさい」
勇者「まあまあ。僕だって、いつも気張っているわけじゃないからさ」
背後の二人を笑いながら宥める。僧侶は不服そうに、顔を河豚の様に膨らませていた。
10 :
◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/15(水) 00:46:48.30 ID:9XTpaLhVo
盗賊「お前達と旅をして数ヶ月だけど……僧侶、お前、意外に可愛いな」
僧侶「………なっ」
勇者「こらこら。盗賊、彼女は純情なんだからからかっちゃダメだよ」
盗賊「そりゃ悪かった。神に仕える聖女様は、この前にお前と言ったパブの姉ちゃんとは違うもんなあ」
勇者「………盗賊ぅ」
僧侶「へえ。私が寝ている時、そんな所へ言っていたのですか?」
笑顔が怖いとはこの事だった。盗賊は何時も中立の勇者を引きずり落としてやったとほくそ笑んだ。
どうせ死ぬならば道連れだーーそんな楽しい、旅の道中でも勇者と盗賊の間には溝があった。
だが少なくとも勇者は盗賊への対応が冷たい訳ではなかったし、盗賊も勇者を嫌いではなかった。
ただ、手段のお話ーーー勇者の手は汚れてはならず、盗賊の手は汚れなければならなかったのだ。
それは誰が頼んだでもなく、盗賊が進んで行った所業。勇者はそれを知りながらも、心根で否定する事しか出来なかった。
11 :
◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/15(水) 00:47:55.38 ID:9XTpaLhVo
とりあえずここまで
案外短くなりそうです
12 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/15(水) 01:28:14.96 ID:iR0p75dgo
続けたまえ
13 :
◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/15(水) 10:00:53.12 ID:9XTpaLhVo
ある日、僧侶と盗賊は街へ買い出しへと出ていた。
その間、勇者は魔王城の手がかりをと王城へと足を運んでいた。
盗賊「なあ、僧侶」
僧侶「はい?」
盗賊「あの時さ、なんで俺をパーティに入れようって勇者に言ったんだ」
僧侶「あー……」
盗賊「正直、人殺しはしてないけど俺は確実に真っ黒な人間だったんだぞ」
僧侶「ですが、眼は綺麗でしたから」
盗賊「そんな理由で、英雄勇者様のパーティの人選をして良いのかねえ」
僧侶「……まあ、勇者様風に言えば……お節介、でしょうか」
それはーーー気まぐれ、という意味なのか?
盗賊はそれを声に出すまいと堪える。勇者の”お節介”と僧侶の”お節介”は全く別物である事は察するに容易だ。
14 :
◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/15(水) 10:01:24.81 ID:9XTpaLhVo
僧侶「実を言えば、貴方の事を知っていたからでしょうね」
盗賊「なんだって」
僧侶「黒い外套の盗賊と言えば、王都では有名でしたからーーね、盗賊」
盗賊「……マジか」
僧侶「人は殺さない、されど風の様に盗んで行く……ええと、確か」
盗賊「やめろ、やめてくれ」
僧侶「人呼んで、黒い旋風」
盗賊「ぬがーっ!!!!」
僧侶「くすくす。まあ、特徴的な風貌でしたから。真っ黒な外套と帽子、それに人殺しに慣れてない感じ」
盗賊「……くそ、忘れたい過去だな」
黒い旋風。黒い外套と帽子を身につけ、風の様に物を盗んでいくーー貧民街では一躍有名人ではあった。
とはいえ誰かが名づけた二つ名。当の本人は大変不服だった。
15 :
◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/15(水) 10:02:05.07 ID:9XTpaLhVo
僧侶「いえいえ。私は好きですよ、その二つ名ーーそれに、とても格好良く思います」
どきり。
僧侶「それは褒め称える称号ですもの。貴方は命を奪わず、見境なく盗みを働いていたわけではなかったでしょう?」
どきり、と胸が高鳴る。いつからか、僧侶の笑顔に胸が痛む様になったのは。
自分が黒い旋風なら、彼女は白のーーーいや、やめておこう。
盗賊「ふん。でもなあ、盗みが好きでやってた部分もあるぞ」
僧侶「そうなんですか?」
盗賊「ああ、貴族のヤツらはしこたま珍品抱え込んでるからな。必然的に、お宝は好きになるさ」
「例えばコレなんて、見た目程の価値もない偽物でな……賢者の石、らしいぞ!」
盗賊は外套から一つの石を取り出した。見窄らしい、それは唯の石に見える。
実際、鑑定も行ったが唯の石である事に間違いはなかった。賢者の石とは名ばかりの贋作だった。
16 :
◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/15(水) 10:02:33.86 ID:9XTpaLhVo
僧侶「でも貧民街のみんなの為に、そんな贋作以外は大体を売却してしまうんですよね」
盗賊「くっ……そう、だな。値にならないもの意外は、売っ払う……」
話を反らしたかったのに、反らさせてくれなかった。なんと、手強い女だろうか。
僧侶「流石、黒い旋風様ですね」
盗賊「やめろ!!くそ、誰だ変な二つ名つけたヤツはーっ!」
くすくす、と笑う彼女は盗賊の手の石を手に取り、何やら神妙な面持ちで目を瞑る。
僧侶「……はい、これでおまじないを掛けておきましたから」
盗賊「なんだよ、それ」
僧侶「だから、おまじないです。盗賊が自分の為に持っているモノなら、貴方を守ってくれそうじゃないですか?」
盗賊「贋作の石がか?」
僧侶「私の念がこもっていますよ」
盗賊「なるほど、そりゃ効きそうだ……」
やれやれ、と石を返してもらい懐に仕舞う。
彼女のおまじないが掛かっただけで、こうも頬が緩んでしまうとはーーー。
17 :
◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/15(水) 10:03:12.47 ID:9XTpaLhVo
旅を続けて半年近く。新たに仲間が増えた。エルフの里を訪問した際、一人のエルフを魔物同士の抗争から救った。
それを機にエルフの里は魔王軍へ反旗を翻し、その使者として彼女ーー魔法使いを仲間として迎え入れる様に彼らに頼み込んだ。
魔法使い「ねえ、盗賊さん。勇者様と、僧侶さんってデキてるの?」
盗賊「あ?」
魔法使い「おっと……盗賊さん、僧侶さん狙いなのね」
盗賊「そんなんじゃない……」
魔法使い「ふーん。いやね、最近夜中に僧侶が出歩いてるからさ……勇者様と会ってるのかなって」
盗賊「俺という考えはないのか」
魔法使い「微妙」
盗賊「……まあ、僧侶もまだ若い。年頃の女なら、恋のひとつやふたつ……」
魔法使い「もしもーし。ぶつぶつ言いながらダガーをくるくる回すのやめて」
彼女が勇者と……そう考えただけでも、沸々と何か言いようのない感覚が渦巻いた。
18 :
◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/15(水) 10:03:45.60 ID:9XTpaLhVo
魔法使い「私はさ、勇者様に助けられて、魔王に歯向かう事を決めたからね……ちょっと、妬いちゃうなあ」
盗賊「お前、勇者のこと?」
魔法使い「うん。好きなんだろうね。僧侶さんか、手強いなあ」
盗賊「一応、お前って魔族だよな」
魔法使い「別に人間に恋しちゃいけないルールはないよ。それに相手は勇者様なら、長老も大歓迎じゃん」
真っ直ぐな瞳は、恋い焦がれた女のそれだった。
短い期間とは言え、エルフの里での一件以来彼女は完全に勇者にお熱だ。
魔王の差し向けた軍勢から守り抜き、捕らえられた彼女を救ったのは勇者だった。
盗賊「救われたから、惚れるか……」
魔法使い「なんか言った?」
盗賊「別に。さあ、さっさと買い出しを終わらせよう」
早く、宿に戻って僧侶の顔が見たかった。
それは先程までの胸の高鳴りではなくて、魔物と対峙した時の感覚に似ていた。
19 :
◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/15(水) 10:04:26.07 ID:9XTpaLhVo
その日の晩、魔王城までの進路が決まった。
その日から道中の魔物は格段に強さを増していった。
勇者は剣技は勿論のこと、魔法もめきめきと上達していった。
僧侶は回復魔法、補助魔法とみるみるうちに習得していく。
魔法使いは流石、エルフの血族だ……彼女の魔法は魔力のない盗賊からすれば魔王の様に見えた。
では、盗賊はどうだろうか。勿論、彼も成長を重ねていた。
その疾さには磨きが掛かり、最早誰にも追いつける存在ではなかった。
彼の弱点を見抜く力により、魔物は即座に致命を受けざるを得ない。
だが、彼自身に致命を貫く力はなくて、彼は最近では補助に回る事が多かった。
魔物の弱点を見抜き、それを勇者や魔法使いが攻撃……そして、倒し損ねた的を盗賊が刈り取る。
しかし、彼はそれで良かった。パーティでの役割は戦闘にのみ存在するものではない。
彼の使命は勇者一行を円滑に魔王城へと届ける事。その為ならと自らの手を何度も汚し続けていた。
勇者達には成し得ない事。つまり、勇者達へ牙を剥く人間の排除。
それは僧侶は勿論、魔法使いも知らずーー勇者だけが、感づいている。
だが勇者は何も言わなかった。盗賊の行いが必要ではあった。だから、やはり、心根で否定するしかできやしない。
20 :
◆XtcNe7Sqt5l9 :2015/07/15(水) 10:04:55.04 ID:9XTpaLhVo
ある日の晩の出来事だった。
その日はとても月が綺麗で、相変わらず勇者は鍛錬に出かけていた。
盗賊がぼんやりと、夜風に当っていると女部屋の扉が開く。
僧侶「………あ」
盗賊「ん……なんだ、僧侶か。また寝てないのか」
僧侶「少し寝付けなくて。夜風に当たりに行こうかと思って……」
少し、伏せ目がちにそう答える彼女の姿は何処か淫靡に思えた。
以前、魔法使いが言っていた言葉が脳裏に蘇るーーーまさか、と。
盗賊「……一緒に行っちゃ、悪いかな」
思わず、口をついて出た言葉。それは絞りだすような、少し掠れた声だった。
僧侶「え?」
盗賊「……悪いな、聞き逃しといてくれ」
バツが悪そうに盗賊は頭を掻いて、部屋に戻る。
僧侶は少し、戸惑いながらもその背中に声をかける事はなかった。
盗賊「これで勇者が部屋にいるなら、こんなに溜息もでないのかね……」
2つあるベッドはどちらも空だった。
薄々は感じ取ってはいた。勇者が鍛錬と言いながらも朝方まで帰ってこない事も多くなった。
いつからだろう。自分に言い聞かせる様になったのは……。
彼女には、彼がお似合いだと。