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勇者「コミュ障すぎて満足に村人と話すことすらできない」
Part29


100 :名無しさん@おーぷん :2014/12/13(土)03:30:56 ID:Ont
ヴァンパ「終わりです。長い話に付き合わせて申し訳ございません」
ヴァンパ「では、そろそろお別れにしまーー」
横っ腹を得体の知れない激痛が襲ったせいで、彼の言葉はそこで途切れた。
 思わずヴァンパイアは、僧侶の手首から手をはなしてしまっていた。
ヴァンパ「な、なんですかこれは……!?」
 ヴァンパイアの下半身は、自身の血で真っ赤に染まっていた。
 足もとの血だまりは、いつの間にできたというのか。
僧侶「あなたが言ったとおりです」
ヴァンパ「……?」
僧侶「私の術は、魔物を殺すことを第一に考えて作られています」
僧侶「あなたの腕に糸をまいたとき、同時に術を施させてもらいました」
僧侶「極端に血のめぐりがよくなるように、ね」
ヴァンパ「しかし、なぜ……」
僧侶「これだけの血を流しながらなぜ気づかなかったのか、ですか?」

101 :名無しさん@おーぷん :2014/12/13(土)03:32:18 ID:Ont
僧侶「簡単な話です。一時的に痛覚を奪っておきました」
ヴァンパ「……そうか。先ほど、あなたは自分の痛覚も消していましたね」
僧侶「気づいてましたか」
ヴァンパ「私の攻撃を受けたとき、あなたは顔色一つ変えませんでした」
ヴァンパ「だが、わからない。どうやって腕を使えない状態で攻撃を?」
僧侶「たしかに、私は今回糸を使って戦いに挑みました」
僧侶「ですが、普段はべつのものを使っています」
ヴァンパ「それは……髪の毛?」
僧侶「そうです。背中まで伸ばしているのは、こういうときのためです」
僧侶「からだのパーツの一部ですから、腕が使えなくても魔力で自在に操れます」
ヴァンパ「つまり。糸はフェイクだった、と」
僧侶「そもそも。糸が武器だなんて、私は一言も言ってません」
 ヴァンパイアは、糸が切れたように血だまりにひざまずく。
 傷口からあふれる血は、一向に止まる気配を見せない。

102 :名無しさん@おーぷん :2014/12/13(土)03:33:52 ID:Ont
ヴァンパ「吸血鬼が自分の血に溺れて死ぬ、というのはなかなか皮肉が効いてますね」
僧侶「ずいぶんあっさりと、自分の死を受け入れるのですね」
ヴァンパ「生きてることに、意味なんてありませんから」
ヴァンパ「……私も、あなたと同じでね。故郷がないんですよ」
僧侶「滅ぼされたのですか?」
ヴァンパ「そうです。人間と魔物によって奪われたんです」
ヴァンパ「もっとも。境遇は似ていても、そのあとの行動はまったくちがったようですが」
僧侶「……」
ヴァンパ「魔物にすべてを奪われた。だから魔物に復讐しようなんて、安易すぎる発想です」
ヴァンパ「どうせ小さな偶然で狂う人生なんですよ?」
ヴァンパ「意思や決意、葛藤なんてものは不必要なものだと思いませんか?」
ヴァンパ「気まぐれに、てきとうに生きればいいんですよ」
僧侶「気まぐれで、てきとうだから死んでもいいと?」
ヴァンパ「ええ。だってそうでしょう?」

103 :名無しさん@おーぷん :2014/12/13(土)03:35:27 ID:Ont
ヴァンパ「あなたの仲間は、魔物を抹殺することに対して疑問を抱いている」
ヴァンパ「あなた、下手すれば彼らと対立することになるのでは?」
ヴァンパ「そうなったとき、あなたは自身の葛藤に苦しむことになるでしょう」
僧侶「……今でも、私は迷っています。正直苦しいです」
ヴァンパ「ふっ。やっぱり」
僧侶「きっと、私はこれからも苦しむのでしょう」
僧侶「でも。彼らとの旅のおかげで、私は私に疑問をもてるようになりました」
僧侶「復讐に取り憑かれていた私が、迷うってことを覚えたのです」
ヴァンパ「……なんですか、そのビンは?」
僧侶「飲めばわかります」
ヴァンパ「情けをかけたつもりですか?」
僧侶「どうでしょう? このビン、中身が毒の可能性もありますよ」
ヴァンパ「……」
僧侶「選んでください。飲むのか、飲まないのか。自分の意思で」

104 :名無しさん@おーぷん :2014/12/13(土)03:40:31 ID:Ont
ヴァンパ「……あなた、本当にシスターなんですか?」
僧侶「いちおう」
ヴァンパ「あなたの思想は、とても神に仕える人間とは思えない」
僧侶「……私たちは神に祈ることはできても、頼ることはできませんから」
ヴァンパ「……」
僧侶「……あっ、最後にひとつ。嘘の訂正をしておきます」
僧侶「魔法陣を使って侵入したのは、私たちだけじゃありません」
ヴァンパ「……嘘までつくとは。やはり、あなたはシスターには向いていない」
僧侶「そうかもしれませんね」
僧侶「では、さようなら。もう二度と会いません」

105 :名無しさん@おーぷん :2014/12/13(土)04:34:53 ID:Ont

サキュ(それにしても。ここまで長引くなんて)
 普段の言動とは裏腹に、戦いに関しては魔法使いもサキュバスも慎重なほうだった。
 そのせいか、戦いはサキュバスの予想より、だいぶ長引いていた。
 魔法使いが水弾で、的確にサキュバスを狙ってきた。
サキュ(やっぱりおかしい)
サキュ(あたしの術をくらって、こんなに正確に攻撃してくるなんて)
 魔法使いは間違いなく、サキュバスの魔術を食らっているはずなのに。
魔法使い「あ、あれー?」
 術を使った直後の魔法使いの動きは、ふらついているように見える。
サキュ(でも、なんか。下手なダンスしてるようにも見える……)
 今度は床を濡らしていた水が、氷の突起にとってかわる。
 この術も、正確に自分を狙えている。
サキュ(まさか、この子はあたしの術にかかったふりをしている?)
 

106 :名無しさん@おーぷん :2014/12/13(土)04:38:43 ID:Ont
 だが、どのようにしてサキュバスの術に対処しているというのか?
 たしか、彼女は治癒の術は使えなかったはず。
サキュ(なにか、以前と変わったことはーー)
 さっきから魔術を連発されているせいで、反撃することができない。
 思考を働かせつつ、敵の術を確実にかわしていく
 
 特に変化したところは見当たらない。
 今どき珍しい、ひと目で魔術師だとわかる格好。 
 杖を武器にした魔術一辺倒の戦闘スタイル。
 子どもと見間違えてしまうような背格好。
 
 そして、悪趣味な黒縁眼鏡。
サキュ(……眼鏡?)
 前回、この魔術師は眼鏡をかけていたか?
 いや、自分の記憶が正しければかけていなかった。
サキュ(……そういうことね。あたしの術は視覚にうったえるもの)
サキュ(たぶん、あの眼鏡がなにかカラクリがあるのね。だったらーー)

107 :はい◆N80NZAMxZY :2014/12/13(土)04:39:19 ID:Ont
つづく

108 :名無しさん@おーぷん :2014/12/13(土)09:38:10 ID:f0T
乙!
僧侶ちゃんにそんな過去が・・・

109 :名無しさん@おーぷん :2014/12/13(土)12:58:54 ID:hgi
僧侶ちゃんの台詞いちいちイカしてんな

110 :名無しさん@おーぷん :2014/12/14(日)09:36:05 ID:jZR
僧侶は歩く名言集やでホンマ

111 :はい◆N80NZAMxZY :2014/12/14(日)18:06:36 ID:skC
 翼を広げ飛翔する。
 魔法使いが火球で応戦してくるが、翼で吹き飛ばして強引に肉薄する。
 さらに火に代わって、マントの内側から取り出した杖を飛ばしてくる。
サキュ(爆発の前に翼で吹っ飛ばす。それができないなら、手でキャッチすればいい)
 だが、すべての杖をさばくのは無理があったようだ。
 爆発。濃い煙がサキュバスの顔に降りかかり、視界が真っ白に染まる。
サキュ(これは普通の煙? あの捕獲用のものじゃない?)
 脳裏をよぎった疑問のせいで、接近してきている足音に気づくのが遅れた。
 魔法使いが突き破るように煙から飛び出してきた。
 自分から接近してくるなんて。完全に予想外だった。
魔法使い「これで終わり」
 魔法使いのむき出しの腕が赤く輝く。
 その赤い光りが魔法陣によるものだと直感したときには、すでに術は発動していた。

112 :名無しさん@おーぷん :2014/12/14(日)18:11:16 ID:skC
 次の瞬間。
 サキュバスが起こした行動は、自分の片翼を引きちぎるというものだった。
 肉が裂ける音を塗りつぶすように唇から悲鳴がほとばしる。
サキュ「ぅぅうううううぅっ……!!」
魔法使い「な、なにをして、るの……!?」
 赤い閃光と激痛が視界を真っ赤に染める。
 のたうち回りたくなるような苦痛の中でも、サキュバスは状況確認をおこたらなかった。
 真っ青な顔をした魔法使いは、呆然と立ちつくしている。
 切り離した翼は跡形もなく消え失せていた。
魔法使い「翼を魔法陣に吸いこませて、転移の術を回避するなんて……」
サキュ「ふふっ……どう? あた、ま……いいでしょう?」
魔法使い「なんで、そこまで……」
サキュ「……ここで……ここで負けるってことは、死ぬのと同じだからよ」

113 :名無しさん@おーぷん :2014/12/14(日)18:14:38 ID:skC
 人間とちがって自分たち魔族にはあとがない。
 この戦いに負けた先にあるのは、口を開いた真っ暗闇だけだ。
 だから、どんなことをしてでも勝たなければ。
サキュ「……あー、本当はこれ、やりたくなかったんだけどなあ」
 ともすれば、かすんでくる意識を無理やりつなぎ止めて、全身の魔力を沸騰させる。
 かつて自分は人間だった。
 その自分が、今こうして魔族に成りかわって人間と戦っている。
 奇妙だと思う。不思議だとも思う。だが間違っているとは思えない。
 そう、これが自分が選んだ道だ。
サキュ(魔王さまが目指す世界はあたしの目指す世界。だからーー)
サキュ「あなたにあたしの世界、見せてあげる」

114 :名無しさん@おーぷん :2014/12/14(日)18:17:09 ID:skC

 自分の翼を引きちぎるというサキュバスの行動。
 耳をつんざくような悲鳴。それらが、魔法使いの意識を遠くへと押しやっていた。
 そのせいで気づくのが遅れた。
魔法使い「……え?」
 目の前のサキュバスの輪郭が曖昧になっていく。
 サキュバスだけではない。床も天井も自分も。
 すべての輪郭が消え、マーブル状に溶けて混ざっていく。
 世界がおかしくなっている。
サキュ「……これ、あたしにも影響あるんだけどね。でも、仕方ないよね」
サキュ「今度は目からじゃなくて……耳から攻めてあ・げ・る」
 今までは特殊な魔術をほどこした眼鏡によって、サキュバスの攻撃から逃れていた。
 だが、その眼鏡は早くも意味を失ったらしい。
 腕に鋭い痛みと衝撃が走る。まともに立っていられない。

115 :名無しさん@おーぷん :2014/12/14(日)18:19:30 ID:skC
サキュ「っ……あたしたちも、負けられないの……」
サキュ「負けたら、あたしたちの世界は終わっちゃうから……!」
 ぐちゃぐちゃになった視界は、魔法使いの思考にまで影響を及ぼしていた。
 だが、それでも。
 このままでは、残り十数秒のうちに殺されることは理解できた。
魔法使い(……どうした、ら……どうすれば…………)
 状況を打開しようとめぐる思考が、耳にこびりついた悲鳴によってかき乱される。
 サキュバスは、自分のからだの一部をなんの躊躇もなく引き裂いた。
 一瞬でも判断が遅れていれば、彼女は魔法陣によって飛ばされていたはず。
 彼女にはこの戦いに対して、自分のすべてを犠牲にするだけの覚悟があるのだ。
魔法使い(私は……私には……そんな覚悟はあるの……?)

116 :名無しさん@おーぷん :2014/12/14(日)18:22:01 ID:skC
 目を開けていることさえ辛くて魔法使いはまぶたを下ろした。
 手からすべり落ちていく杖が、かわいた音を立てる。
『あきらめるのかっ!? そしたら本当に終わりだぞ!?』
『ここまでボクたちが旅してきたこと! その意味もなくなるぞ!』
 不意に。目をとじてなお、ゆがんでいく世界に彼の言葉が響きわたった。
魔法使い(……そうだよ。ここであきらめてどうするの、私)
 旅の中でいろいろなものに触れて、様々なものを知った。
 自分がなにも知らないことを知ることができた。
 大切な仲間もできた。
 世界には、自分の知らない世界がたくさんあった。
魔法使い(ここであきらめたら、私の世界は終わっちゃう。だからーー)
 私は私の世界を終わらせたくない、もっとこの世界を知りたい。
魔法使い「ここからは私の世界だ」

117 :名無しさん@おーぷん :2014/12/14(日)18:25:24 ID:skC

 この期に及んで立ち上がってくる魔法使いに、驚かなかったわけではない。
 しかし。あとはこの爪で彼女の首を引き裂くだけ。
魔法使い「ーーここからは、私の世界を見せてあげる」
 虚ろだった魔法使いの瞳には、わずかに意志の輝きが戻っていた。
 そして、それは起きた。
サキュバス「……な、なによこれ……!?」
 ぱりぱりと音を立てて、空間が氷に覆われていく。
 変化はそれだけに終わらなかった。
 地鳴りにも似た低い音が背後でして、サキュバスはとっさに地面を飛び退いた。
 ふり返れば、巨大な氷のトゲが地面から生えていた。
 攻撃はそれだけに終わらなかった。
 天井からも、壁からも、息つく暇もなく氷が飛び出してくる。

118 :名無しさん@おーぷん :2014/12/14(日)18:28:22 ID:skC
サキュ(あたしが見えてないからって、空間全部を覆いつくす氷で攻撃してくる気?)
 背中の痛みがサキュバスを硬直させた。
 目の前で氷がせりあがってくる。だが、かすってすらいない。
サキュ(そうよ。この氷を破壊して逃げ場所を確保すればいい)
 しかしその認識は間違いだと、すぐに気づかされた。
 根元から切り裂いた氷が瞬く間に修復されていく。
サキュ(これはまさか……空間系の魔術? このままじゃ、逃げ場がなくなる)
 サキュバスは、背中の痛みに耐えながら必死に敵の攻撃をかわしていく。
 攻撃に規則性はない。
サキュ(おそらくあの子自身、氷がどこから飛び出しているのか認識できていない)
 その証拠に突起は術者本人の真横ですら、容赦なく横切っていく。
 サキュバスの術にかかっているのだ。
 当然と言えば当然だ。
 
 だが、ここまで思い切った行動に出るには、それ相応の覚悟が必要だったはず。

119 :名無しさん@おーぷん :2014/12/14(日)18:30:32 ID:skC
サキュ(これだけの規模の術。長くはもたないはず)
 
 サキュバスの体力が切れるのが先か。
 魔法使いの魔力が尽きるのが先か。
 
 彼女の世界の終わりは唐突に訪れた。
 肌を突き刺すような冷気が鳴りをひそめ、たちまち室内の氷が溶けていく。
 限界が先にきたのは魔法使いだった。敵は床に両膝をついてしまっている。
 もっとも、限界なのはサキュバスも同じだった。
 背中を襲う苦痛の波に、彼女は今にも溺れそうになっていた。
 それでも彼女の足は動いていた。
 敵は魔力も尽きて目もほとんど機能していないはず。
 チャンスは今しかない。
 魔法使いが広げたマントから、杖を投擲してくる。構わず水浸しの床を突き進む。
サキュ(これで終わり)
 
 あとコンマ数秒で、爪が魔法使いを引き裂くーーはずだった。
 横腹を鉄球でもぶつけられたような衝撃が襲った。

120 :名無しさん@おーぷん :2014/12/14(日)18:32:47 ID:skC
 サキュバスの腹には、飛び出した氷の突起が突き刺さっていた。
 
 よく見れば、突起は魔法使いのマントも同じように貫いていた。
サキュ「う、そでしょ。な、んで……?」
魔法使い「……氷は背中のものだけを残して、解除したの」
サキュ「じゃあ、あの杖は……」
魔法使い「うん。杖を投げたのは、マントを広げるって行為を自然なものにするため……」
魔法使い「もちろん。マントを広げたのは、背中の氷を隠すため」
サキュ「だけど……だけどっ! あなたの目はあたしの術で……!」
魔法使い「目は見えなくても、あなたの位置は足音が教えてくれた」
サキュ「足音……そう、そういうこと」
サキュ「氷を解除した狙いは、水であたしの位置を探ることだったのね」
魔法使い「そういうこと」
 サキュバスを貫いていた氷が急速に溶けはじめた。 
 支えを失ったサキュバスは、魔法使いと同じようにくずおれる。