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勇者「王様が魔王との戦争の準備をしている?」
Part9


183 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/21(土) 12:53:27.71 ID:YTX0ptQ10
少女「あんたと一緒でも嬉しくないねっ」
勇者「別にお前を喜ばせるためにここにいるわけじゃない」
少女「むー」
隊長「喧嘩をするな。相手は化け物だぞ。気を抜いて勝てると思うなよ」
隊長「前衛は俺とお嬢ちゃんが務める。中衛に勇者とA、光栄で狩人と老婆さん。これでいこうと思う」
隊長「作戦は……まぁいいか。新米ってわけじゃないんだ、慣れてるだろう。ガンガン行こうぜ、ってやつだな」
狩人「……」
勇者「どうした」
狩人「ごめん。やっぱり黙ってられない」
老婆「どうしたのじゃ」
狩人「血の臭いがする」
 全員が眉を寄せた。血の臭い。それは深く勘ぐらなければ、全滅した先遣隊のものに違いなかろう。
 九割がたそうであると思っていても、誰もが口にしなかったことであった。先遣隊はこの先に進み、鬼神に出会い、全滅した。勇者の経験を参照するに、逃げ出すことすら叶わなかったのだろう。
 狩人はそのことを随分と前から知っていたし、その上であえて無言を貫いていた。しかし、隠し通せればまた別だが、それもできそうにない。最早これまでとなるのも詮無きことである。

184 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/21(土) 12:54:42.87 ID:YTX0ptQ10
 狩人には深い考えはなかった。ただ勇者にこれ以上精神をすり減らして欲しくないだけだった。
 彼の望みは限りなく遠大で、人の身には持て余す。彼のために彼女ができることは少ない。
 だからこそ、その数少ないできることくらいはしたかった。
 僅かな無言の間をおいて、隊長が小さく「行くぞ」と呟く。
 人間は生きている限りにおいて人間である。そして人間の時間は人間のためにのみ使われる。感傷に浸るのはタイミングが違う。
勇者「……」
狩人「……」
 緩やかに曲がる通路を歩いていくと、気圧の関係だろうか、瘴気を伴って生温い風が吹き込んできた。すでに勇者たちの嗅覚でも不快なにおいを感じ取れるほどの距離に来ている。
 最早目的地は目と鼻の先だ。
隊長「!」
 悪臭の原因がそこには満ち満ちていた。
 何人分であったのか判断がつかないほどに引き千切られ、撒き散らかされたそれらが、かつて人間の一部であったと誰が気付くだろうか。
少女「酷い……」
 勇者はある地点で屈んだ。人間の頬から顎にかけてが無造作に打ち付けられている。
 そこに落ちていたのは眼鏡だった。記憶が正しければ、田舎から出てきた兵士Eのかけていたものだ。
 彼は死に際に何を思ったのだろう。後悔か、絶望か。それとも田舎の家族に祈ったのか。
 決して栄光などではないはずだ。お国のために死ねた、万歳などと、聖人君子でさえも思えるはずはない。

185 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/21(土) 12:55:38.38 ID:YTX0ptQ10
 ふつふつと勇者に湧き上がる感情があった。それは一見すると獰猛な獣の形をしており、どす黒く、プロミネンスを巻き上げている。
 ぐるる、と獣が唸りを挙げた。口の隙間から垂れた涎は強酸性で、理性の防波堤を溶かしにかかる。
狩人「ーー来る!」
 狩人が叫ぶのと、前方から猛烈な勢いで「何か」が突っ込んでくるのはほぼ同時だった。
 空気を切り裂き大剣が唸る。力加減というものを知らない大振りの一撃。
 触れたものを両断するだけでは済まないであろう攻撃を、驚くべきことに少女が鎚で食い止める。
 一際高い金属音が鼓膜を揺さぶる。鎚の柄は大剣をしっかりと受けとめ、刃毀れが起きることも、反対に柄に傷がつくこともない。全くの互角。
 火花が散って、大剣の持ち主ーー鬼神の姿を一瞬だけ明るく照らす。
隊長「うぉおおおおおっ!」
 限りなく低い体勢で隊長が詰め寄る。鞘に納めた刀に手をやり、そのまま体を捻って抜刀、遠心力を加算して一気に切り抜く。
 鬼神は容易く大剣を手放した。そうして右手に握った短刀で刀を受け止めようとするが、あまりの攻撃の鋭さに、短刀の中ほどまで亀裂が走る。
鬼神「ンだとぉっ!?」

186 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/21(土) 12:56:10.99 ID:YTX0ptQ10
 鬼神が残った左手で短刀を抜こうとしたその時、爪の隙間に鏃が突き刺さった。眼球と同様に鍛えられない部位への激痛に、思わず鬼神は刃を取り落す。
 勇者が駆ける。ついで兵士Aも飛び出した。
 兵士Aの投擲。それらは鬼神の鋼鉄の皮膚の前には通用しないものの、意識を兵士Aにずらす程度の働きは持つ。そしてその隙に、雷を纏った勇者の剣が、鬼神の皮膚に大きく食い込む。
 肉の焦げる音と臭いが五感を不快に染め上げていく。けれど、不快であるその感覚を勇者は望んだ。その不快の先に勇者の求めるものがあるのだ。
 柄をさらに力強く握りしめ、地を蹴った。
 血飛沫が勇者の頭に降り注いでいく。どうであったかなどの確認をする暇はない。勇者はすぐさま踵を返し、傷口をさらに広げるために再度攻撃を試みる。
 しかし鬼神もやられてばかりではない。短刀などあるだけ無駄だと判断したのか、固く握った己の拳で勇者を叩きつける。
少女「させないっ!」
 鎚の一撃が鬼神の左肘から先をおかしな方向へとひん曲げる。同時に着弾する老婆からの火炎弾が、盛大に鬼神の顔面を焼いた。
 獣染みた鬼神の絶叫が鼓膜を破らんばかりに反響する。
鬼神「うごぉおおおっ! くそ、畜生、なんだよぉおおおっ、人間の分際でよぉおおおお!」
 残った右手を振り回して手探りの攻撃を行うが、無論勇者をはじめとするメンバーには、そんな攻撃など届くはずもない。勇者は余裕をもって背中を大きく横に切り付けた。
 合わせて兵士Aは魔法の剣を生成、右腕に深々と突き立てる。

187 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/21(土) 12:56:40.84 ID:YTX0ptQ10
兵士A「隊長!」
隊長「おう」
 阿吽の呼吸で隊長が飛び上がり、大上段に刀を構えた。
 兵士Aが魔法剣を解除すると、剣は王城でもそうであったように、光の粒子となって洞窟の中に溶ける。そしてそこを目掛け、隊長が一思いに刀を振り下ろす。
 低く、鈍い音がした。一拍おいて地面に切り離された鬼神の腕が転がり落ちる。
鬼神「うおおおお、おお、あ、くっ、く、が、ぐぁあああっ!」
 激痛に身悶えし、のた打ち回る鬼神。純粋な戦闘種族とは言っても、桁外れの身体機能のせいでまともな痛みというものを受けたことがないのだろう、耐性は寧ろ一般人よりも低いとも思われた。
 鬼神はのたうつことこそ落ち着いたけれど、両腕が使い物にならないのは事実である。倒れた常態からでも殺意を向けているのはある種見事なものだったが。
鬼神「許さねぇ、許さねぇぞ、人間……」
 鬼神が呟いた。その恨み節にも苦痛の色は濃い。
 もともと自尊心の高い魔物である。魔物の中でも格が高いゆえに、他の者をどうしても見下しがちになる。それを人間ごときと馬鹿にしていた存在に怪我されたのだから、怒りは計り知れないのだろう。
鬼神「殺してやる……絶対だ、絶対だ!」
鬼神「俺は九尾の指令を受けてーー!」
勇者「うるさい」

188 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/21(土) 12:57:34.85 ID:YTX0ptQ10
 反射的に勇者は、辛うじて残っていた左腕も切り落とす。筋肉が弛緩しているためか、それとも自身の怒りのためか、切断は戦闘中より随分と容易かった。
 またも鬼神の絶叫が響く。
勇者「これでバランスが取れただろう」
隊長「おい、それくらいにしておけ」
勇者「あんた、悔しくないのか? 仲間が殺されたんだぞ。一人や二人じゃない。数十人単位でだ」
隊長「それとこれとは話が別だ」
勇者「は。流石大人は言うことが違いますねぇ」
少女「勇者!」
 鋭い声が飛ぶ。
 少女にはわからなかった。本当に彼が、かつて彼女にたいして「燃えた町のことは関係がない」と切って捨てた人物なのかどうか。
 彼は一体誰の死を悼み、誰の死を悲しんでいるのか。
 ただの冷徹ならば嫌いになることもできる。しかし、彼がそれだけの存在でないことは、少女も無論理解していた。彼にも彼なりの思いが、苦悩が、葛藤が、存在するのだ。自らがそうであるように。
 実質不死であるその性質が毒となって悪さをしているのだということはすでに知れた。どだい人間の心が耐えうるような代物ではないのだ。
 だが、勇者は何も言わない。それが少女の腹をより一層立たせる。
狩人「落ち着いて」
 少女を制して狩人が一歩前に踏み出す。彼女はまっすぐに勇者を見ている。

189 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/21(土) 12:58:11.86 ID:YTX0ptQ10
 さらに一歩。勇者との距離が縮まり、手を伸ばせば届く距離になった。
 狩人はおもむろに勇者の手を取る。血に濡れた、だが暖かい手だ。彼女の愛する、愛する者の手だ。
狩人「勇者」
勇者「……悪い。隊長さんも」
隊長「ん、いや、まぁ構わんさ」
老婆「青春じゃのぅ」
 にやにやと老婆は笑っている。
 なんだか恥ずかしくなって、勇者は明後日の方向を振り向いた。
 鬼神が立ち上がっていた。
鬼神「ーーーーーー」
 蹄鉄が舗装された道路と擦れあうような音が鬼神の口から洩れる。
 肉を引き裂く倚音が鬼神の体からしたかと思うと、肩の付け根から新たに右腕が生えようとしている。無論鬼神にそのような特性があるわけはないが、そうなっているのもまた事実である。
 鬼神は新たに生えた片腕で剣を抜く。狙いは最も近かった少女。
 最初に動いたのは勇者である。というよりも、余りにも咄嗟の出来事で、彼以外に動いている者は存在しない。
 一拍遅れてその他のメンバーも反応する。剣を抜き、弓を番え、呪文の詠唱を始めるが、それよりも鬼神の剣は早い。間に合わない。
 少女が鎚を手に取るが、その上を滑るように刃が向かい、そして。
「ーーーー!」

195 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/24(火) 08:47:54.80 ID:COvsRb4l0
 誰かの悲鳴が大空洞内を満たす。誰かのではなく、彼らの、であるかもしれない。
 勇者の鳩尾に深々と短刀が突き刺さっていた。
 虫ピンで昆虫を磔にするように、刃が勇者を貫き、庇われた少女ごと壁に縫い付けている。少女は勇者が突き飛ばしたおかげで軽傷のようだが、それでも肋骨の付近を刃が通った状況だ。布の服が鮮血を吸って徐々に色を変化させていく。
 勇者に重なる形で壁と挟まれた少女はすぐさま状況を理解する。動こうと意思を見せただけで全身を激痛が苛むものの、激痛程度で止まってはいられないのだ。
 こんなところで死んでいられないのだ。
 彼女の償いはまだ終わっていないのだから。
狩人「勇者っ!?」
老婆「そいつは捨て置け! それよりも今は敵じゃ、わけがわからん!」
 二人の声をBGMに少女が鎚を持って駆け出す。一歩踏み出すごとに染み出す血液が、激痛が、まだ生きていることを教えてくれる。
 老婆は詠唱を終えた。十からの火球が空中に生まれ、推進力を得て鬼神に叩き込まれる。
 赤を通り越して青白く燃える超高熱の炎は、燃やすという概念からは程遠い。正鵠を得た表現をするならば蒸発である。
 だが、結局はそれも命中せねば意味がない。

196 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/24(火) 08:50:28.20 ID:COvsRb4l0
鬼神「ーーーー!」
 実に耳障りな、ぬかるみの底のような雄叫びを挙げ、鬼神はおおよそ有り得ない動きで回避した。筋肉で動いているのではなく、重力に操られているかのような動きであった。
 制動が聞かずに鬼神はそのままの速度で壁に激突する。かなりの衝撃だろうに、鬼神は相も変わらず無表情でけたたましい声を上げているばかりだ。
 衝突の隙を狩人が狙い、矢を放つ。同時に兵士Aが魔法剣を精製、狩人の動線からずれながら、抜刀。
 鬼神は今度は攻撃を回避しなかった。魔法剣の刃が深々胸部に傷をつける。
 必中だと思われていた鏃はすんでのところで復活した右手に掴み取られるが、さらにその手を狙って追加された矢の雨は、防御する一瞬も与えない。突き刺さるくぐもった音が連続して大空洞に響く。
 兵士Aの腰につけている魔法受信機から、他の隊からの連絡が入る。別働隊両隊が鬼神の討伐に成功したという連絡である。
 そちらは、少なくとも死んだはずの鬼神が動き出したりはしていない。
少女「なんなの、これ。なんなのよっ!」
 少女が叫ぶ。あわせて隊長が刀を抜き、首を狙う。
 さらに少女が鎚を振るう波状攻撃。
鬼神「ーーーー!」
 二人の気迫にたじろいだ鬼神は、またおおよそ生物らしくない動作で後ろへと逃げる。

197 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/24(火) 08:54:50.20 ID:COvsRb4l0
少女「逃がすか!」
隊長「あ、おい、待てよ!」
 隊長も少女を追い、さらに兵士A、狩人、老婆と続く。
 鬼神を追って大空洞内を進んでいくと、唐突に広い空間に出た。しかも、地下だというのに明るいのだ。
狩人「これは……?」
 光源は壁そのものであった。大空洞内の壁が仄かに発光しているのだ。
 そして開けた空間の中心には、広く透き通った地底湖が鎮座ましましている。向こう岸があるのかないのか、見えない程度には大きな直径だ。
 老婆の言ったとおりだ、と隊長が呟いた。
老婆「この光……魔法的なものじゃな」
隊長「敵がここを基地化したってことか」
老婆「恐らくその理解でーー」
少女「いた!」
 少女が指差した先には四つん這いになった鬼神が、気の違えた笑みを浮かべて壁に張り付いている。いや、左腕が失われているので三つん這いか。
鬼神「よくここまでやってきた、ご苦労だ諸君!」
 鬼神が唐突に喋り出す。流石にこの事態は誰も予想だにしていないようで、度肝を抜かれた五人は、まるきり口調の変わった鬼神を呆然と見つめている。
 問題は、鬼神の様子は依然として生命的でないということだ。瞳は濁り、血まみれで、焦点はあっていない。まともな精神状態を期待するほうがおかしいだろう。

198 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/24(火) 08:56:35.21 ID:COvsRb4l0
鬼神?「そんなに驚いた顔をしないでいただきたい。別にサプライズのつもりはないのだ」
 忘我から脱した五人は、それぞれの得物を抜いて鬼神に向ける。実に洗練された動きである。
鬼神?「いい動きだ。それでこそ誘き寄せたという甲斐もある」
隊長「誰だ、てめぇ」
 凄む隊長。刀の切っ先を鬼神に向け、どのような動きにも対応できるようにしている。
鬼神?「ふむ。下賤の者に名乗る名は持ち合わせておらんのでな、すまんが通称で勘弁してもらおう」
鬼神?「否。寧ろ貴様らにはこちらのほうが通りがいいかもしれんな」
鬼神?「我が名は九尾。傾国の妖狐、魔王軍四天王、九尾の狐だ」
全員「っ!?」
 驚愕の表情。それはそうだろう、いきなり敵の幹部が、声だけとはいえ姿をーー表現として正しいかどうかは定かではないがーー現したのだ。
 一歩前に歩み出たのは老婆である。膨大な層の魔力のヴェールを身に纏い、合図さえあればすぐにでも魔力の奔流を叩きつけられる準備を備えている。見るものが見れば、それだけで魔力に卒倒してしまいそうなほどだ。
 老婆はいつもの飄々とした様子の一切を消して、急速に殺意を膨らませていく。
老婆「お前が九尾の狐であるかはこの際どうでもいい。何が目的じゃ」
九尾?「その鬼神から聞いていないか。今回の任務は九尾から直々の命令だ。不本意ながら、部下の失態は上司の責任だと聞き及んでいる」
老婆「何が目的じゃと聞いておるっ!」

199 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/24(火) 09:00:36.97 ID:COvsRb4l0
九尾?「……別に答える義務はないんだが、そうだな……」
九尾?「この世界の安定のために」
九尾?「と、いうところか?」
少女「何言ってんのよ、ばっかじゃないのっ!?」
兵士A「……」
 すかさず少女の苛立ちが飛んだ。血の気が多い彼女は今にでも飛び出していきたそうだったが、老婆と狩人が前にいるため、なんとか踏みとどまっているようであった。
 彼らはここまでお茶を飲みにきたわけでも、それこそ地底湖探検ツアーに来たわけでもない。鬼神を殺し、洞穴を魔物の手から解放するために来たのだ。気が逸るのは仕方のないことでもある。
 しかし、九尾は慌てない。そもそも体はここにはないのだ。最早ボロも同然の鬼神がどうなろうと、関係はない。
九尾?「いずれわかる……。しかし、ここ以外の二か所でも、鬼神がやられてしまった。思ったより人間という種は手ごわいものだな」
九尾?「いや、手ごわいからこそ、か」
老婆「何を言っているのじゃ、さっきから」
 老婆のヴェールが急速に収束していく。光は渦を成し、杖の先端で大きな珠となる。
老婆「大体お主な、わしとキャラが微妙にかぶっとるんじゃよ」

200 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/24(火) 09:01:33.20 ID:COvsRb4l0
 数条の光が先端から迸り、そのまま鬼神を貫いた。
 鬼神の体に十ほどの大小の穴が空く。一瞬で炭化したためか、血液すらこぼれてこない。ただぱらぱらと炭が落ち、次いでバランスを崩した鬼神が壁から地面に落下する。
 頭から先が潰れていた。それ以外にも様々な部分が消し炭になっている。
九尾?「おお怖い怖い。なんとも暴力的な婆だ」
 一体どこから見て、どこから声を出しているのか、五人にはわからないが、声は止まらない。地底湖内に不気味に反響する。
九尾?「このまま人間にやられっぱなしというのもアレだから、九尾も一応最後っ屁くらいは残していこうかな?」
九尾?「ま、所謂『お約束』というやつだ」
 そう言った途端、鬼神の体がおもむろに膨張しだす。膨らむのではない。中から何かが蠢き、胎動し、外に出ようと皮膚を盛り上げているのだ。
 筋肉と皮膚の裂ける音が聞こえる。中にいる「何か」はもがき、そしてついにその片鱗を見せる。
 その生物は。
 白い体毛を持っていた。
 白い鬣を持っていた。
 巨大な牙をもっていた。
 巨大な角を持っていた。
 手足は合計四つ。
 瞳は合計六つ。
 力強さの中に聖なる気配すらも感じる獣。
九尾?「白沢」
九尾?「適当にそいつらと遊んでやっといてくれ」

201 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/24(火) 09:02:28.42 ID:COvsRb4l0
兵士A「九尾ィッ!」
 今までほとんど沈黙を守ってきた兵士Aが、この段になってようやく口を開く。
兵士A「こんな、こんなものを持ち出して、お前はっ……くっ!」
 兵士Aの激昂する姿を見て、声に思わず快楽の色が混じる。
 心底、心底楽しそうな声である。
九尾?「そいつは強いぞ。何せ九尾自信で招いた聖獣だ。逃げたかったら逃げてもいいが……」
九尾?「さて、近隣の町はどうなるか、見ものだな」
 それを最後に声が消える。それでも兵士Aはずっと虚空を睨みつけていた。
隊長「A、白沢ってのはなんだ」
兵士A「化け物です。聖獣と称される……強さは折り紙つきです」
 鬼神の死体がぼろきれのように引き裂かれ、中からついに白沢が姿を現す。
 白沢は四肢でしっかりと地面を踏みしめ、うぉおおおおん、と嘶いた。
 空気が振動となって鼓膜を揺らす。思わず目を閉じてしまう衝撃に、彼らは一歩踏みとどまる。
 空恐ろしいほどの存在感であった。鬼神も強かったが、それとは格が違う。決して歩み寄れない隔たりがそこには存在した。
 一般人なら思わず失禁するか、失神していたことだろう。老練の兵士であったとしても、尻尾を巻いて逃げだしていたかもしれない。
 彼らがそうしなかったのは、ひとえに使命を帯びていたからである。なまじ白沢の強さを肌で感じたからこそ、彼らは「ここで食い止めなければならない」という思いを強く抱くこととなった。

202 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/24(火) 09:03:49.00 ID:COvsRb4l0
 白い獣が動いた。
 一瞬で姿が消え、背後をとられる。全員が事実に気が付いた時には、既に五人は高く宙を舞っていた。
 地面に叩きつけられる。地面は土ではなく岩盤で、固い。かなりの激痛だ。
 白沢の角に光が溜まっていく。超高密度の力場がそこに収斂する。
 危険度が高いことは誰しもが見て取れた。しかし、叩きつけられた衝撃で、動くことなどできない。
老婆「大木!」
 紫電が五人に向けられて発射されるすんでのところで、老婆が大木を壁に召喚するのが勝った。あまりの衝撃に大木は中途から根こそぎ消滅するが、威力そのものを食らうと考えれば背筋が凍る。
 しかし事態は何一つ好転していない。隊長が立ち上がって刀を向けるが、そもそも触れられるかどうか。
 殺気を察知したのか、聖獣が地を蹴る。残像が残りかねないほどの急加速に、なんとか隊長は反応する。
 真っ直ぐに突っ込んでくる白沢に刃を振るが、その間にすでに白沢の姿は消えていた。
少女「横!」
 同時に白沢が横から突進してくる。なんとか角だけは回避し、頭部が隊長の脇の部分にめり込む。
 肋骨の折れる鈍い音。勢いによって隊長は強く壁に叩きつけられる。
少女「くっそぉおおおおおおお!」
 少女が叫んだ。がっしりと白沢の体を掴み、動かないように踏ん張る。
 白沢も最初は地面を蹴っていたが、どうやら拮抗して埒が明かないと踏んだのか、角に力場を収斂させ始める。
 老婆が放った火球は、しかし白沢に届く前に撃ち落とされる。
 角に充填された光が限界を迎えた。
 落雷。
 少女は体をぴんと硬直させ、声にならない声を挙げながら地面に大きく倒れる。意識がすでにないのか受け身すらできず、頭から。

203 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/24(火) 09:07:58.22 ID:COvsRb4l0
老婆「く! 大空におわす我らが天の神よ、いまこそーー」
 詠唱よりも白沢の縮地のほうが早い。老婆も隊長と同様に壁に吹き飛ばされた。
 と同時に、数ある目の一つに鏃が叩き込まれる。白沢は一瞬だけ声を発するが、それ以降には殺意が爆発的に膨らむばかりで、有効打を与えられたとは言い難い。
 白沢が地を蹴り、姿を消す。
勇者「させねぇよっ!」
 落雷が地底湖全土を襲う。縦横無尽に打ち出される電撃に、さしもの白沢も回避はならなかったのか、衝撃で弾き飛ばされた。
 地面に爪痕を残しながら白沢はバランスをとる。獲物を狩る邪魔をされたためか、瞳が怒りに細められる。
狩人「勇者!」
隊長「お、お前……死んで、なかったのか」
狩人「早いね」
勇者「あぁ。異常な早さだ。女神の加護も水ものだな」
 自らにまつわることを、勇者は異常と切って捨てた。
 白沢は新たな敵の登場に警戒しているのか、前足で地面を擦り続けている。

204 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/24(火) 09:09:15.79 ID:COvsRb4l0
勇者「ありゃ、なんだ」
老婆「あ、あれは……白沢、じゃ」
少女「……あんた、来るのが遅いのよ……」
 鬼神を圧倒できていた五人がここまでやられるということは、勇者にとって驚愕の事態であった。白沢がそれほどの強さを持っていることは、実際に垣間見ればすぐにわかることでもある。
 そこで兵士Aが前に出た。
隊長「……どうした」
兵士A「さすがに、もう無理、か」
兵士A「ごめんね?」
 一体何に謝っているのか全員が首を傾げた時、ついに白沢が突っ込んでくる。巨大な角は槍以上の鋭さで体を貫きに来るだろう。そして高速の一撃を回避できる余力は、彼らにはもう残されていなかった。
 だから、兵士Aは、片手で白沢を吹き飛ばすしかなかった。
 ちょうどいい強さの抑えなど、白沢相手にできる気が知れなかったから。

205 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/24(火) 09:11:24.47 ID:COvsRb4l0
 五人は何が起こったのか理解できなかった。目に見えない速度を誇る獣を、抑えても抑えきれない力を誇る獣を、片手で弾き飛ばすなどーーそれこそ人間業ではない。
九尾「おお!」
 喜色がこれまで以上に交じる。まるで子供のように無邪気な声が、笑いとなって自然とこぼれ出す。
九尾?「ついにお前も諦めたか! 諦めてくれたか! 長かった、長かったぞ、なぁーー」
九尾?「ウェパルよ!」
 兵士Aはあくまで何も言わず、白沢のほうを向いた。今はそれに集中したいとでも言うように。
 白沢は唸りを挙げ、口の端から涎を垂らし、角に光を溜める。
白沢「おおおおおおおおおお!」
 激しい雄叫びとともに、雷を乱射しながら白沢が突進してくる。
 その速度は神速。人間には目にもとらえられない速度。
 けれど兵士Aには、それに対応するなど造作もない。
 地底湖の水が渦を巻き、次の瞬間には鉄砲水となって白沢を押し流す。地面に勢いよく叩きつけられた白沢の前足はあらぬ方向に折れている。
兵士A?「……」
 彼女が軽く手を振ると、地底湖の上に船が現れた。無論そんなものが存在するはずはない。青く、薄く透けるそれは、魔力で編まれた武装船団である。
 大量の剣と砲弾が放たれる。
 戦いはそれだけで決した。