Part7
141 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/17(火) 13:55:28.96 ID:7cyJBucg0
周囲から、それこそ掛けなしの歓声が上がる。
勇者(いいから早く加勢しろよっ!)
所詮ほとんどが兵士Cのような一般市民や農民である。兵士としての責務を果たせるようになるには、一週間では短すぎた。本や鍬を剣に置き換えたからと言って、それがそのまま仕事になるわけではないのだ。
せめて気概でも見せれば別なのだが、それすらも周囲にはないようだった。
兵士「お、俺もっ!」
なんとか克己心に駆られた者が何人か走る。勇者の記憶が正しければ、彼らは武勇を求めてやってきた者であったはずだ。しかし、魔法を覚えていない限りはスライムに決定打を与えることはできない。
儀仗兵「下がっていてください! 燃やします!」
儀仗兵が前に出て詠唱を始めた。手と手の間に火球が生まれる。
勇者の視界の端で破片が蠢動する。不覚にも殺しきれない一部が存在したのだ。舌打ちをするが、遅い。
破片は先端が鋭く研ぎ澄まされ、一挙に伸びた。標的はもちろんーースライムと言えど生物としての生存本能、危機察知能力はあるのだろうーー熱源である儀仗兵。
勇者に逡巡が生まれる。身を挺して守るか、儀仗兵を犠牲にスライムを殺すか。前者であれば自らのある種平穏な生活は望めなくなるであろうし、後者であれば彼の心に毒草が一輪増えることとなる。どちらも地獄の苦しみである。
けれど、あぁ、考える必要などはなかったのだ。彼には身に沁みついてしまった行動原理が存在する。それは今まで彼を人間として生かしてきたものだ。
彼は誰かを助けたかった。
142 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/17(火) 13:59:25.44 ID:7cyJBucg0
右手に雷魔法、左手を伸ばしてスライムの動線上に。
衝撃。スライムの触手が深々と勇者の肩の付け根を抉るーーと思われた。
しかし。
兵士C「年下にいい格好ばっかりさせらんねぇんだよっ!」
見るからに素人くさいへっぴり腰で、兵士Cがスライムの触手を切断する。切断された部分は宙を舞い、素敵になって辺りへと飛び散る。
勇者「っ!」
閃光が迸り、今度こそ完膚なきまでにスライムを消滅させた。後に残るのは僅かな焦げ跡だけだ。
終わってみれば、ものの数分で終了した討伐であった。
勇者「あ、ありがとう」
素直に勇者は礼を言った。死ぬことはないにしろ、助けてもらったことには変わらない。寧ろ死んでいてはより面倒なことになったかもしれないのだ。
兵士Cは冷や汗で光る顔をぎこちなく笑顔に歪めながら、親指を突き出した。
兵士C「はは、ははっ。なぁに、いいってことよ! お前が頑張ってるのにおっさんが頑張らなくてどうするよ」
143 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/17(火) 13:59:59.79 ID:7cyJBucg0
小隊長「いやぁ、お前強いんだなぁっ」
満面の笑みで小隊長が近づいてくる。祭り上げられてはたまらない。勇者は軽く受け流す。
勇者「いえ、そんなでもないです」
小隊長「謙遜しなくてもいいって。こりゃ拾い物だぁ」
満足そうに笑う小隊長。
初めての戦闘に腰を抜かした兵士も幾人かいるようだが、それ以外は皆健全で、手入れののちにすぐ出発できそうであった。
勇者(しかし……奥から流れてくるこの感覚、なんだ?)
そう、悪意の宿る気……瘴気が確かに、大空洞の奥から流れてきていた。
魔物が住むところに瘴気がたまるのは当然であるが、従来それは龍脈によって浄化される。高い濃度は、つまり龍脈が機能していないか、処理能力を超える瘴気を発生する何かが存在するということである。
後者は当然、前者もまた捨て置ける要素ではない。理由が自然発生的ならばまだしも魔物たちの工作による可能性もある。
どうやら小隊の中には気づいた者もいるようで、険しい顔をして奥を睨みつけている。だが、大多数は額の汗を拭うばかりだ。
勇者(大物がいる、か? ……気を付けるに越したことはないな)
一行はまた奥を目指して歩き始める。
ーーーーーーーーーーーーーー
144 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/17(火) 19:22:39.66 ID:Yb2dicpxo
1乙
楽しく読んでます。臨場感があって良いわー
145 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/18(水) 10:04:46.21 ID:FvCAQEFi0
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土塊が弾け飛び、インプが倒れる。
肩の肉を抉る肉食蝙蝠を魔法で撃ち落とす。
ゴブリンの軍勢を薙ぎ払う。
いったいどれだけ進んだのだろう。かなりの距離を歩行しているが、通路は広くなることこそあれ、一向に収斂する様子を見せない。
この奥には何があるのか。兵士全員が、期待と恐怖の入り混じった表情で前を見据える。
勇者(おかしい。魔物は出てくるけど、全然強くないぞ……?)
流れてくる瘴気は濃くなる一方だ。それだのに、魔物は旺盛でこそあれ、全く低次元のものばかりが出てくる。
濃さと魔物の強さは比例するものだ。濃い瘴気は魔物を強くし、強い魔物は濃い瘴気を発する。そのサイクルが魔物たちの厄介なところだ。
勇者(わからん)
儀仗兵「小隊長殿! 帰還命令です!」
通話魔法を受け取った儀仗兵が言う。どうやら他の小隊も大空洞の奥までたどり着けていないらしい。日を改めて、もしくは人員を増加して、というのも詮無き話であろう。
反面勇者はもどかしさも感じていた。こんなとき、周囲が狩人や少女や老婆ならば、犠牲を気にせずーー無論悪い意味ではなくーー奥へと進んでいけるだろうに。
小隊長「だいぶ歩いてもこれだしな。よし、全体、帰還だ」
兵士「しょ、小隊長殿!」
小隊長「なんだ」
兵士「光の粉が消えかかっています!」
146 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/18(水) 10:05:15.47 ID:FvCAQEFi0
小隊長「なにっ?」
これまで撒いてきたはずの粉の発光が、だんだんと薄れていっていた。
兵士たちの間に戦慄が走る。発光がなくなるとは、即ち出入口までの道しるべがなくなることを意味する。
小隊長「こ、これは……どういうことだっ!」
儀仗兵「わ、わかりませんーーえ? ど、どうやら他の隊でも同様の現象が起きているらしくっ!」
小隊長「もういい! 全体、走るぞ! 消えてなくなる前にだ!」
兵士たち「「「「は、はいっ!」」」」
がちゃがちゃと鎧を激しく軋ませ、兵士たちは一目散に今来た道を駆け戻る。
小隊長「くそ、冗談じゃない、なんでこんなーーぶっ」
「ぶ」? 誰もが疑問を浮かべて小隊長のほうを振り向けば、
ぐらり、と、彼の体が倒れる。
頭のない体が。
兵士「ひ、ひひ、あああああぁ……」
兵士「なんだ、なんだよ、これ」
兵士「おぇえええぇっ!」
勇者「敵だっ!」
そんなことは言わなくてもとうにわかっているというのに、勇者は言わずにはいられなかった。
油断をしすぎたのだ。弱い魔物しか出ないからと、瘴気の強さを見くびって。
視線の先には鬼神がいた。
147 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/18(水) 10:05:53.45 ID:FvCAQEFi0
背丈は三メートル近くあるだろう。見るからに硬質な筋肉に包まれた体と、右手には大剣を持ち、人間のパワーファイターもかくやと言わんばかりに仁王立ちしている。
鬼神は空いた左手で、転がっていた小隊長の頭部をつかみーー口の中へと放り込む。
形容しがたい骨の砕ける音。愕然とする一行とは対照的に、鬼神は満面の笑みを浮かべるばかりだ。
鬼神「おうおう人間ども、折角こっちが拵えた塒、荒らすんじゃあねぇぞぉ」
兵士「ひ、……逃げろォッ!」
とある兵士の声がきっかけとなった。恐れに背中を押され、みなが一目散に駆け出す。
震脚。洞穴を崩さんばかりに踏み込まれた一歩で、鬼神はたやすく先行していた誰よりも前に回る。
大剣がわずかな光を反射してギラリと光る。
勇者「避けーー」
鬼神「られるわけねぇだろ! クソが!」
鬼神が大剣を薙ぐ。
旋風が巻き起こり、前方にいた数人の体から血が飛び散った。粘っこい音とともに、欠片が地面に落ちていく。
勇者は驚愕した。あれは剣技ではない。技量を全く伴わない、ただの筋力による暴力に過ぎない。
彼は別段剣技をはじめとする武術に明るいわけではない。ただ、あれが獣の行いであることはわかった。そしてただ横に薙ぐという行為で数人もの命を絶てる鬼神の膂力も。
まるで大型の少女を相手にしているようだった。醜悪な顔をしていないだけオリジナルのほうが万倍もましだ。
148 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/18(水) 10:12:47.80 ID:FvCAQEFi0
兵士「く、くっそぉおおお!」
果敢な兵士が突貫する。
鬼神はそれを見、にやりと笑った。
勇敢であると褒めたのか、無謀だと嘲ったのか。
大上段に構えられた兵士の剣が、大きく鬼神に叩きつけられたーーそう、叩きつけられたという表現が正しい。
刃は皮膚を内側から盛り上げている筋肉の前に文字通り歯が立たず、大きく歪んでひしゃげた。鬼神の赤い肌には傷一ついていない。
彼にとっては恐らく、今の一撃は、幼児が駄々をこねた程度にしか効いていないのだろう。
鬼神「じゃ、やり返すぞぅーーと!」
鬼神が大上段に振りかぶる。
兵士は顔を大きく歪めたが、それは鬼神にとってはスパイスにしかならない。ひしゃげた剣でなんとか身を守ろうとするが、頭上から振り下ろされた温度の無い刃は、剣のなりそこないなど意にも介すはずもなかった。
大剣が大きく地面に突き刺さる。
地獄絵図にも描かれないであろう「人であったモノ」が、両側に倒れる。
まさに阿鼻叫喚であった。逃走も闘争も叶わないと知ったとき、人間という種はもはや泣きわめくこともできないらしい。兵士たちはみな尻もちをつき、震えながら鬼神を呆然と眺めている。
勇者「立てよ! 立って死ぬまで戦えよ!?」
勇者は叫んだ。死んでも構わぬ自分の心が折れていないというのに、死にたくない彼らの心が折れているのはどういうことか。
生きようとしなければ生きていけないだろうに。
149 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/18(水) 10:13:25.69 ID:FvCAQEFi0
鬼神「お? お? やるか? やるんだな?」
勇者は雷呪文を唱えつつ、片手で剣を握りしめる。もしかしたら戦っているうちに兵士たちが逃げ出してくれるという淡い期待も抱きつつ。
鬼神「来ないならこっちから行くぜっ!」
震脚を駆使し、鬼神が一気に近づいてくる。一歩で大剣の圏内まで寄られた。
勇者(これは、やばいっ!)
剣での受け流しが通用しないのは先ほどで証明済みだ。ならば回避しかないのだが、あの移動速度を相手にどこまでそれが成るか。
反射的に地を蹴って後ろへ下がる。同時に左手から雷を乱射し、相手の怯みを期待する。
数条の雷は確かに鬼神に命中するが、効果はそれほど見当たらない。僅かに皮膚を焼いただけだ。
鬼神「なんだなんだ、蚊トンボかぁっ!?」
もう一度地面が震える。震脚によって更なる加速をした鬼神は、容易く勇者に追いついた。
勇者「速いっ」
大剣が眼前に迫った。左手から残った雷を全開放、その威力でなんとか鬼神の攻撃を反らす。
硬質であるはずの大空洞の壁に深々と傷。手荒く振り回しても壊れないということは、魔物独自の製鉄技術を用いられているのだろう。武器破壊は望めなさそうだ。
150 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/18(水) 10:14:44.58 ID:FvCAQEFi0
巨躯の懐に飛び込む。ここでは大剣も使いにくかろう。
勇者は両手でしっかり柄を握り、切るのではなく突いた。まるで鋼のような体には剣先が微塵も入っていかないが、その代わり刃は滑り、脇腹に一陣の傷跡をつけることに成功する。
そのまま脇を駆け抜ける。鬼神が右手の拳を握り締め、無造作に向けてきたが、それに反応できないほど勇者は鈍くはない。翻って今度は目を切り裂いた。
鬼神「ぐ、おぅううおおおおおっ!?」
叫びをあげる鬼神。流石に鋼鉄の体を持つとはいえど、眼球の硬度には限界があるようだ。
兵士たちを背に勇者は剣をもう一度握りしめる。
鬼神は左目を抑え、残った右目でしばらく勇者のことを睨みつけていたが、不意に大きく笑った。
鬼神「ぐふ、ぐふはははは、はははっ! やるじゃねぇか小僧。人間が俺に傷を与えるだなんて上出来だ!」
鬼神「よし、お前は認めてやろう。お前はな」
鬼神は左目から手を離した。眼光を中心として血に塗れているが、どうやら傷ついたのは眼球でなく瞼であるようだ。完全に失明したわけではないらしい。
大剣を腰に当て、体をひねる。まるで居合のようなその構えに、勇者の警戒心が爆発的に膨らんでいく。
鬼神「死ねや!」
剛腕と大剣が唸りを挙げた。
遠心力によって十分に加速した大剣は、驚くべきことに、そのまま鬼神の手を離れる。
すっぽ抜けたわけではない。自ら放ったのだ。
最も驚愕したのは勇者その人であった。突如として向かってくる大剣をなんとか屈んで回避する。
大剣はそのままはるか後方へと吹き飛び、鈍い音を立てて落下した。どこまで飛んで行ったのか見当もつかない。
151 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/18(水) 10:15:14.07 ID:FvCAQEFi0
眼前の鬼神に目を向けると、愉悦そうな笑みを浮かんでいた。野生的な下卑た笑みだ。
鬼神「大剣はいらねぇ。ここじゃ邪魔だ」
するりと腰に帯びていた短刀をーーそれは縮尺上の問題であり、実際は兵士たちみなが持っている長剣程度の長さだがーー二本、抜く。
鬼神「ギャラリーもいらねぇ。野次馬は邪魔だ」
鬼神「二刀で殺しあおうぜ、人間!」
そこで勇者は、違和感を覚える。
なぜだろう。
なぜか、背後がやたらに静かなようなーー
勇者「……おい、鬼神」
鬼神「んー?」
勇者「お前、何をした」
鬼神「なにも。ただ、てめぇの後ろに大剣を投げただけだぁ」
鬼神「それを避けられるかどうかは、俺の知ったこっちゃねぇけどなぁ!」
勇者「……!」
背後を振り返るのが恐ろしかった。背後の静寂が恐ろしかった。
誰も喋らないのではなく、喋れないだけなのではないか。
振り向くだけの動作が、まるで障碍者のように、彼にはできなかった。
手足が震える。奥歯が割れるほど噛みしめてしまう。
絞り出した言葉は、こうだった。
勇者「殺す」
152 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/18(水) 10:17:58.47 ID:FvCAQEFi0
鬼神「来いよ!」
いつか、誰かが言った。「『殺す』と言った時には、既に殺し終わっていなければならない」と。
勇者はそれを違うとはっきり思えた。それは他人に向かっての言葉ではなく、自分に対しての戒めなのだ。
殺すまでは殺し続ける、という。
勇者が跳ねた。極大まで膨らませた雷魔法を刀身にまとわせ、下から上へと逆袈裟切り。
がちん、と刃同士が噛み合う。勇者は両手、鬼神は片手のみだというのに、この拮抗である。肉体の基礎能力が大幅に異なることを思い知らされる。
残った手に握られた短刀が勇者の脇腹を狙う。
勇者「ちっ!」
雷を解放、短刀を軽く弾いて、脇腹に向かう短刀を受ける。
追撃が来るより先に一歩後ろに下がった。
ぬるり。足元が滑る感覚。水よりももっと粘液の高い、薄気味の悪い液体。
大空洞が暗いのが幸いだっただろう。日の下であればどうなっていたか。
鬼神「逃げてんじゃ、ねぇよぅっ!」
一歩で大きく踏み込んでくる。
本来二刀流というものは使い難い。片手で剣を握るということは、どうしたって両手で握られた剣には力で負ける。生半な腕力では剣に振られてしまうということもある。
鬼神の場合は話が違った。種として生まれ持った膂力は、まさに暴力というものを体現している。剣が石でも大した違いはない。
153 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/18(水) 10:18:36.05 ID:FvCAQEFi0
ゆえに勇者は攻め手を欠いていた。大きく踏み込み、大きく切り裂くことができるならば希望も見えるだろうが、難しい。
逆にあちらの攻撃は大抵が一撃必殺だ。命を失うことが怖くないとはいえ、ただ挑んでただ負けるだけ等は許せなかった。石に齧りついてでも何らかの成果を得なければ、死んだ仲間に申し訳が立たないのだ。
乱舞する短刀の刃。何とか紙一重のところで回避し続けるが、どこまで持つか。
時折放つ雷撃も、鋼の肉体の前ではたかが知れている。あの肉体こそが最強の武器であり防具であるかのようだ。
短刀の連撃を、剣で何とか反らす。大剣は重量の関係で受けきれなかったが、短刀ならばまだ受け流すことができる。勝機を見出すとすればこの一点しか存在しない。
鬼神「早く死ねよぉおおおっ!」
大振りの一撃。速度はあるが、軌道が単純だ。勇者は交錯する二振りの刃をかいくぐり、太ももを切りつけて離脱した。
目に見えたダメージは与えられていないが、精神的にはどうだろう。
鬼神「くそ、チョコマカと動きやがって!」
優勢を保ち続けてはいるものの、鬼神は次第にこの戦いに飽いてきたらしかった。優勢なはずの自分が致命的な攻撃を与えられていないことに苛立っているのだろう。
無論勇者は冷や汗をかきっぱなしである。五回攻撃を回避したからと言って、次の一回も回避できるとは限らないのだから。
鬼神「あーもう、イライラするぜぇ! いい加減殺されろよ!」
一撃必殺は依然変わらないと言え、状況の微かな好転は感じていた。大振りは剣筋が読みやすい。これを続けていればいつか隙はできるだろう。
所詮鬼神か。筋肉こそ一流でも、それを司る脳が立派でなければ意味がない。
154 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/18(水) 10:19:18.38 ID:FvCAQEFi0
鬼神「チッ。最初の任務を遂行する前に、邪魔が入っちまったな!」
吐き捨てるように鬼神が言う。その中に含まれている単語に勇者が反応しないわけがなかった。
勇者「任務……?」
鬼神「おっと言えねぇ、こればっかりは言えねぇなぁ、ぐひゃひゃひゃひゃ」
鬼神「なんたって俺が九尾に怒られっちまうからよぉ!」
短刀が振りかぶられるーー振り下ろされる。
大地を憎しと錯覚するほどの威力は、まさしく斬鉄の勢いである。しかもそれが二回分だ。一度死ぬだけではまだ足りない。
しかし、それともやはりというべきか、単調な線の攻撃は勇者にとって回避に難くない。鬼神の目に見える傲慢さは、己の足元に硝子を撒き散らしているのと同じだ。
それより彼が気になったのは、先ほど鬼神の言った「九尾」という単語である。彼は前にも砦の主からその単語を聞いたことがあった。
魔王軍の四天王、九尾の狐。
勇者「四天王ってやつか」
鬼神「それを知ってるって、てめぇ、普通じゃねぇなぁ?」
155 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/18(水) 10:20:19.05 ID:FvCAQEFi0
短刀をちらつかせながら鬼神が語る。隙あらばこちらを殺そうとしているのが見え見えだが、勇者はそれに乗ってみることにした。
ある意味丁半博打である。情報は何よりも偉大だ。ここで鬼神を冷静にさせても、情報を得るべきだと感じたのだ。
勇者「普通じゃない自信はあるさ」
勇者「俺の剣はいずれ四天王にも届くからな」
鬼神「四天王! 四天王だぁ!? 言うねぇ、ぐへひゃひゃひゃ!」
高笑いをした後、鬼神はふと真顔になる。柄を握る両手に力が入るのが遠目に見てもわかった。
鬼神「……ふん。けどよ、つまらんぜ、四天王もな」
鬼神「九尾は何考えてるのかわかんねぇ、アルプは部屋で寝てばっか、デュラハンは静観決め込んでるし、ウェパルについちゃ行方知れずと来たもんだ!」
鬼神「つまんねぇだろうそんなのよぉ! 魔物は人間殺してなんぼだろうがよぉ!」
鬼神「だから殺す! お前を殺す! 今殺す!」
鬼神は踏み込んだ。人外の加速。煌めく刃が一閃、二閃、三閃と繰り返す。
勇者はそれを何とか回避するけれど、回数を増すごとに刃と肌とが肉薄していく。僅かに金属の冷たさが感じられるほどなのだ。
勇者「そろそろ、潮時か……?」
鬼神「なにくっちゃべってんだよぉおおお! 死ね!」
二刀が勇者へと吸い込まれていく。
勇者はにやりと笑った。
勇者「おうともさ」
ーーーーーーーーーー
156 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/18(水) 23:25:48.45 ID:OzJ5qNj10
ーーーーーーーーーー
勇者が目を覚ましたのは洞穴の入口であった。固い剥き出しの地盤の上に横になっていたためか、非常に背中や肩が痛い。
どれくらい時間が経ったかはわからないが、外がまだ明るいところを見ると、それほどでもないらしかった。
勇者は助走をつけ、慌てたように飛び出す。
勇者「すいません!」
その先にいたのは兵士Aをはじめとする首脳陣であった。他の隊の姿は見当たらない。
勇者(ということは……全滅、か)
勇者(だけど、他の二隊も……? 鬼神はまだ二人いるのか?
兵士A「勇者くん!? 大丈夫!? どうしたの、急に連絡取れなくなったから!」
勇者「それについて話があるんです」
勇者はそうして洞穴の中であった一部始終を話した。もちろん、鬼神の言っていた四天王の話も交えて。
兵士A「……」
157 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/18(水) 23:26:15.43 ID:OzJ5qNj10
儀仗兵「どうしましょうか。鬼神は、話が伝わっている限りでは、四天王に勝るとも劣らない武闘派だとか」
兵士A「……」
儀仗兵「隊長?」
兵士A「すぐに国に知らせて。そして、手練れを十人ほど」
儀仗兵「それだけでよろしいのですか?」
兵士A「洞穴の中じゃたくさん連れ込んでもしょうがないよ。それに、防御力も高そうだから、生半可な腕じゃ弾かれちゃうでしょ」
儀仗兵「わかりました。さっそくそう伝えます」
兵士A「勇者くんもお疲れ様。大変だったでしょ、ボクの命令で休んで」
勇者「あぁ……」
先ほどまで寝ていたのだが、などとは口が裂けても言えない。
兵士A「宿は町にとってあるからさ」
ーーーーーーーーーーーーーーー
158 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/18(水) 23:28:00.64 ID:OzJ5qNj10
ーーーーーーーーーーーーーーー
「なぜ、お前だけが」
「俺たちは苦しんでいるのに」
「痛い、痛い、痛いよぅ」
「勇者、助けて」
「もっと生きたかった……あぁ……」
「勇者」
「勇者」
「ゆうしゃ」
「ユウシャ」
「勇者くん」
勇者「うああああああああああっ!」
飛び起きる。じっとりと嫌な汗が体中にまとわりついていた。
コンティニューをした後はいつもこうだ。ひどく夢見が悪い。だるいだけではなく、頭も痛くなってくる。
誰かが常に、そばで張り付いて自分を見ているのではないかという錯覚に彼は常に陥っている。それは当たらずとも遠からずだ。
兵士A「大丈夫?」
枕元に兵士Aが立っていた。
勇者「なにをやっている」
兵士A「え。なにって、やだなぁ、起きてこないから部屋に入っただけですけど」
159 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/18(水) 23:29:09.99 ID:OzJ5qNj10
兵士A「ボクとしては、勇者くんももうちょっと心を開いてほしいんですよね」
勇者「あんたと付き合い長いわけじゃないだろ」
兵士A「ま。そのとおりですけどね」
そう言って兵士Aは後ろ手に扉を閉め、姿を消す。
兵士A「あ。そうそう、昼までには一団が来ますから」
勇者「昼まで? 随分と早いな。昨日の今日だろう」
兵士A「あー。老婆さんが来ますので」
なるほど。
勇者「それまでは?」
兵士A「ボクたちは責任問題とか、引継ぎがあります。忙しいんですよ、これでも」
勇者「……そうか、外されるのか」
兵士A「そ。上はカンカンですよ。だから女に任せておけないんだーって」
勇者「大変だな」
兵士A「自分から好んでこの世界に来ましたから、しょうがないです」
兵士A「ま。でも、そろそろ終わりそうですけど」