Part6
119 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/14(土) 19:51:41.51 ID:W3EaA2D20
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どうやら無事に狩人と少女も勝利を収めたようだった。
勇者「あんまり派手にやらなかっただろうな」
少女「当然でしょっ。あんたも、ふん。死ななかったみたいね」
それだけ言うと少女は足早に去り、老婆の下へと向かってしまう。
狩人「おつかれ」
勇者「おう、お前も、お疲れ様」
狩人「大丈夫だった?」
勇者「ま、な。ここで死んでられないわ」
狩人「うん。うん。そうだね、ふふ」
120 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/14(土) 19:54:01.89 ID:W3EaA2D20
老婆「おい、二人とも」
一段高いところから老婆が声をかける。そばには僅かに衣装の異なる鎧を身に着けた兵士が立っている。
二メートルに届くかという巨躯に勇者は圧倒されそうになったが、気を取り直して軽々近づいていく。
老婆「こいつは指揮官。軍隊を掌握する権限を持っている。直属ではないにしろ、わしの我儘を聞いてくれたナイスガイじゃ」
老婆が鎧を撫でる。気のせいか大男ーー指揮官が体を震わせたような気がした。
勇者(ま、気持ちはよくわかるけれども)
老婆「お前も後でしてやろうかえ」
勇者「思考を読むな」
指揮官「とりあえず、話を切りかえようか」
見てくれ通りの野太い声であった。しかし粗野な雰囲気はしない。誠実そうな、武人のイメージが想起される。
121 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/14(土) 19:55:04.03 ID:W3EaA2D20
指揮官「特例ではあるが、なるほど、確かに実力者のようだ。我々は君たちを歓迎しよう。詳しい話は追って伝える。とりあえず、おばあさんとともに部屋で待機してくれ。場所は儀仗兵長が教えてくれる」
三人の背後には儀仗兵長が笑顔で立っていた。三人、そして老婆は、促されるままに儀仗兵長のあとをついていく。
儀仗兵長「みなさんお強いんですね。失礼かもしれませんが、わたし驚いてしまいました」
少女「別に、当然だしっ」
にやけながら少女が言う。
勇者はそれを聞いて、はて、どうだろうかと思った。少女がではなく、自分がである。
コンティニューという名の奇跡は言うなれば外法だ。それがなければ自分はここに立っていなかっただろう。
外法に頼り切った結果の強さを、少女や狩人と言った生え抜きの強さと比較してもいいものか、彼には判断が付きかねた。
通されたのは客室であった。入隊試験に合格した以上、兵士の隊舎に入るのが常なのではと思ったが、とりあえずの処置なのだろう。追って連絡が来るはずだ。
儀仗兵長「それでは、また呼びに来ますので、ごゆっくりと」
ゆっくりと扉がしまる。蝶番の軋む音がしないのは、さすがは王城と言ったところだろう。
122 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/14(土) 19:56:55.86 ID:W3EaA2D20
勇者「で、だ」
少女「そうだよおばあちゃん、詳しい説明をしてよっ!」
狩人「こんなコネクションを、持ってたなんて」
老婆「まぁまぁ、三人ともそう慌てるな。長い話になってもあれじゃから、端的に説明すると……そうじゃな」
老婆「わしは昔、王城に勤めていた」
さもありなん。その答えを予想していなかった三人ではない。
老婆「あれは昔……わしが紅顔の美少女だったころじゃ」
勇者(なに言ってんだこいt「ーーごふっ!?」
老婆「人の悪口を言うでない」
勇者「なにさらっと人の心読んでんだ!」
老婆「わしは王城で魔法の研究や後輩の育成に力を注いでいた」
勇者「無視かよ」
老婆「あのころは特に隣国との関係が逼迫し、戦争は不可避と思われていた時代じゃ」
老婆「互いに利権を求めてな……そして結局、戦争は起きた」
123 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/14(土) 19:57:36.95 ID:W3EaA2D20
自然と喉が鳴る。それは恐らく三人が生まれていない時代の話だ。
老婆「ま、幸いにしてそれほど規模は大きくなかったがな」
老婆「わしも当然参加した。結果的には勝利したが、彼我ともに死傷者多数の惨事じゃ」
老婆「わしは勝利の功労者として表彰を受け、勲章を賜った」
苦虫を噛み潰したような、吐き捨てるふうに老婆は言った。三人はそれを疑問に思う。胸を張ることでさえあっても、憎むようなことではないのでは、と。
老婆「しかし、王城勤めが嫌になったのもそのころじゃ。わしゃ、政治とは無関係な世界で生きていたかったんじゃよ」
老婆「田舎へ帰っても、一応交流は続けていたが、それがこうやって生きるとは思わなかった」
少女「初耳なんだけど」
老婆「いや、悪い悪い。タイミングがなくてな」
少女「お母さんたちは知ってるの?」
老婆「大体はな」
少女「なによ、もう……」
124 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/14(土) 19:58:47.84 ID:W3EaA2D20
狩人「でも、どうして?」
老婆「なにがじゃ?」
狩人「どうして急に王城勤めになろうだなんて」
老婆「魔王を倒すという目的のためなら、こっちのほうが手っ取り早いじゃろ」
老婆「軍隊が組まれ、戦争が不可避になってしまった以上、強いものの尻馬に乗るほうが合理的じゃよ」
狩人「わたし、世情に疎いからわからないけど、なんか嫌な感じがする」
勇者「嫌な感じ?」
狩人「うん。言葉では説明できないんだけど」
老婆「ま、いざという時はわしがなんとかするから安心せい。ひょひょひょ」
勇者「……」
老婆は声こそ笑っているが、目ははっきりと笑っていない。勇者はそれを感じ取った。
また、狩人の言葉も気にかかる。彼女には類稀な直観が宿っている。先日の村の焼き討ちとも合わせて、自分たちの知らないところで、世界がどんどんと先に進んでいく気がした。
125 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/14(土) 19:59:16.98 ID:W3EaA2D20
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一週間後。
四人は王国軍の隊舎に移り住み、それぞれがそれぞれの訓練、教育などを受けていた。
王国全土から兵を募るというのは嘘ではなかったようで、義憤に駆られたもの、一旗揚げようと思っているもの、様々な手合いが見える。
勇者はその中で目立たないようにひっそりと暮らしていた。
兵士A「やあ」
午前の訓練を終えて一息ついている勇者の下へ、一人の女兵士がやってきた。
鎧の隙間から包帯が見える。そしてこの声には聴き覚えがあった。
勇者「入隊試験の時の」
兵士A「お。ボクのことを覚えていてくれたんだ、光栄だねぇ」
勇者「怪我は大丈夫か? 悪かったな」
兵士A「や。負けたほうが悪いのさ。そういう世界にボクたちは生きてるからね」
兵士A「それにしても、なんだい。全然訓練に手抜きしてるじゃないか」
勇者「そう見えたかな」
そうであった。勇者は自らの実力を抑え、いわゆる「落ちこぼれ」扱いされている。
理由は単純で、強い相手と組みあいたくないからである。何が原因で加護がばれてしまうかわかったものではない。
126 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/14(土) 19:59:52.70 ID:W3EaA2D20
兵士A「ま。ボクはとやかく言わないけどね」
兵士A「見る人が見たらわかるんだから、往生際悪くならないように」
兵士A「ボクが化けの皮をはがしてやってもいいんだよ? いつかのリベンジで」
兵士A「今度は本気でお相手するよ」
勇者「そうならないように願ってるよ」
兵士A「はは、それじゃあね、ばいびー」
兵士Aはあっけらかんと手を振り振り、扉の向こうに消えていく。そちらは上官の詰所がある。
兵士B「おいおい。あんちゃん、あの人と知り合いなのかよ」
兵士C「きゃわいいよなぁ。俺の田舎にゃあんな上玉いなかったぜ」
兵士D「なぁ俺たちに紹介してくれよ」
傭兵上がりと思しき兵士たちが勇者へと近づいてくる。面倒くさいのにからまれたな、と思いながら、余所行きの顔で応対する。
勇者「入隊試験の時にお世話になりまして」
兵士B「うらやましいぜ。俺の時なんてきたならしいおっさんだったからな」
あんたも汚らしいおっさんだろうとは言わず、曖昧に返事を返すばかりだ。
兵士C「それじゃあよろしくな、あんちゃん、はっはっは!」バシバシ
粗野な声を上げて三人が去っていく。兵士Cに叩かれた背中が痛いけれど、仕方ないと飲み込むことにした。
127 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/14(土) 20:00:22.48 ID:W3EaA2D20
兵士E「だ、大丈夫ですか?」
声をかけてきたのは、当然というか、兵士である。ただし随分と若い。
恐らく元服を過ぎたあたりだろう。おっかなびっくり勇者のことを見ている。
兵士E「あの人たち、その……ちょっと乱暴だから」
声変わりも途中のようだ。声音に多少黄色い部分が垣間見える。
勇者は彼のことを知っていた。彼は勇者と同じ「落ちこぼれ」である。剣の素養も体力も、明らかに劣っている。それゆえ同時期に入隊したほかの兵士から虐げられる存在だった。
改めて少女が埒外であることを確認する。彼女ほど年齢と戦闘力に差がある存在もあるまい。
勇者「大したことじゃない」
兵士E「あ、そ、そうですか。すいません……」
勇者「……なんでそんなおどおどしてるんだ」
兵士E「え? あ、してますか、ごめんなさい」
兵士E「あの、俺、農家の五男で、家にいてもしょうがないし、頭もよくないし、だから」
兵士E「親が、『いい機会だから』って」
勇者「……そうか」
兵士E「あの、それじゃ、はい」
そそくさと兵士Eは去っていく。
128 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/14(土) 20:00:51.42 ID:W3EaA2D20
「いい機会」それは、この機会に鍛えなおしてこいという意味か。
それとも、口減らしの口上として最適だったということか。
いや、考えるべきではない。勇者は頭を振る。
彼らの中で一体何人が生きていられるだろうか? それの保証がされないのであれば、深く接するべきではないのだ。
と、鋭い声で伝令が城内へと駆け込んできた。
伝令はすぐさま城門へ集合するようにと叫んだ。
魔物の討伐に向かうのだ、と。
129 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/14(土) 23:44:36.20 ID:W3EaA2D20
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事情は単純であった。魔物がとある町を襲い、偶然にも駐留していた兵士団が撃退した。逃げていく魔物の後を追うと、今まで知られていなかった拠点を発見したというのだ。
広場に勇者たちは集められ、壇上に立つ兵士Aの話を聞いている。
初めての出撃に緊張している者もあれば、気炎を上げている者もあった。
勇者は運よくーーもしくは悪くーー討伐隊に選出された。兵士Aをトップに据える一個小隊である。
兵士BからEまでもいることを考えれば、あの場にいた新米兵士があらかた選ばれているのであろう。
彼我の戦力差はわからないが、上層部は新米に経験させるつもりなのかもしれない。
狩人や少女、老婆の姿は見当たらない。隊の組み分けの時点で離ればなれになった彼女らとは、もう三日ほども顔を見ていない。
勇者(狩人のやつ、寂しくしてねぇだろうか)
うぬぼれとも取られかねないことを思ってみる。
なんだかんだで狩人は強かだ。何とかやっていけているだろうが。
130 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/14(土) 23:45:17.09 ID:W3EaA2D20
兵士A「や。みんな、元気ィー?」
兵士たち「うぉおおおおおおおお!」
兵士A「いきなりで悪いんだけど、これから魔物の討伐に向かいます」
兵士たち「うぉおおおおおおおお!」
兵士A「規模がまだわからないから、斥候って感じね。新米の人たちは頑張ってEXPためてねー」
兵士たち「うぉおおおおおおおお!」
冷静な兵士Aと、熱狂がうねる兵士たち。まるでアイドルのコンサートだ。
もちろんただやる気がありすぎるだけなのだろうが……。
兵士A「元気があってよろしい。けど、気だけは抜かないでね」
兵士A「死ぬから」
冷たくきっぱりと兵士Aが言い切る。その声音は兵士たちに冷や水を浴びせるには十分だったようで、先ほどまでの喊声は鳴りを潜め、どこからか喉を鳴らす音すら聞こえた。
兵士A「ん。みんなわかってくれたようだね。それじゃ、行こうか」
131 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/16(月) 23:48:09.72 ID:soZzpkCE0
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二日間の野営の末に辿り着いた町は比較的規模の大きいところであった。
魔物もわかっているのだろう、彼らはあまり大都市を襲わない。襲われるのは大抵周辺地域の農村などが主だ。
その点で今回の事例は珍しいものであると言えた。
とはいえ、一回の兵士である勇者には、その辺りの事情はまったく気にならない。究極的には魔王を倒せればそれでよいのだ。
兵士A「宿できちんと寝た? 朝ご飯はたっぷりとった? 体は資本だからね」
兵士A「さ。これから本格的に拠点攻略に入るよ。第一隊から第三隊まで、各自小隊長が点呼、その後問題がなければ中天の時刻より第一隊から突入開始」
兵士A「今回は町が近くにあるということで、兵站を気にしなくてもいいと言うこと、駐屯が楽であるということから、深入りはしない」
兵士A「問題が起こる前に、目敏く発見し、各自ボクや小隊長に報告してちょうだい。以上」
拠点は森の中にある洞穴であった。恐らく地下空間が広がっているのだろう。中から生温い、瘴気を纏った風が吹いてくる。
勇者は第二隊だ。点呼が終了し、第一隊の突入を待つことになる。中には先ほどであった、あまり柄の良くない兵士Cがいた。BとDは別働隊のようだ。
132 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/16(月) 23:48:37.83 ID:soZzpkCE0
勇者「どれくらいの大きさなんだろうな」
これまで様々な砦、洞窟を攻略してきたが、地下に広がる洞穴へは足を踏み入れたことはない。
経験としては、余程の規模でなければ自分と狩人だけで十分だった。ただそれは何より死んでも生き返れるという反則技のおかげでもある。安全を期すならやはり数十人はいるべきなのか。
配給された袋の中を漁る。水と、食糧……林檎や干し肉だ。得物が配給されないのは、各自が使い慣れたものを使えということだ。
勇者は無造作に林檎にかじりつく。手放しでうまいと言える代物ではなかったが、無為を紛らわすには十分すぎる。
兵士A「ん。なに、心配なの?」
勇者「A……今は小隊長殿か」シャリシャリ
兵士A「呼称を気にしなくてもいいけど。勇者くんはこんなの慣れっこじゃ?」
勇者「まぁな。ただ、集団行動は勝手が違う」シャリシャリ ゴクン
兵士A「あ。だよね。それでもいざとなったら頼んだよ」
勇者「冗談だろ」
兵士A「こんなところで冗談なんか言わないよ」
133 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/16(月) 23:49:51.46 ID:soZzpkCE0
兵士Aの瞳がまっすぐ勇者を覗き込む。
勇者「……」
兵士A「ね。ボクは、力がないのはしょうがないと思ってる。けど、力がないフリをするやつってのは、馬に蹴られて死ねばいいとも、思っているよ」
勇者「俺は弱い」
兵士A「え。勇者くんがそれを言っちゃうのってどうなの」
勇者「もっと強いやつはいっぱいいる」
兵士A「確かに老婆さんは超弩級だよねー。女の子も狩人さんも弩級って感じだし。あ、知ってる? 弩級の弩はドレッドノートの弩なんだけどね?」
勇者「……」
兵士A「ま、いいや。上を見てもきりがないし、下を見てもきりがないボクらとしては」
兵士A「今の立ち位置でできることをするしかないんだよ」
兵士A「あはっ。それじゃあね。約束守らないと殺すからね。ばいびー」
さらりと恐ろしいことを言って、兵士Aは指揮系統の集団に戻っていく。
勇者「……」
134 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/16(月) 23:50:52.02 ID:soZzpkCE0
今の立ち位置でできることをする。それは狩人も先日言っていたことである。
勇者の強さは、それこそ中の上である。上にも下にもたくさんの他人がいる。
だけれど彼は、誰かを救いたいのだ。
この世界には縦にも横にも不幸が多すぎる。嘗てから彼が述懐しているその台詞は、彼の全ての苦悩を包含している。
今こうしている間にも国内では貧困に苦しむ農民がいるだろう。エンクロージャーに苦しむ小作農がいるだろう。
また、魔物に襲われている村々もあるかもしれない。実の両親からの虐待で殺されそうになっている少年少女がいるかもしれない。
勇者は全てを救いたかった。そんなことできるはずないと知っていて尚、彼は諦めが悪かった。断念という言葉に対して狭量であった。
彼は知っている。仮に自分が世界で最も強い人間であっても、人間である以上、彼の手の届く範囲は限られている。
空間的にも、なおさら時間的にも、苦しんでいる人間すべてを救うためには、彼は人外にならなければいけない。神か妖精にでも。
寧ろ強さなど関係がない、意味がないと断定してしまうのは単純である。どれほど強くなっても不幸を救えないなら、強さなどは無関係ではないか。
違うと勇者は頭を振った。彼はすでに散々な死を散々見せつけられてしまっている。もう血の臭いも嗅ぐのも絶望にうなされ悪夢で目が覚めるのも嫌なのだ。そのために強くなりたいのだ。
否。強く在らねばならないのだ。
136 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/17(火) 08:12:25.69 ID:qwJ/f0zF0
なんだか無性に業腹だった。というよりも、思考の乱雑加減に苛立ちを覚えた。汚い部屋を見たときの苛立ちと同じようなものだった。
憂さを晴らす術がない。狩人も少女も、あまりどうでもいいが老婆もいない。
むしゃくしゃしてもう一度林檎を齧ろうと顔の高さまで持ち上げた瞬間、飛来したナイフが貫いた。
鼻先一センチに突如現れた切っ先に驚かないわけがない。勇者は思わず座っていた切り株から転げ落ちる。
勇者「うわっ!」
兵士A「『配給された食料は各隊で小隊長の指示に応じてとること』……勇者くん、規律違反だよ」
勇者「……きっついねぇ」
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137 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/17(火) 13:11:14.08 ID:7cyJBucg0
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ややあって、勇者はようやく洞穴の中へと足を踏み入れた。熟練の兵士が前後を抑え、前から二番目に小隊長、残りはその後ろに一列で続く。
勇者は真ん中より前ほどについた。後ろには兵士Cもいて、緊張しているのかあたりをきょろきょろと見回している。
兵士C「な、なぁお前、こういうところもモンスターって出るのかな」
勇者「モンスターの住処なんだからでないほうがおかしいだろ」
兵士C「そ、そうだよな。そうだよなぁ」
兵士C「いやさ、俺、傭兵だなんて名乗ってるけど、実際は野生動物を対峙するくらいしかなかったんだ」
兵士C「BやDと同じ村でさ、農作物を荒らす猪とかを退治してさ」
兵士C「な、お前倒したことあるんだろ、魔物。どうなんだよ」
あまりにもへっぴり腰の年上に、勇者は一体どうしたものかと思案する。が、故郷を発ったばかりの自分もこんなものだったと勇者は思いなおす。
あのころは何より夜が怖かったと記憶している。
勇者「どう、って言われても。ピンキリですが」
兵士C「ここにいるのはどっちかなぁ……」
138 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/17(火) 13:11:51.88 ID:7cyJBucg0
勇者「お」
途中までこそ一本道であったが、すぐに大きく開けた空間へと出る。
先頭の兵士が光る粉を撒いている。これで迷わず帰ってこられるようにするのだ。先遣隊が撒いた粉も見受けられる。
小隊長「俺たちはこっちだな。行くぞ」
大空洞を、松明を頼りに進んでいく。地盤が固いのか、存外崩落の危険性はないようだった。
勇者(圧死とか窒息死でも復活するんだろうか、俺)
儀仗兵「もし、小隊長殿」
小隊長「どうした」
儀仗兵「通信魔法で連絡が。第三隊も洞穴へ入ったようです」
小隊長「了解した。ご苦労」
音が反響し、空洞いっぱいに響き渡る。石を蹴飛ばす音すらも拡大している。
その時である。殿を務める兵士の足元が急激に膨らみ、土を巻き上げながら隆起していく。
兵士「くっ……敵襲、敵襲ぅううううっ!」
隆起した土から転がりながら、兵士が叫ぶ。
139 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/17(火) 13:12:24.31 ID:7cyJBucg0
現れたのは巨大な環形動物であった。粘液でぬらぬらとしたその全体、細かな牙の生えた口、明らかに異形のものだ。
太さはおおよそ直径二メートル、体長は半分地面に埋まっているため定かでないが、十メートルほどはあるだろう。
大ミミズだ。
小隊長「全体、得物を抜けっ!」
兵士「小隊長、前方からも、スライムの群体です!」
兵士が叫んだ。待ち伏せーーいや、そんなはずはあるまい。この挟撃は単なる偶然だろう。
小隊長は舌打ちをして応答する。
小隊長「なにっ? くそ……戦力を分散、片方を防ぎながら、まずは一方の撃破に勤めろ!」
兵士たち「「「「はっ!」」」」
前衛と後衛に別れ、まずはミミズを叩く。スライムの溶解液よりも巨躯の突進のほうが命に係わる。
兵士たちはそれぞれに剣や斧を振るった。当然その中には勇者や兵士Cの姿もある。見てくれ通り体は柔らかいらしく、存外簡単に切り込んでいくことができた。
後方からは儀仗兵が放つ火球が大きく粘液を焦がす。火炎魔法は苦手なのか過剰に嫌がるそぶりを見せていた。効果は抜群のようだ。
勇者は電撃魔法を左手に溜めつつ、剣を振るう。
140 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/17(火) 13:34:51.73 ID:7cyJBucg0
ミミズ「ーーーーーー!」
ミミズは声にならない声を上げた。透き通った泥のような声であった。
大口を開ける。その中に儀仗兵が火球を叩き込むが、それは相手を怒らせるにすぎない。
体をくねらせてミミズが儀仗兵へと突っ込んでいく。
儀仗兵「っ!」
兵士「とぅおりゃあああああ!」
剣がいくつも突き刺さるが、止まらない。
歯牙が逃げようと背を向けた儀仗兵のローブに引っかかったとき、勇者は大きく左手をミミズの粘液に叩きこむ。
大空洞が一瞬だけ昼間の明るさを取り戻す。松明のものではない、ケルビンの高い光が満ち、弾ける音とともにミミズの体が跳ねる。
その隙を見逃すほど勇者は愚かではなかった。剣を固く握りしめ、ミミズの、恐らく人間であれば頸部に相当するであろう部位に、深々突き刺す。青緑色の臭い体液が飛び散る。
勇者「早く! 突き刺せ!」
その声につられて兵士たちはみな剣を突き出す。
一本、また一本と鋼が体に打ち込まれていくたびにミミズは大きくうねり、声を上げ、そうして息絶えた。
ミミズが倒れると地面が大きく揺れた。新米兵士たちは肩で息をし、自らの人生で初めて魔物を倒した手ごたえに感激しているようであるが、そんな暇は実は無い。
そう、まだ終わったわけではないのだ。勇者はすぐさま剣を引き抜き反転、電撃魔法を刃に付加し、スライムの群体を切り伏せていく。
分離したスライムの破片はそれでも緩慢な動作を続けていたが、刀身から迸る電撃で根こそぎ蒸発させられる。彼の魔法は軟体系の魔物を倒すためのみに会得したといってもよかった。
師である賢者はすでに死んでいる。魔物の大軍に囲まれ、自らの命を犠牲にして勇者たちを助けてくれたのだった。