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勇者「王様が魔王との戦争の準備をしている?」
Part50


320 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/31(水) 16:03:27.88 ID:Iy6ndwso0
 確かに骨折していた部分は真っ直ぐになっている。けれどどう見たって顔色が悪い。呼吸は浅く、肌は白く、瞳孔が開いていた。典型的な魔力の枯渇、その一歩手前の状態。
 しかし、何を言っても聞かないだろうということは明白だった。俺は彎刀を手に取り、なんとか立ち上がる。
 リンカが驚愕の顔をした。俺は困った感じで笑う。
 彼女も、また笑い返す。自らの血に染まった真っ赤な顔で。
 そう、無茶だとわかっていても、体は動く。
 動いてしまう。
 老婆は依然火球を連射している。降りしきる火炎の驟雨。その中で繰り広げられているアルスと幼女の激闘は、援護もあってか、僅かに幼女の方が有利に見えた。
 アルスの右腕が幼女に当たる瞬間、幼女は空間を移動してアルスの背後へと現れる。そこへアルスは刀剣を召喚するも、それらは悉く幼女の拳で叩き折られた。
 幼女の鋭い貫手がアルスの頬を掠めていく。カウンターで刀剣の召喚と、さらに編まれる幾多の砲弾。
九尾「マジックアイテムッ! 場所替えの杖!」
 現れた一本の杖を振った瞬間、淡い光が二人を包む。
 一拍置いて、二人の位置が入れ替わった。全ての砲弾が、刀剣が、そのままアルスを狙っている。

321 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/31(水) 16:04:53.26 ID:Iy6ndwso0
アルス「効くかよぉおおおおっ!」
 桃色の光が迸った。チャームによってそれら全ては大きくうねり、弧を描いて、アルスの支配下に置かれたのちに再度九尾へと叩きつけられる。
 火球が刀剣と砲弾を飲み込む。その下を掻い潜り、縮地でもって九尾はアルスの懐に潜り込んだ。
九尾「金縛りの巻物」
 逃げられない。アルスの両手首を九尾が捉えている。
セント「空晴れ渡り! 山々遠く! 優しく満ちるは春の陽光! 過ぎて一瞬、落ちるは霹靂!」
セント「ライデイン!」
 まさしく電光石火の速度で去来した雷撃を、アルスはなんとか左手を炭化させるだけで堪えた。肘から先がぼろぼろと崩れ落ちていく。
 当然その隙を幼女が見逃すわけがなかった。金縛りを解除し、一歩、さらに踏み込む。
 アルスもさらに踏み込んだ。ほぼゼロ距離の交錯である。俺は走りこみながら、二人の余波に耐える準備だけをした。
 鎚を振り下ろしたような音だった。鈍く、腹に響く音だ。それがアルスの体から聞こえてきて、瘴気を振りまきながら、アルスは防御の体勢のまま数メートル吹き飛んだ。
 地面をバウンドしながらも受け身を取り、砂埃を上げながら滑っていく。摩擦で接した革靴の底が燃えていく。

322 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/31(水) 16:06:19.94 ID:Iy6ndwso0
 さらに追いすがる幼女。幼女は俺へと目配せをすると。手を伸ばした。
 わけもわからずその手を取る。
 急加速。
九尾「堪えろよ!」
 それがぶん投げられたのだと理解するには一秒かかって、そしてその一秒で、俺はアルスへと右膝を叩き込んでいた。
 あの幼女、俺を投擲武器として使いやがったか!?
九尾「安心しろ、少年。九尾は人間を人間として扱うさ! 人間とは違ってな!」
 皮肉気味に叫んだ幼女は俺などお構いなし、手の中に生み出した草を噛み千切った。
九尾「ピオラ、加速草!」
 一瞬で幼女の姿が消失する。と思った次の瞬間には、彼女はアルスの片耳を切り落としていた。
 即座に反転するのが見える。そしてそこから先はもう見えない。
 一際甲高い剣戟の音が聞こえた。幼女の左手の指が数本折れて、そこから血が流れている。
 対するアルスの手首もあらぬ方向を向いていた。ダメージで言えばアルスの方が大きいだろうか。

323 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/31(水) 16:06:50.40 ID:Iy6ndwso0
 アルスの初動を感知して俺は突っ込んだ。重たい体。自分のものではない気さえするそれを無理やりに動かして、回避されるのはわかりきっていても、それでも!
 薙ぎ払いを剣の腹で受け止められたのは偶然と言っていい。俺は見切れていなかった。が、そもそも、膂力をこらえきれない。そのまま吹き飛ぶ。
 視界の端で火球と雷撃、氷塊が一斉にアルスを襲っていた。刀剣とチャーム、砲弾によってだいぶ防がれるも、幾らかはアルスの体を傷つけていく。
 すぐさま立ち上がった。
ケンゴ「うおぉおおおおおっ!」
 彎刀を勢いに任せて振り抜く。鈍い感触。アルスは刃を残った右手で掴み、止めていた。当然刃は手のひらに深々と食い込んでいる。
ケンゴ「こいつっ、これはっ!」
 俺は恐ろしさを感じていた。同時に、希望を感じていた。
 前者はそれこそ言い続けてきたことである。治癒力、膂力、魔力、その他常識はずれのの能力をアルスは理解していて、それをどう活かせばいいのかもわかっている。だから、俺ならば当然できないことも、余裕でできる。
 そして後者を感じた理由はもっと単純で、一つはアルスが両手を一時的にしろ失ったこと。もう一つは、敷衍して、アルスが両手を失わなければならないほどに追い込まれているという認識からだ。
アルス「人間の分際で、俺に、俺にぃっ!」
九尾「いつぞやの九尾か貴様は!」
 砲弾を蹴り飛ばしながら幼女が俺とアルスの間に割って入る。卒倒しそうなほどの気当たりにも、今の俺は高揚からか耐えることができていた。

324 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/31(水) 16:07:49.96 ID:Iy6ndwso0
アルス「九尾、お前が言ったとおりだ! 人間を人間として扱わねぇなら、人間なんて滅んじまえ!」
アルス「国なんていらねぇ! 権力なんてクソだ! どいつも正しい道に導けないなら、なおさらだろう!」
九尾「今更アナーキズムかよ!」
アルス「そうだ! 俺とこいつの思想は合致してる!」
 俺と、こいつ。恐らく、それはつまり、そういうことなのだ。
 炭化した左腕、その欠損部の先端から、漆黒の瘴気が粒子となって噴き出す。腕の形にすらならないが、明らかな意思を持って、それは俺たちを襲い始める。
 延伸からの薙ぎ払い。きちんと質量はあるのか幼女はそれを受け止めた。
セント「バイキルト!」
 幼女の体が淡く発光しだす。同時に幼女は瘴気を鷲掴みにして、先ほど俺を投げつけたように、無造作に振り回しーー離した。

325 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/31(水) 16:08:28.47 ID:Iy6ndwso0
グローテ「それだけじゃあ終わらないさぁっ!」
 地面とほぼ平行に吹き飛んでいくアルスを幼女は追う。グローテの放った火球がアルスをさらに打ち上げるのを追尾して、空間転移で先に上空へと回り込み、振りかぶったのちに拳を打ち下ろす。
 固い地面にアルスの体が埋没する。砂埃、石の破片がぱらぱら音を立てながら降り注ぐその光景は、はっきり言ってこの世のものとは思えなかった。が、いまさらではある。
リンカ「危ない!」
 先端を鋭く尖らせた瘴気がセントを貫こうとするも、氷の壁で弾かれる。
 アルスの埋没した地点からはいまも瘴気が漏れ出していて、しかも段々量と密度を増しているように思われた。事実、既に瘴気は漏れ出すというレベルを超え、溢れ出してきている。
 地の淵に手がーー最早瘴気に包まれた手がかかった。
 火球、雷撃、氷塊が即応する。一切の躊躇なく、それらはアルスを土に還さんとしていた。
 火柱が立ち上る。漆黒の火炎が。アルスの居場所から。
 漆黒の火炎は火球も雷撃も氷塊も飲み込んで、跡形もなく消滅させた。空気に一層瘴気の臭いが入りまじり、頭が痛くなってくる。
 今までと何かが違うと思った。俺でさえ思えたのだから、歴戦の三人などとうに気づいているのだろう。そちらを向くのはやめておいた。
 今はただ、目の前の脅威から一瞬でも目を離せない。

326 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/31(水) 16:08:58.09 ID:Iy6ndwso0
 瘴気が立ち上った。
 立ち「のぼった」のではない。立ち「あがった」のだ。
 視界に現れた漆黒のそれは、最早人間ではないように感じられた。
 全身が、それこそ膝から顔面まで、瘴気で覆われている。眼球がある位置すらも例外ではない。ただ、瘴気の奥に僅かに光が見えている。もしかしたらあれが眼球なのかもしれない。
グローテ「瘴気の鎧、というわけかよ」
セント「それだけじゃあなさそうだけれど」
九尾「構わん。戦闘不能にすればいいだけだ」
 その通りだ、と幼女に対して二人は笑って応えた。
 いまだ彼女らがアルスのことを殺さないとしているのは、陳腐な言葉だが凄いことだ。力あるものにのみ与えられた選択肢であると同時に、強い意志と絆を持つ者にのみ与えられた選択肢でもある。
 決して殺さない。戦闘不能にするだけ。
 果たして化け物を相手にそんなことができるのか。

327 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/31(水) 16:09:23.55 ID:Iy6ndwso0
 ……いや、しなくちゃならない。
 ここでアルスを殺してしまえば意味がないのだ。アルスを犠牲者のままで終わらせちゃいけない。彼を救ってこそ、初めてのゴールがある。
 そう思えば、自然と手にも力が戻ってくる。
九尾「散ッ!」
 同時に展開。打ち合わせなどなかったが、了解があった。俺たちは各方向からアルスへと迫る。
 素早く伸びてくる瘴気の槍。そして砲弾に、刀剣。
リンカ「ヒャダルコォッ!」
 空間に走った瑕疵から冷気が吹き出し、攻撃を防ぐ壁となった。輝く氷の破片が舞い散る中を、駆ける。
 駆ける、駆ける、駆ける!
リンカ「あっちの攻撃は死んでも止めてやるからっ!」
ケンゴ「頼もしい言葉だぜ……」
 俺より幼女が先んじて接敵する。が、アルスは桃色の火炎をばら撒いて、なるべく近づけないように振舞う。熱と魅了を併せ持つその炎に突っ込むのは自殺行為だ。
 と思った矢先、幼女は腕を一振りして炎をそのまま切断する。風圧で生まれた僅かな隙間に体を滑りこませ、魅了の魔法もなんのその、炎の奥に消えてゆく。
 ……俺なんかの常識で図ったのが間違いだったようだ。
 ともあれ、凡人は凡人らしく、這いつくばって進むしかない。

328 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/31(水) 16:09:52.71 ID:Iy6ndwso0
 紫電が迸る。セントではない。炎の向こうの発生源……恐らく、アルス。
 痛む足を酷使して加速する。今走らずにいつ走るというのか。
 炎の中から幼女が吹き飛んでくる。一回転して、両手両足を使って着地。そうしてまたすぐに地を蹴った。接地時間など一秒にも満たない、まるで野生動物のような全身のバネに、俺は驚愕するしかない。
セント「おばあさん! この炎、どうにかならないか!?」
グローテ「お前さん神官じゃろ、魅了避けくらい、身に着けておけ!」
グローテ「ーー仕方がない。雨を降らせてやるさぁっ!」
 アルスの頭上に大きな亀裂が走り、そこから大量の水が降り注ぐ。
グローテ「覚えているか、アルス! この光景を!」
グローテ「一週間分の飲料水、全部ぶちまけてやるよっ!」
 水が蒸発していく。同時に、炎の向こうの黒い存在が姿を現した。
 縦横無尽な瘴気による攻撃を幼女は紙一重で回避し、さらには反撃もしている。手数で言えばアルスが勝っているが、一撃では幼女が勝っているだろう。が、刀剣の召喚も残されているアルスにとって、接敵はそれほど問題ではないはずだ。
 左右から火球がアルスを襲った。腕を伸ばしてそれぞれを防御したアルスは、慣性によって尾を引く炎に呑みこまれる。

329 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/31(水) 16:10:20.56 ID:Iy6ndwso0
 その間に俺はようやく接敵を果たした。左足を踏み込んで、幾度と繰り返してきた。素振りのフォーム。
 金属音。召喚された刀剣に阻まれ、刃はアルスには届かない。
セント「ライデイン!」
 衝撃がすぐそばに落ちた。刀剣目がけて落ちた雷撃は、そのまま誘導雷を伴ってアルスを襲う。
 威力によって瘴気が弾かれる。しかしアルスの顔が見えることはない。どこまで深く取り込まれているのか想像もつかない。
九尾「余所見をするなぁああああああっ!」
 弾丸のように突っ込んできた右拳がアルスの顔面を殴り飛ばす。吹き飛びはしない。既にアルスの足は、氷によって固定されている!
 大きく仰け反る体。倒れもできない。当然幼女はそこに畳み掛ける。
グローテ「これで終わらせる!」
セント「逃すつもりは、ない」
 太陽がアルスの頭上に生まれていた。
 輝く球体。熱と光が生まれては消え、生まれては消えしていく、死の象徴。

330 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/31(水) 16:10:53.25 ID:Iy6ndwso0
アルス「させねえええええええぞおおおおおおお!」
 光が収束していくのがわかった。何かが起こる。避けるか、突っ込むかーー当然だ、突っ込むしかない!
 彎刀がアルスの脇腹に突き刺さる。ある程度は切りこめたが、その程度だ。瘴気のせいか鋼の肉体のせいか。
 が、しかし!
 大地を踏みつけ力を全身に籠め、腕と、肘と、肩と、それが全てで、今までやってきたことは全てこのためにあったのだと、そうだ、そうでなければ、今までの、これまでの、何よりアルスの犠牲が、苦しみが!
ケンゴ「うおおおおぉおおっ!」
 ぶちぶちぶちぶちと肉の中に刃が入っていく感覚が伝わる。魔物の命を奪うのとはわけが違う。刃毀れでもしたのかと間違えるくらいに硬い。硬く、難い。
アルス「もう遅いんだよぉおおおおおっ!」
アルス「マダンテ!」
 視界が一瞬にして白く、白く、白く、
グローテ「お前がそれをっ、使うのかよぉっ!」
 老婆の叫びが耳にこだまする。
 地面が捲れあがり、重力が反転。空に向かって落ち込んでいく。

331 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/31(水) 16:11:26.86 ID:Iy6ndwso0
九尾「マジックアイテム」
九尾「聖域の巻物」

332 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/31(水) 16:11:58.83 ID:Iy6ndwso0
 それは、なぜか俺たちの周囲でだけ起きていて。
アルス「きゅううううううびぃいいいいいっ!」
 怨嗟をアルスが吐いた。瘴気に包まれた顔であるが、殺意と、敵意に満ち満ちているのだけは、確かにわかる。
 瘴気が蠢く。大量に展開された砲弾、船団、刀剣、魅了の炎。どこまでも広がる殺意は紛れもない本物で、全身全霊を賭けた総攻撃に尻込みしそうになるも、これが最後なのだと思った。
 総攻撃なら、これが最後だ。
 こちらにも、あちらにも、後はない。
 どちらかが詰んでいる。
 降りしきる砲弾と砲弾と砲弾! それを回避した先に待つ刀剣の山を乗り越え、幼女が俺を高く高く打ち上げる!
 そこを砲弾で狙われるが、俺の目の前に顕現するは氷の盾。同時に現れた力場を踏んで、空を駆ける!

333 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/31(水) 16:12:36.65 ID:Iy6ndwso0
 頭上が翳る。急降下ーー否、落下してくる武装船団!
グローテ「障壁展開!」
 上空に現れた障壁によって船団が滞空する。軋む音を立てながら、障壁をそのまま踏み潰そうとする武装船団。時間はもってあと十数秒。
 その間に、決める!
セント「空晴れ渡り! 山々遠く! 優しく満ちるは春の陽光! 過ぎて一瞬、落ちるは霹靂!」
セント「ライデイン!」
 雷撃をアルスは避けなかった。瘴気を削られながら幼女に向かっていく。
 幼女の白い手が弾けた。手首から先が失われ、血液をまき散らしながら宙を舞う。
 しかし同時に幼女は応戦していた。蹴り上げられたアルスの体は吹き飛んで、地面を転がって止まる。
 俺の着地点に!
ケンゴ「これでっ! 終わり、だあああああっ!」
 ずん、と。
 確かな手ごたえがあった。

334 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/31(水) 16:13:45.17 ID:Iy6ndwso0
 彎刀はアルスの背中から突き刺さり、鳩尾のあたりから抜けている。ぼたぼたと流れる血。失われる生命。だが、油断なぞ、できない!
 骨の折れる音を交えてアルスの首がこちらを向いた。同時に伸びる黒い腕。それが俺の腕を掴み、さらに枝分かれして発生した腕が首根っこを掴む。
アルス「終わるかよ、終わって、たまるかってんだ、よぉおおおおおっ!」
アルス「誰かを助けたかった! 誰かを救いたかった! 幸せになってほしかった! その権利は誰にでもあるんだろうが!」
アルス「俺を、止めるんじゃねぇえええええ!」
 頸椎が軋みを上げる。視界の中では四人がアルスの動きを止めにかかっているが、決して俺の首にかかる握力が弱くなることはない。

335 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/31(水) 16:14:16.54 ID:Iy6ndwso0
グローテ「く、っそぉ……っ!」
 老婆の生み出した蔦がアルスの四肢を絡めている。
リンカ「止まり、なさい、よ、この!」
 冷気がアルスの左半身を凍らせている。
セント「諦めない男だねっ、きみもさぁっ……」
 右腕にはセントが関節を極めた状態で鋼鉄化している。
九尾「これは、く、埒が明かない!」
 金縛りの巻物を使用した九尾は、焦燥を十分にこめて叫んだ。

336 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/31(水) 16:14:45.29 ID:Iy6ndwso0
 ぎりぎりと力が強くなっていく。アルスの動きを止めるのが精いっぱいで、誰も戦闘不能に追い込めない。俺はと言えば、語るまでもないのだ、くそ!
 このままじゃあ、だめだ。
 死ぬ。
 誰も助けられずに。
 世界なんて救えなくたっていい。ただ、誰かを。
 ホリィを。
 リンカを。
 アルスを。
 そして、戦いで散っていった人たちを。
 俺は救いたかったのだ。
 救いたかったのに!
 あの二人のように。
 俺を助けてくれた、あの正義の味方のように!
 アルスは言った。誰かを助ける、誰かを救う、幸せになってほしいと願う、その権利は誰にでもあると。
 だから、俺たちだってそうする。そこに理由なんてない。ただ情熱があるだけで。
 どうにもできない。もどかしい。情熱はこんなにも赤々と燃えているって言うのに!
 俺はたった今、本当に意味でアルスの気持ちがわかった。彼が、彼自身から世界を守りたかったように。
 誰かこの世界を救ってくれよぉ!

337 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/31(水) 16:15:12.72 ID:Iy6ndwso0
 閃光。
 それはきっと、雷のものだと、俺は白く染まった世界で思った。

338 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/31(水) 16:15:54.80 ID:Iy6ndwso0
「今助けるから。待ってて」
「なにやってんのよ。ばーか」
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346 : ◆yufVJNsZ3s :2013/08/05(月) 11:51:21.10 ID:ItGBpRpK0
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ーー視点は錯綜する。
 セント・ヴィオランテは思った。あれは誰だ、と。
 リンカ・フラッツは思った。アルスの知り合いなのか、と。
 グローテ・マギカは思った。そんなまさか、と。
 九尾の狐は思った。そういうことだったのか、と。
 ケンゴ・カワシマは思った。もしかして、と。
 アルス・ブレイバは何も思わなかった。既に彼の心は磨滅していた。
「さぁアルス!」
「今度は、私たちが助ける」
 声高らかに、メイとクルルはそう言った。

347 : ◆yufVJNsZ3s :2013/08/05(月) 11:51:56.09 ID:ItGBpRpK0
アルス「なんでてめぇら生きてるんだ!? 死んだはずだろぉがよ!」
 返事はインドラ。視認できない雷の矢が、慈悲も感慨もなく、アルスの上半身を消滅させた。
 瘴気の残る余裕もない。
 しかしアルスは立ち上がった。嘗て九尾から与えられたコンティニューの加護。それはいまだに有効で、完璧になじみ切った今では、蘇生に数日もかからない。一瞬だ。
 地面に落下したケンゴが咽て激しく咳き込んでいる。残りの四人はそれぞれ別個の表情をしていて、何も知らない第三者が見れば、さぞかし愉快な光景だろう。
 だが実際は地獄絵図。この世の最果て。戦いの極地。
九尾「くく、は、くは、あはははははははは!」
 突然の九尾の哄笑に全員が彼女の方を向いた。それは敵であり魔王であるアルスさえもであった。
 気が触れたのだと思われてもおかしくはない九尾の様態に、全員が動けない。
 そうして九尾は、今度はぴたりと笑いを止めた。冷たい視線をアルスに向け、にやりと笑う。
九尾「よかったな、アルス。そして残念だったな、魔王。お前の敗因は、アルスだ」
アルス「わけわかんねぇこと言ってんじゃねぇよ……」
九尾「そうだろうさ! 最初は九尾だってわけがわからなかった! 確かにその二人は死んだのだ!」

348 : ◆yufVJNsZ3s :2013/08/05(月) 11:53:24.90 ID:ItGBpRpK0
 あれが見間違いであるはずはない。事実、グローテもアルスも、彼女らをきちんと埋葬したのだから。
 この世界には治癒はあっても蘇生はない。死者が自ら地面を掘り返し、這い上がってくるということはあるはずがない。
 ならば、可能性はただ一つ。
 この世で唯一の「やり直し」。
九尾「なぜ忘れていたのだろうなぁ、九尾は。九尾が自分で言ったんじゃあないか。そうだ。そうだよ」
九尾「魔力は血に宿る」
九尾「勇者と交わった貴様らは、コンティニューも受け継いでいるのだ」
 そう。それが答え。
 魔力は血に宿り、親から子へと、そして配偶者へと、その性質を与えてゆく。ヴァネッサが魔力そのものを自らの糧としていたように、九尾がヴァネッサを喰って自らのものとしていたように。
 なぜ気づかなかったのか。九尾は自嘲する。全てを知っていたというのに。

349 : ◆yufVJNsZ3s :2013/08/05(月) 11:57:59.43 ID:ItGBpRpK0
 セントが生き返ったのも、だからだ。彼女はアルスと交わっていた。聖職者の身で雷撃が使えるのもそれゆえに。
 インドラ。トールハンマー。原因不明の魔力の出どころはそこにあった。
 なぜ彼女らの必殺技が雷を用いたものなのか。全てはアルスの影響だったのだ。
メイ「ちょ、ちょっと待ってよ! アタシはアルスと、その、してない!」
九尾「は! お前は覚えていないのかよ、少女。鬼神と戦った時のことを」
九尾「お前は勇者に守られたろう。二人同時に切られて、その時だ」
九尾「お前はきっと、そこの神父や狩人よりは混入量が微量だった。だから雷の発現も遅かった。なじむまでには時間がかかるからな」
九尾「よかったな、勇者よ。お前自身が、お前の大事なものを救ったのだ」
九尾「そうして、お前自身をも救う」
アルス「認めねぇ、認めねぇぞ、そんなご都合主義はよぉ!」
 瘴気が爆ぜた。急加速を伴って九尾を切り刻もうとするアルスの肩を、無造作にメイが掴む。
 振り返ったアルスをミョルニルが叩き潰す。
 顔面から地面に叩きつけられたアルスからは、体液の代わりに瘴気が噴き出していく。そしてすぐにコンティニュー。

350 : ◆yufVJNsZ3s :2013/08/05(月) 12:02:53.22 ID:ItGBpRpK0
メイ「そういうことね。生き返った理由、わかんなかったけど、わかったわ!」
 歓喜の声に打ち震えながら、復活したアルスの胸ぐらをメイが掴みあげ、電撃を纏った苛烈な一撃をぶち込んだ。骨のひしゃげる音すらせずに、アルスは地面を転がっていく。
 そうして地を蹴るクルルとメイ。残りのメンバーも、反応こそ遅れたが、逃がしはしないと走り出した。
 吹き飛んだアルスに脚力だけでクルルは追いつく。体勢を立て直したアルスはすぐさま刀剣を展開、迎撃体制に移ったが、それは即座に光の矢によって打ち砕かれる。
 雪崩れ込む人間。砲弾を編んでいる時間すらもぎりぎりである。
 九尾の伸ばした手をアルスが弾くが、横から突っ込んできたセントはどうしようもない。アストロンで鋼鉄化している彼女は、突撃だけで肋骨の数本を持っていくだけでなく、引き離すだけでも困難だ。
セント「ご都合主義なんかじゃあないのさ!」
クルル「そう、その通り」
メイ「アンタのおかげなんだから!」
ケンゴ「俺にだってわかるぜ!」

351 : ◆yufVJNsZ3s :2013/08/05(月) 12:04:47.85 ID:ItGBpRpK0
アルス「ちくしょ、っ、はな、放せぇ!」
 雷そのものが空中に浮かんでいる。限りなく明るいそれは、多対一ではオーバーキルだが、一対一なら如何なく実力を発揮できる。
 全てを食らい尽くす絶対なる存在。神の雷。
 その名はインドラ。
 アルスがクルルに与えてくれたもの。
 クルルは手の中のそれを解き放つ。
 またしてもアルスの上半身が消滅した。鋼鉄化していたセントの左肩すら僅かに抉る威力で、九尾は今更、自分がアルスに渡した尾一本の結果に驚愕する。
 瞬間的に復活したアルスへと、メイがトールハンマーを持って跳んだ。
 それは殴るものではない。触れた傍から蒸発させる、インドラと同じ雷そのもの。雷の具象化。
 流石にこれは周囲の人間も危ないと見えて、九尾とグローテが全員を連れて空間魔法を行使した。すんでのところでそれは間に合い、地面とアルスの体とが、弧の形状に大きく抉れる。
 そして、再生。
 何度も繰り返される光景にもしかしたら血気を喪失する者もいたかもしれない。しかし、今は状況が違う。対するはアルスで、立ち向かうは彼を助けたいとする者たちなのだ。