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勇者「王様が魔王との戦争の準備をしている?」
Part5


94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/12(木) 20:48:04.56 ID:WnvzWUdt0
 彼女が勇者を好いているように、そして同程度には、彼も狩人のことを好いている。今こうしているさなかにも、下半身は熱を帯び、抑えきれないくらいなのだ。
 だからこそ彼は恐ろしいと感じる。愛する人の命が失われることが。そしてそれを何が何でも忌避したいと願う。
 けれど。
 自覚はあるのである。自分は少女より、老婆より、狩人より弱い。コンティニューという奇跡は彼に対しての護法であり、彼の愛する人に対しての護法ではない。
 この世の中、人を愛すためには、守る力が必要なのだ。
 そして彼には力がない。
 彼女の肩をつかみ、引きはがした。
狩人「ぷはっ……」
勇者「ごめん」
狩人「……」
狩人「勇者、違うんだよ」
 先ほど彼が彼女に言ったように、あくまで優しく、狩人は言った。

95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/12(木) 20:48:55.04 ID:WnvzWUdt0
狩人「わたしはわかってる。だから勇者は苦しんでる」
狩人「人が死ぬのは悲しいから」
勇者「そうだ……」
狩人「あのね」
勇者「もういい」
狩人「……」
勇者「もう、やめてくれ」
勇者「俺はただ、手の届く範囲だけを守りたかったんだ……」
勇者「それもできないなら、俺は高望みをするべきじゃない」
狩人「でも結局、勇者にできることって、一つしかない」
勇者「……?」
狩人「守ること。昔、勇者がわたしを守ってくれたみたいに」
狩人「もちろん私はもう守られるだけじゃない。勇者のことを守りたい」
狩人「だって、好きだもの」

96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/12(木) 20:49:45.17 ID:WnvzWUdt0
 口づけ。
 狩人はふうわりとした笑顔を勇者に向けた。乙女の、天使の、笑顔。
 選択を迫られているようであった。臆病風に吹かれて彼女を突き放すのか、失う恐怖を抑え込んで彼女を抱くのか。
 考えるまでもないのだ、本来は。しかし、心の奥に深く根を張った毒草は、厄介なことに、至極生命力が強い。
 狩人は困ったように眉根を寄せて、「まったく」とつぶやいた。
 そうして胸元に飛び込んでくる。
狩人「あー」
勇者「ん?」
狩人「落ち着く」
勇者「そうか」
狩人「心臓の音が、聞こえる」
勇者「このままがいいか?」
狩人「我慢できない」

97 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/12(木) 21:03:57.53 ID:WnvzWUdt0
 狩人の手がゆっくりと勇者の下腹部を這っていく。
 艶めかしい……意思を持った動きだ。
勇者「……待ち合わせがあるぞ」
狩人「こんなになっといて、私をこんなにしといて、何言ってる」
狩人「初めてだけど、がんばるから」
 陰部に触れた指先の刺激は、体中を電光石火で走り抜ける。
 忘れて久しい感覚。最初に出会った僧侶が教えてくれた快楽。
 彼女も死んだ。
 分水嶺であった。勇者は狩人の肩をつかんでいる手に、力を込める。
 引きはがすよりも先に狩人が退く。
狩人「ーーなんて、嘘。勇者の答え、待つから、大丈夫」
 困ったような笑顔の彼女に、勇者はかける言葉がない。
狩人「……ばーか」ボソッ

101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/13(金) 15:18:30.84 ID:T4ozyPJw0
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 隣室。老婆と少女が滞在している。
 少女は元気だと主張していたが、老婆にはそれが虚勢だとすぐに知れたし、実際少女はベッドに寝転ぶや否や熟睡し始めた。
 少女の栗色の髪の毛を撫でながら、老婆は窓の外へと視線をやる。
 胸の透くような青空だ。
 実に腹立たしい。
 何もこんな天気の良い日に、あの王め、あんな発表をしなくてもいいものを。
 老婆はため息を一つ、大きくついた。
「ーー」
 隣室から聞こえてくる、微かなやりとり。狩人のものだと判断が付く。
 あの二人を同室にした時点でわかっていたことであったが……勇者にも、狩人にも、思うところはあるのだろう。これまでの旅路はどうであったのだろうか。ふと疑問がわいた。
老婆「まぁ若いということはいいことじゃ」
 自分も昔はーーいや、やめておこう。益体のない考えをする時間はもうない。
 老婆はゆっくりと杖を手に取る。一振りすると亜空間の入り口が開き、中から一つの金属が落下してきた。
 繊細な金属細工である。これ一つ質に入れれば、それだけで半年は生活できるだろう。何しろ純銀で、それに精緻な意匠が施されているのだから。
 金属細工は王家の紋章を象っていた。

102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/13(金) 18:55:05.71 ID:B9geSkMSO
興味深い

103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/14(土) 09:26:54.05 ID:W3EaA2D20
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 太陽がわずかに傾き始めたころ、宿屋の入り口にて、四人は顔を突き合わせていた。
勇者「これからどうするか、だが」
狩人「私は勇者と一緒ならどうだっていい」
少女「アタシは魔王さえ倒せればいい。でも、王様が軍隊派遣するんでしょ?」
老婆「それについてなんじゃがな?」
 老婆は鋭く三人を伺い、言う。
老婆「王城へ向かう」
勇者「そりゃどういうことだ」
老婆「どうもこうも。そのままの意味じゃ」
 老婆はあっけらかんと言うが、勇者を含む三人は意味が分からない。そもそも王城は許可がなければ入れない。衛兵を打倒していくとでもいうのか。
 名声があれば別だが、単なる旅団である四人には、そんなものなど存在しない。

104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/14(土) 09:27:38.01 ID:W3EaA2D20
勇者「入れてくれるわけないだろ?」
少女「そうだよっ!? しかもあんな発表のすぐ後で……忙しいに決まってるよ!」
勇者「ついボケたか、ババアーーぐはっ!」
 咽頭に叩き込まれた水平チョップで勇者は悶絶する。
 激しく咳き込む勇者を横目に、老婆は杖の先で空間に一本線を描いた。
 本来何も生み出すことのない動作であるが、その時ばかりは違う。空中に僅かな亀裂が走ったかと思うと、急激に膨張し、丸い入り口となる。穴の向こうは暗闇だ。
狩人「なに、これ」
老婆「転移魔法じゃ。これで、王城へと入る」
少女「え、それって……大丈夫、なの?」
老婆「大丈夫じゃ、わしを信じろ」
 そう言われてはぐうの音も出ないのか、少女は小さく「うん」と頷いた。
勇者「本当に大丈夫なんだろうな。とっ捕まって不敬罪、なんて冗談じゃねぇぞ」
老婆「いちいち細かくうるさい男じゃのう、先にいっとれ」
 言うや否や老婆が勇者の背中を蹴り飛ばし、暗闇の中へと叩き込む。
老婆「ほれ、行くぞ」
 追って三人も暗闇へと飛び込んだ。

105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/14(土) 09:32:16.67 ID:W3EaA2D20
 時間にして一秒かそこらだろう。三人の足に衝撃が伝わる。柔らかい、絨毯のような感覚が足の裏にある。
 降り立った先は部屋であった。一般的と言えばあまりにも一般的なベッドが一つ、木机、そして書架。部屋の半分を埋め尽くす本は、棚に収まりきらず、地面に平積みされている。
勇者「いてて……」
 勇者が繊毛の上に倒れ伏している。どうやら着地に失敗したようだ。
少女「おばあちゃん、ここは……?」
 それは狩人と勇者の疑問でもあった。受けて老婆は口の端を歪める。
老婆「城内。儀仗兵長の部屋じゃ」
勇者「お偉いさんじゃねぇか。大丈夫なのかよ」
老婆「なに、どうということはない」
 勇者はふと違和感を覚えたが、その原因に至るより先に、背後から声。
??「あ、あなたたち、なにをやっているんですか!」
 慎ましやかな声が不釣り合いなほどに大きく響いた。
 女性である。法衣を身にまとい、小ぶりの儀式杖を右手に握っている。中年一歩手前といった風体だが、モノクルの奥の瞳はいまだ子供の輝きである。
 勇者は一瞬剣を抜こうとしてーーいや、そんなことをしてしまえば大ごとだ、慌てて剣の柄から手を離す。
 どうやってこの場を切り抜けるべきか。高速で回転する頭脳を停止させたのは、運転のきっかけである女性自身であった。
女性「って、えー!? なんであなたがここにいるんですか!」

106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/14(土) 09:39:35.62 ID:W3EaA2D20
 「あなた」が誰を示しているか、すぐに合点がいった。
 女性だけでなく、勇者も、狩人も、少女も、老婆を見る。
老婆「久しぶりじゃな、儀仗兵。いや、今は兵長か」
儀仗兵長「そんな軽く言わないで下さいよ! 許可は、って、あるわけないですよねっ?」
老婆「野暮用でな。少し話がしたい。時間を寄越せ」
儀仗兵長「……」
 どうやら女性ーー儀仗兵長は絶句しているようだった。それ無論勇者たちとて同様である。知り合いであるらしいが、それにしてもいきなり乗り込んで「時間を寄越せ」とは。
 儀仗兵長は僅かに困った顔をしていたが、すぐに諦観のそれへと変わる。大きくため息をついて、
兵長「わかりました、わかりましたよ、もう。人払いの護符張りますから」
 と、懐から一枚の札を取り出し、兵長は扉に張り付ける。
老婆「さて」
 老婆は椅子に腰かけながら言った。兵長はもう一つの椅子に座り、三人はベッドに腰を下ろしている。
老婆「話は単純でな。……わしらを、魔王討伐軍に入れてほしい」
少女・勇者「「え?」」

107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/14(土) 10:47:00.51 ID:W3EaA2D20
勇者「お前、いきなりだろそれは!」
老婆「なに、そちらのほうが早いじゃろう。使えるものは使わねば」
兵長「ちょっとちょっと、待ってください。まだ許可したわけじゃ」
老婆「損はさせんぞ?」
兵長「そんなのはわかってますけど!」
老婆「老い先短いババアの頼みじゃ、聞いてくれよ。わしだけじゃなくて、この三人も実力は相当なものじゃ。お前といい勝負ができるかもしれん程度に」
兵長「……どうせ言っても聞かないんでしょう? まぁ兵士を公募するのは既定路線です、ねじ込むことは難しくないでしょうが……」
老婆「すまんな」
勇者「何が何だかわからん」
少女「アタシもよ」
狩人「うん」
老婆「紹介が遅れたな。この三人は、わしと一緒に旅をしておる。これが孫で、勇者と狩人じゃ」
兵長「初めまして、私はこのお城で儀仗兵長を務めています。老婆さんとは……なんといったらいいのか」

108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/14(土) 10:47:28.67 ID:W3EaA2D20
老婆「知り合いでな。使わせてもらった」
兵長「まったくもう……変わらないんですから」
老婆「じゃあ行くぞ」
兵長「え? 老婆さんも来るんですか?」
老婆「そっちのほうが話が早い。年寄りだと馬鹿にする連中もいるじゃろう。実力を見せてやらねば」
老婆「ということじゃから、待っててくれ」
勇者「はぁ」
兵長「わかりました、わかりましたよ、もう。え? 今からですか?」
 ぶつくさ言いながら、兵長は扉を開けて廊下へと出る。老婆もそれに続いた。
兵長「済みませんが、ここで待っていてください。人払いの護符は残しておきます。くれぐれも廊下に出ないよう」
兵長「ちょっと、老婆さん、別にいいんですけど、王城ふっとばさないでくださいねっ?」
 蝶番の軋む音なく、静かに扉が閉まる。二人は廊下を歩いているのだろうが絨毯のためか足音は聞こえてこなかった。
 そして部屋には呆気にとられる三人が残された。

109 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/14(土) 10:53:03.88 ID:W3EaA2D20
狩人「なんか、やばい言葉が最後に聞こえた」
少女「うん……」
 しばし呆然としている三人。
 昼からこっち、急といえばあまりにも急な展開に、正直なところついていけないのが実情であった。より遡れば村の火災から兵士の集団に襲われたところから。
 それらが全て独立した事象であるとは三人も思っていなかった。全てが絡み合っているのかは定かではないにしろ、不穏な空気が国を包んでいるのは理解できる。
 自分たちが知らないだけのミッシングリンクも数多く存在するのかもしれない。
 反面、老婆は少なくとも三人より何かを知っているようだった。年の功か、独自の情報網か。とりあえずは彼女についていけば間違いはないのだろう。
勇者「なんだったんだ、あれは」
少女「わかんないよ。アタシだって何が何だか」
狩人「たぶん」
 廊下へと続く扉から視線をずらさず、狩人は言う。
狩人「おばあさんは、ここに勤めていたことがある」

110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/14(土) 10:53:57.61 ID:W3EaA2D20
勇者「可能性は大だが、ここは王城だぞ? エリートっていうレベルじゃあない」
勇者「ガキ、お前はなんか知らないのか」
少女「ガキっていうな。……そうだね、アタシ、おばあちゃんが若いころ何してたかってのはわからないから、ありうると思う」
狩人「転移魔法でここに来たから」
少女「?」
勇者「あぁ。そういうことか」
少女「ちょっと、どういうことよ」
勇者「ばあさんの転移魔法は一度来たところにしか行けないんだろ。じゃあばあさんは一度はこの部屋に来たことがあるんだ」
少女「あぁ。……あー」
勇者「もしかしてお前のばあさん、結構要人だったりする?」
少女「わ、わかんないよそんなのっ。アタシが生まれたときからずっと村にいるって聞いてただけで……」
狩人「もしかしたら、以前になにか、あるのかもしれない」
勇者「しかし、戦争か。それが当然なんだよな。旅の一行が魔王を倒すのを待つよりも」
少女「隣国との情勢も安定してきたってことなんでしょ」
 水資源、鉱山資源をめぐる隣国との争いは、収まりつつあるとはいえ鎮火したとはいえない。安心して背中を向けられるところが存在しないのは、魔族との全面戦争に踏み切らなかった理由の一つでもあった。

111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/14(土) 10:55:08.21 ID:W3EaA2D20
勇者「恐らく志願者は多いだろう。映像魔法で戦争のことは人口に膾炙した。もしかするとほかの国からも人が来るかもな」
 魔王軍で割を食っているのはなにもこの国だけではないのだ。
狩人「世界が平和になるなら、過程はそんなに気にならないけど。でも、大丈夫なのかな」
少女「大丈夫かなって?」
狩人「それこそ、隣国が攻めてこないか、とか」
少女「その辺は講和を結んでるんじゃ? 政治には疎くて、どうもね」
 このような動きが起こるということは、隣国ともいくらか密約が交わされているのだろう。もしかしたら隣国も軍隊を編成しているのかもしれない。
 魔王軍に進軍を行う際の問題は、何より背後から刺されかねないことである。この場合は隣国が刃にあたる。
 そしてもう一つ、勝手に軍備を進めては、隣国に要らぬ不安を与えることにもなりかねない。摩擦は火種の原因だ。どんな動きをするにしろ、他国に情報を伝えなければいけない。
勇者「鍛錬と旅ばっかりしてるからな、しょうがない」
少女「平和になったらどうしよう。腕っぷしだけじゃ渡っていけないよねぇ」
狩人「それはみんな同じ。わたしも、勇者も」

112 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/14(土) 10:55:40.78 ID:W3EaA2D20
少女「狩人さんはまだ生きてくスキルがあるからいいけどさ」
狩人「というか、勇者に養ってもらう」
少女「やしなっ……!? そ、それって、つまり……」
狩人「そういうこと」
少女「勇者! あんたねぇっ!」
勇者「そんなことを言われても困る……」
老婆「ただいま」
勇者「うおっ」
 老婆が唐突に勇者の背後へと姿を現す。お得意の転移魔法だろう。
勇者「いきなりだな。びっくりするじゃねぇか」
老婆「ちょっと詰所に来てほしい」
勇者「詰所って、兵士詰所か? なんで」
老婆「入隊試験じゃ」

114 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/14(土) 19:43:54.55 ID:W3EaA2D20
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 部隊の編成や志願者の入隊を一手に引き受けている人事部曰く、志願してくれる分には一向に構わないが、元来は書類審査や身元の確認がある。それらを免除するには、それだけの力量が必要である、とのことだった。
 半ば自明のことである。老婆とて、三人の実力を信じているから連れてきたのであろう。
 一対一の真っ当な真っ向勝負。勇者も、狩人も、少女も、相手の兵士と一定の間隔をあけたまま得物を握りしめている。
 傍らには複数の兵士と、儀仗兵長、そして老婆。お前も戦えよ、とは勇者は言わなかった。十人が束になっても勝てるかどうか。
 それにしても唐突なことである。それだけ状況が逼迫しているということなのか、それとも単に老婆の隠された権力の賜物なのか。
 とはいえ、現時点でそれを考慮する必要性は薄い。思考を純粋な戦闘に切り替える。
兵士A「相手に『参った』と言わせたほうの負け。制限時間はなし。武器も、魔法も、好きなものを使っていい。準備はいいよね?」
勇者「あぁ」
兵士A「それじゃ……」
 勇者は脚に力を込め、剣の柄を握りしめる。
兵士A「いくよっ!」

115 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/14(土) 19:44:23.66 ID:W3EaA2D20
 合図と同時に踏み込む。相手との距離はおおよそ三歩分。剣のリーチも鑑みれば一歩半から二歩といったところか。
 すなわち、相手も踏み込んできた場合、一瞬で攻撃圏内へと踏み込むことを意味する。
 頭上からの剣戟。勇者は体の軸を僅かにずらし、必死圏内から頭をずらす。
 と、カウンターで剣を横に振り抜いた。相手が体をひねり、刃は鎧の上を流れていく。
 一歩さらに踏み込もうとしたところで相手が一足飛びに後ろへと下がる。今度開いた距離は四歩。互いが同時に踏み込んだとして微妙なところだ。
 僅かに互いの呼吸を図る間が生まれ、瞬間的に兵士が勇者へと切迫する。
 屈んだ低い姿勢。腰に当てた長剣。捻じりを加えられて放たれた刃は、鞘の中ですでに十分な加速をしている。
勇者「くっ!」
 剣で受け流そうとして、できない。手から落としこそしないが体勢を崩されてしまった。返す刀で攻めてくるかーーと思いきや、あちらも振り抜いた事後動作が大きい。
 助かったとばかりに今度は勇者のほうから距離を取る。
勇者(なかなか強いやつが当たったなぁ。実力を図るんだから当然か)
 頬を伝ってきた汗を舌先で掬い取り、精神を賦活させる。舌先に感じるぴりぴりとした感覚は、それが何であれいいものだ。
勇者(さすがにここで死ぬわけにゃいかない。ネタバラシには早すぎる)
 電撃魔法を詠唱する。長々と諳んじている暇などないので、簡潔に、属性付加程度の効果だ。殺すのが目的でない今回はそれで十分だともいえる。

116 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/14(土) 19:44:59.40 ID:W3EaA2D20
 向こうはまっすぐにこちらを見てくるばかりで、さしたる動きは見られない。間合いを計っているのか、こちらの動きを待っているのか。
 握りを確かめて地を蹴る。
勇者「っ!?」
 失敗した。勇者の脳裏に後悔がよぎる。
 踏み込んだ脚が地を蹴り、靴の裏が床を跳ね上げるその僅かな瞬間、もはや行動の制御が効かないタイミングを狙われて、長剣が飛来する。
 先ほどまで兵士が握っていた長剣が。
勇者(剣を捨てるかよ、普通!?)
 勇者は一瞬理解できない。じっとしていたのはこの瞬間を待っていたのだということはわかったが、しかし、あえて長剣を投げつけるなど。
 仕方がなしに剣で長剣を弾く。速度こそ脅威ではないが、重量は厄介である。手が痺れ、剣先もぶれる。
 勇者の視界の先ではナイフの投擲が確認できた。
勇者(こいつ……剣士っていうか、狩人タイプか?)
 長剣はカモフラージュでこそないにしろ得意武器ではなかったのだ、恐らく。
 いや、今は思考の暇すらもったいない。無傷は不可能と判断し、顔、喉といった重要部位だけを守り、一気にナイフの中を突っ切る。
勇者「うぉああああああっ!」
 気合の雄叫びとともに刃を走らせる。ナイフによる痛みは走るが、握力と腕力を蝕むほどではない。
 兵士の懐に勇者は飛び込んでいる。この距離ならば外すことはない。

117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/14(土) 19:45:36.42 ID:W3EaA2D20
 金属と金属のぶつかる音が響く。
 なぜ、と尋ねる余裕はどこにもなかった。括目するまでもなく、勇者の剣は兵士の剣に阻まれていたからである。
 紫電が走る。刃に込められた電撃は兵士の剣へと注ぎ込まれ、そして、
兵士A「っ!」
勇者「っ!」
 存外軽い音が響いた。
 兵士の持っていた剣が内部からふくらみ、弾け、空気中に霧散し溶けていく。
 魔力で編まれた金属なのだ、恐らく。魔力で剣や防具を具現化する者には勇者もかつて出会ったことがあった。
 意識を驚愕から戦闘へと引き戻したのはほぼ同時であった。
 兵士の反対側に手に握られたナイフが勇者の背中を狙う。
 避けるか? 切るか? 鈍化した思考の中では寧ろ本能と経験だけが活きる。勇者はそれを短くない戦いの中から悟っていた。重要なことは全て肉体に刻まれている。
 白く霞がかる意識の中で、勇者は刃を振り抜いた。

118 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/14(土) 19:47:02.84 ID:W3EaA2D20
 鮮血が飛び散る。大した量ではない。痛みはーーある。が、覚悟を要するほどでもない。
 対峙していた兵士が倒れていた。腹から血を流している。死にはしないだろうが、安静にしていたほうがよいだろう、程度の傷である。
 倒れて腹から血を流しながらも笑っていた。「参りましたよ」と困った風に言うその声で、勇者は初めてその兵士が女であることを知る。
 背中の痛みは引いていた。どうやら鮮血は兵士のものであって、勇者を狙った刃は鎧の隙間を撫でる程度に終わったらしい。
 それもそのはずかもしれない、と彼は一人で思う。鍛錬こそそこそこだが、代わりに幾度もの死を経験してきているのだ。どの程度の攻撃でどこを狙われたら絶命するのか十二分に知っている。
 それすらもアドバンテージとして捉える武芸者脳に辟易するが、旅人の宿命なのだろう。勇者は床に座り込んで大きく息を吐く。
 呼吸すらも忘れていた気がした。