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勇者「王様が魔王との戦争の準備をしている?」
Part49


295 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/23(火) 17:38:15.05 ID:y6mAtU2j0
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 俺が彼女らに助けてもらったのは随分と昔のことで、向こうはローブを着こんでいた。果たしてはっきりとした記憶が俺にあるかと問われれば、実際問題、難しい。
 しかし、あの二人の勇者を名乗る老婆と幼女は、どう見ても俺の記憶とは異なっていた。それはもう言い逃れできないほどに。
 単に俺の記憶違いなのか、それとも彼女らが何らかの意図をもって虚言を吐いているのかはわからない。だが、俺はどうにも納得がいっていなかった。
 過去に助けてくれた旅人を伝説のそれだと信じたのは、勿論酒場の親父に言われたからというのもあるが、あの時彼女らは確かに言ったのだ。困った顔でその名前を。
 それとも、あれは単に当時有名だった名前を偽名として用いただけだったのか。
 いや、と俺は自問する。ただし彼女らの正体ではない部分で。
 果たしてその考えに今まで一度も至らなかったか? あれが伝説の旅人であると盲目的に信じ込んでいたか? ーー答えは、否。
 あぁ、だからそうなのだ。俺までもが惑いの森に呑みこまれた理由。俺は自らの記憶を改竄していた。あれが件の二人ではないのかもしれないと思いつつも、意識的に無視していた。
 それこそが惑いだったのだ。
 自らの根底が大きく揺るがされたのを感じる。今はそんな場合でないと知っていても、思考はどうしたってそちらへ向く。あの二人は、そしてこの二人は、一体誰だったのか/であるのか。
 が、アルスが二人と顔見知りであり、かつ名乗りに不自然さを感じていないということは、即ち二人が本物であることの証左であると言える。だとすれば、あの日の二人は一体……。
 やはり俺は偽名に憧れていただけなのか。

296 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/23(火) 17:38:42.39 ID:y6mAtU2j0
 揺れる心と相反するように、自らを鼓舞する自らもまたふつふつと湧き上がってきていた。深いことを斟酌する余裕すら、逼迫した現状では存在しないということでもある。
 記憶の中の恩人が別人であるからと言って、俺の為すべきことは変わらない。そうだ、変わらないのだ。
 ホリィの制止を振り切って立ち上がる。
ケンゴ「行こう」
 この四人ならどんな困難でも乗り越えられるーーとは言えないけれど。
 他の三人が隣にいれば、俺はただただ頑張れると思うから。
 わからないことを考えても詮無い。ならば俺は、短いながらもともに旅をした仲間とともに生きよう。そして自分にも嘘をつく必要はない。ただ誰かを助けたいだけなのだから。
 嵐のような戦闘が俺の目の前で起こっている。そう、これは嵐だ。吹き荒び、触れる者すべてを一瞬で瓦解させていく、嵐!
 しかし怯えてなどいられない。エドではないが、最早見ているだけなんて気楽なポジションではいられない。
 アルスと幼女の肉弾戦。速い。膂力もある。腕を振り上げるたびに空気がうねり、筆を振り下ろすたびに音が聞こえる、そんな恐ろしいレベルの戦闘。
 幼女が右へ回り込んだと思った次の瞬間には左へ移動し、アルスもきっちりとそれについていけている。俺にはその動きの端すらも捉えることはできない。

297 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/23(火) 17:39:10.81 ID:y6mAtU2j0
 火球がアルスを襲う。幼女ごと灰燼に帰すその物量を、けれどアルスも幼女も器用に回避しながら戦闘を続けている。無論火球はアルスを狙っているので、そちらのほうが密度は濃い。バランスを崩す。
 そこへ悪魔が降ってきた。しかも二体。
 それらは丸太のような腕でもってアルスを襲う。いったん距離を置き、刀剣。しかし悪魔は串刺しになるが幼女もヴァネッサもそれを避け、攻撃を続ける。
 セントが雷撃を放つ。迅雷の速度をさすがのアルスも見切ることはできないのか、喰らった左腕が炭化した。けれどすぐさま再生ーー全く信じられないことだ。
ケンゴ「エドッ!」
エド「おう!」
 即応。俺たちは突っ込んでいく。
九尾「なんだお前らは、死ぬぞ!」
ケンゴ「見ているだけなんて、ごめんなんです!」
 幼女は驚きなのだろうか? 僅かに間をおいて、アルスへと突っ込んでいく。
九尾「勝手にしろ。死ぬなよ。九尾はそういうのは嫌いなのだ!」

298 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/23(火) 17:39:37.48 ID:y6mAtU2j0
セント「二人はフォックスの援護を! 逃げ場を防ぐ意識で頼む!」
「「はい!」」
アルス「仲間ごっこしてんじゃああああああねぇええええええ!」
 桃色の火炎が降り注ぐ!
 粟立つ肌。視界が歪み、ーーあぁ、これは、なんというか……よくない!
 頭の全てが持っていかれそうになる。首から上と下でまるきり指示系統がべっこな柔らかいスプーンの天井。
 金属は豆腐だった。電気? それじゃあだめだよ。そうしたら菱形の木の実を吐きだすじゃないか。
セント「ザメハ!」
セント「……大丈夫か」
 意識がはっきりした時には、セントが俺の目の前に立っていた。すぐさま踵を返して立ち去るが、あぁ、そうか、俺は炎に魅了されていたのか。
 立ち上がり、走る。そのたびに骨が軋んで、傷から血が吹き出そうとも。
 あと五分生きていられるなら死んだって構わない。アルスをなんとかしなければ、本当に彼は、世界を滅ぼすだろうから。
ホリィ「遍く風の聖霊よ! 春、夏、秋、冬、全てに生きる者よ! 舞い降りよ! 叩き潰せ! そこはそなたの集まる地なり!」
ホリィ「バギマ!」

299 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/23(火) 17:40:26.87 ID:y6mAtU2j0
 上空から叩きつけた風の塊は、しかしアルスの放った障壁によって防がれる。
 そしてそこに突っ込んでいく幼女とヴァネッサーー俺たち。
アルス「なんでっ、てめぇらが、俺を倒そうとするんだよぉおおおおおっ!」
アルス「てめぇらだって犠牲者のくせに、この世界を守ろうとするんじゃあ、ねぇっ!」
 攻撃を受けて幼女が吹き飛ぶ。一瞬だけそちらに気を取られたが、よそ見をしている暇などないと思い直す。
 アルスの体が帯電し、手のひらがこちらに向けられた。
アルス「この世界に価値なんてねぇ! 自覚しろ! 悩め! 俺はてめぇらの心の中にいるんだ!」
アルス「ギガデイン!」
セント「マホカンタ!」
アルス「しゃあらくせぇ!」
 雷撃は容易くマホカンタを打ち破る。ガラスの砕ける音。白く染まる視界。
ヴァネッサ「いただきまぁす!」
 ヴァネッサの腕が伸びた。そのまま閃光を、稲妻を掴んで、咀嚼、嚥下。
 信じられない。信じられないがーーこのチャンスを逃すわけにはいかない。

300 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/23(火) 17:40:54.44 ID:y6mAtU2j0
ヴァネッサ「信じられない魔力量! 驚きよね!」
ヴァネッサ「けどーーだめ」
ヴァネッサ「この魔力、腐ってるわ」
ヴァネッサ「マジックアイテム! 引き寄せの巻物!」
 手元に現れた巻物を広げると、急な重力の転換を感じた。
 視界が歪む。体が吸い寄せられる。気が付けば俺は、俺たちは、ヴァネッサの周囲に移動していた。
 その中には当然アルスもいる。
ヴァネッサ「アーンド、金縛りの巻物!」
 今度は足が地面に張り付いた。体は動くが、脚だけが全く動かない。
アルス「小癪な真似をしやがって!」
ヴァネッサ「さぁ! やっちゃいなさい!」
九尾「ヴァネッサ、貴様……!」
ヴァネッサ「九尾! 来世で会いましょう!」
 俺たちは既に剣を振り上げている。ヴァネッサの意図がそのやりとりで分かったからだ。
 彼女は恐らく死ぬつもりだ。

301 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/23(火) 17:41:27.45 ID:y6mAtU2j0
 剣を振り上げた俺たちには目もくれず、当然アルスはヴァネッサを狙う。周囲では俺たちを挽肉にしようとメラゾーマが滞空していたからだ。このままでは流石にアルスも回避は取れない。
 俺の剣が脇腹に、エドの剣が肩に食い込む。致命傷は避けられたが、それでも大きな一打のはずだ。
 が、まるでそんな怪我など、痛みなどとうに置いてきてしまったかのように、アルスは徒手空拳でヴァネッサへと襲いかかっている。実力は圧倒的にアルスの方が上だ。悪魔を召喚するためのギガス写本すら開かせてはもらえない。
 ごぶり、と嫌な音が耳に障った。
 ついにヴァネッサの胸にアルスの貫手が突き刺さっている。
 それと足が離れるのは殆ど同時だった。そしてメラゾーマが数十と言う単位で放たれるのも。
 回避行動をとるアルスーーさせない。させるわけにはいかない。例え一緒に焼け死んだとしても!
 縋りつくかのように俺たちは刃を振り上げた。身をよじるアルスの顔が激痛に歪む。
リンカ「ヒャダルコ!」
 空間に瑕疵ーー否、出現座標は、アルスの怪我そのもの。
 血液をそのまま媒介にして、アルスの体内から赤い氷柱が食い破って出てくる。流石のアルスもこれは回避できなかったのか、大きく体をよじらせた。
 炎で俺たちの肌が大きく照らされる。
 着弾まであと一秒もかかるまい。

302 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/23(火) 17:41:59.16 ID:y6mAtU2j0
「させ、ない」
「魔王様になにすんのよっ!」
 別種の煌めきが火の玉を全て打ち砕いた。
 炎のような橙ではなく、まるで陽光のような輝きを伴うその手数。俺はそれを見たことがある。いや、ないわけがない。
ケンゴ「なんで生きているんだっ!?」
インドラ「魔王様のため」
トール「それ以外にあるわけないじゃん!」
 いや、違う。そういうことじゃあないのだ。
 右腕がない。顔面は半分欠損して靄になっている。腹部には大きく穴が開いて背骨が見えている。全身の火傷。殆ど炭化し皮膚と撞着した衣服。五回は死んでもいいほどの怪我だというのに!
 それらが全てアルスのためで何とかなるものなのか? もしそうなのだとすれば、それほどまでに気の違った存在を、俺は見たことがない。
 ゆえの人外なのか。
アルス「形勢逆転、ってやつだな」
 アルスは笑った。とても悲しげな笑みだった。
 俺はその理由を知っている。彼はこの殺し合いに負けたいのだ。彼の絶望がどうであったとしても、彼の心の根っこの部分は、ただ純粋に平和を願っているだけだ。

303 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/23(火) 17:42:25.19 ID:y6mAtU2j0
 光の矢が俺の右腕を穿った。
 更なる大量の光。視界の端にエドが映ったと思ったら、エドは俺を突き飛ばしやがった。なにやってんだこいつ!
 そんないい笑顔してんじゃねぇよ!
 視界の中でエドが穴ぼこになっていく。
 血液も、肉片も、残らない。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
 殺意を全く隠さずに黒髪と白髪が突っ込んできた。目標はアルスといちばん近い俺。回避は、間に合わない。
セント「ギガデイン!」
 落雷が二人を足止めするが一瞬だ。その一瞬の間にセントが俺たちの間に割って入り、光の矢を光球で、戦槌を錫杖で受け止める。
グローテ「次から次へと厄介な!」
 火球が黒髪に直撃する。満身創痍なためか、やはり動きは鈍い。ただ問題はその生命力と回復力、何より執念だ。顔面に直撃したというのに、殆ど眼球がその機能をはたしていないだろうに、黒髪はすぐさま立ち上がって突っ込んでくる。

304 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/23(火) 17:42:53.99 ID:y6mAtU2j0
ホリィ「神父様!」
 セントを淡い光が包む。殆ど同時にアルスが魔方陣を描きながら周りこんだ。
 三対一の構図はきつい。俺は援護に入ろうとして、流石に血を失くしすぎたのか、ぐらりと大きく体が揺らいだ。
 それを根性で無理やり地面を踏みしめさせて、蹴り出す。
ケンゴ「うぉおおおああああああ!
 大上段からの一撃。回避行動すらとられず、召喚された刀剣によって防がれる。
セント「くっ、ベホイミ、ギガーー」
アルス「お前は後衛だろうがよ!」
 詠唱よりアルスの突貫のほうが早い。急加速。一歩で五メートルを稼いで、セントの喉首へと手を伸ばす。
グローテ「させん」
 何とか二人の間に障壁が貼られ、アルスの腕はそれに弾かれる。
 セントは帯電させながら一歩後ろへ跳んだ。彼女の眼前では破邪の剣によって障壁が十文字に切り裂かれたところだった。
 追いすがるアルス。

305 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/23(火) 17:43:20.98 ID:y6mAtU2j0
アルス「セント! お前は絶対に死んでた方が幸せだった! なんで、どうして生き返っちまったんだ!」
セント「おいおい、それが恋人に言う言葉かい!」
 やはり肉弾戦ではアルスに分があった。セントはなんとか術式を交えながら対応しているけれど、刀剣、砲弾、魅惑の炎によってじわじわ血の面積が増えてきている。
アルス「恋人だったからだ。これは俺の愛だ。こんな世界、生きてるだけで辛くってしょうがねぇ!」
アルス「そういう意味じゃクルルとメイはあれでよかったのかもしれねぇなっ!」
セント「その名前。クルルと、メイ。私がいない間に他の女ができたね?」
セント「正気に戻ったら詳しく聞かせてもらうよ」
アルス「あぁ! あの世でたっぷりとな!」
 光球を放つために伸ばした腕の関節をアルスが極める。セントはアストロンで対抗し、重量を保ったまま鉄山靠でアルスを吹き飛ばした。
 攻守逆転。今度はセントが追撃を仕掛けるが、受け身を取られてダメージはなかったと見えて、雷撃を放つ。
 刀剣を避雷針としたアルスがそのままセントを狙う。

306 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/23(火) 17:43:46.66 ID:y6mAtU2j0
セント「先ほどの答えを返そう!」
セント「『なんで生き返ったか』ーーそれは簡単なことなのさ!」
セント「困っている人は放っておけないだろう!? 聖職者として! 何より、仲間として!」
セント「アルス! 私はきみのことを、今でも仲間だと思っているよ!」
 ホリィの口癖をセントは言った。恐らく順番的には逆なのだろう、それを。
 アルスは小さく舌打ちをする。
 魔法と肉体が大きく激突する。
リンカ「ホリィ、合わせて!」
 脂汗を流しながらリンカ。対するホリィも似たような状況だ。魔力の枯渇、それに純粋なダメージのこともある。
 が、二人もここが正念場だとわかっている。膝は折れても心は折れない。

307 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/23(火) 17:44:13.27 ID:y6mAtU2j0
ホリィ「う、うんっ!」
リンカ「その名は凍結! 透き通り、屈折するプリズムと、冷気の通り道を啓く導よ! 突き刺し、満ち、生まれよ! 我が命ずるままに敵を討て!」
ホリィ「遍く風の聖霊よ! 春、夏、秋、冬、全てに生きる者よ! 舞い降りよ! 叩き潰せ! そこはそなたの集まる地なり!」
リンカ「一人じゃだめでも、二人なら……!」
ホリィ「いきましょう、リンカちゃん!」
「「マヒャド!」」
 冷気は空気中の水分を凝固させ、煌めく氷塊となる。そして突風はそれを猛烈な勢いで叩きつける。
 身を引き裂く吹雪がアルスに向かっていく。単なる鋭さだけではない。同時に視界を悪くする効果もあった。
 一瞬にして焦土は雪原と化した。そして白へと滴るアルスの赤。全身が氷塊によって削れていたが、一際腹部に大きな裂傷が走っていた。氷が腹へと突き刺さったのだ。
トール「あーもう、邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔だって!」
インドラ「撃ち、抜く」
トール「任したよ! アタシは魔王様の敵を!」

308 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/23(火) 17:44:41.93 ID:y6mAtU2j0
 降り注いだ光の矢は正しく滝となってマヒャドを相殺させる。粉のレベルまで文字通り粉砕された氷の破片が、陽光に照らされてきらきらと眩しい。
 その中を突っ切る戦槌。
 雷撃が黒髪を吹き飛ばす。
アルス「もらった」
 が、その隙にアルスが切迫している。
 力任せのぶん殴り。それをセントは錫杖で受けるが、受けた部分から真っ二つに破壊される。左腕に直撃し、そのまま十メートルほど地面を転がった。
 セントの左腕があさっての方向を向いている。右足首も同様だった。
 光の矢がリンカとホリィを襲う。なんとか二人を突き飛ばす形で避けるけれど、こんなまぐれが二度続くとは思えなかった。白髪は虹の弓を構えたままじりじりとこちらへ近づいてきている。
ケンゴ「大丈夫か!?」
リンカ「心配はあと! 来るよ!」
ホリィ「マホカンターー!」
 光の矢を受けて対魔法障壁がぎちぎち軋む。どれほどまで耐えられるか、保障はない。ホリィの魔力にも限界がある。

309 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/23(火) 17:45:10.91 ID:y6mAtU2j0
グローテ「退けろ!」
 更なる障壁の展開ーーそして巨大なメラゾーマが白髪を襲う。それは今までとは異なって、光の矢を受けても相殺されず、寧ろ己に取り込んでどんどん巨大になっていく。
 着弾。破裂した火球は火炎となってあたり一面にまき散らされる。
インドラ「危険」
 燃えた衣服を気にすることなく最短距離で白髪が突っ込んでくる。
グローテ「しつこいやつじゃ!」
 火球の連打。白髪は依然として最短距離を、その身を晒してでも向かってくる。最低限だけの光の矢を放ち、あとは彼女の背後に背負って、何が何でもこちらを殺しに来る算段だった。
インドラ「さよなら」
グローテ「させるかよっ!」
 一際白髪の背後が明るく染まった。と思った次の瞬間、百を優に超える光の矢が、弧を様々に描きながらこちらへ向かってくる。
グローテ「障壁ーーいや、間に合わない、ここは、やはり、これしか!」
グローテ「植物よっ! 喰らい尽くせ!」

310 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/23(火) 17:45:38.90 ID:y6mAtU2j0
 緑色の波動が迸ったかと思えば、光の矢の軍勢を中心としたあたり一面が、植物の園と化していた。白髪は弓を握っていた左手を中心として、見覚えのない蔦にからめ捕られている。
 ふらり。白髪の足が揺らぐ。そのまま片膝をついて、けれど視線は真っ直ぐこちらに向けて、光の矢を顕現した。
ホリィ「危ないっ!」
 叫びと同時に俺は振り向いて、顔面に何かの飛沫がかかるのを感じた。
 暖かい飛沫。
 生命の熱。
 光の矢がホリィの胸を射抜いていた。
 狙われていたのは恐らく老婆だ。それを、身を挺して……。
リンカ「ち、くしょう!」
リンカ「ヒャダルコ! ヒャダルコ! ヒャダルコォッ!」
 氷魔法の連打。俺は合わせて飛び出した。リンカの瞳から、鼻から、血が噴き出していたのだ。このままでは危ない、一刻も早く何とかしないと、リンカまでもが!
 大量の光の矢が眼前にーー眩しくて目を開けてなんていられない。けど、しっかり前を向いて彎刀を握り締めなければ、俺はあいつを殺せない。

311 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/23(火) 17:46:07.99 ID:y6mAtU2j0
 と、そのとき、
「ごちそうさまでした」
 妙に幼い声が聞こえた。
 思わず声の方を向いてしまう。
 血に塗れた着流しと、口の周りを真っ赤にした、幼女が立っていた。
 澄んだ瞳。憐れみを湛えた瞳は彼女の足元に向けられていて、
 ……足元?
 には。
 死体、が。
 血だまりに浮かんだ白い髪の毛と赤い斑点。
 ヴァネッサ。
 腹が開かれ、臓物がーーあるはずのそれが、悉くない。
九尾「知っているか? 九尾は人間を喰うのだ」
九尾「魔力は血に宿る。……こんな供養の仕方ですまんな、ヴァネッサ」
九尾「勇者。貴様が一人で四人なら、こちらも二人三脚で行くぞ」
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316 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/31(水) 15:58:02.10 ID:Iy6ndwso0
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アルス「どういう風の吹き回しだ。感傷に浸るなんて、まるで人間じゃねぇか」
九尾「まさしくそのとおりだ」
 自嘲気味に幼女は言った。
九尾「有り得ない話だ。有り得ないと思っていた」
九尾「もしかしたら血に宿るのは魔翌力だけじゃあないのかもな、なぁんて」
アルス「笑えねぇよ」
アルス「人間の俺が化け物になって、化け物のてめぇが? 世界ってのはそんなきれいな関係になってねぇ」
九尾「あぁそうだ。そうだとも。わかるぞ、勇者」
アルス「だからそう呼ぶんじゃあねぇっ!」
 激昂とともにアルスは跳んだ。旋風となって、声や気配を置き去りにして、一直線に幼女へと飛びかかる。
九尾「イオナズン!」

317 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/31(水) 16:00:32.59 ID:Iy6ndwso0
 大爆発が三連打。光、熱量、爆風に目を開けていられない。しかしアルスがそれに捉えられていなかったことは、なんとなくだが想像がついた。
 一瞬にして幼女とアルスは切迫、互いの拳を撃ちつけ合う。
 衝撃で俺は、いやセントもリンカも尻もちをつく。あれはおかしい。異次元だ。内包された魔力の量がそもそもこの世のものではない。
リンカ「あんなの……私たちにどうしろって、いうのよ!」
 リンカが叫んだ。その通りだった。俺も同じことを考えていたからだ。
 アルスは今まで本気ではなかった。無論、それはアルスの中のアルスーー瘴気に侵されていない彼がそうさせていたのだろう。しかし段々とその抵抗も尽きかけている。
 これは戦闘ではない。決戦だ。
 そしてそこに俺ら凡人の介入の余地はない。
セント「は、は……参ったね、どうも」
 骨折の激痛に顔を歪め、セントが呟く。俺は血の滲む体を引きずりながら、何とか彼女の下へと歩み寄った。
セント「魔王とは知っていたけれど、これほどかい……」
ケンゴ「どうすりゃいいんだよ!」
セント「それは私よりあそこのおばあさんに聞いた方がいいね」
 ローブについた泥を払い、老婆がこちらへ駆け寄っていた。

318 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/31(水) 16:01:51.24 ID:Iy6ndwso0
セント「グローテ・マギカ。超が付くほどのお偉いさんさ。私とは比べ物にならないくらいの、実力者」
 グローテ・マギカ。やはり。あの、老婆が。
 だとすれば、俺を助けてくれたのは……。
グローテ「あいつめ……」
 老婆ーーグローテ・マギカがぼそりと呟いた。あいつとはすなわち、幼女……恐らく、フォックス・ナインテイルズのことを指しているのだと思われた。
グローテ「状況は逼迫している。アルスは既に堕したが、まだ堪えている。瘴気が完全にあいつを包むより先に、打倒せねばならん」
グローテ「こちらの戦力は半ば壊滅状態。増援も期待できん。が、やるしかない。儂らのしりぬぐいをさせて、申し訳ないと思っている」
 彼女らがなぜここにいるのか、そしてアルスとどういう関係なのかを俺は知らない。ただ、並々ならぬ深い関係、絆と言い換えてもよいそれがあるのは明白だ。
グローテ「まだ助かるやもしれん仲間もいる。放っては置けないな」
 応急処置を施されたホリィを横目に、老婆は続けた。
グローテ「九尾だけに頑張らせはしないさ。悪いが、もうひと踏ん張りしてくれ」

319 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/31(水) 16:02:25.62 ID:Iy6ndwso0
 こちらの返答を待つことなく老婆は走った。杖を一振りして火球を展開、それをいまだ格闘戦の渦中にあるアルスへと叩き込む。
グローテ「アルス! 儂は、お前に何度も助けてもらった。そんなことはないと、もしかしたらお前は言うかもしれん。が、しかし!」
グローテ「事実としてそうなのだ! 国のために民を犠牲にしてきた儂は、最早なりたかったものとは程遠い! お前は十分いい夢を見せてくれた。お前の生き様が儂をどんだけ慰めてくれたことか!」
グローテ「じゃから、これは言うなれば恩返しよ、アルス! 聞いておるか! 瘴気の中まで、魔王の意思の奥底まで、儂の声は届いているか!? なぁアルス!」
グローテ「儂は世界を救おう! お前を倒して、お前が救いたかった世界を、救って見せようぞ!」
 アルスは全ての火球を、幼女と戦ったままで打ち砕く。方法は、なんてことはない。ただ拳で殴る、それだけだった。
 それだけなはずがあるか!
セント「私も、そろそろ行こうか」
リンカ「そんな体で!」
ケンゴ「無茶です!」
セント「治癒魔法で幾らかは治ったさ。それに、無茶とわかっていても、体は動く」
セント「約束してしまったからね。アルスと」