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勇者「王様が魔王との戦争の準備をしている?」
Part48


261 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 11:36:22.32 ID:kDHmgi380
 だからアルスは俺と戦っている。その気になれば俺なんか無視できるのに。なけなしの理性を総動員して、この世界の寿命を少しでも長く持たせるために。
 アルスにとってこれは精一杯の時間稼ぎなのだ。
 いや、理由など最早どうでもいい。助けを求める人がいて、俺がいて。理由なんてそれだけで十分なのだった。
 目的さえはっきりすれば、あとはやるだけ。
ケンゴ「まだまだーー終わっちゃあいねぇぞっ!」
 形見の彎刀を残る右手で何とか握って、俺は大見得を切った。
 俺の命が終わりそうだというのに。
「よく言った!」
 あさっての方向から飛んでくる氷塊。それはアルスに激突するよりも先に火炎で蒸発させられるが、歩みを止めるくらいの役割は果たしてくれた。
 俺の視線も、自然とそちらを向く。
 シルエットは三つ。女性が三人。
 リンカと、ホリィと……誰だ。白い聖装を身に纏い、白銀の杖を携えた、若い女性。

262 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 11:36:53.14 ID:kDHmgi380
リンカ「ケンゴッ!」
ホリィ「ケンゴさん!」
 二人が俺に駆け寄ってくる。二人はどうやら無事なようだ。あの爆発から逃げ切れたとは到底思えなかったけれど、もしかしたらあの女性が守ってくれたのかもしれない。
 とりあえず生きていてくれていたことにほうっとする。
リンカ「なにがどうなってるのよ、あれ!」
 「あれ」とはすなわちアルスのことだろう。聞かれても困る。俺だって何一つ理解しちゃいないのだ。
俺は素直に「わからん」と答えた。
ケンゴ「けど」
ケンゴ「アルスは苦しんでる。アルス自身じゃどうにもならないものに、アルスは今突き動かされてる、みたいだ」
ケンゴ「だから」
ホリィ「私たちが助けなくちゃ、ですか」

263 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 11:37:25.11 ID:kDHmgi380
 ホリィが引き継いでくれた。俺は不満足な体をのたくらせて同意を示す。
 俺たちは世界を救いたいわけじゃない。そんな大層な旗印を掲げて今まで旅をしてきたわけじゃない。
 もっとちっぽけで、故にもっと偉大なものだ。掲げてきたものは。
 誰かの力になりたい。
 それだけ。俺も、リンカも、ホリィも、エドも。
 二人が立ち上がった。視線は真っ直ぐアルスへ向いている。
リンカ「エドのぶんまで、引き継がないと」
 つい先ほどまでいざこざを起こしていた相手だ。複雑な思いが去来していることは想像に難くない。けれど、吹っ切れはしないまでも、土壇場で気にしていられないというのはあるのだろう。
エド「勝手に殺さないでくれ」
 ぼそりと呟いてエドが立っていた。まさかと思うが、脚がある。ぼろぼろで一瞬エドとはわからなかったが、確かにエドだ。
ケンゴ「どうして……」

264 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 11:38:02.82 ID:kDHmgi380
エド「白髪がアルスを守ろうとして、障壁を展開していたんだ」
 それに半ば守られる形になったとエドは言った。
ケンゴ「四人が揃ったな」
エド「あぁ」
 エドの即応。俺たちは四人、アルスへと視線を向ける。それは全く睨みつけるとは違っていて、ただ単に、これから打ち倒すべき存在として。
 俺たちの視線の先では、アルスともう一人の女性が相対していた。
??「こないだぶりだな、アルス」
 凛とした声だった。アルスはその声を聴いて目を見開くが、もしかしたら予想していたのだろうか、大きな反応は見せなかった。
エド「あれは誰なんだ?」
 エドが尋ねる。それは俺も全く同じだった。あれは一体誰なのか。味方なのはわかるけれども、逆にそれしかわからないと言ってもよい。
 態度を見るにどうやらリンカも同じであるようだ。そうでないのはホリィだけ。恐らく彼女はホリィの知り合いで、しかし爆発に対応してすぐすっ飛んできたため、話す余裕などはなかったのだろう。

265 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 11:38:40.55 ID:kDHmgi380
ホリィ「あの人は、私の師匠で、教会の神父様です」
 ホリィに多大な影響を与え、生きる指針すらも与えたという、育ての親。
 彼女から何度も存在だけは聞かされていた人物が、あの女性なのか。
ホリィ「アルスさんと知り合いだとは思いませんでしたけど……」
アルス「あのときは悪かったな」
??「なに、あんな怪物に付きまとわれていてはしょうがないさ」
アルス「けど、まさかな」
??「あぁ、まさかさ」
 二人は肩を竦め、口を揃えて言った。
「「まさか死んでなかったなんて」」
アルス「俺のせいか? なぁ、僧侶ーーいや、今はもう神父、司祭様、か?」
??「やめてくれよ、アルス。そんな他人行儀な真似はよしてくれ」
??「名前を呼んでくれ、嘗てのように」
??「恋人だった時のように」
??「初めての夜のように」
セント「セント・ヴィオランテと!」

266 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 11:39:42.83 ID:kDHmgi380
 視界が急激に明るくなる。俺はついさっきまでこの光を相手にしていたような気がしてーー
 どこからともなく一組の小柄な影が飛び出してきた。一人は光を背負って、もう一人は鉄塊を背負って、こちらに、いや、女性ーーセント・ヴィオランテに飛びかかる!
ホリィ「神父様!」
リンカ「ちっ!」
 二人の反応は早い。黒髪と白髪に対し、呪文で援護を送る。
 そうだ、障壁に守られていたエドが死んでいないのだから、より屈強な二人が生きているのは当たり前だったのだ。
 とはいえ二人はぼろぼろだった。ところどころ欠けた肉体から、瘴気なのか魔力なのか、動くたびに粒子が弧を描いて吹き出していくのが見える。もしあれが彼女らにとっての血肉であるなら、恐らく、先は長くない。
 そしてその決して長くない先を、彼女らはやはりアルスのために費やそうというのだ。
 勿論先が長くないのは、彼女らに限ったことではない。ぼろぼろ加減で言えば俺たちだって負けちゃいない。
 気が緩んで血を吐き出すほどには。
トール「いつぞやのお姉ちゃん!」
インドラ「魔王様は、殺させやしない」

267 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 11:40:23.05 ID:kDHmgi380
 セントはしかし慌てなかった。大量の光の矢を障壁でいなしつつ、光球を打ち込んで二人を分断させる。左右から迫る驚異にも恐れず、まずは黒髪へと向かう。
 戦槌の一撃を紙一重で見切りながら、錫杖で顔面を狙う。両手のふさがっている黒髪は、それでも難なく攻撃を回避するが、戦槌を振り回すには距離が近すぎた。膂力に任せて腕を振るう。
 セントはそれを錫杖の柄で抑え込む。いったん距離が離れ、すぐに両者は再度ぶつかり合った。
 背後から迫る光の矢を俺たちは打ち落とし続ける。が、数はやはりあちらが圧倒的だ。焦土を軽やかに走り抜ける白髪の速度に俺たちは四人がかりでもおっつかない。
トール「やっぱり強いねっ! お姉ちゃん!」
セント「光栄だ」
セント「ちょっと寝ていろ」
 紫電が走った。瞬間的な炸裂音とともに、黒髪が弾けて地面に倒れこむ。

268 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 11:41:26.21 ID:kDHmgi380
セント「魔王になったきみを私はなんとかしなくちゃならない」
アルス「悪い。頼むぞ、セント」
セント「任せてくれたまへ」
 空気が震える。
 闇が弾ける。
 大粒の脂汗がアルスの顔から滴り落ちて、彼の周囲で蠕動していた瘴気が一際強く彼を取り囲んでいく。
 追尾する光の矢を一蹴して、セントはこちらを振り向いた。
セント「現状の説明をしよう」
セント「アルスは魔王の核を植え付けられている。四天王の魔力から成るそれは、強い力を与える反面、取り込まれかねない。詳細はわからないが、心の弱みに付け込まれるようだ」
セント「既に彼は侵食された。あれは、よくない。人間に害を及ぼす。だからなんとかしなくちゃならない」
エド「殺す、んですか」
 ぼそりと言った。
セント「殺しはしないさ。何故なら、私が殺したくはないからだ」

269 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 11:42:12.55 ID:kDHmgi380
 はっきりと私情を挟んでくるセント。しかし、殺さないのは殺すよりも難しいことだと思った。しかも相手はアルスなのだ。
 話が正しければ、アルスは四天王の魔力を得ているという。それは彼自身も言っていたことで、途方もない相手だということしか、俺の中の常識では測れない。
リンカ「できるんですか。この五人で」
 不安そうなリンカの声。できるかできないかではなく、やるしかないのだ。彼女だってエドだって、それはわかっているのだけれど。
 俺だってそうだ。無理だと思う。怖い。けど、決めたのだ。正義の味方になると。
 誰かを助けたいと。
 だから、力をくれ。
 グローテ・マギカ。フォックス・ナインテイル。
「八人ならどうじゃ?」
「わかっているぞ。これが『責任をとる』ということなんだろう?」
「こんな魔力の塊はじめて。涎でそうだわっ!」
 空から人影が降ってきた。
 老婆と幼女と、斑模様が。
九尾「グローテ・マギカとフォックス・ナインテイルズ。只今見参」
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277 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/20(土) 12:39:01.63 ID:tNDiHnyZ0
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 目の前で起こったことに。
 目の前の人物が放った言葉に。
 思考が追いつかない。
 まさか、と、そんなはずが、が、頭の中でぐるぐると回っている。
 俺の体内でのみ固定される時間。外界ははっきりと動いていて、それを俺の眼球も捉えるのだけれど、視神経と脳が働かない。仕事しろ。
 黒いローブを身に纏った老婆。
 金色の尾を持つ着流しの幼女。
 白い髪の毛に赤い斑の女性。
 明らかに堅気からかけ離れたその三人は、周囲をちらりと一瞥するだけで、あとはアルスにーー恐らく最早アルスではないものにーー向き合っている。
グローテ「これが、そうか」
九尾「そうだな」
ヴァネッサ「やりすぎたんじゃないの?」
九尾「かき回してくれた困り者がいたのだ」
 と、こちらには全くわけのわからない会話をしている。ぽかんとしているのは何も俺ばかりではなくて、リンカもホリィもエドも、そしてアルスとセントだってそんな顔をしていた。

278 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/20(土) 12:40:16.54 ID:tNDiHnyZ0
アルス「久しぶりだなぁ、ばあさんよぉ。それに、九尾も」
九尾「勇者……」
アルス「ぎゃははは! その呼び方はやめろよぅ、むず痒くってしょうがねぇ!」
アルス「それに、今の俺は魔王だ」
九尾「ヴァネッサ!」
ヴァネッサ「あいあいさー!」
 白髪赤斑の女性、ヴァネッサが手を広げた。そこから光が漏れ出して、一瞬のうちに巨大な、一抱えもある本が現れる。
ヴァネッサ「ギガス写本! 盟約により我が敵を薙げ!」
 地面を震わせる轟音と共に悪魔が姿を現した。三メートルを超す巨体。黒い肌に真紅の瞳を持ち、視線の向きは定かではないが、体を勇者に向けて大きく吠える。
 跳んだ。
 悪魔とアルスががっぷり四つに組みあう。俺の目には全くとらえきれなかったその速度、有する悪魔が凄いのか、それとも拮抗できるアルスが凄いのか、最早俺にはわからない。
九尾「全員、援護!」

279 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/20(土) 12:41:12.44 ID:tNDiHnyZ0
 幼女の声でようやく体が反応した。杖を向ける老婆とセント、突っ込んでいくヴァネッサと幼女。そのあとを追うように俺も体を動かそうとするが、動かない。
 激痛が体中を駆け抜けていく。俺の四肢なんて既にばらばらになっているんじゃないかと思ったけれど、どうやらぎりぎり保ててはいるらしかった。それでも激痛にはまったく変わりない。
 いや、体が動かないのは、単なる激痛だけじゃない。
 俺は……。
リンカ「ケンゴッ、大丈夫!?」
 魔方陣を展開させながらリンカがこちらを覗き込んでくる。俺は曖昧な「あ、うん」という返事しか返せない。
 頭がうまく働いていない。
九尾「勇者よ、何が貴様を魔王にさせた」
 接近する幼女とヴァネッサ。アルスは即座に刀剣を召喚、悪魔の体を串刺しにして、二人に向かって吹き飛ばした。
 幼女が一歩前に出、悪魔の巨体を軽やかに受け流す。ヴァネッサが本を閉じると悪魔は消失し、突き刺さっていた刀剣が音を立てて落ちていく。

280 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/20(土) 12:42:12.31 ID:tNDiHnyZ0
アルス「何言ってんだてめぇはよぉ! 俺を魔王にさせたのは、そもそもてめぇじゃねぇかっ!」
 アルスは空中と地面に魔方陣を展開させた。多重円とルーン文字。幾度も見た刀剣の召喚魔法だ。
 しかし彼へ突っ込む二人の速度は決して落ちない。魔方陣の光が急速に強まり、一拍の間を置いて幾千もの刃が顕現。対応して本を開くヴァネッサと現れる悪魔、そして軽やかに飛び上がる幼女。
 悪魔の肩に二人は飛び乗って、すぐさまそれすらも踏み台にし、高射砲台の速度でアルスへと躍り掛かる。
 彼は瘴気を伴う息を掃出し、「はっ!」と歪んだ笑みを見せた。ノーモーションで背後に船団を展開、全ての砲台が二人へと狙いを定めている。
アルス「見ろよこの現状を! クルルは死んだ! メイも死んだ! 森は焼けて、街は消えて、こんなことが人間の所業だっていうのか!?」
 それは咆哮だった。アルスの、そして魔王の、心からの叫びだった。
 聞いていて心が強く締め付けられる。どうしようもない、なんて言葉を俺は諦めだと思っているけれど、アルスはその通りどうしようもなかったのだ。
 砲弾が放たれる。眼に見えない速度で迫る死。だがヴァネッサにも幼女にもそれがはっきりと見えているようで、最小の動きで最短距離を往く。
 空中だというのに力場を作り、それを蹴って方向転換。ぐんぐんアルスとの距離を詰めていく。

281 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/20(土) 12:42:48.36 ID:tNDiHnyZ0
アルス「何のために俺たちが戦ってきたと思う!? セント、お前は知っているはずだ! ばあさん、あんただってそうだろう! 俺は世界を平和にしたかった。みんな幸せに生きていてほしかった!」
 先ほど幼女は彼のことを勇者だと言った。その呼称を俺は正しいと思う。まるで俺の彎刀のような鋭さを彼は持っていて、その鋭さ、ひたむきさは、勇者のものでしかありえない。
 そしてその鋭さ故に、彼は魔王に堕したのだ。
 二人の行く手を阻むかのように桃色の炎が突如として現れる。空気を巻き上げうねる妖艶なる炎。回避行動よりも速く、意思を持っているかのように二人を飲み込もうとする。
 さらに、炎の奥から腕が現れた。ーーアルスだ。
 一瞬たたらを踏んだヴァネッサの腕を掴み、そのまま自らの方へ引き寄せる。上空から悪魔が降ってきて防ごうとするが、アルスは雷撃一発で悪魔を霧散させる。
グローテ「させんよ」
 火球にアルスの腕がもぎ取られていく。見れば彼の周囲をぐるっと取り囲むように、火球の層ができていた。その数は十や五十じゃ足りないくらいで、きっちりと睨みを利かせている。
 いや、睨みを利かせていると思っていたのは俺だけだった。アルスが腕を一振りすれば、既に失われた彼の肘から先は再生している。明らかに人間ではない現実を目の当たりにして、魔王の規格外をようやく実感した。

282 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/20(土) 12:44:16.10 ID:tNDiHnyZ0
 アルスはそのまま進んだ。電撃を纏った両腕が、異常な速度でヴァネッサに伸びる。
 火球が急加速。一斉にアルスを撃ち抜こうとするが、アルスに反応は見られない。回復に自信があるのか、それとも打ち落とす算段があるのか。
ヴァネッサ「マジックアイテム、まだら蜘蛛糸ッ!」
 空間から飛び出した粘糸がアルスの四肢を絡め捕り、力づくで地面に押さえつける。アルスはそれに自らの膂力で立ち向かって、体勢は崩しながらもなんとか片膝で堪えていた。
 迫る火球。
 刃の壁が全てを防ぐ。
 同時にアルスの手から光が迸り、一本の剣を召喚した。それまでの有象無象の刀剣とは違って、圧倒的な魔力を振りまいているのが俺にもわかる。
 絹糸のように粘糸を裂いて立ち上がるアルス。
ヴァネッサ「破邪の剣!? 激レアじゃない!」
 ヴァネッサは後ろへ跳んで距離を取りつつ、大量の草をばら撒いた。赤く揺らめくその草は俺にも覚えがある。
 火炎草だ。

283 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/20(土) 12:45:07.04 ID:tNDiHnyZ0
 火炎草が空気を吸収し爆発的に燃え広がる。指向性を持ったそれは炎と言うよりも燃焼の塊となって、アルスを一気に飲み込んだ。
 が、しかし、効かない。
 アルスは火炎を破邪の剣で一刀のもとに切り捨て、ヴァネッサの姿を確認すると同時に切迫する。身体能力のあまりの差に、ヴァネッサの後退は間に合わない。
 更なるマジックアイテムを召喚しようとしたヴァネッサの体が揺らぎ、前後不覚になって倒れこんだ。アルスの瞳が妖しく輝いている。精神に作用する何かーー恐らくは、アルプから受け継いだチャームの力。
 アルスへと弾丸のように幼女が突っ込んでいく。反射的に剣を振り抜くアルスの太刀は空を切った。命中する寸前、幼女は縮地でアルスの懐に潜り込んでいる。
 一瞬の攻防。交錯した二人の拳が弧を描いて、しかし実力は拮抗しているのか、すり抜けるかのように俺には見えた。
 が、終わらない。二人は着地と同時に踵を返し、再度拳を叩き込もうと地を蹴る。
グローテ「メラゾーマ!」
アルス「邪魔だ!」
 アルスの一睨みで火球の軌道がうねる。全くどういう理屈なのか想像もつかない。
セント「じゃあ、これもチャームできるかい?」

284 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/20(土) 12:45:35.54 ID:tNDiHnyZ0
セント「ギガデイン」
 空間に鮮烈な光が迸る。あたりを白く染めるそれは雷撃。細かく枝分かれしながら、天空よりアルスにぶち当たった。
 乾いた破裂音。それがあまりにも気持ちのいい音で、雷撃が人に当たり、そして吹き飛んだ音だということを幾分納得できないでいた。
 けれど事実としてアルスは吹き飛んでいる。無論受け身を取って、五体は満足。左肩から指の先までが炭化しているのに表情は相変わらずだ。瞳の奥に、口腔内に、それぞれ宿る瘴気は今も揺らめいている。
 毅然とした表情でアルス。彼に対して向かう四人ーーセント、ヴァネッサ、老婆、幼女もまたそうだった。距離が空いたのを仕切り直しとばかりに、焦げるような空気を生み出している。
 反面こちらがわーー俺、エド、リンカ、ホリィは呆然としている。戦うつもりはある。だが、あの速度で繰り広げられる攻防に、俺たちが手を出す余裕なんてない。火球を食らうか、悪魔に踏み潰されて死ぬのが関の山だろう。
アルス「……国のためじゃない。もっと不特定多数のために、俺は必死でやってきた」
 ぽつりぽつりとアルスが語る。それが先ほどの続きであることはすぐわかった。

285 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/20(土) 12:46:13.90 ID:tNDiHnyZ0
 絶望に彩られた瞳の色をしているのに、それでもアルスの表情は明るい。そのちぐはぐさが何よりも恐ろしい。
 アルスは大きく両手を広げた。地平線と平行に、空気を肺腑に目一杯取り込むがごとく。
アルス「その結果がこれだ! 俺は守りたいものなんて何一つ守れやしなかった! 笑えるだろう。笑えよ。ばかみてぇだろうが!」
アルス「何のために、誰のためにこうなったっていうんだ! 人間犠牲にしてまで成し遂げる大義なんてあるわけねぇだろうが!」
アルス「俺は魔王だ! だから世界を滅ぼす! 間違っちゃいねぇだろう、なにも、なにもだ! なにもかも狂ってるこの世界をぶっ壊したほうが、いっそ幸せだろうがよ!」
アルス「だから、だからーー!」
アルス「だから俺を止めてくれよ!」
アルス「俺の守りたかった世界を、俺から、誰か、守ってくれ!」

286 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/20(土) 12:46:47.22 ID:tNDiHnyZ0
 弾けるようにアルスは飛び出した。彼の眦には涙が滲んでいる。既にアルスという人格は失われ、瘴気のみが突き動かしているというのに、である。
 アルスは彼自身が既に一本の矢だった。彼はもう自らの力では止まることができない。そして恐らく、空気抵抗や重力と言ったものからも、解放されている。
 止まるためには何かに突き刺さる必要がある。その何かが、きっと俺たちなのだ。
セント「私が」
九尾「九尾が」
グローテ「わしが」
「「「守ろう」」」
 三人が口を揃えた。ヴァネッサは苦笑しながら本を開いている。
 まず幼女が一歩前に出、アルスと拳をぶつけ合う。右腕を掻い潜り、鳩尾を狙おうとするのをアルスは予測している。自らの体へと魔方陣を展開させるのを見て、九尾は一歩退いた。
 入れ替わりに火球が、そして光球が左右から僅かな時間差で撃ちだされる。右側の火球が早く、左側の光球はやや遅い。必然的にアルスは左側へと逃げざるを得ない。
 恐らくそれが誘導であることを彼自身知っていた。握りこんだ拳に雷撃を籠め、先に待っているヴァネッサと悪魔へと向かう。

287 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/20(土) 12:47:19.82 ID:tNDiHnyZ0
グローテ「なかなか良く息を合わせてくれるなっ」
 老婆が息を切らせながら叫んだ。視線は真っ直ぐにアルスへ向いているが、確かに高揚しているらしかった。
セント「これくらいは、造作もない!」
 悪魔の拳が空を切る。アルスの剣戟は悪魔の手首から先を切り落とすが、そこから吹き出すのは血液ではなく黒炎だ。それを直に浴び、思わず背後へと転がっていく。
ヴァネッサ「踏み潰せっ!」
 悪魔が跳びあがる。着地点は当然アルス。
 アルスはすぐさま回避行動に移るが、右手と左足が動かない。まるで地面に縫い付けられているように。
 いや、事実縫い付けられていたのだ。きめ細やかな糸が絡みついている。
ヴァネッサ「既に放っておいたのよねぇ、まだら蜘蛛糸」
 爆裂音とともに悪魔が空中で吹っ飛んだ。アルスの周囲に二門、砲台が編まれている。
九尾「神父よ、行くぞ!」
セント「了解した」

288 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/20(土) 12:47:48.42 ID:tNDiHnyZ0
 幼女とセントが砲弾の雨を掻い潜りながらアルスに切迫する。アルスは破邪の剣を召喚してまだら蜘蛛糸の束縛こそ断ち切っているが、明らかに体勢を立て直せてはいない。
 神父の青い瞳と、幼女の金色の瞳が、螺旋を描きながら高速で移動していく。
九尾「しかし、貴様、一度は死んだ身だろう? 地獄から舞い戻ったか」
セント「なんで貴方がそのことを知っているのか、私は理解に苦しむよ」
 砲弾を反射神経と膂力のみで幼女が打ち砕く。あれは最早幼女ではない。単なる化け物だ。
九尾「この九尾にわからないことなどない! 心を読めば一発だ!」
セント「……目を覚ませば森で寝ていた。それだけだ」
セント「貴方との会話は興味深いが、今は」
九尾「そうだな、九尾もそう思うぞ!」
セント「アルスを」
九尾「ああっ!」
 奇しくも二人は挟撃の形となった。背後からセントが、正面から幼女が突っ込んでいく。
 同時に老婆がメラゾーマを放つ。その数、おおよそ十数個。二人ごと焼き尽くす量である。

289 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/20(土) 12:52:09.40 ID:tNDiHnyZ0
アルス「メイルストロム!」
 巨大な水流が突如として現れ、二人を火球ごと吹き飛ばす。水に飲まれながらも二人は受け身を取り、無事に着地した。
ヴァネッサ「頭上がお留守よ!」
 頭上から降ってくる大量の草、草、草。ーー火炎草。
 そして更に、悪魔と、その肩に乗ったヴァネッサも!
 まるで焼夷弾のような振る舞いに、流石のアルスも退避しきれない。燃焼は更なる燃焼を呼び、連鎖に次ぐ連鎖、暴れ狂う火炎と熱風がアルスを飲み込む。
 そうして一拍。地面を大きく揺るがして、悪魔が地面へと落下した。
ヴァネッサ「うそぉ……」
 驚きも当然だった。炎に包まれたまま、アルスは片手で悪魔を受け止めていた。
ヴァネッサ「ギガス写本!」
 地面に黒い影が落ち込んで、そこから悪魔の腕だけが現れる。アルスを捕えようとするが、寸前で破邪の剣が切り裂いた。
 幼女が走る。老婆が詠唱する。セントの放った光球は、アルスが悪魔を投げつけて相殺させた。

290 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/20(土) 12:53:27.23 ID:tNDiHnyZ0
エド「行くぞ」
リンカ「でも、あんなのに!」
 太刀打ちできるのか。そもそも入っていけるのか。
エド「知らん! 知らんが、苛々するんだ! 見ているだけの俺は、もう嫌なんだ!」
 リンカが眼を見開く。その言葉に心当たりのないリンカではない。
 沈黙は僅か数秒。すぐに立ち上がった。
ホリィ「私も行きます」
リンカ「あんたはケンゴの様子を見てて。ぼろぼろじゃない」
ホリィ「そんなのみなさん同じです! 折角あの二人に出遭えて、ここでじっとなんてしてらんないです!」
 あの二人ーーグローテ・マギカとフォックス・ナインテイルズ。
リンカ「そ、そうだよ! ケンゴ、あの二人がいるんだよ! 絶対死んだらだめなんだからね!」
 嘗て俺のことを助けてくれた二人。あぁ、そうだ、俺は彼女らのようになりたかったのだ。弱気を助け、強きを挫く、そんな正義の味方に。
 こんなところで寝てはいられない。あぁ、そうさ。
 けど。

291 : ◆yufVJNsZ3s :2013/07/20(土) 12:54:10.38 ID:tNDiHnyZ0
 俺は老婆と幼女に視線を向けた。
ケンゴ「あの二人は、誰だ?」
 正義の味方の名前を騙る二人の顔を、俺は一度も見たことがなかった。
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