Part47
239 :
◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 11:13:03.15 ID:kDHmgi380
ウェパル「船団ッ!」
インドラ「させない」
船団を顕現すると同時に光の矢が襲う。それを砲撃で相討ちさせて、白髪の方へは自動操舵で再度突っ込ませた。
ウェパル「二人相手なんて面倒くさくて!」
叫んで、後ろへ跳んだ。
そこにはケンゴが倒れている。
彼を右手で軽々抱え、触手の左手で蛆を操り、患部を治させる。失われた血は戻らない。けれど組織はなんとでもなるのだ。
ボクの目的はケンゴの救出。それが隊長の望み。
インドラ「させない、と」
トール「言ってるでしょっ!」
二人が急加速。存在全てを後ろになびかせ、砲弾の雨を掻い潜りながら接近してくる。
僅かながらの焦りが生まれた。これまでと段違いに、速い!
インドラ「そいつは、魔王様の敵の味方」
トール「ってことは、魔王様の敵」
「だから殺す」
240 :
◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 11:13:39.59 ID:kDHmgi380
膨れ上がる殺意。どす黒い何かを二人は背負って、そのまま駆ける。視線は真っ直ぐにボクーーというよりも、ボクが抱えたケンゴに注がれていた。
これは……生半で太刀打ちはできそうにないか。
覚悟は決めた。バックステップを踏んでいた両足を地に落ち着け、右足を前、左足を後ろとして、真っ直ぐ、向かってくる二人を見据える。
それはつまり照準である。到達まではもって数秒。しかし数秒はボクにとっては長すぎる。それだけあってできないことなどほとんどない。
たとえば、そう、武具の生成だとか。
魔力で編みこむ。それは粒子であると同時に、撚糸にもなり得る。幾百、幾千では収まりきらない大量のそれを使って、ボクはこれまで様々なものを編んできた。
短剣。あるいは船団と砲弾。それらは確かにボクの矛であり盾ではあるけれど、アメニティに準ずるようなものだった。決してワンオフではないという意味で。
唯一無二は文字通り。そしてそれは軽々しく使えるようなものではない。
だから今使う。
嘗て、勇者くんにも使ったそれを、ボクは解き放つ。
二又の槍。
ウェパル「グング、ニィルッ!」
血飛沫が舞った。
ボクの手から放たれたそれは真っ直ぐに黒髪の腹を食い破って、上半身と下半身を分離させる。零れる内臓からは湯気が立ち上り、血の色は赤。ボクにも彼女にも、人間と同じ血が流れている。
241 :
◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 11:14:48.57 ID:kDHmgi380
トール「な、はっ、見え、なっ……」
黒髪が喋ると、逆流した血液が彼女の唇を濡らす。
神槍グングニィル。デュラハンのアサシンダガーの仲間みたいなものだから、見えないのはしょうがないのだ。誰が悪いわけでもない。
光の矢が視界に満ちる。矢というよりは散弾だ。それほどまでの弾幕密度がボクの眼前には展開されていて、黒髪と白髪、この二人の殺意があまりにも念入りだということを再確認した。
逃げることはできそうにない。ケンゴだけを助けられればボク的にはどうだってよかったのだけど、流石にこの世界はそこまで甘くはなかったみたいだ。
二発目のグングニィルを撚り合せる。
光がボクの髪の毛を、耳を、肩を、脚を、体の端々を抉っていく。
……左手の消えていく感覚だけが心地よい。
射出。
光に曝されながらもボクはグングニィルを撃ちだした。巨大な魔力体がボクの指先から離れていって、体力がごっそりと減らされるのを確かに感じる。それでもこうしなければならなかったのだと思う。でなければ、きっと止まらない。
あの二人からは衝動の臭いを確かに感じるから。
242 :
◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 11:15:21.17 ID:kDHmgi380
槍はきっちりと白髪の胴体を二分させる。慣性に従ってこちらに吹き飛んでくる上半身と、遅れて倒れる下半身。
トール「負けるかぁっ!」
ボクは思わず視線を黒髪に向けた。
吹き飛んだはずの上半身がーーいや、確かに彼女の上半身は千切れ、吹き飛んでいるのだけれどーー下半身を掴んで!
光が彼女の体を包み込む。急速に吹き出す治癒の光。しかし回復呪文を使ったようには見えない。それは恐らく、彼女自身に備わった、生まれながらの自動治癒。
ボクが魔力を編めるように。
デュラハンが剣を召喚できるように。
アルプが魅了を使えるように。
九尾が何でもできるように。
膂力とあいまった、魔族としての彼女の特性。
それこそ勇者くんだ。親たる魔王、それが彼なのだから、子たる魔族の彼女がそうなのも必然と言えるのかもしれない。
243 :
◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 11:16:11.79 ID:kDHmgi380
つながった下半身が力強く地面を踏みしめる。ボクは殆ど本能でナイフを編み、仰け反りながら投擲する。
黒髪は逃げなかった。それは彼女の胸に深々と刺さるが、自動治癒ですぐさま肉が盛り上がっていく。
させじと蛆を湧かせるが……速度はどうやら、互角。
トール「ミョルニルッ!」
得物の名を叫んで戦槌を振り上げる。距離はおおよそ二歩分。回避が間に合うか? ……間に合わせるしかない!
さすがにあの一撃を食らうわけにはいかない!
ウェパル「うぉおおおおおおおおっ!?」
短剣の連打。十近いそれらを、やはり黒髪は回避しない。命を捨ててボクの命を奪うつもりなのだと一目でわかる。やはり魔族。だからこその魔族。
きっと衝動の前には命なんて無価値だから。
ウェパル「果てなき空との境界! 大いなるうねり! 耳、鼻、眼で以てその全てを吟味せよ! 死せるのちは母に抱かれ、光の届かぬ水底で腐れ! 歪んだ青と圧潰する鉄槌! 逃れし者などそこにはなく!」
ウェパル「メイルストロム!」
244 :
◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 11:16:45.97 ID:kDHmgi380
巨大な水、そして渦がボクと黒髪の間に生まれ、彼女を巻き込み、打ち上げ、吹き飛ばす。岩塊をも含む大量の水に打ち据えられ、軽々と黒髪は水中を舞った。
どちゃり、と黒髪が地面に倒れこむ。最早ほとんど挽肉だ。治癒ではなく、蘇生が必要だろう。
ウェパル「はぁ、はぁ……あっぶない、なぁ」
冗談ではない。というより、寧ろあちらが正気ではない。魔族なんてみんなそんなものだとは思ってはいるのだけど。
ボクは勇者くんを振り向いた。彼は何とも言い難い表情でボクを見て、たった一言、「助かった」とだけ呟く。
ウェパル「気にしなくていいよ。ボクはしたいことをしただけだから」
アルス「……そうか」
ウェパル「それじゃ、ボクはもう行くよ。ケンゴは大事な人だからね、こんなところには置いてられない」
245 :
◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 11:20:40.11 ID:kDHmgi380
軽々と彼を持ち上げて、ボクは腕に抱く。隊長の子供のころもこんな感じだったのかな。だとしたら……ふふ、だいぶ厳つくなったものだなぁ。
隊長に心配をかけるわけにはいかないのだ。安心、安全なところに監禁しておかなければ。
ボクが一生閉じ込めておくというのもいいなぁ。
ウェパル「じゃ、頑張ってね。魔王様」
さて帰ろうかと踵を返したその時。
ボクの中に長い間失われていたものが戻ってきたーーような気がした。
衝動に押しやられ、退かされたもの。
その名は生存本能。
早く逃げなくちゃと思うよりも早く、頭上から無色透明な魔力の塊が降ってきた。
障壁を展開ーーしようとして、血液が喉の奥から挨拶をしてくれる。背中がやけに熱い。灼熱した感覚が時間の感覚を狂わせる。
僅かに傾けた首で伺う背後。ボクが投擲したナイフをボクの背中へと返す、黒髪の姿がそこにあった。
黒髪は凄絶な笑みを浮かべている。
ボクも笑みで返した。
さすがは魔族。この愚か者め!
強く、強く、ケンゴを抱きしめる。
あ。
アルプが見える。
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246 :
◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 11:21:17.73 ID:kDHmgi380
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「弾着、確認」
「……」
返事はない。周囲のだれもがーーと言っても、選び抜かれた魔術師五人ばかりは、ただ茫然と森の向こうへと視線をやっていた。
国王より授かった最大級の極秘任務。マダンテの威力はそのままに、量産、消耗を限りなく減らした魔導兵器。それが核。施設での数多の実験を経て、たったいま実地試験が完了したのだ。
「こんなの、いいんでしょうか」
ぽつりと一人が呟いた。身分を隠すために名前もわからない。顔もフードに覆われていて判別不可能。ただ、声から男だということだけが判然としている。
またしても、誰も返さなかった。名目上のリーダーである、紫色のフードを被った人間ですら、意識的に彼を自らの視界から外した。誰だってそうだ。返せるものか。
誰にも聞かれないようにリーダーは息を吐いた。
研究者としての気分の高揚は確かにあって、そしてその裏側に、とんでもない後悔の存在を彼は理解していた。結局彼はマッドサイエンティストにはなれなかったということなのだ。
物事の重大さを理解していなかったわけではない。彼は決して愚かではない。ただしここは現実で、研究所と同じ空気組成であるということが、必ずも延長線上の世界であることを意味しないという単純な事実に気づいていなかった。
247 :
◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 11:22:14.39 ID:kDHmgi380
詳細は確認するまでわからないけれど、核の炎は爆心地から半径30キロ圏内を焦土にした。人、町、自然……そんなものはクソ喰らえ。国のために蒸発するだけ幸せだというものだ。
と、国王は彼らに言った。いや、実際は言っていないけれど、あの瞳はそう言っていた。核で何人死のうとも、将来的により多くの人間を救えればそれでよいのだと。
事前調査によれば、実験地は秘匿性が高く、同時に周囲に影響を及ぼさない地域を選定したと言うが、それが事実かどうかを確かめる術など彼らにはなかった。
なかったから、疑いもせずに信じた。疑っては何もできない。
あぁ、確かにそれは逃げだ。逃げに違いない。繰り返すが、彼は、彼らは、決して愚かではない。
彼らは思っていた。罵りたいなら罵るがいいさ。けど、だからって、どうしろっていうんだよ!
どうしようもない。
ただし償いは必要でないか。
「……急ぐぞ。データの収集準備だ」
リーダーがぼそりと言った。びくりと肩を震わせる者はいても、うつむかせた顔を上げようとするメンバーはいない。
248 :
◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 11:22:43.67 ID:kDHmgi380
「……」
「早く」
繰り返し言って、ようやく彼らはのろのろ準備をしだす。それほどまでに彼らが押したスイッチの齎した結果は重大で、きっと、国にとっては偉大なことなのだ。
数値としてきちんとデータをまとめて、それが実用化に耐えうるものならば、すぐにでも量産が開始されるだろう。そしてその暁には、彼らの国が覇権を得るに違いない。この核で以て。
爆発はどうせ魔族か魔物か、とにかく人外のものだと発表されるだろう。確信できる程度には、リーダーはそうだと思っていた。最早自分たちは人外に片足を突っ込んでいると。
泣きそうになりながらも職務に忠実な彼ら/自分たちは、もう人間ではない。蟻だ。
だから、潰してもよい。
「うぶちゅ」
軽く頭を叩いただけで、リーダーの頭蓋は骨盤へと埋め込まれた。内臓と背骨が皮膚を突き破って地面へぼたぼた落ちていく。
それが償いだろ?
249 :
◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 11:23:51.47 ID:kDHmgi380
「だ、誰だお前!」
四人の視線が突き刺さる。流石エリート、行動にためらいがない。驚愕の中でも自然と攻撃魔法を放とうとしている。
だけれど、だめだ。
全てが遅い。
腕を一振り。急速に周囲の粒子が集まって、黒く、巨大な砲弾を形作った。
同時に地面をタップすれば、幾重にも重なった魔方陣が光を放ちながら浮かび上がる。
手のひらを向けている相手と目線を合わせると、視線に紫電が走り、頭の中でかちりと音。
無詠唱で座標を指定し、背後の存在へとイオナズンを解き放った。
風が一度に渦巻いて、肉片がぐちゃりぐちゃりと撹拌される。最早どれが誰の肉片なのだか判別の仕様がない。
別にいい。遺族の下へと返すつもりはそもそもないのだから。
「名乗りが遅れて悪かったな」
「アルス・ブレイバ。魔王をやっている」
当然返事はない。
250 :
◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 11:24:20.97 ID:kDHmgi380
あぁ、心に沸き立つこれはなんだ。どす黒い、感情の外壁へと湿った手を張り付けてくるこの正体は、一体なんなんだ。
正体はわからないまでも不吉だった。よくないものであるのは間違いない。とはいえ抗い方もまたわからなくて、思わず拳を握りしめる。
また救えなかった。誰も助けることができなかった。ここまで強大な力を持っていても、俺は、俺しか、畜生!
未曽有の爆発が起きて、一度俺は確かに死んだ。そして、生き返った。
九尾の加護はいまだに健在で、それを疎ましく思うことがないわけではない。生き続けることがではなく、今回の場合は特に、あんな惨状など見たくはなかった!
それまでそこにあった様々な存在が根こそぎ消失していた。木々や土塊はもとより、ウェパルも、ケンゴも、トールもインドラもいない。その事実をどうすれば楽観的に捉えられただろうか。
その直後だ。俺に与えられた九尾の読心。それが自動で、恐らくはほかに何もなかったーーなさすぎたせいだとは思うけれど、こいつら五人の思考を読みとったのは。
俺は一瞬だけ驚愕して、次の一瞬で全てを理解した。嘗てばあさんが言っていた、恐るべき兵器が誕生してしまったのだとわかった。
どうすればいいのだろう。たった今俺は俺自身の無力を実感したばかりなのだ。これ以上俺に一体何ができるっていうんだ。一体俺はなにをすればいいっていうんだ。
朽ちない体と常軌を逸したこの能力で、ただ手をこまねいて見ていろというのか。
251 :
◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 11:24:48.25 ID:kDHmgi380
壊れてしまいそうだ。
252 :
◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 11:25:18.46 ID:kDHmgi380
誰かを、村や町を、全てを犠牲にしてまで、国を守る意味があるのか?
国ってものにはそれだけの価値があるのか?
わからない。
俺は何のためにこうしているんだ。
何かをしなきゃいけないのだと頭ではわかっている。核は作られるだろう。用いられるだろう。人は死ぬだろう。不幸になるだろう。未来の幸福のために。不確かなもののために。
人口は増えている。争いはなくならない。食糧自給率はどうやっても全体で十割を超えはしない。飽食と飢餓。水の汚染。領土の問題は大抵が利益の取り合いだ。先細りする収益を、それでも我が物にしようとする。
パイは生ものだ。腐ってゆく。だから我先にと取り合うのだろう。様々なものを犠牲にしてまで。
俺に何ができる?
きっと俺には義務があるから。
力のある者には、きっと義務があるから。
253 :
◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 11:28:55.26 ID:kDHmgi380
ひたひたと城壁を登ってゆく黒い手。それと手をつなげば、どうなるのか、わからないほど愚かじゃあない。
悪魔の意思。魔王の意思。
俺には義務がある。
誰か助けて。
クルル。
メイ。
ばあさん。
嘗て一緒に戦って、死んでいった、みんな。
マスラー。ウェッジ。ライダ。ディムダール。セント。クルコ。ポミ。
だれか。
だれか。
侵される。
犯される。
いやだ、こんな、
こんな、
あぁ、
ああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
「うぉああらぁあっ!」
背後からの気配に体が反応する。地面をタップ、魔方陣を展開、刀剣を顕現。即座に現れた数十本の刀剣が、その気配ごと串刺しにする。
甲高い金属音。刃と刃がぶつかったようだった。そこまで来て、俺はようやく振り返る。
ケンゴ・カワシマが立っていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
254 :
◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 11:30:30.99 ID:kDHmgi380
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
何が起こったのか、そして何が起こっているのか、俺には全っ然わからない。リンカを守っている最中、意識を失った中にあって、猛烈な光を感じた。気が付けばあたりは消失していて……瘴気を辿って、アルスを見つけたのだ。
そう、瘴気。人間にとって害にしかならないそれを、今のアルスは身に纏っていた。
本来黒い靄のようなはずのそれは、今は確かにはっきりとしたうねりとなって、アルスの全身にまとわりついている。その中のアルスは、何よりもまず白目がない。ぽっかりとした黒い瞳が、たぶん、俺を見つめているのだろう。
アルス「なぜ、生きている?」
副音声のような、二重に声が聞こえた。一つはアルスのもので、もう一つはアルスらしきもの。ぐわんぐわんと鼓膜どころか脳内を揺らす。
ケンゴ「俺にもわかんねぇ」
ケンゴ「アルス、これはお前がやったのか」
言いながら、まさかと思った。いくらアルスが強くても、こんなことを一人でできるはずがない。
255 :
◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 11:31:02.45 ID:kDHmgi380
アルスは口元を歪めた。歯と歯の隙間から黒い吐息が漏れている。
アルス「まさか。王国の人間だ。全くあいつらは、どうしようもない」
アルス「どうしようもない。本当に」
繰り返して言って、アルスは黒目を見開いた。
アルス「そういうことか。お前、護符を持っていたのか」
一瞬何のことだかわからなかったが、なぜ俺が生きているのかという疑問に対しての答えだとわかった。
けど、護符? そんなものを俺は持っていない。
……いや、もしかして。まさか。
もしアルスの言うような護符があったのだとしたら、それは……。
ケンゴ「まさか、あいつに助けられるとはな」
あの小憎たらしい幼馴染のお守り。あれの加護があったということなのだろう。
きっとあのお守りの中には、命の石でも入っていたに違いない。
アルス「ケンゴ」
びくりと体が震えた。それはきっと副音声のせいだけではない。魂の奥底から、俺はアルスに対して怯えていた。
お前がアルスの何を知っているのだと言われるかもしれない。事実そうだ。俺は彼と数日すら一緒にいてはいないのだ。だけど、それでも断言できる。目の前にいるのはアルスであってアルスじゃない。
もっと、禍々しい何か。
256 :
◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 11:31:34.03 ID:kDHmgi380
だからきっとこの震えは武者震いなんかじゃない。ただ俺は気圧されているのだ。本当だったら今すぐに剣を放り出して逃げ出したいくらいに!
俺が今どうにか立てて、向かい合えているのは、ひとえに矜持の賜物に他ならない。
俺は正義の味方を目指していた。グローテ・マギカとフォックス・ナインテイルズのようになりたい。
重ねて言う。俺は彼女らのようになりたい。
この状況がちっとも理解できていない俺だけど。
アルスをこのまま放っておいたらまずいとわかるから。
ケンゴ「絶対に逃げるわけにはいかないんだっ!」
アルスは一瞬驚いたような顔をして、すぐに微笑んだ。全てが邪悪な中、その笑みだけはアルスだけのものだと俺は思った。
アルス「この世界はクソだ。クソの掃き溜めだ」
アルス「大局? 将来? もちろんそれも大事だろうさ。けど、俺は、何よりも今目の前で苦しんでいるやつを救いたい」
アルス「ケンゴ」
アルス「俺は世界を滅ぼそうと思う」
アルス「生きるだけで精一杯な世界。それはきっと、為政者の犠牲にならない世界だから」
257 :
◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 11:32:07.23 ID:kDHmgi380
信じられなかった。世界を滅ぼすだなんて、生きているうちに聞くはずがないと思っていた。だって俺はまだレベルいくつの初心者で、冒険を初めて一か月足らずで。
でも、たぶん、アルスは本気だ。そしてアルスにはそれができる。できなくとも、やろうとする。そんな目をしている。
アルス「だから」
と、俺が剣を身構えた直後に、アルスはまっすぐ虚無の瞳でこちらを貫いてくる。
アルス「俺を止めてみろよ、正義の味方」
アルス「違うな」
アルス「俺を止めてくれよ、正義の味方ァッ!」
アルスが地面をタップするーー同時に空中へ、地面へ描かれる、無数の魔方陣。
空気を震わせながらそれらが光り輝き、俺は死を覚悟する。
顕現。
大量に現れたそれら刀剣を、最早避けることなど考えなかった。鋼の草原を、ただ血塗れになりながら転がり、命以外を全て放り投げる覚悟でアルスとの距離を縮めていく。
一秒前までいた地点は既に剣で串刺しになっていて、思わず息を細く吐き出しそうになるも、その暇があるはずもない。汗が眼に入って沁みるけれども無視。四つん這いで無様に地面を這いまわる。
258 :
◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 11:32:35.51 ID:kDHmgi380
と、急に視界が光った。刃に光が反射して、あたり一面を煌びやかに照らす、桃色の炎。
ケンゴ「ッ!」
脳髄へと這い寄ってくる手を払いのけた。背筋が凍る思いだ。
吐き気が全身を満たす。揺らめく視界。地面がまるでスポンジのように柔らかで、どこからともなく哄笑が耳を劈く。それが幻覚だと自らに言い聞かせなければ、すぐさま意識が飛んで行ってしまいそうだった。
体勢を立て直した直後、俺の腹にアルスのつま先が食い込んだ。
どこかの骨が折れた音がする。
意識が一瞬なくなりかける。奥歯を噛み締めて現世に繋ぎ止め、地面へと指を突き立てて体勢を確保。どうにか取り落とさずに済んだ彎刀の感触を確かめた。
アルス「もう時間がない! 俺はもう、どこまで俺でいられるか、わかったもんじゃあない!」
至近距離から投擲された刀剣が俺の頬を掠めて行った。避けたんじゃない。恐らくアルスが意識して外したのだ。
俺は地を蹴った。極端な前傾姿勢でアルスへ飛びかかる。
彎刀の一撃は空を切った。アルスはまるで俺の心を読んでいるかのように迅速で、俺の動作と同時に回避行動をとる。
反撃の裏拳を左手で防いだがあまりの力に体ごと持っていかれる。空中で一回転しながら俺は地面に激突した。
259 :
◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 11:34:57.78 ID:kDHmgi380
アルス「俺を倒す情報だ! まず、俺は四天王の魔力を受け継いでいる。程度の差こそあれ、あいつらの能力を使うことができる!」
副音声でアルスは言った。瘴気の紛れた声。つまりはアルスの内包している悪意の声。
アルスが戦っているのは俺でいて、その実俺じゃない。彼の本当の敵は、彼の内部にいるはずだ。
四天王ーーそれはきっと、九尾、ウェパル、デュラハン、アルプ。
地面へと転がった俺へアルスは追撃を止めない。地面が光って魔方陣が展開される。串刺しにされてはたまらないと、体を無理やり跳ね退かせた。
刀剣が俺の太ももを削いでいく。
ケンゴ「っぐ、う!」
息は吐かない。吐き出せば途端に意識までも漏れ出てしまいそうだったから。
アルス「これはデュラハンの召喚魔法、そしてこれは!」
空が明るくなった。上空を見上げれば、こちら目がけて桃色の火炎が降り注いでくるのがわかる。甘ったるいにおいのする、俺の心をぐずぐずに溶かす炎だ。
息を止め、目を瞑って、思わず両手で顔と頭を覆う。背中と肩に熱を感じ、炎が肉体だけではなく、遡って神経を、脳を焼き殺そうとしてくる感覚があった。
地面を転げ回ってなんとか鎮火しようとする。魔力で燃える炎は消えづらいが、それでも。
アルス「アルプのチャーム!」
260 :
◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 11:35:23.23 ID:kDHmgi380
アルス「頼む、生きてくれよっ……!」
アルスの背後に大量の船団が見えた。青白く光る半透明の船団。
ウェパルの戦いで彼女が見せたものに違いなかった。
放たれる弾幕。不可視の速度を持つそれは、俺の左腕をいともたやすく吹き飛ばした。
千切れはしないまでも、肩口から根こそぎ関節がおかしくなっている。神経がおかしくなりすぎていて、感じて当然のはずの痛みがどこかへ消えてしまった。
舞う木の葉にも似た俺の体。打ち据えられ、そして重力に引き寄せられるままに落下、撃ちつけられる。口の中に入った砂がとにかく不快だった。
アルスの近づく足音が耳に響く。霞む視界と意識の中で、俺は考えていた。きっとアルス自身は何も望んじゃいないのだと。
先ほど俺に言ったことが全てであり、事実なのだ。アルスは彼の身をどうにかしてほしい。自分自身の肉体を自分自身では操作できない何らかの状況に彼は置かれている。原因が瘴気であることは想像に難くないけれど……。