Part46
209 :
◆yufVJNsZ3s :2013/06/03(月) 10:58:57.91 ID:FUQGtRV+0
ケンゴ「魔王……?」
ぽつりと呟いただけの言葉に、アルスは過剰に反応した。ぐるりと勢いよくこちらを向いて、そしてーーなんだかとても泣きそうな顔をして、
だけどそれも一瞬だった。俺の勘違いかと思うほどには。
アルスは二人の頭を撫でてやって、俺の方をちらりと見た。
アルス「逃げろ。こいつらは人じゃない。手加減も容赦もしない。待つということも、ない」
アルス「俺に手を出すな。殺意を見せるな。こいつらが襲う」
それが恐らく事実なのだろうことは容易に想像がついた。この状況下でアルスが嘘を言う必要もない。なにより、そんな禍々しい存在を二つも見せられて、真正面から突っ込んでいく馬鹿はいない。
210 :
◆yufVJNsZ3s :2013/06/03(月) 10:59:29.07 ID:FUQGtRV+0
リンカ「……は。あんた、何言ってんの」
いた!
ケンゴ「リンカ! やめろ!」
アルス「頼む。頼むから、やめてくれ」
俺はちらりと脇の二人の少女を見た。二人は体こそアルスの方を向いていたが、顔だけをリンカへと向けて、まるで感情の抜け落ちた様子で彼女を見ているのだった。
リンカ「だって、こいつは、ホリィを!」
ケンゴ「あの二人がやったかはまだわからないだろ」
詭弁だった。あの光の柱の術者がどちらかの少女なのは明白で、俺だってそう思う。しかし詭弁でもいいから弄さねば、リンカは止まらない。もともと激情派なのだから。
リンカ「……」
唇を噛み締めながらリンカは退いた。リンカだって、アルス、そしてあの二人の少女の実力が自らと比べ物にならないことはわかっている。突っ込むのは自殺行為だ。
それにまだホリィが死んだとは限らない。幸い惑いの森は破壊されたらしい。火に巻き込まれず近くの病院までたどり着ければ、あるいは。
211 :
◆yufVJNsZ3s :2013/06/03(月) 10:59:55.22 ID:FUQGtRV+0
ケンゴ「……さっさと行ってくれ」
アルス「……あぁ、そうする。すまない」
アルスは二人の少女の手を携えて踵を返した。圧力がなくなる感覚に、堰き止められていた汗がどっと噴き出す。
インドラ「魔王様、服、破れてる」
トール「魔王様、血、滲んでる」
リンカ「あ……」
組み敷いて、符を破った際のーー
悪寒。
やばいやばいこれはやばい。
警告音が警告音が脳内が警告音で満ち満ちて満ち満ちて!
人体の構造を超越した体勢で振り返った二人の少女が得物を構えた瞬間に俺は体を反転させようとするも全く同時に間に合わないことを悟って
アルス「やめろぉっ!」
光の矢と戦槌による一撃を、なんとかアルスが捌く。光は周囲の木々をまとめて焼き払い、地面にぶち当たった戦槌は十メートル単位のクレーターを生み出した。
人間に当たればひき肉にすらならない。
212 :
◆yufVJNsZ3s :2013/06/03(月) 11:00:24.74 ID:FUQGtRV+0
「「殺す」」
二人の少女が声を揃えて言った。
エド「させるか!」
二人の背後からエドが突っ込んでくる。が、白髪の少女が軽く弦を弾くだけで、空間にいくつもの光源が生み出された。その一つ一つが途方もない熱量を放っているのは、遠くからでもよくわかる。
反射的にエドは盾を構えるが、光の矢はそんなものをものともしない。鉄を豆腐のように抉り取っていく。
トール「邪魔ッ!」
懐に潜り込んだ黒髪がエドを押し飛ばす。それだけでエドの体は地面を転がり、数メートル進んで木をぶち折った。
だめだ。逃げられない。戦っても勝てるわけがない。
ならばどうする?
首を回してリンカを捕捉する二人を遮るように、俺は彎刀をしゃらんと鳴らし、立ちふさがった。
213 :
◆yufVJNsZ3s :2013/06/03(月) 11:01:20.11 ID:FUQGtRV+0
あぁ怖い怖い怖い怖い怖い怖いよ!
死にたくない。旅に出て一か月もしないでこんなことになるなんて思っちゃなかった!
死にたくない!
けど。
ケンゴ「仲間なんだろう!? なぁ!」
ならばやるしかない。
どうせ逃げたところで数秒しか生命を延ばせないのだから!
アルス「やめろ! 逃げるんだ! 俺が二人を止めておくから!」
ケンゴ「もう無理。間にあわないだろ」
いくらアルスが強くても、二人を一人で止めることはできないように感じられた。
視線が白く染まる。
光の矢。
それが、一発、二発、三発……十五発!
ケンゴ「無理無理無理無理!」
214 :
◆yufVJNsZ3s :2013/06/03(月) 11:02:02.04 ID:FUQGtRV+0
最早理性など構っていられない。生存本能の赴くままに、光の矢を弾き、回避し、肉を抉られ、身体とともに生命が消えてゆく。
目の前に戦槌。
エド「うぉおおおおおおおおっ!」
エドの渾身のタックルを受けて、流石に黒髪もバランスを崩した。立ち上がるのはエドの方が早いが、背後から光の矢。
リンカ「ヒャダルコ!」
氷が砕ける。破砕時の衝撃からエドは逃げられることはできず、大きく吹き飛んだが、どうやら命に別状はないらしかった。
ケンゴ「リンカ! お前はホリィを連れて逃げろ!」
リンカ「何言ってるのさ! 私だって」
エド「ケンゴの言うとおりだ! 敵は、リンカ、お前だけを狙ってる。俺たちが逃げても意味はない!」
リンカ「だけどぉっ!」
アルス「いいから早く、行け!」
215 :
◆yufVJNsZ3s :2013/06/03(月) 11:02:33.02 ID:FUQGtRV+0
光の矢と戦槌をアルスがなんとか捌いていく。俺たちもそれに加勢しようとはするが、正直、戦いのレベルが違いすぎてどうしようもできないくらいだ。
インドラ「魔王様、なんで邪魔するのよぉ」
トール「……魔王様も、遊び、たいの?」
二人はアルスなぞ眼中にない様子で、ひたすらにリンカへと光の矢を撃ち、戦槌で狙ってくる。アルスが防いでくれてはいるが、やはり二対一、多勢に無勢だ。
ケンゴ「行け! 俺たちだって死ぬ気はない!」
嘘だ。死なずに済むだなんて思っちゃいない。
光の矢と戦槌を、最早いなすことも避けることも叶わない。きっとぼろ雑巾みたいに死んでいくことしか、俺たちに残された道はない。だけれどその道はきっと無意味なものではないはずなのだ。
ケンゴ「早く! ホリィが死ぬぞ!」
卑怯な言葉だとは自分でもわかっている。しかし、今のリンカを動かすために、ほかにどんな言葉を用いればよかっただろうか。
216 :
◆yufVJNsZ3s :2013/06/03(月) 11:03:52.13 ID:FUQGtRV+0
リンカ「っ……!」
リンカ「こんの、馬鹿野郎ども!」
それだけ叫んでリンカは走っていく。ホリィを背負うのが見えたあたりで、俺たちは今度こそきっちり、二人の化け物に真正面から向き合った。
トール「逃がさない」
インドラ「そうだねっ! 肉片一つ残してやらないんだから!」
アルスの脇をすり抜けようとする二人に対し、俺たちはそれぞれ突っ込んだ。俺が白髪に、エドは黒髪に。これで僅かでもアルスの負担を軽減できればいいんだけど。
それにしても、魔王、か。魔物の活発化が魔王の活性化とリンクしているとは聞いたことがあるけれど、まさか、そんな。
アルスの強さや二人の少女の人外っぷりなど、確かにそれで納得のいくことは多い。そして、なぜアルスが二人を止めているのかということは、逆に大きな疑問である。
聞かなきゃならないことが多すぎる。やっぱりここでは死ねないな。
……もともと死ぬつもりもないけれど。
死ぬ覚悟があるだけで。
俺は光の矢が降り注ぐ中に、その体を投げ込んでいく。
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217 :
◆yufVJNsZ3s :2013/06/03(月) 11:04:20.72 ID:FUQGtRV+0
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脚が痛い。
息が苦しい。
背中に負ぶったホリィの体からはいまだに血が失われていて、同時に体温も、そして信じたくないけれど、生命すらも失われていく。
やだ、やだ! そんなのは嫌だ!
だから私は走る。力がなくて、決して満足に走れてはいないかもしれないけれど、それでも。
早くしないと、ホリィが、ホリィが。
リンカ「ホリィが死んじゃう!」
そんなのはだめだ。だめなのだ。許さない。到底許されることではない。
だって、きっと、全部私のせいなのだ。私が全てを引っ掻き回して、ごちゃごちゃにして、それだのに私は今戦いをケンゴとエドにまかせっきりにしている。ほっぽっている。そんなの、だめだ!
218 :
◆yufVJNsZ3s :2013/06/03(月) 11:05:15.78 ID:FUQGtRV+0
突き出ていた根に足を引っ掛け、勢いよく転んでしまう。膝が、肘が、熱い。付着した土の奥から血が滲んでいるのがわかる。でも、だからどうした。こんな傷くらい。
ホリィは左腕がないのだ!
幸いホリィを投げ出すことはなかった。私はそのまま両膝に力を入れて、何とか立ち上がろうとする。
が、倒れる。体力がないというのもあるし……あぁ、そうか。ヒャダルコを使いすぎたんだ。
この愚か者め。
悔しいよ。
悔しいよぅ。
「ふむ。だいぶ大変なことになっているな」
頭上から声が降ってくる。
そうか、惑いの森が終わったから、そりゃ人にも出会うか。
リンカ「お願いします、この娘を、この娘を、助けてください!」
恥も外聞もない。洟と涙で顔をぼろぼろにした女が開口一番にこれなのだ。もう他に私にできることなんてないのだ。
「安心したまへ」
声の主はそう言った。やわらかな声。女性のそれだとすぐに知れた。
219 :
◆yufVJNsZ3s :2013/06/03(月) 11:05:57.49 ID:FUQGtRV+0
「ベホマ」
刮目する。失われたホリィの左腕。それが徐々に、治癒の煙を噴き上げながら、粒子を巻き込んで再生していた。
そう、再生だ。これは治癒の範域を超えている。
私は治癒呪文なんて理論くらいしか習っていないけれど、これが埒外な、達人の域の出来事なのはわかった。
同時に去来する安堵。ご都合主義と言われるだろうか? それでもいい。ホリィが助かってくれさえすれば。
リンカ「よか、った」
最早声も満足に出ない。横隔膜が引きつりかけている。
「なに。実は私もホリィと縁があってね」
「それで一つ聞きたいんだが、いいかな?」
女性は再生をさして何ともない風に言ってから、続けた。
「アルス・ブレイバはどっちにいるかな」
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227 :
◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 10:54:27.16 ID:prJ0AIJD0
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削れて行く地面。
削れて行く木々。
そして何より、削れていく肉体と命。
ケンゴ「うぉあああああああっ!?」
犬のように這ってなんとか光の矢を回避する。それは白髪の意に沿って動くのか、決してアルスにはあたらずに、彼を避けて俺だけを狙ってくる。
地面が俺自身の影で黒く染まる。
背後に途方もない光源ーー光の矢!
必死で木の後ろに跳びこんだ。超々高密度、高威力の光の矢は決してそれくらいじゃ防げないけれど、やらなければやられてしまう。
光は命中とともに炸裂、木を根元から抉り取り、大量の木片を振りまく。
僅かに遅れて、軋む音。
ケンゴ「倒れる!」
折角回り込んだ木の裏も、あの破壊力の前では何の意味も齎さない。数十メートル離れた地点から、ざくざくと木片を踏みしめて、にこやかに白髪が向かってきていた。
当然左手に虹の弓を携えて。
アルスはエドと二人で黒髪を捌いている。増援は期待できそうにない。なんとか持ちこたえなければ。
228 :
◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 10:55:10.39 ID:prJ0AIJD0
白髪の手元が光るーー直感で横っ飛び。
たった今まで俺のいた場所が焦土と化していた。抉れた地面と焦げた草木。もちろん攻撃がそれだけで終わるはずはなく、二の矢、三の矢が頭上から降り注いで!
背後が壊滅していく音が聞こえる。逃げなければ。否、避けなければ。
目の前からも光の矢。挟撃の形ーーこれは避けられない!
左腕の一本はくれてやる覚悟で突っ込んだ。恐怖に負けず、しっかりと光の群れを見る。そうでなければ頭を潰されてしまうから。
がりがりがりがりと光が俺の皮膚を削っていく。
激痛。左上腕、左肩が大きく消失していた。瞬時に焼かれたため失血すらない。
笑いが零れる。なんだこれは。人外。そう、まるで人外じゃないか!
倒せるだなんて考えてもいなかったけど、少しばかりの時間稼ぎ位ならと思っていた。そして今、俺はその考えすらも十二分に甘かったことを知った。
恐らくあの光の矢は無尽蔵に出せる。詠唱もいらないし、ただ弦を弾くだけで光は顕現する。今俺が生きているのは、原形を保っているのは、焦土といっしょくたにならないのは、つまるところ白髪の手抜きの産物に他ならない。
事情は分からないが白髪が殺したいのはリンカだけで、決して俺たちを積極的にどうこうしようというのではないらしい。アルスを魔王と呼んでいたことと相まって、恐らく魔族か、眷属の一種なのだろうが。
ならばそこに付け入る隙があるのかもしれない。かもしれないが、近づけすらしない俺に、一体どうしろというのだろう。
そもそもレベル差が違いすぎる。
229 :
◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 10:55:41.45 ID:prJ0AIJD0
いや、腐っていても仕方がないのだ。手抜きをしてくれるのは僥倖。その間にリンカがホリィを連れてなるべく遠くへ行ってくれればいいのだ。
光が腰骨のあたりを滑っていく。腹圧で内臓が零れていく気すらしたので、服を思い切りきつくしめ、中身を必死に止めておく。
既に痛みも麻痺した。痛覚神経は擦り切れてぼろぼろだ。
インドラ「……じゃ。先に行ってるから」
いつの間に近づいたのか、俺の脇を白髪が通り過ぎていく。
トール「あーっ! ずるいよインドラだけ!」
反射的に反転した。彎刀を握り締め、背後から大上段の一撃を
バランスを崩す。
口いっぱいに広がる血の味。
俺の腹から鳩尾にかけてが、ごっそりと消失していた。
インドラ「魔王様の敵は、皆殺し」
ぼそりと恐ろしいことを呟く白髪。
魔王の敵ーーアルスの敵? そしてきっとそれはリンカのことだ。
させるかよ。
ケンゴ「させるかよぉおおおおおおおっ!」
なぜか体は動いた。おかしなものだ。俺の体に指令を送っているのは、きっと、俺ではないのだと思った。
230 :
◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 10:57:05.77 ID:prJ0AIJD0
俺の視界をよぎる物体。
それは俺の脚に酷似していた。
前後不覚になって地面へと倒れこむ。
インドラ「邪魔しないで。殺しちゃうよ?」
ここまでやっておいて、一体この少女は何を言っているのだかーーあぁ、意識が薄れていく。
いやだめだ。リンカを追わせはしない。お前は、お前らは、ここで俺たちが喰いとめるのだ。そう決めたのだ。
俺はみんなを守るから。
俺はあの二人のようになりたかったから。
俺は正義の味方になりたかったから!
ケンゴ「う、ぐ、ぅおお、あ、ぐぅううううっ!」
声は出ない。呻き声だけで、一秒でも二秒でも、白髪の気を惹くことしか俺にはできない。
なんて微々たる抵抗。なんて無力な存在。
眼もあけていられない。
231 :
◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 10:59:23.25 ID:prJ0AIJD0
「何やってるのさ」
底冷えする声が響いた。
同時に、腹の底へと響く低音。それは地面を、空気を震わせて、まったく機能していない視野の中でも、俺は確かに見た。
黒くて大きな塊が、白髪をぶっ飛ばしたところは。
「ボクがいる限り、ケンゴを殺させやしませんよ」
ーーーーーーーーーーーーーーーー
232 :
◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 11:00:30.56 ID:prJ0AIJD0
ーーーーーーーーーーーーーーーー
打倒され吹き飛ばされる彼女。気配的に魔族なのは確定で、勇者くんが魔王になったのだとすれば、恐らく彼女は彼の眷属。同時に、大きく分ければボクの仲間……魔族。
魔王だからそりゃあ魔族の一人や二人を侍らせたって構いやしない。けど、ボクが気になったのは、その造形をボクが嘗て見たことがあったからだ。
彼の二人の仲間に酷似している。
死んだと聞いていたけれど、死んでいなかったのだろうか。もしくは……悔悟が生み出した魔物か。
ウェパル「なに、勇者くん。この娘。ちょーっとばかし、趣味が悪いんじゃあないの?」
ウェパル「こんな眷属を生みだしちゃって」
アルス「……その呼び方はやめろ」
けんもほろろに返される。さすがの迫力。魔王にあるべき姿と声音と眼光と、何より、威圧感。確かに彼は魔王になったようだ。
しかし彼の表情は暗い。ともすれば今にも泣きじゃくりそうな雰囲気すら湛えて、それでも必死に二本の足で自分を支えている。
人間だったころの彼はもっと前向きで、迷いながらもまっすぐ前に進もうとする意志があった。だからボクは九尾の塔で退いたのだし、彼のことを恐れもしたのだ、心底。
だのに今の彼はどうだろうか。必死さこそあれ、彼が持っていた前向きなそれではなく、ただ抵抗するだけの後ろ向きなそれだ。事態の解決を願わないタイプの。
233 :
◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 11:01:07.65 ID:prJ0AIJD0
何が彼を変えたのか僕には想像しかできない。ただ……アルプじゃあないけど、それはつまらない。
アルス「ウェパル。今更どうして出てきた」
勇者くんが言う。彼は一度、まるで少女ちゃんと瓜二つの女の子と大きく距離をとった。
ウェパル「いや、別にボクがってんじゃなくて……隊長がさ」
そう、ボクがここに来た最大にして唯一の理由。
ウェパル「言うんだもん。俺の息子を助けてくれってさぁ!」
死体となって、ボクのものとなった隊長は、ゴダイ・カワシマは、確かに言ったのだ。俺の息子を助けてくれと。
最初はわけがわからなかった。だけど、よくよく考えてみれば、隊長がボクのものであると同時にボクも隊長のものなのだ。真実を確かめることなど故に意味はなく、その申し出に否やはない。
だから来た。
簡単な話。
234 :
◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 11:01:55.64 ID:prJ0AIJD0
背後が暁光で白く染まる。振り向きざまに目を見開くと、数多の光の矢を背景に、まるで狩人ちゃんと瓜二つの女の子がボクへと狙いを定めていた。
ウェパル「へぇ、あれで死なないんだ」
さすがは魔族。
ボクはすかさず魔力を編んで、巨大な船団を顕現させた。薄く発光する青白い船団。光の矢をすべて撃ち落とすつもりで砲弾を放つ。
両者が炸裂する。お互いに魔力を練った投擲武装。勝利を分けるのは、純粋な出力と、持続力といったところだろうか。
炸裂の余波が髪の毛を、肌を撫で、触手の左腕を揺らす。少しでも傷を与えることさえできれば蛆で喰らいつくすことだってできるのに、こちらの砲弾は全て矢で穿たれていく。手数はどうやら同程度らしい。
驚きとともに多少イラつくが、それは向こうも同じだった。不機嫌な声でこちらに語りかけてくる。
インドラ「……なんなの? なんでわたしの邪魔、するの」
ウェパル「『なんで』? 恋をしたことのないお子様にはわからないだろうさ!」
例えこの想いが狂気だと非難されたとしたって。
235 :
◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 11:03:01.46 ID:prJ0AIJD0
ボクは指先で船団全てを操作して、砲弾の射出はそのままに、速度全開右舷へ旋回。空気を震わせて船首が全て白髪を向いた。
アルス「おいおい、まさか……」
勇者くんが呟く。そうとも! そのまさかさ!
ウェパル「行けっ! 全速前進ーー突っ込めぇっ!」
魔力船団は物理法則に左右されない。ゼロからいきなりの加速を経て、魔力の外套を纏って白髪へと突っ込んでいく。
インドラ「ひ、光の矢ァッ!」
白髪が光の矢を船団に打ち込んでいくが、超高密度の魔力塊であるそれに傷一つつけることはできない。弾かれ、吸収され、勢いを落とすことなく白髪へ!
みしみしめきめきと森の木々を折り、砕きながら、白髪が五隻に呑みこまれていく。吹き上がる土埃と破砕した葉のにおい。けれど、もちろんここで手を休めてなんていられない。
ボクは指を鳴らした。
途端、船団が爆裂する。
九尾のマダンテには劣るかもしれないけど、五隻分の魔力を爆発に変換した、かなりの大規模な魔力の行使。直撃して無事でいられるはずがない。
爆裂は、ただでさえ船団の突撃で荒廃した森の一角を、更なる荒廃へと導く。焦土。殲滅。懐かしい響きだ。まるでボクがまだ四天王みたいじゃないか。
236 :
◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 11:03:38.42 ID:prJ0AIJD0
アルス「ウェパル!」
ウェパル「っ!」
勇者くんの声でなんとか反応が間に合った。ボクの死角をきっちり突いて突進してくる黒髪。右手にはどこかで見た戦槌を持っていて、懐かしくなると同時に悲しくもなる。
戦槌が振るわれる。容赦のない、そして殺意のある一撃を見て、ボクは思わず息を吸い込んだ。掠った髪の毛が無残にぱらぱらと散っていくのを感じたから。
なるほど、あの膂力はいまだ健在ということか。
トール「インドラになにすんのよっ!」
地面を踏みしめて反転、まるで手負いの猪だ。突撃、反転、突撃、反転を、戦槌を振り回しながら繰り返してくるその熱量は、ちょっとやそっとじゃ揺らぎそうにない。
ボクはそれを紙一重で回避し続けている。読み切れないほどの攻撃ではないが、プレッシャーは確かにある。一撃必殺は間違いないだろうし、それにインドラと呼ばれた白髪の生死も確認していない。
黒髪の突進。それを回避して、視界の端で反転するのが見える。
あぁ、もう、埒が明かない。
237 :
◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 11:04:07.92 ID:prJ0AIJD0
八度目の突進。ボクはそれをカウンターで、地面に思い切り叩きつけた。
顔面から地面へ激突する黒髪。腹からつま先までが浮き、鈍い音を立てて戦槌が倒れる。
触手が蠢く。
ぞわりぞわりと這い寄る白い絨毯。生きた蛆たちが一斉に黒髪へと群がり、彼女を白い蠕動体へと変えていく。
ボクの蛆は綺麗好きで大喰らいだ。肉片の一つとして残すことはない。
一瞬、僅かに背後が明るく光って、ボクの影が一気に伸びる。
光源ーーわからいでか!
振り向く必要など微塵もない。ボクはそのまま船団を再構築、放たれた数多の光の矢に向けて、砲弾を連射、連射、連射!
同時にボクは伸びてくる腕を極める。足元から黒髪の腕。それはきっちりボクを縊り殺そうとしていたが、体勢的に無理がある以上なんてことはない。そのまま逆に体重をかけ、組み伏せると同時に折った。
骨の折れる音のみならず、筋と肉の引き千切れる音すら耳に届く。
蛆たちが喰ったのはせいぜい左腕だけらしく、それ以外は黒髪に振りほどかれていた。それもあの膂力の賜物なのだろう。
けれど足りない。ボクとこいつらじゃあ、同じ魔族だとしても、年季が違う。
238 :
◆yufVJNsZ3s :2013/07/17(水) 11:09:33.07 ID:kDHmgi380
「四天王が一人、海の災厄・ウェパル。お前らとボク、格の違いを見せつけてやる」
「陽光届かぬ水底で、ぐずぐずに腐り果てるがいいさ!」
突っ込んでくる白髪を察知して、流石に今度ばかりはどうにもできず、ボクはついに黒髪から距離を置く。逃げるボクを追うように光の矢が向かうけれど、利かない。そんなものは数年前に何度も見ているのだ。
致命傷の導線を描くものだけをピンポイントで弾き、弾き、弾きつづけて、それ以外には目もくれない。光の驟雨の中を一歩ずつ、ステップを踏むように回避していく。
戯れに光の矢を手で掴んでみるも、掴んだ右手が焼け爛れたのでやめることにする。熱は感じないが……どうやらあれは光と言うよりも電撃に近いもののようだった。
そういえば、確か狩人ちゃんは生前インドラと名付けた電撃を撃っていた。それの亜種と考えてもいいのかもしれない。
光の矢に紛れて黒髪が向かってきた。右手には戦槌。あの膂力をもってすれば、ボクの肉体を消し飛ばすなど造作もないだろう。
そう、当たりさえすれば。
右から左。そして左から右。斜めに振り上げて、振り下ろす。
風がボクの眼前を、耳元を、音を立てながら掠めていく。恐ろしさがないわけじゃあないけれど、所詮子供騙しレベルじゃないか。