Part42
93 :
◆yufVJNsZ3s :2013/04/13(土) 12:49:32.05 ID:9bMafhLO0
ヴァネッサ「邪魔よ、おばあさん!」
わしと紅白の間に立ちはだかる黒い何か。途端にあたりが翳り、瘴気に胸が軋みを上げる。
悪魔であった。
九尾の上に乗るヴァネッサの傍らに一冊の本が落ちている。高さが腰ほどもある巨大な本だ。それは中のページが開かれており、邪悪な気配を隠しもしない。
魔女ーー悪魔と契約した者!
九尾の言葉が思い出される。乱痴気ヴァネッサはマジックアイテムの収集家だと。
あの本の巨大さと悪魔の存在を考えるに、恐らくあれはギガス写本。悪魔の絵が描かれた最大の聖書。天使の代わりに悪魔を使役しているのは、本の持つ力というよりは、そこから得たイメージなのだろう。
94 :
◆yufVJNsZ3s :2013/04/13(土) 12:50:08.98 ID:9bMafhLO0
ヴァネッサ「九尾九尾九尾ーー!」
ヴァネッサが叫ぶ。
だめだ、間に合わない!
九尾「うるさい」
ごつん。
鈍い音がした。
なんてことはない、九尾がヴァネッサの頭を殴っただけだ。
ヴァネッサ「ほんぎゃあ!」
情けない声を上げながらも彼女は九尾から手を離さない。うつぶせの九尾をどうにかして仰向けにしようと力を込めていた。
九尾に頬擦りしようとするヴァネッサと、何とかして魔手から逃げようとする九尾。不思議な構図がそこにはあった。
お互いが真面目も真面目、大真面目なのは伝わってくるのだが、どうにも緊張感に欠ける。先ほどまでのわしの焦燥を返してほしい。
95 :
◆yufVJNsZ3s :2013/04/13(土) 12:50:52.53 ID:9bMafhLO0
グローテ「襲われるってそういうことか」
ヴァネッサ「一番簡単な魔力の授受は体液の接触でしょ」
こともなげに言われた。事実ではあるが、確かにこいつは魔女だった。そう思わせる口ぶりだった。
ヴァネッサ「さぁ九尾! わたしにあなたの愛液を飲ませて!」
グローテ「変態じゃ……」
九尾「昔から、こういう、やつだっ……」
九尾「いいから見てないで引きはがせっ!」
ごつん。怒りの鉄拳で今度こそヴァネッサは吹き飛んで行った。
ヴァネッサ「ようしわかった、キュウビを倒して組み敷けばいいのよねっ、いつもどおりだわっ」
すぐさま立ち上がる。顔についた土を払って、にやりと笑った。
一般人なら顎関節ごと下顎を持っていかれそうな拳を受けて、なお平気そうにしているのは、確かに実力者なのかもしれなかった。
九尾「うるさい」
しかし九尾の動きのほうが早い。捕まえようとする悪魔の腕をすり抜けて、たやすくヴァネッサへ逼迫、震脚を経て掌底を鳩尾に叩き込んだ。
ヴァネッサ「ほんぎゃあっ!」
96 :
◆yufVJNsZ3s :2013/04/13(土) 12:52:10.28 ID:9bMafhLO0
ヴァネッサ「吐く! 吐くぅううぉおぼええええええぇ……」
九尾「今九尾たちは忙しい。お前に聞きたいことがある」
ヴァネッサ「えー! ずるい、わたしって殴られ損じゃない!」
九尾「お前を倒して組み敷いてもいいんだぞ」
ヴァネッサ「あ、それも素敵。抱いて!」
九尾の眼力をものともしないヴァネッサだった。
九尾は「ふむ」と頷いて、
九尾「首から上だけあれば十分か」
恐ろしいことを言う。
ヴァネッサ「わかったわよぅ。一晩だけでいいから! ね?」
97 :
◆yufVJNsZ3s :2013/04/13(土) 12:53:57.03 ID:9bMafhLO0
九尾「……」
グローテ「……好かれておる、ようじゃの」
九尾「殺し屋に好かれてるようなものだぞ。こいつに好かれても嬉しくはない」
なら誰に好かれればうれしいのかーーもちろんそんなことは聞きやしないけれど。
ヴァネッサ「力ずくだとさすがにわたしも抵抗するわよ。このあたり一帯を焦土に変えてやるんだから!」
ヴァネッサ「九尾が何を聞きたいかわかんないけど、情報はロハじゃありませんから」
噛みつかんばかりのヴァネッサ。彼女の足元にはギガス写本があって、いつでも悪魔を召喚できる体勢になっている。それに恐らく、まだいくつものマジックアイテムを隠しているに違いない。
この辺り一帯を焦土に変えてやるという発言は、あながちはったりではないはずだ。出なければすぐに九尾が動いているはずだから。
グローテ「……最悪すぎる女じゃな」
実力のある本能が最も厄介だ。
98 :
◆yufVJNsZ3s :2013/04/13(土) 12:54:39.34 ID:9bMafhLO0
ヴァネッサ「おばあちゃんもかなりヤバイ系みたいだけど、残念! わたしはロリコンなのよ!」
グローテ「最悪すぎる……」
思わず腹から唸ってしまった。
さっきのわしの警戒を返せ。
九尾「九尾たちが知りたいのは、ヴァネッサ、お前、こういう男を見ていないかということだ」
九尾の指先から光が跳んで、ヴァネッサの体内へと吸い込まれていった。恐らく記憶の共有なのだろう。
そうか、九尾はだからこの魔女に出会いに来たのだ。アルスの手掛かりをつかむために。
ヴァネッサが他人を襲い、魔力を奪っているというのならば、莫大な魔力の持ち主であるアルスのことを知っていてもおかしくはない。
ヴァネッサは僅かに眉間にしわを寄せて記憶を掘り返しているようだった。が、すぐに大きく呼吸をする。
ヴァネッサ「……知っているにしろ知らないにしろ、だから言ってるでしょ。ロハじゃあ情報はやれないわよ、って」
99 :
◆yufVJNsZ3s :2013/04/13(土) 12:55:50.64 ID:9bMafhLO0
九尾「良心というものはお前にはないのかよ」
嘲笑するように九尾が言う。儂にしてみればどっこいどっこいだと思うのじゃが……。
受けて、ヴァネッサも流すように笑う。
ヴァネッサ「魔力のためならなんだってするわよ。何たって、魔女だからね」
一瞬だけ二人の間に殺意が膨れ上がる。それを感じて水を差す。
グローテ「で、どうする九尾」
九尾「……こいつと寝るなどありえない。踏み潰す」
一歩九尾が足を踏み出した。半身になって、右拳を握りしめる。スカラとピオラ、バイキルトの魔方陣が四肢にまとわりつくように展開する。
途轍もないその迫力に、けれどヴァネッサは怯むことなく、唇をぺろりと舐めた。
ヴァネッサ「返り討ちして好き勝手ね!」
両者が同時に地を蹴ったーー
グローテ「待て」
瞬間、わしは大急ぎで植物魔法を詠唱、二人の体を拘束した。
100 :
◆yufVJNsZ3s :2013/04/13(土) 12:57:11.09 ID:9bMafhLO0
二人の加速に蔓が何本も音を立てて弾ける。が、ぎりぎりなんとか保ってくれたようだ。
ヴァネッサ「ふがっ!」
ヴァネッサ「な、なに邪魔すんのよぉ」
グローテ「多少は弁えろ。その子を巻き添えにするつもりか」
わしは背後で震えている女の子を指さした。人外どもの殺気に当てられ、すっかり腰を抜かしてしまっているようだ。ともすれば失禁しかねない。
二人が同時に女の子を見る。
女の子「ひぃっ」
どうやらすっかり怯えてしまったようだ。わしらの話は聞いていても、流石にここまでとは思っていなかったらしい。まぁそうか。
九尾「九尾は別に構わないんだが?」
グローテ「わしは構う」
ヴァネッサ「わたしは構わないけど」」
九尾「わしは構うって言ってるじゃろうが」
ヴァネッサ「あなたの言うことを聞く必要はないわ」
九尾「まぁいいだろ老婆。九尾たちは先に進めるし、人間も喰えて、万々歳だ。最近は若い女を喰えていないしなぁ」
101 :
◆yufVJNsZ3s :2013/04/13(土) 12:58:08.51 ID:9bMafhLO0
あっけらかんと二人の人外は言った。価値観の差という言葉だけでは言い表せない溝がわしには見える。
何とか声を振り絞る。
グローテ「それでもだ」
折れないわしに業を煮やしたのか、軽々蔦を引き千切って、九尾はこちらに向き直る。
九尾「老婆、貴様は九尾に命令できる立場か?」
グローテ「命令じゃない。お願いだ」
本心だった。九尾と争っては決してわしには勝てない。そしてここで女の子を殺害し喰うことは、契約の内容から外れていない。
九尾には悪いことを言っているつもりは多分にある。が、それでもわしは……。
いや、おためごかしはやめよう。わしは正直、この女の子に、メイの面影を見ているのだ。
102 :
◆yufVJNsZ3s :2013/04/13(土) 12:59:40.21 ID:9bMafhLO0
九尾「……」
グローテ「……」
九尾「……仕方ない」
ヴァネッサ「九尾ッ!?」
驚いた声を出す魔女に対し、九尾は振り向きすらせずに一喝する。
九尾「黙れ魔女! この九尾がよいといったらよいのだ!」
九尾「……今宵、丑三つ時にここでだ。文句は言わせん。お前が勝てば、好きにしろ。九尾が勝てば、情報をもらう」
ヴァネッサ「……強引な九尾も、素敵」
ヴァネッサをまるきり無視して、肩を怒らせながら九尾が来た道を戻っていく。途中で立ち止まって、
九尾「行くぞ、老婆。そこの娘も。今回は気まぐれで喰わないでおいてやる」
九尾の考えはわからない。わしはまだ、この魔族のことをちいとも理解していないのだと理解した。
女の子に手を差し出すとおずおずとってくれた。子供体温は高い。体も、何より心まで冷え切ったこの老婆には、罪悪感すら想起させる。
振り向いた先では既に魔女も姿を消している。わしはため息を一つついて意識を切り替え、歩き出した。
105 :
◆yufVJNsZ3s :2013/05/02(木) 11:54:59.14 ID:vaAixaDO0
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やっとこさ宿に着く。女の子に関しては、九尾が記憶操作を行ってくれたので問題はないだろう、たぶん。
丑三つ時を待ってベッドの上に腰かけた。悪くはない感触だ。
勇者構想の一環として、旅人の利用する宿屋に対しても補助金はおりている。微々たる額かもしれないが、埃っぽいマットレスを変えられるくらいには効果を発揮しているようだった。
九尾は先ほどから目を瞑って座禅をしている。精神統一。今まで九尾がここまで戦闘に対して心身を落ち着けたことはなかった。
それほど心してかからねばならぬ相手、ということだろう。
九尾「まぁな」
グローテ「……だから心を読むなと」
九尾「お前ら四人は九尾の魔力と親和性があるようだ。比較的楽に読めるし……放っておいても、距離が近ければ流れ込んでくる」
お前『達』……アルス、メイ、クルル、か。
あの塔での戦いから数年が経過した今でも、九尾はわしらのことをひっくるめて語る。九尾にとっても一大プロジェクトだったのだから、記憶には定着しているのだろう。
あの策に九尾がどれだけ腐心し、期待していたかを、わしは想像でしか推し量れない。九尾はポーカーフェイスであるし、何より、尋ねるほどわしらは仲がいいわけではなかったから。
そうとも。わしらは所詮敵同士である。呉越同舟。船から降りた後にまで手を繋いでいる必要は、ない。
106 :
◆yufVJNsZ3s :2013/05/02(木) 12:07:18.16 ID:VCP4wXzr0
九尾「まぁそういうことだ。九尾にとって、貴様ら人間は、所詮衝動を満たす道具でしかない」
片目を開けてこちらを見てくる。幼い容貌に似合わず、眼光は鋭い。
そしてその鋭さがふっと和らいだ。
九尾「だがな、一応の責任というものも感じているのだ。下等な生物とはいっても九尾は貴様らの人生を弄んだわけだからな。それになにより、失敗してしまった」
自嘲気味に笑う。わしはそれに対して言葉を紡げない。
罵倒も、宥和も。
九尾「もう時間だ。行くぞ」
確かに、既に夜はとっぷりと深まっている。窓の外を見れば闇の色がどこまでも続いていた。
人に出遭うのは面倒だ。こっそりとわしらは宿を抜け、指定の場所へと向かう。
隧道のそば。わしらがいけば、あちらは鋭く察知するだろう。それが合図。
九尾「時に老婆」
グローテ「なんじゃ」
九尾「お前はぼろ雑巾というものを見たことがあるか?」
107 :
◆yufVJNsZ3s :2013/05/02(木) 12:08:24.33 ID:VCP4wXzr0
グローテ「……?」
意味が分からない。九尾はこんな空気の読まない発言をする存在だったか?
グローテ「……何を言っておるのじゃ?」
九尾「あれがそうだ」
顎をしゃくって示した先では、人間が倒れていた。
白く長い髪の毛が、まるで蜘蛛の巣のように地面に広がっている。
違う。地面に広がっているのではない。
不自然に赤い地面。それは、恐らく、血の海。
ヴァネッサ・ウィルネィス。
まさか。
グローテ「お、い!」
思考が停止する。それとは裏腹に、反射的に体は動く。
ヴァネッサのもとへと駆けよれば、傷は真新しく、ぴちゃりと足元に血だまりを感じることができた。へへ、うへへ、とへらへらした笑いが聞こえる。どうやら死んではいないようだが……。
ヴァネッサ「……へへ。犯る前に、殺られちゃたぁ……」
108 :
◆yufVJNsZ3s :2013/05/02(木) 12:09:11.08 ID:VCP4wXzr0
グローテ「誰だ。誰にやられた 」
傷は……深い。全身が穿たれている。そしてわずかに肉の焦げる異臭。
火炎弾か? いや、それにしては傷口が滑らかすぎるような……。
応急処置に顔を歪めながらも、ヴァネッサは笑って答えてくれた。
ヴァネッサ「わ、っかんない、……まぶしくって、速くって……格好悪い……瞬殺ねぇ……」
瞬殺。この魔女のレベルを、瞬殺か。
油断したわけではないだろう。不意打ちでも、恐らくない。それに対応できないほどの力量ならば、この魔女は九尾にとっくに殺されている。
真っ向から、真正面から、不意打たれた。
それほどまでに力量に差があった。
信じがたい。
ヴァネッサ「多分、人間じゃない……あんな人間、いて、たまるもんか。いると、したら……魔族か、人間、辞めてる、わたしみたいにね、へへへっ……」
焦点の合っていない視線が虚空を見つめている。血が止まらない。体温が下がっている。それは命の流出を意味するのだ。
109 :
◆yufVJNsZ3s :2013/05/02(木) 12:10:17.00 ID:VCP4wXzr0
グローテ「九尾!」
九尾「ふん、こいつを助けることになるなんてな」
悪態をつきながらも九尾はヴァネッサに近寄っていく。わし一人ではどうにもならないが、二人で治癒魔法をかけられれば。
九尾「……このまま放置したっていいんだが、情報のためか」
そう、九尾にも目的がある。何も話していないのに、ヴァネッサを失うわけにはいかないのだ。
唐突に、ぐん、と九尾の体が前に引っ張られる。
九尾の手首に巻きついた手。
そして上体を起こすヴァネッサ。
両者の唇がーー
ヴァネッサ「んっ」
ーー重なる。
ヴァネッサ「唾液、ごちそうさまでしたっ!」
110 :
◆yufVJNsZ3s :2013/05/02(木) 12:10:43.71 ID:VCP4wXzr0
グローテ「お前、その怪我は!?」
ヴァネッサ「この怪我はマジもんですわ。流石にわたしもこのためにここまではしないもの」
飄々としたヴァネッサの言葉が途切れるあたりで、超高速の右手が、彼女の白く細い首を文字通り握り締めた。
ぐぎ、と骨のおかしくなる音が聞こえる。
九尾「貴様、殺す。殺す。殺す」
本気の顔だった。口角がひくひくと吊り上ってすらいない。どこまでも真顔で、右手に力を込めている。
ヴァネッサ「いや嘘! 嘘! 嘘じゃないけど、嘘なのよ!」
掠れた声のヴァネッサ。彼女も、この九尾が冗談でないーーというよりもむしろ、冗談では済まなかったことを思い知ったらしい。
九尾「それが最期の言葉か」
111 :
◆yufVJNsZ3s :2013/05/02(木) 12:11:21.67 ID:VCP4wXzr0
ヴァネッサ「いや嘘じゃないのよ! 魔力使って治したけど、やられたのは本当なのだわっ!」
九尾「接吻はいらなかったよなぁ……!」
確かに。
だが、しかし、待てよ。本当にやられたとは聞き捨てならない。ヴァネッサの狂言であるという可能性は消えたわけではないけれど……。
ヴァネッサ「いや、ま、そうですけど」
九尾がヴァネッサを放り投げる。
九尾「死ねぃっ!」
今度こそ本当に頸椎が折れる音が聞こえた。
九尾「で」
大木に激突し、頸と言わず体と言わず、ありとあらゆる箇所があらぬ方向を向いているヴァネッサへと向いて、九尾は冷たく言い放つ。
ヴァネッサの体が光を帯びた。体内で魔力が循環し、損傷を治しているのが見て取れる。かなり高レベルの術式だ。
彼女は依然九尾にお伺いを立てる様子で答える。
ヴァネッサ「時間近くなって隧道のところ行ってみたら、凄い魔力感じたから襲ったんだけど……」
グローテ「返り討ちに?」
ヴァネッサ「そう。びっくりしましたわよ。戦いにもならなかった」
112 :
◆yufVJNsZ3s :2013/05/02(木) 12:11:52.67 ID:VCP4wXzr0
九尾との戦いから五体満足で帰ってこられる強者が、戦いにもならなかった。俄かには信じられないことだ。それはつまり九尾と同格ということではないか。
九尾もわしと同じことを思ったらしい。怪訝そうに眉を顰める。
それをどうとったのか、ヴァネッサは大きく手を振って、言葉を紡ぐ。
ヴァネッサ「ほ、本当よ。光の奔流。煌めく光線。反射も利かない威力と速度と数。何より、殺意が満ち満ちてて……もう二度と会いたくないわ」
九尾「相手は一人か」
ヴァネッサ「確認できた限りでは二人ね。その攻撃は、けど、一人分。光の矢で」
光の矢。
光の矢!?
グローテ「九尾!?」
思わず叫んだ。九尾もわしの言いたいことがわかったらしい。舌打ちをして、しかし、すぐさま首を振った。
九尾「有り得ん。少女と狩人は確かに死んだ。その二人があいつらである可能性は、ない」
113 :
◆yufVJNsZ3s :2013/05/02(木) 12:12:35.15 ID:VCP4wXzr0
グローテ「じゃが、光の矢と」
九尾「同じ呪文を唱える者がいてもおかしくはない。そうだろう」
グローテ「……あの規模を行使できる者が、もう一人いると? 本当に?」
九尾「いいか、老婆。あやつらは死んだのだ。お主も確認しただろう」
グローテ「虹の弓と光の矢! お前でさえ正体の掴めなかった狩人の魔法! あれを、お前、もう一人使えるはずだと!?」
九尾「議論をすり替えるな。あの二人が死んでいる以上、そう考えるしかないというだけの話だ」
取りつく島もなかった。九尾はわしから視線を外し、ヴァネッサを見る。
九尾「ほかには?」
ヴァネッサ「……二人が何を話しているのか、わたしにはわからない。けど、その二人は、たぶん、人間じゃあない」
ヴァネッサ「さっきも言ったでしょう? あれは人間が人間のままでは決してたどり着けない領域よ。魔族か、それとも、人間を辞めているか……」
九尾「魔族、か」
ぽつりと呟いた。
九尾「……まさかな」
114 :
◆yufVJNsZ3s :2013/05/02(木) 12:13:14.26 ID:VCP4wXzr0
老婆「どうした」
九尾「……宿で話そう。勇者のことだ。いや、魔王のことか」
ヴァネッサ「わたしも行くわ」
九尾「お前はもう用済みだ。帰れ」
ヴァネッサ「酷い! でも、そうはいかないわよ。わたし、もう、九尾についていくって決めたんだから」
九尾「は?」
ぽかんとした顔。九尾のそんな顔は珍しかったが、恐らくはわしもそんな顔をしているのだと思われた。
ヴァネッサ「だって、九尾についていけば、高純度な魔力がたんまり手に入りそうだもの! こんな機会をみすみすも逃すわけにはいかないでしょう? それにーー」
僅かに視線を下へとむけて、不敵に笑う。
身の毛のよだつ雰囲気。わしは思わず杖を握り締めた。
ヴァネッサ「ーーこの乱痴気ヴァネッサを虚仮にしてくれたお礼は、ちゃんと返しませんと」
ーーーーーーーーーーーーーーー
115 :
◆yufVJNsZ3s :2013/05/02(木) 12:13:44.80 ID:VCP4wXzr0
ーーーーーーーーーーーーーーー
深い森の中を行く。新たな、人のこない地を見つけるために。
俺の背後にはインドラとトールがとことこついてきていて、人獣問わず、殺意には敏感に反応する。
そして、射殺す。打ち殺す。
果たして諦めは俺の罪だろうか。
トール「さっきのお姉さん、強かったねぇ」
インドラ「……うん。つよ、かった」
アルス「……」
安息の地じゃなくていい。せめて、誰ともつながらずに生きていける場所さえあれば、ほかに何もいらない。
新天地を探して俺は歩く。そんなところあるはずもないのに。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー