Part41
64 :
◆yufVJNsZ3s :2013/04/10(水) 00:27:56.45 ID:POBAn3Ep0
九尾「この九尾を、卑しくも四天王筆頭たるこの九尾を指して、『お孫さん』とは何たる言いぐさかっ!」
グローテ「仕方あるまい」
努めて九尾に視線を向けないようにわしは言った。
わしの背丈は決して高くはない。曲がった背骨を考慮しても、155前後と言ったところだろう。しかし、九尾の背丈はそれに輪をかけて低い。なにせわしと頭半分の差があるのだ。
自己申告では140あると言っていたが、どうか。まともに背丈を測ったことなどありはしまい。
目立つ耳と尻尾は極力隠してもらっているため、確かに今の九尾は単なる子供にしか見えなかった。それが本人には気に食わないらしい。
泣く子も黙る四天王も、何も知らない人目に付けば単なる子供だ。もちろん内包されている魔力は莫大なものだから、単なるとは言い難いのかもしれない。
そもそも、四天王の肩書にも、「元」の一文字がつくが。
65 :
◆yufVJNsZ3s :2013/04/10(水) 00:28:24.06 ID:POBAn3Ep0
四天王は二人が死に、残る一人も隠居した。最早魔王を筆頭とするそのシステムもない。
ただし、魔王は依然として存在する。どこにいるのかはわからないけれど、九尾にはわかるのだという。
魔王が存在するのは同意だったし、世間一般の了解でもある。最近、とみに魔物の出没のうわさを聞くようになったのだ。
魔の者はどうしても瘴気を生み出す。それは、瘴気に中てられた魔物が増える結果ともなる。限界があるため世界が魔物で満ちることはないが、やはり、人の生活は脅かされつつある。
魔の者と言えば一人、そういえば、わしの隣にもいるが。
九尾「九尾は関係ないぞ」
ぼそりと呟かれた。
九尾「瘴気を漏らさないよう結界は張っている」
グローテ「心を読むな」
九尾「心を読むな、は契約条項には入ってない」
66 :
◆yufVJNsZ3s :2013/04/10(水) 00:29:06.68 ID:POBAn3Ep0
契約条項。それは、わしと九尾がーーより具体的に言えば、嘗て敵であった者同士、そして今でも心を許していない者同士が、円滑に旅を進めるために必要な措置。
わしは寝首をかかれたくはなかったし、九尾もそうだ。とはいえ、個人では到底目的を達成できそうにない。魔法的な書面によってしか旅をすることもできないなんて、随分とひねた人間になってしまった。
条項は六つ。
一つ、この契約条項は魔王アルス・ブレイバを殺害するまで継続する。契約の破棄は両者の合意の下によってのみ行われる。
二つ、同行中はパートナーに危害を加える行為は禁止する。
三つ、九尾の人喰いは可能な限り人目につかない場所で行う。また、証拠隠滅も可能な限り行う。
四つ、上記の代償として九尾はわしに三つまで行動を強制できる。
五つ、上記細則。行動の強制はあくまでわしの力で可能な範囲、かつわし自身に危害が及ばない範囲で行われる。
六つ、以上の項目が順守されなかった場合、違反者は死ぬ。
契約条項は有効に、かつ有用に機能している。現時点では、まだ。
67 :
◆yufVJNsZ3s :2013/04/10(水) 00:29:36.15 ID:POBAn3Ep0
ぷんすか肩を怒らせながらわしの前を歩く九尾を見つつ、ぼんやりと周囲を窺う。
広い町だ。しかしそれほど賑わっているとは言えない。畑の面積が広いことが、ある種この街を寂寥としたものに見せている。
のどかであるが、当然道を自警団が歩いている。二人……三人か。練度は高そうには見えない。恐らくここ最近派遣されてきた新兵なのだろう。
システムが変わったのは魔族だけではなかった。人間のシステムも、あの戦争を通して大きく変化を遂げている。
あのあと……塔での一件が全て終息した後、わしらは何よりもまず事態の説明に口裏を合わせることとした。黙っていても調査団は派遣される。そして有耶無耶になった戦争の終着点も現れないわけにはいかないのだ。
わしらがすべきは終着点の誘導だった。理由はどうであれ、わしらと九尾の戦争終結という目論見は一致している。その意味では会話は容易かったというべきだろう。
結論は一時間ほどで出た。
単純である。魔族が戦争の機に乗じて人間を殲滅せんと企み、行動に出た。首謀者は四天王。わし、アルス、メイ、クルルの四人は異変をいち早く察知して、四天王を倒すことに成功した。そういう筋書きだ。
大きくは間違っていない。ただ、生存者がわしとクレイアだけであるという点のみが異なっている。
68 :
◆yufVJNsZ3s :2013/04/10(水) 00:30:11.20 ID:POBAn3Ep0
わしらが塔を出ると、待っていたのは歓声だった。かなりの兵士が倒れていたが、それよりも多くの魔物が倒れていた。
直観的にわしらは悟った。人間は耐え切ったのだと。
緊張の糸が途切れたのだと思う。わしはそこで意識を失って、気が付いた時は王城の医務室に横たわっていた。
医者の説明によるとどうやら十日近くも眠ってしまっていたらしい。隣のベッドではクレイアが既に起きていて、ぼおっと天井を見ていた。
クレイア「魔法の神経が焼き切れちゃったらしいです。魔法使いは廃業ですね」
彼女の第一声がそれだった。一瞬わしのことかと思ったが、すぐに感覚がそれを否定する。
グローテ「……」
わしは何も言えなかった。そうして、わしの目覚めを聞きつけたのであろう大臣がやってきて、車椅子にわしらを乗せ、謁見の間へと運んだのだった。
69 :
◆yufVJNsZ3s :2013/04/10(水) 00:30:37.97 ID:POBAn3Ep0
国王「ごくろうだった」
それが本心か疑うほどに彼のことを信頼していないわけではなかった。ありがたく受けて、しかし社交辞令も面倒だ、こちらから本題に入った。
グローテ「今回の一連の騒動についてですが」
真実と虚偽が七:三の顛末を話す。四天王にわしらが勝利を収めたことに王はーー側近のものもみな驚いていたようだが、誰も口には出さない。わしらがここでこうしていることがその証左だと思っている。
一通り説明し終わって、王が「ふむ」と一息ついた。わしは王に言葉を紡ぐ隙を与えない。
グローテ「しかし、魔王が生まれました。四天王の撃破はなりましたが、申し訳ございません、魔王だけは逃がしてしまい……」
国王「いや、いや、仕方がない。そなたらにそこまで頼むわけにはいかない。寧ろ褒美をいくらやっても足りないくらいだろう」
グローテ「隣国との状況は?」
国王「有耶無耶に終わった。両軍ともに被害甚大。すぐさま体勢を立て直し、打って出るつもりではあるが」
70 :
◆yufVJNsZ3s :2013/04/10(水) 00:31:04.76 ID:POBAn3Ep0
グローテ「お言葉ですが、王。どうやら魔王は今までいなかったようなのです。魔王が新たに座したとなれば、魔物の動きも活発になります。それこそ戦争どころではないかもしれません」
国王「……」
国王はこちらをじっと見ていた。思考を巡らせているのだとはわかっているが、疑われているのではないかとちらりとでも思ってしまう。
いや、そんなことはない。九尾の存在もアルスの存在も悟られるはずはない。
国王「わからないことに対して予算と資源を大きくは割けない」
王は短くそう言った。
反論しようとして言葉を飲み込む。現実主義者の発言であった、それは。しかし気持ちはわかるのだ。眼に見えない脅威よりも、眼に見える脅威の威圧のほうが、特に民にとってはより身を焦がす。
王らしい返答であった。そして期待していた答えでもあった。
その言葉を待っていたのだ。
グローテ「でしたら」
三人で話したもう一つ。第二の矢。今後の世界の行く末。終着点。
それを誘導してみせる。
グローテ「皆の力を借りましょう」
71 :
◆yufVJNsZ3s :2013/04/10(水) 00:31:37.07 ID:POBAn3Ep0
旅人構想ーーもしくは、勇者構想。
軍はなるべく小回りの利くようにして、他国への牽制に用いる。そして魔物の脅威に対しては民間の武芸者を旅人とし、促進、援助する仕組みを作る。
宿屋はなるべく安価で止まれるようにし、村々への立ち入りについても関所をなるべく減らすよう努め、未開の地をできる限り減らしていこうという構想である。
この目的は大きく二つあった。一つは他国、特に隣国に対しての、新しい提案を生む目的である。共通の敵を掲げることは停戦を齎す。恐らく激増するであろう魔物被害とともに、他国もこれに乗らざるを得ないだろう。
そしてもう一つ。
グローテ「わしは無論、この構想の成立に尽力するつもりでございます。そして、うまくいった暁には、旅人として魔王を倒してまいります」
そう、わしがーーわしと九尾が少しでも動きやすくなるように。これが第二の目的だ。
実を言えばすぐさま出発してもよかったのだが、重要なのは魔王を倒す仕組みを残していくことである。また、わしらが万が一途中で力尽きたときの保険という意味合いも含まれている。
結論から言えば、王は快い返事をくれた。そうしてわしは勇者構想の責任者となって指揮を執り、二年、システムの構築のために奔走したのだ。
72 :
◆yufVJNsZ3s :2013/04/10(水) 00:32:06.77 ID:POBAn3Ep0
グローテ「長かった」
九尾「ばか。待つこちらの身にもなれ」
グローテ「それでも待っていてくれたのじゃろ。すまんなぁ」
九尾「既に契約は交わしていたからな」
九尾はそっぽを向いた。照れているのか、不満なのか、こちらから窺い知ることはできない。
酒場にはものの数分で着いた。人の声は聞こえない。まぁ昼間から酒を飲むやからも少ないか。今日は天気もいいし、それこそ大豆畑に男たちは出てしまっているだろうから。
マホガニーの扉を開くと、来客を知らせる鈴が鳴った。こじんまりとした店、そのカウンターの奥から、主人であろう口髭の男が手を拭きながらやってくる。
グローテ「やってるかの」
主人「えぇ、うちは食堂も兼ねてますから」
四十名ほど入る店内には、わしらのほかには隅っこで黙々と酒を飲んでいる二人組と、ステーキの肉汁にパンを浸しながら味わう少年の三人しかいない。雑多と聞いていたがタイミングが良かった。
73 :
◆yufVJNsZ3s :2013/04/10(水) 00:35:43.28 ID:POBAn3Ep0
グローテ「この村では大豆がとれると聞いたが、何かいい料理はないか?」
主人「軽食、デザート、いろいろありますが」
グローテ「軽食でよい」
主人「でしたらすぐできるのがあります。お孫さんもそれでよかったですか?」
九尾「孫ではーーむぐっ」
グローテ「あぁ、うむ、同じものをこいつにも」
九尾「ぷはっーー何をするのだ」
グローテ「騒ぎを起こすな。自然に見られているということだ。問題あるまい」
九尾「それとこれとは別だ。癪に障る」
グローテ「これからも行く先々で問題を起こし続けるつもりか?」
九尾「大丈夫だ、うまくやる。目撃者などださん」
グローテ「そういうことではない」
九尾「わかっている、わかっているぞ。が、しかし、九尾にも魔族の矜持がある。人間どもと一緒にしてもらいたくないのだよ」
九尾「貴様とて蟻と同じ扱いをされたくないだろう?」
74 :
◆yufVJNsZ3s :2013/04/10(水) 00:36:29.37 ID:POBAn3Ep0
グローテ「気持ちはわかる。しかし、お前の目的はアルスだろう。ここで騒ぎを起こせば、それは遠ざかるぞ」
九尾は僅かに視線を逸らし、舌打ちをした。
九尾「あぁ、もう、まったく、人間という生き物はどいつもこいつも、どうして、こう、節穴ばかりなんだ」
噛み締めるように九尾は呟く。どうやら本格的に機嫌を損ねてしまったようだ。ぎりぎりと音がすると思えば、木製のテーブルに爪の跡が五本、きれいについている。
グローテ(なんとか落ち着いてもらわんとな)
怒っているのは空腹だからだ、なんて、そんなうまい話があるわけもないが。そう思いながらもわしは店主に注文をした。
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75 :
◆yufVJNsZ3s :2013/04/10(水) 00:36:56.08 ID:POBAn3Ep0
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九尾「最高の気分だ!」
叫んで、九尾は最後の一つを口に放り込むと、咀嚼をしながら皿を突き出した。わしはそれを無言のままに受け取ってカウンターの主人に頼む。
グローテ「稲荷寿司、もう一つ」
九尾「いやぁうまいな! 人間も少しは認めてやらねばならんか!」
グローテ「口に物をいれたまま喋るな」
九尾「何を言うか老婆。言葉以外でこのうまさを表現できるものかよ! 店主、礼を言おうぞ!」
店主はにこやかな笑みを崩さなかった。これも一種のポーカーフェイスと言おうか。
新たな皿がやってくる。九尾は山盛りに乗ったそれをぽいぽいぽいぽい、まるでお手玉のように口へと放り込んでいく。
わしはなんとか平静を保つので精いっぱいだ。これが、こんな食べ物で、それこそ子供のように喜ぶ魔族なんて……わしがこれまで戦ってきたのは何だったのだ。
四天王序列一位、傾国の妖狐・九尾の狐。
ちょろい。
76 :
◆yufVJNsZ3s :2013/04/10(水) 00:37:25.48 ID:POBAn3Ep0
九尾「何がうまいってこの米を包む大豆の衣よ! なんというんだったか、そう、『アブラーゲ』とかいったか!」
九尾「甘く、しょっぱいこれが大豆とはーーいや、中の米も単なる白米ではない。僅かに酸味があって……そして刻んだ生姜が入っている! この歯ごたえと風味が得も言われぬハーモニーを!」
九尾「おかわり!」
グローテ「おい、九尾。うまいのはわかったが食べ過ぎるな。首が回らなくなる」
九尾「なに、金なぞその辺の賞金首の頭を数個、ぽぽんと衛所に放り込んでやれば問題なかろう!」
だめだ、まったくちょろすぎる。前が見えなくなっている。
??「あの!」
と、そのとき、低い位置から声が聞こえた。
見れば小さな女の子がこちらに向いていた。服の裾をぎゅっと握りしめて……恐らくは九尾が近寄りがたかったのだと思うが。
77 :
◆yufVJNsZ3s :2013/04/10(水) 00:37:52.82 ID:POBAn3Ep0
九尾「なんだ、童。九尾は、おっと、フォックス・ナインテイルズは忙しい。あとにしてくれ」
女の子「おばあさんたち、強いんですか? だったら、あの、お願いが、あるんですけど」
女の子の無視に九尾は僅かに顔を顰めた。
女の子は、おおよそ十二、三といったところだろう。外見年齢は九尾と同じくらいだが、尊大な九尾におずおずとしているのを見ると、引っ込み思案なのかもしれない。
いや、これが普通なのか。旅人生活が長かったもので、どうにも普通の感覚というものを忘れがちだ。特に子供心なんて。
孫がいれば……いや、やめよう。センチメンタリズムはいらない。
女の子「宿屋のおばさんと話してるの、聞いちゃって。フォックス・ナインテイルズとグローテ・マギカ。強くて、助けてくれる、ヒーローだって」
九尾「そんなつもりじゃあない」
そっけなく九尾は言った。確かにそんなつもりではない。博愛精神よりももっと打算的で、血なまぐさいものだった。
賞金首を探していたら出くわしたり、森を突っ切った際に出遭ったり。
……九尾の餌のついでであったり。
78 :
◆yufVJNsZ3s :2013/04/10(水) 00:38:24.80 ID:POBAn3Ep0
しかし、過程はともかく、結果だけを見れば随分と多くの人を助けてきた。それでもまさかそんな噂になっているとは……。
グローテ「もうそろ偽名を使わねばならなくなってきたか」
人を助けることに否やはないが、目立ちすぎるのは困り者だ。何せこちらは九尾を擁している。正体がばれれば厄介どころの話ではない。
九尾は問答無用で押して参るだろう。それがまた困るのである。
九尾「九尾は偽名の偽名になる。あほくさい」
九尾「大体老婆、お前は誰彼構わず助けすぎなんだよ。こっちの身にもなってみろ」
それを言われると弱い。人を助けることは九尾の目的ではない。彼女はあくまで共闘してくれているだけで、決してその価値観は共通ではない。寧ろ人間の敵に属している側ですらある。
だが、それでもなお、わしは誰かを助けたかった。アルスがああなってしまった今、もう彼に頼ることはできないのだから。
彼を口実に戦争を終結まで導けたことを、彼は喜ぶだろうか?
だなんて、まったく、この思考が恨めしい。
79 :
◆yufVJNsZ3s :2013/04/10(水) 00:41:14.94 ID:POBAn3Ep0
女の子「あの……」
女の子がしびれを切らして話しかけてくる。一層服の裾を掴む手に力を込めて、眼に涙すら溜めて、じっとこちらを見ていた。
九尾はちらりと横目でそれを見て、稲荷寿司の最後の一個を口に放り込んだ。咀嚼。
九尾「……」
女の子「……」
根競べに負けたのは九尾であった。
九尾「あぁもうわかったわかったわかったよ! キュウビは何も言わないさ! だからその目でこっちをみてくれるな」
その言葉を聞いて女の子はひまわりのような笑顔を浮かべた。
いやまて、わしは一言も助けるだなんて言っていないのだが……助けるけれど、助けるけれども!
子供に甘い顔をしているのだろうか? それとも単にポーカーフェイスが苦手なだけか。
80 :
◆yufVJNsZ3s :2013/04/10(水) 00:41:46.40 ID:POBAn3Ep0
九尾「まったくこのキュウビも落ちぶれたものだ……」
ぼやく九尾。いいことじゃないかとは言わなかった。流石にそれが彼女の望むところではないことくらいわかっているつもりだった。
グローテ「それで」
女の子へ水を向けると、ぽつりぽつり、噛み締めるように話し出す。
女の子「魔女を、倒してほしいんです……」
魔女。魔法使いではなく、魔女。ふむ。
聞かない言葉ではないが、珍しい単語だ。件の問題そのものがそう名乗っているのだろうか。
女の子「あいつは都への隧道付近に住家を構えていて、魔力を得るためならなんだってします。旅人や商人が何度も襲われて……」
女の子「魔物が増えてから大豆を都へ持っていくのにも一苦労なんです。肥料や水だってそうです。強い護衛の人を連れて行かないと、魔物に襲われてしまいます。けど、強い護衛の人を連れて行った時だけ、その魔女が……」
九尾の耳がピクリと動いた。眉を顰め、怪訝な、そして嫌そうな顔をする。
81 :
◆yufVJNsZ3s :2013/04/10(水) 00:42:20.91 ID:POBAn3Ep0
九尾「魔女と言ったな。身体的特徴を教えろ」
少女は質問の意図がわからないと表情で喋りながら応える。
女の子「……変な髪の毛をしてます。白い髪の毛に、赤いブチがまだらにあって」
九尾「ふむ。もうけっこう。わかった」
頷いて、溜息。やはり九尾は何かを知っているようだ。
グローテ「キュウビ、何か知ってるのか」
九尾「多少はな。誤解を恐れずに言えば、旧知の仲というやつだ」
グローテ「魔族か」
九尾の旧知と言えばそうだろう。
九尾「魔の者ではある。が、魔族ではない」
九尾「元は人間よ。図抜けた魔力の持ち主だった。禁忌を侵して、人を辞めた。人ならざる者の領分に足を突っ込んで、あろうことかそこに永住してしまった」
82 :
◆yufVJNsZ3s :2013/04/10(水) 00:42:47.27 ID:POBAn3Ep0
九尾「よく襲われたものだ。そのたび返り討ちにしたがな」
九尾に喧嘩を売るなど並みの度胸と実力ではできないだろうし、何度もということは、そのたびに生きて帰ったということだ。それは猶更生半可な実力ではない。
体が震えた。わしは自らの実力を過信してこそいないが、信頼は寄せている。しかしその『魔女』とやらは、どうやらわしよりも強いのではないだろうか。
グローテ「どんなやつなのじゃ」
九尾「なに、ただの魔力狂だ。乱痴気ヴァネッサ。ヴァネッサ・ウィルネィス。マジックアイテムの収集家でもある」
こともなげに言う九尾。
九尾「あいつにしてみれば、九尾たちは絶好の餌だろうな。探すまでもない、あちらから来てくれる」
グローテ「妙に乗り気じゃな」
九尾「ふん。単なる気まぐれだ。言質もとられたしな」
83 :
◆yufVJNsZ3s :2013/04/10(水) 00:43:24.95 ID:POBAn3Ep0
女の子「あの、それで、お礼なんですけど……」
女の子「わたし、お金なくて、お小遣い溜めて、それでも全然なくて……」
殊勝なことだった。別にわしらは用心棒でも傭兵でもない。もらえるものはもらっておく主義だが、しかし、こんな子供から金をもらうのも気が引ける。
と、ことんと音を立てて、白い皿がテーブルに出された。上には山盛りの稲荷寿司が乗っている。
店主「……」
黙って去っていく。
もしかして、いくらでも食べろと、そういうことか?
女の子「だ、だめです! 悪いです!」
店主「……」
店主はにこりと笑った。町のことだから、嬢ちゃんだけには苦労を掛けさせないよと、言っているように思えた。
九尾は山盛りの稲荷寿司、そのてっぺんの一つをつまんで、口の中へ入れる。
九尾「足りんな。あと五皿はもらわないとーー腹が減っては戦もできん」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
88 :
◆yufVJNsZ3s :2013/04/13(土) 12:45:02.29 ID:9bMafhLO0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
五皿をぺろりと平らげて、九尾は満足げに酒場を後にした。街道を歩くわしらの前では女の子がこちらをちらちら見やりながら歩いている。
道案内を申し出た彼女を断るはずもなかった。何せ異郷の地だ。先導者がいるに越したことはない。しかし問題は、このあと起こるであろう戦闘に、女の子を巻き込んでしまわないかということ。
魔女がどれほどの手練れかはわからないが、実力者ではあるだろう。わしの防御魔法で守り切れるか。
町の守衛に挨拶をする。守衛が心配して女の子に声をかけるが、事情を説明すると守衛ははっとした顔をしてこちらを一瞥したのち、敬礼して見送ってくれる。
……やれやれ、知らず知らずのうちに噂ばかりが独り歩きしているんじゃないか?
九尾「はっ、九尾たちにも箔がついたものだな」
グローテ「偽名を使えと」
九尾「こんなに有名になっては寧ろ偽名を使うほうが面倒くさいわ。どうせ誰も九尾が四天王だとは思わんだろう」
確かに、こんな矮躯の持ち主が四天王だと誰も思わない。まるで詐欺だ。
89 :
◆yufVJNsZ3s :2013/04/13(土) 12:45:33.84 ID:9bMafhLO0
グローテ「……好きにせい。とりあえず、次の町では名前を変えよう」
九尾「それがいいな。人目は嫌いだ」
と、ふと思ったことを聞いてみる。
グローテ「お前、人の名前、憶えられたんじゃな」
九尾「は?」
グローテ「魔女。乱痴気ヴァネッサ……ヴァネッサ・ウィルネィス? お前、わしの名前も覚えとらんじゃろ」
九尾「人はどいつもこいつも同じに見える。でっかいか、ちっさいか、男か、女か、それくらいだな」
九尾「魔女は、まぁ見てくれがな。白髪に赤いぶちだ。自然と印象にも残るさ」
九尾「老婆、お前だって、緑色の犬がいたら流石に区別はつくだろうよ」
蟻の次は犬か。まぁ九尾にとってはしょうがないのかもしれない。実力があまりに違いすぎるのだから。
90 :
◆yufVJNsZ3s :2013/04/13(土) 12:46:14.72 ID:9bMafhLO0
既に山道を歩いているわしらであった。とはいっても険しくはない。林の中の坂といった具合である。勾配もそれほど急ではないが、老体には堪える。身体強化の魔法をそっとかけた。
女の子「まっすぐ行くと林の中に隧道があります。商隊が都までの近道で使うんです」
木々が光を遮るが、鬱蒼という感じでもない。行楽に最適な近所の山、そんな雰囲気が漂うばかりで、決して人外の住処があるようには思えなかった。
ざあぁっと風が吹いた。生ぬるい風だった。
特筆すべきはその臭い。
九尾は鼻をひくつかせ、乾いた笑いを零す。
九尾「臭うぞ。あいつめ、どれだけ魔力を貯めこんだんだか。ここまで漏れてきている」
これは確かに人外の臭い。
どぶ臭くて、粘っこい、怖気の走る臭いだ。
ざざざ、ざざざざざ。
木々が揺れる。葉が揺れる。
わしら三人を中心として、明らかに異様な風がぐるぐると回っている!
女の子は恐怖で動けていない。いつでも防御魔法を展開できるように符を準備し、わしと九尾は周囲へとにらみを利かせる。
91 :
◆yufVJNsZ3s :2013/04/13(土) 12:47:03.46 ID:9bMafhLO0
風が止まった。
上空から何かが降ってくる。
いや、何か、だって? 決まってるではないか!
わしらはすぐさま反応する。九尾はイオナズンを、わしはメラゾーマを無詠唱で展開、即座に降ってくる『ソレ』に放った。
同時に片手で符を破り捨てる。内包されていた防御魔法が展開され、女の子を包む。
??「うんまそーっ!」
黒い何かが伸びてきた。
それの正体が黒いシルクの巻かれた両腕だと気付いた時には、既にメラゾーマとイオナズンはーーそう、爆発そのものであるイオナズンでさえもーーぐわし、と、
グローテ「掴んーーっ!?」
ぎらりと鋭い犬歯が見える。
魔法が二つ、血のように赤い口腔へと吸い込まれていく。
僅かに見えた口内は、まるで髪の毛のようであった。赤と白。鮮烈なくらいのそれが目にまぶしい。
咀嚼、そして嚥下。
さらには落下。
92 :
◆yufVJNsZ3s :2013/04/13(土) 12:48:34.39 ID:9bMafhLO0
九尾の背中に覆いかぶさるように一人の女性が倒れていた。体格から見れば年齢は二十代の後半、立派な成人女性のそれだ。しかし忘れるなかれ、こいつは魔女。何百年生きているかわかったものではない。
白い髪の毛は腰まであり、赤いまだらが全体に点々と滴っている。その紅白のコントラストが一層人並み外れた感を演出し、わしはすぐさま理解した。
グローテ(こいつはイカれてるっ!)
根拠などはどこにもない。乱痴気ヴァネッサ。なぜ彼女がそう呼ばれているのかをわしは知らない。知らないがーーわかる。
確かにこいつは、乱痴気に違いない!
ヴァネッサ「九尾!」
ヴァネッサ「九尾九尾九尾ッ! 会いたかったよぅっ! 久しぶりだねぇいつぶりかなぁ!」
涎すら垂らしながら、ヴァネッサが九尾の頭に手をやる。金色の稲穂のような髪の毛。九尾は髪越しに敵を睨みつけている。
既に九尾も臨戦態勢だ。獣の尾と耳を隠すことすら止めて、全身に魔力を迸らせている。
無論置いてけぼりを食らうわしではなかった。人差し指を目の前の紅白に向けて、言葉をかけるより先に火炎弾を放つ。