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勇者「王様が魔王との戦争の準備をしている?」
Part40


26 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/20(水) 01:54:48.13 ID:3mmpyc380
 九尾の頭部、狐の耳がピクリと動いた。
グローテ「残り三本の尾で、魔王と化したアルスに、勝ちきれるか? 念には念を入れて、損はあるまい」
 半ば挑発だ。しかし事実でもある。消耗した九尾が、デュラハンすら容易く御して見せたアルス相手に、楽勝できるとは思えなかった。
 よくて辛勝、悪くて相討ち、最悪……殺される。
九尾「……九尾が人を喰うのは、貴様らには腹に耐えかねよう?」
グローテ「それくらい、我慢するさぁ」
九尾「おっーー!」
 九尾はそれから先を飲み込んだ。言いかけたのは、「お前ら、言っていることが違うぞ」とか、そんなあたりだろうか。
 そりゃそうだ。九尾とのこの戦いも、九尾の人食いを阻止することが旗印だったのだ。それを下ろしたつもりはないし、下すつもりも毛頭ない。が、しかし。
グローテ「お前を生かすことで何十人、何百人死ぬかわからんが……アルスのほうが、もっと恐ろしい」

27 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/20(水) 01:55:31.89 ID:3mmpyc380
 九尾は寧ろお前のほうが恐ろしいのだという眼でこちらを見た。そして、それは多分に侮蔑が含まれている眼の色だった。
 小さく九尾の唇が動く。悪魔め、と、そう言った気がした。
 その通りじゃよ、九尾。
九尾「今すぐ乗った、というわけには、当然いかぬよ。ただ……ふん。九尾もさすがに疲れたわ。その停戦協定、ここは呑もうぞ」
 言質を取った。恐らく九尾は自尊心の高さゆえに、そうやすやす翻言しまい。これでひとまずは負け戦を引き分けに持ち込めたと、そうなる。
 しかし、確かに、九尾も言ったが、
 ……疲れた。
 わしは目を閉じる。
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28 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/20(水) 01:55:59.64 ID:3mmpyc380
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 こんな話を聞いたことがあるか?
 ……なに、大した話じゃあない。それなりに有名で、それなりにありがちな話だ。英雄の噂話。
 まぁ英雄って言ったって、名のある伝説のなんちゃら、とか言うわけじゃないさ。ただ、滅茶苦茶強くて、人助けが趣味の二人組。そういうのが出る……いる? んだってさ。
 結構あるんだ。鬼神に襲われていたのを助けてくれただとか、暴れ牛鳥の群れを追い返しただとか、そうそう、ドラゴン退治ってのもあったな。……いいじゃねぇか、こういうのは眉に唾つけて聞くくらいがちょうどいいんだよ。
 そう、二人組でだよ。軍隊が出るような案件を、たった二人でだぜ? しかも女らしい。あぁ、女なんだよ! どっちも!
 胡散臭くはあるけど、だから眉に唾つけとけって言ってるんだよ。どうせ酒の肴なんだからよ。
「いるよ!」
「だって俺、助けてもらったもん!」

29 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/20(水) 01:56:28.79 ID:3mmpyc380
「こないだ森で遊んでたら、迷って、そしたらキラーエイプが出てきて!」
「女の人、二人組が倒してくれたんだ!」
「本当なんだよ! 本当に本当なんだってば!」
 わかったわかった。わかったよ坊主。
 あん? 名前?
「ケンゴ・カワシマだよ!」
 坊主にゃ聞いてねぇんだよなぁ。
 あー、それで、名前? なんつったっけなぁ。いや、いま考えるわけじゃねぇよ。英雄は名乗らず去る、そういうもんだろ。
 ……あ、待て待て、思い出した。いやだから考えてないって。作ってねぇって。
 そいつらの名前な。
 確か、グローテ・マギカとフォックス・ナインテイルズって言ったはずだぜ。
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36 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/28(木) 14:32:16.35 ID:+NAXhYMi0
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 歩き通しで足が棒のようだ。乳酸の溜まった腿が、脹脛が、硬く張っている。とはいえ休むことはできない。休んでしまえば、それこそ歩きだすことはできなくなるだろう。
 惰性でなんとか歩くしかない。誰もがそれをわかっているから、パーティの一人として「休もう」と言い出すことはない。
 俺のミスだ。こんなに魔物が増えているとは思わなかった。夜明けとともに森に入って、どんなに遅くとも日没までには抜け切れると思っていたのだ。
 それがどうだろう。戦いに戦いを続け、道に迷い、最早現在地点も定かではない。盗賊が鷹の目で調べたところによれば、どうやら森の中腹であることは間違いないようなのだけど……。
 中腹。その事実がどっしりと圧し掛かってくる。このままでは森の中で夜を明かすことになる。
 魔物の多い森の中で? それはあまりにも恐ろしいことだ。
 俺の前を歩く魔法使いの体が、ふらっと横に倒れた。
 思わずその体を抱きとめるーーあまりにも軽いその体。

37 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/28(木) 14:35:31.57 ID:+NAXhYMi0
魔法使い「あぁ、悪いねぇ、戦士。はは、研究ばっかりしているこの身には、ちょっとばかりきつかったかな」
戦士「ばか! お前、熱あるじゃねぇか!」
 魔法使いの腕が熱を帯びている。暗くてわからなかったが、表情はおぼろげで、意識がはっきりとしていないようだった。
戦士「僧侶!」
僧侶「は、はい!」
 治癒魔法をかける。が、僧侶にも魔力は残っていない。懸命に何とかしようとするも、逆に彼女が倒れそうな雰囲気だ。
盗賊「戦士、ここは一度キャンプを張ろう。どの道今晩のうちには抜けられない」
 俺は二人に視線を向け、うなずいた。そうするしかないだろう。
盗賊「おれは薪を集めてくるよ。お前は二人を守ってやれ」

38 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/28(木) 14:37:15.21 ID:+NAXhYMi0
戦士「……一人で大丈夫か」
盗賊「なに、逃げ足の速さには自信があるさ。それに、お前らには恩がある。黴臭い牢屋から出してもらった礼だと思ってくれ」
 どくいもむし、キャットフライ、おおめだま……出てくる魔物はそれほど強くないが、数が膨大だった。心配ではある。が、確かに二人を残していくわけにも、いかない。
 サムズアップで答えた。盗賊も返してくる。
戦士「僧侶も休め。いざという時に動けなかったら意味がない」
僧侶「わかって、ます。大丈夫です」
 全然大丈夫なようには見えなかった。
戦士「とにかく喋るな」
魔法使い「わたしも、鍛えとく、べきだったかな?」
戦士「お前もだ」

39 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/28(木) 14:38:34.96 ID:+NAXhYMi0
 そうするうちに盗賊が返ってきた。想像以上に早い戻りだ……そう思ってみると、彼の腕には薪が抱えられていない。どういうことだ?
戦士「何があった」
 魔物でも出たか。いや、盗賊の表情は決して切羽詰まったものではない。寧ろ朗報のようだった。
盗賊「民家を見つけた。って言っても、小屋だけどな。軒先でもいいから貸してもらえるよう交渉してみようぜ」
 民家? こんな魔物の出る山奥に?
戦士「……鬼婆じゃあないだろうな」
 脳内でしゃありしゃありと包丁を研ぐ鬼婆の姿が想像された。
 盗賊は肩を竦めて、
盗賊「さあな。一般人じゃあ、ないだろう。鬼が出るか蛇が出るか……」
戦士「前向きに考えれば、魔物にも手こずらないほどの手練か」
盗賊「このままじゃあ明日の朝を迎えられるかもわからん。ダメもとで行く価値はあると思うぜ」
戦士「……」

40 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/28(木) 14:39:31.61 ID:+NAXhYMi0
盗賊「どうする。リーダーはお前だ。おれはお前に従うだけさ」
 魔法使いと僧侶をうかがった。彼女らはこちらの話が聞こえていないのか、うつらうつらとしている。やはりだいぶ疲労が蓄積しているのだろう。
 次の朝日を拝めないかもしれないのはわかっていた。盗賊の言うことはもっともだ。
 俺は僧侶と魔法使いを、そして盗賊を旅に連れ出した身として、三人の命を最大限守る義務がある。
戦士「よし、行ってみよう」
盗賊「わかった。すぐに場所に案内する」
 俺と盗賊はそれぞれ魔法使いと僧侶をおぶり、件の民家へと足を運んだ。
 なるほど、確かに民家というよりは小屋だ。炭焼き小屋に近いものがある。
 木造二階建て。電気は通っているようで、窓から明かりがもれている。
 中に人の気配。会話が聞こえる。一人ではないのか?
 一息に吐き出し、扉をノックする。
戦士「す、すいませーん!」
戦士「俺、あ、私たちは旅のものです! 道に迷ってしまいまして、どうか軒先だけでも貸していただけないでしょうか!」

41 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/28(木) 14:41:37.74 ID:+NAXhYMi0
 扉の向こうから聞こえていた会話がピタリと止まった。そのまま数秒の沈黙を挟んで、扉がぎしりと、蝶番を軋ませながら開く。
 男だった。目つきの悪い、表情の暗い、厭世的な雰囲気の。年齢は二十代の半ばか? それにしては身のこなしが只者ではないように思えて、実年齢の把握が困難だ。
 粗末な服を着て、男はこちらを値踏みするように眺めまわす。
男「……四人か」
戦士「あ、はい」
男「旅のものと聞いたが」
戦士「はい、私たちはーー」
男「いや、いい。その先は言うな」
 男はふと眼をつむった。何かに思いを馳せているのか、わずかに口元が緩んだようにも見える。それもすぐに苦虫を噛み潰した表情になったが。
 そうして踵を返す。こちらを振り返って、
男「軒先と言わず、部屋を貸そう。ろくな部屋じゃあないが」

42 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/28(木) 14:44:36.39 ID:+NAXhYMi0
戦士「本当ですか! えぇ、えぇ、全然かまいません!」
 まさか、だった。鬼婆なのか? いや、超人的な雰囲気はあるが、魔族でも魔物でもないと、俺の直感が言っている。
男「ただ、こちらのことには詮索しないでほしい。こちらも、そちらのことは聞きたくはない」
 ただ泊めてくれるだけ、ということだ。だが、それでも出来すぎである。警戒をするに越したことはないかもしれないが、渡りに船とはこのことだ。
 俺たち四人はおっかなびっくり小屋へと足を踏み入れる。
 たたきには靴が三つ並んでいて、そのうち二つが女物。大きく一部屋あって、手洗いと台所につながっているのだろう、扉が二つあった。
 大きな一部屋ーー居間の中央には囲炉裏がある。季節がら灰だけで、灯は点っていない。
 あまりものはない。本棚が一つあるきりで、作業机も、映像/音声受信機もない。天井からランプがぶら下がっているのが印象的だった。
 隅には二階へ上がる階段。会話の相手は二階にいるのだろうか?

43 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/28(木) 14:47:43.55 ID:+NAXhYMi0
男「二階に行ってくれ。二部屋あるが、手前の部屋だ。奥の部屋は……娘、たちの部屋だから、入らないでほしい」
戦士「娘」
 思わず鸚鵡返しに尋ねてしまった。父一人、娘二人で、こんな森の中なにをしているのだろうという疑問は当然浮かぶ。が、先程詮索しないでくれと言われたばかりだ。
 と、そのとき、どたどたと階段を勢いよく降りる音が響いた。そのたびに壁が軋む。相当な安普請らしい。
 現れたのは二人の少女。
 一人は大人しそうな少女だった。三白眼で、褐色の肌。それと対照的な白い髪の毛をポニーテールにしている。口元はきつく結ばれていて、こちらを窺うように視線をやっている。年齢は十代後半くらい。
 もう一人は活発そうな少女だった。くりくりとした目に、卵のような肌。赤茶色の髪の毛はショートボブ。何が楽しいのか口を半月にして、きらきらした瞳でこちらを見ている。こちらの年齢は十代半ばだろう。

44 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/28(木) 14:51:50.32 ID:+NAXhYMi0
 娘?
 思わず首を振りかけた。この似ても似つかない、寧ろ鏡映しのように対照的な姉妹が、そして父親とも似ていない娘が、果たして真っ当な家族であるわけがない。そもそも年齢の計算も合わない。
 だが、そうだ、詮索はしないのだ。旅先で出会った人々に必要以上に入れ込みすぎる必要はない。俺だってわかっている。
 俺たちの目的は旅行などではないのだから。
活発そうな娘「あー! おじさんたち、誰!?」
大人しそうな娘「……誰?」
男「お前らは黙ってなさい」
男「うるさくて済まない。娘だ」
活発そうな娘「トールだよ!」
大人しそうな娘「……インドラ」
 二人は名乗って、男に急かされるように二階へと戻って行った。
 男の視線が「詮索するなよ」と訴えている。俺たちはそれに応えるべく、足早に二階へと上った。

45 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/28(木) 15:00:52.13 ID:+NAXhYMi0
 二階、手前の部屋。そこは確かに男の言うとおりろくな部屋ではなかった。せまいし、汚いし、じめっとしている。虫も出そうだ。いや、これは出るな。
 文句は言えないし、言うつもりもない。横になれるだけでどれだけ幸せなことか!
 部屋についてラグを敷き、そこへ魔法使いと僧侶を寝かせてやる。二人はすやすやと寝息を立てていたが、時折痛みに顔を顰めていた。
盗賊「ま、戦いっぱなしだったもんな」
 森に入ってからだけでなく、旅に出てからの半年間、確かにそうだ。
戦士「俺は、たまに後悔することがあるよ。こいつらは街で適当に過ごして、適当に旦那をもらって、適当に幸せに生きていればよかったんじゃないかって」
戦士「俺が連れ出したりなんかしなければ、ってさ」
盗賊「はっ、今更だな」
 俺の心配を吹き飛ばすように、努めて明るく盗賊は笑ってくれた。
戦士「あぁ、今更なんだ」

46 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/28(木) 15:01:42.11 ID:+NAXhYMi0
盗賊「世界は変わった。システムも変わった。軍隊に任せて世界が平和になるのを待つなんて時代じゃ、もうねぇんだよ」
盗賊「それに、そういうタイプでも、あいつらはないしな」
 数百人が、数千人が、一度にずらりと並んで殺しあう戦いはもう終わりを告げた。敵はすでに人間ではなくなっている。
 ならば自警団でもとも思ったが、そういうことではないのだ、きっと。
戦士「小さな街で平穏に生きることをよしとするタマじゃあなかったか」
盗賊「そういうことだ」
 戦争が終わって数年が経った。魔物は増え、軍隊では対処しきれない。あいつらは神出鬼没で、気がつけばその辺に現れてしまうのだから。
 国王の判断は迅速だった。すぐに周辺諸国と和睦を結び、軍隊を解散させた。そして軍隊を各地に散らしたうえで、各都市・街・村の自治権を拡大、自衛の体勢を強化するように通達を出したのだ。
 王国は小都市の集団から成立する都市国家へとその性質を変えつつある。

47 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/28(木) 15:03:54.27 ID:+NAXhYMi0
 ならば、その根源たる魔王はどうするのか。専守防衛だけではジリ貧。
 ……そのために、冒険者がいる。
 何も魔王を倒すことが目的である必要はない。未開地の開拓、魔物の討伐、移住地の確保、冒険者に課せられた役割と期待は様々だ。
 兵士を盾とするならば、俺たち冒険者は、旅人は、国にとっての矛というわけである。
 あまりにも急激な変化に当初こそ人々は戸惑っていたが、いまでは新たなシステムにも慣れ、そこそこ安定した供給はなされている。
盗賊「……寝るか」
戦士「そうだな」
 さすがに俺たちも、疲れた。
 剣を握ったまま、俺は壁を背もたれにして、意識を闇へと近づけていく。

48 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/28(木) 15:21:56.65 ID:+NAXhYMi0
 雀の鳴き声で目が覚めた。
 隣では三人が寝息を立てている。魔法使いが僧侶の胸を揉んでいて、僧侶はそれを引きはがそうとしていた。本当に眠っているんだろうか? こいつは。
 盗賊は腹を出して、ぼりぼりと掻いている。こいつもこいつで自由なやつめ。
 どうやら無事に朝は迎えられたようだ。が、あまり長居もできない。俺たちの旅路は先が長く、それを抜きにしても、あの男と娘たちに悪かろう。
 俺は三人を叩き起こす。魔法使いはまだ熱があるようで、少しばかり辛そうにしていたものの、魔力の回復した僧侶に治癒魔法をかけてもらっているうちに状態はよくなったようだった。
戦士「あの、すいません」
 おっかなびっくりと階下へと行き、座禅を組んでいた男へと声をかける。
 男は反応こそすれ、声は出さなかった。こちらをじろりと見てくる。
戦士「ありがとうございました。このご恩は一生忘れません」
男「お世辞はいい。行くのか」
戦士「はい。なにがあるかわかりませんから」
男「そうか」

49 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/28(木) 15:22:52.77 ID:+NAXhYMi0
トール「なになに、もういっちゃうのー!?」
インドラ「トール、うるさい」
トール「なによっ、アタシのほうが普通なんだってば!」
 どたばたとモノクロ姉妹がやってくる。俺たちは苦笑しながら装備を確認し、その小屋を後にした。
 小屋の入口に手をかけて、もう一度お礼を言う。
戦士「ありがとうございました。部屋を貸してくれなければ、魔物に襲われていたかもしれないと思うと、何と言えばいいか」
男「別にいい」
戦士「最後にお名前を聞かせてくれませんか?」
男「聞かせるほどの名前じゃない」
戦士「……」
男「すまない」
戦士「いえ、いいです。私はダーカス・ソイロンと言いましてーー」
男「っ! それ以上をーー!」
 それまで表情に乏しかった男の顔が驚愕を形作る。
 一体どうしたって言うんだ?

50 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/28(木) 15:23:39.24 ID:+NAXhYMi0
戦士「ーー魔王討伐の旅をしてるんです」
男「ーー言うな!」

51 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/28(木) 15:25:07.39 ID:+NAXhYMi0
 光。
 が、俺の視界を焼いた。
 きらり、きらりと光る、光の矢。俺はそれを十五本まで数えて、あと数百単位でそれが顕現されたのを理解してから、数えるのをやめた。
 点が線となり、俺の体を穿つ。
 腕が、腹が、消し飛んでいく。
 背後を振り向く余裕はない。ただ、命がなくなっていく気配はあった。
 反射的に腰の剣を握る。同時に手首も吹き飛んで、俺は木の葉のようにバランスを崩した。
 地面が揺れる。高速で俺へと迫る物体。白い肌と黒い髪の毛の何かは、左手で巨大な戦鎚を握っていて、俺は、
 すっげぇ綺麗な装飾だなぁ。
だなんて、場違いなことを考えていた。
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52 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/28(木) 15:27:25.04 ID:+NAXhYMi0
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トール「ね、ねっ! 綺麗に殺せたよ! 褒めて褒めて!」
インドラ「……私も」
 俺、は、
 ……。
 溜息を何とか呑み込んで、ぎこちない笑顔でーーそれすらも出来たかどうかわからないけれどーー二人の頭を撫でてやった。
 二人は、喜ぶ。
 クルルとメイの顔と声と背格好をした化け物は。
 いや、化け物だなんて、俺が言うのはおこがましい。
 彼女たちを生み出したのは俺じゃないか。
 前々から思っていた。なんで魔物は動物で、もしくは不定形で、少なくとも人型をしていないのだろうと。なんで魔族は人型なのだろうと。
 皮肉なものだ。魔王になって初めてその意味がわかる。先代魔王よ。いや、歴代魔王よ。お前らは、きっと、

53 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/28(木) 15:28:49.77 ID:+NAXhYMi0
アルス「寂しかったんだな」
 人外になってもなお、人とつながりを持ちたかったのだ。
 人の形をした化け物になったからこそ、まだ自分は人だと思いたかった。
 だけど所詮は化け物だ。化け物は化け物としかつるめない。
 世界を救いたかった。戦争のない、争いのない、真っ当な世界にしたかった。
 俺が魔王になって、どうやら戦争は終わったらしい。国々は和睦を結び、狙いは俺の殺害にシフトしている。それは万歳だ。万々歳だ。俺の目標は果たされた。俺の夢はかなえられた。
 ……だけど、どうしてこんなに悲しいんだ。
 俺の犠牲なんてどうだっていいはずだったのに。
 わかってる。わかってるんだ。
 結局、俺は世界のために世界を平和にしたいのではなかった。所詮俺も人間だった。
 俺は、仲間のために世界を平和にしたかっただけなのだ。
 クルルも、メイも死んだ世界を平和にして、いったいどんな意味があるのだろう?

54 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/28(木) 15:30:32.13 ID:+NAXhYMi0
 なーんて。
 本当なら俺も死んでしまいたいのだけれど。
 トールも、インドラも、魔族である以上、衝動が存在する。彼女たちの衝動は奇しくも同じ衝動だった。俺は何も意図していないというのに。
 彼女たちの衝動は、庇護衝動。
 彼女たちは、何があっても俺を守る。
 それはすなわち、俺に敵対する全てを、完膚なきまでに殺すということだ。
 ゆえに俺は自殺ができない。そうでなければとっくに自殺しているものを。
 人目を避けて、避けて、避けて、避け続けてこんな森の中までやってきたのに、また人が死んでしまうのか。俺のせいで。俺は死にたくても死ねないというのに。二つの意味で。あぁ、そうだ、二つの障害があるんだ、畜生!
 だから、だれか、お願いだから。
 俺を殺してください。
 四人分の墓を「追加」しながら、小屋の裏手で俺は泣いた。
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61 : ◆yufVJNsZ3s :2013/04/10(水) 00:26:12.27 ID:POBAn3Ep0
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「グローテ・マギカとフォックス・ナインテイルズで」
 わしがそう言うと、受付の女性はふっくらとした手で鍵を渡してくれた。108号室。一階の一番隅。それなりに逗留する身としては、端の部屋は居心地の面でありがたかった。それとも、宿屋側が考慮してくれたのだろうか。
受付「宿屋を出る際は鍵をお戻しくださいね」
 手と同様にふっくらとした声だった。優しい声音だ。
受付「食事は各自お済ませください。お申し付けくだされば、一応、軽食程度ならこちらで用意もできますけど」
グローテ「いや、大丈夫じゃ」
受付「そうですか。よいお時間をお過ごしください」
 にこりと微笑む。わしも思わず微笑んだ。
グローテ「ここの特産品を食べてみたいと思うんじゃが、どこへ行けば食べられるかの」

62 : ◆yufVJNsZ3s :2013/04/10(水) 00:26:39.33 ID:POBAn3Ep0
受付「この地方は土地が肥えていますから、大抵の野菜はとれますね。特産といえば……大豆、でしょうか」
グローテ「大豆」
 鸚鵡返しに呟いた。大豆。旅路では節約の日々なので、寧ろ大豆は白米よりも主食に近い。あまり期待しないほうがよさそうだ、などと思っていると、
受付「中でも加工品の豊富さは随一で、きっと見たことないものがたくさんあると思います」
 ほほう。もしかしたら、多少期待できるのかもしれない。だなんて上から目線で考えてしまう。
 旅路の楽しみは人との出会いと食事である。嘗ての旅から理解していたことだが、最近はそれをよりひしひしと感じていた。
グローテ「で、それはどこに行けば?」
受付「どこでも、ですね。ただ、きちんとした料理となると、それなりに値が張ります」

63 : ◆yufVJNsZ3s :2013/04/10(水) 00:27:29.02 ID:POBAn3Ep0
受付「雑多が気にならないんでしたら、酒場が一番値段と種類のバランスがいいと思いますよ」
 きっと酒肴としてのそれが多いのだろう。
 わかった、ありがとう。そう言って、「わしら」は宿屋を後にする。
 背中に受付が声を投げかけてきた。
受付「お孫さんも、よい旅を」
 フォックス・ナインテイルズはーー九尾の狐は、むすっとした顔のまま、黙ってわしのあとをついてくるだけだった。
九尾「これだから人間は嫌なのだ!」
 開口一番九尾は叫んだ。
 わしは思わずぎょっとして、往来の人目を気にしてしまう。幸いにも人はいなかった。
 まだこの街には数日、もしくは数週間いるというのに、悪目立ちしては困る。