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勇者「王様が魔王との戦争の準備をしている?」
Part4


70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 23:13:53.76 ID:yFuxTM2h0
 恐らく、老婆の魔法は爆心地を最大として、距離が遠ざかるにつれて効果が減衰するのであろう。爆心地にいなかった兵士たちでさえ植物に吸い尽くされたのだ、少女がその被害を受けないなどどうして思えるだろうか。
 いや、待て。樹海とはいえ、右ひじから先?
 どうやら気絶をしているらしい少女をもう一度よく見る。
 彼女は、そうだ、鎚を持っていたのであった。
老婆「……そんな、心配な顔を、するでない。考えなしにやるわけなかろう」
 勇者は自らの顔を触ろうとして、両の腕が失われていたことに、ようやく気が付く。
 そんな顔をしていただろうか。もししていたらならばそれはきっと生まれつきだ。
老婆「ミョルニル。生命力の塊。これが勝算じゃよ」
狩人「勇者、この人、まだ息がある」
 勇者と対峙していた兵士であった。昨晩言葉を交わした兵士でもある。
 彼は肩から止めどなく血を流しつつも、呻きをあげて虚空をつかむ動作を繰り返していた。
 植物は藤が下半身から発生し、大きくとぐろを巻いて拘束されていたが、直ちには命に別状はなさそうだ。

71 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 23:15:26.12 ID:yFuxTM2h0
勇者「あー、それより悪い」
 勇者は自らの意識が薄れていくのを感じた。
 次に目を覚ましたとき、薄になっているのかもな、などと思いながら。
勇者「ちょっと一回死ぬわ」

72 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) :2012/07/12(木) 08:33:49.68 ID:gGSfHi93o
期待

73 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/12(木) 09:06:57.46 ID:WnvzWUdt0
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 勇者が目を覚ましたのは夕方であった。場所は依然として湖のほとり。
 なるべく早い蘇生で助かった、というのが現実である。後手後手に回ると何が起こるか予想も知れない。
 右手を握り、開く。まだ人間の体は保てているようだ。内面こそ定かでないけれど。
 傍らでは少女が昏々と眠り続けている。ラグを重ねた上に横になり、呼吸も浅く、早い。
 疲れがたまっているのだろう、と老婆は言った。
 魔法的なものだから、心配しないでくれ、とも。
 魔法的なものとはいったいどういうことか。聞こうとして、やめる。
 老婆と少女はともに旅をする仲間であるが、それ以上に他人でもあった。明確な壁がそこには存在する。
 いずれ二人のことを知るときが来るだろう。意図してのものか、意図せざるものかという差はあれど。

74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/12(木) 09:07:36.84 ID:WnvzWUdt0
狩人「やっと起きた」
勇者「悪いな。で、どうだ、こいつは」
 勇者、狩人、老婆の前では、兵士が木にくくりつけられている。
 生命吸収を受けてなお呼吸はあり、目立つ外傷は肩の裂傷、手と足の骨折くらいだ。
狩人「おばあさんの魔法で眠ってる。勇者か少女か、どっちかは起きてたほうがいいかなって」
老婆「起こすかえ? なら呪文を解くが」
勇者「そうだな、頼む」
 老婆が短く詠唱すると、光がさっと兵士を包み、溶けていく。
 ややあって目を覚ました兵士は、けれど大きな反応を示さなかった。自らの状況を理解しているらしい。
勇者「お前、昨日会ったやつだな。なんで俺たちを襲った。あの町はお前らのせいか」

75 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/12(木) 09:09:11.58 ID:WnvzWUdt0
兵士「それ、は……言えない……この紋章にーーッ!」
 僅かに血が舞った。
 兵士の右手の親指が、一本切り離されたのだ。
勇者「紋章と、指。どっちが大事だ?」
 兵士は目を見開いたが、嘲笑めいた笑みを浮かべ、そして自らの舌を噛み切った。
 血が噴き出し、息絶える。
勇者「国に殉じたか」
 少女は寝ていてよかったのかもしれなかった。
老婆「もうほかにすることもないじゃろ。王都へ行くか?」
勇者「そうだな……狩人は?」
狩人「勇者の言うとおりに」
老婆「ひゃひゃひゃ。それじゃ、行くぞえ」ヒュン

76 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/12(木) 09:18:33.94 ID:WnvzWUdt0
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 少女は自分の体が揺れている感覚に目を覚ました。
 思いのほか体が軽い……というよりも、宙に浮いているかのような。
 頭。
 が、目に飛び込んできた。
勇者「起きたか」
 そこでようやく、自分が勇者にーーあの斜に構えた腹の立つ男だ!ーー背負われていることに気が付く。
少女「なんであんたがアタシをおんぶしてんのよっ!」
勇者「ちょ、暴れるな!」
 なんとか少女を下ろして勇者は一息つく。どうやら彼女は、一人で立てる程度には回復したらしい。

77 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/12(木) 09:19:10.24 ID:WnvzWUdt0
少女「なに、なに、なんなの。なんでっ!?」
勇者「お前が倒れた。ばあさんと狩人は情報収集。俺は先にお前を運んで宿屋に向かう」
少女 (イラッ)バシーン!
勇者「ぐえっ!」
 力いっぱいに勇者の背中を叩くと、潰れたヒキガエルのような声が漏れる。
 あの鎚を振り回す膂力で叩いたのだ、下手をすれば骨だって折れてもおかしくないだろうに。
勇者「なにすんだ!」
少女「勝手にアタシの言いたいことを理解するんじゃない!」
勇者「違ってたか?」
少女「うるさいっ!」
 違わないから腹が立つのだ。

78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/12(木) 09:20:17.35 ID:WnvzWUdt0
 実に理不尽であるとわかっていても、勇者はそれ以上何も言わなかった。
 彼女は決して素直になれないわけではない。寧ろ、素直でありすぎるくらいだった。勇者への嫌悪感を隠しきれないくらいには。
 ただし、勇者のつま先からてっぺんまで、全てを嫌悪しているわけではない。先の戦いでも彼は彼女のことを助けようとしてくれた。四人の中で一番弱い彼が、である。
 そのことは嬉しさを感じることこそあれ、嫌悪の対象ではない。
 乗りかかった船、不本意だがともに魔王を討伐する仲間なのだ、できうる限り仲良くしたいとは彼女もまた思っている。しかし、勇者の厭世観ーー世の中を斜に見て、命を蔑ろにする姿勢はどうしても好きになれない。
 わかっているのだ。自動蘇生の加護など聞こえはいいが、所詮運命の傀儡にすぎない。自らの命運を運命に翻弄され続けていては、あぁなるのも無理はなかろう。
 一体彼が何人の身近な存在の死を見てきたのか、彼女はそれを知らない。知りたいとも思わない。そして同じ状況におかれたとき、彼のようにならないとは、口が裂けても言えなかった。
 けれどそれは理屈である。理解である。納得とは程遠い。
 少女にだって泥のような感情の奔流が一つや二つはあった。それを無理やり押し込め、押し込めきれず、右往左往している。同族嫌悪に似たものなのかもしれない。

79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/12(木) 09:21:21.84 ID:WnvzWUdt0
 と、少女はそこでようやく、辺りを見回す余裕ができた。
 行交う人とモノ。珍しく馬車も通っている。
 煙突。赤煉瓦。風に乗って微かに小麦の焼けるにおいもする。
 なにより、目抜き通りの奥に見える城門と尖塔。あれは……。
少女「王城……」
勇者「あぁ。転移魔法で一っ跳び。お前のばあさんは凄いやつだよ」
 転移魔法だけでも相当なものなのに、植物魔法……でいいのだろうか、あれは。
 性格に難はあるが、えてして達人とはそういうものなのかもしれない。
勇者「これからここを拠点にして、休みを取る。あとは魔王城攻略に向けての調達だな」
勇者「水は全部ぶちまけちまったし、食べ物も、服も、あんまりない」
勇者「魔王城に辿り着く前に最後の洞窟や砦や四天王がいるらしいし。補給は最重要事項だ」
少女「で、手配書は回ってなかった?」

80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/12(木) 09:22:16.55 ID:WnvzWUdt0
勇者「え?」
少女「だから!」
 小声で叫ぶという妙技を披露する少女。
少女「あんなことしたんだから、手配書が回っててもおかしくないでしょっ!」
勇者「あぁ、今のところは大丈夫だそうだ。ただ、伝達には時間がかかる。明日明後日くらいに、もしかしたら」
少女「アタシはいやだからね、この年でお尋ね者だなんて」
勇者「お前」
 の、せいだろ。勇者は続きを何とか飲み込む。
勇者「……とりあえず、宿はそこだ。行くぞ」テクテク
少女「はいはい」テクテク

81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/12(木) 09:23:34.59 ID:WnvzWUdt0
二人「「……」」テクテク
イラッシャイ ヤスイヨ ヤスイヨ
イマナラ コノ ハガネノツルギガ タッタノ 480ゴールド!
ソノ ミルク モラオウカシラ
二人「「……」」テクテク
 不思議と無言であった。話す内容などたくさんあるはずなのに。
 勇者はふと、少女の素性をーー老婆もであるがーーほとんど知らないことを思い出した。
 知っていることと言えば、故郷で護り手を務めていたということくらい。
少女「ねぇ」
 勇者が話しかけるより先に、少女から声が飛ぶ。
勇者「ん?」
少女「なんであの町は燃えなきゃいけなかったの?」

82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/12(木) 09:24:05.96 ID:WnvzWUdt0
 答えるべきか否か。わずかな間を開けて、勇者は返す。
勇者「そういうことは、関係ないことだ」
少女「関係なくないっ!」
 キンとした声が大通りに響く。
 人々はちらりとこちらを見るが、さほど興味もないのだろう、歩みを止めるものはいない。
少女「関係なくなんて、ないでしょ。悲しいと思わないの」
勇者「関係ないんだ」
少女「勇者ッ!」
勇者「俺たちの旅には関係ない。そうだろ。魔王を倒して世界が平和になればそれでいいんだ」
少女「あれは路傍の石だって?」
勇者「そうは言ってない。ただ、優先順位を間違えるなってことだ」

83 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/12(木) 09:24:45.03 ID:WnvzWUdt0
勇者「それに、もう一つ」
勇者「関係あろうがなかろうが、悲しいものは悲しい」
勇者「『関係ある』かどうかは、関係ない」
少女「……なにそれ。全ッ然わかんない」
勇者「……そっか」
少女「アタシね、あんたのそういうところ、「あー、注目、ちゅうもーく!」
 二人ならず、周囲の人間が全員空を見た。
 声は上から降ってきていた。
 白い蓬髪に丸みのある顔。厳格そうな瞳と眉。紛うことない壮年男性。
 その顔が、浮かんでいる。
 勇者はその人物に見覚えがあった。いや、勇者だけでなく、少女も、その場にいた誰もが見たことのある人物だった。
 なにせこの国の国王である。

84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/12(木) 09:25:23.79 ID:WnvzWUdt0
国王「この像は魔法によって全領土に配信されている、安心して聞いてほしい」
国王「今は長い冬の時代じゃ。山の上、そして点々と領土を持つ魔王軍は、人類に脅威を与え続けている」
国王「今もどこかで誰かが犠牲になっている。先日もまた、森のそばの村が一つ襲撃され、……消えた」
少女「それって……もしかして」
国王「何の罪もない民草が、生命に曝され続ける。そんなことがあっていいのか?」
国王「否! 答えは無論、否! あのような悪鬼どもにはこの世界を渡すことはできない!」
国王「そこで私は考えた。最早打破しかない! 決起せよ! 立ち上がれ! そして我が国は、諸君の働きに大いなる期待をしている!」
国王「砦を築け! 兵を集めろ! 敵に人間という種の強さを見せつけてやるのだ!」
国王「王都はいつでも諸君らを受け入れる! 愛国心に富む者の積極的な参加を待つ!」

85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/12(木) 09:26:04.84 ID:WnvzWUdt0
 威厳のある声で、堂々とした態度で、国王は一気に捲し立てた。
 つまりはこういうことだ。「戦争をする」。
 少女はなんだか空恐ろしいものを感じて、小さくつばを飲み込んだ。
 周囲の人々はみな呆気にとられたような顔をしていたが、僅かに間を開けてーー
「そうだよ、怯えてる必要なんてないんだ」
「やられたらやり返せばいいんだもんな……」
「女でも兵士って慣れるのかしら」
「さすが国王様だ」「よぅし、腕が鳴るぜ」「怖いわ」「え、どういうこと?」「なんていう」「俺が」「私も」「」「」「」「「「「」」」」「「「「「「「「「「「「「「「
 声のうねりは次第に大きくなっていく。
 波は高く、打ち寄せては砕け、そのたびに白い飛沫となって還元されるサイクル。
 誰がはじめたのか、上空に浮かぶ国王に対し、みなが手を突き出していた。

86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/12(木) 19:08:58.54 ID:WnvzWUdt0
狩人「勇者!」
 人込みをかき分けかき分け狩人がやってくる。褐色の肌に珠のような汗が浮かんでいる。
 後ろには老婆もちゃんといた。
老婆「は、は、走るんで、ない」
狩人「戦争だって」
勇者「みたいだな」
狩人「どうして、こんな急に?」
老婆「急じゃないとすれば」
狩人「?」
老婆「兆候はあった。先日のもそうじゃし、傭兵どもがピリピリしていたからのぅ」

87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/12(木) 19:09:41.45 ID:WnvzWUdt0
 二人と出会った村にて道具屋の主が言っていたことを思い出す。
 半年か、そうでなくとも一月は持つだろうと踏んでいたのだが、どうやら当てが外れたらしい。勇者は自然と自らの眉根が寄るのを感じた。
勇者「……どうする?」
老婆「リーダーはおぬしじゃろ。……まぁ、情報収集を続けるか。宿はここじゃな」
勇者「あぁ。まだ予約をしていないけど」
少女「長期でとっておいたほうがいいんじゃない? 王都に人が大挙して押し寄せる。宿も足りなくなるかも」
 民衆の昂ぶりを見ていると、あながち杞憂とも思えなかった。
老婆「いや、とりあえず一泊か、二泊。わしに考えがある」
勇者「あぁ、わかった」
 その後宿屋で二人部屋を二つとったのはよかったのだがーー

88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/12(木) 19:10:18.49 ID:WnvzWUdt0
勇者「なんで俺がばあさんとなんだ?」

老婆「どのみち女3:男1なら男女相部屋よ。襲われる可能性がないほうがよかろ」
勇者「俺が襲われるわっ!」
狩人「じゃ、わたしと一緒に、なるか?」
少女「……アタシは死んでも嫌だからね」
 勇者は頭に手を当てた。老婆に襲われるのも嫌だが、狩人と相部屋だと、ともすると襲ってしまう可能性が出てくる。
 それは狩人の本意でこそあれ、勇者の本意ではない。
 とはいえ自らの理性で抑えられるだけ、老婆よりはましか。勇者は判断して、結局狩人と相部屋となる。
狩人「やった……」
老婆「じゃあ、二時間後にここで集合しよう。やることもあるしな」
勇者「あいよ」

89 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/12(木) 19:11:05.32 ID:WnvzWUdt0
 部屋を開けると、いつぞやの宿屋よりは十二分に立派だ。さすが王都ということだろうか。
 装備を外し、ベッドに倒れこむ。久しぶりの柔らかさに一瞬で意識が飛びかける。
狩人「勇者」
勇者「大丈夫だよ、寝ないって」
狩人「二人なのも久しぶり」
勇者「ま、そうだな」
狩人「嬉しい」
勇者「そんなにか」
狩人「うんっ」
狩人「あ、あの二人が嫌だとかじゃなくて」
勇者「わかってるよ」
狩人「うん。……わかってくれてる。ふふ」
狩人「勇者」
勇者「ん」
狩人「好き」

90 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/12(木) 19:11:38.59 ID:WnvzWUdt0
狩人「大好き」
勇者「……」
 狩人が勇者へと近づき、ベッドへと体重を乗せた。
 ぎし、と木の軋む音がする。品のいい音だ。
 三白眼がしっかりと勇者を射抜いていた。
狩人「私はずっと言ってるのに、勇者は気にしてない」
勇者「あのなぁ、お前のそれは、恩を勘違いしてるんだ」
勇者「命を助けてやったのは俺だろうさ、けどな」
狩人「違うの、勇者」
狩人「一族郎党皆殺しにあって、目の前でお父さんが死んで、私ももうだめだって思ったとき」
狩人「魔物を倒してくれた勇者が、凄く格好良かった。だから」
狩人「恩とかじゃない。自然なこと」

91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/12(木) 20:24:33.89 ID:WnvzWUdt0
勇者「あれは、お前を助けるつもりだったわけじゃない」
狩人「知ってる。勇者は魔王城への道すがらだった」
勇者「そうだ。あいつは砦の主で、俺はあいつが持ってる鍵が欲しかったんだ」
狩人「事実なんてどうだっていい」
 漂ってくる狩人の色香に、勇者は思わず眩暈がしそうになる。
 言語化できない感覚があった。それは一般的に予感、もしくは危機察知と呼ばれるものだ。
 これはやばいぞ、と。何が何だかわからないけれど、彼は思ったのだ。
 こちらを覗きこんでくる狩人の瞳は、大きく、つぶらで、肌と同じように茶色い。
 生命力に満ちた輝き。これが濁っていくところを、彼は何度も目にしていた。
 武闘家も。僧侶も。騎士も。戦士も。魔法使いも。賢者も。遊び人も。盗賊も。商人も。踊子も。羊飼いも。
 今まで出会った人間は、全て同じ輝きを持っていた。
 そうして最後には輝きを失うのだ。

92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/12(木) 20:25:10.82 ID:WnvzWUdt0
狩人「お母さんは言ってた。魔物ってのは、災害だって。誰にもどうにもできないものなんだって」
狩人「勇者はそれをどうにかしてくれた。それだけじゃなくて、悼んでくれた」
狩人「それは凄い。誰にだってできることじゃない。と、思う。私は」
勇者「違うんだ、違うんだよ、狩人」
狩人「?」
勇者「不幸な目にあった不特定多数を悼むのは簡単だ。誰にだってできる」
勇者「本当に難しいのは……」
 言葉が喉から出てこない。
 この世界は、横にも縦にも、不幸なことがありすぎる。
 つまり、空間と時間の両面で。
 けれど違うのだ。不幸な誰かの死は、不幸であるがゆえに悲しい。
 それが違うのだ。
 間違いではないにしろ。本質的ではない。
 それでは死を悼むとは言えない。

93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/12(木) 20:25:52.28 ID:WnvzWUdt0
狩人「勇者」
 意識を思考から切り替えれば、目の前には狩人の顔があった。
 唇が唇に押し付けられる。触れる、というほど軽くない。押し倒されるようにベッドに転がった。
 視界いっぱいに狩人。天井の板目も滲んで見える。
狩人「愛してる」
勇者「……知ってる」
狩人「知られてた」
勇者「まぁ、な」
狩人「んっ……」
 もう一度の口づけ。今度は先ほどよりも長く、貪るようで。
狩人「んっ、ふぅ……ゆうひゃ……」