Part38
945 :
◆yufVJNsZ3s :2013/03/13(水) 11:06:32.33 ID:wBktaGLT0
九尾の突撃。限界まで素早さを上げ、攻撃力を上げ、防御力を上げたその肉体は、まさに意思を持った砲弾だ。間に合わない。
自動で地面がせりあがり、壁を作る。この世界は私の匣庭。全てが私を守ってくれる。
九尾「無駄ァッ!」
所詮土塊。砲弾には叶わず、壁を打ち砕いて九尾が逼迫してくる。速い。
ぼろぼろの羽をはばたかせて回避。追いすがる九尾のほうが速度は上だ。毒霧をまき散らしながらの攻撃も、全てフバーハで散らされる。
やっぱり、九尾は強い。
拳が腹にめり込んだ。内臓ごと持っていかれそうだが、神経が苛まれるよりも高速で、景色が前へとぶっ飛んでいく。いや、ぶっ飛んでいるのは私の体だ。
地面をバウンドすること実に八回。皮膚は削げ、口の中は歯と土と血で大変なことになっている。それらをまとめて吐き捨ててから、
背後に殺意。
946 :
◆yufVJNsZ3s :2013/03/13(水) 11:08:16.55 ID:wBktaGLT0
煌々と明るい右手と、燦々と煌めく左手。
メラゾーマとマヒャド。
九尾「合体魔法ーー!」
本気だった。舐めプではない。
自然と口角があがる。今は痛みも、恐怖も、心地よい。
熱と冷気を伴った光線が向かってくる。チャームで軌道をずらそうとするも、軌道の振れ幅が速度に圧倒されていて、命中の進路は変えられそうにな
アルプ「ーーっ!」
右腕が、右肩が、右肺が、根こそぎ持っていかれる。なんとか直撃は回避したが、掠っただけでもこの威力だ。
呼吸が乱れる。というよりも、全然うまくできない。吸っても吸っても肺は空気を交換してはくれなくて、だんだん視界がしらけていく。
だけど、それでも、この世界は私の匣庭。
失われた組織が魔力によって補填されていく。
自動回復。九尾相手にどこまで持つかはわからないが、せめてこのひと時を、もう少し、僅かでも、
947 :
◆yufVJNsZ3s :2013/03/13(水) 11:12:00.86 ID:wBktaGLT0
アルプ「っ!?」
脚が動かない。
手が動かない。
九尾のせいではない。九尾は目を見開いている。
ということは……人間か。
九尾「おい人間、これはこちらの問題だ、手を出すな!」
グローテ「……」
老婆は無言だった。ここに来てのその対応は恐ろしさしか感じない。
いや、逆に当然かもしれない。だって、私は彼女の孫を殺したのだ。恨みを抱かれても、なんらおかしくはないだろう。
ぱきぱきと音を立てて世界が刷新していく。元の世界に戻っていくわけでもない。チャームされた世界の内部に、さらに新しい世界が……陣地が、構築されようとしているのだ。
刷新の時間は僅かに数秒。
何もない世界だった。砂漠。だだっぴろいそこには、何もない。草木も、水も、雲もない。風もない。太陽もない。青空というには色の単一すぎる空が広がっていて、臭いも何もあったものではない。
948 :
◆yufVJNsZ3s :2013/03/13(水) 11:12:57.36 ID:wBktaGLT0
グローテ「アルスは死んだ」
人間としての、ということかな。
さすがにここで、「いや、隔離したのあんただし」とは言えない。
グローテ「クルルは死んだ」
グローテ「メイは死んだ」
グローテ「お前らが殺したのじゃ」
うん、そのとおりだ。そのとおりすぎて、別に何も言うことがない。
グローテ「だから死ね」
目の前に迫る火球。四肢は依然として拘束されている。
既に世界は魅了から解き放たれている。私の自動回復も、きっと意味をなさない。
……死んだな、こりゃ。
アルプ「ごめんね、九尾」
全てを台無しにして。
でも、私が死ねば、もうこれで、そんなことはないのだ。
949 :
◆yufVJNsZ3s :2013/03/13(水) 11:13:27.85 ID:wBktaGLT0
九尾「謝ってどうする!」
九尾が私の前に現れて、火球を無造作に握りつぶした。
グローテ「……」
火球の連射。その数は両手で足りないくらい。
対する九尾も火球でもって応戦する。飛んでくるそれにぶつけ、相殺し、なんとか無傷で切り抜けた。
九尾「お前の始末は九尾が責任を持つ。あんな人間にやられてたまるかっ」
クレイア「師匠、準備はできています!」
老婆の隣にいた女性の言葉で、ようやく私は、この陣地が老婆の手によるものでないことを理解する。魔力の波長が先ほどの火球のものとは異なっている。
こちらも二人、あちらも二人……数に不足はない。実力にも。
グローテ「十人を救うために一人を見捨ててきた。千人を救うために、百人を巻き添えにしてきた。そんな人生、よかったとは到底思えないが……今更宗旨替えもできん」
グローテ「九尾、お前を殺して、お前に食われる何人かを救えるのなら……わしはお前を殺すことを厭わない」
九尾「御託はいいからやってみろよ、人間! たった二人でこの九尾を殺せると思うか!」
950 :
◆yufVJNsZ3s :2013/03/13(水) 11:15:20.73 ID:wBktaGLT0
九尾は跳んだ。速い。瞬きの瞬間に首を刎ねられる速度だ。
切迫した九尾は、けれど大きく弾かれる。帯電する空気。老婆と女性の周囲に不可視の障壁が張り巡らされているのだ。
九尾「小癪な」
火炎弾を放つ。障壁に直撃し、互いの魔法が粒子を飛び散らせて拮抗していく。
そこへ九尾が拳を叩き込んだ。鼓膜を直接震わせる高音が、障壁の破壊を示唆していた。
だけど、
老婆が剣をーー刀を握っていた。骨ばった老体には全く不釣り合いな彎刀。事実彼女はそれを持ちきれず、切っ先を接地させ、柄の部分だけをなんとか支えている。
それは確か、記憶が正しいならば、女性が持ってきて勇者に渡したものだ。確か誰かの形見だとか遺品だとか、そんなことを言っていたような気がする。
グローテ「わしは国のために殺してきた。見殺しにもしてきた。わしのためじゃない。国のためにじゃ」
グローテ「であるなら、志は全く同じ!」
九尾は老婆の言葉に聞く耳を持たない。追加で出現した障壁を三枚同時に叩き割って、魔力の奔流の中、空気に渦を作って突進していく。
951 :
◆yufVJNsZ3s :2013/03/13(水) 11:15:58.73 ID:wBktaGLT0
グローテ「行くぞ、クレイア!」
クレイア「はい、師匠!」
莫大な魔力を感じた。それは当然九尾も感じたようで、地を蹴って横っ飛び、その後空間転移で私のそばまで戻ってくる。
虚飾に満ちた空っぽな世界に、一瞬、光が満ちた。
グローテ、クレイア「「ザオリク!」」
九尾「……」
アルプ「……」
ずらり。
と。
立ち並ぶ黒い影。
いや……人、人、人。
兵士の海。
その数はいったいどれだけだろう。百、二百……それだけでは全く足りない。何しろ奥の奥まで視認ができないレベルなのだから、きっと千は楽に超えているんじゃないだろうか。
952 :
◆yufVJNsZ3s :2013/03/13(水) 11:16:46.31 ID:wBktaGLT0
みな甲冑を身に着けていた。しかしその意匠はばらばらで、同一国家なら統一されているはずの紋章すらばらばらである。
周辺諸国の連合? そこまで考えて、固定されている首を脳内で横に振った。あれは事実として、同一国家の兵士じゃない。
ならば一体何か。老婆はザオリクで、一体どんな集団を蘇生させたのか。
グローテ「さっき、たった二人と言ったな。わしらは二人ではない! わしらの目的のために犠牲になった者たちが、全員背後にいるのだ!」
グローテ「わしが殺したその数一六八九人! これだけの人数をーーいや! これだけの意志を相手に、それでも九尾、お前はまだ軽々と勝てると言うか!」
老婆が眼を血走らせて叫ぶ。魔力の消費が尋常ではないはずだ。これだけの魔法……ザオリクとは言っているが、厳密には完全な蘇生ではなく、召喚の類。
この陣地内でのみ、彼らはもう一度生を受けられる。
がふ、と音を立てて、女性が血を吐いた。地面についた両膝ががくがく震えている。完全に魔力枯渇の症状だ。
老婆はそれよりも比較的症状は軽微だったけれど、血涙を垂れ流しながら歯を噛み締めている。力を籠めねば生きていけないとでもいうつもりだろうか。
アルプ「はっ、人外かよ」
人外の私たちに言われるのも心外だろうけど。
一人で一六八九人殺した? そりゃあんた、ちょっと、私たちより極悪じゃないか。
953 :
◆yufVJNsZ3s :2013/03/13(水) 11:17:32.21 ID:wBktaGLT0
いや、何よりも人外なのは、二人の凄絶なまでの意志。あそこまで体を傷つけても、私たちを倒さなければいけないと思える精神が、すでに人のものではない。そして目的は自分たちのためではないというのだから驚きだ。
誰かのために、ましてや国のために全身全霊を捧げられる人間が、どれほどいるというのか。
そんなのいるはずがないと思う。思った。思っていた。事実、私はずっとそうだった。ずっと私の娯楽のために全身全霊を捧げていて、それ以外は知ったこっちゃなかったのだ。
しかし、どうだろう。勇者は、少女は、何よりあの腹立たしい狩人の娘は、そして目の前にいる二人の女は、まるで自分のことなど意に介さない。人間とは果たしてそんな生き物だったか。私の人物評が、間違っていたのか。
楽しい。
心の奥からふつふつと込み上げてくるただ一つの感情がそれだった。
真っ黒な色。翳っているのではなくて、もともと漆黒なのだ。光を反射することしかない、どす黒さ。
あの心を折ったら、あの希望を打ち砕いたら、
アルプ「一体どんな顔すんのか見てみてぇなあっ!」
954 :
◆yufVJNsZ3s :2013/03/13(水) 11:18:15.89 ID:wBktaGLT0
四肢はまだ固定されている。かなり頑丈な封印だ。濃縮された固定の陣地。やはり、あの二人はどっちもかなりの手練れらしい。
だけど。
アルプ「私の衝動を止められるなんて、馬鹿言っちゃだめだってば!」
私でさえ止められないというのに。
寧ろこの程度で止めてくれるならどれだけ幸せだったか!
ぶちぶちと関節が音を立てて引き千切れていく。痛い痛い痛い痛い! 肺から息が全部毀れていく!
だけど、これで抜けた!
既に眼前では軍勢が始動していた。とてつもない圧力を持った個々が、集団として九尾に襲いかかろうとしていたのだ。
戦闘には中年男性。先ほど老婆が持っていた彎刀を握り締め、苦い顔をしながらも、真っ直ぐに視線は九尾。
そのあとを槍兵、騎兵、一兵卒と続いている。人数が多いから兵種も多種多様だ。
私は羽ばたきながら、先の無くなった肩関節、股関節にチャームをかける。魔力による補填がなされ、半透明な力場が、四肢の代わりを形作る。
ダイゴ「状況は理解したが、流石にこれはむちゃくちゃすぎるだろう、ばあさんよっ!」
中年男性が叫んだ。
九尾の神速になんとか男性は刃を合わせるが、それにも反射神経の限界がある。九尾は容易く攻撃を回避して地を蹴り、宙に跳びあがる。
955 :
◆yufVJNsZ3s :2013/03/13(水) 11:18:51.89 ID:wBktaGLT0
火炎が手のひらに集まっていく。
「全軍、よぉおおおおおおおおおい!」
後方に控えていた儀仗兵たちが障壁を築いた。数百人がまとめて作った、まさに戦術級の特大障壁。九尾でもこれを破壊するのは難しい、か?
アルプ「だけど!」
あぁーー楽しい!
デュラハンみたいに戦闘狂いなつもりはないんだけどなぁ!
アルプ「目に見えるもので、魅了できないものなんて、ないっ!」
障壁をひたすらに「視る」。
魔力的に物質/非物質に働きかける私の瞳。障壁の魔法構造に侵入して、無理やり装甲を薄く、がりがりと削っていく。
アルプ(それでも、なんてぇ物量だいっ)
一際両者が輝いて、僅かに九尾が勝った。火炎弾は散り散りになって兵士の集団へと降り注いでいく。
ジャライバ「第三隊から六隊まで消火準備! 七隊以降は次撃に備えて魔力充填!」
ハーバンマーン「第一、二隊は俺たちについてこい!」
956 :
◆yufVJNsZ3s :2013/03/13(水) 11:19:54.97 ID:wBktaGLT0
高射砲撃が九尾を狙う。同時に打ち上げられた数人の魔法戦士が足元に起動力場を生み出しながら、それを蹴って九尾へと迫った。
二人の首が一瞬にして落ちる。それでもあちらに戦意の喪失は見えない。寧ろ発奮を促したかのようだった。
アルプ(そうかい、そこまで私らは、敵ってことかい)
そうじゃなくちゃ「面白」くない。
ルニ「お噂はかねがね」
優男風の青瓢箪が言った。瓢箪が喋るほどに世界は進んでいたらしい。
九尾は返事をせずに爪を、火炎を振るった。青瓢箪は身体強化の魔法でもかけているのか、信じられない速度でそれをいなしながら接敵、九尾と格闘戦を繰り広げる。
アルプ「九尾、今ーー!」
九尾「構わん! まず数を減らすぞ!」
あいよ、と返事をして、私は大きく息を吸い込んだ。
アルプ(あれ、九尾と共闘するなんて、はじめてじゃね?)
だからかもしれない。こんなにも楽しいのは。
957 :
◆yufVJNsZ3s :2013/03/13(水) 11:20:45.68 ID:wBktaGLT0
毒霧の噴霧。羽ばたきながらそれを全体に拡散させていく。高射砲撃をなんとか回避しながら。
ルニ「ぐっ……」
青瓢箪の胸を九尾の腕が貫通する。向こう側にとおった九尾が握っているのは、恐らく彼の心臓だ。
青瓢箪が倒れ、九尾はそれを打ち捨てる。
そこへさらに襲いかかる二人。手にした短刀が僅かに九尾の髪の毛に触れていくが、次の瞬間にはその腕が根元から消失する。そうしてバランスを崩し、地面へ落ちた。
九尾「老婆、貴様は本当に見境がないな!」
ルニ「それがいいところなんですよ」
九尾「なっ!」
九尾の背後に、なぜか青瓢箪が立っていた。そのまま打ち下ろしで九尾が吹き飛び、地面に叩きつけられる。
当然、今まで下で戦いを見ていた兵士たちが、それでよしとするわけもない。寧ろ待ちわびていたかのように、地に付した九尾に剣を突き立てる。
958 :
◆yufVJNsZ3s :2013/03/13(水) 11:21:26.94 ID:wBktaGLT0
炸裂。
大量の肉片が長い滞空時間を得て、ぼたぼた降り注ぐ。
九尾「き、さまぁ……!」
イオナズンを唱え、なんとか制空権を確保しなおした九尾は、這いつくばりながら舌打ちをした。
九尾「バギクロス!」
不可視の殺意が兵士たちを切り刻む。が、それも後方からの障壁で弾かれ、目立った効果は得られない。
私が散布している毒も、いくらかは効果があったようだったけれど、思ったよりは倒れ伏している人間は少ない。解毒魔法の持ち主がかったぱしからかけて回っているのだろう。
うーん。さすがにこの人数は……。
アルプ「きっついなぁ! ひゃははははは!」
頬が濡れているので拭えば、手の甲が血に塗れていた。恐らく血涙だ。私も、やっぱり魔力がなくなっているってことなんだろう。
このまま毒を撒き続ければ、チャームをし続ければ、当然死ぬ。
でも、遅かれ早かれ死ぬもんでしょ?
959 :
◆yufVJNsZ3s :2013/03/13(水) 11:21:58.64 ID:wBktaGLT0
ビュウ「ポルパ! そっちはどうなってる!」
ポルパ「今のバギクロスで負傷者多数! でも、死んだ奴は少ない! まだいける!」
コバ「あまり無茶な攻めをするな! 相手は九尾の狐と夢魔アルプ、城砦を落とすように攻めるんだ!」
ルドッカ「教官、七時の方向よりアルプが突っ込んできます!」
コバ「全員気張れ! 間違っても目を見るんじゃあないぞ!」
私は高速で飛んだ。飛んだ。飛んだ。
構築されたこの世界に果たして本当に空気が存在するのか疑わしいほど、風を切るはずの羽に何も当たらない。ただ、どこまでも飛べそうな気がした。
自然と犬歯がむき出しになる。笑みがこぼれるのだ。
アルプ「ひゃはっ」
手を交差して頭上に掲げる。
炎のイメージ。
僅かな風にも揺らぐ、頼りない炎。だけどそれは仄暖かく、どこか卑猥で、妖しい。見る者を魅了する妖艶さを湛えている。
まるで私じゃないか、なんて。
960 :
◆yufVJNsZ3s :2013/03/13(水) 11:22:38.44 ID:wBktaGLT0
アルプ「燃えて狂って死んじゃえ!」
眩惑の炎を投下する。
それはれっきとした炎だけれど、焼くのは肉体よりもむしろ精神。じりじりと蝕むように、相手の心を焦がしていく。
頭が痛い。息切れが激しい。視界がちかちか瞬いて、今自分がどの高度を飛んでいるのか判然としない。
それでも前方は見える。宙に浮かんだ魔方陣から氷が生成されていて、それはきっちりと、ざくざく人間をなぎ倒している九尾に向けられている。
九尾に群がる大軍。さまざまな角度から迫る刃を、九尾は紙一重で回避し、もしくはなんとか致命傷を避け、手の一振りで五人の頭をまとめて潰す。
だけどその後ろにも兵士は控えている。その後ろにも、その後ろにも、その後ろにも。
唯一大立ち回りを演じているのは、人間では二人。彎刀を持った中年男性と、九尾を叩き落とした青瓢箪。彼ら二人が跳びぬけて強い。
九尾が負けるとは到底思えなかった。ただ、この先の見えない戦いが、まるで人類の総力を結集してぶつけてきたような数の暴力が、九尾を追い詰めることはあるとも思った。
だから、私は敵陣に突っ込む。
速度を上げて、上げて、上げて。
高度なんてわからないから、地面に突っ込むかもしれないけど。
それでも。
961 :
◆yufVJNsZ3s :2013/03/13(水) 11:23:33.43 ID:wBktaGLT0
衝撃を体が襲う。不時着ではあるが、チャームで全てを誤魔化して、敵軍の中央へと落下。周囲数メートルの兵士が肉片と化したのがわかる。
降り注ぐ血液と肉片の驟雨の中を、私は一息で加速した。チャームと炎を振りまきながら、ただひたすらに同士討ちを狙う。
制御を失った頭上の氷塊が落下し、人間を、そして私の羽を穿った。もう空も飛べない。逃げることはできない。
もとより逃げるつもりもない。
例え魔力が枯渇していたとしても、人間より遥かに高い膂力を私は有している。なんたって魔族なのだ。魔王の眷属。身体スペックは段違い。
千切っては投げ、千切っては投げ……そんなふうにいっていたかは実際怪しいけれど、私は剣先を掴み折り、相手の腕をもぎ、腹を抉って、ひたすらに戦い続ける。
命の削れていく音が聞こえる。
ごりごり。
ごりごりごりごり。
身にまとわりつく血の一滴すらも重い。
962 :
◆yufVJNsZ3s :2013/03/13(水) 11:24:08.92 ID:wBktaGLT0
これは決して懺悔なんかじゃあない。私は九尾に許してもらいたくて、申し訳なくて、だからこんな特攻をしかけているのでは、決してない。
これは純粋な善意なのだ。私が善意だなんて、ちゃんちゃらおかしい。所詮衝動の前でははかなく消えてしまう灯のくせに、確かにその感情は、私のこのクソみたいな魂の中に息吹があるのだ。
胸を掻き毟りたい。そうして心臓を抉った先に、私の許されざる魂があるはずだ。それさえなければ、もしくは感情さえなければ。
いっそ魔物になりたかった。どうしてこんな、感情の欠片があるんだろう。
どうして両方を持ち合わせてしまったんだろう。
ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!
辛いよぅ!
視界が歪む。どっちだろう。涙か、枯渇か。
伸ばした腕が何人目かもわからない人間の命を奪った。その腕にまとわりつく何かーー恐らく、人間。
反応が遅れた。そうしている間にも、兵士たちは私の腕へ、足へ、背中へ、手を伸ばしてまとわりついてくる。
戦法を変えたのだとわかった。こいつら、私を殺すためならなんだってする!
963 :
◆yufVJNsZ3s :2013/03/13(水) 11:24:40.93 ID:wBktaGLT0
グローテ「国のために戦い、死んでなお、国のために儂に力を貸してくれるのじゃ。それくらいはするさぁ」
老婆の声が聞こえた。その姿こそ見えないが、声
は……死にそうだ。私といい勝負かも。
そうか。死者は、死んでからも、国の行き先を憂うか。国のために再度死ねるか。
なら、きっと私も同じ。
私は九尾を憂うだろう。だからこそこんなことを、
アルプ「ひゃはっ! こんな無駄なことをして、馬鹿なやつだよ私ってばさ!」
さようなら、九尾。
私の最高の……友達? わかんないや。ひゃはっ。
剣がついに私の首を刎ねたのを、宙に舞う頭部で、確かに見た。
吹き出す血液。
薄れゆく意識の中、私は思った。
かかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー