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勇者「王様が魔王との戦争の準備をしている?」
Part37


917 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/12(火) 20:50:51.17 ID:ZPGCsz/S0
アルプ「ちゃお」
デュラハン「やぁ九尾。久しぶりだね」
九尾「貴様らは死んだはずではーーいや、なぜあの二人をーーどういうことだ!」
アルプ「そんな一気に喋らないでよ。ま、わかりやすく言うなら、こうかな」
アルプ「いつからチャームされていないと思ってた?」
アルプ「九尾が見てたのは、九十九パーセント真実だよ。ただ、私とデュラハンが死んだのは、偽り」
九尾「なぜ殺した! 必要はなかったはずだ!」
アルプ「九尾にはなくても」
デュラハン「俺たちにはある」
 口論を続ける化け物たち。そんな彼らの会話の内容は、最早途中から耳に入ってこなかった。
 よろよろと、自分でも危なっかしいと思うくらいに足に力が入らないまま、倒れ伏した二人の下へと近づいていく。呼吸がない。鼓動もない。クルルに至っては頭がない。

918 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/12(火) 20:51:21.82 ID:ZPGCsz/S0
 クルルはデュラハンに殺され、メイはアルプに殺された。何もわからない中でそれだけが明らかだった。
 思考が生まれてくる。いや、違う。思考はもともと生まれてくるものだ。勝手に生み出されるものだ。これは、感覚が異なっている。
 言うなれば、まるで注入されるかのような。
 殺す。
 息をするように、あぶくが生まれた。
 俺はそれを遠くからぼぉっと見ている。
 そんな、イメージ。
アルス「殺す」
 腰に括り付けた道具袋が光を放っている。そこには確か、九尾からもらった珠が入っていたはずだ。
 脈動を太ももに感じる。
 どくん、どくん、と。

919 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/12(火) 20:52:57.52 ID:ZPGCsz/S0
 殺す。
 なぜ、彼女らが死なねばならなかったのか。違う。間違っている。それは、誰にでもあてはまる。だから、彼女らについてのみ言及するのは、正しくない。
 殺す。
 あいつらは今更何をしに来たのか。
 殺す。
 全てがうまくいくはずだったのに殺す。
 俺は殺す。
 選択を間違え殺すていたのか。
 殺すでも、ほかに殺すどんな殺す選択肢があった殺すって言うのだろう。

920 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/12(火) 20:53:25.49 ID:ZPGCsz/S0
デュラハン「天下七剣ッ! 其の一、破邪の剣!」
 歓喜の声とともに刃が俺に迫る。ばあさんの火炎弾を切り裂き、クレイアさんの結界を切り裂き、漆黒の騎士の剣が今まさに俺に。
 太ももが熱い。
 体中が熱い。
 何より、目頭が熱い。
 あぁ、そうか。俺は泣いているのか。
 そうとわかってしまえば話は早い。向かってくる刃の腹を叩き、まるでつららを折るように、根元からぽっきりとやってやる。
アルス「殺す」
 俺の邪魔をしないでくれ。
 ん。
 んん?
 思考と言語の境界線があいまいだ。

921 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/12(火) 20:54:21.93 ID:ZPGCsz/S0
 返す刀で漆黒の鎧、その胸に深々と突き立てる。
 ぐ、と漆黒の鎧が呻きを上げて、それでも至極楽しそうに、粒子を散らせながら距離を取った。
 両手に二本の剣が現れる。
デュラハン「いいね、いいよ! 塔にきたときよりも、数段ーーいいっ!」
 強い踏込み。一瞬の移動。障壁を展開しながらの攻撃は攻防一体で、そもそも高速移動する障壁に触れるだけで体が吹き飛ばされるのだろうと思ったけれど、だからなんだっていうんだ?
 俺は無造作に腕を突っ込む。
 障壁を貫通して、そのまま鎧の左腕を掴んだ。
 もぐ。
 捻って、金属の塊を地面に打ち捨てる。
 相手は首無し。クルルの頭を潰したのは、仲間がほしかったのだろうか? 魔族の分際で?
 残念だ。頭が最初からないのなら、クルルと同じ状況にしてやれない。それとも、それすらもこいつには過ぎた死だろうか。

922 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/12(火) 20:55:05.20 ID:ZPGCsz/S0
デュラハン「其の四、まどろみの」
 左腕ももいだ。
デュラハン「っ!? 、しっ、信じられ、ないなぁっ!」
 肩の付け根から光が漏れ出し、新たな腕を構築する。更なる魔方陣が展開され、新たに三本、剣が現れる。
 いつの間にか心臓へ深々ナイフが突き刺さっていた。いつの間に、と思う暇もなく、漆黒が眼前へと向かってくる。どうにもせっかちな奴だ。そんなに慌てて何がしたいのだろうか。
 何が彼をここまで死に急がせるのだろうか。
デュラハン「だけど、これこそ! 俺の望んでいたものっ!」
デュラハン「人間の強者と戦って、四天王とも戦って、だけど、俺は、魔王様とは結局一度も戦えなかった! だから!」
アルス「殺す」
 俺は魔王じゃない。

923 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/12(火) 20:55:40.32 ID:ZPGCsz/S0
 刃が俺にずぶりずぶり浸み込んでいく。俺はそれを確かにスローモーションで見ることができる。
 通った先から肉体が再生していくのも。
 切った後には、元通り。
 鎧の脇腹に手のひらをあて、一気に外へと押し出す。
 ぐんと加速。そのまま壁に叩きつけ、左半身を真っ平にしてやる。
 限りない圧縮、そのまま平らになった接壁面を擦りながら、鎧は地面に落ちて砕けた。
 突風。
 光とともに、光の中から漆黒が生まれていく。頭はなくて、頸、肩、腕、胸、腹、腰、足と順繰りに顕現していく。手には当然二刀が握られていて、圧力ではなく、事実として体が先ほどよりも大きい。
 超高密度な魔力体。今の俺にはわかった。
デュラハン「ははっ、こりゃ大当たりも大当たり! わかった、俺はきみに殺されてもいいーー違うね、殺されたい! 殺してくれ!」
デュラハン「ようやくこの、不毛で、不毛な、不毛に、終止符を打っておくれ!」
デュラハン「俺の衝動に、俺はもう飽いた!」

924 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/12(火) 20:56:32.71 ID:ZPGCsz/S0
デュラハン「ははっ、はははは、あは、ふははあはははっ!」
アルス「殺す」
 勝手なことを言うんじゃない。
デュラハン「そうだ! その意気だ!」
九尾「老婆、儀仗兵長、さっさとそいつを転送ーーだめだ、隔離しろ! 次元のはざまにぶち込め!」
老婆「だが、あいつの破邪の剣は!」
九尾「違うわ馬鹿者! 勇者を消せ! デュラハンごとでいい! こいつはもう、だめだ!」
九尾「反転した!」
 九尾が何やら叫んでいる。ばあさんも、クレイアさんも、何やら叫んでいる。それまではわかるのだけど、一体何を叫んでいるのか、わからない。
 どうでもいいことではあった。だからわからないのだと思った。
 クルルとメイの仇を殺す取ってやる以外は瑣事に過ぎない。
 体が熱い。太ももの熱さは消え、代わりに全身へと拡散、撹拌している。
 頭の中で鐘が響く。警鐘を鳴らしている。三点鐘。実にうるさい。
九尾「こいつはもう、魔王だ!」

925 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/12(火) 20:57:05.96 ID:ZPGCsz/S0
アルプ「おーい、無視するなよぉ」
九尾「アルプゥ……ッ!」
クレイア「師匠! アルスさんが!」
グローテ「くっ、ぐぅううううううっ!」
 魔力が俺の周囲を流れ、渦を巻いている。
 それを切り裂いて突っ込んでくるデュラハン。
グローテ「すまん、勇者! 必ず助けるからーー」
クレイア「早く、師匠! もうこの空間が持ちません!」
クレイア「一緒に隔離術式を!」
グローテ「ちく、しょおおおおおおおおおっ!」
 デュラハンの胸を俺の素手が貫いた。
 視界が歪む。
 世界が歪む。
 そこから先の記憶は、ない。
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926 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/12(火) 20:57:36.92 ID:ZPGCsz/S0
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 即座にクレイアが結界を展開したのを受けて、わしは周囲に火炎弾を展開、デュラハンにもアルプにも、そして万が一の可能性を考えて九尾にも対応できるよう、にらみを利かせる。
 この現状。この惨状。九尾は驚いていたが、果たしてそれがあいつの演技でないと誰が保証できるだろう。ここまで含めてあいつの策略のうちである可能性は、十分にある。
 けれど、疑っておいてなんだが、わしには九尾のそれが演技には決して見えなかった。自尊心の高い九尾が例え演技でも声を荒げ、驚愕の表情を形作るだろうか?
九尾「なぜ殺した! 必要はなかったはずだ!」
アルプ「九尾にはなくても」
デュラハン「俺たちにはある」
 デュラハンが剣を顕現した。

927 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/12(火) 21:06:26.48 ID:smZLP8A60
 孫と、クルルは死んだ。悲しいのに涙すら出てこないこの心が憎い。
 大事な存在を守れない己の無力が憎い。
 何より、命を奪ったあいつらが憎い。
 あぁ、けれど、戦場で培ったのは人の殺し方だけではなかった。自分の心の殺し方も、戦場で培ったものの一つだ。
 真っ当な人生には全く必要のないその技術を、わしはもう二度と使うまいと決めていたのに、まさか戦場ではないこんなところで使うことになるだなんて。
 追悼はいつでもできる。だからこそ今は眼前の敵を。
 わかっている。わかっているのだ。
 それでも心は軋みを上げる。

928 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/12(火) 21:08:31.63 ID:smZLP8A60
 ぎちり、ぎちり、手と足と首と胴体と……全身を輪のついた鎖が拘束していた。その先には何かとてつもなく、とてつもなく重いものが括り付けられている。
 頭を振ってそのビジョンを吹き飛ばす。何が括り付けられているのか、何を引きずっているのか、わからいでか。
 だからこそ、死者に恥じない生き方を。
 ちらりと勇者に視線をやる。呆然とした表情。それは当然だが、しかし、わしの視線は別のところへ向いていた。
 彼の太もも、道具袋が発光していた。
 なんだ? 何が起きている?
 確かあそこには、魔王の珠が……?
 背筋に悪寒が走り、体が自然と震える。嫌な予感しかしない。何が起こるかは未知であるが、何かが起こるとわかった。出なければ歯の音が噛みあわないはずがない!
 がちがちと鳴る歯を喰いしばって、デュラハンとアルプに対し、火炎弾を放つ。
 斬、と音がして、火炎弾が切り裂かれる。
 次弾を放つより先にデュラハンはアルスへと切迫している。速い。さすが四天王などと暢気なことは言っていられなかった。今のアルスに迎撃の余裕などーー
 殺す。
 くぐもった低い声が、耳に届いた。
 幻聴でないのかと思った。いや、幻聴であってほしいと願った。人間の口から地獄が飛び出してくるなんてことは考えたくもなかったから。

929 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/12(火) 21:09:18.53 ID:smZLP8A60
 一拍おいて、対照的な甲高い音が空気を震わせる。
 光に反射して鉄の粉が煌めいている。
 破邪の剣、其の刃が途中から折れーーもぎ取られ、流れるような動作でデュラハンへと突き立てられる。
 速度がおかしい。動きと、表情がおかしい。
グローテ「九尾ィッ! お前、アルスになにをしたぁっ!?」
九尾「魔王の珠の影響だ! あれは濃密な魔力構造体で、吸収した者を魔王にする!」
アルプ「そう。最早彼は人間じゃあない」
 ぎろりと九尾がアルプを睨みつけた。アルプはそれを受けて肩を竦め、けれど、こちらを嘲笑するでもなく、寧ろ逆に悲しそうな顔をした。
 なんでそんな顔をしているのだ。それではまるで、こんなことを望んでいないようではないか。
アルプ「ごめんね、九尾」

930 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/12(火) 21:10:41.00 ID:smZLP8A60
 九尾の息を呑むのがこちらまで伝わってくる。わしにはわからない何かが、恐らく二人の間で交わされたに違いない。そして九尾は今の一瞬で、アルプを赦した。
九尾「そうか、そういうことか……」
九尾「あいわかった。お前を殺す」
アルプ「うん、うん。お願い」
クレイア「ししょぉおおおっ! 結界が持ちませんっ、二人の戦闘の余波が、こっちまでっ!」
 アルスとデュラハン、二人とこちら側を魔法的に隔てていた障壁が、みしみしと悲鳴を上げている。
 あと数秒で限界が来る。瞬時に悟ったが、結界の向こう側にいる二人の戦闘は寧ろ激化の一途を辿っている。
 デュラハンは呵呵大笑しながら突っ込み、アルスはそれを容易く迎撃。まるで飛燕だ。重力すらも振り切る身体能力。
 あれが、魔王の力なのか。

931 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/12(火) 21:11:11.96 ID:smZLP8A60
デュラハン「ははっ、こりゃ大当たりも大当たり! わかった、俺はきみに殺されてもいいーー違うね、殺されたい! 殺してくれ!」
デュラハン「ようやくこの、不毛で、不毛な、不毛に、終止符を打っておくれ!」
デュラハン「俺の衝動に、俺はもう飽いた!」
デュラハン「ははっ、はははは、あは、ふははあはははっ!」
 まさしく人外だった。わしら人間には想像もつかないような、歪な精神構造と行動理念。
 だが、恐らく、同じ人外には理解できるのだ。九尾が歯を噛み締めているのがその証左である。
アルス「殺す」
 感情の欠落した声をアルスが漏らす。加勢に行きたいが……今の彼に、わしとデュラハンの区別がつくかどうか。
 そもそもわしがあの戦いについて行けまい。
デュラハン「そうだ! その意気だ!」

932 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/12(火) 21:12:24.41 ID:smZLP8A60
九尾「老婆、儀仗兵長、さっさとそいつを転送ーーだめだ、隔離しろ! 次元のはざまにぶち込め!」
 慌てたように九尾が言った。そうだ、二人の戦闘にこの塔がいつまで耐えられるかわかったものではない。ただでさえ塔は疲弊しているというのに。
 言われなくともとクレイアが呟いた。舌打ちを一つして、彼女は結界の範囲と性質を変化、無理やりに空間転移を試みる。
 しかし、出力が足らない。わしも力を貸さなければ。
老婆「だが、あいつの破邪の剣は!」
九尾「違うわ馬鹿者! 勇者を消せ! デュラハンごとでいい! こいつはもう、だめだ!」
九尾「反転した!」
 反転。その言葉の詳細まではわからないけれど、なんとなく、方向性はわかった。魔王の力が諸刃の剣でないわけがないのだ。
 恐らく九尾は大丈夫だと思っていたに違いない。「反転」しないと。それは彼の精神と、何より仲間がいたからだ。
 だが、それは裏切られた。この絵図は九尾が描いていたものから逸脱している。
九尾「こいつはもう、魔王だ!」

933 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/12(火) 21:12:50.65 ID:smZLP8A60
 九尾が叫ぶ。うるさい。わかっている!
 アルスはもはや、人間にとっての脅威でしかない!
 脅威は屠らねばならない。世界のために。国のために。
 今までわしが何人もそうしてきたように。
グローテ「ぐ、く、ううっ!」
 噛み締めた奥歯のさらに奥、魂の深奥に位置する魂から、嗚咽が漏れていく。
 目頭が熱い。液体が頬を、顎を伝っている。
 わしはこんな生き方しかできない。
 手のひらをアルスに向ける。詫びはいれない。そんなことはおためごかしにしかならない。非情に、冷徹に。それが屠殺者に求められるもの。

934 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/12(火) 21:13:21.25 ID:smZLP8A60
アルプ「おーい、無視するなよぉ」
九尾「アルプゥ……ッ!」
 ずるりとアルプが九尾に切迫する。伸びる腕。かわす体。九尾は容赦なくアルプの命を取りに行って、アルプもそれを急かす。早く自分を殺してくれと。
九尾「お前は、黙って、立っていろ! そうすれば一瞬だ!」
 九尾の爪がアルプの耳を切断した。徒手空拳なのは、せめてもの心遣いなのだろうか、などと考えてしまう。
 魅了された空気が、壁の破片が、九尾を襲う。それすらも九尾は爪で切り裂いて、右手に火炎、左手に氷をまとわせながら、高速で突っ込んでいく。
クレイア「師匠! アルスさんが!」
 猶予はない。
 迷っている暇など、ない。
 ないのだ!

935 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/12(火) 21:13:49.93 ID:smZLP8A60
グローテ「くっ、ぐぅううううううっ!」
グローテ「すまん、勇者! 必ず助けるからーー」
 ぎちぎちと空気が震え、今にも塔は倒壊しそうだ。アルプと九尾も戦いを始めているのだからなおさらである。
クレイア「早く、師匠! もうこの空間が持ちません!」
クレイア「一緒に隔離術式を!」
グローテ「ちく、しょおおおおおおおおおっ!」
 時空を揺るがしながら、空間にあくまで二次元的な切れ目が開く。それは途轍もない圧力を持って、結界ごと二人を飲み込んでいく。
 そして、そんなことなどお構いなしで、デュラハンとアルスは戦いを続けている。
 最後に彼の雄叫びが聞こえたような気がした。
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939 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/13(水) 11:03:14.27 ID:wBktaGLT0
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 皮膚が、肉体が、削れていく。
 身を襲う激痛。焼けた鉄の棒を押し付けられているかのようだ。痛いのではなく、ただ熱い。それはもしかしたら血液の熱さなのかもしれないと思う。
 こんな私でも血は赤い。こんなどうしようもない存在でも、確かに血は赤いのだ。
 それは誇りでもある反面、心を苛む原因でもあった。私の血が赤くてよいはずがない。こんな、歪んだ心の持ち主には、それは重すぎる。申し訳なさすぎる。
九尾「お前は、黙って、立っていろ! そうすれば一瞬だ!」
 九尾が叫ぶ。でも、ごめん。そういうわけにはいかないんだ。
 こんな屑だけど、生きる資格なんてない鬼畜生だけど、生存本能は足を引っ張っているから。
 それに私は、きみに罰して欲しいんだよ。
 それが夢魔アルプとしての生き様にふさわしい。

940 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/13(水) 11:03:41.83 ID:wBktaGLT0
 あぁそうだ。私は一度たりとも曲がってはいなかった。私の性質と本分を紛うことは、ただの一つもなかった。そしてそれが、私の幸せが、誰かの不幸せの上に成り立つことを私は自覚していたのだ。
 人を騙し、裏切らせ、弄び、踏み躙り、何もかもをおじゃんにさせて。
 崩壊するものすべてに愛をこめて。
 楽しければいいのだ。それが私に課せられた衝動なのだ。
 だって、人間に一族全員殺された時も、私は笑っていたのだから。
 ま、私が煽動したんだけど、さ。
 あぁ、ごめんね、ごめんね九尾。
アルプ「でもこの生き方はどうにもできない!」
 クルルーー九尾の言う狩人との戦いで、すでに体力も魔力も底を尽きかけている。勝てる要素は一つもない。勝つつもりも微塵もない。
 それでも体は動く。動いてしまう。

941 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/13(水) 11:04:23.83 ID:wBktaGLT0
アルプ「これが私の全力全開ッ!」
アルプ「チャアアアアアアアアアムッ!」
 眼を限界まで見開く。見る者/物すべてを魅了する誘惑の瞳。
 九尾だけでなく、老婆と、儀仗兵長も目を瞑った。
 でも遅い。でも温い。
 そんなんで私の魅了を避けられると思ったか!
 世界が変わる。まるで霧吹きで色水を噴霧していくかのように、さぁっと、世界は世界でなくなった。
 広がる菜の花と蒲公英。道はただ、人が踏みしめた跡が残っているだけ。
 青空が透き通っている。幾つもの丘の先に、白い雲がぷかぷかと浮かんでいた。
 風が吹くと草のにおいが届いてくる。その空気の静謐で力強いことと言ったら!
 力強いのは何も薫風だけではない。陽光もまた差し込んでいて、体から湯気が出ると錯覚するくらいに、柔らかく暖かい。

942 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/13(水) 11:04:50.58 ID:wBktaGLT0
九尾「ここは……」
クレイア「別の空間……いや、空間そのものを、チャームした……!?」
 儀仗兵長が目を白黒させている。そんなことができるのか、といった具合だ。
 できるんだよなぁ。
アルプ「ま、実際に挑戦したのは、初めてなんだけどね」
アルプ「ここは外界から完全に隔離された場所。いくらドンパチしたって、影響は出ない」
アルプ「あ、大丈夫だよ。私が死んだらチャームは解ける。殺してくれさえすれば、無事に戻れるはずだから」
九尾「お前、ここまでして……」
 死にたいのか。続くそれを飲み込んで、九尾は構えた。
九尾「……お前も、辛かったんだな」
アルプ「私が辛いなんて言ったら、私の犠牲になった人たちに申し訳なさすぎるってもんだね。でも、ま、なんてーの?」
アルプ「なんでこんな衝動、持っちまったんだろーなぁ……」

943 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/13(水) 11:05:17.66 ID:wBktaGLT0
 九尾が魔王を復活させようとしていたのは、かなり前から聞いていた。世界平和という目的も、九尾の食人衝動も、わかっていた。
 純粋に九尾を応援していたのだ。前魔王が消えて、新たな魔族は生まれない。私たちは兄弟みたいなものだったから、九尾に協力するのは当たり前だと思った。
 デュラハンのために少女を捕まえてきたのも結局はそういうことなのだ。九尾も、ウェパルも、デュラハンも、みんな幸せになればよかった。そのためなら私は何だってするつもりだった。
 事実してきたのだ。例えそれが全く関係のないことだとしても。
 だけど、衝動からは逃れられない。
 ふと、思ってしまったのだ。それはいつだったか……この戦争が始まったときか? 具体的な時期は、最早忘却の彼方だけれど。
 九尾の目論見を潰せば、彼女はどんな顔をするのだろうかと、どれだけ楽しい顔が見られるのだろうと、思ってしまった。
 それはやっていけないことだ。倫理ではなく感情でわかる。頭と心がそれの実践を必死になって止めている。だけど、鎌首をいったんもたげてしまったどす黒い魂の片鱗は、そんなものなど容易く吹き飛ばして……。

944 : ◆yufVJNsZ3s :2013/03/13(水) 11:06:03.73 ID:wBktaGLT0
 デュラハンも、耐え切れなかった。彼は少女との戦いだけでは満足できなかった。より強い相手を求め、その相手として魔王を選定した。それくらいしか彼には衝動を満たせる相手が残っていなかった。
 何度九尾に心のなかで謝ったろう。ごめんと、ごめんなさいと。
 幸いにも九尾はこの衝動をわかってくれた。どうにもならないものなのだ。私が私でいる限り。そして、だからよしとはせずに、きちりと裁いてくれるという。それが、何よりうれしい。
 裁かれるのは人格があるからだ。私はこんな屑だけれど、確かに一つの個体として殺される。それは涙が出てしまうくらいの過ぎた幸せだと思った。
 同時に、私の願いが叶えられてはいけないとも思った。だって、そうだろう。今まで散々他人の邪魔をして、計画を、希望を、ぶち壊して踏み躙って楽しんできた私に、幸せな死が訪れるだなんて……。
 まとまらない思考。二律背反。葛藤。ぐるぐる渦を巻く涙の螺旋。