Part35
861 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/16(土) 10:18:55.83 ID:7cRQjCOC0
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夢を見る。死んだときはいつもこうだ。
何度も死んで、何度も夢を見てきた。決まって先に死んだやつらが俺を苛む。そして俺はそれに謝り続ける。彼らに恥じない立派な生き方をと志を新たにして。
これは呪いなのだろうか? それとも、俺のうしろめたさの具現なのだろうか?
あぁ、だけど、そうなのだ。俺は結局、前へと歩くことしかできない。後ろを振り返ることはできても、戻ることはできないのだ。
ならば一歩でも遠くへ、一秒でも早く、目的地を目指す。それが合理的な帰結というやつだろう?
とはいえ、俺は所詮ガキに過ぎない。死んでも復活するというだけの。肉体はそうだが、精神は果たしてそうではない。一人では、生きていけない。
アルス・ブレイバという人間が生きていけるのは、仲間がいるからだ。
仲間たちには感謝してもしきれない。彼女たちがいなければ俺はとっくに心が折れていたし、四天王にも勝てなかった。戦争の渦中に身を投じて粉骨砕身するなんて、とてもではないができない。
もう少しだ。もう少しで全てが終わる。いや、終わらせてみせる。
862 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/16(土) 10:19:25.55 ID:7cRQjCOC0
俺は目を開けた。
目に飛び込んできたのは、九尾の狐である。着流し。金色の髪の毛と、金色の尻尾。九尾という名のはずなのに、今はそれは六本しかない。
そして、俺の右側に、虹の弓と光の矢を携えたクルル・アーチ。驚愕の表情で俺を見ている。
左側に立っていたメイ・スレッジも呆然と俺を見てきていた。
なんだ? 一体、なんだ?
顔に触る。何もない。
体に触る。何もない。
メイ「……なんで?」
ぽつりとメイが漏らした。
メイ「なんでこいつが魔王にならなくちゃならないのよ!」
こいつーー即ち、俺。
俺?
863 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/16(土) 10:20:26.49 ID:7cRQjCOC0
アルス「……どういうことだ」
立ち上がりながら言う。全身の魔法経路に働きかけ、両手を帯電させる。
アルス「俺が、魔王?」
九尾「そうだ。九尾としても、魔王の座と力を私利私欲のために使われては堪らん。魔王には重大な責任と、何より気高い思想が必要になる。世界を平和にするという」
九尾「勇者よ。お前が魔王となり、人類の敵となれ。それが平和の近道だ」
アルス「勇者って、なんだよ」
九尾「お前のことだ。お前には勇気がある。無謀と言い換えられかねない勇気が。それは誰もが持っているものじゃあない」
メイ「アルス、こんなやつの口車に乗っちゃだめだよっ!」
クルル「信用、できない」
それ以前に俺はたった今言われたことを咀嚼するだけでも一杯一杯だった。俺が魔王になって、世界を救う?
864 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/16(土) 10:20:55.88 ID:7cRQjCOC0
それは途方も突拍子もないことであったが、言わんとしていることは理解できた。
だって俺はすでに見ていたのだ。魔方陣から魔物が大挙して押し寄せたとき、手と手を取って共闘していた両軍の姿を。
合点がいったーーというよりは、ああそうか、と思ってしまった。そういうことか、と。
体中から力が抜ける。俺一人が人間を止めるだけで、この戦争を止めることができるのだ。そして将来的な戦争をも。
つまりは戦争を管理しろということだ。万が一のときに勢力を拡大し、昂ぶった空気を一身に受ける。ガス抜き、ストレス解消、言い方はいくらでもある。九尾はその相手として魔王を設定していて、選ばれたのが、俺。
あまりにも壮大すぎる役割だった。九尾がどこまで本当のことを言っているかはわからないし、それこそメイやクルルの言うように、全て嘘なのかもしれない。それはそうだ。何せ相手は魔族きっての智将、九尾の狐なのだ。
古来より狐は人を化かす。今こうして話している俺たちが、彼女の手のひらの上で踊っていないと誰が保証してくれるだろうか。
865 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/16(土) 10:21:22.88 ID:7cRQjCOC0
ただ、その提案に魅力を感じている俺も、確かにいるのだ。
なぜ九尾が俺に執心し、俺を魔王に仕立て上げようとしているのか、それは単にコンティニューの加護があるからだけではあるまい。九尾の考えていた条件を、それこそ無謀と紙一重の勇気が俺にはあるーーらしいーーからこそ、俺が選定された。
俺は一歩も動けなかった。二人の声も、耳に入らない。
不意に夢が思い出される。
みんな死んだ。みんな、死んだ。
あるものは凶刃に倒れ、またあるものは火炎に呑まれて死んだ。毒が全身に回って死んだやつもいたし、誰かの犠牲になったやつもいた。
ダイゴ隊長はウェパルに殺されて、ルニ参謀は国のために死んだ。鬼神に殺された兵卒もいる。彼らは生きたかったはずだ。死にたくなかったはずだ。
よりよい世界にしたかったはずだ。
誰もが自分の信じるものに基づいて進んでいる。それは俺も同じ。
俺は世界を平和にしたい。
866 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/16(土) 10:21:53.47 ID:7cRQjCOC0
何も世界を救いたいなどと大それたことを言っているわけではない。俺が全てを掬い上げる救いの形ではなくて、ただ懸命にもがくだけでよかった。
俺にはわかるのだ。わかってしまうのだ。目の前の妖狐の瞳の色を、俺は毎日鏡の中で見てきているのだ。
九尾と俺の目指すところは同じだと、わかりたくないのにわかってしまうのだ。
アルス「どうしたもんか」
呟く。わかってしまっては、もうどうしようもない。九尾の言うとおり、俺が魔王になることが、一番の近道なのだ、きっと。九尾は嘘をついていない。彼女は世界を平和にしたい。
それは果たして幾分度胸と覚悟のいることだった。さっきの今で答えを出せるような代物ではない。だけど、ここで拒否して、そのあとはどうする? 俺に、俺たちに、世界を平和にする具体案など出せるのか?
クルル「アルス……」
うつむいたまま喋らない俺を見て、クルルが心配そうに手を取ってくる。
仄暖かさ。そうだ、俺は一人じゃない。彼女らの住む世界もまた、俺の世界と同一だ。
俺が世界を平和にするということは、彼女らの世界を平和にするということと等しい。
867 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/16(土) 10:22:21.17 ID:7cRQjCOC0
クルルの家族は死んだ。一族の者も、全員死んだ。彼女は孤独だ。そして何より死を恐れ、死を拒み、命を尊重している。
俺が彼女の命を助けたのは完全に偶然で、幸運の賜物である。しかし、彼女が俺についてきてくれたのは偶然ではないし、彼女が俺のねじくれた精神を救いだしてくれたのも偶然ではない。
俺はメイを見た。彼女もまた、世界の平和を望んでいる。
メイの苦しみを俺は直接的には知らない。彼女が一体何に苦しみ、何を恐れ、何を克服したのかは、俺には断片的しか判断できない。
しかし、彼女もまた平和を希求していた。その上で、自分の無力さを痛感してもいた。彼女は俺だ。クルルのいない俺だ。
最後にばあさんーーグローテ・マギカを見た。悲痛な表情をしている。彼女は恐らく、誰よりも責任を感じている。なぜなら彼女は王国の歴史を知っているから。
ばあさんは俺を魔王にさせたくはないが、俺が魔王になることが最もよい選択なのだと思っているし、知っている。合理的な選択だ。そしてそれが彼女を苦しめている。
868 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/16(土) 10:22:50.58 ID:7cRQjCOC0
息を呑んだ。喉の鳴るのが自分でもわかる。
世界を平和にしたいと願った。世界を平和にすると誓った。そして今、俺は世界を平和にする覚悟を要求されている。
必要なのは、あとは覚悟だけだ。それさえあれば。
視界は明朗。思考も明晰。後戻りはするつもりもない。
帯電を解く。俺は九尾に向かって踏み出した。
アルス「俺は世界を平和にしたい」
手を差し出す。三人が背後で何かを言おうとして、口を噤んだのがわかった。
九尾「あいわかった。後悔はないな」
アルス「あるさ。けど、戦争を止められるならそれが勿論いいし、そのために犠牲が必要なら、俺がなる」
九尾「恐ろしいほどの献身、あっぱれだな」
グローテ「……すまない」
視界の外で、ばあさんが呟いたのが聞こえた。きっと頭を下げているに違いない。
そんな姿は見たくなかったので、そちらを向かずに声をかける。
アルス「気にすんじゃねーよ、ばあさん。俺はずっと、このために旅をしてきたんだ。方法こそこんなふうになっちまったけどな」
869 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/16(土) 10:23:23.75 ID:7cRQjCOC0
九尾は袖から四つの珠を取り出した。角度によって虹色に輝く、何とも不思議な珠である。生きているようにも見える。
九尾「これは魔王の核じゃ。四天王が一人一つ持っていて、これを四つ体内に取り込むことによって、魔王の力を得られる。……持て」
手渡されたそれは冷たく、それでいて脈動を感じる。生きているように見えたのはこの脈動のせいらしい。
……俺はふと疑問に思ったことを尋ねた。
アルス「九尾、なんでお前は世界を平和にしたいんだ」
九尾「九尾か? 九尾は、そうだな……」
九尾「人を喰うためだな」
は?
九尾「九尾は人を喰いたい。そういう生物なのだ。戦争で人口が著しく減られると、そのしわ寄せは九尾にも来る。だから、」
世界は平和でなくては困るのだ。九尾はそう言った。
870 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/16(土) 10:24:01.84 ID:7cRQjCOC0
アルス「……」
無言は俺だけではなかった。クルルもメイもばあさんも、平然としている九尾を注視している。
やはりこいつは魔族なのだと、どこか安心できる。完全に無害な、人間に与するだけの存在が、魔族であるはずがない。
人間とはどうしても相容れない衝動があるからこそ魔族。
九尾の体が吹き飛ぶ。
メイだった。
背後からの不意打ちを敢行した彼女の表情は、口の端が引きつっている。
メイ「やっぱり! やっぱり魔族はどこまで行っても魔族! 人間の敵ってことね、そうでしょ、アルス!」
ミョルニルを振り回しながら吹き飛んだ九尾へと追いすがる。
九尾の足首を掴み、引きつけながらの大振り。九尾の防御ごと吹き飛ばして壁を破砕した。
幾本もの光が土煙の中へ吸い込まれ、更なる破壊を引き起こす。メイとは反対側からクルルも九尾へと迫っている。
クルル「それは、流石に、許せない」
871 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/16(土) 10:24:31.07 ID:7cRQjCOC0
煙の中から生えた腕が二人の手首を掴む。
そのまま地面に叩きつけられ、反動で腕の主、九尾は立ち上がった。衣服はぼろぼろになっているが、その振る舞いからは全くダメージというものが見られない。
九尾の頭上に巨大な火球が出現する。それはぐんぐんと大きくなって、あっという間に頭と同じほどにまで成長した。
考えている暇はなかった。あんなものを食らえば死は免れない。一気に飛び出して、雷撃を全力で火球へと放つ。
視界で閃光が弾け、なんとか相殺することに成功する。
九尾は二人から俺たちから距離を取り、首をかしげた。
九尾「なんだ、何をする」
メイ「はっ、ばっかじゃ、ないの……」
クルル「世界は平和になってほしい、けど……あなたに食料を供給するためじゃあ、ない」
アルス「そういうことだ。悪いが、交渉は決裂だ」
872 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/16(土) 10:25:14.25 ID:7cRQjCOC0
九尾は目を細めた。苛立ちなのか、それとも別の感情なのか、判別がつかない。
九尾「解せん。何も九尾は毎日三食人間を取って食うわけじゃあないぞ。一日二日に一人で十分だ。おやつみたいなものだからな」
メイ「数が問題じゃあないのよっ!」
九尾「数の問題だ。その程度の犠牲で世界を平和にできるなら十分だろう。お前らの我儘で戦争を長引かせるつもりか」
九尾「なぁ、老婆よ!」
グローテが体を震わせた。なんだか泣きそうな顔をしている彼女は、メイと九尾を交互に見やって、なぜか笑う。
九尾「お前に選択肢なんてないのだ! いや、与えられるはずもない! お前が殺した仲間たちは、選択肢を与えられずに死んでいったのだから!」
九尾「頭では分かっているはずだ。勇者を魔王にするのが最も手っ取り早いのだ。今更一人の犠牲を厭うか!? これまで自分が殺してきた数を思い出せ!」
873 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/16(土) 10:25:53.02 ID:7cRQjCOC0
アルス「うるせぇ!」
俺は叫んだ。九尾の言うことはもしかしたら正論なのかもしれない。かもしれないがーー例え部外者の勝手な意見だと罵られようとも、気に食わなかった。
ばあさんは俺の仲間であって、お前の仲間じゃあない。
俺が何とかしてやる。そう約束したのだ。
アルス「ばあさん、あんたは見てろ。こいつなんて俺一人で十分だ」
メイ「アタシと二人で十分よ!」
クルル「私たち三人で、十分」
874 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/16(土) 10:26:24.94 ID:7cRQjCOC0
すっかり臨戦態勢に入った俺たちが、老婆と九尾の間に割って入る形で立ちふさがる。そんなこちらの姿を見て、九尾は小さく舌打ちをした。
九尾「人間風情が、調子に乗るなよ」
九尾「四天王、序列一位! 傾国の妖狐、九尾の狐! お前ら程度に相手しきれる存在だと思うな!」
九尾の姿が消える。高速移動という次元の話ではなかった。恐らく、それよりももっと瞬間的な、転移魔法に違いなかった。
誰よりも先にクルルが反応した。振り返りざまに光の矢を放つ。これでもかというほどに。
背後に、老婆のそばに現れた九尾は、そのまま老婆を引っ掴んで転移する。光の矢は壁を大きく破壊しただけに終わった。
クルル「どこにっ!?」
爆発が俺たちの体を吹き飛ばした。と、メイがなんとか俺とクルルの服を掴み、体勢を立て直して着地。十メートルほど離れた九尾を見定める。
そばでは老婆が倒れている。死んではないようだ。ただ気絶しているだけ、だろう。
875 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/16(土) 10:27:52.08 ID:7cRQjCOC0
メイ「おばあちゃんをどうするつもりだっ!」
メイの行動は素早く、一瞬で九尾へと肉薄する。ミョルニルの一撃を転移魔法で回避した九尾は、彼女の背後へと現れ、火炎弾を叩きつける。
飛び込んだ俺と、俺の電撃が火炎弾を弾く。同時に背後から迫る光の矢。
九尾は光の矢をまとめて掴んで霧散させる。その行動には驚きを禁じ得なかったが、感情を動かす暇があるならば、全て動きに費やしたかった。
帯電。剣がないのが悔やまれる。徒手空拳ではリーチと取り回しに絶望的なまでの差異があるが、それでもないものねだりはしていられない。
地を蹴って距離を詰める。フェイントを交えたこちらの拳を、九尾は軽やかなステップで回避していく。振り下ろしざまに放った雷撃も、九尾は魔法障壁で難なく弾いてしまうのだ。
合わせてメイがミョルニルを振る。さすがにこれは防御しきれないと踏んだのか、転移魔法ですぐさまメイの後ろへと移動、そのまま打ち下ろしを見舞う。
小柄な彼女の体が大きく揺れた。それでもメイは戦士である。前につんのめった体勢を堪え、あたりもつけずにミョルニルを振り抜いた。
音もなく九尾は離れた位置に着地する。またも転移魔法だ。
876 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/16(土) 10:28:18.96 ID:7cRQjCOC0
九尾は智将であるが、足りない身体能力は十二分に強化魔法で補える。どこにも隙がなかった。歯噛みしたくなるほどに。
メイ「アルスッ!」
アルス「おう!」
即応するより先に俺の体は向かっていた。俺の背中を踏み台にしてメイが跳躍、俺は九尾の下半身を、メイは上半身を狙った。
九尾が転移魔法を展開する。一瞬で時空が歪み、しかし何度も見ているその魔法のタイミングを見逃すほど学習能力がないわけではない。遥か後方から光の矢が跳んできて、その歪みを寸分の狂いなく射抜いた。
錯聴染みたガラスの割れる音が聞こえて九尾の顔面をミョルニルがぶっ叩く。
確かに手ごたえはあった。九尾は大きく吹き飛ぶが、風をクッションにして勢いを殺す。
しかしすでに追撃は完了している。数十の光の矢が九尾へと降り注いだ。
九尾「イオナズン」
平静の声だった。
光の矢が爆裂。爆発が引き起こす突風に一瞬呼吸すら不全になって、眼を開けていられない。
877 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/16(土) 10:28:44.77 ID:7cRQjCOC0
九尾「メラゾーマ」
煙を巻き上げて飛来する火炎弾がメイを直撃した。メイの体が炎に包まれ、堪えきれない悲鳴が漏れるのを、俺は確かに聞いた。
だが、
メイ「きか、ないっ!」
震脚で火炎を全て振り払い、メイは再度九尾へ突っ込む。支援すべく俺とクルルも後を追う。
火炎弾が連続で向かってくるのを紙一重でじりじり回避していくが、それでも肌が焦げる音が聞こえてきそうだった。
九尾「マヒャド」
クルル「下ッ!」
地面を食い破って氷柱が突き出してくる。いや、それは氷柱ではなく、氷河にも等しいほどの巨大さだ。クルルの声がなければ胸を一突きにされていただろう。
みればメイの左腕に氷が突き刺さっている。青白い氷に赤い血液がひときわ目立って見える。
アルス「おいっ!?」
メイ「大丈夫、だけどーー!」
何よりも問題なのはその氷河。
878 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/16(土) 10:29:57.05 ID:7cRQjCOC0
九尾「足を止めたな?」
ぞくり、と背筋に悪寒が走る。
氷と氷の隙間から九尾が真っ直ぐにこちらを睨みつけていた。両掌を向け、その間に魔力の塊が煌びやかに輝いているのを見ることができる。そう、まるであれは、俺とクルルのインドラのように。
九尾「これを受けて死ねることを光栄に思え」
みち、みち、と空気が震える。
耳鳴りがする。いや、これは耳鳴りなどではない。全ての物質が九尾の魔力の波動に共鳴を起こしているのだ。
体が震える。これは、恐怖だ。
アルス「あれはっ、だめだ! わかんねぇけどーーあれはだめだっ!」
クルル「間に合えっ……!」
光の矢。
展開できる限りの本数をクルルは展開、九尾に対して射出するが、いまだマヒャドは生きていた。光の矢を食べるかのように襲いかかって打ち消していく。
その氷山を駆け上るメイ。だが、九尾までの距離は果てしなく遠い。
九尾「マダンテ!」
暴走した魔力が爆発を起こす!
879 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/16(土) 10:30:24.54 ID:7cRQjCOC0
部屋に光が満ちた。
衝撃はなかった。ただ体が浮かび上がって、真っ白に染まる視界の中、その白に体が塗り潰されて押し潰されて、喰われて、体だけじゃなく、意識も、
抵抗の意志すらも真白く染まる。
僅かに視界が翳った。翳ったというのに、俺は手で目庇しを作り、その遮蔽物へと視線をやる。
視界の中を揺蕩うローブ。不気味に長い爪を伴う指が、真っ直ぐに光源ーー九尾のほうへとむけられ、不可視の障壁が展開されているのを俺は見た。
ばあさん。
言葉が出ない。筋肉が失われたかのように全身が動かない。四肢だけでなく、喉までもそうだ。
誰かの咆哮が聞こえた。裂帛の気合いだった。
悲鳴でも、怒声でも、断じてない。克己するためのものだということはすぐにわかった。
満ちていた光が失われていく。
世界が元に戻ると同時に、俺は血を吐いた。両腕が、両足が、それぞれありえない方向に曲がっている。関節の部分からは血に塗れた骨すらものぞいていた。
体も腰を起点として捩じれていて、俺の上半身は真っ直ぐ前を見ていても、下半身そのものが九十度左を向いている。当然内臓だってぐちゃぐちゃで、骨もぐちゃぐちゃになっているはずだ。
880 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/16(土) 10:32:04.08 ID:7cRQjCOC0
ばあさん。
言葉の代わりに血反吐しか出ていかない。
残る二人の無事を確認したくても、頸も回らない。
九尾「遅い復活じゃないか。それで、なんだ。九尾に刃向おうと? そんなぼろぼろで?」
ばあさんは左腕がなく、右足も完全に折れていた。膝をついて息も荒い。障壁を張っていても、あの魔力の奔流が齎す破壊を防ぎきるなどできなかったのだろう。
グローテ「マダンテは、術者の全ての魔力を消費する……お前はもう、魔法はつかえまい」
クルル「そういうことなら」
メイ「アタシたちが、あとはやるわ」
地面の感触を踏みしめるように二人が立っていた。裂傷、擦過傷はいくつか見られるが、俺やばあさんのように大きなけがはない。恐らくばあさんは優先的に二人を守ったのだろう。
ナイスだぜ、ばあさん。それでいいんだ。
グローテ「形勢逆転ーー」
九尾「とでも言うつもりか?」
881 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/16(土) 10:32:46.35 ID:7cRQjCOC0
ばあさんの腹部が爆ぜた。
グローテ「っ!?」
メイ「おばあちゃん!」
二人が同時に駆け出す。クルルは右から、メイは左から。
しかし、
九尾「ピオラーースカラーーバイキルト!」
身体能力向上呪文を九尾は連続で唱え、一瞬で二人の攻撃を掻い潜る。ミョルニルは肩口を掠り、光の矢は金色の髪の毛を散らすけれど、どれも決定打にはならない。
九尾の手刀がクルルの脇腹を抉った。カウンターでクルルは矢を放つが、九尾はそれを瞬間的に掴んで投げ捨てる。
返す刀で振り向くことすらせずに、氷柱をメイにみまった。絶妙のタイミングで挟まれたその攻撃にメイは反応せざるを得ない。ミョルニルで氷柱を砕きーーその隙に九尾が肉薄する。
旋風魔法。足を掬われたメイはバランスを崩し、そのまま地面に叩きつけられる。そして九尾はそのまま左腕を踏み抜いた。
左腕、その二の腕から先が宙を舞う。
九尾はそれを途中で掴み、思い切りかぶりついた。
882 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/16(土) 10:33:29.49 ID:7cRQjCOC0
九尾「やはり人肉は若い女性に限るな」
メイ「アタシの体を、返せぇええええっ!」
九尾「うるさい」
ごぐ、と鈍い音がした。九尾がメイの頭を思い切り踏みつけたのだ。
踏み抜いたのではないようで、どうやらメイの頭は原形をとどめているが、血がじわじわと床に広がっている。
グローテ「どう、して……」
床に倒れたばあさんは息も絶え絶えで尋ねる。どうして魔法が使えるのか、ということなのだろう。
九尾「この塔は誰が作ったものなのか忘れたのか? 九尾が構築した陣地である以上、九尾の魔力に転換するのもたやすいことよ」
883 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/16(土) 10:34:50.04 ID:7cRQjCOC0
九尾「……なんじゃ、まだやるのか」
九尾は依然起き上がるクルルに対して冷たい視線を向ける。クルルは立ち上がれこそすれど、腹部からこぼれる内臓を押さえるのに手いっぱいで、まともに戦えそうな様相ではなかった。
九尾が一歩でクルルのそばに移動する。クルルはそれに対応すらできない。自分の顔が翳るの感じて、ようやく顔を上げるありさまだ。
頬を打たれてそのまま倒れこむ。起き上がろうとするその努力もむなしく、ただ指先が力なく地面をひっかくだけである。
見ているだけで涙がこぼれる。
俺はなにをやっているんだ。
歯噛みした。こうなるならいっそ早く死んで、万全の態勢で復活したかった。いや、それも逃げなのか? 次の復活が迅速に行われる保証なんてないのだから。
それでも、いくら自分を発奮させても、指の一本すら動かない。視界もだんだん霞がかかってくる。
いや、これは断じて死なのではない。ただの涙だ。そうでなければ眦が、液体の伝う頬が、熱いわけもない!
884 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/16(土) 10:36:39.70 ID:7cRQjCOC0
思わず目を拭った。何もできないなりに何かをしなければいけないと、俺は思った。
ん?
腕が、動く?
「ああ、そういうことだったんですね。納得です」
誰かの声が耳元で聞こえた。
誰の、声だ。
俺はなぜだか動く顔を、頸を、胸を、体中を稼働させて、声の方向を見た。
ローブ、だった。
ばあさんが身に着けているのと同じローブ。ねずみ色でフードのついたそれの背中には、王国の紋章が大きく金色で刺繍されていた。
しゃらん、と儀仗が鳴る。金属製の長い柄の先端には翼を模した飾りがついていて、そこからさらにいくつもの銀製の輪が連なりあっている。
クレイア・ルルマタージ儀仗兵長。
病院で安静にしているはずの彼女が、なぜここへ?
クレイア「わたし一人寝ているわけには、行きませんから」
885 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/16(土) 10:37:10.22 ID:7cRQjCOC0
九尾「貴様、どうやってここに入り込めた!」
クレイア「やはり、九尾、あなたですか。洞穴と同じ魔力のパターン、陣地の構築方式……一度見たから解析は用意でした」
九尾「どうやって入り込めたと聞いているっ! 幾重にもプロテクトはかけていたはずだぞ!」
クレイア「構築した陣地から魔力を削りましたね。綻び、見えてましたよ」
クレイア「これでも陣地構築のエキスパートなんです、わたし」
九尾「愚弄するかっ!」
九尾が飛び出した。魔法によって得られた圧倒的な速度を用いて、クレイアさんの喉首を狙っている。
アルス「させねぇよ!」
間に割り込む形で九尾の腕を取る。とてつもない力だ。片手ではとてもじゃないが抑えきれない。
顔面が爆ぜる。激痛。視界も奪われ、咄嗟のことで足元もふらつく。ただ、それでも、決して腕だけは離さない。離して堪るか!