Part34
827 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/10(日) 14:24:43.15 ID:woLPL6sN0
勇者(あと、三歩!)
僅かに高く浮いていた砲弾の下をくぐる。急な体勢の変化に、末端の筋肉がぶちぶちと悲鳴を上げていく。足首から先が、手首から先が、動きについていけずに置いてけぼりをくらったかのようだった。
口から洩れるのは、最早悲鳴でも苦痛でもなく、吐息でしかない。喉はすでに引きつって言葉も出ない。
勇者(あと、二歩!)
砲弾にナイフが加わった。至近距離では砲弾はそれほど有効ではない。一撃の殺傷力では砲弾に及ぶべくもないが、しかし、その分手数がある。
おおよそ七十と言ったところか。
勇者「怒れる空! 果てなき暗雲! 神が振らせる幾万の槍! 刹那の裁きに言葉は出ず、頭を垂れ、懺悔を持たずに滅する炎!」
勇者「ギガデイン!」
828 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/10(日) 14:25:11.89 ID:woLPL6sN0
勇者の全身から雷撃が迸る。それは魔力のナイフを片っ端から消失させるも、勇者にのしかかる負担こそ甚大であった。
体の内からひねり出す魔力は、逆に体の内から魔力に引きずり出されることを意味する。それでも勇者は何とか堪え、鼻血を抑える手すら既になく、顔面を真っ赤にしてただただひた走る。
勇者(あと一歩!)
勇者の視界を水が舞う。
水の弾丸が勇者の全身を撃ち抜いた。
体から力が抜ける。足、腹だけでなく、頭も打ち抜かれた。視界が暗転する。
海の支配者たるウェパル。水を使わせれば彼女の右に出る者はいない。
ウェパル「惜しかったよーーっ!?」
最大級の賛辞の途中で、ウェパルは驚愕する。
弾け飛んだ勇者の全身が、即座に形を成していた。
ウェパル「なっーー死んだから、蘇生したって、こんな一瞬で!?」
既に勇者は肉薄している。
勇者「零歩!」
距離も、零。
829 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/10(日) 14:28:05.15 ID:woLPL6sN0
ウェパルは反射的にナイフを魔力で編みこんで投げつける。同時に左腕の触手で勇者を狙った。
勇者の行動は迅速である。ナイフは左手で無理やり掴み、触手は雷撃で撃ち落とす。
痛みが全身を駆け巡るより、触手が再生するよりも早く、勇者はウェパルの肩を掴む。
速度は落とさない。
そのままウェパルに頭突きを繰り出した。
ウェパル「ぐっ!」
ウェパルは倒れない。出血する額に目を細めながらも、しっかりと勇者へ第二のナイフを投擲している。
刃はきっちり勇者の頸動脈を掻き切った。一気に血液が吹き出し、あたりの床を、天上を、赤く染めていく。
失血死までには時間があった。それはありすぎたと表現できるくらいにである。既に勇者の右腕は帯電していて、ウェパルの胸へと狙いが定められている。
勇者「うぉおおおおあああああああっ!」
830 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/10(日) 14:28:34.37 ID:woLPL6sN0
ウェパル「ちょ、まっ!」
触手で右腕を固定しようとするも、あまりの電力に触れるたび触手が先から蒸発していく。並みの攻撃ならば再生力が上回るはずのそれでも、今の勇者には触れることすら叶わない。
拳を振り下ろす。
電撃が軌跡を描いて、ウェパルを大きく吹き飛ばした。
ウェパル「っ、ち、くしょぅ……うあああっ!」
雷撃がウェパルの体を蝕む。全身が麻痺して受け身も満足に取れないが、それでも何とか空気中の水分を凝固、緩衝材として勢いを押し殺す。
全身から煙が噴き出す。ウェパルは口の中から蛆を吐き捨てた。ダメージは全て蛆に吸い取ってもらったが、やはり依然として四肢に痺れが残っていた。
ウェパルの視界の中で、勇者の胸部がずり落ちる。
反射的に彼女が放ったウォーターカッターは、勇者の胸部を袈裟切りにした。彼はウェパルに攻撃するので精いっぱいで回避行動などとれるはずもない。
頸動脈の傷など比にならないほどの血液。錆びた鉄の臭いが部屋中に充満する。それでなくとも勇者はすでに何度も死んでいるのだから。
831 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/10(日) 14:29:07.69 ID:woLPL6sN0
地面を引きずる音が聞こえた。蘇生した勇者が地面を這う音だった。
ウェパルが腕を振ると水の弾丸が勇者を襲う。それをなんとか電撃で弾くと、全身をばねにして勇者はウェパルへ飛びかかる。
勇者の左足が、膝から先が消し飛んだ。
圧倒的にウェパルの攻撃のほうが早い。
頭上からの雨が勇者の体を幾重にも貫く。それは単なる雨ではない。機銃の散弾だ。限界まで圧力をかけ、鋼鉄もかくやと言わんばかりの硬度を誇る水滴は、人間の体などものともしない。
832 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/10(日) 14:29:35.07 ID:woLPL6sN0
勇者「俺は、まだ……!」
言葉を紡ぐ暇は与えられない。
蘇生し立ち上がった勇者の首をウェパルがわしづかみにした。そのまま無造作に、単なる腕力で勇者を振り回すと、遠心力に負けて勇者の胴体だけが壁に叩きつけられる。
ウェパルの持った頭蓋から、脊髄だけがだらりと垂れ下がる。
ウェパルは頭蓋を軽く握り潰すと、つかつか勇者へと歩み寄る。
833 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/10(日) 14:30:01.97 ID:woLPL6sN0
勇者「負けちゃ」
つま先が勇者の腹部を撃ち抜く。勢いのままに壁に叩きつけられ、関節と関節の隙間から血液が溢れ出す。体が壁に張り付いたままという事実が、彼の体にかかった衝撃の置き差を物語っていた。
ウェパルは水から槍を形作る。二又の槍。根元が螺旋状になったそれを、大きく振りかぶり、投げた。
834 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/10(日) 14:30:31.73 ID:woLPL6sN0
勇者「いな」
僅かに肘、膝から先だけが残る。
あまりの速度と衝撃に血液さえも残らない。
835 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/10(日) 14:31:05.98 ID:woLPL6sN0
最早それは作業だった。そしてその無為さを、誰よりもウェパルが理解していた。
次から次へと現れる害虫を、一匹一匹潰し続けるような、嫌気の止まらないルーティンワーク。繰り返しの繰り返しに次第に表情が消えていくほどの。
砲弾が勇者の顔面を砕いた。
水の刃が勇者の脳天から股間までを断った。
蛆が勇者の肉を喰いきった。
それでも、勇者は生き返る。生き返って、立ち上がる。
眼には闘志を抱いたまま。
勇者「行くぞ」
836 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/10(日) 14:31:50.04 ID:woLPL6sN0
ウェパル「あー、もう!」
地団太を踏むウェパル。かかとが地面に振り下ろされるたびに塔全体が大きく揺らぐ。
ウェパル「なんなのさ! なんなのささっきから! もう!」
ウェパル「……疲れた」
勇者「は?」
だらりと両手を下げたウェパルに対し、勇者は明らかに怪訝な表情をぶつける。彼女の発した言葉の意図が彼には全く理解できない。
しかし、恐らく、それは彼だけだったろう。当事者である彼にはわからないのだ。彼と対峙する者のやるせなさを。どうしようもないほどの実力差を理解してなお、死んでも死んでも突っ込んでくる敵の厄介さを。
換言すれば、面倒くささを。
踵を返すウェパル。手をひらひらと振りながら、壁にもたれかけさせてあった隊長の死体を、丁寧に、丁寧に、僅かの傷もつかないように、優しく抱きかかえる。
837 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/10(日) 14:32:21.95 ID:woLPL6sN0
勇者「おい、ちょっと!」
ウェパル「は。もう終わり。もうおしまいだよ。ボクの役目はここまで。殺しても殺してもきりがないんじゃ、なんの感慨もわかないよ。ただ嫌なだけだ」
ウェパル「わかったよ。確かに君は『勇者』なんだね」
勇者が口を開くより先に、ウェパルが空間をこじ開ける。
ウェパル「ん。ばいばい。また今度」
ウェパル「どうでしたか隊長、ボクの雄姿! え、かっこよくてかわいすぎて困る!? そんなこと言われたボクのほうが困っちゃいますよ、もう!」
ウェパル「でも隊長は本当にいっつもボクのことをそうやって褒めてくれるんですもんね、ボクがこうして頑張ってられるのも隊長のおかげってやつでーー」
姿が消えた。勇者はあっけにとられた様子で、彼女の消えた空間をぼんやりと眺めている。
勇者「そんなの、ありかよ」
音もなく現れたポータルの扉ーー九尾の部屋へとつながる扉だーーへ視線を移しながら、勇者は呟いた。
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838 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/10(日) 14:33:21.05 ID:woLPL6sN0
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ポータルが動いている。ごうん、ごうんと。
魔力で動くそれは、九尾が制御している。即ち九尾には三人が今こちらへ向かってきていることがつぶさにわかった。それが例え、老婆と話している最中であったとしても。
九尾の目の前では、老婆が驚愕に目を見開いている。彼女と九尾は戦っていない。ただ言葉を交わしただけだ。そしてそれは、決して舌戦というわけでもなかった。
老婆「まさか、そんな、そんなことのためにっ!」
九尾「そんなこと、さ。よいことだろう?」
九尾は意識的に飄々と言った。老婆はまっすぐ睨みつけてくるが、反論はない。理は九尾にあり、利は互いにあることを知っているのだ。
老婆はたっぷり時間をおいて、頷いた。
老婆「わかった。お前の計画に乗ろう」
そうだ、それでいい。九尾は内心で鼻を鳴らす。お前も今更生き方を変えられないだろう。数千人を殺しておいて、たった一人を犠牲にすることに憤れるほど、厚顔無恥ではないはずだ。
ポータルの動きが止まった。三つ同時に。
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839 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/10(日) 14:36:34.58 ID:woLPL6sN0
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勇者「お前ら……」
少女「なんとか、無事よ。ま、ほんと、何とかって感じ、だけど」
狩人「倒してきた。あとは、九尾だけ」
扉があいた先はこれまでと違って一本の廊下だ。そして、その先に重厚な扉があるのが見える。そこが九尾の部屋である。
再開した三人は抱き合うこともせず、ただ頷いた。それだけでコミュニケーションは十分なのだ。
走り出す。最早体力も十分に残っていないだろうに、それでも。
いや、彼らは走ろうと思ったのではなかった。逸る気持ちが無意識的に足の動きを速めていたのだ。
いや、逸る気持ちを抑えられないのは、何も彼らだけでない。
あと数秒で彼らはやってくる。九尾の部屋へ。
この部屋へ。
私の部屋へ!
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843 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/12(火) 01:01:04.91 ID:opZmc0y00
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九尾はーー私は、回想する。
九尾は常に見てきた。
勇者を。
狩人を。
少女を。
老婆を。
いや、正確な表現をするならば、勇者を見続けた結果として、彼女らを輻輳して見ることとなったーーである。
九尾が彼を見始めたのは、彼が一桁の時である。最初は単なる偶然だった。魔王復活のための主人公役を丁度探していたとき、あまりにも正義感の強い、日常を生きるには不便すぎるほどのそれを持った少年の心を、偶然読んでしまったのだ。
天啓が降りてきたのはそのときである。使える、と思ったのだ。
九尾の気持ちを誰がわかるだろう!? アルプもデュラハンもウェパルも、深奥では九尾のことをわからない。ゆえに九尾は喜んだのだ。そこで絵図は整ったのだ。
844 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/12(火) 01:01:46.22 ID:opZmc0y00
九尾はーー私は、その時から今日このときたった今を目指して生きてきたに違いない。
勇者にコンティニューの加護を与え、
鬼神に洞穴を治めさせ、
四天王をも動かして、
なぁ、そうだろう? 九尾はよくやっただろう? 褒めておくれよ、魔王。
お前が受け継ぎ、受け継いだ思いが、こうして成就されようとしているのだぞ。
記録をつけようと思ったのもその頃だ。計画がどれだけ進んだのか、勇者の行動を記録していくのは重要だった。何せ九尾は人の心がわからない。人の顔と名前も曖昧だ。そうでもしないと、誰が誰だかわからなくなってしまう。
それでもやはり名前を覚えるのは苦手だった。役職、パーツ、そう言った特徴を捉えて何とか書き続けたのだ。
頭がよいほうだとは、思っているのだけれど。
いつから手記を書き始めたのだったか……すでに分厚い写本が一冊終わろうとしているのを見ると、大層昔のようだ。そう、ちょうど勇者がとある村に着いた時だ。
その村で二人は少女と老婆に出会ったのだ。それは多分にイレギュラーで、同時に好都合でもあった。勇者には迅速に強くなってもらい、九尾の下へとやってきてもらわねばならなかった。
そこに迷いは不必要だ。否、迷いは不可欠である。ただし、その迷いを乗り越えた存在こそが、魔王たるにふさわしいのだと九尾は思っていた。
それは今も変わっていない。勇者はよく成長してくれた。
845 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/12(火) 01:02:20.04 ID:opZmc0y00
自動書記はこうしている間にも写本を続けている。千里眼で姿を見、読心で心を見、得られた情報は全て筆記される。
ちょうど一〇〇〇頁の紙は、すでに八〇〇頁を消費し、そろそろ終わりも近づいている。残り二〇〇頁で全てが終わるかどうか、九尾にも自信はない。
だがしかし、ここまで計画が進んできた以上、最早九尾にだってどうしようもできないのだ。動き始めたトロッコを押しとどめることは難しい。身を擲っても、どうだろう。
ーーいや、やめよう。不安はよくない。九尾は十分やってきた。多少の計算違いはあれど、順調に進んできているはずだ。
無意識的に尾を触る。柔らかい金色の毛並。自分でもきれいだと自負しているそれは、今は六本しかない。九尾ではなく六尾だ。
一本は勇者への加護で使った。一本は白沢の召喚で使った。一本は億を超える召喚魔法で使った。また九尾へと戻すには悠久の時間がかかるだろう。ゆっくりと体を休め、魔力を貯めなければ。
そのためには人間だ。人間を喰わねばならない。
846 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/12(火) 01:02:51.33 ID:opZmc0y00
老婆は地面へと視線を落とし、不気味に長い爪を噛んでいた。苛々している。不安に思っている。直観的にわかる。
それは九尾だって同じだから。
どれだけ万全に策を練り、第二、第三の矢を打ち立てたところで、運命というやつはそれを軽々しく乗り越えていく。その膂力に立ち向かうことは難しい。強い意志が必要だ。
だが、強い意志? そんなのがないわけはなかろう。だから、大丈夫だ。大丈夫なのだ。
必死に言い聞かせる。あと、三歩。
あと、二歩。
あと、一歩。
来た。
847 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/12(火) 01:03:29.61 ID:opZmc0y00
扉が開く。
勇者と狩人と少女がそこにいる。
自然と口角が上がるのを感じた。実際に会うのは初めてだった。歓喜か、感激かーー否! 断じて否! こんな劇的な感情がそんな陳腐なものであるはずがない!
九尾「勇者! 九尾はお前を待っていた!」
真実だ。この日をずっと待ちわびてきた。彼がこの扉を開く日を夢想しない日はなかった。
勇者が剣を抜く。視線は真っ直ぐに九尾。
合わせて狩人と少女も武器を取った。虹の弓と光の矢、そしてミョルニル。体はボロボロでも殺意は十分。こちらの話を聞いてくれるかどうかも疑わしい。
だからこそ老婆と一対一で話す時間が必要だった。ありていに言えば、老婆をこちらに取り込む時間が。
九尾「安心しろ、九尾はお前らに危害を加えるつもりはない」
勇者「んなこたぁどうだっていいんだよ。魔方陣を消せ。召喚を止めろ!」
九尾「わかった」
848 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/12(火) 01:03:56.98 ID:opZmc0y00
指を鳴らす。窓のないこの部屋から確認はできないのだが、確かに魔方陣は消した。
九尾「すでに召喚した魔物は残念ながら消せないが、新たに生まれてくることはない」
少女「どういうことよ!」
九尾「どういうことって、お前らが要求したんだろう?」
理解はできる。敵であるはずの九尾がそんな単純に従うはずがないのだと彼らは思っていたのだろう。
まぁ、そのあたりは老婆がきちんと説明してくれるはずだ。九尾がちらと眼をやると、老婆は不承不承といった感じで頷いた。
老婆「勇者」
勇者「おい、ばあさん。なんであんた、そっち側にいる?」
老婆「話を聞け」
勇者「聞けるかよ。今更何を聞くことがあるっていうんだ」
老婆「聞け!」
空気を震わせる大声だった。老体の一体どこからそんな声が出ているのだろう。
849 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/12(火) 01:05:12.61 ID:opZmc0y00
老婆「何と言えばいいのか……誤解しないで、落ち着いて聞いてほしい。九尾の目的はわしらと同じじゃ」
九尾「そう」
老婆の後を引き継いで、答える。
九尾「九尾の目的、それは、世界平和だ」
雷撃が部屋の壁を穿った。勇者が拳を壁に叩きつけていたのだ。
彼の眼光はぎらりと鋭く、それだけで命を射抜けるほどである。ただしその眼光も、九尾の胆力の前では無力。こちらもこちらなりに退けない理由がある。そのための覚悟も十分してきたつもりだった。
目の前の三人の体には緊張がある。その緊張は九尾をいつでも殺しに来れる緊張だ。入念な下準備だ。
勇者「ここまでやっといて、どの口が世界平和をほざく?」
少女「そうだよおばあちゃん! 洗脳でもされちゃったの!?」
九尾「戦争を止めたいのだろ?」
戦争、という単語に勇者たちが反応した。
850 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/12(火) 01:07:23.83 ID:opZmc0y00
九尾「九尾はその方法を授けてやることができる。対症療法的にだが、世界を平和にすることだって、できる」
勇者「まだ言うか、てめぇ」
老婆「敵じゃよ」
三人が老婆のほうを向いた。しかし老婆は視線を三人からーー特に勇者から逸らし、続ける。
老婆「結局のところ、みな、敵がほしいのじゃ。外部に敵を作っている間、国家は国家で有り続ける。目標がなければ、この頭打ちの世の中では、内部から崩壊せざるを得ない……」
そう、それはもはや仕方がないことなのだ。パイの絶対量は減少の一途を辿る。ブレイクスルーが起こる確率は天文学的確立だ。国家を運営し続けるためにはナショナリズムを高揚させるしかない。
そして、そのもっとも単純な方法は、不幸な境遇を誰かのせいにすることである。
老婆「そのための、魔王」
九尾「九尾たちは魔王を復活させようとしている」
851 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/12(火) 01:10:06.31 ID:opZmc0y00
殺す。
読心を必要としないほど強い思念が、真っ直ぐ九尾の心へ突き刺さる。
勇者たち三人が飛びかかってきていた。正面から勇者、左右から少女と狩人。
ぴたりと息の合った連携であった。全く隙のない、信頼が透けて見える連続攻撃。速度とタイミングは回避も防御も許しそうにない。
ならば反撃するのみ。
尾を振る。しゃらん、と鈴の音が鳴った。
魔力によって導かれた旋風が三人をまとめて吹き飛ばした。それでも闘志が衰える様子はない。受け身を取ってすぐさま突っ込んでくる。
852 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/12(火) 01:10:44.47 ID:opZmc0y00
煌めき。光の矢が大量に降り注ぐ。障壁でそれを防ぎながら、反対側から迫る少女のミョルニルを爆発魔法で本人ごと対処。
黒煙を抜けて突っ込んでくる勇者の拳を、九尾は無造作に掴んでそのまま捻り上げる。
削り折り砕ける音が彼の体内から響く。
九尾「おとなしく人の話を聞けないのなら、おとなしくさせてくれるわっ!」
それが一番手っ取り早い。
両手を広げる。重層する魔方陣が右手に、そして左手に生まれた。どちらも魔法式は異なり、数は十を用意している。
九尾「ピオラ!」
左手の魔方陣が十、解けて体内に吸収される。高速化の魔法は全ての動きを過去にする速度を与えてくれる。
九尾「スカラ!」
右手の魔方陣が十、解けて体内に吸収される。堅牢化の魔法は全ての攻撃を無意味にする防御力を与えてくれる。
853 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/12(火) 01:11:16.09 ID:opZmc0y00
勇者たちの反撃。真っ先に来たのは少女だ。イオラをものともしなかったようで、雷で編まれたミョルニルを手に向かってくる。
しかし、遅い。
振り上げられ振り下ろされる間に九尾はすでに彼女の背後へと移動している。首根っこを掴んで放り投げ、無抵抗なうちに爆発呪文を連打、地面に擦り付けながら丁寧に骨を砕いていく。
視界の端が光る。高速で飛んでくる光の矢を回避するのは少しばかり骨だ。着流しの端が少々撃ち抜かれ、反応速度の高い狩人はこの速度にも何とか追いついてくる。光の矢を引き絞りながら。
閃光。至近距離で放たれた矢は確かに胸へ命中したが、穿ちも抉りもしない。衝撃にたたら踏む程度である。
854 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/12(火) 01:13:10.46 ID:opZmc0y00
狩人が予想外の表情をした。彼女が一歩退くのに合わせ、脚部へと火炎弾を放つ。
火炎弾は命中するとはじけ飛び、一瞬だけ周囲を仄明るく照らす。狩人は火の粉散る中受け身も満足に取れず、肩から思い切り地面へと激突した。
間近へと迫っていた勇者の拳、その手首を軽く掴む。帯電は防御魔法で無視できている。そのまま手首を握力で砕き、魔方陣を展開。
九尾「バイキルト!」
震脚。踏込だけで地面が揺れ、僅かに勇者の体が浮いた。
その瞬間を狙って、拳を真っ直ぐに彼の腹部へとぶち込む。
命を奪った感覚があった。
地面を数度跳ねた勇者は壁に激突して肉片と化す。少しすれば復活するだろうから、それに先んじて束縛呪文を唱えた。
影から現れた手が、三人の四肢を拘束する。
855 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/12(火) 01:14:17.71 ID:opZmc0y00
老婆「……」
九尾「お前らは何か勘違いをしている。魔王は世界を破滅に導くものではない」
九尾「魔王はバランサーだ。少なくとも九尾はそう思っている」
九尾「魔王が敵となることで、人間界は平和になるだろう。そして九尾もそれを望んでいるのだ」
少女「その魔王と、やらが、魔物を生み出すん、でしょ」
九尾「全てではないがな」
狩人「でも、それが、何の罪もない人たちを殺すのだとしたら……」
少女「そんな平和は望んでない」
狩人「そんな平和は望んでいない」
二人の意志の籠った瞳を見ていると、なぜだか彼女らがいとおしくなってくる。いや、勇者も老婆も含めて、精一杯、人の身には大きすぎる想いを抱えている者というのは、どうしてかくも美しいのだろうか。
856 :
◆yufVJNsZ3s :2013/02/12(火) 01:14:53.05 ID:opZmc0y00
しかし彼女らは勘違いしていた。あぁ、そうか、とそこでようやく合点がいく。
九尾「それは魔王に頼んでくれ。九尾の知ったことではないのだ」
少女「だからっ……!」
狩人「私たちはそもそも、魔王がーー」
九尾「次代の魔王は、そいつじゃよ」
指を指した。
九尾の指の先では、勇者が、今まさに目を覚まそうとしている。
九尾は繰り返した。
九尾「次代の魔王は、そいつじゃ」
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