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勇者「王様が魔王との戦争の準備をしている?」
Part32


774 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 00:29:30.06 ID:7tqjT6nh0
デュラハン「まどろみの剣!」
 名を諳んじるのと波動が迸るのは同時。それは鐘の音を空間に響かせながら、ぐらり、ぐらりと距離を歪ませにかかる。
 少女は自らの平衡感覚がどこかへすっぽ抜けてしまったのだと思った。それほどまでに、視界は揺れ、地面は揺れていたのだ。
 足を一歩踏み出した先が本当に前なのかもあやふやである。ただはっきりと感覚が捉えるのは、まどろみの剣が生み出す鐘の音だけ。
 その音が彼女の平衡感覚を狂わせている元凶であることは明らかであるが、だからといって元凶を容易く叩くこともできない。
 肩幅に足をひらいて、前を見つめる。
 デュラハンを待つよりほかに安全策はなかった。
 殺気。
 出所は、真後ろ。
少女「でやぁあああっ!」
 振り向きざまにミョルニルを振り抜く。踏み込んだ脚が掴む地面、その感触は綿のようで、思わず転倒しそうになるも、筋力でなんとか堪えた。
 金属とぶつかる感覚が伝わる。歪む視界の中にははっきりと漆黒が屹立している。

775 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 00:34:07.46 ID:7tqjT6nh0
 だのに、少女は背後からの斬撃に、思わず膝をつく。
少女「どういう……」
少女(いや)
 これは少女の失態であった。痛みが彼女の鈍っていた思考と視界を徐々に平静に取り戻させつつあって、初めて気が付いたのだ。
 デュラハンは天下七剣を用いる。しかし、いつから天下七剣「のみ」を用いると言っただろうか。
 そもそも彼は、最初に会い見えたとき、隊長や参謀を相手にどうやって戦っていた?
 肩甲骨のあたりに突き刺さった刀を放り投げ、少女は自らの血液の暖かさを噛み締めるように握りつぶす。
少女「投げた刀より速く移動とか、化け物じゃない」
デュラハン「事実、化け物だからね」
 自嘲気味にデュラハンは笑った。
デュラハン「ウェパルはどうやら人間になりたかったみたいだ。化け物なんかじゃなくってね。それができたら、まぁ一番よかったんだろうけど」

776 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 00:35:09.07 ID:7tqjT6nh0
 その結果は知ってのとおりである。ウェパルは結局、人間にはなれなかった。いや、九尾がさせなかったという表現のほうが正しい。
 しかし、もともと人間になることなど、初めから彼女には無理だったのだ。行きつく先は破滅しか待っていない。それでもなお、彼女は人間として生きることをーーというよりも、愛する人を手中に入れたいと願った。
デュラハン「困ったもんだよ、魔族ってのは。衝動が勝ちすぎる。やっちゃだめだってことは、わかってるんだけど」
 例え誰かに迷惑をかけ、悲しませるのだとしても、それをやらずにはいられない。
 生きていること自体がすでに害悪。
 それが、魔物。魔族。人ならざるもの。
 デュラハンはまどろみの剣を握り締めた。すると鐘の音は強くなり、より強く少女の脳へと作用する。
 もう片方の手で魔方陣を描くと、そこから数十の刀が地面と水平に、切っ先を少女に向ける形で現れる。
デュラハン「こういうのは趣味じゃあないんだけどね。ただ、見てみたい」
デュラハン「歪む視界の中、刃の散弾をどうやってきみが避けるのか!」
 それら全てを、デュラハンは投擲する。

777 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 00:35:50.21 ID:7tqjT6nh0
 ごう、と震える空気。少女の足はまだ覚束ない。
 視界の中で血飛沫が舞った。
 串刺しにされる少女の肢体。腕から、足から、腹から、胸から、刃が貫通して覗いている。
 しかし。
少女「そこ、か」
 ぼそりと短く呟いて、跳んだ。
 光のような初速を切った少女の踏込で、床に大きくひびが入る。感覚として揺れるそれを脚力でごまかしながら少女は走っているのだった。
 半ば地面に足を埋め込んでしまえば、揺れなど関係ないとでも言うように。
 加速についていけずに肉が千切れていく。ぼたぼたぼたと真っ赤な肉片をまき散らしつつ、少女の速度は衰えることを知らない。
 咄嗟にデュラハンはまどろみの剣を構えた。刀の召喚と射出よりも少女の到着のほうが明らかに早かった。
少女「逃がさない!」
 数度の打ち合いの末に、大きくまどろみの剣が弾きあげられ、がら空きになった胸部へと少女は潜り込んだ。

778 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 00:36:37.07 ID:7tqjT6nh0
少女「全身全霊ッ!」
 鎧がひしゃげーー潰れーー砕けーー音速を超えた空気の破裂音が響いて、デュラハンは地面と平行に吹き飛んでいく。
少女「お前をぉっ!」
 筋肉を引き千切りながら少女の右腕が伸びる。
 デュラハンの足首に手をかけ、地面へ叩きつけた。
少女「倒すっ!」
 振り下ろされるミョルニル。
 それはデュラハンの胸部を完全なるまでに叩き潰した。金属特有の軋みすら経ずに、一気に。
 少女は思わず尻もちをついて、すぐさま立ち上がる。デュラハンがこの程度で倒れるとは思わなかった。彼の中身はあってないようなものなのだから。
 地面が光り、魔方陣が多重に展開される。
 少女が後ろに跳び退いたのと、魔方陣から刃が生えてくるのはほぼ同時である。少女は距離が開いているうちに、自らの体に突き刺さった刀の類を一本一本丁寧に抜いていく。
 刀が抜けるたびに血が噴き出すが、それと相まって、不快感もまた体外へ排出されているようだった。

779 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 00:38:18.32 ID:7tqjT6nh0
 不思議な感覚だった。彼女はここに来て、自らが今までで最高のパフォーマンスができているような気がしてならなかった。
少女(やっぱり、ほっぺたじゃなくてよかったのかも、しんないけどね! ははっ!)
 いわゆる「女の子らしさ」なんて自分には一生縁のないものなのだと思っていた。ミョルニルを背負い、握り、叩きつける自分には、所詮「オンナノコラシサ」しか存在しないのだと。
 こういうのを馬子にも衣装というのだろうか。それとも、自分の中にも「女性」が確かにいるのだろうか。
 少女は考えながら、ぺろりと唇をなめた。心なしか勇者の感触と体温がまだ残っている気がした。そんなはずはないのに。
 絶対に死なない上で、少女は思う。
少女「もう死んでもいいな、こりゃ」
デュラハン「まだまだだよ。俺はまだ、満足しきってない」
 視界の中ではやはりというべきか、デュラハンが立ち上がり始めている。その姿は一目見てぼろぼろであるが、確かに生きていた。

780 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 00:39:47.87 ID:7tqjT6nh0
 デュラハンが右手を伸ばす。すると、熟練された執事の趣で魔方陣が展開、剣をデュラハンへと恭しく差し出した。
 溢れんばかりの光。聖なる光。それは白銀の剣で反射して、さらなるハレーションを起こす。
デュラハン「其の五。奇跡の剣」
 白銀の柄。白銀の刃。鍔はなく、鎬だけがある、すらりとした両刃の剣であった。
 奇跡の剣はいまだに光を放ち続けている。召喚の光ではなく、剣自体が光を放っているのだ。そしてそれは右手からデュラハンの全身へとじわじわ広がり、彼自身を光で包んでいる。
 聖なる守護。性質こそ異なるけれど、核に込められた神性でいえば、少女のミョルニルと同様の系統だ。
 デュラハンの傷が、鎧につけられた傷が、次第に治っていく。いや、それは治癒ではない。修復だ。
 生命が本来持つ機能を高めるのではなく、剣それ自体がデュラハンをあるべき姿に戻しているのである。
 デュラハンの姿が消えた。合わせて、少女の姿も消える。
 金属同士がぶつかり合う音が響き、そこでようやく二人の姿を捉えることができる。
 空中で、剣と鎚をぶつけ合っている二人の姿を。
 少女の一撃がデュラハンの左足を消し飛ばす。中に満ちていた黒い靄も霧散するが、流出より修復の速度が上回っている。当然デュラハンに隙は生まれない。
 反撃としてデュラハンが片手を振るう。少女のスウェイ。眼と鼻の先にある切っ先をしっかりと目に焼き付けながら、少女はミョルニルでデュラハンではなく奇跡の剣そのものを狙いに行く。

781 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 00:41:55.25 ID:7tqjT6nh0
 が、デュラハンもその目論見は当然予想していた。空中に生じた魔方陣から、刃が生まれる。
 舞う破片。刃の障壁を根こそぎ砕きながらも、ミョルニルは奇跡の剣へ迫る。
 僅かに届かない。
 勢いの落ちたミョルニルを、空いた手でデュラハンは受け止める。下へ押しつけながら、切っ先を少女へと。
 少女は退かない。ただ、まっすぐに前へと踏み込む。
 刃が胸へと吸い込まれていった。肋骨の隙間を抜け、肺と心臓と血管すらも抜け、皮膚を食い破って反対側へと貫通する。
 神経がかき乱される。鉄が分子レベルで体を苛む。ぎりぎりと、ぐちぐちと。
 だが、臓器は掠ってもいない。
 死ぬ気はしなかった。
 死ぬ気はなかった。
 それは果たして度胸が齎した偶然なのか、それとも武の化身が与えた必然なのか。
 デュラハンが奇跡の剣を捻るーー撹拌される肉。それに巻き込まれる肺組織。
 喀血。痙攣。自分の意に反して動くーー動きやがる体。
 そんな体だから。
 そんな体だからだ。

782 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 00:43:13.71 ID:7tqjT6nh0
 身を捨てても再び浮かび上がってこれることを信じて、体の全ての反射をシャットアウトして。
 そうでもしなければ、勝てない。
 血を流しすぎた。だからなに?
 肺が潰れている。それで?
 腱が切れかかった。ふーん?
 全幅の信頼を寄せるこの体。
少女「もっとやってくれるに決まってぐぼぁっ!」
 血を吐きながら声にならない声を出しながらミョルニルを振りながら、彼女は、
 ただ前へ。
 ただ前へ!
 彼女に勝機はなかった。勝機はなくとも突っ込むその動きは、正気の沙汰ではない。
 ただ、そこには勝機と正気の代わりに信頼があった。彼女は自分の訓練と、身体と、ミョルニルを信じていたのだ。
 少女の能力は身体機能の増幅。魔力経路を全て内向きにして、彼女は魔法が使えない反面、魔力を体内に駆け巡らせることができる。
 魔力は全て、彼女の血肉。

783 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 00:44:02.98 ID:7tqjT6nh0
 無我の中で振ったミョルニルが、デュラハンの右手を、今度こそ引き千切った。握られていた奇跡の剣は、依然として彼女の体内に残っている。
 まだ僅かに修復の奇跡は残存している。光がデュラハンの傷口に集まり、即座に修復を開始した。
 そして少女はそれよりも早く、今度は肩口から吹き飛ばす。
 重厚な鎧に包まれているはずのデュラハンの体が、まるで木の葉のように舞った。踏ん張りの利かないそのタイミングで、返す刀、いや鎚か、少女は渾身の一撃をデュラハンに見舞う。
 魔方陣の展開。
 刃が刃が刃が、襲う。
少女「まだるっこしいっ!」
 少女はそう叫んで、三本の刃を全て掴みーー無造作に掴んで、握力だけで砕く。
 裂け、千切れる左手の五指。
 残った右腕の掴むミョルニルが、デュラハンの上半身から上を、文字通り粉々にした。
 鎧から黒い霧が吹き出し、そこを中心としてまた鎧が召喚、デュラハンの形を取り戻していく。
 そんな隙など与えまいと少女は一歩踏み出し、そこでブレーキをかける。天下七剣、その魔方陣が起動していた。恐らくは先ほどの刃と同時に起動したのだろう。
 だが、何もない。

784 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 00:45:15.10 ID:7tqjT6nh0
少女「……っ?」
 少女が率直に思ったのは、召喚を失敗したのではないかということだった。
 魔方陣から剣は現れていない。
 デュラハンの手にも、ない。
少女「……剣を抜かないの? それとも失敗?」
デュラハン「剣はもう抜いている」
 そんなまさかと少女が周囲を見回して、思わず少女は膝をついた。
 体に力が入らない。
 少女はまた、そんなまさかと思った。
 胸に小型のナイフが突き刺さっている。いつの間に? 何かを投げる動作はおろか剣の召喚自体少女には見えていなかった。それでも確かに胸にナイフは刺さっている。心臓を一突きにする形で。
 まどろみの剣による幻覚とも思えない。確かに激痛がある。体の感覚もまたある。
 少女は膝より上を支えることすらできなくなって、地面に突っ伏した。
 ごぅん、とミョルニルが音を立てる。
デュラハン「天下七剣、其の六。アサシンダガー」
デュラハン「因果関係抹消武器」

785 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 00:46:47.12 ID:7tqjT6nh0
 因果関係抹消。即ち、過程と結果の乖離。
 切る動作を経ずに、切った結果だけを生み出す、絶対的な必中の剣。
 デュラハンはない頭を掻いた。
 理由は二つ。一つは、純粋にこの武器が、彼の好むところではないということ。発動してしまえば片が付くというのは、最早武具というよりも魔法の範疇で、それはデュラハンの本意ではない。
 そしてもう一つ。
 デュラハンは嘗てアサシンダガーを三回抜いたことがある。一度は当然今回。その前には先のウェパルとの戦いで抜いており、最初に抜いたのは九尾との腕試し。
 単純に、彼はアサシンダガーを信用していなかった。いや、効力は無論有意であるが、ジンクスというか、そういうものを感じていたのだ。
 ウェパルも九尾も死んでいないという事実が、この剣に対するデュラハンの不信の源であった。

786 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 00:49:12.38 ID:7tqjT6nh0
 アサシンダガーは必中で、必ず心臓に突き刺さる。それは殆ど即死とイコールであるが、あくまで殆どにすぎない。
 心臓に突き刺さったとしても死ななければ。
デュラハン「うーん」
 一度唸って、アサシンダガーを召還する。
デュラハン「どうやら、こいつは俺とは相性が良くないみたいだ」
少女「悪いのは、運じゃ、ないの」
 少女が立ち上がっている。
 体から煙を立ち上らせつつ、少女は膝に手をついて、デュラハンを見やる。
 体の傷が癒えつつあった。考えるまでもなく、魔力によるものである。目で追えるほどの細胞の再生速度に、さしものデュラハンも息を呑まざるを得なかった。
 そしてそれは、不思議なことに、少女もなのであった。

787 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 00:50:15.64 ID:7tqjT6nh0
 いや、聖騎士団団長と切り結んだ際も、同様の再生を少女はした。切り落とされた腕を無理やりにくっつけるという、離れ業というよりも人間離れした技で、彼女は彼に一矢報いたことがある。
 だが、彼女の能力は、元来そこまで強力ではないはずなのだ。
 無論怪我は常人より早く治るし、皮膚と筋肉の硬質化ーーなにより高質化ーーによって怪我自体を受けにくくはなっている。それでも落ちた腕が、指が、切断面を合わせればすぐさま癒着するなんてことは、考えられないことだった。
 自分の身に何かが起こっている。彼女はそれを理解していた。理由はともかくとして。
 それは狩人にも通じていることである。理屈を考えるのはあとだった。まずは利用できる限り利用してから。
デュラハン「奇跡の剣でも持ってるのかい」
少女「さぁね。あんただって、不死身みたいなもんじゃない。何度も復活して」
デュラハン「これは召喚だからなぁ。そう何度も使えるわけじゃ、ないんだよね」
 デュラハンはそこで言葉を止め、少し間をおいてから莞爾と笑った。

788 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 00:51:10.02 ID:7tqjT6nh0
デュラハン「あぁ、でも、楽しいなぁ。幸せだ。こんなに満ち足りた瞬間は、滅多にあるもんじゃない。そうそうあるもんじゃない」
デュラハン「あの男性二人組といい、人間の潜在能力の高さには目を見張るものがあるよ」
デュラハン「ゆえに、惜しい」
デュラハン「戦争なんてくだらないことで、猛者の命が失われてしまうのは」
少女「……アンタの手だって借りたいくらい」
デュラハン「はは。そんな義理はないんだ、残念ながら、俺は」
 デュラハンは両手を合わせた。一瞬紫電が走り、魔方陣が手と手の間に生まれる。
 空恐ろしいほどの魔力が、魔方陣の先に潜んでいることは明らかだった。空気が、地面が、それぞれ唸りを上げる錯覚すら感じられる。
 少女は対応してミョルニルを構えた。天下七剣の七。次で終わりだ。
 これを乗り越えてなお生きていることができれば、その際は、デュラハンが負けているに違いない。

789 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 00:52:23.17 ID:7tqjT6nh0
 その自覚の一番の持ち主はデュラハンその人だった。天下七剣の召喚。漆黒の鎧の召喚。刃と剣の群れの召喚。魔力はだいぶ消耗してしまった。いや、それが彼の本望なのだが。
 彼には常にガス欠の危険が付きまとっている。しかし彼はそれでよいと、それがよいのだとすら思っていた。全力で戦った末に打ち倒せないのならば、それ以降は蛇足であると、彼は考えていたからだ。
 だからこそ彼は容赦をしない。攻撃全てが一撃必殺。
 そして、彼の手から生み出されるそれもまた、そう。
デュラハン「天下七剣、其の七ッ!」
 少女は地を踏みしめる。靴の底がこすれ、焦げ臭いにおいを生み出した。
 一息でデュラハンへと向かう。
 デュラハンは慌てない。一気に両手の感覚を広げ、一本の、無骨で、何より実用的な、金属を召喚する。
デュラハン「ロトの剣!」
 金属の軌跡が空間を切り開いた。
 少女はミョルニルに刻まれたルーンが解れる音を聞いた。

790 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 00:53:03.42 ID:7tqjT6nh0
 切断。そして破砕。
 ミョルニルの頭部分が切り離されて、地面へと、ごとり。
 少女の右腕部分が切り落とされて、地面へと、ぼとり。
少女「……え」
 少女は自分の身が傷ついた覚えは何度もあれど、それだけは、唯一それだけは覚えがなかったし、そんなことあり得るはずがないとも思っていた。
 神代の遺物であるミョルニルが、壊れるだなんてことは。
 視界を自らの血が真っ赤に色づけしていく中、呆然と少女は欠けたミョルニルへと目を落としている。
デュラハン「ロトの剣。ミョルニルに負けず劣らずの、神代の遺物。特殊能力なんて大層なものはない」
 ロトの剣。それは。
デュラハン「これは」
デュラハン「ただよく切れて、ただよく折れない、それだけの剣」
 それだけで数多の強者の手に渡り、世界を救って来た剣。
 ミョルニルさえも切り落とすほどの、ただそれだけ。
 デュラハンが跳ぶ。少女はようやくはっとして、斬撃に対してミョルニルの柄を掲げるーー

791 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 00:54:33.56 ID:7tqjT6nh0
 ざくんと。
 音がすることすらなく、ミョルニルの柄は切断された。
 大きく胸のあたりが一文字に切り裂かれ、またも地面に赤い花が咲く。
 わずかに傾く少女の体。胸が痛い。心は痛くないのに、胸だけが痛い。
少女「う……」
少女「うぉあああああああああっ!」
 咆哮。追撃をかけようとするデュラハンに、少女は片腕で特攻した。
 斬撃。デュラハンの一振りを紙一重で回避して、懐に潜り込む。
 握りこんだ左拳。ミョルニルがなくとも、彼女の膂力は健在だ。
 爆弾が炸裂するかのような轟音と共に、デュラハンの体が大きく吹き飛ばされた。しかし壁に激突する直前に体勢を変え、壁を蹴って着地、そのまま一気に少女との距離を詰めにかかる。
 少女は退かなかった。守りに徹すれば負けだと思った。事実それはそうだ。守れないのに守ってもしょうがあるまい。
 が、綱渡りであった。木綿の糸一本の上をわたっているにも等しい行いだった。
 デュラハンはひたすらに切る。斬る。
 ロトの剣が振られるたび、空気が裂け、幾重にも結界が張られた壁や地面が裂け、少女の髪の毛が、服が、裂けていく。

792 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 00:56:43.66 ID:7tqjT6nh0
 恐らく彼がその気になって大きく振れば、老婆の植物魔法にだって耐えられるはずのこの塔も、たやすく両断できてしまうのではないかと思われた。
 左拳を半身になって回避すると、がら空きになった側面に対して剣を向ける。が、少女はそのままの勢いで飛び込み、空中から踵を降らせてデュラハンの肩を狙う。
 デュラハンの反応も早い。ただ、それでも僅かに掠った。ちっと、舌打ちなのだか掠れた音なのだかわからない擦過音が響いて、デュラハンは僅かに揺らぐ。
 それでもデュラハンの剣先が止まることはない。抵抗すらなく剣先は少女の脇腹と、内臓の一部を持っていく。
 それでも少女の猛攻が止まることもなかった。踏込は刹那。右腕の関節を極め、一気に折りにかかる。
 空気が震えた。見れば地面と空中に、計四つ、魔方陣が展開されている。
 デュラハンがわずかに苦痛の雰囲気を漏らす。彼もまた魔力の枯渇が見え始めているのだった。
 刃と刃と刃と刃が四方から少女に向かう。逃げ場は残されているが、それはデュラハンが意図的に残したものに違いなかった。
 ゆえに少女は刃へと飛び込む。
 服と肉が裂けるが、命はまだ健全である。軽くステップを踏んでから急加速と急旋回、背後を取ろうと試みる。
 対応して振り向きざまの切り付け。速度は、これもまた神速である。
 屈んだ少女の髪の毛が、途中からそっくり霧散した。

793 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 00:57:30.65 ID:7tqjT6nh0
 足払いーーそして、一閃。
 コンマの差で、少女の左足が、彼女の制御を離れ
少女「アタシのもんだ!」
 手が伸び、それを掴む。
少女「アタシの体は、アタシのもんだっ!」
少女「だからアタシに自由にできないことは、ないっ!」
 少女の体が光を放った。無理やりに接合面をくっつけたそれは、瞬時に治癒する。どういう理屈かわからないままに。
デュラハン「おいおい、ウソだろ」
 唖然としたデュラハンの体は、振り抜いた反動で大きく空いている。
少女「力ずくで!」
少女「ぶんっ……殴る!」
 風が吹いた。
 少女は自らの拳が砕ける音とーーデュラハンの鎧が砕ける音を聞いて、笑みを浮かべる。

794 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 00:59:21.91 ID:7tqjT6nh0
 デュラハンは地面を二回バウンドし、土煙を巻き上げながら壁に激突し、そこでようやく止まった。土煙の中には脇腹から胸部にかけてが大きく粉砕されたデュラハンの姿がある。
 しかし、デュラハンは依然として立ち上がる。
少女「おとなしく、やられておきなさいよっ!」
デュラハン「はっは! 言うね! でもでも、だめだよ、まだまだ、足りない!」
 溜めすらなくデュラハンは宙へ駆け出す。鎧の修復は間に合っていない。そこから彼の生命たる黒い靄が流れ出てはいるが、そんなことお構いなしだ。
 力一杯にロトの剣を振るった。横薙ぎに空間が断裂し、少女の遥か後方の壁が壊滅する。
 今度は唐竹割。地面と天井が、真っ直ぐに亀裂の餌食となる。
 血にまみれながらも少女は地を踏みしめる。あと三歩。たったそれだけの距離が、いまや彼女には数キロ先のように感じられた。
 時間は遅々として進まない。泥濘の中をもがくような息苦しさと、ほんの少しの高揚が、世界を満たしている。
 どうすればいいのだ、と少女は自らに問うた。どうすればデュラハンに勝てるのかと。
 拳は砕けた。鎧を砕けても、あいつの命を、存在を、砕くことはできない。

795 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 01:00:33.75 ID:7tqjT6nh0
 酷く胸が熱い。そこから始まって、全身が熱い。血を流しすぎたら本当ならば冷たくなるはずなのに。
 それとも、この熱は血液のそれか。
 いや、違う、と少女は思った。
 これは血液のそれではなく、血潮のそれだ。
 彼女の内に流れる、魔力のそれだ。
 誰かの手を少女は握っていた。しかしそれは錯覚だった。ここには誰もいない。少女とデュラハンしかいない。だから、彼女は、こんな切迫した中でも、なぜか冷静に「いやいや、違うでしょ、アタシ」と自分に対応できる。
 それでも、誰かが手を握っているのだ。
 否。誰かの手を握っているのだ。
 デュラハンがロトの剣を振るった。少女にはそれがよく見える。回避できないだろうことも、防御できないだろうことも、ゆえによくわかった。
 少女は、それを踏みつける。