Part3
46 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 19:27:00.53 ID:yFuxTM2h0
勇者「行くぞ」
剣を鞘に戻しながら言った。
少女「ど、どうしたの?」
勇者「知るか。ただ、前にもこんなことがあった。ーー嫌な予感がする」
少女「おばあちゃんっ!」
老婆「はいはい、行きますよ」
三人はすでに遠く離れた狩人を追う。
姿こそ見えないけれど、下草を踏み倒した跡が彼女の行先を告げていた。
老婆「と、年寄りを、いた、わ、らんかぁ……」
勇者「自慢の魔法でなんとかしろ!」
47 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 19:28:06.79 ID:yFuxTM2h0
光がだいぶ強くなってくる。
視界のかなたには森の切れ目が見えた。
そして、感じる異変。
勇者(なんだ、この臭いは?)
勇者(まるで何かが焼けるような……)
光の中へと飛び出す。
明るさに一瞬目が眩んだがーーそこで三人は、明るさが昼間の太陽だけでないことを知った。
町がひとつ、黒煙をたなびかせながら炎に包まれているのである。
勇者「ばあさん!」
老婆「わかってるよぉっ!」
老婆「一週間分の飲料水、全部ぶちまけてやるよっ!」
人差し指を向けると町の上空に大きな亀裂が走り、そこから大量の水が降り注ぐ。
48 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 19:29:30.14 ID:yFuxTM2h0
水の蒸発する音が一面に響き、けれど、火勢は一向に弱まる気配を見せない。
十数メートルほど離れていても熱気が伝わってくる程度なのだ。
勇者「もう終わりか!?」
老婆「ババア扱いの悪いやつだねぇっ! ただの転移魔法にどれだけの効果があると思ってんだい!」
老婆「近くに湖でもあれば……」
水源は探せばどこかにあるはずだが、そんな暇も土地勘も、今の三人にはない。
少女「なんで、なんでこんなっ……あっ! 狩人さん!」
少女の視線をたどれば、確かに狩人がいた。
一枚隔てて炎の燃ゆる塀のそばで、呆然と立ち尽くしている。
いや、足元に誰かが倒れていた。
49 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 19:32:10.57 ID:yFuxTM2h0
勇者「これは……昨日の」
倒れていたのは、昨晩勇者に人質に取られた女兵士であった。
顔こそ見ていないが、紋章の付いた鎧と儀式杖は見間違えようもない。
背後から大きく袈裟切りの傷。煙に巻かれて死んだわけではなさそうだ。
狩人「嫌なにおいがした。やっぱりだ」
それは果たして、煙の臭いなのか、死の臭いなのか。
勇者は少女を見た。それこそ漏らすのではとも思ったが、予想に反して、少女は眉根を寄せている。
勇者「ほかにだれかは?」
狩人「それは、どっちの?」
その返しで勇者たちが愕然とするくらいには、不幸なことに彼らは理解力があった。
彼女はつまりこう言いたいのだ。生きている者を指しているのか? 死んでいる者を指しているのか? と。
すなわち、死体がこれだけでないことを暗に意味している。
50 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 19:32:47.74 ID:yFuxTM2h0
勇者「何人死んでた」
直截的に尋ねる。彼女はこういうとき、はぐらかしたりしない。
すぐに応えはあった。
狩人「町の周囲にはぐるっと八人。あと……十二匹? くらい」
匹。
勇者は改めて確認するように、ゆっくりと問う。
勇者「魔物、なのか?」
狩人「可能性は高い。魔物が襲ってきて、応戦して、こうなったのかも」
老婆「勇者よ、この近くには魔王軍の駐屯基地がある。そこからでは?」
勇者「かもしれないけど、わかんない。保留だ。とりあえず生存者を探す」
少女「……」
51 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 19:40:32.29 ID:yFuxTM2h0
じっとこちらを見てくる少女に対し、勇者は怪訝な顔をした。
勇者「なんだ」
少女「いや……アンタ、こういうこと気にしなさそうなのにな、って。ごめん。忘れていいよ」
勇者「人が死ぬのは悲しいだろ」
それは紛うことのない正論であった。少女は黙って炎を見つめる。
52 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/11(水) 20:10:24.06 ID:HyegmwRao
貴重な女兵士が(´;ω;`)
53 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 22:42:47.75 ID:yFuxTM2h0
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
結局、生存者は見つからなかったが、狩人が見つけた以上の死者をみつけることもまたなかった。
町の炎はその後半日燃え続け、水源を発見した老婆の転移魔法により、なんとか消化に成功した。だがそれだけである。
火が消えたからと言って死者は生き返らない。
何があっても、死者は死者のままだ。
透き通った湖のほとりで、四人はひざを突き合わせながら今後のことを話し合っていた。
少女「アタシは一刻も早くこのことを伝えるべきだと思う」
勇者「伝えるってどこに?」
少女「それはいっぱいあるでしょ。それこそ王国軍とかさっ」
勇者「魔王はどうする?」
少女「どうせ魔王城は王都の延長線上でしょ。おばあちゃんの転移魔法もあるんだから」
54 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 22:43:36.77 ID:yFuxTM2h0
狩人「ここって、村の人も使ってたんだよね」
唐突なことを言い出した狩人に、少女は軽く眉を顰める。
少女「そうじゃないのかな?」
狩人「野営も?」
勇者「え?」
狩人「少し入った森の中に、火を起こした跡があった。三つ。新しいの」
少女「どういうこと?」
老婆「町が燃えたのと関係がある。そういうことじゃないのかえ?」
狩人「……」コクコク
少女「……魔物は、野営しないでしょ」
狩人「あと、倒れてた女兵士。剣で切られたみたいだった」
狩人「魔物、剣、使うかな」
少女「そりゃ、知能による、でしょ。ゴブリンとかオークとか、鬼とか、人型なら、使うし……」
55 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 22:44:05.76 ID:yFuxTM2h0
少女は自分の声が震えていることに気が付いた。
だって、そういうことではないか。狩人が言っているのは、つまり、そういうことではないか。
あぁーー吐き気が、する。
死はとても冷たいものだ。それだのに、死は同時に、自分の中の激情を酷く揺さぶる。
これは駄目だ、と少女は思った。獣を解き放つことは許されない。
折角できた仲間が離れて行ってしまう。
少女が自らの体を抱きしめるように力を込めたことに、勇者も狩人も気が付かない。
ただ老婆だけが静かな視線を送り続けている。
勇者も狩人も老婆も、あえて先を促すことはしなかった。それから先は自明で、口に出すことも憚られる内容で。
しかし、言いたくなくても誰かがいつかは言わねばならない。
それは関わってしまったものの責務であり、自らの命にもかかわってくる事柄なのだ。
56 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 22:45:40.58 ID:yFuxTM2h0
勇者「……焼き討ちか?」
狩人「可能性としては」
少女「そんな、なんで、バカじゃないのっ!」
獣が檻を揺さぶる。原始的な雷に、檻はどこまで耐えられるのか。
落ち着け、落ち着け。鞭でも飴でもなんでもいいから、早く、誰か、持ってきて。
祖母とともに旅をして、人が死ぬところなど何回も見てきた。
世の中には辛く悲しいことが充満していることもわかっている。
だけれど、同胞殺しなど……。
少女の前に老婆が手を出す。
老婆「まぁ、落ち着け。勇者、狩人よ、憶測で物事を喋るべきではない」
57 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 22:46:06.94 ID:yFuxTM2h0
狩人「わかってる。ごめん」
少女「おばあちゃん、いますぐ王都に連れてって。報告しないと」
あくまで自然な言葉であった。真剣なまなざしで、老婆に向かっている。
老婆は帽子を整えながら、「やれやれ」と笑みを浮かべた。
老婆「すまんが、二人とも。不肖の孫に付き合ってやってはくれんか」
勇者と狩人は顔を見合わせ、頷く。二人とてこのままにしていいとは思っていない。
勇者「しょうがねぇなぁ、子供の相手をするのは大人の義務だ」
狩人「勇者にわたしは従うだけ」
老婆「よし、それじゃあーー」
??「おいお前ら、そこで何をしている!?」
58 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 22:47:46.35 ID:yFuxTM2h0
下草をかき分け姿を現したのは、一人の兵士であった。紋章の刻まれた鎧を身に着けている。
勇者はその声に聞き覚えがあった。昨晩出会った兵士だったからだ。
兵士はすでに剣を抜いていた。
空気にぴりりとしたものを感じながら、勇者は立ち上がる。
勇者「それより、近くの町が大変なことになってる。ありゃなんだ」
兵士「そうか……あれを、見たのか」
ざく、ざく、ざく。周囲の木々を後ろから、同様の剣と鎧を身に着けた兵士が、ぞくぞくと姿を現す。
その数はゆうに十人を超え、小隊規模を超えている。
59 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 22:48:46.29 ID:yFuxTM2h0
老婆「不穏な雰囲気じゃのう」
あくまで楽しそうに老婆は言った。そんなところではないというのに。
勇者はあえてそれを咎めない。精神のどこかが焼き切れたような人種は、確かに、ときたまいるものだ。
勇者「転移魔法は」
老婆「使ってもええが、顔を見られているのも始末が悪い」
勇者「じゃ、ま、正当防衛ってことで。……狩人」
狩人「うん」
勇者「皆殺しだな」
兵士「かかれぇえええええっ!」
号令。兵士たちは鬨の声を上げ、一斉にこちらへと向かってくる。
勇者は相手に滅多な隙がないことをその瞬間に悟った。
相当に訓練された兵士が、なぜこんな森の中に? 彼は当然浮かんでくる疑問に対し、首を横に振る。
今はそんなことを考えている場合ではない。
60 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 22:51:19.91 ID:yFuxTM2h0
剣戟が降り注ぐ。上段からの一撃を短剣でいなし、片手の長剣で反撃を試みる。が、それも弾き返される。
側面から向かってくる兵士の顔面に、鏃が深々突き刺さる。勇者が前衛、狩人が後衛。実地で慣らした連携は健在だ。
狩人はそのまま矢を速射し、そのまま背後の木へと登っていく。
正対する兵士は筋骨隆々ですらないが、引き絞られた肉体を持っている。これもまた実地で慣らされたものに違いない。
突き。鎧の側面を大きく傷つけるも、大きく反らされた。上体が大きく開き、左手が遠い。
陽光に光る兵士の長剣。
どうせ生き返るのだ。勇者はあえて、目を瞑り、
ぶぉん、と、音がして、
勇者の隣では少女が兵士を鎧ごと打ち砕いていた。ミスリルのひしゃげる音とともに、骨がそうなる音もまた、響く。
61 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 22:54:09.86 ID:yFuxTM2h0
少女「あんたらが」
少女は、確かに自分が酷い顔をしているのだと思った。
檻はいったいどこへいってしまったのか。これでは二の舞ではないか。
もう人間なんて殺したくないのに。
少女「あんたらが、あんたらがあんなことをしたのかっ!」
怪力乱神であるかのように、少女は血眼になりながら、鎚をふるう。ふるう。ふるう。
多大な遠心力を伴う一撃は、掠めるだけで兵士たちをぼろ雑巾に変えていく。
兵士「な、なんだあの小娘は、化け物かっ!」
少女「化け物はあんたらだっ! 人の面をかぶった怪物めっ!」
62 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 22:55:14.35 ID:yFuxTM2h0
どうやら少女は兵士たちがあの惨状の主犯であると決めてかかっているようだった。
それもやむなし、と勇者は思う。この状況は不自然に過ぎる。
気を抜いた瞬間、金槌が勇者の髪の毛を掠めていった。
勇者は少女に文句の一つでも言おうとするが、少女の荒れ狂う姿には、声をかける隙すら見つけることができない。
少女「ッ! ッ!」
勇者「……」
力任せに鎚をふるうが、少女の怒りを逆に扱い易しと判断したのか、兵士たちは一定の距離を保って相手取る。
少女一人に兵士が三人。勇者も加勢に向かいたいが、号令をかけていた兵士がそれをさせてくれない。
63 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 22:56:23.10 ID:yFuxTM2h0
兵士「せいっ! やあ!」
裂帛の気合とともに繰り出された一閃が、勇者の剣を弾き飛ばす。
勇者「ちっ! (短剣を抜くか、魔法か、死ぬか)どうする……?」
兵士「ちぇえええええすとおおおおおおおおっ!」
大上段から振りかぶった、唐竹割。
反射的に雷魔法を唱えるーーしかし間に合わない。武勲が知れる速度と太刀筋のそれは、確かな殺意で勇者に襲い掛かる。
狩人「勇者!」
振動が、鈍い音として勇者の体を震わせる。
意思とは別に宙を舞う、右腕。
無理な大勢で回避しようとしたため、そのまま地面に倒れこんだ。
白兵戦からわずかに離れた樹上では、狩人が矢を番えて狙いを定めていた。
64 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 22:57:01.63 ID:yFuxTM2h0
狩人「寸分違わず、射る」
軽やかに風切音。
たった今勇者と対峙していた兵士は、肩に突き刺さった矢を抜き、剣を構える。
兵士「あんなところから!?」
驚愕か、苛立ちか。叫んだ兵士の視線の揺らぎを勇者は見逃さない。
起き上がりざまに雷魔法を兵士の腹に叩き込む。
兵士「ーーーーーーーーッ!」
声にならない声。肉の焦げる臭い。
彼の持っていた長剣を奪い、体重を預ける形で立ち上がる。
激痛という棘が体内から皮膚を食い破り、それに伴って意識にまで穴が空く。
視界の端では少女が依然として複数人を相手取っていた。
その数、八人。
65 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 23:00:55.79 ID:yFuxTM2h0
狩人「させない」
狩人が矢を放つが、巨漢の兵士が一人、手を広げて立ちふさがった。
一本が肩、もう一本が腹の鎧を貫通して突き立つ。
兵士の顔が苦痛に歪む。けれどその先に届くことはない。
狩人「届くまで射るだけ……!」
鎧の隙間を狙う技術は一流であったが、対する兵士の仁王立ちもまた一流であった。
倒れることなく矢を受ける背後では、少女が徐々に押されつつある。
兵士「怯むな! 距離を取って隙を突け! 紋章に賭けて戦い抜け!」
兵士「ウォオオオオッ!」
掲げられた旗印に、その他の兵士は喊声で以て返す。
少女「人殺しのどこに大義がある!」
鎚が地面を大きく抉る。土塊が舞い、落ちる。
大きく見せたその間隙を、無論兵士は見逃さない。突き出された刃が微かに、だが確かに少女に傷を与えていく。
66 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 23:01:46.23 ID:yFuxTM2h0
鎚が地面を大きく抉る。土塊が舞い、落ちる。
大きく見せたその間隙を、無論兵士は見逃さない。突き出された刃が微かに、だが確かに少女に傷を与えていく。
振り向きざまに大振りするが、その時点で兵士は射程距離外へと退避している。
少女(くそっ!)
たまらないもどかしさがあった。自らの気持ちを斟酌する余裕すらない。
涙と疲労で心がぐちゃぐちゃでは、自然と力任せにもなる。
そしてその隙を狙われるのだ。
狩人「早く、早く倒れて……!」
矢の一本が、兵士の眼球へと突き刺さった。それが最後の一押しとなったのだろう、兵士がようやく前のめりに倒れる。
感慨もなく、追加の矢を番え、弦を引き絞る。速射でどれだけ殺せるか。
見えてきたのは少女が片膝をつきながら、それでも鎚を振り回している姿であった。
67 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 23:04:04.91 ID:yFuxTM2h0
勇者「おい、この、クソガキッ! 頭冷やせ、一回引け!」
体が動かない。なんだ、この体たらくは。また自分だけが生き返るのか。
視界が歪む。出血のせいだ。涙などでは断じてない。
あんな喧嘩腰の少女のために流す涙などない。
勇者「誰かあいつを助けろよぉっ!」
老婆「無論じゃ」
老婆が、それまで諳んじ続けてきた詠唱を終える。途端にあふれ出る魔力の余波は、ヴェールとなって辺りを黄金色に染め上げた。
恐ろしく鋭い爪を、兵士の集団に向ける。
その場にいた誰もが、魔法の心得はなくとも、それが所謂危険なものであるとすぐに知れた。
兵士が叫ぶ。
兵士「全員、防御姿勢をーー!」
老婆「それくらいで防げるかよ!」
68 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 23:05:32.89 ID:yFuxTM2h0
光が迸る。
勇者がまず目にしたのは躑躅であった。立派な桃色と茶色が眼前に屹立していたのである。
それだけではない。向日葵、紫陽花、桔梗、蓮華、柊、福寿草と、時系列を違えた草花が、辺り一面に、所狭しと咲き乱れている。
躑躅が揺れて、倒れる。
勇者はそこで、初めてそれが、躑躅の外骨格を纏った何かであることを知った。
それだけではない。すべての植物は、兵士の衣としてそこにあるのだ。
恐らく養分という形で。
勇者「ーーッ!?」
驚きは二重である。「何か」の正体もそうであったし、その瞬間に見てしまった自らの残った腕もまた、枯れた大地となっていたのだ。
乾燥し、骨と皮だけになった、血の通っていない化石じみた腕。僅かな衝撃でも根元から折れそうな危うさを秘めている。
腕の脆さとは裏腹に、そこに生えている数百もの薄は、まるで今が人生の春とでもいうかのように風にそよぐ。
活力と勢力に満ち溢れた生命力の塊は、生に対しての貪欲さも同時に意味している。他の全てを奪い取ってでも自らの糧にしようという生存戦略。
理解ができない。こんな魔法は見たことがない。
69 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 23:12:02.42 ID:yFuxTM2h0
意識が暗転する。衝撃などは微塵もなかった。それだのに、まるで薄こそが勇者の生まれ変わりであるかのように揺れている。
奥歯を噛みしめ踏みこらえる。が、骨も筋肉もまるごと漏出してしまったかのように手ごたえがない。
狩人「勇者!」
遠くから一足飛びでやってくる狩人。彼女の太ももからも、僅かだが銀杏の新芽が顔をのぞかせていた。
勇者「……お前、もっと加減しろよ」
口を出すだけで精いっぱいである。
踏みとどまった衝撃で、腕が肘から折れて砕ける。
老婆「……」
何も応えがないのが奇妙であった。老婆は足早に植物の群生地へと進んでいく。その先にいるのは少女である。
少女の右ひじから先は、さながら樹海となっていた。