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勇者「王様が魔王との戦争の準備をしている?」
Part29


690 : ◆yufVJNsZ3s :2012/12/09(日) 04:27:27.31 ID:aaH0ifRe0
 聖騎士の姿が消えた。同時に数十本のナイフが空中へと突如現れ、二人へと四方八方から襲いかかる。
 しかし二人は動じない。二人の眼前には少女がいて、五体不満足が極まりながらも、しっかりとミョルニルで全てのナイフを打ち落としたからだ。
少女(なによなによなによっ、見せつけてくれるじゃないっ! もう!)
少女「わかったわ! 二十秒、命を懸けて稼いであげる!」
 言いながらミョルニルを頭上に振るった。金属と金属のぶつかる音。そこには聖騎士がいて、またも姿を消す。
 ナイフの雨の出現。打ち落とす。背後から現れる聖騎士と斬撃。切り結び、弾き飛ばしーー数メートルの距離などゼロだ。聖騎士の二刀を回避しながら反撃。
 二刀での連撃をミョルニルの大ぶりで迎え撃つ。数度のかち合いの後、ついに一刀が刃の中腹から砕け散る。それでも聖騎士は止まらない。人を殺すにはその命さえあればいいという気概で突っ込んでくる。無論、少女も小細工なしで迎え撃つ。
 剣戟。手数では聖騎士に分があるが、重みでは少女に分がある。聖騎士は打ち合いをなるべく避けつつ、死角を取ろうと試みる。対する少女は木を背にするなどしながら、なんとか正面に聖騎士を出現させようともがく。
 一刀の振り下ろしを少女は寸でで回避した。回り込んで攻撃。しかしそのときすでに聖騎士はおらず、変わりにナイフの雨が眼前へと迫る。

691 : ◆yufVJNsZ3s :2012/12/09(日) 04:29:20.96 ID:aaH0ifRe0
 聖騎士が背後から一刀を振り上げた。
 少女は反転を試みる。しかし抉れでどうしても反応は鈍い。意識も、体も。
 この時点まで、僅か五秒。
 悠久に感じるほど濃密に圧縮された時間の中、少女の左腕が、体という制約から解き放たれる。
 血は出ない。剣戟の鋭さに、体は攻撃に気が付かない。
 少女は吠えた。無意識の行動だった。
 こんな奴に負けるわけにはいかないと、少女は先ほどからずっと思っていたのだ。
 何が「こんな奴」なのかはわからないけれど、確かに目の前の聖騎士は所詮「こんな奴」にすぎなかった。その程度の男だった。
 だから、負けるわけがない。
少女「負けるわけが! ないっ!」
 左腕を右手が掴んだ。そのまま切断面と切断面を無理やりに押し付けーーまた吠える。
 自分の体は自分のものだ。切り離されても、抉られても、自分のものなのだ。
 自分の思い通りにならないわけがない。
 少女はそのまま左腕で、
 左?
 左。
 左腕で!
 聖騎士を、殴り飛ばした。

692 : ◆yufVJNsZ3s :2012/12/09(日) 04:30:27.29 ID:aaH0ifRe0
 高速で吹き飛ぶ聖騎士に、地面を蹴って追いすがる。聖騎士は時間を止めて対処しようとするが、時間を止めても止めても止まらない少女の追撃に、焦燥を感じずにはいられない。
 圧縮された濃密な時間が解放される。
少女「二十秒! 確かに、稼いだわよ!」
 血をまき散らしながら少女はまた吠えた。勝利の咆哮であった。
 狩人と勇者が何をするかはわからないが、狩人が言ったからには勝利なのだ。そう信じられる程度には、少女は彼らを信じていた。
 他の何においても信じられる程度には。
 少女の視界の中で、手を固く結んだ二人の残った手、その間に小さな、けれど渦巻くほどの雷撃が現れていた。矢の形をした雷。いや、雷の姿を持った矢なのかもしれない。
 ひどく中間的なその魔力体から聖騎士へと視線を向けて、狩人は呟く。
 ぽつりと、一言。
狩人「インドラ」
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698 : ◆yufVJNsZ3s :2012/12/19(水) 02:39:57.42 ID:ZKwRGWwZ0
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 聖騎士は「あぁ」と呟いた。そこには何の感慨もなく、ただ「あぁ」という呟きだけが漏れた。
 光が聖騎士を照らす。雷撃の生み出す光。触れただけで溶け落ちそうな魔力の矢は、一瞬の思考、意識、反射すら待たずに彼の首から下を持っていく。
 即死だった。僅かに時間があれば、彼は反応して時間操作を行い、逃げおおせるつもりだった。それもできないほどの威力と速度だけれど、なぜか不思議と、残る意識がある。
 渦を巻き、尾を引く思考。
 彼とともにあった、四人の仲間の姿。
 彼は確かに見たのだ、彼が求め続けていたものを。
 不完全ながらも。
 それは決して彼の願いをかなえたわけではなかった。結局、彼は最後まで、自身のルーツを知ることはなかった。なぜ記憶喪失になったのかも。
 しかし安穏の一助にはなった。自分にも確かに過去はあって、仲間がいたのだと思えたことは、彼の短いーー記憶の上ではーー人生の中で、最大級の幸福だった。
 そうして、やがて意識も絶える。
 嘗て「魔王」と呼ばれた男は、こうして最期を遂げたのだった。
 そんなことなど露知らず、勇者たちは老婆に駆け寄る。少女もふらふらになりながら、己の祖母のところへと、向かっていく。

699 : ◆yufVJNsZ3s :2012/12/19(水) 02:40:26.79 ID:ZKwRGWwZ0
勇者「ばあさん、大丈夫か!」
 勇者が老婆の肩を揺さぶると、瞳が苦痛に歪みながらも、ゆっくりと開いた。
老婆「そんなに、叫ぶな……大丈夫じゃ、生きておるよ」
 腹をさする老婆。破けたローブの隙間からは血の滲んだ包帯が見え隠れしている。
少女「本当に大丈夫なの?」
老婆「大丈夫じゃ。やられる寸前、治癒の陣地を体内に構築した……とはいえ、痛みはどうにもならんが、いつつっ!」
 確かに老婆の腹から血液の流出はない。ナイフの刺さっていた箇所は、包帯の下ですでに瘡蓋になりつつあるのだろう。
 聖騎士の攻撃が腹を一突きであったのが幸いだった。これがたとえば首を刎ねられたりしていたら、如何な老婆と言えどもどうしようもない。
 とはいえ、どうしようもないのはむしろ聖騎士だった。時間操作によって停止した対象には、文字通り刃が立たない。ゆえに聖騎士は時間操作を主として移動のみに使っていたのだし、攻撃手段もナイフの物量に頼った。

700 : ◆yufVJNsZ3s :2012/12/19(水) 02:40:56.48 ID:ZKwRGWwZ0
勇者「大丈夫っていえば、お前も左腕、大丈夫なのか?」
 一度は切り離された左腕。少女は自らの腕を上げ、手を握ったり開いたりして、なんでもないことを示して見せる。
 まさか、という気分であった。あまりにそれは人間業ではない。
勇者「……お前もだんだん人間離れしてきたな」
少女「死んでも生き返るアンタに言われたかないわよ」
勇者「狩人もいつの間にあんな魔法を……狩人?」
狩人「……」
 狩人は己の手を見る。突如として現れた弓と矢。それが出てくる原因を、意味を、狩人自身が図りかねている。
 もし普段から魔法の訓練を積んでいたならば、結実とみることもできたろう。しかし狩人はいまだかつて魔法の訓練など行ったことがない。運が良かったと、ご都合主義だと思えばよかったのだろうか。
 確かに己の体内に熱を狩人は感じていた。それは灯だ。ついぞ存在しないと思われていたものだ。
 狩人は、なぜだか安らかな顔で転がっている聖騎士を見て、呟く。

701 : ◆yufVJNsZ3s :2012/12/19(水) 02:41:30.37 ID:ZKwRGWwZ0
狩人「私たちは過去を乗り越えて、未来のために生きている。過去のために生きてるあなたが勝てる道理は、ない」
 後ろ向きであることを否定するつもりはないが、聖騎士の生き方は目的と過程において同一化のなされた、あまりにも後ろ向きすぎる営為であった。その営為の生み出す熱量は、所詮あの程度である。
 前を向いて泥の中をもがく者たちに比べれば、とてもとても。
老婆「しかし……だいぶ魔力を消費してしまった、な。済まんが、このまますぐに行動というわけには、いかなさそうじゃ」
 それもそのはずである。老婆はもともと陣地構築を得意としているわけではなかったし、ただでさえ本来ならば準備の要する呪文である。即座にその展開を可能にしたのは、老婆の類稀なる魔力量に他ならない。
 必要とする行程はすべて魔力ですっ飛ばした。その結果として魔力が枯渇に近づいたとしてなんらおかしくはない。
少女「しょうがないね。おばあちゃんはゆっくり休んでて。アタシたちだけで、あの変態をーー」
 ぐらりと少女の体が傾いだ。勇者と狩人が手を伸ばすが、それよりも先に少女は地面に倒れる。
 いや、さらにそれより先に、少女の全身が黒い抉れに飲み込まれ、消失した。
 勇者と狩人の手は虚空を浚う。

702 : ◆yufVJNsZ3s :2012/12/19(水) 02:42:56.55 ID:ZKwRGWwZ0
 脳が理解を拒んだ。
 あまりにあっけなさすぎる結末。
勇者「は……?」
 全ては油断が招いた結果だった。そのような誹りを受けても、誰も否定はできない。即効性のなさに後回しにしていたことが全ての問題だ。
 寧ろ誹りを受けるくらいで過去を修正できるならば、どんな罵倒も拷問も受けるつもりだった。
 だが現実はあまりにも苛烈で、過去はどこまで不可逆である。
 名前を呼んでも、応えはない。
勇者「なんだよこれぇっ!」
勇者「ふざけんじゃねぇぞっ……!」
 勇者はあたりを見渡した。どこかに偉丈夫がいて、この周囲からこちらの様子を窺っているのではないかと思ったのだ。
 当然そんなはずはなかったし、勇者もそんなはずはないと思っていた。体を動かさなければ重責に押しつぶされてしまいそうだったのだ。
 無論、勇者たちは知らない。偉丈夫の呪術の効力が及ぶ範囲を。その途方もなさを。
 偉丈夫の呪術は、基本的に彼が死ぬか解除しなければ、隣国に逃げようともついて回るほど強力なものだということを。
 

703 : ◆yufVJNsZ3s :2012/12/19(水) 02:43:25.71 ID:ZKwRGWwZ0
狩人「勇者! とりあえず落ち着かないと!」
勇者「って言ったって!」
狩人「ここはもう敵陣で、戦場。なんのために私たちがここにいるのか思い出して!」
 世界を平和にするのだ。わかっている。そんなことわかっている。忘れこともない。
 それでも。
勇者「はいそうですか、って言えるわけねぇだろ……」
 勇者が苛立ちを隠せずに舌打ちをした、その時である。
 ずしん、と。
 否。ずぅううううううん、と。
 地を鳴り響かせる轟音が、林の奥、恐らく平原の戦場から、聞こえてきた。
 それは単なる轟音ではなかった。地震を彷彿とさせる揺れを伴って、魔力の余波が、確かに彼らにも届く。
 たっぷり三十秒ほど揺れて、ついに音も揺れも収まる。
勇者「……」
狩人「……」
老婆「……」
 顔を見合わせる三人。一体奥地で何が起こったのか、想像だにできなかった。

704 : ◆yufVJNsZ3s :2012/12/19(水) 02:45:33.80 ID:ZKwRGWwZ0
狩人「あれが、核、ってやつなの?」
 呆然と狩人は尋ねた。老婆は音源から顔を逸らさず、僅かに顔を横に振る。
老婆「あれは途方もない熱波を伴う。この辺りが焦土になっていないということは、あれは核魔法では、ない」
狩人「なら……」
 あれはいったい何なのか。
 狩人はその言葉を飲み込んだ。が、二人も気持ちは同じだった。
 魔法に精通している老婆に正体がわからないということは、滅多なことではありえない。そこにある何かは、恐らくイレギュラーだ。そしてそのイレギュラーがプラスに働かないことは明白である。
 考える間もなく勇者は立ち上がる。頭に上った血はだいぶ降りてきていた。
勇者「行くぞ」
狩人「……うん」
老婆「わしを置いて行ってくれるなよ」
 老婆も何とか立ち上がって言った。

705 : ◆yufVJNsZ3s :2012/12/19(水) 02:48:39.40 ID:ZKwRGWwZ0
 声が一人分足りないことはいまだに精神を苛む。しかし、勇者は知っていた。悼むことはいつでもできるのだと。そして全てが終わってから悼むことこそが、少女にとって本当の悼みになるのだと。
 三人は視線を交わらせる。そうして頷いたのち、駆けた。
 木を避け、藪を突っ切り、下草を踏みつけながら走る。
勇者(おかしい)
 先ほど狩人が言ったように、ここは戦場で敵陣だ。それだのに……
勇者(敵兵が、いない?)
 あの轟音が敵軍のものならば、敵兵は恐らくそのことを知っているはず。敵兵がいないということは、轟音のもとを対処するために持ち場を離れたのだろう。
 その事実は逆説的に、あの轟音が勇者たちの国のものであることを意味している。しかしその仮説は、老婆が轟音の正体を知らないことで否定される。彼女の知らないほどの機密だというのは考えにくい。
 曲がりなりにも彼女は兵器としての個人で、さらにかつての戦争の英雄なのだ。

706 : ◆yufVJNsZ3s :2012/12/19(水) 02:49:29.32 ID:ZKwRGWwZ0
 ならば導き出せる帰結はただ一つ。あの轟音は恐らく第三者が引き起こしたものだということ。
勇者「っ!」
 剣を抜き、走りざまに切りつける。
 手ごたえがあって、トロールの脂肪のついた首から上が、地面に転がった。
 数度痙攣して緑色の体もまた崩れ落ちる。
狩人「トロールなんて、この辺にいたっけ?」
老婆「いや、いないはずじゃ。が……」
勇者「いるんだから、いるんだろうよっ!」
 三人の視界いっぱいに魔物の大群が押し寄せていた。
 トロール。コボルト。スライム。ゴブリン。キメラ。ローパー。そしてそれらの眷属たち。明らかに地上にいるはずのない、水棲の魔物まで這いずってきている。
勇者「なんだ、これ……」
 十や二十では利かない数の魔物に、思わず体の力が抜ける勇者。誰だってわかる。これが異常事態であることに。

707 : ◆yufVJNsZ3s :2012/12/19(水) 02:50:29.60 ID:ZKwRGWwZ0
 ゴブリンメイジが放った火球を、狩人が光の矢で相殺させる。
狩人「ぼーっとしちゃだめ」
勇者「あ、あぁ。悪い」
老婆「轟音と関係があるんじゃろうな、きっと」
 そして、魔物たちはここにだけ押し寄せているわけではあるまいとも、老婆は思った。
 轟音の正体が敵軍でも自軍でもないのだとすれば、それは第三者以外が引き起こしたものに他ならない。そしてその第三者足りえるのは、この現状を鑑みるに、魔王軍しか考えられない。
 魔王軍の目的が何なのかはひとまず置いておくとして、意味もなくこのような事態が起こるはずはなかった。
 老婆のその考えはほぼ十割が的中している。あの轟音の正体は確かに九尾によるものであるし、この魔物の大群も、全て九尾が用意したものであった。
 その数、一億八千万。
 数を多く用意した分個々の強さは落ちたが、九尾がほしいのは質より量。軍隊の足止めができればそれでよいのである。

708 : ◆yufVJNsZ3s :2012/12/19(水) 02:51:43.35 ID:ZKwRGWwZ0
勇者「くそっ! 倒しても倒してもキリがねぇ!」
狩人「勇者!」
 狩人が手を伸ばす。魔力の奔流がその手のうちに生まれている。
 勇者はそれに合わせた。手を取り、己の魔力を手のひらに顕現、狩人の魔力と練り上げる形で雷に形を付与していく。
狩人「私たちの邪魔は、させないっーーインドラ!」
 閃光が魔物たちを食い尽くしていく。あくまで貪欲な悪魔の矢は、彼らの前方に位置した魔物たちを、一体一体ではなく塊として焼失させる。生物と無生物の区別なく、焦土が広がるばかりだ。
 しかし魔物たちは止まらなかった。もとより恐怖という感情すらないほどの低能である。焦げ付いた地面に足の裏を焼かれても止まることなく、ずんずんと向かってくる。
狩人「もう一発!」
 インドラが作った禿道の上を走りながら、二人はもう一度、インドラを魔物たちに向けて放った。閃光とともに一瞬で魔物が蒸発するが、しかし、全滅には程遠い。
 インドラが弱いわけではない。ただ、雷の矢は限りなく個人を殺すためのものだ。百の強さの一人を殺すことはできても、一の強さの百人を殺すには不向きである。
 何より行く手を阻まれては、単なる固定砲台にしかならない。専守防衛ならばそれもよいが、彼らの目的はこの先に向かうことである。インドラでは役割が違うのだ。
老婆「退いておれ、二人とも」

709 : ◆yufVJNsZ3s :2012/12/19(水) 02:53:46.30 ID:ZKwRGWwZ0
 僅かな魔力から特大の火球を生成し、それを大群に向けて解き放つ。速度こそ決して早くないけれど、火炎は木を飲み込み、魔物を飲み込み、止まる様子を見せない。
老婆「この後ろについて走れ! 行くぞ!」
 熱気と火の粉が肌を撫でていく。それでも確かに、僅かに、前へとは進めていた。
 時折左右から迫りくる魔物を蹴散らしながら、三人は火球の後を追って走る。
 と、突如として火球が押しとどめられる。それどころか段々と縮小し、僅かな光とともに炸裂、雲散した。
 前方に鋼のウロコを備えた、燃えるように赤い巨大なトカゲが、舌を出しながら三人を睨みつけている。
老婆「サラマンダーッ!?」
 回避行動をとるよりも先に、サラマンダーが灼熱の息を放つ。骨すらも残さない高熱の炎は、周囲の木々と、仲間であるはずの魔物すらも炎で包み、構わず根絶やしにしてゆく。
 老婆は対ブレス用の障壁を張って被害を軽減するが、サラマンダーの目つきを見る限り、どうやら逃がしてはくれないようだ。
 口から放たれる火炎弾を狩人が打ち抜き、その隙を狙って勇者は切りかかる。固いウロコに剣の利きは悪いが、電撃は普通に効果がある。サラマンダーは距離を取ってブレス攻撃を続けてきた。

710 : ◆yufVJNsZ3s :2012/12/19(水) 02:55:25.98 ID:ZKwRGWwZ0
狩人「ふっ!」
 光の矢が幾本も降り注ぐ。それらは正確にサラマンダーの関節を撃ち抜くが、すぐに炎で燃え、炭になった。
勇者「埒があかない! 逃げるぞ!」
 ブレス攻撃の隙をついて三人はサラマンダーの脇を抜けて走り去る。後ろから地響きとともにサラマンダーが追ってくるも、その速度は脅威ではなかった。
 寧ろ脅威は目の前の魔物たち。肉の壁となって立ちはだかるそれらを、勇者は切り、狩人は穿ち、老婆は薙ぎ払っていくが、進むにつれてその密度もだんだん濃くなっていく。
「これはどういうことなのよっ!?」
 声とともに三人の後方からサラマンダーが吹き飛んできた。
 赤熱するその爬虫類は、体液もまた赤く燃えている。それを周囲の魔物にぶちまけながら、まとめて吹き飛んでいく。
 少女であった。
 彼女は険しい表情をしながらも、ミョルニルを構えて魔物の集団に突っ込んでいく。
勇者「おい、なんで……」
少女「アタシだってわっかんないわよ! 気が付いたら戻ってきてたの! それとも、なに、アタシなんて必要なかった!?」

711 : ◆yufVJNsZ3s :2012/12/19(水) 02:56:34.23 ID:ZKwRGWwZ0
 全力でスイングしたミョルニルは、トロールの腹を撃ち抜いて、そのまま前方に吹き飛ばす。そうして空いた空間に少女はさらに躍り出る。
少女「何が何だか分かんないなら足を止めないほうがいいんじゃない!?」
 その言葉に行動でもって三人は返事とした。少女の後に追従して、あたりの魔物を薙ぎ払いながら突き進んでいく。
 やはり純粋な突破力という一点で言えば、それは少女に分があった。力任せに殴りつけて遠くまで飛ばすという、原初の攻撃は、けれども前に進むだけならば有効だ。
 そうしてどれだけ進んだろうか、ついに森の先に切れ目が見えてくる。光が差し込んで白く輝いているのだ。
 四人は光の下へと踏み入れた。
勇者「っ!」
 目を凝らすまでもなかった。地平線のように固まり、並び、蠢く魔物と、その中心に一つの塔が立っているのがわかる。
 塔は窓もない角柱で、ただただ白い。まるでオベリスクだ。
 蠢く魔物たちの動きを見ていれば、彼らがあの塔の周辺に設置された魔方陣から、次々と生み出されているのが見て取れる。

712 : ◆yufVJNsZ3s :2012/12/19(水) 02:57:02.16 ID:ZKwRGWwZ0
 そして魔物たちをさらに囲むように、兵士たち。
 身に着けている鎧に違いはないものの、それぞれ二つの旗印を中心とした軍勢があった。赤と青を基調としたものが勇者たちの軍、白と灰色を基調としたものが敵軍のものだ。
 最初三つ巴なのかと勇者は思ったが、違った。兵士たちは魔物たちと戦っていて、決して人間同士で戦いを行おうとはしていない。その余裕がないのか、何らかの取り決めが一瞬でなされたのかは、わからないが。
 人間の抵抗虚しく、じりじりと魔物の軍勢は拡大し、塔を中心とする黒い円もその直系を広げていた。何せ魔方陣から生み出される数が途方もないのだ。所詮数千人の人間で止められるわけもない。
 勇者たちは急いで塔へと向かっていく。何が起きているのかはわからないが、どうすればいいのかは一目瞭然だった。
 途中で数人の兵士たちと出会った。勇者らは彼らを知らないが、彼らは勇者を知っているようで、うれしそうな、しかし緊迫した様子で声をかけてくる。
兵士「おう、あんたらも来てたのか! こりゃ助かる!」

713 : ◆yufVJNsZ3s :2012/12/19(水) 03:02:01.84 ID:ZKwRGWwZ0
勇者「どうしたんだ、これ」
兵士「俺たちにもわからん! ただ、急に地面が揺れたかと思ったら、あんな塔が出てきやがった。そして魔物もだ! ちくしょう!」
狩人「敵軍は」
兵士「それもわからん! 俺たちは最初敵軍の秘密兵器かなんかだと思ったんだ、でも、魔物は敵兵も喰った。どうやらあっちのものじゃあないらしい」
兵士「だから今は停戦だ。そんなお達しがあったわけじゃねぇが、ま、暗黙の了解ってやつで、とりあえずは魔物をぶっ殺すって話だぜ」
勇者「そうか。ありがとう」
兵士「なに、いいってことよ。お前らには期待してるんだ。悪いが、一緒に食い止めてくれ」
少女「合点!」

714 : ◆yufVJNsZ3s :2012/12/19(水) 03:32:51.02 ID:k2Vwk+xV0
「お前ら、生きていたのか」
 声のする方向を向けば、そこには上半身裸、衣類はふんどし一枚の男が、剣を振るう兵士の後ろで脂汗を流していた。
 彼らに呪いをかけた偉丈夫その人である。
少女「あ、あんたーー!」
偉丈夫「待て。我はもう呪術を解除した。いや、解除せざるをえなかった」
老婆「魔物か」
偉丈夫「そうだ。今、両軍で魔物を抑えにかかっている。魔方陣の解除の仕方はわからなかった。が、恐らくこの塔の中に、犯人がいるのだとは思う」
偉丈夫「……団長を倒したのか」
 いささか驚いたふうに偉丈夫は言った。聖騎士として彼の強さを知っている者としては、なおさら信じがたかったのだろう。しかし、勇者らがここにいることが何よりの証左だった。
狩人「……うん」
偉丈夫「いや、何も言うまい」

715 : ◆yufVJNsZ3s :2012/12/19(水) 03:35:18.99 ID:k2Vwk+xV0
 偉丈夫はそこで一度会話を打ち切り、黒い光に包まれた両の手を、胸の前で勢いよく合わせた。
 黒い波動が両手を中心に迸り、生物の体を貫通していく。
 ぐらり、と魔物たちの体が揺れた。見れば体中が抉れに侵されている。
 倒れた魔物の上を後方から来た魔物が踏みつけて進んでいく。それに合わせて銀色の甲冑を身に着けた偉丈夫の部下たちが迎え撃った。
 密集した長槍の穂が無計画に突っ込んでくるゴブリンを串刺しにするが、さらにその後ろからの圧力に、じりじりと後退を迫られている。
兵士「聖騎士様! このままでは埒があきません!」
偉丈夫「何としてでも耐えろ! 全身全霊を振り絞れ! 今本隊と交信を行っている最中である!」
 兵士たちが一斉に「はい!」と答え、唸った。
 偉丈夫はそれを険しい表情で見つめている。彼は交信など行っていなかったからだ。
 塔が姿を現したその時、すぐに彼は本隊に今後の策を尋ねた。そして本隊は答えなかった。状況の把握ができていなかったことと、それでも彼らの手に余る事態であることを、保身に長けた上層部は知っていたからだ。
 この防衛線の先には未来がない。ただ事態の先延ばしがあるだけである。それでも、偉丈夫はそれを行っている。
 理由など考えるまでもなかった。

716 : ◆yufVJNsZ3s :2012/12/19(水) 03:36:58.96 ID:k2Vwk+xV0
兵士「右前方で一部防衛ラインが決壊、一部の魔物が漏れ出しています! あそこから崩されます!」
少女「アタシたちがーー!」
偉丈夫「行くな!」
 偉丈夫が手を向けたその先に紫色の杭が撃ち込まれる。大人一人はあろうかという杭は、兵士たちをなぎ倒しながら進む魔物の進路を塞ぎ、それだけではなく鼓動も止める。
 杭から放たれる毒素の霧を吸い込んだ魔物は、ばたばたと倒れ伏していく。
偉丈夫「我はこの場を離れられん。なんとかして、食い止めなければ」
偉丈夫「ここはまだいい。人気が少ないからな。しかし、数キロ離れた地点には村がある。町がある。そこに住む人がいる。そいつらに牙を向けさせてはならないのである」
偉丈夫「そのために我ら兵士はいるのだからな」
 ここは偉丈夫たちの国土なのだ。緊迫も勇者たちの比ではないのだろう。
 彼らが決死の覚悟で防衛線を築いているのはそのためだ。

717 : ◆yufVJNsZ3s :2012/12/19(水) 03:38:39.95 ID:k2Vwk+xV0
 とはいえ畢竟勇者たちも同じではあるのだ。だけでなく、自国の兵士もまた。このまま際限なく魔物が湧き続ければーーそんな怖気もよだつような思考はどうしても頭から離れない。
 愛する者のため、家族のため、命を賭しても成し遂げなければならないことがあるのだった。
偉丈夫「お前ら、我が道を開ける。塔へと突っ込め」
狩人「……いいの?」
勇者「そんな大役……」
偉丈夫「怖気づくか? 団長を倒したお前らなら、あるいは、な」
 勇者はちらりと三人を見た。狩人も、少女も、老婆も、その視線を受けて小さく、だがしっかりと頷く。
偉丈夫「済まない、頼むぞ!」