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勇者「王様が魔王との戦争の準備をしている?」
Part27


641 : ◆yufVJNsZ3s :2012/11/28(水) 10:16:54.72 ID:Cav8RLV20
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 勇者たちがやってきたのは麓の町の病院であった。ここは占領下にありながらも、大した制限を受けずに生活を営める稀有な町だ。
 周囲を見渡せば、勇者たちと同じ兵服を着た人間が何人も見つかる。しかし彼ら彼女らの様子は緊張した戦争のそれとは違っていた。
 ここはいわゆる療養所なのだ。前線で傷ついた兵士たちを癒すための。
勇者「おい、頼む」
医者「あんたらまた……って、どうしたんだ!?」
狩人「道すがら、交戦の後に全滅している部隊が、敵と味方であった。その生き残り」
勇者「治せそうか?」
 儀仗兵長を診察台に載せた勇者が尋ねると、医者は患部にひっついた衣服を鋏で切り離しながら頷く。
医者「見たところ間に合う。が、治癒魔法でどうにかなるレベルは超えているな。開腹してみて、次第によっては長く入院生活だ」
勇者「金はこっちで持つから、なんとかしてやってくれ。頼む」
医者「いや、金なんていいさ。軍のほうから給金は出てる。これも仕事のうちだ」
医者「それに……」
 言って、ちらりと勇者の顔を見やる。
医者「あんたらから金をとるなんてできんよ。最近、随分と活躍してるそうじゃないか」

642 : ◆yufVJNsZ3s :2012/11/28(水) 10:17:25.45 ID:Cav8RLV20
 思わず勇者は視線を逸らし、頬を掻いた。どうにも無性に恥ずかしくなったからだ。
 勇者たちはこの一か月、たった四人で戦場を駆け回っていた。
 東では砦の攻略に手を貸し。
 西では略奪を行う自軍の不届き者を捉え。
 南では境界線を割ってきた敵を食い止め。
 北では魔物に襲われた村を救った。
 本来ならば老婆は王城にいなければいけないらしいのだが、帰還連絡を彼女は常に無視し続けてきた。現場で活躍しているためお咎めなしの状態である。
 勇者や狩人、少女も本来ならば軍属であって、現状は軍規違反も甚だしい。それでも何ら処罰がないのは、前述したことと、老婆という後ろ盾があるからだろう。
 しかし、最早彼らには軍などどうでもよかった。狩人も、少女も、老婆も、戦争の行く末を見据えてはいなかった。
 彼女らが見ているのは、勇者の向く方向。
 この戦争の中にあって、世界を平和にする方法を、何とか探り当てようとしているのだった。
 人は恐らくそれを愚かしいと思うだろう。夢に飲み込まれた狂人と後ろ指を指すだろう。もしかしたら、めくらと揶揄する者だっているかもしれない。
 それでも、目が離せないものが確かに遥か彼方で光っているのを、彼らは知っていた。

643 : ◆yufVJNsZ3s :2012/11/28(水) 10:17:52.85 ID:Cav8RLV20
 だからこそ勇者たちはなるべく人を殺さないようにしていた。強く在ること。揺らがない自身を持つこと。誰かを助けるために人を殺すことに抵抗はなかったが、だからこそ殺そうとは思わなかった。
 殺すしかなくなってから殺せばいいのだ。
 いや、殺せばいいのだという表現は、命の軽視である。殺すしかなくなったときに初めて、それを実行できる。
 ひと月たった今も世界を平和にする方法は見つからない。九尾の企みもわからぬまま、四天王もめっきり現れなくなった。ただ戦争が続いているだけである。
 勇者たちが山岳地帯にいたのは、敵軍に不穏な動きがあることを突き止めたからだった。単なる駐屯所ならまだしも、そこに聖騎士が出入りしているのであれば大事である。王城から受けた依頼を、勇者たちは断らなかった。
 それは結果的に良い方向へと向かった。彼らがあのタイミングであそこにいなければ、恐らく儀仗兵長は死んでいただろうから。
 勇者たちは医者に礼を言い、病院を後にした。夜も更けている。山岳地帯に建設されかけていた魔道砲場は完膚なきまでに叩き潰したため、今夜は枕を高くして眠ることができるはずだった。
 とりあえずひと眠りして、今後の行動はまた明日考えよう。
 そう思いながらやってきたのは宿屋である。戦場で休養を取ることが多かったため、たとえ固くともベッドで眠れるのはうれしかった。
勇者「四人なんだけど、何部屋空いてる?」
店主「二部屋だね。どっちも大きさは変わらないけど、片方はベッドが一つしかないんだ。毛布なら貸し出すけど……」

644 : ◆yufVJNsZ3s :2012/11/28(水) 10:18:25.65 ID:Cav8RLV20
勇者「ということは、誰かが床で寝ることになるな。俺が寝るよ」
狩人「だめ。勇者はベッドで寝て。私が」
少女「ちょっと待ってよ。ここは頑丈なアタシに任せてって」
勇者「うーん、そう言われてもな」
少女「じゃ、一緒のベッドで寝る?」
狩人「ちょっと待って」
少女「?」
狩人「なんで、一緒の部屋の前提?」
少女「べ、別にそんなつもりはないけどさっ」
狩人「私は勇者の恋人。私が一緒の部屋」
少女「狩人さんがこいつの恋人だってことは認めるよ。うん。疑いようのない事実。でもね、アタシたちは四人で旅してるわけじゃん?」
少女「つまり、一心同体。四人で一つ。みんな仲間。そこに、ほら、そーゆーのを持ち込むのって、危険じゃない?」
狩人「危険なのは、勇者のていそ……」

645 : ◆yufVJNsZ3s :2012/11/28(水) 10:19:16.89 ID:Cav8RLV20
勇者「ちょーっと、ストップ! ストップ! お前ら何の話をしてるんだ」
 宿屋の主人の好奇の目に耐え切れず、勇者は叫んだ。
勇者「俺はばあさんと寝る! お前らが一緒の部屋! 以上!」
老婆「わしと寝るだなんて……勇者もなかなか積極的じゃのう」
勇者「うるせぇ。なんかしてきてみろ、ぶっ飛ばすぞ」
老婆「ひゃひゃひゃ。空間移動できるわしを捉えられるかな?」
狩人「……貞操が危険なのは、依然変わらず」
少女「ってちょっと、置いてかないでよ!」
 云々やりながら四人は渡された鍵を受けとって寝室へと向かう。
 部屋が分かれる前に立ち止まり、今後の予定を口頭で確認しあう。
勇者「今日はこれ以上は予定はない。オフだ」
少女「もともと帰ってくる予定なかったしね」
勇者「そういうことだな。魔道砲場は潰した。ま、問題はないだろう。残党は見逃すこととして」
狩人「今後は?」
老婆「近々平原と林の境界線に場所を移して、規模の大きめのドンパチを繰り広げるらしい。わしらは裏から回り込んで、対象の首を取る」
少女「殺す、の?」
老婆「さぁな。重要な情報源じゃし、殺しはしないじゃろ。確保になると思う」
少女「そっか。そっか」

646 : ◆yufVJNsZ3s :2012/11/28(水) 10:19:44.83 ID:Cav8RLV20
狩人「召集があるまでは、待機? それとも、また、どこかへ行く?」
勇者「一応、待機。近くで何かが起きればそっちへ行くけど、話を聞く限り次の戦場のここは近いから、あんまり離れたくはないな」
老婆「何かあれば指示を出してくれよ。お前の言うことなら何でも聞こう」
狩人「私も」
少女「アタシだって、聞いてやらなくもないし」
 勇者は思わず自身の顔がほころぶのを感じた。
勇者「じゃ、各々ゆっくり過ごしてくれ」
狩人「勇者は?」
勇者「俺は食料と消耗品の調達に行ってくるよ」
少女「アタシも!」
狩人「行く……」
少女・狩人「「ん?」」
 二人は顔を見合わせた。少女が無理やり笑顔を作り、狩人は逆に眉を顰める。
少女・狩人「「勇者はどっちと行く?」」
 ぐるんと捻られた二人の視界に、しかし勇者は入ってこない。ついでに老婆も。
 二人は叫んだ。
「「逃げられた!」」
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647 : ◆yufVJNsZ3s :2012/11/28(水) 10:20:14.22 ID:Cav8RLV20
老婆「逃げてもよかったのかえ?」
勇者「いいんだよ。ここ最近のあいつらは、なんかおかしいからな」
老婆「朴念仁」
勇者「は?」
老婆「ーーと、言われても仕方がないのじゃよ」
勇者「わけがわからん。ついにボケたか」
老婆「抉るぞ」
勇者「抉るってなに!? こわっ!」
老婆「ふん。まぁいい。ちょうどわしもお前に話があったところじゃ。行くぞ」
 場所は路地裏。老婆が先行し、勇者はそれに続く形で歩を進めていく。
 戦争中でも賑わいはある。療養と慰安のために作り替えられた町なのだから、寧ろ賑わいのないほうがおかしい。二人のいる路地裏まで往来の声が届いていた。
勇者「で。話ってなんだよ」
老婆「なに、大したことじゃあない」
老婆「孫のことで、ちょっとな」
老婆「あの子を助けてくれてありがとう」

648 : ◆yufVJNsZ3s :2012/11/28(水) 10:20:42.06 ID:Cav8RLV20
 老婆は真っ直ぐにお辞儀をした。
 思わず面喰ってしまい、勇者は一歩後ろに後ずさる。こんな殊勝な老婆を見るのは初めてだった。いや、別に彼女に常識がないというわけではないが。
勇者「大したことはしてねぇよ。それに、俺にはあいつが必要だ。だから助けた。仲間だしな」
 くさいセリフをしゃべっている自覚があった。しかし言ってしまった以上は止まらない。ええい、ままよ、と一気に言葉を紡ぐ。
勇者「俺一人だけの力じゃどうにもならないってことを、俺はわかってるつもりだ」
勇者「それにしても急にどうした。礼なんて前にも聞いたぞ」
老婆「最近のあやつの顔を見ているとな、昔と違うんじゃ。それはきっと、勇者、お前のおかげが大きいのだと、わしは思っている」
勇者「やめてくれ。俺は俺のことで精いっぱいだ」
老婆「魔王を討伐するために村を出てから、わしは孫の笑ったところを見ていなかった。今あんなに楽しそうにしているのは、わし一人じゃできんかっただろう……」
 老婆は真っ直ぐに勇者を見据えた。なんとなく視線を外しそうになるが、そこでふと気が付く。老婆が泣きそうになっていることに。
 一瞬、感極まったのかと思った。が、すぐにそれが違うことを知る。小さな、掻き消えるような声で「頼む」と呟いたからだ。
老婆「この戦争を止めてくれ」

649 : ◆yufVJNsZ3s :2012/11/28(水) 10:21:24.06 ID:Cav8RLV20
勇者「……」
老婆「この戦争は、止まらん。王は各国の停戦勧告を受け入れるつもりがないらしい。敵国もじゃ。わしのあずかり知らんところで、危険な魔道具も開発されていると聞く」
老婆「『核』という大規模な殺戮兵器じゃ。わしの樹木魔法を量産化したような、ひどい……ひどい、ものじゃ」
老婆「本当なら今すぐ王城へでも乗り込んで、王の頭をひっぱたいてやるべきなのじゃろう。あぁ、そうすべきなのじゃろう」
老婆「しかし、勇者。恥ずかしい話じゃが、わしにはそれができん。国のために何百何千と、敵と味方の区別なく、人を森の養分としてきたわしには、そんなことはできん」
老婆「罵りたければ罵るがええ。こんな時になってまで、わしは過去の妄執に囚われているのじゃ!」
老婆「だから、頼む。都合のいいことを言っているのはわかっている。この老いぼれの代わりに、戦争をなんとかしてくれ」
 ともすれば土下座までしそうな勢いであった。老婆の必死な姿はこれまでに何度か勇者も目にしたことがあるが、今回のこれは度を越している。
 今言われたことがどれだけ大変で、問題で、恐ろしい出来事なのか、勇者にもわかった。戦争を止める。短いながらも壮大だ。果たして一介の人間、ただコンティニューの奇跡があるだけの人間に、できるだろうか。
 いや、しなければいけない。しようとしなければいけない。勇者はそう思った。
 そうでなければ、世界を平和になぞできるものか。
 そう思える者でなければ、世界を平和になぞしてくれるものか。

650 : ◆yufVJNsZ3s :2012/11/28(水) 10:21:53.40 ID:Cav8RLV20
勇者「俺は」
老婆「!」
 老婆は自然と体が震えた。勇者の言葉を、返事を聞くのは勇気のいることだった。
 恐らく自分には勇気がないのだと老婆は感じる。彼が彼女に対して大きく秀でているその一点が、彼に期待してしまう要因なのだ。
 勇気のある者。
 ゆえに、勇者。
勇者「……約束はできない」
 空を見上げる勇者。それ以降言葉を紡ぐことはない。
 それでも老婆には分かった。省略された次の言葉。「それでも」。
 約束はできなくとも、それを目指すと。
 その言葉が聞きたかった。勇者と志が同じなのだと、確信できたから。
老婆「さ、買い物にいくぞえ。腹も減った。あいつらも腹をすかしているじゃろ。さっさと買って、帰るぞ」
勇者「はいはい」
老婆「『はい』は一回でいいのじゃ」
勇者「はーい」

651 : ◆yufVJNsZ3s :2012/11/28(水) 10:22:40.32 ID:Cav8RLV20
老婆「……」
勇者「……」
 二人、肩を並べて歩く。
 どちらも無言だったが、やがて老婆がぽつりと言った。
老婆「ありがとうな」
勇者「それほどでも」
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656 : ◆yufVJNsZ3s :2012/12/01(土) 22:57:49.00 ID:9US10Z/s0
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 ついに大規模な戦闘の開始を告げる法螺が吹かれた。遠くまで響き渡る低音は、当然林の中にいる勇者たちにも聞こえている。
 四人は林の中を突っ切って敵の側面から攻撃する算段であった。無論、敵も同じことを考えているに違いない。つまり敵の攻撃の手を予め潰しておくということでもある。
少女「アタシ、正直、気が進まないんだけど」
勇者「何がだ」
少女「目的のためにでかい戦いを見て見ぬふりしなきゃいけないってのが。アタシはやっぱり、敵陣中央に突っ込んでいきたい派なのよねぇ」
狩人「でも、必要なこと。早く敵を倒せば死人も減る」
少女「わかってんだけど、わかってんだけど……うー」
勇者「さっさと終わらせるぞ。行くぞ」
 不承不承少女は頷き、歩き出す。
 林の中は視界が悪い。光が差さないので昼でも薄暗く、索敵を怠るのは恐ろしすぎた。
 勇者たちの索敵手段は主に老婆による魔法と狩人の五感である。老婆は索敵が本職ではない。全員、どちらかと言えば狩人の五感を頼りにしている節があった。
 そういうこともあってか一団の戦闘は狩人である。遅れて勇者、老婆、少女と続く。

657 : ◆yufVJNsZ3s :2012/12/01(土) 22:59:38.37 ID:9US10Z/s0
 時たま地響きを足の裏に感じることがあった。仲間が、敵が、戦っているのだ。がむしゃらに。
 戦争の必要性は勇者にだってわかる。しかし、代替可能性に一縷の望みを託さずにはいられなくもあった。
狩人「待って」
老婆「待て」
 二人の声がシンクロする。四人は視線を前方からずらさず、僅かに緊張に体を強張らせた。
狩人「なんか、変な感じがする」
老婆「狩人の言っていることは確かじゃ。前方に魔法的な侵入警報が仕掛けられている。敵の存在を教え、罠のスイッチにもなっているやつじゃ」
老婆「しっかし、お前、よく気が付くな……」
 感嘆が老婆の口から洩れた。魔法によって仕掛けられた不可視のトラップを、霊視もせずに看破するのはもはや人間業ではない。
狩人「なんか最近、凄い感覚が鋭敏になってる」
勇者「この先に、敵がいるってことか」
老婆「そうじゃな。敵か、営舎か……そこまではわからないが」
勇者「『しのびあし』で行くぞ」
狩人「任して」

658 : ◆yufVJNsZ3s :2012/12/01(土) 23:02:07.43 ID:9US10Z/s0
 一歩一歩踏みしめるように狩人は先行する。魔法的な仕掛けは重層的に、線のように張り巡らされていたが、その切れ目を四人は抜けて行った。
 いったいどれほどの距離を歩いたのかわからなくなるほどの時間が経つ。それでも一向に敵の姿は見えてこない。疑問が全員の脳裏をよぎり始めたころ、不意に老婆が舌を打った。
老婆「やられたっ」
少女「どうしたの、おばあちゃん」
老婆「これは罠じゃ! わしらが歩いてきた道順それ自体が、魔法的なーー呪術的な意味を持っているっ!」
 見れば四人の身体の周りに、うっすらと、黒い光がまとわりついていた。老婆の魔法によるものでないのだとすれば、それが敵の手によるものだというのは明らかだ。
 しかし、問題はその魔法が一体どのような類のものなのかということである。解呪の類は老婆が一通り覚えているとはいえ、適切な魔法を唱えなければ魔力の無駄になる。
 老婆はぎりりと奥歯を噛み締めた。
老婆「この魔法……見たことがない。かなり高度な魔法じゃ。解けるか……?」
少女「解けなかったらどうなるのっ?」
老婆「それすらもわからんっ!」

659 : ◆yufVJNsZ3s :2012/12/01(土) 23:03:21.50 ID:9US10Z/s0
狩人「誰っ!?」
 反射的に狩人が弓を射る。矢は十数メートル離れた幹に突き刺さり、木を揺らした。
狩人「誰か、いる」
 僅かな空白が続いて、ぱき、という踏みしめる音とともに、一人の偉丈夫が姿を現した。
 同時に、少女顔が引きつる。鉄面皮の狩人もまた、僅かに。
 現れた偉丈夫は、下駄にふんどし、上半身裸という露出の多いいでたちの、中年男性だった。
 筋肉の盛り上がりが遠目からでもわかる。それも腕だけでなく、足、腹、胸と全身がとにかく太い。デュラハンに負けるとも劣らない恵体の持ち主である。
少女「変態だーーーーっ!?」
狩人「汚い、殺すっ……!」
 咄嗟に武器を構えた二人に対して、偉丈夫は叫んだ。
偉丈夫「その言いぐさはなんだっ!」
 体を震わせる咆哮に、思わず二人の女子もたじろいでしまう。
偉丈夫「健全なる精神は健全なる肉体に宿る! 即ち、健全なる精神の持ち主が健全なる肉体であるのも、当然のことよ!」
偉丈夫「我は聖騎士! この林を進むものを待ち構える者なり!」

660 : ◆yufVJNsZ3s :2012/12/01(土) 23:05:52.14 ID:9US10Z/s0
 聖騎士の単語にやおら四人が色めき立つ。聖騎士。彼らはいまだ聖騎士とは戦ったことがなかった。それは不運でもあり幸運でもある。ただ、この土壇場で出会ってしまったことに関しては、不運としか言いようもない。
少女「この裸ふんどしのおっさんが聖騎士!? 信じらんない!」
 とはいえ、恰好はともかく、目の前の偉丈夫が放つ圧力は確かに実力者のそれであった。その事実を認識してなお、四人は目の前の人物から目を離せなかったーーもしくは離したかった。
狩人「とにかく、倒す」
少女「えぇそうね、そうよ。アタシ、こいつを倒したいもん、今ものすごく!」
偉丈夫「たわけがっ! 口でだけならどうとでも言えるわ!」
偉丈夫「すでに貴様らは我の呪術にかかっている! 歴代最高と謳われる呪術師の力に慄くがいい!」
勇者「武闘派じゃない、だと……」
 偉丈夫が踵を返して走り出す。
 少女はそれを追った。魔法の罠を力任せに突っ切りながら、偉丈夫を追う。
 偉丈夫は確かに健脚だったが、少女には当然敵わない。随分とあった差が一瞬にして縮んでいく。
少女「アンタ、寝てなさい!」
偉丈夫「健全なる精神を持たぬものに、健全なる肉体を持つ資格なぁああああしっ!」

661 : ◆yufVJNsZ3s :2012/12/01(土) 23:10:01.00 ID:9US10Z/s0
 ミョルニルが振るわれる。すんでのところで偉丈夫はそれを回避し、手で印を結んだ。
 僅かな間をおいて、偉丈夫の姿が消えてゆく。
 少女は舌打ちをして、ミョルニルを握る右手を見た。なんだか先ほどから違和感をそこに覚えていたのだ。
少女「え」
 信じられなかった。
 少女の薬指と小指、そして手首の手前の部分が、黒く抉り取られていたからだ。
 手は動く。血は出ていない。つまりそれが物理的な仕業でないーー聖騎士の直接的な攻撃によるものではなく、たとえば呪術的なーー理由によるものだとは、少女も理解できた。しかしそれ以降がわからない。
 呪文の詠唱、発動、着弾。詠唱は省略されることも多いといえ、発動と着弾は必須である。それだのに聖騎士の攻撃にはどちらもなかった。それがあまりにも不可解だった。
勇者「少女!」
 勇者の声が背後から聞こえる。
勇者「大丈夫か!?」
少女「攻撃をっ、受けてる……っ!」
 苦々しく呟いて、少女は自らの右手を見せた。
 黒い抉れ。断面は黒煙のようになっていて、肉も見えない。異次元に近いのかもしれない。

662 : ◆yufVJNsZ3s :2012/12/01(土) 23:12:56.46 ID:9US10Z/s0
勇者「なんなんだ、これ」
少女「わかんないよ、追って、攻撃したら急に……」
勇者「全員固まれ! 何が何だかわからないけど、これはヤバイ! そんな気がする!」
狩人「なにされてるか、わかる?」
老婆「いや、皆目見当もつかん。あの変態の攻撃なのは確かじゃろうが、正体が見えん」
少女「って、ちょっと待ってよ」
 少女が勇者と狩人を指さして、叫んだ。
少女「なんでアンタらも抉り取られてるのよぉっ!?」
 勇者の左ほほと狩人の手の甲に、イチゴ大の黒い抉れができていた。どうやら二人は指摘されるまで気が付いていなかったらしく、自らのその部位に触れ、ようやく驚きをあらわにする。
老婆「お前もじゃ!」
 少女は言われて全身を見回した。次いで顔を触ってーー首筋に同程度の抉れを発見する。
狩人(血が出てない、ってことは……怪我ではない、ってこと、か……)
 狩人の考えは皆思っていた。即ち、この抉れによってすぐに死に至るわけではないという、ひとまずの安心は得られたということだ。

663 : ◆yufVJNsZ3s :2012/12/01(土) 23:13:24.83 ID:9US10Z/s0
 が、安心が問題解決に直接結びついているわけではない。血こそ出ないが確かにその部位は「ない」のだ。このまま進行が進めば命を失う可能性も出てくる。それこそ、抉れが心臓に達するなどしたら。
勇者「ばあさんっ! これ、本当に攻撃を受けてるわけじゃあねぇんだよなぁ!?」
狩人「勇者、また……!」
 今度は少し大きい抉れが、勇者の左ひじに現れる。
勇者「くっ……」
 だらりと下がる勇者の腕。どうやら力が入らないらしい。
 関節を抉られればそれ以降が使えなくなるのは、普通の怪我と同様。恐らく目を抉られれば目が見えなくなるのだと思われる。
 問題は、その条件。
 敵が攻撃を逐一行っていないことは明白だ。すでに呪術はかけ終っていて、何らかの行動がキーになって発動している。老婆もその考えであった。
 そのキーさえわかれば、それを回避して敵の下までたどり着ける。わからなければ、いずれ死ぬ。
老婆「とりあえず、落ち着け。冷静になろう。現状の把握じゃ」
老婆「三人とも、痛みはないんじゃな?」
 全員が頷いた。痛みはない。
老婆「感覚は?」
 全員が首を横に振った。痛みはないが、感覚もまたない。
老婆「なぜお前らが抉られ、わしだけが抉られていないのか。そこに恐らく鍵があるはずじゃ」

664 : ◆yufVJNsZ3s :2012/12/01(土) 23:15:48.91 ID:9US10Z/s0
老婆(この抉れが、穴が心臓か脳に達すれば、死ぬ……)
老婆(なんじゃ? なにが発動のキーじゃ?)
 焦る内心を抑え、老婆は必死に頭を回す。が、あまりにも答えを導き出すにはヒントが少なすぎた。犯人は明白だというのに。
 そして、敵も考える暇を与えるつもりはないようだった。
 木陰から兵士たちが続々と姿を現す。素直に考えれば、先ほどの聖騎士の部下に違いない。
勇者「ちくしょう、なんだってこんな時に!」
狩人「ここを通すわけには、いかない……っ!」
 両者が激突する。
 狩人が弓を絞り、放つ。木々の僅かな隙間を縫って尚急所に命中させる手腕は感嘆しか出ないが、やはりパフォーマンスの低下は避けられない。焦燥が顔に滲んでいる。
 
 勇者は三人と切り結んでいた。コンティニューという奇跡があると思えば、死への恐怖も恐れる。それに彼は幾度も死んで、死ぬこと、そのさじ加減に関しては誰にも負けるつもりがなかった。
 鈍く光る刃が首筋を撫でていく。一瞬首筋に熱。大丈夫、それくらいで死ぬわけないと彼は知っていた。
 切り落としを剣で防ぐ。その間に片手に電撃を充填し、
少女「危ない!」