Part25
580 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/10(土) 02:45:50.73 ID:vmtqTpQG0
愚か者なのだ。少女に輪をかける形で愚か者なのだ。
だからこそ九尾は彼に目を付けたといっても過言ではない。
それくらいでなければ、九尾の計画には力不足だった。
少女「信じて、いいの?」
勇者「……」
勇者は頷くだけで、あくまで無言だった。これ以上の言葉はいらないとでもいうように。
彼を信じれば、本当になんとかなるのではないか。少女はそう思わずにはいられなかった。思いたかったということも含めて。
いや、違う、と少女は瞬きをして、滲んだ涙を押しやる。勇者は手を引き上げてはくれない。立ち上がるのは自分の力でなければいけない。
二人の手が重なった。
少女「信じたから」
勇者「おう」
少女「アタシのこと、幸せにしなさいよ」
そう言って、少女は立ち上がる。
勇者「おう」
少女「いい返事ね」
少女は勇者の手を握ったまま、左手でミョルニルを握り締める。
左手の重さと右手の暖かさ。どちらも確かにそこにある、大事なもの。
581 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/10(土) 02:47:08.61 ID:vmtqTpQG0
少女「さ、アンタの鎧、粉々に砕いてあげるわ。ーーアタシ、ちょっと戦場まで用事があるから」
いつの間にか部屋の中にいたデュラハンは、腕組みを解いて、にやりと笑ったーー気がした。
デュラハン「実にいい表情だ。ーー天下七剣、全召喚」
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586 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/12(月) 15:20:14.51 ID:CXr9lpy/0
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全てが静まり返っていた。
砲弾と剣がぶつかり合い、ウォーターカッターと天下七剣が切り結ぶ、空前絶後の争いにも終止符が打たれている。デュラハンの敗走という形で。
それでも、そもそもウェパルとデュラハンでは目的が異なっていた。デュラハンはただ戦闘欲を満たせればよかっただけであるので、彼の負けとは言い難い。その点では両者の勝ちとも言えた。
そうして対峙するウェパルと狩人。隊長は、すでに事切れている。ウェパルの腕の中で。
狩人「……死んだの?」
ウェパル「死んだっていうか、もともと死んでたよ。糸が切れただけだね。多分術者が死んだか、魔力が切れたか、じゃないかな」
狩人「そう」
ウェパル「ふふ。これで隊長は、僕のもの。永遠に、ずっと」
ウェパル「ね。だから、さ」
ウェパルは触手の左手を狩人に向けた。禍々しいその左手からは、紫色の瘴気が立ち上っている。
ウェパル「僕の目の前に立ちふさがるの、やめてくれない?」
狩人「……」
587 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/12(月) 15:21:08.02 ID:CXr9lpy/0
狩人「別に、もうあなたを止めるつもりは、ない。けど」
ウェパル「けど?」
狩人「それで、いいの?」
ウェパル「……」
ウェパルは大きく息を吐いた。すでにその姿は人間であった頃のそれに半分戻りつつある。
ウェパル「そんなわけないでしょ」
ウェパル「でもね、これはどうしようもないんだ。これはボクの、ウェパルの、衝動」
狩人「衝動?」
ウェパル「そ。人間にもあるけど、魔物と魔族のそれは一段と強い。抗おうと思っても抗え切れないもの。それが、衝動」
588 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/12(月) 15:22:09.45 ID:CXr9lpy/0
ウェパル「だめなんだ。頭では分かっていても、だめなんだ。手に入れたいと思ったものはどうしても手に入れたくなっちゃう。自分だけのものにしたくなる」
ウェパル「衝動が強いってことは、存在として強いってことさ。強い衝動ーー我を通すためには強い力が必要ってことでもある」
ウェパル「僕は一族でも特にそうでね。こんな左手を持って生まれたせいで、忌み嫌われて、困ったよ」
ウェパル「顔の呪印もそうさ。危険人物の恥晒し。ま、その一族も今はもうないんだけど」
狩人「そ、か。ないんだ」
ウェパル「うん。僕が皆殺しにしちゃったから」
狩人「……」
ウェパル「狩人、きみは気をつけなよ。人間は衝動に飲まれない強い生き物だ。だけど、たまに衝動に飲まれるやつもいる。目的のために手段を択ばないやつが」
狩人「魔族に心配されるのって、不思議な気分」
ウェパル「ここまで堕ちても、人間だった時の記憶はあるからね」
ウェパル「それにーー九尾の思惑は、僕にもわからない」
589 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/12(月) 15:23:10.10 ID:CXr9lpy/0
狩人「九尾」
ウェパル「アルプと組んで何やらやらかしてるらしいけど、ね。あの快楽主義者は不気味だ。九尾のほうがまだかわいげがあると、僕は思うよ」
狩人「あのクソ夢魔には借りがある。絶対に返す」
ウェパル「うん、うん。あいつが命乞いをするところは見てみたい気もする」
狩人「九尾ってのはどんなの?」
ウェパル「わかりやすく言うなら最強の魔法使いってとこ。千里眼、読心術、空間移動、なんでもござれ」
ウェパル「定期的に人を食べたくなる衝動に駆られるらしくてさ。そこだけ魔物っぽいんだけど」
狩人「魔物っぽい?」
ウェパル「そ。僕ら魔族ーー魔王様から直々に生み出された存在って、別に人を喰いたくならないから」
狩人「なんでそんな情報をくれるの?」
ウェパル「敵なのに、ってこと? 別に意味はないよ。隊長を手に入れられた今、ほかの存在なんて些末だもん。どうだっていい。どうだって」
ウェパル「九尾にもアルプにもデュラハンにも与するつもりはないし、単なる気まぐれさ」
590 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/12(月) 15:24:19.53 ID:CXr9lpy/0
ウェパル「ってことで、そろそろ僕は行くよ。邪魔したら殺すから」
ぎろりと、そこだけ途方もない圧力を発揮して、デュラハンは空間に穴を開ける。空間に指を突っ込んで力任せにこじ開ける、老婆の空間移動よりは随分と乱暴な開け方である。
さすがに狩人にもそれを邪魔しないだけの分別はあった。一人でウェパルに挑んだところで勝ち目はない。そもそも勝ち目を語ること自体がおこがましいほどの実力差がある。
数秒も経たずに消し炭にされるのは、狩人とて本意ではない。それに収穫はあった。
音もなくウェパルと、腕に抱かれた隊長の姿が消える。
狩人は耳をぴくりと動かした。遠くで戦争の音が聞こえる。
それは最も恐れていたものだ。同時に、どうしたって避けられないものでもある。
だからこそ何とかしなければならないのだと狩人は思っていた。たとえ避けられなくとも、状況を改善することならまだできるのではないか。
そしてそれが勇者の望むことだと考えていたから。
狩人は地面を蹴って、大急ぎで戦場へと向かう。彼女の健脚をもってすれば数時間あれば戦場へとたどり着けるだろう。
全ては始まったばかりである。
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591 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/12(月) 15:25:33.17 ID:CXr9lpy/0
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デュラハン「うーん、この、ね」
必死の塔の一室、破壊の限りを尽くされた、もとはかなりの豪奢な部屋の中央で、デュラハンは困ったように呟いた。
いや、彼は事実困っていた。
鎧を木端微塵に破壊され、本体も原形をとどめられないほど消耗している。死とは縁遠い身であるが、ここまで完膚なきまでにしてやられたのは、本当に久しぶりであった。
自分の目は正しかったのだとデュラハンは確信する。あの少女は宝石だ。鬼神の如き強さを誰かに渡すつもりは毛頭ない。
彼女と、そして勇者は、すでに部屋を出て行った。満足そうな顔つきで。デュラハンもまた満足している。WinーWinの関係である。
ただ一つ問題があるとするならば……
デュラハン「動けん」
そう、動けないのだ。
デュラハンの鎧や運動機能はそのほとんどが魔法によって補われている。五人との戦闘、その後のウェパル、少女とのそれもあって、デュラハンの魔力は底をついていた。
時間が全てを解決してくれるのはわかっているので、この満足感を十分味わって損はない。とはいえある程度の暇も確かにあった。
592 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/12(月) 15:27:09.72 ID:CXr9lpy/0
妖精「何やってるんですか、マスター」
彼に仕えているうちの一匹、羽の生えた小柄な妖精が、殆ど霧になっているデュラハンを見やりながら言った。屈んだ状態で彼の鎧をつついている。
デュラハン「のんびりと昼寝さ」
妖精「マスターはどうしてそんなバカなんですか?」
デュラハン「酷い言われようだな」
妖精「自分で自分のことがわからないんですか? 魔力が枯渇してるから塔に戻ってきたのに、連戦だなんて」
デュラハン「ちょっと興奮しちゃって」
妖精「別にわかってますよ、マスターのことは。わざわざあの男性をここまで誘導したりなんかして」
デュラハン「あれ、ばれてた?」
妖精「ばればれです。もう。お掃除するのはわたしたちなのに」
妖精「そんなにあの女の子と戦いたかったんですか」
593 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/12(月) 15:30:11.78 ID:CXr9lpy/0
デュラハン「そうだね。そういうにおいがしたよ。強い人間だけが持つにおいが」
デュラハン「それに……俺は今日、人間に初めて恐怖したんだ。彼らには凄みがあった。俺を殺すために命を擲つ覚悟があった。またあれを見たいっていうのも、あったかな」
妖精「まったくもう」
デュラハン「悪いね。お前らには迷惑をかけるよ」
妖精「本当です。天下七剣も結局出せなかったじゃないですか。格好悪い」
妖精「ばたーんって倒れて。……召喚失敗するくらいなら寝てればいいんです。全力で戦えないのは不本意でしょう?」
デュラハン「あぁ。また今度、絶対にお相手してもらわないと」
妖精「そのために、今は寝てください。マスターが寝てる間に、お掃除と、ご飯の支度、済ませちゃいますから」
デュラハン「わかった。頼んだよ」
妖精「いいえ。それでは、おやすみなさい」
デュラハン「おやすみ」
妖精に手を取られ、デュラハンは意識を解き放った。
水中に沈む感覚。そのまま思考は白く染まっていき、眠りに没入するまでにそう時間はかからなかった。
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599 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/19(月) 21:03:50.58 ID:TltFGcZB0
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戦争の開始から一か月が経過した。
両軍ともに、初戦に戦力の大きな部分を費やしたためか、その後の争いの規模は縮小気味であった。
こちらはルニ・ソウ参謀を筆頭にして、ゴダイ・カワシマ隊長、コバ・ジーマ隊長などを失い、あちらは五人いる聖騎士のうちの一人を失った。恐らくそれはどちらにとっても予想外の展開なのだろう。
いや、それすらも全て国王の手のひらの上なのではないか? あの稀代の戦略家ーー否。あれは戦略ではなく、純粋な愛国かもしれないーーの考えていることは、俺にはおおよそ考えもつかない。
別働隊が兵站基地を予め殲滅していたこと(これは全てが終わってから小耳にはさんだことなのだが)で、当初より現在まで、こちらは比較的優位に戦争を進められている。しかし、その優位に胡坐をかくことは決してできない。
問題は進めば進むほどに抵抗が増すということだ。そしてそれは、単に敵の士気の問題ではない。周囲国の援助が増加するということでもある。
一強状態はどの国も望んでいない。バランスをいたずらに崩すようなまねは反感を買うばかりだ。
となるとこちらが有利なように落としどころをつけるのかもしれないが、それは上層部の判断であって、一介の兵士にすぎない俺には全く関係のない話である。
600 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/19(月) 21:04:42.84 ID:TltFGcZB0
……関係ない、か。
そんなはずはない、はずなのだ。俺だって下っ端なりに矜持はある。なんらかの形でこの国に貢献してやりたいのだとは。
しかし、あの日に目の前で起こったことを、俺はいまだに信じられないでいた。
襲いくる黒装束の男たち。
為す術もなく倒れていく仲間。
そして一瞬で屠った、ルニ参謀。
悪運が強いにもほどがあった。第十三班、十四、十五班で生き残ったのは俺だけだった。
ルニ参謀は俺に「ここから逃げたほうがいいです」と言って、すぐさま駐屯地をあとにしたのだ。それに従っていなければ、恐らく、俺はここにいなかったろう。
そのあとに起きた巨大な魔法を目の当たりにしていれば、確信できる。
治療を受けながら俺は巨大な魔法の奔流を感じたのだ。素人でもわかるほど強力で強大な余波。
大勢が治療テントから外をのぞくと、雲の切れ間から光が幾条も差し込んでいたのが印象的だった。幻想的だなと思ったものだ。
そうして一秒後、地面が震えた。
遠くからでもはっきりわかった。明らかに今までは平野だった場所が、一瞬で森と化したのだ。
全員が死んだのだと俺は思った。その光景を見ていたほかの人らも、疑いようなくそう思っていたに違いない。
601 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/19(月) 21:05:09.93 ID:TltFGcZB0
あんな存在と肩を並べて戦えるものなのか? 疑問に思ってなお、俺は依然軍隊に、戦場にいる。今はそこへの移動の道すがらであるが。
「セクラくん、なにやってるの?」
セクラ「あ、クレイアさん」
クレイア・ルルマタージ。俺の所属する儀仗兵団のトップだ。肩書きは確か、儀仗兵長、だったか。
クレイアさんは俺の手元を覗き込んだ。そこには手帳とペンがある。
セクラ「あ、日記、というか、はい」
しどろもどろになる。どうも女性相手に喋るのは苦手だった。相手は四十を過ぎたおばさんだとしても。
セクラ「この戦争のことを物語にしたら売れますかね」
クレイア「売れても、国家侮辱罪で発売中止ね。最悪手が後ろに回っちゃうかも」
セクラ「それは……ごめんです」
まさかそこまでは、と思ったが、あの国王ならばやりかねないとも思った。粉骨砕身した残骸すべてを国家のために捧げているような存在なのだ。
俺にはそこまでできない……と言ってしまえば、先の戦いで死んだ仲間に失礼だろうか。
602 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/19(月) 21:05:59.89 ID:TltFGcZB0
クレイア「よく歩きながら読めるわね」
セクラ「実家が山の中だったんですよ。教会もアカデミーもなかったんで、魔法は自分で覚えるしかなくて」
クレイア「山の中を歩きながら?」
セクラ「はい。行商の途中とかに」
炭を焼くことくらいでしか生計を立てられない両親のことを思うと不幸だった。彼らを馬鹿にするつもりではないが、そんな生き方はあまりに狭量だと感じていたのだ。
セクラ「最近は平和でいいですよね。戦争のさなかだってのに、のどかで、鳥なんかも結構どこにでもいるし……」
クレイア「……」
クレイアさんは黙った。まずいことを言ってしまっただろうか。
だが、それを尋ねることもできない。行軍の中、気まずい間だけが流れていく。
クレイア「これは」
ぽつりとつぶやく。俺に話しかけているのか判然としない。
クレイア「平和なんかじゃないわ。ただ、静かな……そう、ただ静かなだけ……」
セクラ「……」
今度は俺が黙る番だった。静か。確かにクレイアさんはそう言った。そしてその言葉の意味するところを、俺は当然理解できない。
603 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/19(月) 21:06:42.96 ID:TltFGcZB0
クレイア「ルニはよくやってくれた。ゴダイも……」
クレイア「白兵戦ではあの二人に敵うのなんて……。死んだのなら、それが運命だったのだとは、思うのだけれどね」
セクラ「……」
「セクラ・アンバーキンソン!」
セクラ「は、はい!」
突然名前が呼ばれたものだから、思わず声が上ずった。
俺を呼んだのは先頭を歩いていた上官だ。名前は覚えていない。「ア」だか「サ」だかがついた気はするのだが。
上官「索敵を頼む。もうそろ敵の哨戒圏内だ」
セクラ「はい」
俺は索敵魔法を唱え、周囲の生命体の反応を確認する。
雑多な声がうるさい。人間だけでなく、小動物などの存在も拾ってしまっているためだろう。
熟練者、それこそクレイアさんなどであれば、もっときっちり人間に対象を絞り込めるのだろうが……俺はまだ訓練中の身だ。いつかあのレベルに辿り着きたいものである。
604 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/19(月) 21:07:10.30 ID:TltFGcZB0
索敵の限りでは、範囲内の半径百五十メートル圏内には、自軍以外の存在は確認できない。このまま無事に済んでくれればいいのだが。
今回の俺たちの目的地は、敵国の中央やや下の農耕地。そこで待機している部隊と合流し、周辺の村を制圧していくのが任務とされる。
最初の戦闘が敵国の西端、領土境界線付近であったためか、だんだん東へと移動していく形となっている。
とはいっても、最初の戦争からこれまで、殆どが残党狩りのようなものだった。そしてそれも条約によって取り決めがなされているため、所定の手続きを踏む事務的な色合いが強い。
それを暇だとは口が裂けても言えないし、大事な任務で、人が死ぬより何百倍もマシだ。
と、その瞬間、索敵圏内に侵入する存在を察知した。電気が肌の上を走り回る感覚。確実に、味方ではない。
セクラ「上官」
上官「なんだ」
セクラ「索敵圏内に自軍以外の存在を探知しました。距離、東に一三八、南に一七です」
二十人ほどの隊列が足を止めた。視線の集まるのがわかる。
605 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/19(月) 21:07:44.31 ID:TltFGcZB0
上官「ルルマタージ兵長」
クレイア「はい」
クレイア「セクラくん、ご苦労でした。精密な索敵は私が引き継ぎます」
そう言ってクレイアさんは杖を振った。途端に、それまでの俺の緩い索敵結界とは違う、ぴんと張った静謐な結界が生み出される。
なら最初からあんたがやれよとは思わない。クレイアさんは俺とは違って、個人としても戦闘力に数えられている。出来うる限り魔力を温存しておくのは策として当然だ。
クレイア「……どうやら農民のようです。街道を防ぐ様に、五人……随分と多いですね」
兵長「自警団でしょうか?」
クレイア「その可能性は高いと思います。特にこの辺りは小作農から自作農へと、地主に対する蜂起で転換した土地です。団結力は高い」
兵長「殺しましょうか?」
兵長の言葉を受けてクレイアさんは若干眉を顰めた。血なまぐさいことが嫌いな人なのだ。
しかし、戦場では兵長のようなセンスが一般的であって、寧ろ彼女の感性は少数派だと言ってもよいだろう。
クレイア「ひとまず様子を見ましょう。条約に抵触する可能性もあります」
兵長「ルルマタージ兵長が言うなら。しかし、こんな辺鄙な田舎街道、どうせばれないのでは?」
クレイア「それでも、です」
変わらずにクレイアさんは言った。心なしか前を向く瞳に力強いものが感じられる。
611 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/20(火) 12:40:58.47 ID:hW/nFImB0
>>605-606の間に抜けがありました。以下、補完です。
条約とは多国間で決めた戦争に関する条約である。奇襲の禁止、非人道魔法の禁止、拷問の禁止、民間人への暴力の禁止、様々な禁止条項が存在する。
武装した農民とはいえ、民間人とみなされる可能性がないわけではない。兵長の言うとおり殺したってどこかで監視されているとも思えないが、あえて言うならば、見ているのは自分自身とお天道様なのだろう。
そもそも理由なんていくらでも作れるのだ。死人に口なし。正当防衛にするのは簡単だ。
兵長が手を挙げた。すっとその脇を巨漢、ディエルド・マイタが一歩前に出る。
ディエルドが兵長を見た。兵長は頷き、指示を出したようだった。
クレイア「来ます」
ディエルドの持つ戦斧が振り上げられる。二メートルもある体格と比較しても、何ら遜色ないくらいには、その戦斧も大きい。
街道を真っ直ぐにやってきたのは、それぞれ三叉の農具、鎚、古びた剣を手にした農民たちであった。想像を裏切らない人物たちの登場に、俺はそれでも驚きを隠せない。
こちらは二十人。あちらは五人。練度の差だって一見してわかる。だのに彼らは何をしに来たのか。
ディエルドが五人の前に立ちふさがった。いや、五人がディエルドの前に立ちふさがった、という表現が正しいだろうか?
一触即発の空気がある。それでも俺はあくまで自然体で、その光景を見ている。
どうでもいいと言ってしまえば語弊があった。けれども確かにどうでもいいのだ。戦争の趨勢も、この国の行く先も、隣国の行く末も。
俺は知っていた。知ってしまっていた。何が、というと、それは……
606 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/19(月) 21:08:55.33 ID:TltFGcZB0
農民「あんたら、マズラ王国の兵隊さんだな?」
ディエルド「そうだ」
農民「悪いが、ここから先は俺たちの土地だ。よそ者を入れるつもりはない」
ディエルド「押しとおると言ったら?」
農民「俺たちの手にあるものが見えないのか」
ディエルド「……」
寡黙な男の目が細められた。兵長も同じような顔をしている。こいつら命が惜しくないのかと訝る視線だ。
ディエルドが戦斧を振りかぶる。それが彼の、そして俺たちの答えだ。
兵長「いいですか?」
クレイア「……」
不承不承という体でクレイアさんが手を水平に伸ばす。そしてそのままそれを振り下ろした。
殺人の指示は全て自分が出すーーそんな覚悟が透けて見える。
クレイア「やってください」
農民「やれ!」
それを合図に両者が飛びかかーーらない!
607 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/19(月) 21:10:27.82 ID:TltFGcZB0
農民たちは腰から球を抜出し、それぞれ地面に叩きつける。
濛々と煙が割れた球から立ち込め、あたりが一瞬で白く覆われる。
兵長「密集陣形! 攻撃に備えろ!」
合図で一斉に俺たちは集まり、外を向いた。最も外に兵士、そのうちに儀仗兵。
しかし、一秒たっても二秒たっても、あちらの動きがみられない。時間の経過に伴って煙の晴れたその跡地には、
兵長「?」
誰もいなかった。
逃げたのだろうか。あそこまで啖呵を切っておきながら?
俺たちの目的はあくまでこの先に駐留している部隊との合流であって、この村にはまあったく関係ない。
「ま、待て! あれを見ろ!」
部隊の誰かが叫んだ。そいつが指しているのは街道の先、畑作地帯だ。
赤い光が木々の隙間から見える。風に乗って、どこか煤けた臭いも。
クレイア「まさか……」
608 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/19(月) 21:11:24.83 ID:TltFGcZB0
誰ともなく走り出す。嫌な予感がした。まさかそこまでやるまいと思っていたことが現実となった感覚があった。
畑が、穀物倉庫が、民家が、燃えている。
あらかじめ街道に積んであったのだろう、乾燥した藁屑が、何より一際大きな火柱を挙げていた。恐らくこの先にも続々と火がつけられているに違いない。
馬が背後で落ち着かなさそうに動き回る。恐らく黒煙の臭いが鼻につくのだろう。炎も本能を刺激するのかもしれない。
クレイア「ここまでするとは……」
それほど彼らはこの先に進んでほしくなったのだろう。誰かに自らの土地を凌辱されるなら、自ら殺すのが親の役目。そんなある種盲信的な考えを感じる。
自分たちさえいれば、また一から作り上げられるのだと。
ここは迂回しなければならない。俺たちは待機している部隊に連絡を入れ、来た道を引き返し始める。
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