Part24
555 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/10(土) 02:25:38.29 ID:vmtqTpQG0
ーーーーーーーーーーー
振動で少女は目を覚ました。
カーテンの隙間から朝日が漏れ、差し込んできている。名前のわからない鳥の声も聞こえてきた。
どうやら昨晩は泣き疲れてそのまま眠ってしまったようだ。顔を見ればきっとひどい顔になっているのだろうと少女は思う。
部屋の隅には見るからに上等そうな化粧台が置いてある。少女はそもそも化粧などしたことがない。それに、泣き腫らした顔を見るのも嫌なので、見なかったことにしてベッドから立ち上がった。
いい部屋で、いい空気である。ここが敵地ではないのならば最高だっただろうに。
少女「地震……?」
やはり、床が揺れている。自らの呟きを、少女はすぐに撤回した。揺れが地震のそれとは違う。
地震ならば継続した揺れのはずだ。しかしこの揺れは、短く、断続的で、しかも存外に強い。
まさか塔が崩壊することはないだろうが、いったい外で何が起こっているのか。
少女は思わず早足になってカーテンを開いた。
556 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/10(土) 02:28:24.05 ID:vmtqTpQG0
あたり一面の森が広がっている。深い深い森だ。葉の色も、緑というよりは黒に近い。
視線を下せば河川が見えた。それを追っていくと、はるか遠くに見える山々と、その中間地点あたりに城壁が見える。
隣国にはあのようなものを建造する文化はないし、かといって少女の国にもああやって都市を防衛するところは少ない。共和国連邦か、宗教公国か、どこかだろう。
そこまで考えて少女は随分と遠くに連れ去られたものだと感じた。同時に、自分が諦念を覚えているということもまた。
窓からは一体何が起きているのかを把握することはできなかった。窓の向きが違うのだ。
部屋から出られないかーーそう思ってドアノブを回すが、やはり回らない。
少女「当然か……」
厳密な意味での人質ではないにしろ、少女が囚われの身であることに変わりはない。そう簡単に出してもらえるはずもなかった。
そうしている間にも断続的に揺れは続いている。
気になる。気になるがーー今の彼女にできることなど何一つない。
そしてそれが無性に彼女を刺激するのだ。
彼女の劣等感を。
お前にできることなど何一つないのだと言われているようで。
557 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/10(土) 02:31:18.46 ID:vmtqTpQG0
??「どうした」
突然の声に振り向けば、漆黒の甲冑が立っていた。首から上のないその姿は、塔の主、デュラハンである。
少女は警戒こそすれど、彼が見境なしに襲ってくるわけではないと理解していた。一定の距離を取りながら尋ねる。
少女「何か、起こってるの?」
デュラハン「あぁ、そこで戦があるらしい」
少女「いく、さ?」
たった三文字の言葉だのに、頭にすっと入ってこなかった。
デュラハン「二つの王国がぶつかっているようみたいだね。名前は……何と言ったかな。俺はほら、この通りだから、どうにも物覚えが悪くて」
緊張をほぐすつもりの冗談だったのか、デュラハンはにこやかに言ったが、少女としては気が気でなかった。
なぜなら、王国はこの大陸に二つしかないから。
少女の故郷を含む王国と、隣国。
それらが、戦争をしている。
558 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/10(土) 02:31:54.32 ID:vmtqTpQG0
理解できなかった。
確かに危険な雰囲気はあった。どちらの国も旱魃による凶作で、食料が足りなくなっている。鉱山や水資源の小競り合いも、最近は多い。
それに輪をかけた魔族の活動の活発化。地力を確保するためには合法、非合法問わない成長戦略がとられていたとも聞く。
だからこそ少女たちは魔王を倒すために出たのだし、勇者たちもそうである。
が、王城の中にいてなお、少女はそんな話を聞いたことがなかったし、予感もなかった。密かに準備を進めているという噂はあったものの、いったい何が火をつけたのか、判然としない。
無論少女は知らない。アルプが王城にてしでかしたあの一件が、王の口実として掬われてしまったのだと。
少女「まだ、アタシと戦いたいの?」
デュラハン「もちろん!」
ご機嫌にデュラハンは言った。
559 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/10(土) 02:32:31.27 ID:vmtqTpQG0
デュラハン「……と、言いたいところだけど、もうくたくたでね。いや、楽しかった。だけどやっぱり、疲れるもんは疲れるもんだ」
この異形の者が何を言っているのか少女には皆目見当がつかない。ただ、デュラハンが至極機嫌がよいのだな、ということは伝わった。
少女はかねてから疑問に思っていたことがあった。それは、魔族と魔物の違いについてである。
人間の中では魔族は魔物の上級としての扱いをされている。それはつまり、智慧の有無を指している。具体的には意思の疎通、ある程度の将来を見通した行動などが含まれる。また、純粋な戦闘力も。
その差は一体どこで生まれてくるのか。少なくともデュラハンをはじめとする四天王が、瘴気に侵された野生動物と根を同じくするものだとは思えなかったのだ。
デュラハンには喜怒哀楽がある。意思の疎通もできる。ジョークを介し、好む。自らの嗜好を理解したうえで存在している。そんな存在がいったいどこから生まれるのか。
人間のような生殖をするとは、どうしても彼女には思えなかった。血脈の存続を目的とした機能がそもそも備わっているようには見えない。
デュラハン「どうかした?」
少女「……妙に人間臭いんだな、って」
少女はデュラハンが所謂「悪人」だとは思っていなかった。自らの戦闘欲求を満たすために人身を誘拐するのは確実に「邪悪」な行いであるが、それでいて彼はどこまでも紳士的であったから。
560 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/10(土) 02:33:02.34 ID:vmtqTpQG0
少なくとも少女のその認識は、彼女にデュラハンとの会話を成立させる程度には警戒心を解かせていた。
デュラハン「人間臭い、人間臭い、か」
デュラハンは得心が言ったような笑みを浮かべている。
デュラハン「ま、それはしょうがないだろうね。俺たちは魔族だから」
少女「魔族だから、どうなの」
デュラハン「人間がどう分類してるかわからないけど、俺たちが使う『魔族』ってのは、魔王様から直々に生み出された存在のことを指してる」
デュラハン「種族ごと生み出すこともあるし、単一の存在として生み出すこともあるね」
少女「……」
いつの間にか少女は黙っていた。もしかすると、自分はかつてない情報を手にしたのではないか、魔族研究者が苦心しても手に入らない情報を、いともたやすく手に入れてしまったのではないかと思ったからだ。
561 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/10(土) 02:33:33.92 ID:vmtqTpQG0
デュラハン「それにしても」
デュラハンは器用に鎧の指を鳴らした。いつの間にそこにいたのか、子供程度の大きさの妖精が、部屋の隅でかしこまっている。
デュラハン「俺は疲れた。ひと眠りするよ。ウェパルに負けたのは悔しいけどーー楽しかったなぁ」
少女「せっ、戦争って、どういうこと」
部屋を出ようとするデュラハン相手に少女は慌てて尋ねた。ここ数日で激変してしまった世界。彼女だけがそこから取り残されている。
それが怖いのだ。
肥大化する自尊心。誰だって自分が特別な存在でありたいと願うし、誰かにとってーーもしくは世界や社会にとってかけがえのない存在でありたいと願う。それはちいともおかしなことではない。
人間の思春期にはありがちだという現象だ。だが、ゆえに根源的なものである。承認欲求はいつだってどこにだって付きまとう。
「ここ」にいる理由がほしいのだ。誰かとつながっている実感がほしいのだ。こんな自分でも生きていいのだと、存在してもいいのだと、誰か太鼓判を押してくれ!
と、思う。誰が? 別段彼女に限らない、世界中の人間が。
562 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/10(土) 02:34:17.21 ID:vmtqTpQG0
今まではそんなことを少女は思わなかった。彼女の世界は故郷の村で、家族と防人を務めていれば十分満足だったからだ。そこでは、彼女は確かに世界を守れていた。
しかし世界の外には更なる大きい世界が広がっている。そこへと足を踏み出したのは彼女の意思だ。その選択を彼女は後悔したことはなかったし、これからも後悔することはないと感じていた。
それでも現実は彼女を苛む。彼女は何も守れていない。そして、守れないことを正当化できるだけの論理も、無恥も、持っていない。
そんなことは無視してしまえばいいのだと心無い人間は言うだろう。そして彼女は言うのだ。無視できるものならしたい、と。
そうだ、あいつが悪いのだ、と彼女は思った。全てあいつが悪いのだ。全てあいつが悪くて、あいつのせいで、あいつがいなければこんな弱さを感じることもなかったのだ。
弱さを認めて、見つめて生きるなんて、そんなことはできない。
それだけが存在意義だったのだから。
何に縋り付けばいいというのだろう。誰がこんな自分の手を取ってくれるのというのだ? 中途半端にしか人を救えない、こんな半端者の手を。
思わず伸ばしてしまった手を思わず引っ込める。敵に対して手を伸ばすだなんてありえないことだ。考えられないことだ。
563 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/10(土) 02:34:47.67 ID:vmtqTpQG0
デュラハンは少女の瞳を見つめていた。それに気が付いて、少女は慌てて視線を逸らす。
デュラハン「……戦争のことは、俺にはわからないんだ。あの二人以上に強い存在がいるとも思えないし、興味はないね」
少女「だったら、早く戦って。あなたが満足するまで戦うから。だから、早くアタシを外に出して。戦争なんて放っておけない」
デュラハン「……」
デュラハンは無言のままに踵を返す。
少女「ま、待ってよ!?」
デュラハン「今の御嬢さんには戦う価値なんてない。参ったね。鈍った心じゃ誰も切れないよ」
そのまま音を立てて扉が閉まった。がちゃがちゃとドアノブを回すが、開かない。それはそうだ。監禁なのだから。
少女「待ってよ……」
少女「待って!」
そのままぺたんと地面に座り込む。なんで? 頭の中はそれでいっぱいだった。戦う価値なんてないと、なんで言われてしまったのか。
戦争に行かなければいけないのに。
この手で誰かを救わなければいけないのに。
564 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/10(土) 02:35:17.58 ID:vmtqTpQG0
少女「うぅううう……」
喉の奥から嗚咽が漏れる。少女は歯を食いしばるが、体の奥底からこみあげてくるものは到底堪えきれるものではない。
もしも、もしも自分が祖母のように強かったのなら、きっと何も悩む必要はなかったのだろう。誰かを守れないことに苦悩するなんてことは無縁の生活がおくれたのだろう。
しかし、現実として、自分は弱い。弱すぎる。
満足に誰かを守ることもできない、ちっぽけな人間だ。
少女は、けれど、知らなかった。彼女の祖母、老婆の苦悩を。
弱き者には弱き者の、そして強き者にだって、強き者なりの苦悩がある。彼女はそこにまで思い至らないが、それによって彼女が愚かだと断定するのは早計だろう。
少女「……!」
まとも地面が揺れた。どこかで、こうしている間にも人が死んでいる。自分は何もできない。それがもどかしくてもどかしくて、少女は思わず絨毯に爪を立てる。
少女「アタシは、無力だ」
何もできない。誰にも認めてもらえない。それはそうだ、何もできないのだから。
何かができれば、誰かに認めてもらうことだってできるだろうに。
565 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/10(土) 02:36:02.14 ID:vmtqTpQG0
あいつのように。
勇者のように。
566 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/10(土) 02:36:40.64 ID:vmtqTpQG0
思わず少女は自嘲が浮かんでいるのに気が付いた。嗚咽は止まらない。涙も止まらない。それでも口元は歪んで口角が上がる。
あまりにも愚かしかった。愚かしくて、おかしかった。これではまるで道化師ではないか。出口のない網の中でもがき続けるさまを誰かがどこかで笑って見ているのだ。
少女「なに見てるのよ、アンタ」
部屋の隅でたったまま微動だにしない妖精を見て、少女は不愉快そうに顔を歪めた。
妖精「マスターよりあなたの周りの世話を仰せつかっておりますので」
少女「アタシは客人ってわけ? さっきのアンタの主人の態度、見た?」
妖精「マスターはあなたを認めていらっしゃいます。機会を待っているのです」
少女「は! 認める? ふざけんじゃないわよ!」
少女はミョルニルを抜いて壁へと叩きつけた。壮絶なる破壊力でも壁は傷一つついていない。
少女「おべんちゃらはいいのよ。こんなアタシに何ができるっていうの」
少女「戦うことしかできないアタシが! 戦っても意味がないんだっていうなら! アタシに意味なんてないでしょう!」
妖精「申し訳ありませんが、あなたのおっしゃっていることが、妖精であるわた」
妖精の肩から上が吹き飛んだ。光る粉を霧散させて、妖精の姿が溶けていく。
567 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/10(土) 02:37:28.44 ID:vmtqTpQG0
ミョルニルを振りぬいた少女は、「は」と小さく顔を歪めた。
答えを持たない相手と会話をしても無駄だと判断したのだった。
手の中にずしりと重いミョルニルだけは、決して彼女を裏切らない。彼女はその重みだけを信じていた。自分すら信頼できない中、確かなものはそれだけだった。
こんな自分に何ができるのだろう。
人を殺すことしかできない人間に。
絨毯の上に横になった。体を起こす気力すらもない。
何をしても全て無駄なのだという確信があった。戦争は起こった。自分は塔に囚われている。今更できることなどない。そして、戦争にたとえ出陣したとしても、人を殺すことしかきっとできないに違いない。
救うことすら中途半端未満にしかできない、愚か者なのだ。
掬い上げようとした命は指の隙間から溶けて流れ出していく。手のひらに残るのは、救いきれなかった命の残滓ばかり。目に映るのも、また。
何もできないこの手を誰か取って、お願いだから。
それができないなら、いっそアタシを殺して。
こんな無力さを味わうなら、死んでしまったほうが幾分かマシだ。
こんなに辛いのもあいつのせいなのだ。
勇者のせいなのだ。
568 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/10(土) 02:37:54.75 ID:vmtqTpQG0
だって、だって、だって!
だって!
少女「なんでーー!」
少女の言葉の先を掻っ攫っていったのは、耳を劈く爆裂音。そしてその音は確かに階下から聞こえてきていた。
少女(砲弾?)
少女がそう考えたのも仕方がない。なぜならすぐそばでは戦争の音が聞こえてきていて、明らかに森の中で必死の塔は異質だ。ここが狙われたとしてもおかしくはない。
けれど、爆裂音はそれにしたってすぐ階下で聞こえていたのだ。少女が囚われているのが何階かはわからないが、景色から鑑みても、三階より下ということはない。塔の中に砲弾が着弾するなんてことは、恐らくあり得まい。
少女「どういうこと……?」
これがイレギュラーであることは想像に難くない。その証拠に、扉の向こうの恐らく廊下では、魔物の唸りや人語が飛び交っているからである。
侵入者なのだと少女が判断するのはすぐだった。
「ここが四天王、デュラハン様の住まう塔だと知ってか知らずか、どのみち命知らずなやつめ!」
「実に。首と体を切り離したうえで、デュラハン様に献上しよう」
「そうだな。どうやらお疲れのご様子でもある。邪魔をさせぬ」
569 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/10(土) 02:38:30.30 ID:vmtqTpQG0
扉越しにそんな会話が聞こえてきたものだから、少女はまさしくその通りだと思った。必死の塔に攻めてくるなんて、命知らずというか、そうでなければ最高に不幸なやつだ。
爆裂音。
どうやら順調に侵入者は突き進んでいるようである。なるほど、流石に単なる雑魚ではないようだ。でなければここまですらたどり着けなかっただろう。
扉の向こうは次第に騒然としてくる。どうやら侵入者はたった一人で、それだのにざくざくと向かってくるのだから当然だろう。
少女「ま、アタシには関係ないことか」
もうどうにでもなってしまえばいいのだ。世界も、この身も。
そして、その考えがあまりに楽観的過ぎたことを、少女はすぐに身をもって知ることとなる。
部屋の壁が大きく吹き飛んだ。
570 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/10(土) 02:38:59.15 ID:vmtqTpQG0
あまりの大きな破壊に、少女は思わず両腕で身を守る。土塊や木材、砂埃が部屋中を満たす。
こんな状況でもミョルニルを握り締めているのが悲しいサガだ。
??「やーっと見つけたぞ、この野郎、迷惑掛けやがって」
聞きなれた声。大嫌いな声。気に食わない声。
少女「なんで……」
なんで、アンタがいるのよ。
その言葉を少女は飲み込んだ。飲み込まざるを得なかった。
薄れる煙の中に見えた勇者の姿は、なんで生きているのかわからないくらいの重傷だったから。
いや、勇者は死なない。死んでも生き返るという意味で、彼は不死だ。だからそんなことを心配する必要は、本当ならばないのだ。少女だってそれはわかっている。
それでも痛みは感じるだろう。気を失ってもおかしくないのに、勇者は立っていた。
571 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/10(土) 02:40:02.48 ID:vmtqTpQG0
左腕の肘から先がない。
左肩が大きく噛み砕かれている。
右脇腹に大きな穿孔があって、向こうの景色が見える。
剣を握る右手も、親指と人差し指、そして薬指だけがあって、中指と小指はあらぬ方向にひん曲がっていた。
脚こそは両方健在だが、酷く焼け爛れている。鮮やかな皮下組織の桃色が痛々しい。
外耳も両方失われていて、そこから垂れた血液が頬を真っ赤に濡らしている。
右目も潰れていた。縦に一本、大きな切り傷が走っている。
572 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/10(土) 02:40:58.54 ID:vmtqTpQG0
勇者「ここに来るまでに3Lvくらいアップしたわ」
少女「そっ、そういうことじゃないでしょぉおおおおっ!?」
彼の背後に迫る敵影。思わず体が反応した。
少女は跳ね、魔物を数匹まとめて砕き飛ばす。
少女「アンタなんなの、バカじゃないの、なんで一人で、こんなっ、アタシ、アタシなんか、アタシなんて!」
勇者「ばあさんと狩人は、よくわからん。はぐれた」
少女「はぐれたって」
勇者「デュラハンと戦っててな。俺だけ死んで、まぁいろいろとな」
少女「ここがデュラハンの住処よ!?」
勇者「あ、やっぱりか。どいつもこいつもデュラハン様が、って言ってたからな。そうなんじゃないかとは」
少女「なんでそんな軽い反応なのよっ、アンタはっ!」
勇者「いやーなんていうかさぁ、もう笑うしかねぇって感じ?」
少女「感じ? ってアタシに聞かれても……」
勇者「ま、お前に会えたからいいや」
少女「は、はははは、はあっ!?」
573 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/10(土) 02:41:27.80 ID:vmtqTpQG0
勇者「帰るぞ」
勇者は剣を鞘に納めて少女に手を伸ばした。
手。
少女は思わず体を強張らせ、息を呑んだ。
壁には穴が開いている。廊下が見えていて、このままもしかすると、逃げることはできるのかもしれない。
デュラハンは出てこない。休んでいるのか、それとも、勇者にも少女にもすでに興味は尽きたのか。
少女「やだ。帰らない」
自然と言葉が出ていた。いや、出てしまっていた、というべきだろう。
勇者は当然のように顔を顰める。
勇者「お前、何言ってんだ?」
少女「ここから出たら戦争に参加しなきゃならなくなる。アタシはもう、人を殺したくない」
勇者「……お前が参加しなきゃ、もっと人が死ぬ」
少女「なにそれ、脅し?」
勇者「そうだな。そういうことに、なるか」
少女「そりゃアンタはいいでしょ、人を守りたいんだから。十人死んでも十一人助けられれば十二分」
574 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/10(土) 02:42:12.01 ID:vmtqTpQG0
ーーなんで怒ってくれないのか。ふざけるな、馬鹿にするなと叫んでくれれば、こっちだって本望なのに。
どうしてそんな、可哀そうな目でこちらを見てくるのだ。
勇者「お前だってそうじゃないのか?」
はっとした。心の奥底を見透かされたようで、苛立ちが喉を突き破る。
少女「わかったような口を利くな! アンタに何ができる!」
勇者「俺を信じろ」
少女「は。誰がアンタなんて信じるのよ。うじうじうじうじ悩んでたくせにっ! アンタなんてアタシと同類じゃないっ!」
少女「ーー同類のはずなのに、どうしてアンタだけ強くなってんのよっ! そんな強い生き方できんのよっ!?」
そうなのだ。全てはこいつのせいなのだ。
こいつがあまりにも前向きだから。
例え弱くても、強く在るから。
例え弱くなくとも、強く在れない少女には、あまりにも勇者の姿は眩しすぎる。
575 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/10(土) 02:42:44.83 ID:vmtqTpQG0
見ているものは同じはずなのに。叶うはずもない夢を見ているはずなのに。
世界のすべてを救うなんてことは、とても人の身で実現できることではない。それこそ神か、統べる側に回らなければ。
勇者は少女よりは弱いのに、彼女より強い。それが彼女には癪に障るのだった。
同類なのに、なぜ自分はこうなのか。
なぜ彼はああなのか。
ああなることができたのか。
八つ当たりだ。八つ当たりなのだ、そんなことはわかっているのだ。
わかっているのだ!
だけれど、わかっていたところでどうにもならないのだ!
少女「アタシにはできない、世界を救うなんてできっこない! もうやだ、もうアンタと一緒にいたくない!」
少女「キラキラしないでよ! なんでそんな笑顔でいられるのよ! 叶わない夢を真っ直ぐ見続けて、それで平然としてられるのよ!」
少女「アタシにはできない! アタシは十人殺しても九人しか救えない!」
地面を叩く。叩かずにはいられない。高ぶった感情を、振り上げた拳を、ぶつける先がないと壊れてしまいそうだった。
576 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/10(土) 02:43:14.09 ID:vmtqTpQG0
勇者「うるっせぇ!」
勇者の体から発せられた雷撃が、背後の敵を軒並みなぎ倒す。それが最後の一団だったようで廊下はしんと静まり返った。
勇者はけれどそんなことお構いなしで、少女を真っ直ぐと見ながらまくし立てる。それこそ少女に負けないくらい。
勇者「気に食わねぇんだよ全部! 戦争も、九尾の暗躍も、お前が苦しんでるのも、全部だ!」
勇者「ずーっと前から俺ははらわたが煮えくり返ってるんだ!」
勇者「俺が気に食わねぇから、気に食うようにしてやろうってんじゃねぇか!」
少女「な、なにそれ。そんなの単なる我儘じゃん。我儘じゃんっ!」
勇者「そうだ」
短く言って、勇者は再度手を差し伸べる。剣を握ってできたマメの目立つ、武骨な、けれど優しい手のひらだった。
577 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/10(土) 02:43:50.06 ID:vmtqTpQG0
勇者「手を取れ! 俺が勝手にお前を幸せにしてやる!」
578 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/10(土) 02:44:19.20 ID:vmtqTpQG0
勇者はそう言い切った。到底信じられない、信じたくなる、大風呂敷だった。
少女はついぞ彼のことを我儘だと言ったが、それはまさしくその通りなのである。なぜなら、彼はこれまで、彼の気に食わないものを気に食うようにするために旅をしているようなものだったからだ。
つまるところそうなのだ。誰かのためではない、自分のために、彼は世界を平和にしたがっている。
誰かが悲しむなんてことはあってはいけないし、無辜の民が苦しむなんてことも、彼は許容しがたかった。
明確な堅苦しい理論なぞそこにはない。ただ彼の「気に食わなさ」だけがある。
579 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/10(土) 02:45:17.31 ID:vmtqTpQG0
彼は戦争が嫌いだった。
自国民を幸せにするために他国民を不幸にするなんてことは、本来あってはならないことだと思っていた。
魔王を倒す途中で、戦争をなくす方法が見つかりはしないかと、彼は常々思っていた。
彼は九尾が嫌いだった。
会ったこともない傾国の妖狐にいいように扱われるのは癪だった。ウェパルもアルプもデュラハンも、恐らく彼女の差し金のいったんなのだろうと思っていた。
いつか一矢報いてやるのだと、彼は常々思っていた。
彼は少女が苦しんでいるのが嫌いだった。
無論、誰かが苦しんでいること自体、彼には耐えられないことだった。それが仲間ともなればなおさらで、彼は仲間のためにではなく、自分のために、全てを擲ってどうにかしてやると思っていた。
そのためなら瀕死の怪我などはどうでもいいのだと彼は常々思っていた。