Part23
526 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 03:03:13.87 ID:i6iad9cF0
剣で肉を削がれながらも三人を倒す。倒れ伏した三人に、念には念を入れて槍の穂先を突き刺した。
参謀「お疲れ様です」
音もなく、陰気な男が現れた。一瞬身構えるが、見たことがある。確か……そうだ、自軍の参謀だった、はずだ。
参謀なのに前線に出る不思議な男として有名だった。茫洋としてわからないが、どうも実力のある魔法使いらしい。近接格闘タイプの。
ルドッカ「全然、状況がっ……はぁ、わからないん、ですけど」
喋ると思わず噎せ返りそうだ。体が奮い立ってくれないのはもどかしすぎる。
参謀は遠くを見据えるように目を細めた。
参謀「互いに戦線が伸びきっていて、このままでは敵の本隊が間に合ってしまいます。可及的に速やかに攻略する必要がある」
ルドッカ「そんなことはわかってるんですよ!」
思わず大きな声が出た。
ルドッカ「……指揮系統が崩壊して、乱戦になってます。体勢を立て直さないと」
参謀「そう、ですね。三十分だけ持ちこたえてください。こちらも切り札を抜きます」
527 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 03:04:51.53 ID:i6iad9cF0
この戦いは、否、この戦争は電撃戦でなければいけない。相手に対策の余地がないほどに素早く攻め込み、粉砕する必要がある。そんな目的なんて私は何度も聞いた。
長引けば長引くほど不利になるんですよと、言葉が口元まで出かかった。三十分あればどれだけの数の命が失われるのかわからないのか。切り札とやらがあるなら、抜けるなら、今だろうに。
わかっているのだ。参謀は恐らく、適当なことは言っていない。私は敵を一人でも多く殺して、味方を一人でも多く生かすのが役目。彼はこの戦争を勝利に導くのが役目。その差は大きくそして深い。
ルドッカ「三十分、ですね。本当に三十分あれば」
突如背後から飛び出した黒装束の男ーー敵軍の特別遊撃隊の首根っこを捕まえ、へし折って、そのあたりに放り投げてから、参謀はこちらに顔を向けた。
参謀「……あれば?」
ルドッカ「……!」
言葉も出ない。
黒装束が手練れなのは明らかだった。そしてそれを容易く撃墜した参謀の鮮やかさは、私の技量を軽く上回る。人間業でないかのように。
私は微動だにできてないというのに!
ルドッカ「……あれば、なんとかなるんですね」
参謀「それは、もちろん。保証します。だからあなたはこれ以上敵を進行させないでください。広がられると、厄介だ」
528 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 03:05:20.05 ID:i6iad9cF0
私は槍をぐっと握り締めた。私には私にしかできないことがある。今は参謀を信じるしかない。
頷いた。参謀に対してというよりは、自分の中での決意を確かめるため。
ルドッカ「わかりました。任されました」
参謀は軽くうなずいて、奥歯を噛み締めた。苦痛に歪んだ理由に思い当たる節はないが、指摘するよりも先に、彼は風だけを残して姿を消した。転移魔法か、ポータルを使ったのだろう。
少し遅れて、蹄鉄が地面を打ち鳴らす音が聞こえてきた。コバ。コバ・ジーマ。歴戦の強者で、私たちの指導教官でもある。
彼は返り血に塗れていた。きっと私だってそうなんだとは、思うけど。
コバ「生きていたか」
ぶっきらぼうにコバはそう言った。普段からこんな人柄だけど、戦場の彼は、いつもよりもっと無機質だ。心を努めて掻き消そうとしているのが見て取れる。
ルドッカ「参謀が来ました。暗い感じの男性で」
コバ「あいつか……何かされなかったか」
眉間にしわが寄せられる。私はコバの背後にあるものを理解できない。
529 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 03:05:49.89 ID:i6iad9cF0
ルドッカ「三十分でいいから持ちこたえてくれ、と。切り札があるから、と」
コバ「いや、そういうことでは……まぁいい。それで、なに? 三十分だと」
ルドッカ「はい」
コバ「……」
ルドッカ「あの、教官?」
コバ「あいわかった」
コバは手綱を引いた。途端に馬がのけぞり、大きく嘶く。
戦場を劈く大きな嘶きだ。
風が吹いた。ずぉおおおと音を立てて耳元を過ぎていくそれは、単なる風ではない。周囲のーー敵も味方も問わない兵士たちの視線が練りこまれた風だ。
コバが手に持ったハルバートを高々振り上げ、叫んだ。
コバ「やぁやぁ! 我こそは歩兵部隊第二中隊隊長、コバ・ジーマである! この殿を努めさせてもらう!」
コバ「友軍の背中を狙う者ども! 俺を乗り越えてからゆけぇええええっ!」
栗毛の馬が地を蹴った。軽快な音とともに砂が舞う。
振り回されるハルバート。当然剣の先はコバと、彼の足である馬に向けられる。それらを軽快なステップで回避し、もしくは無理やり馬ごと突っ込み、コバは友軍に追いすがる敵兵を蹂躙していく。
私は自分の体が動いていないことにようやく気が付いて、びくっと振るわせる。
530 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 03:06:22.81 ID:i6iad9cF0
コバの頭に矢が命中する。矢は大きな音を立てて弾かれこそしたけれど、その衝撃は消しきれるものではない。コバは思わず前後不覚になってぐらついた。
そこを見逃さず敵兵たちは剣を向けてくる。私はとっさに彼らに指を向け、呪文を詠唱した。
ぽすん!
あまりにも幼稚な爆発だった。子供だましの、花火にも劣る白煙が、コバを中心として起きた。しかし、どんなちゃちな爆発だとしても、それは敵兵の動きを一秒止めるには十分だ。
そして、一秒動きを止めていられたなら、詰めるにも十分すぎる。
無我夢中で突き出した穂先が敵兵の喉を貫く。ぐぇ、という声、妙に固く、かつ柔らかい感触。体中を虫が這いずり回るーー不快感が全身を支配するのだ。
人なんて殺したくないのに!
それでも、私は、
ルドッカ「死にたくない。殺させも、」
しない!
531 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 03:06:52.39 ID:i6iad9cF0
そのまま大きく槍を振って、近くの兵士をなぎ倒す。殺すことはできないまでも距離さえ取れれば問題はない。
ルドッカ「大丈夫ですか」
コバ「お前は逃げろ!」
ルドッカ「は?」
何を言っているのかわからなかった。コバは優しい人だ。だからといって、職務放棄を促す人物ではない。それに、自惚れだとはわかっていても、言ってしまう。
ルドッカ「私がここを離れたら、誰が殿を守るんですか!」
コバ「俺がなんとかする。三十分間。お前はだから、できるだけ遠くへ逃げろ」
ルドッカ「ほかの皆は!?」
コバ「戦場でほかの皆とか考えてるんじゃあねぇ!」
ルドッカ「おかしいですそれは矛盾です! だって、教官ーー」
ーー自分一人で死ぬつもりじゃないですか!
532 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 03:07:22.37 ID:i6iad9cF0
コバ「うるせぇ! こちとらそんなこたぁ百も承知の上だ!」
コバ「この世にはな、大局的に物事を見られるやつがいる。その中には、見すぎちまうやつも、いる」
コバ「俺たちがそんな奴らのために何かしてやる必要はねぇ」
ルドッカ「意味がわかりません!」
コバ「それは俺がまだ軍人だからだ。喋りたくても喋っちゃならねぇことは喋らねぇもんだ。だけど、ルドッカ。何をやっても勝てればいいだなんてのは思い上がりだ。それは所詮人間の考えにすぎねぇ」
コバ「俺たちは確かに人間だ。神様じゃない。できることには限界がある」
コバ「だけど、だからこそ、俺たちは人間並みでないことを目指すべきなんだ。そうだろう」
コバ「目的を達成できないのは三流だ。目的を達成できて、まだ二流」
コバ「目的のために手段を選んで一流になる。それはつまり勇気があるってことだ。お前には勇気がある。俺には分かる。あっついハートが俺には見える」
コバ「だから、行け。手段を選んで勝て」
ルドッカ「いつか手段を選ぶために、今手段を選ぶなと!?」
コバ「そういうことじゃーー」
533 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 03:08:49.37 ID:i6iad9cF0
コバが勢いよく振り向いた。怒りの冷めやらぬ中、それでも私も反射的に振り向いてしまう。長年の訓練の賜物というやつで。
ルドッカ「……なに、あれ」
明らかに異様な存在がいた。丸太のように太い腕。樽のようなシルエット。白銀の甲冑に、長い剣。
身の丈は約1・8メートル。兵士としては普通だけれど、気当たりのせいかもっと大きく見えた。
コバの舌打ちが聞こえた。
コバ「来ちまったか」
ルドッカ「教官!」
あれの正体を聞くより先に、コバが飛び出していく。最後に私に声をかけて。
逃げろ、と。
あれから逃げればいいのですか? それとも、もっと大きなものから逃げればいいのですか?
どのみちあなたとみんなを置いて?
534 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 03:09:33.56 ID:i6iad9cF0
そんなことできるはずがなかった。できるとも思えなかった。
私はわかってしまった。私が加勢しても、あの白銀には勝てない。あれは恐らく人間でこそあるが、もっと次元の異なる存在だ。煌めく魔法のヴェールを身に纏った至高の戦士だ。
子供だましな爆発呪文しか使えない私とは、天地ほども差がある。
もう一度柄をしっかりと握って、地面を踏みしめていることを確かめた。踏んばらないと倒れてしまう。
わけがわからない。この世には私のわからないことが多すぎる。コバが言っていたことの意味も、何よりこの戦争の意義も、私は何一つわからないのだ!
それらは大事なことのはずなのに、大切なことのはずなのに。
私は周囲を見回した。歴々たる死体が築かれている。四肢の欠損、鼻っ柱に叩き込まれた刀剣、血の海、身体の痙攣、様々な形のグロテスクがそこには山積していた。
敵軍も友軍もいる。彼らはわかっていたのだろうか? この戦争の意義を。なぜ自分たちが人を殺し、人に殺されなければならないのかを。
ルドッカ「っ!」
物思いに耽っている暇などありはしないのだった。友軍は今も逃げ続けているが、まだ背中は近い。それに追いすがる敵の姿も見える。
コバへと視線を向けた。白銀との死闘が、僅かに、見える。劣勢だ。当然だとも思う。あの白銀は、風に聞こえる豪の者に違いない。隣国にそのような魔法剣士がいると、確か聞いたことがある。
頭がぼーっとする。
私は何をやっているんだ?
535 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 03:10:48.10 ID:i6iad9cF0
敵兵の刃が味方の背中を切り裂いた。その敵兵もまた、味方の矢に顔を穿たれて死ぬ。
何もわからないんなら考えるだけ無駄なのかもしれない。
ふと浮かんだその考えを振り払う理由を私は持っていなかった。
こんなはずじゃあなかったなどと泣き言を言うつもりはない。だけど、それにしたって、私たちは所詮一つの駒に過ぎないのだという考えを受け入れるほど、人間ができているわけでもない。
あぁーーそれだのに、どうしてこんなに思考停止がしたいのだろう。
無我夢中で走りだした。逃げるつもりは毛ほどもなくて、ただひたすらに、槍を振るって敵陣中央へ特攻していく。
同じく殿を務めている一団と合流した。数は三十前後といったところだろう。対して敵は百近くいる。なぜこんなにと思うが、白銀の部下に違いない。確かに練度も段違いだ。
その中には少年兵がいた。新進気鋭の兵士なのだろう。幼いながらもその面構えは戦士のもので、二回りは年上の兵士と剣を交えあっている。
彼の頭が炸裂した。
至近距離からの石弓による狙撃ーーいや、狙撃と呼べるほど精度の高い射撃はこちらにはできない。流れ弾に被弾したに過ぎないのだ。
それでも人は死ぬ。
536 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 03:11:15.92 ID:i6iad9cF0
視界が歪む。滲む。気が付けば私は泣いていた。
私たちは、敵も味方も、どこへ向かっているのだろうか。
約束の地は見えてこない。ただ、先頭の旗手が振る御旗を目指して、がむしゃらに走っているだけだ。
逃げることなどできるものか。
叶うことなら一刻も早く、一秒でも早く、
ルドッカ「誰か私を……」
楽にしてくれ。
ルドッカ「うぉああああああっ!」
走った勢いで兵士たちの顔面を穿っていく。最早槍は捨てた。信念も、誇りも、この手には重すぎる。
目玉と脳漿を横目で流しながら、兵士が取り落とした剣を拾った。敵兵が眼を剥いてこちらに迫ってくる。獣のような風貌。私も、もしくはそうなのだろうか。
しかし、だとすれば随分と楽だ。こちらも向こうも。
獣が相手ならばそれこそ何も考えなくてもいいのだから。
537 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 03:11:49.21 ID:i6iad9cF0
振り下ろされる剣。振り上げる剣。私の剣は後者で、そして前者を叩き折って、そのまま敵兵の肋骨すらも叩き折る。
体の中央で刃が止まった。敵兵はがひゅ、がひゅ、と不規則な呼吸を発し、最後の力を振り絞って一歩前に出たが、そこで倒れる。
私は剣から手を離す。頼れるものは何もない。
せめて味方が私を頼ってくれさえすれば。
激痛が走った。それだのにどこかその痛みは体から分離されていて、あくまで客観的に、私は激痛の発生地である脇腹を見る。
腹から刃が突き出ていた。
刃が捩じられる。ぐじゅ、という不快な音とともに肉が捻られて、思わず私は歯を食いしばる。
反転。
聞くに堪えない音が耳へと届くが、それの発生源が私であろうとなかろうと、そんなことはどうだっていいのだ。
僅かでも味方を避難させられれば、それで。
538 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 03:12:35.65 ID:i6iad9cF0
振り返った先には老兵がいた。驚いた様子でこちらの顔を見ている。失礼な。
私は別に幽霊じゃないというのに。
拳を振り上げて老兵の顔面へと叩きつける。一発目は防がれたので、もう一度。今度こそ鼻っ柱へとクリーンヒット。
倒れた老兵の腹に馬乗りになって、ひたすらに顔面を殴打し続ける。
殴打。
殴打。
殴打!
次第に手の感覚がなくなってくる。手甲に守られた拳が痛い。いや、拳というよりは手首だろうか。
老兵が動かなくなっているのに私が気が付いたのは、地面に血まみれの歯が散らばり始めてからだった。まるで呆然として、縁側で一息つくように「ほう」と息を吐く。
口の端から伝うものは、血だ。
地面には血が海のようになっていて、恐らくそれは、老兵のものだけではないのだ。
思わず地面に倒れた。視界の中では死屍累々。そしてさらにその中で、遠くから白銀が近づいている。
あぁ、コバは死んだのだな、と悟った。
539 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 03:13:08.47 ID:i6iad9cF0
右手は動かない。左手も動かない。
足は……左だけが、僅かに動く。
だけれどそれにどんな意味があるのだろう。ただ座して死を待つだけの最期を汚す必要はあるまい。
意識に段々と靄がかかっていく。これで大丈夫だ、もう楽になれる。私は十分頑張った。仲間が逃げる時間も、ある程度は稼げただろう。だから、おやすみなさい。
ルドッカ「ーー」
私は、何かを言った。のだと、思う。
あぁ、眠い。
私はもう一度呟く。内心で。
おやすみなさい。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
540 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 03:13:42.96 ID:i6iad9cF0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「寝るのにはまだ早いですよ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
541 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 03:14:09.20 ID:i6iad9cF0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
なぜだか俺は生きていた。ポルパの剣に腹をぶち抜かれて、それで……?
それで?
手を見る。体を見る。確かにぼろぼろで、生きているのが不思議なくらいで、それでも確かに、生きている。
いや、生きているのか?
仮にも自分の体だ。そこはかとない自覚はあった。体の奥からの鼓動が感じられない。かといって現状は戦場で、夢にも見えない。夢だとしたらこれは、あれだ。
ビュウ「悪夢だな」
ずらりと目の前に兵士の大軍。
その数、およそ二百。
542 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 03:14:57.34 ID:i6iad9cF0
対するこちらは数十名。参謀を先頭にして、コバ、ルドッカ、そして……なんだ、ポルパもいるじゃないか。ほかには、どうしてだ? 儀仗兵のやつらも前線に出て来てやがる。
参謀が指を前に示した。
ぐん、と俺の体が前につられて動き出す。
え?
なんだ、これは。
それは俺だけじゃない。周りの人間も顔だけがひきつった様子で、それでも体は真っ直ぐに、引きずられるように、前へと突き進んでいく。
ビュウ(なんだよこれぇっ!)
声は出ない。先ほどまでは動いていたのに!?
ビュウ(なんだこれ、なんだ、なんだこれ!)
ビュウ(なんだなんだなんなんだよぅ!)
思考は止まらない。体も止まらない。
こうしている間にも体は勝手に敵兵をなぎ倒していく。おおよそ今までの俺とは違う、素早い動き。力強い剣の振り。そして何より、
ビュウ(痛みがねぇ!)
543 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 03:15:35.56 ID:i6iad9cF0
怖い怖い怖い怖い怖い!
全てが糸で操られてるみたいだ!
俺が一人を切り伏せる間に、三人が俺の体を切りつける。だけど俺は倒れない。どういうことだ? お前ら、そんな不思議そうな顔をして、困惑した顔をして、俺を切るんじゃない!
俺だってわかんないんだから!
嫌だ嫌だ嫌だ、だって俺はこんなの知らない!
こんなの望んでない!
ちらっとでも、楽になれるんだと思ったのに!
大軍は強い。強すぎる。煌めく粒子をその身に纏った兵団は、身体能力が向上しているのか、おおよそ人間離れした動きを見せてくる。
だけど、悲しいかな、人間離れっぷりではこっちのほうが数段上をいっている。
これほどまで悲しいこともそうそうない。
544 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 03:16:02.23 ID:i6iad9cF0
だけれど、事実として俺たち三十人が、人間離れした二百人と渡り合えているのもまた事実なのだ。
みんなが地獄のような顔をしている。
ルドッカも、コバも、残らず。
きっと俺だって。
戦場の中心で白銀と参謀が戦っているのが見えた。どちらにも疲労の色が濃い。いや、白銀に関しては、純粋な驚きと恐怖か? そりゃそうだろうな。俺だってそうだ。
どうだっていいことを考えている間にも体は敵兵を殺していく。眼に血液が入って視界が赤く染まっても、自動的にターゲッティング、アタック。
そして俺の顔面に剣が叩き込まれて、一瞬だけ意識が
ーーはぁ、この通りだ。嫌になる。
ちなみにこうしている間にも俺は死んで? いる。
参謀「もうそろ、時間ですか。時間切れでも、ありますけど」
参謀の声が遠巻きながら聞こえた。時間。タイムリミット。いったい何がそこにあるというのか。
空が唐突に光を放った。
545 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 03:16:36.83 ID:i6iad9cF0
戦場のど真ん中に、突如としてばあさんがーー国王様のそばでよく見かける、険しい顔をしたばあさんだーー現れた。
緑色の光を放ち、力に満ち満ちていて、
?
俺は首を捻った。つもりだ。
なぜなら、ばあさんがあまりにも、虚ろな顔をしていたから。
ばあさんが杖を天に突きだした。
緑の波動が、迸る。
ーーーーーーーーーーー
546 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 03:17:04.68 ID:i6iad9cF0
ーーーーーーーーーーー
老婆が放った波動は、その場にいた有象無象の人間を、
……単純に表すならば、「殺した」。
老婆は確かに数百の人間を殺しはしたが、それは決して殺戮ではなかった。血みどろの、惨たらしい、殺人ではなかった。
単に彼女は「死」を与えただけだ。
敵と味方の区別なく、老婆が放った緑の波動は、あたり一帯を森へと変えた。
全ての人間は、老婆を除いてその養分となった。
緑の波動は敵拠点の障壁すらも吸い取って、打ち砕く。
老婆の血に刻まれた、長き肉体改造の果ての、膨大な魔力。それによってはじめてなしえる特大魔法。例え九尾でも真似は到底できないだろう。
老婆「……」
彼女はあくまで無言であたりを見回した。嘗ても彼女は同様の魔法を唱え、大森林の拡大に一役買ったことがある。思うことは、数十年たった今でも変わらない。
こんなことによって得られる平和に意味があるのか?
547 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 03:17:32.48 ID:i6iad9cF0
いや、わかっているのだ。彼女には力がない。彼女にあるのは人を殺して平和を勝ち得る能力だけで、人を殺さずして、もしくは最小限の犠牲で平和を勝ち得る能力はない。
だからこそ彼女は勇者に期待をせずにはーー否。願わずにはいられなかった。
全てを救うと嘯く彼が、自分の夢をかなえてくれると。
「また、派手に、やりました、ね」
樹木が声を発していた。参謀の声である。
全てを気に吸い尽くされても、まだ自動操作は健在らしい。全くしぶとい人間である。
老婆「派手にやることしか、できないのでな」
「ともかく、敵の進軍は、水際で、止められまし、た。あとは、第二軍を出して、攻めれば、ひとまずは」
老婆「勝ち、か」
「はい」
老婆「お前はどうするんだ」
「僕は、もう無理ですね。死んでる体を、動かすのも、限界です」
老婆「魔力を回復してやろうか?」
「勘弁、して、くださいよ」
「魔力が切れたら、隊長も、本当に死にます」
「けど、それでいいような気も」
老婆「そうか」
548 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 03:18:01.02 ID:i6iad9cF0
「勝って、ください」
老婆「わかった」
「最後に、立ってさえ、いれば。それで、勝ちなん、ですから」
老婆「何千何万死んでも」
「はい」
老婆「儂もずっとそう思っていたよ。そう思い込もうとしていた」
「勇者、さん、ですか」
老婆「……」
「図星、ですか」
老婆「あいつなら、できる気がするんじゃ」
老婆「根拠など何もないんじゃがな。限りない愚か者のあいつなら、きっと、いつか、必ず」
老婆「そう思うのは、このババアの勝手じゃろうか」
老婆「……」
老婆「参謀?」
木は喋らない。当然である。死んだ人間が動かないように。
それが自然の摂理というものだ。
549 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 03:19:13.79 ID:i6iad9cF0
だが、それを曲げようとする者がいるのもまた、自然の摂理と言える。
老婆は通信機を取り出した。
老婆「全隊へ次ぐ。ただちに敵拠点を攻撃し、制圧してくれ。兵站を断っている今が勝負じゃ」
老婆「攻められるかぎり、攻めろ」
通信機をそう言って切って、空を仰ぐ。
老婆「くそ」
ーーーーーーーーーーー