Part21
484 :
◆yufVJNsZ3s :2012/10/19(金) 13:28:03.82 ID:itCyvvs/0
黒い靄が霧散する。
隊長「うぉああああああっ!」
雄叫びとともに隊長は両手で剣を握ったーー両手で!
折れて使い物にならないはずの肩は、確かにひしゃげた外見をしている。どうやってもそこから先など動きそうにない。
それでも彼は、彼らは、動けるのだ。最早彼らの体は彼らのものではなく、魔法のものなのだから。
霊視によってかろうじて見える、体内を駆け巡る黒い糸。それが筋繊維と神経系の代理をして健常に見せかけているのだ。
返す刃の速度は神速。
長年の鍛錬のみが可能にする、生物の反応速度を上回る必殺の一撃。
デュラハンは長らく味わったことのない恐怖を感じた。それは焦燥をさらに煮詰めた先にあるものだ。
なんだかわからないがやばいと、彼はそう思ったのだ。
魔方陣が作動する。淡く光を生み出し、さらにそこから派生して、大量の刃先が隊長へと向かっていく。
隊長「知るかぁっ!」
隊長はそのまま剣を振るった。
デュラハンの足が両方消え去り、遠く離れた地面へと転がっていく。
485 :
◆yufVJNsZ3s :2012/10/19(金) 13:43:56.32 ID:pPv+eC4q0
肉を裂き、骨を砕く音。串刺しになりながらも、それを力技で引き抜いて、地面に倒れ伏すデュラハンへ隊長が飛びかかっていく。
なんだかわからないがやばいと、彼はまた思った。
よくわからないが、これはこのままではいけないと。
死ぬことはないが、負けるのではないかと。
背中を見せて無様に逃げるのは自分なのではないかと。
眼前に迫る隊長と切っ先。
デュラハン「頭おかしいだろ君らっ、勝てないとわかってるのにーー」
剣を生成、黒い靄を足の形に再形成して、デュラハンは鋭く後ろへ跳んだ。
参謀「勝てます」
背後で参謀が呟いた。
すでに参謀はデュラハンの後ろに切迫している。
デュラハン「ーーっ!?」
参謀「僕らが例えここで死んだとしてもーー兵士が例え何千人死んでも、国民が一人でも残っていれば」
参謀「最後に残ったのが僕らの国民であるなら」
参謀は感慨深げに、もしくは吐き捨てるように、繰り返した。
参謀「それは僕らの勝ちです」
486 :
◆yufVJNsZ3s :2012/10/19(金) 13:45:53.20 ID:pPv+eC4q0
デュラハンは今度こそ耐え切れなくなった。参謀の左ストレートを防御し、その勢いを使って距離を取る。
デュラハン「気が、狂ってる」
隊長「戦いを楽しむために何でもする、そんな存在には言われたくないな」
二人が飛びかかってくる。あくまで真剣な表情で、魔法に操られながら。
デュラハン(駄目だ、こいつら話にならない!)
デュラハン(何度殺してもこいつらは突っ込んでくる! 肉と骨を犠牲にして、俺の一秒を稼ぎに来る!)
デュラハン(物理攻撃で俺が死ぬことはないけど、あまり魔力を浪費させられるのも、また不味い)
デュラハン(最悪自分と一緒に俺を磔にするくらいはやってのけるだろう。目の前の二人からは、そんな凄みを感じるっ!)
デュラハン(そして何より……今更気が付いたが、こいつは、そうなのか?)
デュラハン(だからあいつが向かって……)
デュラハン(もし本当にそうだとしたら、なおさら不味い!)
デュラハン(自動操作ごと切り捨てなければっ!)
二人の攻撃を捌き、受け、時に喰らいながら、デュラハンは魔力を貯めていた。このいつ終わるかも知れない地獄から脱するために。
487 :
◆yufVJNsZ3s :2012/10/19(金) 13:47:03.40 ID:pPv+eC4q0
魔方陣が、そしてそれが刻まれている大地が大きく光を放ち始める。
しかし二人の攻撃が休まる様子はなかった。最早彼らは防御を考える必要がないのだ。生き残ることを考える必要がないのだから。
デュラハンは大量の剣を空中に出現させ、それを二人目がけて発射する。それで二人の足止めができるとは思っていない。が、攻撃を受けた際に起こる数秒のラグを期待してのことだ。
二人は体を切り刻まれながらも決して止まらない。傷ついた部分はすぐさま現れた体内の黒い糸が修復していく。
その間、僅かに全身の動きが鈍った。
そしてその刹那を見逃すデュラハンではなかった。
デュラハン「来いっ! 天下七剣の壱、破邪の剣!」
虚空からデュラハンが抜き出したのは、一本の細身の剣である。それまで彼が使っていた無骨な刀や剣とは違う、レイピアに近い、細剣だ。
刀身にはルーンが刻まれ、淡く光を放っている。魔族によっては見ることすら嫌がるものもいるだろう、それほど強い破邪のルーン。
精緻な細工の刻まれた柄をデュラハンは掴んで、それを構える。
破邪のルーンは、どんな魔法すらも切り裂く。
例え自動操作だろうとも、黒い糸が切れてしまえば。
488 :
◆yufVJNsZ3s :2012/10/19(金) 13:48:13.39 ID:pPv+eC4q0
デュラハンは渾身の力で剣を振るった。裂帛の気合いを叫ぶ余裕などなかった。ただ一刻も早くこの終わりない戦いから身を引きたいと願っていた。
そんなことは初めてだった。
いや、彼は信じていた。こんなものは戦いではないと。
彼が相手にしているのは個人であって、決して国家ではないのだ。
それでも、驚愕と恐怖の中に、確かに興奮があった。今まで会ったことのないタイプの敵に、どうやっても抑えきれない昂ぶりの萌芽が、漆黒の中にひっそりとあった。
デュラハンは、存在しない自分の口角が上がるのを、確かに感じる。
衝撃がデュラハンを襲った。
手首に突如受けた衝撃によって、剣の軌道が大きく逸れる。
地面を大きく切り付け、そこから眩いほどの光が立ち上った。天まで届かんばかりの光のヴェールに、デュラハンは自ら体をよろめかせる。
手には矢が三本突き刺さっていた。
狩人「間に合った」
デュラハン「もう手遅れだ!」
デュラハンは叫んで、彼方を向いた。
狩人でも隊長でも参謀でもないほうを。
狩人は彼が何を言っているのか全く理解できず、つい同じ方向を向いてしまう。
489 :
◆yufVJNsZ3s :2012/10/19(金) 13:50:18.60 ID:pPv+eC4q0
船が。
空中に、浮いていた。
何十という魔法で編まれた武装船団。
その集団に囲まれた、黒い瘴気の塊。
「あははははははははははははははははははははははははは」
「けたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけた」
「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
「ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇ」
吐き気のするほど凄絶な笑顔を浮かべて、ウェパルが立っていた。
体から顔にかけて刻まれた文様が、赤紫色にどす黒く発行している。
ウェパル「デュラハン」
一言一言が呪詛であった。
一文字一文字が刃であった。
狩人は、そして隊長と参謀の二人でさえも、自分がこの場にいてはならないことをすぐさま感じ取る。
言葉のやり取りを聞くだけで蒸発するなんて、そんなことは願い下げなのだ。
考えるよりも体が動いていた。狩人は大地を蹴って二人の元へと移動し、なんとかここから逃げ出そうと試みる。
しかし。
490 :
◆yufVJNsZ3s :2012/10/19(金) 13:51:37.73 ID:pPv+eC4q0
激痛でもって初めて、狩人は自分の体に鏃が突き刺さったことを知った。
緑色のオーラが弾け、鏃は空気中に霧散する。魔法で編まれたウェパルの武器だ。
即座に洞窟で見たウェパルの力、腐敗を一瞬で進める力を思い出し、狩人は死を覚悟する。が、ウェパルは狩人に一瞥をくれただけで何も行動に起こそうとはしなかった。
ウェパル「あんまり隊長には近づかないでね」
そう言うだけで。
ウェパルはデュラハンに向き直る。
ウェパル「なんで隊長殺そうとしてんの? もう死んでるの? どっちでも、いいんだけどさ」
デュラハン「……」
ウェパル「なんか言ったらどう」
デュラハンは大きくため息をついた。
デュラハン「そいつが君の言う『隊長』だとは知らなかった。さっき思い出したくらいだ」
ウェパル「そんなことはどうでもいいの。死んで、って言ってるの」
ウェパル「隊長はボクのものなの。ボクのものなんだから。海の底に沈んだものは全部ボクのものだ」
ウェパル「だからデュラハンは手を出さないで。死んで」
デュラハン「断ったら?」
ウェパル「死ね」
491 :
◆yufVJNsZ3s :2012/10/19(金) 13:52:37.54 ID:pPv+eC4q0
全砲門が弾けるような音を上げた。
目に見えない、魔法で編まれた弾丸。質量が存在せず、それでいて物理法則を完全に無視するそれは、どんな身体能力でも逃げることはできない。
土煙の中からデュラハンがぬっと顔を出した。鎧はぼろぼろだが、中の黒い靄には揺らめきひとつ見いだせない。
デュラハン「どうにもそいつらとの戦いは楽しくて仕方がないんだ」
言って、デュラハンは虚空に手を突っ込む。
デュラハン「天下七剣、竜殺し‐ドラゴンキラー‐」
大仰な名前とは裏腹に、小さなカタールであった。しかし刃に内包された弾けそうなエネルギーは、遠くから見ているだけでもすぐにわかる。
デュラハン「天下七剣、隼の剣」
羽と猛禽をあしらった剣であった。破邪の剣と同様に細身だが、すらりと長い。
二振りの剣を握り締め、デュラハンは懐かしむように言う。
デュラハン「いつぶりだっけ、きみと戦うのは」
ウェパル「きみが生まれた日に一回、これが二回目」
デュラハン「そうか。あのときは魔王様もいたんだよな」
ウェパル「何百年前だったかーー」
492 :
◆yufVJNsZ3s :2012/10/19(金) 13:54:23.56 ID:pPv+eC4q0
と、唐突にウェパルが膝をついた。
苦悶の表情を浮かべ、隊長をちらりと見やる。
ウェパル「ボクは……人間に……」
なりたかった、のか。
ウェパルはそれ以降口を噤んだ。いつの間にか文様の発光がおさまっている。
いや、違う。
顔を上げたウェパルの瞳は、すでに黒く濁り始めていた。
狩人は今しかないと判断した。隊長はデュラハンを止めたそうにしていたが、膨れ上がるウェパルの圧力に、それ以上前に進むことはできない。
参謀「部下たちは……」
狩人「気になって、見てきた。出るに出られなくなってたから、事情を説明したら、本当に危なくなったら転移石を使うって」
狩人「そのせいで助けに来るのが遅くなった。ごめん」
参謀「いや、いいんです。ありがとうございます」
参謀「これ以上の作戦の続行は不可能と判断します。帰還しましょう」
493 :
◆yufVJNsZ3s :2012/10/19(金) 13:55:11.26 ID:pPv+eC4q0
参謀「隊長さんも」
ウェパルに対して苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている隊長は、参謀に声をかけられてびくりと体を震わせた。が、たっぷり一秒使って、首を縦に振る。
デュラハン「俺を忘れちゃいないかい?」
二刀を構えた状態でデュラハンが迫ってきていた。
三人が迎撃態勢を作る。
ウェパル「させない!」
砲弾がデュラハンを襲う。デュラハンは剣を破邪の剣に持ち替え、素早くそれを両断した。
ウェパル「隊長を、隊長をぉおおおおおっ! こ、ころっ、こ!」
言葉を何とか押しとどめようとするウェパル。しかし言葉はどんどん胸から湧き上がってくる。コールタールの泉が、そこにある。
文様が妖しく光り始める。
ウェパル「うっ、うっ、うぅうううぅううっ! こーーころ、殺すのは!」
ウェパル「ボクだっ!」
参謀「ポータル、用意できました。早く!」
494 :
◆yufVJNsZ3s :2012/10/19(金) 13:55:50.63 ID:pPv+eC4q0
空間にぽっかりと開いた穴に参謀、狩人と飛び込んでいく。
狩人「早く!」
服を掴んだ狩人の手を、隊長はにこやかに笑って、そして、
振りほどいた。
穴に吸い込まれていく狩人。戻ろうと思えば当然戻れるのだろうが、あまり長くつなげていられない。参謀の残存魔力的にも、外界の脅威的にも。
隊長「俺は、だめだな。あいつの辛い顔、見たくねぇんだよなぁ」
そう言って、駆け出していく。
参謀「何してるんですか!」
狩人「隊長が!」
参謀は一瞬息を呑んで、そしてわずかに視線を下に向けた後、反転する。
参謀「行きましょう」
狩人「でもっ」
参謀「僕の仕事は、最後に自国民が立ってるようにお膳立てすることです」
狩人「……」
狩人は振り返って、穴の外に出ていく。
狩人「私には、そんな生きかた、できない」
穴が急速に縮小していく。もう時間がないのだ。
飛び込むタイムリミットが近づいても、狩人はもう振り向かない。隊長の姿も、穴の中からは見えない。
参謀は大きくため息をついた。
参謀「あぁーー死にたい」
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498 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 02:39:49.36 ID:i6iad9cF0
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勇者は目を覚ますと同時に腰の剣を抜いた。
勇者「……?」
おかしい。自分は死んだはずだ。デュラハンと戦っている最中、剣に腹を突き刺されて。
しかし、だとするならば、なぜ自分が大森林の中にいるのだ?
混乱はしていたが、それもまたコンティニューの力だろうとは想像できた。復活する際に必ずしも死んだところでは復活しないのは、これまでの経験からも明らかだ。
とりあえずは現在の位置を把握する必要がある。狩人たちにも合流しなければいけない。
勇者「四天王、デュラハンか」
武人という言葉がしっくりとくる佇まいだった。そして四天王という立場がしっくりとくる手強さでもあった。生半可では勝てそうにもない。
少し歩くと川があった。遡上なり下降していけば、自分たちがいたところに戻れるだろうか。
勇者は考え、ひとまずあたりを見回す。
勇者「なんだ、あれ」
視点が定まる。
大森林の奥、木と木の隙間にうっすらと、明らかに場違いな建物が見えた。
象牙色した尖塔である。決して大きい建物だとは言えない。が、仮に宗教公国のそばであるとしても、こんな森の中にまで信仰施設を立てるだろうか。
499 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 02:40:21.12 ID:i6iad9cF0
とにもかくにも現在の位置がわからなければ、どこに向かうべきかもわからない。勇者は誘われるように象牙の塔へと歩いていく。
??「くきぃえええええぇいいいぃっ!」
勇者「!?」
突如として近くの茂みが大きく揺らぎ、中から黒い巨大な影が勇者へと飛びかかる。
咄嗟に勇者は剣を突き出した。がきん、と剣先に衝撃を感じる。
見れば一匹の猪であった。瘴気に侵され、歪んだ口の端から止め処なく涎を零している。黒くまだらになった皮膚も瘴気の影響なのだろう。
猪は地面を擦り付けながら勇者を押し込んでくる。口から生えた牙は鋭く、突かれれば感染症の危険性は大いにあり得た。
勇者は目を細める。今はこんな畜生に構っている暇など、ない。
森の中を一瞬だけ閃光が照らす。鋭く音が二、三度弾けたかと思えば、猪は全身から煙を噴き上げて倒れる。
勇者お得意の電撃魔法である。今更野生動物に毛の生えたーー野生動物には無論体毛はあるのだが、言葉の妙だーー程度の存在に後れを取るような勇者ではなかった。
??「ひっひっひ、流石に一筋縄ではいかぬか」
500 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 02:41:50.83 ID:i6iad9cF0
木々の隙間からしわがれた老人が現れる。濃い緑のローブの向こうの顔は窺えないが、瘴気を確かに感じる。人間か、それを辞めた存在か。
老人「これ以上先には行かせんぞ。ここから先は必死の塔。武人以外が入れる場所ではない」
勇者「必死の塔」
勇者は反芻した。なるほど、象牙の塔は決して信仰施設ではないのだ。
老人「親切心じゃ。デュラハン様の機嫌を損ねる前にーー」
老人に構わず勇者は駆けだした。慌てた老人が火炎魔法を放ってくるが、勇者はそれを容易く回避し、剣で老人の腹を貫く。
声にならない声を老人が挙げた。勇者はそれを聞いて、随分と汚い声で叫ぶものだなと感じた。
彼には使命があるのだ。囚われの少女を助けるという、重大な使命が。
必死の塔に辿り着いたことを勇者は運がいいとも偶然だとも思っていなかった。そして、だとするならば、恐らくは老婆の意思が働いたのだろう、と思った。
老婆は勇者に少女を助け出してほしいのだ。
勇者はそれに否やはなかった。もとより初めからそのつもりである。老婆の気持ちがわからぬほど、そして少女を見捨ててもいいと思うほど、彼は二人と短い時間を過ごしていない。
老人の体を蹴って刃を引き抜く。絶命した老人の体は存外重く、どさりと地面に倒れた。
501 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 02:42:51.95 ID:i6iad9cF0
倒れた「ソレ」に一瞥もくれず、勇者は真っ直ぐ必死の塔へと歩いていく。腰には愛用の剣が一振り、短剣が二振り。
また道具袋を括り付け、中には魔法の聖水が入っている。
行く手を阻むように鎧が現れた。一瞬デュラハンかとも思ったが、鎧の色が違う、大きさも違う、何より迫力が違う。眷属か、ただの無関係な衛兵か。
さまよう鎧「ココカラ、サキ、トオサナイ」
剣を抜いた鎧が、地面と水平に伸ばす。勇者は何かの気配を感じて視線を横へやる。
勇者「仲間か」
スライムが数匹周囲に漂っていた。青い、透き通った体。クラゲのようなフォルムで、黄色い触手が伸びている。
一直線に勇者は駆けた。走りながら剣を振ると、鎧はそれを剣で受ける。
鎧の力は十分にあった。重量がある。動く気配のないのを悟ると、反撃を想定して一歩後ろに下がる。
鎧は追ってきた。見かけどおりの鈍重な足運び。
周囲を見回し、スライムたちの攻め気がないのを確認して、勇者は剣から片手を離す。
呪文の詠唱。左手に雷撃が溜まっていく。
502 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 02:43:21.04 ID:i6iad9cF0
打ち下ろしを剣で守るが、両手と片手ではやはり満足に防ぎきれない。弾かれ、剣先が地面に食い込むが、カウンターで電撃を鎧に叩き込む。
鎧は衝撃でわずかによろめき、木にぶつかる。
光が鎧を包んだ。
すぐさま立ち上がり、勇者へと剣を突き出してくる。
予想しない速度での復活に、勇者は完全に反応が遅れた。体をねじってかわすが、腰骨の上を刃が通っていく。
ぬるりとした液体が地面に落ちる。痛みはある。が、死なないと思えば恐怖はない。
勇者は鎧よりもまず周囲のスライムたちへと視線をやった。恐らく、あの光は回復魔法のそれだ。そして鎧が魔法を使ったようには見えないので、スライムたちが術者なのだろう。
多勢に無勢の戦いなど、勇者は今まで幾度となく繰り返した。回復魔法を使う敵との戦いもまた。
殺気を向けられたことに気付いたのか、スライムたちが一斉に触手を伸ばしていく。自在にうねる触手は一見回避が不可能そうに見えるが、なんてことない。
勇者が剣を振るって、向かう触手を切り落としていく。
触手はどうやら再生するようだが、その速度は遅々としている。触手を切り落としながらスライムたちへと進んでいく。
背後からの鎧の攻撃もケアしながら、勇者はまず一匹、スライムを切り伏せた。
断末魔は聞こえない。両断すればどろりと溶けて、地面に落ちる。
503 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 02:43:52.39 ID:i6iad9cF0
死んでしまえば回復魔法など意味がないのは承知の通りだ。そのまま鎧と数度打ち合い、蹴り飛ばして距離を稼ぐ。
触手がその隙をついて右手首に巻きついた。ギリギリと締め上げるその力は、ともすれば骨すら砕きかねない力だ。
もしもそれが勇者でなければ十分に効力を発揮しただろうに。
ごぎん、という音とともに勇者の右手があらぬ方向へと折れ曲がった。勇者の神経を激痛が引っ掻き回すが、しかし彼にとっては痛みなど慣れっこだ。
一刀のもとにスライムが両断される。
勇者「お前らにかかずらわってる暇はねぇんだよなぁ」
勇者「ぶすぶす焦げとけ」
閃光が迸った。
勇者から放たれた魔力の波動、それは雷撃の性質を持って、スライムたちを一斉に打ち落とす。
スライムたちは雷撃を受けたところから溶けていき、消失する。
けたたましい音を立てて向かってきた鎧が、大きく剣を振りかぶった。しかし、デュラハンと先ほどまで戦っていた勇者には、その動きがあまりにも鈍重に思えて仕方がない。
リーチを読み切って、半歩後ろに下がるだけで攻撃を回避する。そうして剣に雷撃をまとわせ、無造作に鎧の腰を断絶させる。
上半身と下半身が分離した鎧は、けれどどうやら生きているようではあった。もがいているが起き上がれないようで、無力化に成功したといってもいいだろう。
504 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 02:48:31.20 ID:i6iad9cF0
勇者は刃毀れがないかを確認し、道具袋から薬草を取り出して食んだ。苦いこの草は全く得意ではなかったが、それでも覿面に聞くため文句は言えない。
勇者「……」
前方で、何か大軍の蠢くのが見えた。
魔物の軍勢だ。
恐らくは、必死の塔を守護する、デュラハンの配下。
ふつふつと込みあがってくるものを勇者は確かに感じていた。そしてそれは、その存在だけなら遥か昔から感じていたものだった。
勇者「上等だ」
勇者は口を大きく開いて、唾を吐き捨てる。
勇者「俺の前をふさぐんじゃねぇ!」
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