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勇者「王様が魔王との戦争の準備をしている?」
Part20


459 : ◆yufVJNsZ3s :2012/10/15(月) 11:27:44.86 ID:nvk55JaF0
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参謀「……無茶苦茶しますね」
 突き立つ剣先に立つ参謀。その脇には隊長が抱えられている。
デュラハン「それは俺の台詞だよ。期待以上の強さで、俺は嬉しい」
 林の中心でデュラハンは剣を生み出し、柄に手を添える。
デュラハン「迸りが止まらないよ。強い存在と戦うために俺はこの世に生を受けた。複数とはいえ、こんな良い戦いができたのはいつぶりだろう」
隊長「四天王ってのは全員ストイックなのか」
デュラハン「魔族はどうしても本能に縛られてる。抗えない性質が、確かにあるんだ」
デュラハン「でも、人間だってそれは同じだろう? 個体が多いからバラけているように見えるだけさ」
 デュラハンは戦わずにはいられない。アルプは刹那の享楽に身を投じずにはいられない。ウェパルも、鬼神も、程度の低い魔物でさえも、本能からは逃れられない。
 理性の有無は問題ではないのだ。たとえ血の涙を流しながらでも為さねばならぬ心的脈動。睡眠、食事、性交、そしてもう一つの衝動は、確かにある。それは人間も例外ではない。

460 : ◆yufVJNsZ3s :2012/10/15(月) 11:28:15.30 ID:nvk55JaF0
 人間は限りなく利己的だ。いや、生物が遺伝子の乗り物である以上、利己的でなければいけない。
 大のために小を犠牲にする残酷さが人間の本質であり、衝動である。
 参謀は一歩前に出た。ちらりと兵站所を見やって、無事であること、即ち彼の部下の生存を確認する。
参謀「十分戦ったんじゃないですか。はっきり言って、僕たちを見逃してもらいたい」
 彼らの任務は決してデュラハンを倒すことでも、ましてやデュラハンの衝動を満たしてやることでもない。その申し出は当然であった。
 デュラハンは無言で剣を投擲した。
 高速で迫る剣を、参謀は剣の林の上を走って避ける。同時に隊長は反対方向へと刀を抜きながら飛ぶ。
 彼の傷はあらかた塞がっていた。血の飛沫は飛び散らないにせよ、痛みは依然として尾を引いている。逐一歯を食いしばらなければならない程度には。
 飛び上がったデュラハンの一閃。隊長が刀で滑らせて防ぎ、その間に、背後へ参謀が音もなく滑りこんでいる。

461 : ◆yufVJNsZ3s :2012/10/15(月) 11:29:17.24 ID:nvk55JaF0
 魔法陣が光った。デュラハンの体から生えた幾つもの刃が参謀の体を貫くが、参謀は止まらない。重要な器官だけを守りながら足を掬う。
 バランスを崩したデュラハンへ隊長が刃を叩きつける。大上段に振りかぶった、速度と重量のある攻撃。
 急遽生やした刃ではそれを完璧に受け止めるには至らない。三本まとめて叩き負って、漆黒の鎧の右腕部に半分ほどの切り込みを入れる。
 驚愕と舌打ちは両者ともにであった。隊長はまさか両断できなかったと、デュラハンはまさかここまで深く切り込まれたと。
 血液は出ない。デュラハンの鎧の中身がどうなっているのかはわからないが、さもありなんというところではある。
 ぞくり。
 隊長の全身を怖気が貫く。
 あるはずのないデュラハンの瞳が光って感じられた。
 思わず飛びのこうとするが、それよりも早く鎧より刃が生える。
隊長(間に合わねぇっ!?)
 内心の絶叫。
 と、途端に重力の方向が変わったような、襟首を引っ張られたような力が隊長にかかる。

462 : ◆yufVJNsZ3s :2012/10/15(月) 11:29:52.68 ID:nvk55JaF0
 刃を間一髪で回避した体は不自然なまでのスムーズさで剣山の上に収まった。
隊長「ありがとよ」
参謀「僕一人じゃ勝てませんから」
 言って、二人は半身になった。
 参謀の魔法は人体操作。単純な強化から運動神経の支配まで、一通りはこなせる実力者である。だからこそ剣山の上にも立てれば痛みに怯まず殴りかかることもできる。
 先程彼は、隊長の身体を一瞬支配し、無理やりに退避の行動をとらせたのである。
デュラハン「俺は君らを見逃すつもりはない」
参謀「それでも逃げたら」
デュラハン「部下を殺すよ」
参謀「……」
デュラハン「それでも足りないなら、周囲の街を襲う。そうすれば強い兵士が派遣されてくるんだろう?」
隊長「この戦闘狂が!」
デュラハン「なんとでも言うがいいよ! 俺は、今この瞬間を生きる!」
 二刀を振ってデュラハンは地を蹴った。

463 : ◆yufVJNsZ3s :2012/10/15(月) 11:30:48.75 ID:nvk55JaF0
 急激な加速。素人目には転移魔法にしか見えない速度で、隊長ににじり寄る。
 縦横無尽の剣戟が降り注ぐ。手数は多いが、見合わないほどの重さと速度を誇る攻撃を、隊長はなんとか捌くことしかできない。
 刃と刃がぶつかるたびに火花が散り、肌を傷めつけていく。
デュラハン「この世は腐ってる! 腐って腐って腐りきって、もうどこもかしこもぐずぐずじゃないか!」
デュラハン「甘ったるいあの腐敗臭が鼻を突くんだ! 政治とか、未来とか、考えることにどんな意味がある!?」
デュラハン「結局争いの中でしか存在は保てない! だからっ!」
 横から突っ込んでくる参謀に対して剣を投擲して牽制する。稼げたのは一秒程度だが、鈍化しつつある時間の中では、その一秒の価値は絶大だ。
 左右から袈裟切り。隊長を確実に殺しにくる一手。
 人間相手ならば空いた懐に刃を突き立てればいい。しかし、対峙しているのは魔族の貴族たる四天王。どうやって殺せば死ぬのかすら曖昧だ。
 隊長の判断は、それでも、攻めることだった。
デュラハン「刃物で語ろう! 存分に!」

464 : ◆yufVJNsZ3s :2012/10/15(月) 11:31:20.58 ID:nvk55JaF0
 全てが色を失っていく。流れる景色。溶け出していく思考。
 見ているものと見ていないものの境界線は模糊としている。そこに頭脳の余地はない。骨と筋肉と、それらをつなぐ神経だけが、強酸で焙られた果てに残っていた。
 高揚! 高揚! 高揚!
 抜刀。
 無駄のない動きで放たれた刃は、デュラハンの胸を貫通する。
 ほぼ同時にデュラハンの刀が首を刎ねようと迫る。息を吸い込みつつ紙一重で回避するが、左の耳が吹き飛ばされた。
 デュラハンはたった今振った剣を捨てた。軽くなって素早く動く右手を、返す刃で逆方向へと持っていく。
 虚空より現れる刀。繰り出される速度は迅雷。
 大きく刀が宙を舞った。
 デュラハンの右腕を参謀が力一杯に蹴り上げ、その軌道をずらす。
 隊長は刀を捩じりながら力を籠める。
 鉄を引き裂きながら、隊長の握る刃が抜けた。隙間からは暗黒が見えるばかりで、肉も、血も、窺い知ることはできない。

465 : ◆yufVJNsZ3s :2012/10/15(月) 11:32:09.67 ID:nvk55JaF0
 漆黒の騎士はひるまない。力任せに動かす左手はそれでも十分必殺の一撃。
 それは今度こそ弾かれなかった。身体操作すら間に合わない刹那で、参謀は己の左手を捨てる覚悟を決め、隊長との間に割って入る。
 痛覚に触れない鋭さの断裂。
 参謀の血飛沫が舞う中を隊長の咆哮が劈いた。
 右から左へ斬撃。突き。突き。大きな一閃。
 流れるような連撃は防御に用いた全ての武器を使い捨てにしていく。デュラハンは新たに二刀を生み出しながら攻勢に出た。
 片方で攻撃を捌きながらの唐竹割り。
 一歩下がって回避される。追撃のための踏み込みを狙って、背後から参謀が飛び込んでくる。
 踵を使った打ち下ろし。鎧が大きくぐらつくが、倒れる気配はない。しかしぐらつきさえあれば今の二人には十分だった。
 視線の交差。意思の疎通。
 殺せぬモノすら殺すべしという。

466 : ◆yufVJNsZ3s :2012/10/15(月) 11:32:37.70 ID:nvk55JaF0
 不安定な剣山の上で、人間二人が大きく踏み込んだ。
 体は止まらない。止める気もない。
 彼らは感じていた。ひしひしと感じていた。デュラハンが確実に人間の敵であるという事実は、最早疑うことはなかった。
 魔族がどうとか、四天王がこうとか、そういうことではない。
 デュラハンの衝動。強者との戦いのためならば手段を問わないその性向こそが、人類の敵なのだと。
 彼ら二人は別段愛国者ではない。無論愛国心はあれど、それは一般人程度にであって、ゆえの兵士であるとか、逆に兵士ゆえのであるとかはなかった。
 最早作戦の遂行を鑑みる余裕もない。畢竟、部下である兵士たちや周辺住民よりもさらに遠いところまで来ていると言ってしまってもいいだろう。
 そんな目先の人命よりも遥か先の脅威が、眼前には立っているのだ。
 だからこそ止める。
 今、ここで、殺しきる。
 参謀の正拳突き。深く腰を下ろした体勢から放たれる、必殺の一撃。
 大きくデュラハンの体が吹き飛ばされた。地面とほとんど水平に飛んでいくその先には、隊長がいる。
 白刃が煌めく。昼の太陽を反射し、弧を描く刃。
 無言と無音が、極僅かな時間、空間を支配する。

467 : ◆yufVJNsZ3s :2012/10/15(月) 11:33:24.69 ID:nvk55JaF0
 信じられないほどの驚愕がもたらすそれら。たっぷり一分ほどの一秒が経過して、隊長はようやく、自らの右腕が存在しないことに気づく。
 目の前の巨大な刃に視線を奪われていて。
 巨大な刃ーーそう、三十センチはあろうかという幅広の刃が地面から生えていた。
 デュラハンは吹き飛ばされながらもそれを踏み台にして攻撃を避け、上空高くから隊長の腕を切り落としたのであった。
 着地したデュラハンは「レ」の字に形を振るった。隊長は目を見開くばかりで対処できない。
 震脚とともに参謀の突進。しかし焦燥は攻撃を直線的にしすぎる。片手しかないのも大きなハンデであった。
 左手でデュラハンが拳を受け止める。腕を円運動させぐるりと回すと、たやすく参謀は体勢を崩す。
 刃と刃の隙間に落ち込んでいく参謀。鋭い刃先が体中を切り刻んでいく。
 同時に、デュラハンの刀が隊長を大きく切り裂いた。剣圧で肋骨の部分が大きく抉れ、血と肉の交じり合った赤黒いものが、べちゃべちゃと地面にまき散らされる。
隊長「ーーッ!」

468 : ◆yufVJNsZ3s :2012/10/15(月) 11:34:04.57 ID:nvk55JaF0
 足に力を籠めようとするが、できない。
 上半身と下半身の接合があいまいだった。足はしっかり地面を踏みしめているのに、上半身が揺らぐ。
 いや、揺らいでいるのは彼の意識か?
 口から血が伝って落ちる。何か言おうとするたびに、空気の混じった血が口角から吐き出され、言葉にならない。
 そんなはずはなかった。このままではいけなかった。
 それだのに。
隊長(こんなところで、死ぬのか?)
 しかし発奮にも限界がある。体が頭の言うことを聞かない。まだ戦えるのに。デュラハンをここ殺しておかなければ、のちの脅威になるのはわかりきっているのに。
デュラハン「きみたちは実にいい戦士だった。ーー無様な最期を遂げるのは本懐ではないと思う。一思いに終わらせてあげよう」
デュラハン「さらば。実に楽しいひと時だったよ」
 刀を構えたデュラハンが、無慈悲の一撃を放つ。

469 : ◆yufVJNsZ3s :2012/10/15(月) 11:34:55.88 ID:nvk55JaF0
 頽れたのはデュラハンのほうだった。
 鎧の脇腹が大きく抉り取られ、ぽっかりと穴が開いている。
 そこからは、恐らく血液に類似した存在なのだろう、黒い靄が空気に流れて溶けていく。
 デュラハンの体がついにバランスを崩した。膝を折り、刀すら取り落とす。
 その一撃で決まったわけではない。が、デュラハンは身に起こったことが理解できなかった。いったい何が起こったというのか。
デュラハン(二人とも戦闘不能なはずーー!?)
 視線を向けた先で、デュラハンは全ての合点がいった。
 同時に、いまだ嘗てない高揚のこみあげてくるのも感じられた。
 言うなればこれは隠しステージだ。エクストラステージだ。終わっても終わらない、醜く浅ましい、けれども神秘的な生命の生き様。
 もしくは生命に対する冒涜かもしれない。
デュラハン「と、言うことはっ!」
 背後からの剣戟をぎりぎりで弾き、横へいったん逃げた。虚空から刀を取り出して構える。
 視線の先には参謀と隊長が立っていた。

470 : ◆yufVJNsZ3s :2012/10/15(月) 11:36:20.74 ID:nvk55JaF0
 二人の背後に、黒い屍と、彼らに巻きつく黒い糸が見える。
 切り落とされたはずの二人の片腕は、黒い糸で接合される形で復元されていた。抉られた隊長の腹部こそ戻っていないが、どうやら痛みは感じていないようである。
デュラハン「自動操作……人ならざる領域じゃないの、それ」
隊長「往生際の悪い男なんだよ、俺たちは」
参謀「王城に召し上げられてなければ、今頃は禁術の罪で死刑ですよ」
参謀「あぁーー死にたい」
 三人が飛び出すのはほぼ同時であった。
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471 : ◆yufVJNsZ3s :2012/10/15(月) 11:37:13.79 ID:nvk55JaF0
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 森の中、刃の林が遠くに見える位置で、老婆の通信機が震えた。
 老婆は眉を顰める。早く二人に加勢しなければいけないというのに、魔法経路は王族直轄のものであったからだ。
老婆「なんじゃ! こっちは今取り込み中じゃ、要件なら早く済ませていただきたい!」
国王「作戦の途中経過を聞きたい。参謀にも隊長にも連絡がつかないのだが」
 老婆は通信機から顔を離し、舌打ちをした。
老婆「……補給基地は無事殲滅、占領に完了。現時点では外部に漏れていないと思われます。が……」
国王「が?」
老婆「……魔族の襲撃を受けました。四天王、デュラハンです」
 通信機の先から国王の驚きは伝わってこない。一秒ほどおいて老婆は続ける。
老婆「魔法妨害を受け、満足に転移魔法が使用できません。また、敵の巨大な魔法使用を確認、いったん退避しています」
老婆「隊長と参謀は現在継戦しております。私たちもここから合流し、デュラハンの討伐を」
国王「いい」

472 : ◆yufVJNsZ3s :2012/10/15(月) 11:38:52.36 ID:nvk55JaF0
老婆「いい、とは」
 俄かには王の真意が辿れず、老婆は思わず聞き返す。
国王「いい、ということだ。魔族、しかも四天王の相手など、無理にする必要はない。ここで今そなたを失うつもりはない」
老婆「しかし、王。隊長と参謀は」
国王「あの二人ならば善戦してくれるだろう。死んでも戦い続けてくれる。そのためにあいつを雇っているのだ」
老婆「お言葉ですが! あの二人ではデュラハンに勝ち目がないかと存じます」
国王「問題は二人の兵士を失うことではない」
 「兵士」という言葉を強調して、王は続けた。
国王「戦争に勝つためにはお前の魔法力が必要だ。イレギュラーな事態が起こったならば仕方がない。帰還し、合流してくれ」
国王「こちらもそろそろ準備が整う。攻めるぞ」
老婆「……わたしの、魔法力、ね」
国王「いつぞやのようにな」

473 : ◆yufVJNsZ3s :2012/10/15(月) 11:39:45.94 ID:nvk55JaF0
老婆「……」
国王「この国のためだ」
 視線を刃の森のほうに向ける。そこではデュラハンと二人がいまだ戦い続けているはずだった。
 二人の命よりも大局的なものが重要であるという意見に老婆も否やはなかった。
 なかったが……。
 喉元まで出かかった言葉を嚥下する。個人のほうを重視するなら、なぜ嘗てそうしなかったのか。
 何千という敵兵を国のために殺しておいて、今更国を蔑にすることは、比類なき大逆ではないのか。
老婆「……わかりました」
国王「ご苦労。なるべく早い帰還を待つ。それでは」
 音もなく通信が切れる。
 傍らでは石に腰かけた狩人が老婆を見ている。その瞳に映るのは心配の色だ。
 狩人はあくまで口数が少ないだけで、心がないわけではない。老婆はなんだか心がほっこりするような気がした。

474 : ◆yufVJNsZ3s :2012/10/15(月) 11:41:43.27 ID:nvk55JaF0
狩人「行くの?」
 声音に詰問は感じられない。狩人は所詮部外者で、単なる旅人だ。兵士のしがらみなどとは無縁の世界に生きてきた。
 彼女にとって老婆の住む世界は理解できなかったが、だからといって無意味だと切り捨てるほど愚かでもなかった。
老婆「あぁ」
狩人「私は、行かない」
老婆「そうか」
 そうなのではないかと思っていた。そもそも国王は老婆についてしか言及していない。その他大勢に含まれる狩人のことなど、当然覚えてもいないのだろう。
 だからこそ彼女は二人に合流しようというのだ。助けに行こうと。
 例え敵が強大だとしても。
老婆「ここで、お別れじゃな」
狩人「お別れ」
 狩人が手を出す。老婆はきょとんとした顔をするが、笑ってその手を握った。
狩人「また、今度」
老婆「また、今度」
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477 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/10/15(月) 18:20:44.83 ID:SvF/Y3G4o
面白い 乙
戦闘描写もわかりやすい表現を使ってくれるから場面を想像しやすい

478 : ◆yufVJNsZ3s :2012/10/15(月) 22:14:24.45 ID:qgC0G8i+0
ありがとうございます。そう言っていただけると、遅筆ながらも速度もあがろうものです。
現在17万文字に届くかというところで、しかしまだ終わる気配はありませんが、
どうか気長に完結までお待ちくだされば幸いです。

479 : ◆yufVJNsZ3s :2012/10/19(金) 13:22:12.00 ID:itCyvvs/0
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 剣が舞う。
 それは字面の上では剣舞と酷似しているが、決して剣舞そのものではない。というよりも、寧ろ優雅さとは対極に位置するものだ。
 猛獣のような咆哮。
 野生の猛りが空気を震わせる。
隊長「うぉおおおおおおっ!」
 自慢の彎刀はなまくらになっている。しかし、そんなこと委細構わず、彼はひたすらにそれを振り回す。
 縦横無尽の攻撃を、デュラハンは軽傷で何とか済ませる。鎧の端ががりがりと削り取られていくが、そんなことを気にしている隙に鉄はデュラハンの体を叩き切るだろう。
デュラハン(だからと言ってーー!)
 背後からの気配を察し、視線すら向けずに体を逸らす。刃を展開しながら、自身も傷つきながらの無理やりな回避。

480 : ◆yufVJNsZ3s :2012/10/19(金) 13:23:08.89 ID:itCyvvs/0
 間一髪で背後から突進してくる参謀とかち合わずはすんだ。そのままバックステップで距離を離し、手を一振り。
 剣が剣が剣が剣が剣が剣が剣が剣が剣が剣が剣が剣が剣が剣が剣が剣が剣が剣が!
 銀色に鈍く光る驟雨が二人に降り注ぐ。
 隊長が大きく剣を振るった。剣圧で十八本中の十五本を両断し、残りを参謀が砕く。
 二人が翳る。上空へ視線を向ければ、大きく飛び上がったデュラハンが大上段に構えた大剣をーー
 振り下ろす。
 大地が揺れた。
 刃の林が軒並み吹き飛んで、数多の破片が平原へと散らばる。
 重力の力を借りているとはいえ、受け止めることを考えさせない破壊力を有していた。あまりの衝撃で二人は攻撃することすらできない。
 大量に舞い上がる土煙の中より腕が伸びた。
 漆黒のそれはそばにいた参謀の手首を掴み、そのまま関節を折りにかかる。
参謀「ーーっ!」
 皮膚の下から尋常ならざる音が響いた。まるで飴玉を噛み潰したようなざらりと耳に障る音だった。
 参謀の目が大きく見開かれる。
 が、しかし。
 次に驚愕を覚えたのは、あろうことかデュラハンのほうだった。

481 : ◆yufVJNsZ3s :2012/10/19(金) 13:23:37.09 ID:itCyvvs/0
 参謀が、折れた腕をそのまま叩きつける。
 デュラハンの鎧が大きくひしゃげ、同時に参謀の左腕が衝撃に負けて千切れ飛んでいく。
 舞い散る鮮血。皮膚の破片と肉の欠片。
 そんなことをできるのが人間であるはずなどないほどに、目の前の存在は殺意を漲らせていた。
 試合に勝って勝負に負けたような納得のいかなさが、漆黒の騎士を支配する。
 否。彼が気づいていないだけで、すでに彼はおおよそ不利な戦いに身を投じていた。何故ならば彼が好むのは戦いであり、命の削りあいであるからだ。
 そしてそれらは決して戦略的ではない。
 すでになまくらを握った隊長が逼迫していた。
 突き出される剣先をデュラハンは手刀にて叩き折ったが、決して勢いは止まらない。腹部に食い込んだ鋼がそのまま吹き飛ばしにかかる。
 足を引いて踏みとどまった先にはすでに隊長はいない。
 ぎらりと地面すれすれで何かが光る。
 それが、デュラハンが今まで使い捨ててきた刃だと判明するのに、そう時間はかからない。しかしその一瞬で隊長はデュラハンの胴体へと鋭い斬撃を放っていた。
 間に合わない。
 デュラハンの判断は迅速で、冷静で。
 だからこそ誰にも共感されない。
 しかし、彼は言うだろう。共感に一体どんな意味があるんだい? と。
 俺たちはでたらめに走り続ける矢印なんだから、と。

482 : ◆yufVJNsZ3s :2012/10/19(金) 13:25:46.07 ID:itCyvvs/0
 右腰から左肩にかけて大きく刃が躍る。
 隊長は自らの右手に確かな手ごたえを感じていた。何千何万と巻き藁を切り倒し、何百も魔物を切り伏せてきた感覚が、確かに殺したと告げている。
 ずしゃり。
 地面に漆黒の鎧、その上半分が落ちて散らばる。
 鎧の中には何もなかった。
隊長「どういうーー!」
参謀「上です!」
 見上げる先に黒い何か。
 その「何か」は一見すると人の形をしていた。筋骨隆々の大男。身長は二メートルはあるだろうか。腕も、胸板も、太く厚い。
 ただし、その「何か」は決して人ではなかった。光をどこまでも吸収する漆黒。そして霧状に溶けている下半身。
デュラハン「こんな姿を見せるなんてね」
 手を振ると空気を震わせて光がまとわりついた。そうして、すぐに光は漆黒の鎧へと変化する。
 足首に手が巻き付いた。
デュラハン「ーーっ!?」
 垂直跳びで数メートルを飛びあがったーー肉体操作で無理やり体を使役しているだけで、体をつなぐ黒い糸すらぶちぶちと音を立てているーー参謀は、そのまま刃の林へと投げ飛ばす。
 金属の砕ける音と土煙。二人は瞬きすら待たずにその中へと突進していく。

483 : ◆yufVJNsZ3s :2012/10/19(金) 13:26:52.04 ID:itCyvvs/0
 デュラハンを庇うように刃の壁が続々姿を現す。それすら気にせず参謀は体ごと突っ込んだ。体に刃が食い込むことなど気にもせず。
 切り裂かれ、落ち、欠けた個所は即座に黒い糸が補修する。すでに彼らに痛覚はない。鼓動すら魔法で補っている状況なのだ。人間と呼べるものではない。
 前を行く参謀の背中を蹴って隊長が飛び出した。手にはまたも拾った剣がある。
隊長「潰すっ!」
 五月雨切り。
 前後左右の見境なし、出せる限りの手数を出し切る子供の喧嘩染みた斬撃は、まるで無策のそれであった。
 デュラハンは衝撃に目を丸くしながらも、あくまで静かな思考で向かってくる二人を分析する。
 だからこそ、彼には焦燥が生まれていた。
 デュラハンの手刀が隊長の左外耳を切断し、肩を粉砕する。体は大きくぐらつくも剣の軌道だけは唯一安定している。
 剣がデュラハンの腹を裂いた。横から入った剣先は、けれど横に抜けることはなく、円の軌道を描いて臍のあたりから抜けていく。