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勇者「王様が魔王との戦争の準備をしている?」
Part12


252 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/08/09(木) 23:31:34.79 ID:s+mPglMj0
 胸ぐらを掴んで一気に引き寄せてくる女川。準備をしていなかったものだから、勢い余って顔が近づきすぎてしまう。
女川「ーーっ!」
 顔を赤くして女川は飛び上がった。全く不思議な奴だ。騒ぐだけ騒いで勝手に静かになるだなんて。
 俺はのそのそと起き上がり、寝間着代わりのジャージを脱いだ。パンツ一丁になったのでまた女川がぎゃーぎゃー喚くが、なんのことはなかった。
 スラックスに足を通し、シャツに腕を通す。季節は夏なので学ランは羽織らず、そのまま居間へと歩いていく。
 なるほど、確かにおにぎりが小皿の上に置いてあった。二つ。恐らく中身は梅干しとチーズおかかだろう。なんだかんだで女川は俺の好みをわかってくれている。こいつの作る弁当には、俺の嫌いなものなど一つも入っていない。
 それを口に運び、一度部屋に戻った。かばんを忘れていたのだ。
 今度こそ準備を万端にして学校へと向かう。起きてからここまで五分である。
 顔は最悪学校で洗ったって怒られやしない。学校で寝ては怒られるから家で寝るのだ。これぞ合理的というものだろう。
 女川と話をしながら歩く。話と言ってもたわいもないものばかりだ。やれ天気がどうした、やれ昨日のアイドルがどうした、やれ授業がわからない、等々。学生の身分にとっては中身よりもコミュニケーションという手段が重要で、目的だ。
 手段の目的化が悪いことであるとは一概に言えない。悪いものは、初めから性悪な手段を用いているから性悪なのだ。

254 :誤爆ではない :2012/08/09(木) 23:44:01.34 ID:mWpCjEH10
??「あ、勇くーん」
女川「げっ」
 合流する信号で手を振っているのは上春瑛先輩であった。俺と女川の一つ上で、俺の所属する冒険部の先輩でもある。一人称が「ボク」という、いまどき珍しい部類の女子である。
上春「や。おはようだね。ボクは眠くてたまんないよ」
勇「実は俺もなんですよ」
女川「上春先輩、早く行ったほうがいいですよ、遅刻しちゃいますから」イライラ
 馬鹿丁寧に女川が言う。
 俺は時計を見た。八時半……学校の正門は八時四十分に閉まる。ぎりぎり間に合わなさそうな時間だ。とは言っても少し気合を入れて走れば十分間に合う時間と距離だろう。
勇「速度と距離と時間を求める公式ってどうやって覚えたっけ」
女川「『はじき』でしょ。ってそんなことはどうでもよくてっ」
勇「避難訓練のは」
女川「『おかし』でしょ! もう!」
上春「ボクのところは『おさない・はしらない・しゃべらない』で『おはし』だったけどね」
女川「そんなことはもうどうだっていいんですよっ!」
 乗った癖に文句を言うのは理不尽ではないだろうか。

255 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/08/09(木) 23:57:02.19 ID:mWpCjEH10
 と、その時である。
 キーンコーンカーンコーン。前方で鐘が鳴った。登校時刻を過ぎた合図だ。これ以降は正門が閉まり、教師にねちねち言われながらの裏口登校となる。
 ……そこはかとなく犯罪くささを感じるのは気のせいだろうか。
上春「あはは。二人の漫才は面白いなぁ」
 冗談でも茶化しでもなく、単純に笑って上春先輩は言った。
二人「「漫才じゃありません」」
 上春先輩はそれを受けて、今度こそ大きな声で笑った。
 先輩の声は快活だ。聞くだけで元気になる類のエネルギーを持っている。声がでかいのは女川も同じだが……おっと、睨まれたのでくわばらくわばらと九字を切っておこう。
 学校へとついたが、当然のように正門は締まっている。生徒指導部の教師が適当に「おらー、遅刻したなら裏口だー」と生徒の移動を促す。無論俺たちもそれに従って歩くしかない。
 どうやら遅刻者は俺たち三人だけのようで、裏口は人の気配がしなかった。こっそりと上がり、正面玄関へと移動し、上履きを履いて教室を目指す。
 二年B組が俺と女川のクラスである。目立たないように教室の後ろから入るも、HR中だったようで、注目はやはり避けられなかった。女川が八つ当たり気味に俺を小突いてくるのを耐え、着席。
勇「ん?」
 おかしなものがあった。今まではなかったところに空席ができているのだ。
 これは、もしや。
勇「転校生?」

256 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/08/09(木) 23:58:55.00 ID:mWpCjEH10
??「らしいぞ」
 呟きに返したのは長部だった。おっさん臭い顔をしている、俺の隣席の気さくなやつだ。
 刀剣が趣味という変なところはあるが、それを補って余りある以上の真人間である。
長部「ほら、来た」
 長部が指で示した先には、教壇に今昇ろうとしている一人の少女がいた。そういえば先ほど廊下にいたような……。
 どよめきが上がる。それもやむなしと俺は思った。壇上の女子は、なるほど確かに魅力的だったからだ。
 異国の血が混じっているのか、それとも活発なだけか、割と浅黒い肌。大きな瞳は多少三白眼がちで、アンニュイなイメージをもたらす。
 体はすらりとしており、長身でこそないものの、とてもスタイルが良い。実に均整のとれた、端整な異性だった。
 俺は思わず面喰いながらも、それが周囲にばれないように気を巡らせる。
??「狩野真弓。よろしく」
 ぶっきらぼうに転校生は言った。気持ち低めのトーン。顔立ちとのギャップが著しい。新たな生活集団に馴染む気がないのか、それともなるようになるだろうと構えているのか。
教師「えー、狩野さんはお仕事の都合で、こんな時期だが転校してくることになった。みんな仲良く頼む。席はあの空いてるところだな」
 促されるままに彼女ーー狩野は席に着いた。
 俺の席の隣を通った時、仄かに甘い香りが漂ってくる。コロンや香水ではない。女子特有の香りだ。
 俺はどこかでこの香りを嗅いだことがあるような気がした。だが、それがいつ、どこでであったかはわからない。
 なんだかもやもやしていると、前の席に座っていた夢野がにんまりと笑って振り返った。
夢野「勇ちゃん、かわいー娘だねぇ」

257 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/08/09(木) 23:59:25.13 ID:mWpCjEH10
勇「そうだな。ってか、ちゃんづけはやめろよ」
夢野「転校生が来るかもとは聞いてたけど、あんなかわいー娘だとは思わなかったわぁ」
 聞いちゃいなかった。夢野はにやにや笑いのまま、視界の端で狩野を捉えている。
 燃えるような長髪にグラマラスなスタイル。夢野だって十二分に美形だと思うが、そんな意見は実際はクラスの誰からも上がってこない。飄々とした、人を喰ったような性格が一因だろう。
女川「どこにも美人はいるものなんだね」
夢野「あら、女川っち」
夢野「朝から勇ちゃんと一緒に遅刻とは、熟年の夫婦カポーですな」
 夫婦とカップルは同時に存在しないのじゃないか? カップルは所詮「つがい」という意味だから、別にかまわないのか?
 俺の疑問をよそに、女川は慌ててそれを否定にかかる。両手を胸の前でぶんぶんと振りながら、
女川「な! 夢野、あんた朝から頭に蛆がわいたこと言わないでよっ!」
 お前も、女の子が「頭に蛆がわいた」なんて言っちゃだめだと思うが。
 あ、夢野の背中が叩かれてる。それでも動じずに女川をからかい続ける夢野は、遊びに命を燃やしているというか、真面目に不真面目を貫いているというか。見上げた根性だ。
 遊びのために自らを貫ける人間は強いと思う。そこにはある種の恐ろしさもある。
 大抵人間の動機なんて経済的か宗教的か大別できる。そのどちらにも当てはまらない時、それは第三者から観測しえない事柄となり、それが恐ろしさを呼ぶのである。

258 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/08/10(金) 00:00:53.62 ID:FbrR8VTh0
 閑話休題。女川はぷんすかと長部に八つ当たりをし、夢野は転校生へ手を振っていた。
 転校生の席の周りには人の壁が出来上がっている。構成員は全員女子だ。あいつらはすぐに新しい人間をコミュニティに取り入れたがるが、俺にはそれがいまいち理解できない。友達すらもファッション感覚なのだろうか。
 男子はそんなことはしない。というか、男子という生き物は根性なしが大半を占めているのでーー特に美人にはーー畏れ多くて声などかけられないチキンなのだ。
 それゆえに、クラスの男子らは颯爽と登場した可愛い級友に視線と興味を向けることこそすれ、積極的に声をかけたりはしないのである。
 人と人の隙間から見える転校生は、どうにも興味がなさそうに見えた。応えはもちろん返しているのだろうが、鞄や机や教科書を確認するふりをして、あえて視線を合わそうとはしない感じが見て取れる。
夢野「気難しい感じなのかなぁ?」
女川「緊張ってのもあると思うけど。でも、ま、あんまり人付き合いの好きそうな自己紹介でもなかったしね」
 嫌がる猫を無理やり触れば嫌われるだけだ。そういう時は遠巻きに見ているしかできないし、それが一番利口なのだ。急がば回れとも言う。
 結局、狩野は授業の合間合間にも囲まれたが、一体どんな受け答えをしているのだろうか、一日のうちに次第に人は減っていった。昼休みには、それこそ根気強い、もしくはそっけなく扱われることの気に食わない女子のリーダー格が「わたしのグループに入れてあげる」的に近づいて行ったが、それも大した成果はあげなかったようである。
 となると、クラスの男子も危機察知能力を働かせる。狩野は可愛いが、手綱を握るのは難しそうだぞ、と。またクラスの女子を敵に回すことになりかねないぞ、と。
 俺はここにきて逆に狩野という転校生に俄然興味がわく。自分の初志を貫くことは難しく、彼女はそれができている。純然たる尊敬と、僅かに見世物小屋の興奮を覚えたのだ。
 とはいえ、俺も人並みの危機察知能力はある。気安く彼女に声をかけては誰からもいい印象を受けないだろう。ほとぼりが冷めるまで、数日、もしくは一週間程度待つ必要があった。
 そのはずだった。

259 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/08/10(金) 00:02:55.62 ID:FbrR8VTh0
 が、しかし。
 狩野が席を立つ。
 とことこと歩いて、やってくる。
 なぜか、俺のところへ。
 教室中の視線が俺に向けられているのがわかる。それは錯覚ではない。
 俺は唾を飲み込んで、ひたすら机の上に置かれた自分の手を見ていた。
狩野「田中勇くん、だよね」
 やはり、俺であった。ここまで来たら無視するほうが労力を使う。ここでようやく視線を挙げる。
勇「……なんだ」
 務めて無愛想に受け応えた。
狩野「学校を案内してもらいたくて」
 なんで俺が。なんで俺が。なんで俺が。
勇「……なんで俺が?」
狩野「その辺に理由はいる?」
勇「いるだろ」
 あってくれなければ困るのだ。いや、ないはずがない。こいつは今の状況を楽しんでこそいないが、義務感の雰囲気が漂う。彼女にとってこれは「なくてはならない」行動なのだ。
 けれど、その義務はどこまでも彼女の世界の内側にあるものだ。俺の世界に内側にまで侵入しては来ない。
 狩野は一瞬、本当に一瞬だけ、その瞳の奥が揺らぐ。そして俺はその一瞬を見逃さなかった。
勇「……」
狩野「なんていうか……まぁ、いろいろ。こっちにも色々事情があって」
 罰ゲームの類なのではないかと思える返答だった。そんなわけはありえないので、余計に頭を悩ませられる。
 有体に言えば、困った。

260 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/08/10(金) 00:04:48.38 ID:FbrR8VTh0
勇「今?」
 言ってから、しまったと思った。これでは校内の案内を前向きにとらえていると思われても仕方がないではないか。
 狩野は頷いた。コミュニケーションの成立。もう待ったはかけられない。
 ここまで来てしまえば理由をつけて断るほうが不興を買う原因となる。「周囲を気にしています」アピールは、周囲にアピールしていることを悟られてはいけないのだ。
 俺はあくまで平静を装って立ち上がった。学級内ヒエラルキー、もしくはスクールカーストは、今日この時を持って大幅な変動を果たした。主に悪い方向で。
 仕方がない。最早狩野真弓という存在を俺は被弾した。箇所は治療でどうにかなる部分で、銃創も大きくない。追撃さえきっちりと避けられれば、俺の楽しい生活をエンジョイする道は、まだ残されている。
 そしてそのための逆転の方法が俺には残されている。
勇「今からじゃ、悪いけど案内できないなぁ。部活なんだ」
 そう、部活である。本当は部活などはない。いや、ないというか、適当に部室に集まって適当に駄弁っているだけなので、あるなしの問題でもないのだ。
 が、狩野がそれを知ることはできない。理由としては完璧だ。
 歯医者、アルバイトと並んで、部活は学生の言い訳ベスト3であると個人的には思っている。許されないことでもなんとなく許されてしまう魔の言い訳。伝家の宝刀をまさかここで抜くことになろうとは。
狩野「わたしも行く」
 ……え?
狩野「冒険部でしょ。わたしも気になる」

261 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/08/10(金) 00:06:50.80 ID:FbrR8VTh0
 追撃を被弾した。しかもこれは、予想していなかった。腹に大穴が空いている。ホローポイント弾なんじゃないか?
 こいつ、どこまでついてくる気だ?
 可能性は二つある。まず一つ目は、そもそも冒険部に入りたくて俺に声をかけてきた場合。これは理由としては正当だ。そして俺も周囲に言い訳が聞くというものである。
 どこからその情報を仕入れたかは定かでないが、経路などいくらでもある。級友からでもいいし教師からだって教えてもらえるだろう。ただ冒険部に入りたいことを伝えれば、周りが教えてくれるのだから。
 二つ目は、これが厄介だ。狩野はなんとしても俺にまとわりつきたい、という可能性。自意識過剰と言われるのを恐れずに言えば、どうも裏があるようでならない。
 とはいえ、結局は周囲に言い訳が立てばどうだっていいのだ。俺は積極的に前者を支持する。
勇「お、そうなのか。ならついてこいよ、紹介するから」
 心にもない笑顔を塗布し、俺は教室を後にした。スクールバッグを持った狩野も小さい歩幅で後を追ってくる。
 てくてくと、とことこと。
 狩野が僅かに足を速める気配があれば、俺もそれだけ足を速め、決して一定以上の間隔が狭まらないように努める。数字にしておおよそ一メートル。それは心の距離に他ならない。
 結局のところ、俺は狩野真弓という人物がいまだ掴めていないのだ。何が目的で俺に近づいているのか。本当に他意はないのか、等。この距離を詰めるのか、それともさらに広げるのかは、今後の展開次第。
 旧校舎への渡り廊下は二階にある。二年生の教室は三階にある。そして部室は三階にあるため、三階、二階、三階という手間を踏まなければいけないのが面倒だった。
勇「……」
狩野「……」
 無言のまま扉を横にスライドさせた。

262 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/08/10(金) 00:07:42.10 ID:FbrR8VTh0
勇「おはようござーす……え?」
 上原先輩はともかくとして、夢野がいた。
夢野「遅かったねー」
 ひらひらと手を振る夢野。なんでこいつがここにいるのかわからないが、いるものはいるのだから仕方がない。
 俺の背後で狩野がごくりとつばを飲み込む音がした。鉄面皮を絵に描いたような女だが、緊張もするのか。
 冒険部は冒険とは名ばかりの弱小部であり、そのため部室を与えられるだけでも恩の字だろうと、僻地にある元物置をあてがわれている。長机と椅子の数個でいっぱいいっぱいの部屋に、三人以上がいるのを見るのは初めてだった。
 なんとか机と壁の隙間に体を押し込み、椅子に座る。
上春「今日はお客さんがたくさんくるね。いいことだ」
上春「で。勇くん、そっちの女の子は誰かな?」
勇「あー。今日来た転校生で」
狩野「狩野真弓です。冒険部に興味があったので」
 流石に自己紹介くらいはできるようだ。恭しく頭を下げた狩野は、けれど雰囲気を決して変えることがない。まるで自らのアイデンティティのように。
 俺、上春先輩、狩野、夢野。四人で、どうでもいい話を始めた。
 冒険部の活動の趣旨は、本来は冒険をすることである。どうやら話に聞く限り、かつての先輩方はそうしていたらしい。たとえば山に登るとか、たとえば森に行くとか、様々だ。
 しかし時代の流れは残酷である。教師たちも生徒を放任していては、保護者や教育委員会からの突き上げがある。自らの目の届いていないところで生徒に怪我や問題が起こっては、火の粉は全て彼らにかかる。
 それを恐れた結果が、冒険部の暗黙的な活動の自粛だ。校外活動許可証は、こと我が部に限っては、十割受理されないといってよい。

263 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/08/10(金) 00:09:12.65 ID:FbrR8VTh0
狩野「大変なんですね」
上春「ん。まぁでも、ボクたちは話してるだけで十分楽しいからねぇ。ね、勇くん」
勇「そうですねぇ」
上春「狩野さんは冒険に興味があるんだって?」
狩野「はい。いろいろ、ありまして」
 「いろいろ」を強調して狩野が言った。
 ……なぜ俺を見てくる? そしてなぜ夢野はくつくつと笑う?
 よくわからないひと時は、のんびりと流れていく。
* * *

272 : ◆yufVJNsZ3s :2012/08/11(土) 14:01:34.33 ID:WuXosgBm0
* * *
 空は朱色に染まっている。
 ビルの向こうに隠れて夕日は見えないけれど、その存在は確かに確信できる。他者の心というものも、恐らくはそんな類のものなのだろう。
 何やら自分でもくさすぎると自嘲。まったく、キャラではない。
 帰りには大抵書店に寄ることにしていた。めぼしいものがあるわけではない。ただ、なんとなくで帰路につくのはもったいないような気がしたのだ。
 自動ドアを開き、冷房のよく効いた店内へと足を踏み入れる。
 平日の夕方でも人はいるものだった。やはり学生が多い。セーラー服に学ランに、ブレザー。
 白いセーラー服と学ランは俺が通う県立高校、ブレザーは近所の有名私立高校のものである。校則が厳しいと噂のブレザーたちでも下校時の道草は許されているらしい。それともお忍びで来ているのだろうか。だとしたらご苦労なことだと思う。
 入口に入るあたりで、店に入るセーラー服と、出ていくブレザーがニアミスを起こす。スクールバッグ同士がぶつかり、お互いの中身が多少ばらまかれた。
 慌てて落ちたものを拾っていく二人。俺も手伝おうと小走りになるが、どうやらそこまでたくさんのものは落ちなかったようだ、そこへたどり着くまでには二人ともものを拾い終えている。
女子生徒「あ、すいませんでした」
 セーラー服が言うと、ブレザーも頭を下げ、歩いていく。そういえば鞄同士がすれ違う際、お互いのキーホルダーが絡まって云々という話を聞くけれど、今回のこともそういうことだったのだろうか。
 俺はいつの間に関わっていた店内の内装を見やりながら、ぼんやりと考える。
 店内にはポップや店員からのおすすめ紹介などがひしめいていて、実に自己主張の強い場となっていた。躍る惹句は「ゴールデンウィークに本を読もう! 春の読書フェア!」を筆頭に、五月の長期連休にちなんだものばかりだ。

273 : ◆yufVJNsZ3s :2012/08/11(土) 14:05:05.01 ID:WuXosgBm0
 残念ながら新刊は出ていなかった。前回来たのが三日か四日前だから、それも当然と言えば当然だ。
 まぁ、本を買うのが本懐ではない。店の中をもう一度見まわしながら、足の向くまま気の向くまま、散策する。
女川「あ、勇じゃん」
勇「女川か」
女川「なに、文句ある?」
勇「ねぇよ。絡むなよ」
女川「いーじゃん。幼馴染の仲でしょっ」
勇「はぁ……」
 相も変わらずよくわからない女だった。十数年の付き合いだが、時たま以上に理不尽である。
 だがしかし、あの転校生には負けるだろうが……。
 女川の眉根が寄った。
女川「あの転校生、可愛かったもんねっ!」
勇「……なんでわかった」
女川「ふん、デレデレしちゃってさっ」
 俺の質問に答えることなく女川は言った。そんなに顔に出やすいタイプではないと思っているのだが。
女川「あ、そうだ。あんた夜ヒマ?」
勇「まぁな」
 高校生に夜の予定などはいるはずもない。我が高校はよほどの理由がなければバイトも禁止されているのだし。

274 : ◆yufVJNsZ3s :2012/08/11(土) 14:08:09.18 ID:WuXosgBm0
 女川は「ま、そうでしょうね」と呆れたようにつぶやく。いや、お前だってヒマに違いないだろう。
女川「今日そっち行くから、待っててよ」
勇「なんかあるのか?」
女川「なんかっていうか、なんていうか」
勇「焦らすなよ。笑ったりしねぇよ」
女川「ちょっと、夢を見るんだけど、その話」
勇「夢?」
女川「その話は夜に言うから! 帰るよ!」
 帰るよ、と言われても、俺はたった今来たばかりなのだが。
 ……仕方がない。我を通すばかりがコミュニケーションではない。どうせ用事も別段存在はしないのだ。
 女川に促され、帰路についた。
* * *

275 : ◆yufVJNsZ3s :2012/08/11(土) 14:09:19.44 ID:WuXosgBm0
* * *
 夕食はカレーライスだった。月に一回は必ずカレーの日がある。そして一旦カレーが出ると、その後数日は出続けるのだ。これは我が家の特徴というよりは、全国どこでもそうなのではないだろうか。
 明日も明後日も食べられることを思うと、どうにもがっつく気にはならない。皿一杯だけを食べ、部屋に向かう。
 宿題は確かなかったはずだ。手持無沙汰を紛らわすために本棚から漫画を引き抜き、読み始める。
 久しぶりに読んだ本だったため、思ったよりも展開を忘れていた。知らず知らずのうちに夢中になって読み込んでしまう。
 スペースオペラはたまに理解できない部分があるけれども、他の読者はわかっているのだろうか。特にタイムリープや並行世界などが出てくるとお手上げだ。とはいえ、難解さも含めて魅力であるという論には俺も同意ではある。
 魔女とスペースオペラという素材の料理の仕方に妙味を感じつつ頁を繰っていると、俺の部屋の窓が叩かれた。
 窓である。扉ではない。
勇「鍵は開いてるぞ」
 女川が外に立っていた。
 こいつの家は我が家の隣である。お互いの部屋は二階にあって、しかも窓を面している。スチール製の梯子を渡せば、高さに目を瞑る限りにおいて、簡単に行き来ができるのだった。
女川「お邪魔」
勇「夕飯は」
女川「食べてきたよ。あんたもでしょっ」
勇「まぁな」

276 : ◆yufVJNsZ3s :2012/08/11(土) 14:13:07.17 ID:WuXosgBm0
勇「で、なんだっけ、夕方に言ってた……」
女川「夢」
勇「そう、それ。たかが夢だろ、って……言えたら、お前はそんな顔してねぇわな」
 俺の知っている女川祥子という人間は、小柄で、だけれど強気だ。不安になることもあるだろう。辛いことだってあるだろう。ただ、夢見が悪いといって俺に話をしに来るなんてのは尋常じゃない。
 夢の話は、本題の呼び水なのかとも思ったが、どうやらそうでもないようだった。
女川「あんた、夢は覚えてるほう?」
勇「……あんまり気にしたことはないな」
女川「アタシは覚えてるほうなの。でね、最近同じ夢を見る」
 夢に同じ場所や同じ人が繰り返し出てくるというのは珍しくない話だ。
 かくいう俺も、気にしたことはないとは言いつつも、夢を見ると決まって廃工場が舞台になる。人間の頭は実に不思議な構造をしている。
女川「ファンタジーの世界、なのかな。アタシは旅をしてる。魔王を倒すために。……RPGまんまな感じ」
女川「道路は土が剥き出しの未舗装で、森がぶわぁってあって、町も、なんていうか、スチームパンクみたいな世界」
勇「お前、その歳でそんな夢みたいなこと言うなよ」
女川「うっさいっ!」
 座布団が飛んでくる。
 顔目掛けて投げられたそれを軽く弾き、俺は女川の顔を見た。
 あ、これは駄目だ。実によくない。
 本気でどうしたらいいか困っている顔だ。

277 : ◆yufVJNsZ3s :2012/08/11(土) 14:15:41.60 ID:WuXosgBm0
女川「アタシだって真剣に考えるだけ馬鹿らしいとは思ってるけど……」
女川「でも、こんなばからしいこと相談できるの、あんたしかいないし……」
 どきりとした。平静を装いつつ、言葉を返す。
勇「……それで」
女川「出てくるの。あんたが。いや、あんたに似てる人が、なんだけど」
勇「知り合いが夢に出てくるなんて珍しくないだろ」
女川「そうなんだけど、そうじゃないの!」
 女川は語気を荒げた。普段から強い物言いをするやつだが、それとはニュアンスが違うように感じられる。わかってもらえない苛立ちがそうさせるのだ。
女川「そりゃ、あんたが出てくるだけなら単なる夢で済むと思う。けど、あんただけじゃなくて、長部も、上春先輩も出てきてて……」
女川「長部はともかく、上春先輩なんて、アタシ会ったこと一回か二回しかないよ。夢に出てくるもんかな」
勇「出てきたなら、しょうがないだろう」
女川「でもっ!」
 これから話すことが、話の核心なのだーー女川は言外にそうまとわせて、身を乗り出してきた。
女川「転校生ーー狩野真弓、あいつもアタシ、夢の中で見たことあったのっ!」
勇「まさ」
 「か」を何とか飲み込んだ。まさか、そんなことがあるはずはない。きっと偶然じゃあないのか? それを言うことは簡単だ。そう断定してしまうこともまた。
 だけれど、それがどう作用するというのだろう? 女川は自分が所謂現実的でないことを言っている事実を客観視できている。そして頭がおかしな女のレッテルを張られることを覚悟の上で、俺を頼っているのだ。

278 : ◆yufVJNsZ3s :2012/08/11(土) 14:17:53.00 ID:WuXosgBm0
 俺は慎重に言葉を探し、選び、言う。
勇「……本当に狩野なのか」
女川「うん。絶対」
 絶対、か。それほど自信があるのだろう。
 確かに狩野は特徴的だ。容姿や喋り方が。夢に出て、現実にも現れれば、「あ」と思う気持ちもわかる。
 だが、女川の不安はそれだけではないはずだ。狩野が夢の世界から抜け出してきたなどとは彼女も思っていない。でなければ、不安にする要素が他にもあるのだ。
女川「夢が、さ、すっごいリアルなの。どっちが現実なのかわからないくらい。夢ってそういうものなのかもしれないけど、最近なんか、わかんないんだ。アタシってのが」
勇、女川「「果たして本当にここは現実なんだろうか?」」
 言葉が重なる。
 胡蝶の夢だ。夢を見ているのは蝶か、人間か。
女川「……なんか、ごめんね」
勇「いや、別にかまわないけど?」
女川「うん、わかってるけど、ごめん」
女川「そろそろ戻るわ。今日のこと、覚えといても忘れても、どっちでもいいから。じゃあね」
勇「風邪ひくなよ」
女川「うん……」
 女川は窓から出て、梯子を伝って自室へと戻る。
 部屋に戻る前にこちらへと手を振ってきたので振りかえす。そうして窓ガラスが閉じられた。
 俺はベッドへと倒れこむ。
 女川には悪いが、真面目に聞く類の話ではなかった。が、あいつが何かを不安に思っているならば、それを取り除かなければならないと、俺はそう思う。
 そんなことを考えていたら、いつの間にか眠ってしまっていた。
* * *