Part1
勇者「王様が魔王との戦争の準備をしている?」
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1 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 18:07:57.32 ID:yFuxTM2h0
道具屋「あくまで噂だけどな。ウチにも聖水や満月草の注文が大量に入った。信憑性はある」
道具屋「兄ちゃんも、下手に旅なんかするよりは、兵士として雇ってもらったほうがいいかもな。はっはっは!」
道具屋「で、薬草と毒消し草だ。ほら」
勇者「ありがとうございます」
道具屋「このご時世に二人旅とは大変だな。しかも、随分と別嬪さんじゃないか」
狩人「……」
勇者「はは……」
狩人「勇者、いこ」
道具屋「ありがとうございー。またのお越しをー」
勇者はともに旅をする狩人に引かれる形で道具屋を後にする。
ここは鄙びた小村である。往来に人通りは多いが、誰しもみな力がない。
それが魔王による長年の影響のせいであろうことは、想像に難くなかった。
ふらふらとした一つの影と、足取りのしっかりとした一つの影。
少し険のある、くたびれた印象の、剣を帯びた男ーー勇者。
三白眼で褐色肌の、矢筒を担いだ女ーー狩人。
2 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 18:09:13.44 ID:yFuxTM2h0
二人は魔王討伐の旅のさなかであった。
勇者「疲れた……」ハァハァ
狩人「いつも思うけど、どうしてそんな遅いの」
勇者「お前が健脚すぎるんだよ、ったく」
狩人「けんきゃく……?」
勇者「足が速いってことだ」
狩人「勇者は物識り」
勇者「ルーン文字の一つでも覚えたほうが役に立つさ」
勇者「それより寝るところを確保しないと」
狩人「うん」
勇者「お、あったな。あれだ」
宿屋主人「よ、いらっしゃい」
勇者「二部屋あいてますか?」
宿屋「二部屋、二部屋かぁ。すまんね、旅人のみなさんに貸してて、一部屋しか残ってないんだわ」
3 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 18:09:58.98 ID:yFuxTM2h0
勇者「だってさ。どうする?」
狩人「どうする、と言われても。ここ以外にないなら、ここしかない」
勇者「もっと嫌がるかと思ったけど」
狩人「野宿よりはましだし」
狩人「一年半も旅してれば、気にならない」
勇者「さいですか……」
勇者「あー、じゃ、それでいいです」
宿屋主人「まいどありー、80Gになりやすー」
勇者は鍵を受け取って二階へと上がった。
部屋には粗末なベッドとラグが数枚あるきりで、他に大したものは見当たらない。
この程度の安普請は仕方がないな。勇者は息を吐き、振り返った。
勇者「ベッドが一つだけど、」
狩人「勇者が」
勇者「狩人が」
二人「「……」」
4 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 18:10:42.64 ID:yFuxTM2h0
狩人「……」ジー
勇者「わかった、わかったよ。俺が寝るよ」
狩人「一緒に寝る?」
勇者「冗談だろ?」
狩人「……」ジー
勇者「そんなジト眼で見るなよ」
勇者「慕ってくれるのは嬉しいけど、やめといたほうがいい」
狩人「恩返しがしたいの」
勇者「一緒に旅してもらってるだけで十分だ」
勇者「大体、そのためにお前を助けたわけじゃない」
狩人「私がどう受け取るかの問題」
勇者「それに、未練があってもいやだろ」
狩人「未練?」
勇者「冒険者なんてやくざな稼業だ。明日の命もわからん」
5 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 18:11:10.62 ID:yFuxTM2h0
狩人「怖いのか? 死ぬことが」
勇者「殺して、殺されて、なんぼだろ。理解はしてる。ただ、死ぬのは悲しいからな」
狩人「勇者」
勇者「ん?」
狩人「よしよし」ナデナデ
勇者「……」
狩人「落ち着くか?」
「落ち着く」と素直に返すのはなんだか癪だった。
顔の火照りを悟られないようにしつつ、勇者は立ち上がる。
勇者「俺は買い物に行ってくるから、休んでてくれ」
狩人「私も行く」
勇者「疲れてるだろ」
狩人「私も、行く」
勇者「……まぁ、いいけど」
6 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 18:12:09.84 ID:yFuxTM2h0
狩人「だいたい勇者のほうがふらふらしてた。来るとき」
勇者「俺は回復が早いからな」
狩人「ベッドあるぞ。休まなくて平気か」
勇者「だいじょうぶだよ」
狩人「添い寝もするかーーあうっ」
狩人「なぜ叩く」
勇者「行くぞ」ガチャ
狩人「本当につまらないやつだ」
狩人「たまには私の肉体に溺れればいいのに」
勇者「魔王倒したらな」
狩人「えっ」
勇者「うそだ」
狩人「ずるい」
勇者「ずるくないずるくない」
7 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 18:13:21.22 ID:yFuxTM2h0
狩人「どこに行くの」
勇者「道具屋と、ギルドだな」
狩人「……」
勇者「どうした?」
狩人「え?」
勇者「ついてくるんだろ?」
狩人「(コクコクコク)」
勇者「じゃあ、来い。探すのはお前の仲間でもあるんだから」
往来に出る。
嘗ては馬も行き交っていたのかもしれないが、荷車を引くのは、今や人、人、人。
馬は全て王国軍に軍馬として召し上げられているのであった。
あながち道具屋の言っていたことも嘘ではないのかもしれないな、と勇者は思った。
隣国とは不仲である。一触即発というほどではないにしろ、不穏な空気は常にあった。国境では小競り合いも何度かあったという。
それでもなんとか天秤が保たれてきたのは、第三勢力として魔王軍が存在したからである。
8 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 18:14:04.49 ID:yFuxTM2h0
同類を[ピーーー]よりも人外を殺したほうが後腐れはない。それが両国の判断だった。どうせあちらは滅多に言葉すら解さないのだ。
魔王軍はゆっくりと、だが着実に力を増してきている。隣国とも手を取り合って叩かねばならぬと、両国王がわかっていないとも思えない。
だが、笑顔の裏には常に刃が隠されている。厚い厚い面の皮を破って、いつ刃が飛び出してくるかーー誰もがびくびくしているのだ。
輦轂の下にある道具屋のみならず、田舎にまで注文が来るということは、眉に唾をつける必要がない証左だ。
そんなことをぼんやり考えながら勇者は歩を進める。
9 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 18:15:55.22 ID:yFuxTM2h0
狩人「どこに行くの?」
勇者「ギルドだ。二人よりも三人、三人よりも四人」
狩人「そっか。うん。わかった」
勇者「含みがあるな」
狩人「二人きりでもいいけど」
勇者「旅行じゃないんだから……」
狩人「わかってる。言ってみただけ」
ギルドは新しく、村の中でもわりあい大きかった。こんな大陸の外れまで争いの予感が届いているのだ。
旅人で部屋が埋まっているといった宿屋の言葉もうなずける。
10 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 18:16:42.47 ID:yFuxTM2h0
勇者はギルドの扉を開いた。皮と、鉄と、汗のにおいが一気に流れてくる。
五感の鋭い狩人がわずかに顔を顰めた。
静かだが、それだけではない空間である。緊張が静電気となって二人の肌を焼く。
こちらがあちらを値踏みするように、あちらもまたこちらを値踏みしている。
店主「いらっしゃい」
勇者「旅の仲間を探しているんですけど、二人ばかり」
たむろしている男が、女が、勇者とマスターのやり取りに耳を傾けている。
勇者はそれをあえて無視し、軽く店内を一瞥した。
店主「テーブルに、座っている奴らがいるだろう」
勇者「声をかければいいのか。誰でも?」
店主「あぁ。ただ、仲介料は取るよ。100Gだ」
勇者「……狩人?」
狩人「(ジー)」
勇者「何を見てるんだ……ばあさんと、ガキ?」
店の奥、二階へ上る階段のそばで、老婆と少女が何かを飲んでいる。
どちらもギルドにはおおよそ場違いな年齢で、勇者は思わず本音を漏らしてしまった。
11 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 18:18:19.68 ID:yFuxTM2h0
狩人「そんな言い方はよくない」
勇者「事実だろ」
狩人「二人とも、手練れ。だいぶ強い」
狩人の人を見る目は悪くない。また、彼女自身が相当の手練れでもある。
そんな彼女をして手練れと言わせしめる老婆と少女は、少なからず勇者の興味を引いた。
勇者「お前が言うならそうなんだろうな。ちょっと声をかけてみるか」
少女「その必要はないよっ!」
黄色い、少女特有のソプラノであった。
気が付けば勇者の胸のあたりに少女の顔がある。
年齢相応の、けれど意志の強そうな、凛々しい顔である。
少女「ちょっとちょっと、初対面に向かってババアだのガキだの、無礼な男ねっ!」
勇者「ババアとは言ってないけど」
少女「おんなじことでしょ! 武器の錆にするよっ!」
12 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 18:19:19.23 ID:yFuxTM2h0
ざわ、ざわ、ざわ。周りが騒ぎ出したのを察して、勇者は「厄介だな」と口元を隠す。
着いてそうそう騒ぎを起こしては、この村に宿泊することも叶わなくなる。
やたらに血気盛んな少女から視線を外さず、残った手で勇者は道具袋の煙玉をつかんだ。
と、勇者の肩を叩く者があった。少女と一緒の席についていた老婆だ。
老婆「若いの、ちょっと場所を移さんか。ここは騒がしくていかん。年寄りには堪える」
勇者(いつの間に後ろに……?)
煙玉が間に合うか。戦場では思考の時間が生死を隔てることもある。逡巡している暇はなかった。
煙玉をつかんだ手を袋から抜出し、
狩人「わかった」スタスタ
狩人が扉を開いて出ていく。勇者は煙玉を道具袋に戻し、自分でも素っ頓狂だとわかる声を発した。
勇者「か、狩人?」
老婆「じゃ、わしも行っとるぞ」
少女「待ってよおばあちゃんっ」
勇者「え?」
13 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 18:20:36.00 ID:yFuxTM2h0
聞き返したつもりではなかったが、少女は耳聡いらしい。剥き出しの敵意で勇者を睨め付ける。
少女「は? おばあちゃんよ。アタシの」
勇者「孫と一緒に旅してるのか?」
親子で冒険、という組に出会ったことはあったが、孫と祖母という組み合わせは初めてだった。
少女「ちょっとちょっと、アタシのおばあちゃん馬鹿にしないでよねっ」
勇者「してない」
少女「いや、したっ」
勇者「わかったから。行くぞ」
少女「指図すんなっ、馬鹿!」
少女に尻を蹴られながらも外に出ると、日光の下、狩人と老婆が立っている。
老婆「遅かったな」
14 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 18:21:47.74 ID:yFuxTM2h0
勇者「機嫌を損ねたなら謝る。悪かった」
老婆「そういうことではない。お前ら、魔王を倒すために旅をしてるんじゃろう?」
勇者「なんでそのことを?」
老婆「ひゃひゃひゃ……伊達に歳を食ってるわけじゃないぞ」
老婆「なに、旅に加えてもらおうと思ってな」
少女「おばあちゃんっ」
少女が反射的に声を上げるが、老婆は慣れた様子でそれを諌める。
老婆「まぁ、慌てるんじゃない」
老婆「住んでいたのは北にある辺鄙な村でな。そのせいか、よく下級の魔物がやってくる」
老婆「わしの血脈はみな村を守るために戦っていた」
老婆「しかし、気が付いたんじゃよ。このままじゃ埒が明かないということに」
老婆「お前らも同じ、魔王を倒したいんじゃろう? 利害は一致しておる」
15 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 18:22:37.14 ID:yFuxTM2h0
少女「でも、こんなやつらだめだよっ。絶対弱いよ!」
勇者「なんだって?」
狩人「勇者。大人げない」
少女「おばあちゃんがいいって言っても、アタシはよくないっ」
少女「魔王を倒せるくらい強くないと、意味ないもんねっ!」
勇者「って、言ってるけど」
狩人「うー……じゃあ、怪我しない程度に」」
少女「怪我で済めばいいけどねっ! ぺしゃんこになっても知らないよっ!」
勇者「安心しろ、すぐ終わらせる」
16 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 18:23:28.77 ID:yFuxTM2h0
勇者はその時ようやく、目の前の少女が背負っているものに気が付いた。
雲のような鈍色をした金属。柄の先端と殴打面には金色の幾何学模様が描かれている。
金槌。それも、少女と同じくらいの長さのある。
ベルトを二か所外し、明らかに重量のあるそれを、少女は綿でできているかのように片手で振りぬいた。
きっかけこそ不意ではなかったが、速度は余りあるほどの不意であった。しかし、勇者はそれを見ながらただため息をつくだけで、
ぶちっ
少女「え?」
次の瞬間には勇者の潰れた頭部が転がっていた。
これくらい軽く回避できると思っていたのだろう。もしかしたら単なる威嚇のつもりだったのかもしれない。
少女はぽかんとした表情で、声すらあげず、目に涙を溜めるばかりである。
17 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 18:24:23.59 ID:yFuxTM2h0
砕かれた頭から、頸動脈から、血が噴出し往来を染め上げていく。
遠くから聞こえる通行人の困惑と、叫び声。
エッ ヒト シンデナイ?
サツジン?
ウソデショ……
少女「ッ!?」
狩人「逃げます」
老婆「おやおや……転移魔法を使うかい?」
狩人「できれば」
老婆「ほれ、孫、行くよ」
老婆「んじゃ、ほい、と」ヒュンッ
18 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 18:27:35.22 ID:yFuxTM2h0
ーーーーーーーーーーーーーーーー
勇者は夢を見ていた。
いつも、死んでいる最中は夢を見る。
大抵は地獄のような、彼を苛む夢であるが、時たま生まれ故郷の夢を見ることもある。
今回は後者であった。
生まれたのは魔王城を頂く山の麓にある町だ。
治安は決してよくないけれど、それゆえに守りも手厚く、目立った人死にが出ることもない。そんなところ。
幼いころから、剣の素養も魔法の素養もあった。
器用なのか器用貧乏なのか、それはともかく、支配領域を強めている魔王に対抗すべく出発するのは、まったく不自然ではなかった。
誰しも口にこそしなかったが、彼の双肩には期待がかかっていたのだ。
このままでは、町はいずれ迎えるであろう魔王城攻略の要衝となり、戦火は免れない。そのためだった。
19 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 18:28:48.68 ID:yFuxTM2h0
旅は熾烈を極めた。最寄のギルドに行くのすら、山を下りなければいけない。
魔王を倒す仲間を集めることすら難しい。
一週間もたたず殺された。どこにでもいるようなゴブリンが相手だった。
意識が朦朧とする中、光に包まれた女性が目の前に立っているのを見た。
彼は、彼女に何者なのかを問うた。
『あなたの嘗ての先祖に、高名な冒険者がいました。彼は仲間とともに、魔王を打ち破ったのです』
『血に刻まれた加護が、魔王を倒す力をあなたに与えている』
『魔王を倒すまで、あなたにとって、死は休息であり終焉ではない』
『古の加護。自動蘇生。その名はコンティニュー』
夕方、木の根元で目を覚ました。
20 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 18:29:44.18 ID:yFuxTM2h0
とりあえず仲間を探すところから始めた。
魔物を殺しながら経験を積み、山を下り、王都に向かった。
煌びやかな装飾。聳え立つ煉瓦造りの教会。煙を吐き出す煙突。
故郷と比べてはるかに偉大な土地を、ひっきりなしに兵士が動いていた。
魔王の軍勢が各地で活動し、その対応に追われているのだと、武器屋の主が教えてくれた。
最初に旅をしたのは、そこで見つけた三人の仲間とである。
青い瞳の柔和な僧侶。
故郷に錦を飾るのが夢の武闘家。
国境警備軍を辞めてやってきた騎士。
いい仲間だった。
武闘家には酒を。騎士には戦術を。僧侶には女を。それぞれ教えてもらった。
21 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/11(水) 18:31:28.58 ID:yFuxTM2h0
そして、全員が死んだ。
わずかな気の緩みが命取りだったのだ。
魔物の隊長格との戦闘で、騎士が倒れ、武闘家が倒れ、僧侶もまた倒れた。
相討ち覚悟で隊長格の首を薙ぎ払い、勇者もまた倒れた。
『コンティニュー』
暗闇の中にその文字が浮かんだかと思えば、魔物の根城の前で倒れていた。
根城の中には、三人の死体と、魔物の灰だけがあった。
彼は勝ったのだ。方法と、犠牲はともかくとして。
しかし、犠牲を顧みない勝利に、いったいどれだけの価値があるだろうか?