魔王「なぜ私がこんな人間じみた容姿をしてると思う?」
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Part5
214 :
名無しさん@おーぷん :2014/07/13(日)22:26:13 ID:
VChUJubgG
勇者「だがお前は陛下から、僕を殺すように命令されたんだろ?」
魔王「そういえば、まだ話してなかったわね」
魔王「あなたの暗殺を受けるまでの経緯は、長くなるから省くけど」
魔王「あなたを殺すことの目的、それはわかってるでしょ?」
勇者「……出来損ないである僕が死ねば、新たな勇者が生まれる」
勇者「魔力をきちんと扱えない僕では、魔王をたおすことも。
まして戦争の兵器として利用することもできない」
勇者「だからお前が駆り出された」
勇者「……僕を殺すために」
魔王「正解」
216 :
名無しさん@おーぷん :2014/07/13(日)22:27:52 ID:
VChUJubgG
魔王「だけど、私は最初からあなたを殺すつもりなんてない」
勇者「魔王のくせに」
魔王「ふふっ、なんだかあなたって野良猫みたい」
勇者「……」
魔王「……ちがうわね。飼い猫のほうが正解ね」
勇者「どうでもいい、そんなこと」
魔王「たしかに。どうでもいいことね」
勇者「……殺さないと言うなら、僕をどうするつもりなんだ」
217 :
名無しさん@おーぷん :2014/07/13(日)22:29:49 ID:
VChUJubgG
魔王「きちんとした計画があったわけじゃないの」
魔王「とりあえず話してみる、決めてたのはそれだけ」
魔王「どうしてほしい?」
勇者「それ以上近づくな!」
魔王「……取りつく島もないとは、このことね」
魔王「じゃあ逆に聞くけど、あなたはどうするの?」
魔王「今のあなたでは、私は殺せない」
魔王「さらに私はあなたを殺すつもりもない」
魔王「ねえ、あなたはどうするのーー勇者」
218 :
名無しさん@おーぷん :2014/07/13(日)22:30:56 ID:
VChUJubgG
勇者(『あなたはどうするの?』)
勇者(国を守るために。魔王をたおすために、今まで生きてきた)
勇者(だが、勇者と魔王の戦いの歴史は仕組まれたものだった)
勇者(僕の存在意義は失われた)
魔王「自分の生き方がわからないのね」
勇者「……」
魔王「魔王をたおすこと、そのためだけに生きてたから」
勇者(魔王の言うとおりだった)
220 :
名無しさん@おーぷん :2014/07/13(日)22:32:37 ID:
VChUJubgG
勇者「殺すと言うなら、殺せばいい」
勇者「どっちにしても僕はもう、どうすることもできない」
勇者「魔王、お前の言うとおりだ。僕は生き方がわからない」
勇者「死ななかったとしても、
それは死んでるのと変わらない」
魔王「だったら……」
勇者「?」
魔王「だったら、今から食事をしましょう」
勇者「……誰と?」
魔王「決まってるじゃない、私とよ」
221 :
名無しさん@おーぷん :2014/07/13(日)22:34:26 ID:
VChUJubgG
勇者「誰がお前なんかと」
魔王「勇者であるあなたは、死んだも同然」
魔王「勇者でないなら、
魔王と食事しても罰は下されないんじゃない?」
勇者「なんで今さらそんなことを」
魔王「魔王である私と、いっしょにご飯を食べてほしい」
勇者「……どうでもいい。勝手にしろ」
魔王「決まりね」
224 :
名無しさん@おーぷん :2014/07/13(日)22:55:35 ID:
VChUJubgG
◇
魔王「乾杯……って、あなたはしないわよね」
勇者「……」
魔王「それに、アルコールの摂取も」
勇者「アルコールを飲むと、注意散漫になる」
魔王「そのかわり、気分がよくなるのよ」
勇者「僕には酒は必要ない」
魔王「この世界で、もっとも必要な人だと思うけどなあ」
勇者「だまれ」
魔王「だまらない。
食事は談笑を交えたほうがおいしいもの」
225 :
名無しさん@おーぷん :2014/07/13(日)23:01:27 ID:
VChUJubgG
勇者「よくそんなにテーブルに料理を並べたものだな」
魔王「あなたは食べないの? せっかくの料理が冷めるじゃない」
勇者「……お前は、本当に魔王なんだよな」
魔王「なにが言いたいの?」
勇者「お前は僕よりも、よほど人間じみてるように思える」
魔王「人間のくせに、食事を楽しめないあなたよりは、そうかもね」
勇者「……もうずっと、口に含んだものの味はわからない」
勇者「旅のはじまりから、月日を重ねるごとに。
料理の味は曖昧になっていった」
勇者「それは僕だけじゃない」
勇者「口には出さなかったけど、戦士たちもそうだったと思う」
228 :
名無しさん@おーぷん :2014/07/13(日)23:10:23 ID:
VChUJubgG
勇者「正直、ありがたかった」
魔王「なぜ?」
勇者「食料に困窮したときは、虫や魔物を食べるしかない」
魔王「そういえば、あなたたちは、
それらの調理の知識も叩きこまれてるのでしょう?」
勇者「旅に出る前に実践して、かなりの魔物を食してる」
魔王「猪や豚に酷似した魔物だったら、それほど苦じゃないけど」
勇者「訓練生の中には、ここで脱落するものも少なくない」
魔王「訓練を脱落した人はどうなるの?」
231 :
名無しさん@おーぷん :2014/07/13(日)23:16:01 ID:
VChUJubgG
勇者「脱落したとは言え、皆優秀な人材だ」
勇者「騎士団に所属する者もいれば、
神父として教会を守る役目につく人もいる、様々だ」
魔王「意外」
勇者「意外か?」
魔王「ちがう。あなたが私の質問に、あっさりと答えてくれたことよ」
勇者「……飼い猫だって、家を出れば野良猫になる」
魔王「ふふっ、それはどういう意味?」
勇者「意味はあるけど、教える義理はない」
魔王「あら、残念」
234 :
名無しさん@おーぷん :2014/07/13(日)23:29:11 ID:
VChUJubgG
魔王「おいしいものを、おいしいと思えないのは不幸よ」
魔王「ひもじい思いをしてつらいのは、人間も魔物も同じ」
勇者「人間と魔物が同じ?」
魔王「そうよ、空腹が最高の調味料であるのも、
満腹が最高の贅沢であるのもね」
勇者「……お前はなんなんだ」
魔王「なにが?」
勇者「お前の言動は魔物のそれには思えない」
勇者「そのすがたのせいか?」
魔王「……」
235 :
名無しさん@おーぷん :2014/07/13(日)23:31:59 ID:
VChUJubgG
魔王「わからない」
魔王「今でも私は、自分の存在がよくわからないの」
魔王「私は魔王として生を授かってるわけじゃないし」
勇者「……そうか、お前は魔王と人間の子ども」
勇者「だから、最初から魔王だったわけじゃないのか」
魔王「私が魔王の力を自覚したのは、父が前勇者に殺されてから数日後」
魔王「唐突だった。なんの前触れもなく、私の力は覚醒した」
魔王「同時に理解した、自分が魔王になったのだと」
237 :
名無しさん@おーぷん :2014/07/13(日)23:39:56 ID:
VChUJubgG
魔王「……なつかしいわね」
魔王「私は生まれたときは、ごく普通の女の子だった」
魔王「勇者。あなたは魔物の長の戸惑う顔、想像できる?」
勇者「したくもないな」
魔王「父が私をうかがう顔は、いつも困惑していたわ」
魔王「『いったいどうすればいいんだ?』って顔に出てた」
魔王「父が私にどう接していいのか、
子どもながらに、必死に考えてるのはわかってた」
魔王「三人で食事してるときも、
父が私に話をするときは、いつも母を経由してた」
238 :
名無しさん@おーぷん :2014/07/13(日)23:43:18 ID:
VChUJubgG
魔王「だから、ほとんど母が私の面倒を見ていた」
勇者「お前は人間のように育てられたのか」
魔王「私の存在は、ごく一部にしか知られてなかった」
魔王「深窓の令嬢として、大事にひっそりと育てられたのよ」
勇者「だが、前の勇者にお前の父親はたおされた」
魔王「ええ。勇者との戦いの前に、父は私と母を逃した」
勇者「じゃあ、お前の母親は……」
魔王「死んだ」
勇者「え?」
魔王「魔王の力に目覚めたとき、魔力の奔流が母を飲みこんだ」
244 :
名無しさん@おーぷん :2014/07/13(日)23:55:44 ID:
VChUJubgG
魔王「ひとりになった私が考えたのは復讐だった」
魔王「父と母。ふたりを殺した勇者へのね」
勇者「……」
魔王「魔王城で父に仕えていた魔物たち、彼らも引き連れて、
勇者と人間たちへ復讐しようとした」
魔王「彼らが自分に協力してくれることは、微塵も疑わなかった」
魔王「けど、そんなわけないのよね」
魔王「魔王の力をもっていても、容姿は人間そのもの」
魔王「魔物たちは協力どころか、私を襲おうとする始末」
魔王「子どもの私には、どうしようもなかった」
魔王「だからしばらくして、私は魔王城を去った」
245 :
名無しさん@おーぷん :2014/07/14(月)00:00:56 ID:
iHLS8U6AM
勇者「それから、お前はどうした?」
魔王「人間として生きることにしたのよ、こんなナリだしね」
勇者「うまくいったのか?」
魔王「いくと思う?」
勇者「無理だったんだな」
魔王「……私は魔王の力があるだけで、箱入り娘にすぎなかった」
魔王「それでも運がいいことに、あるシスターに拾ってもらえたの」
魔王「人としての私は、幸先のいいスタートを切ったと思う」
魔王「もちろん。慣れない集団生活に戸惑ったりもしたけど」
魔王「ところが、私の新しい生活は三ヶ月で終わりをむかえた」
248 :
名無しさん@おーぷん :2014/07/14(月)00:11:52 ID:
iHLS8U6AM
魔王「ある日、ひとりの同僚が体調不良をうったえた」
魔王「吐き気や目眩、
やがては嘔吐を繰り返すようになり、そこで理解した」
魔王「原因が自分にあるってね」
勇者「それで、逃げたのか?」
魔王「ええ。私以外、ほぼ全員が体調を崩したんだもの」
魔王「疑惑の目が自分へ行くことは、
箱入り娘でも察することはできた」
勇者「どうしてそんなことに?」
魔王「私の魔力にあてられたからでしょうね」
魔王「今ではだいぶコントロールできるけど、同じ環境にいた人間は、
どうやら似たような症状になるみたい」
魔王「人と長くは、いっしょにいられないのよ」
249 :
名無しさん@おーぷん :2014/07/14(月)00:15:19 ID:
iHLS8U6AM
魔王「そのあとは、色んな街を転々としながら旅をしてきた」
魔王「様々な景色を見てきたわ」
魔王「頂上から望める山の勇姿」
魔王「世にも美しい地下水脈」
魔王「陽を浴びてかがやく大海原」
魔王「景色との出会いは、ある意味、このすがたのおかげかもね」
勇者「……人間としても、
生きることができなかった結果じゃないのか」
魔王「そうね、でも、そのおかげで地図と魔物の違和感に気づけたのよ」
250 :
名無しさん@おーぷん :2014/07/14(月)00:18:49 ID:6YYd7VZET
人間姿してる魔王ってこう思うと悲惨だな
252 :
名無しさん@おーぷん :2014/07/14(月)00:31:21 ID:
iHLS8U6AM
魔王「困ったことはそれだけじゃなかった」
勇者「……」
魔王「月日を追うごとに、
自分に対する違和感のようなものが、強くなっていくの」
勇者「違和感?」
魔王「からだとこころが、一致していないような違和感」
魔王「まるで、入る『容れ物』を精神が間違えてるような」
勇者「……」
魔王「そう、今でも私はずっと自分がわからない」
魔王「ずっと考えてる。でも、答えはどこにもない」
魔王「ねえ、わたしはなに?」
253 :
名無しさん@おーぷん :2014/07/14(月)00:31:56 ID:fHLTBy8gs
二人共自分がわからないのか
254 :
名無しさん@おーぷん :2014/07/14(月)00:37:15 ID:
iHLS8U6AM
勇者「僕がその質問に答えることはできない」
魔王「……この際だから、言ってしまうけど」
魔王「私があなたに会いたかったのは、
自分がなにものか知りたかったから」
勇者「……」
魔王「あなたに会えば、自分がなにか実感できる気がした」
魔王「魔物なのか、人なのか。ひどく曖昧な存在である私」
魔王「こんな私の対になる存在、それがあなただった」
勇者「……ひとつだけ、聞いてもいいか?」
魔王「聞いてもいいか、ね。ふふっ」
255 :
名無しさん@おーぷん :2014/07/14(月)00:39:02 ID:
iHLS8U6AM
勇者「なにがおかしい?」
魔王「嬉しいのよ。あなたの言葉が、すこしだけ優しくなったから」
勇者「意味がわからない」
魔王「わからなくていい。それで? 質問は?」
勇者「自分がなにものかわからないというのは、どんな感覚だ?」
魔王「……一言ではあらわせない」
魔王「でも。あなたのおかげで今、
人のすがたをした魔王は、自分が魔王であると実感できてる」
魔王「そして、そのことを嬉しいと思ってる」
256 :
名無しさん@おーぷん :2014/07/14(月)00:39:02 ID:
iHLS8U6AM
勇者「なにがおかしい?」
魔王「嬉しいのよ。あなたの言葉が、すこしだけ優しくなったから」
勇者「意味がわからない」
魔王「わからなくていい。それで? 質問は?」
勇者「自分がなにものかわからないというのは、どんな感覚だ?」
魔王「……一言ではあらわせない」
魔王「でも。あなたのおかげで今、
人のすがたをした魔王は、自分が魔王であると実感できてる」
魔王「そして、そのことを嬉しいと思ってる」
257 :
名無しさん@おーぷん :2014/07/14(月)00:39:02 ID:
iHLS8U6AM
勇者「なにがおかしい?」
魔王「嬉しいのよ。あなたの言葉が、すこしだけ優しくなったから」
勇者「意味がわからない」
魔王「わからなくていい。それで? 質問は?」
勇者「自分がなにものかわからないというのは、どんな感覚だ?」
魔王「……一言ではあらわせない」
魔王「でも。あなたのおかげで今、
人のすがたをした魔王は、自分が魔王であると実感できてる」
魔王「そして、そのことを嬉しいと思ってる」
258 :
名無しさん@おーぷん :2014/07/14(月)00:43:57 ID:fHLTBy8gs
え
259 :
名無しさん@おーぷん :2014/07/14(月)00:44:50 ID:
iHLS8U6AM
魔王「……人間は容姿にやたらこだわる、か」
勇者「腰周りの細い女がいいとか、そういうのか?」
魔王「そう。女性たちは皆、主体的に美しくあろうとする」
魔王「でもね、あれほど滑稽なこともないのよ」
魔王「美的規範なんてものは、権力者の性的趣向が社会に浸透した結果」
魔王「アレは結局、『主体的にやらされている』にすぎない」
勇者「『主体的にやらされている』か。奇妙な表現だ」
勇者「だけど。お前が今話したことは、
勇者と魔王についても、当てはまるのかもしれない」
魔王「社会にいつの間にか根づいてるって点では、まったく同じよ」
魔王「そんなふうに考えていくと、自分の意思で行動してる存在なんて、
この世にはいないのかも」
262 :
名無しさん@おーぷん :2014/07/14(月)00:49:31 ID:StRyic8RM
無意識に操られてるっていうのはそのまま現代社会にも当て嵌まる事だな