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女僧侶「うう。勇気を出してスレを立ててみます」
Part33


680 :パー速民がお送りします: [sage] 2009/04/02(木) 05:43:33.51 ID:iQzL7yso
1ですよ。ちょい借りますね。

681 :パー速民がお送りします: [sage] 2009/04/02(木) 05:44:21.15 ID:iQzL7yso
「だからっつーのっ!!」
 俺は声を荒げて書類を叩きつける。目の前には臣従の姿勢
をとる初老の男。商業ギルドの代表だ。床の上で平伏しては
いるが、そこは商人。恐れ入るわけでもなく、老獪な態度で
畏まったフリ。あくまで「フリ」だ。
「南域への食糧供給をもうちっと増やしてくれって。頼んで
るのはそれだけだろうが。商業ギルドの米櫃が空なんてこと
はないだろう」
「いえ、とんでもありません。ただ、南蛮への輸送は困難を
極め、最近では森賊ですか。そういった胡乱な輩も増えてお
ります。商業ギルドとしても難儀をしているのですよ」
「そんなことは判っている。警護については白鳳兵団2千、
輸送手段はカダール河川の切り下ろし筏。全部この書状にて
説明したはずだが」
「ずいぶん勇壮なご計画ではございますが、元老院の裁可は」
 商業ギルドの長が顔を伏せたまま尋ねる。
 糞野郎が。その裁可が取れてないから、先にあんたを口説
いてるんだろうが。
「出来ないと、そういう返事か」
「いえ、滅相もありません。ただ時期尚早にて実行には困難
が伴うと」
 抜け抜けと。
 俺はこめかみをさする。
 帝国の次期皇帝とはいえ18じゃ抑えも威厳もありはしない。
とはいえ、まったく同じ理由で甘えることは出来ない。
 遅かれ早かれ背負わなければならない荷だ。親父がどうい
うつもりだかは知らんが、投げ振られた仕事。好きなように
やらせてもらう。

682 :パー速民がお送りします: [sage] 2009/04/02(木) 05:45:23.35 ID:iQzL7yso
「コーカラ国の内乱と周辺国への戦火拡大で、南域にはいま
難民が溢れている。養うためには食料が必要なんだ。それが
判らんのか」
「いえ、それは判っております。しかし恐れながら、その戦
禍の影響で『南蛮』は今現在大変に治安が悪くなっているの
です」
 ギルド長は繰り返す。俺はあえてギルド長の『南蛮』とい
う言葉には異を唱えない。
 唱えても仕方ないことだからだ。
 こいつの頭の中では南域は『南蛮』。そこに住むのは蛮人。
何もこいつだけじゃない。平和ボケしたこの町に住む人間、石
の都の外にも世界が続いているという想像力を持たぬ帝国臣民
一般は、そんな認識なのだろう。
 確かに彼らの部族社会は帝国のそれと比べれば未整理かもし
れない。が、しかし、彼らもまた帝国臣民だ。そしてこれから
の帝国を担う人材でもあり地域でもある。
 だいたい、このバカどもはあのジャングルの森林資源、天然
高山資源、そして土地。それらにどれだけの経済価値があると
思っているのだ。
 帝国の未来を『南蛮』の一言で無理と決め付ける老害が。
 あの広大なジャングルを開墾するためには膨大な数の人手が
必要だ。その為に地域に部族社会を構成する臣民と、そこへ今
回の騒ぎで流入した難民を生かさなければならないのだ。
 おまけに、ここで難民対策を怠ってみろ。食い詰めた彼らは
結局は帝国全土に散らばり、深刻な治安低下を招くだろう。そ
んなことも判らないのか、この阿呆は。

683 :パー速民がお送りします: [sage] 2009/04/02(木) 05:47:11.55 ID:iQzL7yso
「……」
 噛み締めた奥歯が鳴る。
 ――俺がそれを判っているなんてことは当たり前なのだ。
 目の前にいる馬鹿にもそれを判らせないといけないのだ。
 それが俺の、次期皇帝たる東宮、鴒星(レイセイ)の役目だ。
「ええ、手前どもといたしましても元老院の裁可が取れた暁に
は、ギルドをあげて協力させていただく所存でして」
 ギルド長は頭を一層深く下げる。うつむいた顔で、この小僧
めと舌を出しているのだろう。腰の佩刀へと指先が動きそうに
なるほどだ。
「くっ……」
「それでは、手前はこれで……」
 腰を上げたギルド長は好々爺然とした微笑を浮かべたまま、
深く頭を下げると、女官の案内で出て行こうとする。
「あ、ギルド長様?」
 俺の後ろに控えていた内侍長が声をかける。スタイルの良い
肢体を部下と同じ黒のお仕着せとレースのついた白い包で装っ
た、眼鏡の才媛だ。
「来月の園遊会でございますが……」
「何ですかな? 内侍長」
 内侍長といえば役目はつまるところメイドの長である。東宮
である俺のそば近く使えてはいるが、位は従六位といったとこ
ろ。民間人でありながら貴族位に列されるギルド長からすれば
格下だ。
 だが、ギルド長は皮膚の下に奇妙な緊張を走らせる。

684 :パー速民がお送りします: [sage] 2009/04/02(木) 05:47:34.19 ID:iQzL7yso
「いえ、トルクレスト家の皆様が、新しい青磁のお披露目をす
ると。なんでも、南域経由で運び込まれたギルバニア産だそう
でして」
「えっ……?」
「素晴らしい出来だそうですよ。帝国御用達の諾を得たいとか。
後宮にもぜひ一式納めたいと申し付かっております」
 ギルド長の表情が緊張から驚愕、そして動揺へと変わっていく。
「そ、それは……」
「南方貿易もようやく軌道に乗ったのでしょうか。税のことに
ついても新たに考えなければならぬ時期。なにとぞ、ギルドの
ほうでも論議をつくし、東宮の相談に乗っていただきたいもの
です」
 長い黒髪を頭部の後ろできっちりと丸くまとめた内侍長は、
眼鏡の奥で穏やかな微笑を浮かべて、優雅に小首を傾げてみせ
る。
「そ、そうですな……。もちろんギルドは経済について帝を施
政を補佐する助言機関でもありますゆえ」
「ええ」
 狼狽と微笑みの交差。
 しかし、それも数瞬。ギルド長は辞を告げると退去していっ
た。

685 :パー速民がお送りします: [] 2009/04/02(木) 05:52:18.14 ID:iQzL7yso
//2
「お疲れのようですね、東宮さま」
「うっせー」
 俺は機嫌の悪いぶーたれた声を出す。指先でくるくると回し
てた冠布を投げ捨てて、盛大なため息。
「だっせぇし、バカだし、上手くいかねぇもんだなぁ」
 内侍長はポットから熱いお茶を注ぐと俺に差し出す。ふわり
と熱く甘い香り。落ち着かせてくれる芳香だ。――ロンドの紅
茶か。
「仕方ありません。それが政ですもの」
 穏やかな微笑でそっと茶菓子をすすめてくれる内侍長。その
仕草があまりにも滑らかで、俺は釣られるように口に放り込ん
しまう。
 その甘さを感じてから、またしてもペースに乗せられそうに
なっていることに気がついて腹が立つ。
「つか。今の、なんですか?」
「――?」
 俺の詰問するような声に内侍長は目を細めて小首を傾げてみ
せる。
「今の交渉ですよ。トルクレスト家なんか引き合いに出して。
次期ギルド選挙の動静をめぐった恫喝じゃないですかっつーの。
おまけに税制まで持ち出してっ」
「うふふふ」
「『うふふふ』じゃないですよっ」
 昼寝する猫のように穏やかな微笑なんかに誤魔化されはしな
い。いや、実際には結構な確率で誤魔化されているとしてもだ。

686 :パー速民がお送りします: [sage] 2009/04/02(木) 05:52:44.88 ID:iQzL7yso
「宮廷雀の噂話の一つですわ」
「それが黒いっつーの」
「あらあら。まぁまぁ。そんな、黒いだなんて……」
 どこから取り出したかハンカチで目頭をぬぐいながら泣き崩
れる。うわっ。きったねー。さっきのギルド長の256倍はきった
ねーっ。
「いや、その。黒いっていうかっ、老獪っていうかっ」
「嗚呼っ! 東宮さまも私のことを年増だなんておっしゃるん
ですねっ」
 さらに泣き崩れる内侍長。女官の間で言われている噂話の愚
痴をすすり泣きの合間に挟み込んで、いっそ出家などという小
技まで効かせる。
「嫁ぐ先もない姥桜だとか、お局様だとかっ、先のつかえた中
間管理職だとかっ」
 膝を崩して足を横に流した姿勢で、華麗なまでに泣きを入れ
てくる内侍長。なんという黒さだ。俺が結局は音を上げること
を見切ってやがる。
 ――音なんて、上げるんだけどさ。
 べつに腹なんか立ててない。むしろ感謝してるくらいだ。
 この人を含めた数少ない味方がいなけりゃ小僧に過ぎない俺
が帝国中枢に半日だって据わってられないことは良く判ってい
る。
 だっせぇし、バカでやってられない。
 それほど腹が立つのは。
 俺自身にだ。

687 :パー速民がお送りします: [sage] 2009/04/02(木) 05:54:29.74 ID:iQzL7yso
「れいせぇ様〜ぁ」
 沈みかけた俺を引きずり戻すような明るい声が執務室に響く。
「れぇ〜いせぇ〜ぃ様〜ぁ」
 まるでドップラー効果を引き起こすようなうねりを持った可
愛らしい声が近づいて来て、その声の発生源、まだ幼い娘が俺
に接触する。
 接触じゃなくて激突と云ったほうが良いだろうか。
「れいせぇ様っ」
 俺の胸に体当たりを仕掛けてきた質量がそのまま俺にしがみ
つく。
 まだ幼いといっていい年齢の娘だ。帝国風のどこへ出しても
恥ずかしくない鮮やかな包衣には金糸の縫い取り、簪には緑石
柱。その緑石柱と同じ異国情緒溢れる翠色の瞳が褐色の肌に映
えて美しい。
 娘の穂をたれた小麦畑を思わせる金色の短い髪の上に、仔熊
のような丸い耳が乗っている。この少女は獣牙族。――ギルド
長の胸糞悪い言葉によれば『南蛮』からやってきた姫だった。
「れいせぇ様です。こんにちはです〜」
 紅鳩(ベニバト)は輝くような満面の笑みで俺に抱きついて
くる。
 帝国の衣服は厚い。何重にも薄い絹を襲ねたうえに、彩り鮮
やかな包衣を着るのが帝国の伝統的な宮中装束だ。
 その帝国の衣を着た紅鳩はまるで人形のようにも見えて、その
実、南域にいたときの身軽さをちっとも失わない。貴婦人と同じ
ような衣服にもかかわらず、風のように飛び跳ねては、くるくる
と笑い、あちこちで騒動を引き起こす。

688 :パー速民がお送りします: [sage] 2009/04/02(木) 05:54:54.81 ID:iQzL7yso
 仕方のないやつだなと思うと苦笑めいたものがこぼれる。
 故郷を遠く離れて帝国の中心までやってきたこの騒がしい娘は、
俺の許嫁だ。正確には俺の三人いる許嫁の一人。帝国の皇室法に
よれば、妊娠してから婚儀によって夫婦となる。
 まぁ、俺にとってはまだまだ先の話だ。
 正直今は、毎日をどう切り抜けるかだけでいっぱいいっぱい。
 嫁だの婚儀だのを考える余裕なんてありゃしない。
 大体、婚約者だなどと云ったところで、俺が東宮になって親
父が言うところの修行を開始した時に、一方的にあてがわれて
宣言されただけなのだ。
 三人とも揃いも揃って問題山積み。とても甘い雰囲気になれ
るような関係じゃない。
 っていうか、諸悪の根源はどうしてるんだよ。
「親父……じゃねぇ。帝はなにをしてるんだ?」
 太陽の光を吸い込んで暖かくなった髪の毛を、俺の胸にこす
り付けていた幼い紅鳩は顔を上げて答える。
「主上さまは、えっと、だんすぱあちーです」
「?」
 首をかしげる俺に内侍長はフォローを入れてくれる。
「ダンスパーティーだそうで。雅楽寮に粋人を集めて社交ダン
スだとか……。奥様と一緒に老後の趣味を模索するのだそうで
す」
 糞親父。何が老後の趣味だ。ただの職場放棄じゃないか。

689 :パー速民がお送りします: [sage] 2009/04/02(木) 05:55:20.80 ID:iQzL7yso
「奥様も大変乗り気でございました。赤のレスディア産ドレス
で殿方を悩[ピーーー]るとおっしゃっていましたよ」
 微笑みながら詳しい解説をしてくれる内侍長には悪いが、心底
げんなりする。
 母上、もうあんた50だろうっての。そんな婆さんが胸を半分出
すようなドレスで何を悩[ピーーー]るんだ。息子の身にもなってくれよ。
 もうだめだ。自殺したい。
「れいせぇ様、お顔に縦線ですぅ」
 紅鳩はきょとんとした顔で仔熊耳をぴょこぴょこゆらすと、小
さな手で俺の頭をなでる。俺は藤の椅子に座ってるので、その膝
によじ登って必死だ。
「いやね、ほんと。もう俺おしまいですわ」
「れいせぇ様、痛いの飛んでけぇ〜」
 幼い口調でのどかに祈る紅鳩。内侍長はころころと笑いながら
追い討ちをかける。
「いけませんよ、紅鳩様。そこらに飛ばされると当たった人が迷
惑ですから」
「ああぅ。そうだよねぇ。それじゃ、れいせぇ様の悩みが薄れて
消えますようにぃ〜」
 神妙な顔でうなずくと、さらに俺の頭部をなでる紅鳩。
 いやね。
 君らいいコンビよ。
 人の話をまったく聞かないあたり。

690 :パー速民がお送りします: [sage] 2009/04/02(木) 05:56:11.66 ID:iQzL7yso
「で、紅鳩。どうしたんだ? ……その手に持っているのは何だ?」
 俺はもう突っ込むのにも疲れて話をそらす。
 ちょうど会見が一段楽してお茶がが出るこの時間、紅鳩が乱入
してくるのは珍しいことではないが、今日はどんな用事があって
来たんだろう?
 まさか他の二人と共謀しての企みか? 俺はさりげなく四方を
伺う。
 ――二人の姿は無いようだ。安堵の吐息をつきながら、俺は紅
鳩に話の続きを促す。
「はあぅ?」
 紅鳩は片手に持っていた薄木造りの箱を見る。どうやら自分で
も何の用事でやってきたのか忘れていたらしい。不思議そうに自
分の手元の箱を見つめると、やがて思い出したのか、可愛らしい
顔がくずれて全部口になってしまったような笑顔になる。
「れいせぇ様っ。あのね! すごいんだよ! キレイを捕まえた
のっ」
 キレイを捕まえる? キレイなんて動物がいたか?
 紅鳩は膝の上で身体をくねらせてバランスのいい位置を見つけ
ると、俺の目の前に差し出した箱をそっと開ける。
 玉手箱のように開かれた箱の中にいたのは、まるで宝石のよう
な瑞々しい緑の輝きを持つアマガエル。

691 :パー速民がお送りします: [] 2009/04/02(木) 05:57:09.65 ID:iQzL7yso
 ゲコ。
「キレイ! ね〜?」
 ゲコ。ゲコゲコ。
 ゲコゲコゲコゲコゲコゲコ。
 まるで無限増殖をしたように箱から跳ね出るアマガエル。おい
おい何匹いるんだ? ぴょんぴょんと逃げ出す生まれたての宝石
は、俺の執務室のそこかしこに飛び出してゆく。
 ゲコゲコゲコ。
 パニックになる女官や侍女。あちこちで悲鳴は上がるし、捕ま
えるために躍起になってモップを振り回すものもいる。
「紅鳩っ」
 俺はその悪戯に、さすがに紅鳩を叱ろうと眉を吊り上げる。
「れいせぇ様っ。キレイだよっ!」
 その俺に、お陽様の様な笑顔で箱を差し出す紅鳩。
 箱の中には、紫陽花の花に取り残されたようなエメラルド色の
アマガエル。
「……れいせぇ、様?」
 ゲコ。
 ああ、もうまったく。
 東宮だってのに、誰一人にもかなわないのな。
 降参だ。

692 :パー速民がお送りします: [sage] 2009/04/02(木) 06:03:58.23 ID:iQzL7yso
//3
 深夜。
 俺は寝室にて寝返りをうっていた。
 天蓋つきの寝台は柔らかいのだが、広すぎて落ち着かない。
いつもは気にならないことが夜中に目を覚ますと際限もなく気
になるというあれだ。
 まいったな。
 俺は何度目になるか判らない寝返りをうつ。
 晩餐の席での口論がどこかに引っかかっているのだろうか。
俺にむやみに噛み付いてくる婚約者の一人を思い出す。昔は仲
良くやれていたのに。……理由や原因が判るだけにやりきれない。
 ――仕方ないよな。
 東宮となった以上、「ソレ」はすでに私事ではない。
 あちらにもあちらの気持ちがあるだろうが、こちらにもこち
らの気持ちがある。その気持ちを抑えて先へ進むことが責務。
課せられた使命。
 ことがことだけに、押し[ピーーー]のは難しい。
 人間はそこに人間がいれば触れ合いたい、判り合いたいと望
むもの。
 ましてや俺は未熟者だ。
 自分の気持ちを隠し切ることも出来ない。しかし今すぐには
無理にでも、乗り越えなくてはならぬ。
 そのための猶予時間。俺には今の関係が有難かった。

693 :パー速民がお送りします: [sage] 2009/04/02(木) 06:04:28.79 ID:iQzL7yso
 ――きぃ。
 黒檀の扉が観音開きに開いてゆく。
 奥の暗闇から、白い影が浮かび上がってきた。
「……なにをしてるんだ? 紅鳩?」
 俺は文机の燭の灯りにうかぶ、幼い影に声をかけた。
「……きゅーり」
「……」
 何を言ってるんだ、こいつ。
 紅鳩は白い夜衣をまとっている。
 襟と袖口、裾に細い紅色のリボンをアクセントにした、上品
だが子供らしい寝巻きだ。可愛らしいてるてる坊主のような格
好で、自分の身長より大きそうな絹の枕を抱えて、ふらふらと
揺れながら立っている。
「……うまうま。……はちみつけーきは……ひとり、いっこ」
「……」
 寝ぼけているのか。
 寝ぼけながらも蜂蜜菓子に執着するとは。子供ってのはすご
いな。
「……せっか、むねー。むねー。……ばゆんばゆん?」
 どんな夢を見てるんだよ。
 俺はゆらゆらと頼りない足取りで進んでくる紅鳩に腕を差し
出す。
「危ないな。ここはトイレじゃないぞ」
 呆れたようにつぶやくと、紅鳩は眠そうに目をこすりながら、
それでも何とか意識を取り戻す。
「はやぁ。れいせぇ様〜」
「お目覚め。紅鳩」
 言っているそばから俺の腕の中でまどろみに落ちそうな紅鳩
をゆする。

694 :パー速民がお送りします: [sage] 2009/04/02(木) 06:05:04.34 ID:iQzL7yso
「……はやぁ? れいせぇ様〜」
「繰り返さなくて良いから」
「うぅーん。おトイレは行きました〜」
 夢見るように微笑む幼い紅鳩。小さな身体は動物のようにし
なやかで、軽い。
「んじゃ、お部屋へ戻ろう。戻れるか? ……ここは紅鳩の部
屋じゃないぞっつーか!?」
 紅鳩は俺の言葉なんか聴きもしないで、俺の布団の間にずる
ずるともぐりこむ。
「んぅ〜。ここでお休みなさいさせてください〜」
 紅鳩は身体をもぞもぞと動かして、居心地の良い布団のくぼ
みを作り出す。呼吸はあっという間に穏やかになっていく。
 まったく仕方ないな。
 俺は呆れたような諦めたような気分で、布団をかけると、紅
鳩の隣に横たわる。
 子供らしい暖かい体温がすぐに布団を暖める。
 他人の温度か。
 俺の体温が、それと交じり合う。
 紅鳩の吐息を聞きながら、その混交を想う。
 ……経験が無いわけじゃないけれど、それは不思議な感覚だっ
た。横になった俺に、紅鳩が擦り寄って抱きついてくる。
 こいつ、抱きつき癖があるのか。
 俺はくすぐったそうに顔をしかめる紅鳩の前髪を軽くかきあ
げてやる。