Part22
829 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 12:44:36.37 ID:
RCnXttEo
――大内裏、宜陽殿(ぎようでん)のそば
ォォォオオン、ゴォォォォォ!!
二の姫「けほっ、げほっ……」
友女房「姫、二の姫っ」
誰ぞ、誰ぞ……っ! 水を、いや、間に合わぬっ
打ち倒しを、熊手を持てっ。
駄目ですっ。近づくことも出来ませぬっ
ガタンッ! ドダンっ!!
黒髪娘「宜陽殿がっ!?」
男「なんて火勢だっ!!」
黒髪娘「何と言うことだ。炎がっ。あんなにっ」
男「ば、ばかっ!」
二の姫「黒髪の姫っ。炎がけほっ、けほぉっ」
黒髪娘「友、何があったのだっ」
友女房「歌集の編纂に用いていた資料をお返しに
宜陽殿にあがっていたところ、気が付けば
黒き煙が流れ……火元は判りませぬが
風も乾き火勢も強く」 おろおろ
※宜陽殿(ぎようでん):大内裏の建物の1つ。歴代
天皇家の宝物が治められていた、いわゆる宝物庫。
唐から輸入されたモノや多くの書物も収められている。
830 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 12:46:39.04 ID:
RCnXttEo
黒髪娘(宜陽殿が……燃える。焼け落ちてしまう!!
――古今和歌集が、後撰和歌集に拾遺和歌集が。
龍笛譜、琵琶譜――数え切れないほどの貴重な書がっ)
ふらっ
男「おいっ。何するつもりだよっ」がしっ
黒髪娘「――男殿。済まぬ。
この身を捧ぐると云ったその舌の根も乾かぬうちに
しかし……。あそこには何十という
計り知れぬほどの貴重な書が収められているのだ」
男「だめだっ」
黒髪娘「唐渡りの書だから……帝の宝だから。
そのような理由ではないのだっ。
あれは、あれらはっ。
ここに住む、いままで生きてきた人々の真心の欠片だ。
行かせてくれっ! わたしにはあれを守る義務があるっ」
ゴォォォォォ、ォォォオオン!!
二の姫「駄目ですっ。けふっ。
姫、あんなにも火の粉がっ」
黒髪娘「後生だ、男殿っ」
男「行かせない。死にに行くつもりかよっ」
黒髪娘「そうではないっ。そうではないが……。
行かなければ、わたしはわたしを裏切ってしまうのだっ。
祖父君も、男殿も。歌を愛すひと、学問を志す人の
全てを裏切ってしまうっ!」
831 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 12:47:49.61 ID:
RCnXttEo
男「俺が行く」
黒髪娘「何を言っているのだっ」
友女房「男殿、宜陽殿にはあれがっ」
男「動きの鈍い黒髪よりも、俺の方が身軽だ」
黒髪娘「駄目だっ。あんなにも火勢が強いではないかっ。
男殿が。男殿が、死んでしまうっ!」
男「任せろって。……唐衣、借りるな」
ぎゅっ――安心しろ。
黒髪娘「あっ」
男「友っ! 黒髪を抑えてろ! 行かせるなよっ」
黒髪娘「ま、待てっ」
ォォォオオン、ゴォォォォォ!!
黒髪娘「行くなっ! 男っ! 行かないでくれっつ!」
友女房「駄目ですっ、姫っ。崩れます、もうっ!」
オォォオオン! ゴワァッ!!
黒髪娘「わたしをっ、追いて行かないでくれっ。
それはわたしの役目なのにっ。
馬鹿、馬鹿者っ。男っ、男殿ぉぉっ!!」
838 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 13:07:41.40 ID:
RCnXttEo
――二日後、藤壺
からり……
二の姫「黒髪の姫は?」
友女房「二の姫様っ。もうお加減はよろしいのですかっ?」がたっ
二の姫「もとより煙を吸い込んでしまったまで。
まだ瞳を開けると痛む故、布覆いをしていますが
私の方は大事ありません。
それより、黒髪の姫が心配です」
友女房「それが……」
二の姫「どうされました?」
友女房「いえ、いまは奥の宮で藤壺さまが
お話をされているのです……」
二の姫「そうですか……」
友女房「でも」
二の姫「……」
友女房「姫は、魂が抜けてしまわれたようで」
二の姫「……」
友女房「何を話しかけても、お答えして下さりません」
二の姫「……さもありましょう。おいたわしい」
友女房「はい。……姫のお付きとしてもう八年にも
なりますが、このようなお姿を見たのは初めてでございます」
839 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 13:09:53.27 ID:
RCnXttEo
二の姫「あのときの、あの異国の装束をまとった殿方が
姫の想いを寄せるただ一人の方なのですね?」
友女房「はい、そうです。――男さまです」
二の姫「そうですよね。ではやはりあの夜のことも」
友女房「はい……?」
二の姫「いえ……。友女房も疲れているのでは
ありませんか? 対の宮に食事を用意させていますよ?」
友女房「いいえ」 ふるふる
二の姫「……」
友女房「姫が気を取り直すまで、
此処を離れるわけには参りませぬ」
二の姫「そうですか……」
友女房「そんなことより宜陽殿のほうは」
二の姫「まだ隠れ火が残っていて、全てを探索できるのは
明日か、明後日になってしまうようです。
深夜ともあって宜陽殿に残っていた人も少なく
怪我をした人は多いそうですが、
亡くなった方は十数名だとか」
友女房「……そのう」
二の姫「男殿のことは判りませぬ。
父を通じて捜させておりますが、なにぶん火勢が強く
亡くなった方の多くは身元もわからぬ次第……。
それに、宮中に係累のいない亡骸となりますと
判明するかどうかも……」
841 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 13:11:38.71 ID:
RCnXttEo
友女房「そう……ですか……」
二の姫「このようなことを云うのは
本意ではありませんが
しかし、あの火勢では……生きながらえるのは……」
友女房「姫にはどうかっ」
二の姫「云えるわけがないではありませんか」
友女房「……」
二の姫「……」
友女房「姫は、庵に帰られると、
瞬きもせずに長びつの前に座っていらっしゃるのです。
何時間でも、一晩中でも。
眠りもせず、食事も取られません。
それを心配された藤壺さまがこちらへと
無理矢理にでも移したのですが」
二の姫「思い出の品なのですか?」
友女房「いえ、思い出……と申しますか
形代(かたしろ)なのです。男殿の……」
二の姫「化外の狐狸などと嘯(うそぶ)いて。
……私にはわかりません。
そのようなことがあるのでしょうか」
友女房「信じて上げて下さい。
二の姫様に疑われたら、あの方のいた証が
どんどんとこの世から失せるようで……。
あのように痛ましい姫を見るのが
心つらく、お労しくて張り裂けそうでございます」
842 :
パー速民がお送りします [] :2010/01/27(水) 13:16:33.51 ID:vpciy6U0
うああああああああああああああああああああああ
843 :
パー速民がお送りします [] :2010/01/27(水) 13:17:07.75 ID:16MZtbYo
絶対に悲恋じゃないと信じる、信じたからな!!
844 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 13:23:04.13 ID:cTyJQcDO
男は生きてる、生きてるよなあ!?
黒髪を幸せにしてやってくれぇ!!
846 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 13:33:01.46 ID:BapHEzIo
>>591様に祈るくらいしか俺には出来ん
847 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 13:42:52.90 ID:EPfjBTIo
そうか、>>591がいれば安心だな
848 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 13:43:47.76 ID:iTQu0Mg0
なるほど俺たちには>>591がいるんだったなぁ
849 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 13:44:22.66 ID:
RCnXttEo
――吉日、冬の小春日和、右大臣家、中庭
がやがや、がやがや……
右大臣「ははははっ! 祝ってくだされ!
ご来駕の皆様がた、今宵は心ばかりの
酒肴を用意させて頂いた。
粗末ながら右大臣家限りのもてなしだ。
この度、うぉっほん。
我が娘、黒髪が撰者となりし歌集が
めでたくその編纂を終え、帝に奏された。
帝はその歌集を手に取ってくださり
娘は世にも稀なるとのお言葉を賜った!」
なんとまぁ! おめでとうございます。
黒髪の姫におかれましてはますますの御栄達を
黒髪娘 ……
右大臣「誠に持って心痛むことに、内裏においては
皆様もご存じの通り、先頃宜陽殿の火災があった。
急ぎ陰陽寮にはかったところ、これはすなわち
厄であるとの託宣であった。
しかしながら古来より炎は厄を払うに一番と云う。
陰陽寮もこの炎にて金気に属する災厄は
払われたとし、直ちに祭祀を執り行う予定とのこと」
二の姫(……恋は災厄などではありません。
右大臣殿、娘の思いを知らぬ事とは言え、
その言いざま余りにも心無いではありませぬか)
850 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 13:46:10.64 ID:
RCnXttEo
右大臣「そのように厄もあったこの冬ではあるが
我が娘黒髪の撰者としてのお役目の成就を持って
新年の始まりと為し、あらたなる営みを続けることが
出来るは幸いなことである。
今日はそれを祝う宴である。
ご来駕の皆、存分に楽しまれてくれるが良い」
おめでとうございます。黒髪の姫。
おめでとうございます。
これで右大臣家百年の栄華は盤石でございますな!
はははっ、なんと才気ほとばしる麗しき姫であることか
継母「姫、姫? 大丈夫ですか?
まだお加減が悪いのかしら……」 おろおろ
黒髪娘「……ご来駕の、皆様方に……
おかれましては……このような浅学非才なる
わたしを……祝うためにお集まり、いただき……
ありがとう、ございます」
下の兄「……黒髪」
黒髪娘「……こたびの撰者としての仕事
果たすことが出来ましたのも……
皆様方の……お引き立てがあればこそ
心より、御礼を……申し、あげます」 ふかぶか
おめでとうございます、姫。
なんともしっかりとした挨拶だろう。
女性にしておくのは惜しいほどの学識だとかっ。
851 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 13:47:25.77 ID:
RCnXttEo
がやがや……ざわざわ……
二の姫「黒髪の姫?」
黒髪娘「――え? ああ。すまぬ」
二の姫「いえ。……父、中納言に代り祝いの使者として
この宴にまかり越しました」
黒髪娘「何を言うか……。
本来であればこの祝賀の賛辞の半分は
二の姫、あなたのものであろうに」
二の姫「良いのです、そのようなことは。
……それより、まだご気分が優れぬ様子にお見受けします」
黒髪娘「……」
二の姫「本日は私が、そば近くに侍(はべ)りましょう。
友女房の方が心強いかも知れませぬが
このような宴の席では、
女房が主に変わって話すのも外聞が悪いでしょうし……」
黒髪娘「友は……外されたのだ」
二の姫「え?」
黒髪娘「私がこのような……気鬱の病にかかったのも
友の不手際が原因だとされて。
吉野の別邸に飛ばされてしまった。
それに抗議した友は、父の命により……」
二の姫「そんな……」
852 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 13:49:20.52 ID:
RCnXttEo
黒髪娘「……」
がさがさ……
公達「黒髪の姫に、一言お祝いを申し上げるために
まかり越しました」
黒髪娘「……」
二の姫「兵部の卿でございますね?
私は中納言家の二の姫でございまする。
黒髪の姫は、大変傷つきやすい麗質ゆえ
卿の宴の酒気に当てられたご様子。
……姫はお聞きになられています。
言上のお相手は、私がいたしましょう」 にこり
公達「ふむ。……判りました。
こたびの歌集編纂の任、見事おはたしになられ
帝からのお喜びの声も聞こえたとのこと。
誠におめでとうございまする。
姫は幼き頃から学問の打ち込まれ
いままで宴にも出てこられないと有り
我らもお言葉を交わす機会もなく
いままで心寂しい思いでおりました。
これからは尚侍の職務にも戻るとのこと
一層のご活躍をお祈りするとともに
是非一度、楽のあわせなどもしてみたいと心楽しみに――」
黒髪娘「……」
853 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 13:50:22.76 ID:
RCnXttEo
二の姫「妖つきだ不器量だと捨て置いたくせに
手のひらを返したように“寂しい思いでした”などと。
どうせ歌の価値なども判らずに
歌会の小道具としてしか見ていないような輩が……」
黒髪娘「……すまぬ」
二の姫「いえ、良いのです。
そちらの脇息※におもたれください。ね?」
がやがや、がやがや。
右大臣「はははは。あの娘は昔から学問だけは
秀でていてな。それは漢詩でも和歌でも
むさぼるように学んでいたものよ」
おお、さようですか
学問とは素晴らしい。これからの宮中の雅を
一手に引き受けて頂かないと行けませんな。
黒髪娘「……」
そうだ。ここは1つ、姫にこの喜びの宴を
一首詠んで頂こうではないか!
そうだ、それはよい!
そうしようではないか!
二の姫「っ!」
※脇息(きょうそく):家具の1つ。ちいさな台の
形をした肘をおいたり、座った時もたれかかる道具。
855 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 13:59:49.52 ID:
RCnXttEo
右大臣「黒髪や。黒髪。どうだ?」
下の兄「――。父上っ」
上の兄「黒髪のやつ、真っ青じゃネェか。
こんなときに歌もヘチマもねぇだろうがよ」
右大臣「しかし、今日は冬とは言え、
このような小春日和でもある。
冬の日差しを詠むなど、どうだろうな。
黒髪であれば容易かろう?
それに黒髪の栄達を祝って集まって下さった皆様に、
一首詠むくらいのことは」
二の姫(それは……。余りにも無体。
仕方ありません、私が無理にでも) かたりっ
黒髪娘「詠ませて頂こう」
おおお! さすがは撰者の姫君!
それはよい。
撰者黒髪の姫の御歌だ。
おおお、姫が歌を詠まれるぞ。
黒髪娘「――」 すぅっ
二の姫(黒髪の姫……)
黒髪娘「――悔しくぞ声枯れ触れえず別れけむ
今日(けふ)を限りとおもわざりしに」
856 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 14:03:19.10 ID:11.FFUDO
俺、神なんて信じてなかったけど>>591は信じようと思う。
だからハッピーエンドにしてくれえぇぇぇ!!
860 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 14:15:55.95 ID:.xpXwq6o
雪と男をうんぬんかんぬんな歌?
863 :
パー速民がお送りします [] :2010/01/27(水) 14:28:21.31 ID:P2L51No0
一千年皇紀の時を超え我々にも文化が・・・・・・
864 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 14:32:13.85 ID:Q22T1tI0
黒髪…
男は何やってるんだっ!