Part21
791 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 09:58:15.96 ID:
RCnXttEo
――藤壺、編纂のための借り部屋
黒髪娘「――あまねく歌といふものは胸の想いの
結露にして全ての人々に開かれたものなり。
あるいは喜び、寿ぎ、哀しみ、移ろうを嘆き
四季と人の営みのもろもろをいと慈しみ、
かけがえなく思うそのこころの内こそが
言の葉に結露されるところの遍照なり」
二の姫「……序文ですか?」
黒髪娘「うむ」
二の姫「黒髪の姫の、お心ですね」
黒髪娘「誰にでも、読んで欲しい。
貴族だけでなく、平民だけでなく。
今の世も、先の世も。
暗い世界に閉じこもるではなく、
いたずらに知を誇るでなく。
歌は……。
歌は見栄を張るために懐に忍ばせる小道具ではなく
ましてや宮中で雅を誇るための小手先の麗句ではなく
やむにやまれぬ、魂魄の雫だと思うから」
二の姫「はい」
黒髪娘「でも、照れくさいな」 くすっ
二の姫「いえいえ。他の方にはかけない序文かと」
792 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 09:59:31.47 ID:
RCnXttEo
黒髪娘「そうであれば、嬉しいのだが」
二の姫「ええ、特に宮中の覇を誇示するために編纂する
殿方の撰者には書けないでしょう。
そもそもそのような方は、恋の歌だけの歌集など
編まれないでしょうけれど……」ふふっ
黒髪娘「伝わる……かな……」
二の姫「弱気ですね。真実ではないのですか?」
黒髪娘「私にとってはそうだけど。
読む人の一人一人にとっては……。
そうであればよいと願っている。
でも、願いが叶うとは限らないから」
二の姫「……」
黒髪娘「誰かが寂しい時、つらい時、苦しい時。
歌がそばにあれば良いな、と思う。
私にとって学問がそうであったように、
その人の闇をほのかに照らす明かりであれば良いと。
……でも、そう読んで貰えるかどうか、判らない」
二の姫「祈りとはそういうものかと存じます」
黒髪娘「……うん」
二の姫「ともあれ、そろそろ編纂も終わりですね」
黒髪娘「そうだな」
793 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 10:00:51.55 ID:
RCnXttEo
二の姫「雪が降る前に終わりましたね」
黒髪娘「おおよそ一年弱。早かったなぁ」
二の姫「四季の歌を切り捨てた分、早かったのですね」
黒髪娘「うん。英断だった、と思う」
二の姫「取り回しが良くて善いではありませんか。
全六巻で、読みやすいですし。
全体が物語のように起伏があって、
諳(そら)んじるだけではなく、読んでいられますわ」
黒髪娘「余り宮廷受けはしない歌集になってしまったかな」
二の姫「……殿方受けしないのは仕方ありません。
でもその分、愛される歌集になったと思います」
黒髪娘「そうであれば、良いな」
二の姫「……」
黒髪娘「……」 さらさら……
二の姫「黒髪の姫?」
黒髪娘「ん?」
二の姫「姫の方は、いかがなのです?」
黒髪娘「なにが?」
794 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 10:02:08.05 ID:
RCnXttEo
二の姫「恋の行方です」
黒髪娘「……逢瀬は甘いやかだ。男殿は、優しい」
二の姫「この先のことです」
黒髪娘「編纂が終わる」
二の姫「はい」
黒髪娘「それを契機にしようかと……考えている」
二の姫「男殿……いえ、お相手はそれをご存じで?」
黒髪娘「いや」
二の姫「……どうしようもないほど勝手なお二人ですね」
黒髪娘「え?」
二の姫「いえ、こちらのことです。
ええ、こちらでございますとも」
黒髪娘「?」
二の姫「黒髪の姫はいい加減、
覚悟を決めた方が良いと思いますよ?」
黒髪娘「覚悟など……。
覚悟など決めているっ。
私がそれを決めるために、
どれだけ時を重ねたかも知りもせずっ。
この編纂が終われば、あの長びつを閉じて、
わたしは、もう二度と男殿とはっ」
二の姫「心得違いです」
795 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 10:03:11.19 ID:
RCnXttEo
黒髪娘「え?」
二の姫「別れる覚悟など一時の太刀傷でしょう?」 ぱちんっ
黒髪娘「――」
二の姫「違いますか?」
黒髪娘「それはどのような意味なのだ?」
二の姫「これ以上は口が曲がってしまいますから
私の口から申し上げることは出来ませんわ」
黒髪娘「それでは何も判らぬではないか」
二の姫「判らないでも結構です」
黒髪娘「二の姫は意地悪だ。経験があると思って」
二の姫「経験ではなく、覚悟です」
黒髪娘「だから何を覚悟せよとっ」
二の姫「恋より先に知るのが常識なのに。
本当に判らないのですか?」
黒髪娘「……」
二の姫「余計なことを云ってしまいました。
黒髪の姫……?」
黒髪娘「うむ」
二の姫「――師走が近づいてきます。
年が明けるまでには終わらせましょう」
808 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 11:41:24.47 ID:
RCnXttEo
――黄昏時、大内裏、郁芳門近く
男「おっす」 わしゃっ
黒髪娘「男殿っ」
男「寒っいなぁ」
黒髪娘「当ったり前だ、そんな薄着で」
男「ん。来たばっかりだからさ。
それに、未来のびっくりどっきり
ヒートテックだから大丈夫だぞ」
黒髪娘「それにしたって……」
男「今日の分は、終わったのか?」
黒髪娘「そうだ。……男殿こそどうしてこんな所に?」
男「黒髪のこと、待ってたんだ」
黒髪娘「わたしの、こと……」
男「おう。最近追い込みだったんだろう?
忙しく働いていたからな」
黒髪娘「うむ」
男「で、会いたくなったから、待ってた」
黒髪娘「……こんな寒い中で。馬鹿だな」
809 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 11:46:24.78 ID:
RCnXttEo
男「その寒い中をぷらぷら歩いている黒髪よりマシだ」
黒髪娘「……むぅ」
男「……」
黒髪娘「……」
男「やい、黒髪」
黒髪娘「ん?」
男「お前、最近俺のこと、避けてるだろー」
黒髪娘「っ。そんな事はない」
男「ていっ」わしっ
黒髪娘「……〜っ!」
男「おい、ちみっ娘。舐めるなよぉ」
黒髪娘「舐めてないではないか」
男「ほっほーう」
黒髪娘「噛むけど」
男「え?」
黒髪娘 かぷっ
810 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 11:47:35.72 ID:
RCnXttEo
男「……」
黒髪娘 がぷがぷっ
男「なんだそりゃ」
黒髪娘「むぅ。……私は、男殿一筋だ。
男殿以外に好きな殿御など一生作らぬ」 じぃっ
男(ナチュラルに殺し文句を……)
黒髪娘「その証明に噛みついてやるっ」かぷっ
男「……」
黒髪娘「……抵抗しないのか?」
男「黒髪を抱えているのも、温かいよ」
黒髪娘「……むぅ」
男「……」
黒髪娘「……んぅ」 がぷっ
男「黒髪は温かくないか?」
黒髪娘「それは……。温かい……けど」
男「うん」
さらさら……。
811 :
パー速民がお送りします [] :2010/01/27(水) 11:48:25.29 ID:vpciy6U0
現代の方で過ごしてたら平安ではあっという間に時間が過ぎるもんなぁ
812 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 11:48:41.37 ID:
RCnXttEo
黒髪娘「男殿は卑怯だ」
男「なにがさ」
黒髪娘「こんな事をされては、腰が砕けてしまう。
何も言えなくなってしまうではないか」
男「言い分があっても聞かないけれど?」
黒髪娘「そこは“言い分があれば聞く”
と包容力を示すところだろうっ。殿御なのだから」
男「こっちもいっぱいいっぱいなんだよ」
黒髪娘「……っ」
男「だから、黙ってこうさせろ」 もぎゅっ
黒髪娘「少しだけだぞ」
男「うん」
さら、さら……。
黒髪娘「……」
男「……」
黒髪娘「月が……」
男「ん?」
813 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 11:49:58.04 ID:
RCnXttEo
黒髪娘「男殿に連れられて。祖父君の家に行った時」
男「うん」
黒髪娘「――あの夜も、いまのように。
白く、冴えきった、怖いほどに輝かしい月が出ていた」
男「うん……」
黒髪娘「……」
男「……」
さらさら……。さらさら……。
黒髪娘「あの夜、男殿を好きになったのだ」
男「そうなのか?」
黒髪娘「月に照らされた寝顔を見ていて。
……ずっと一緒にいたいと願った。
ううん、初めて出会って、
男殿と話して、笑いあって、書を捲って……
ずっと一緒にいたいという気持ちは
わたしの中で育っていたけれど
あの夜の月の光で、胸を締めつける
その気持ちが恋なのだと気が付いた」
男「……」
黒髪娘「男殿の腕の中は、
寝心地が良さそうだったから」くすっ
男「結局は、寝心地なのかよ」
黒髪娘「うむ」 くすくすっ
814 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 11:51:50.32 ID:
RCnXttEo
男「寝心地優先でも良いけどさ。
俺も色々迷ったけどやっぱり黒髪のこと、大好きだし。
抱きしめてるだけで
むやみに幸せになっちゃうんだから、
黒髪のこと馬鹿に出来ねぇや」
黒髪娘「やはりな。触れあった時の
安心感は第一条件だ」
男「学識豊かな才媛とも思えない言葉だな」
黒髪娘「恋は理屈では動いてくれないらしい」
男「そか」
黒髪娘「うむ」 きゅぅっ
男「……」
黒髪娘「――奇跡だと思いもせずに、
ただ幼子のように焦がれた。
わたしは……男殿で、良かった」
男「そうか」
黒髪娘「うん……。胸が、詰まる」
男「俺も、黒髪で良かったぞ」
黒髪娘「光栄だ」 にこっ
男「ちょっと気が早いけどさ」ごそごそ
黒髪娘「?」
男「ほら、これ……。やるから」
黒髪娘「これは……」
815 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 11:52:46.66 ID:
RCnXttEo
男「指輪だ。あれ? こっちの世界に
指輪ってあったっけ?」
黒髪娘「指にはめる装飾具なのか?
――いいや。聞いたこともない」
男「そっか。じゃぁ、別のにすりゃ良かったかなぁ。
まぁ、なんだ。クリスマスプレゼントだよ」
黒髪娘「くりすます……?」
男「12月に贈るんだよ。親しい人とか、恋人とかに」
黒髪娘「これは銀ではないかっ」
男「そうだけど?」
黒髪娘「これは……う、うむ」
男「なんだよ」
黒髪娘「……」
男「貴族は贈り物とか、日常的なんだろ?」
黒髪娘「それは、そうだが……」
黒髪娘「受け取らねば、ダメか?」
男「何いってんだ?」
816 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 11:54:02.40 ID:
RCnXttEo
黒髪娘「余りに高価なモノは、その……」
男「……」 じぃっ
黒髪娘「……男殿」
男「……」
さら、さら……。
黒髪娘「その……冬が来て、編纂が終わるの、だ」
男「うん……」
黒髪娘「編纂が終われば……歌集を
主上に献上しなければならぬ……」 のろのろ
男「……」
黒髪娘「このままでは、男殿をこの世界のくだらぬ
政治の争いにも巻き込んでしまう……。
宮中の争いは、それは醜いものなのだ」
男「……」
黒髪娘「それに私は、男殿から見れば
やはり……。所詮は、千年前の人間だ。
男殿持っている英知も持ち合わせない。
きっと愚かしく、何もかもいたらぬように見えよう。
わたしは、わたしが愚かなことを知っている。
ううん、やっとそれが判ってきた。
だからわたしが愚物なのは平気だけれど
男殿に失望させてしまうのが、とても怖いのだ」
さらさら、さらさら……。
817 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 11:55:10.48 ID:
RCnXttEo
黒髪娘「世界を妬んで引きこもっていたわたしに
祖父君は進むべき道を示してくれた。
男殿は歩む勇気をくれた。
わたしは人と触れあって、自らの学んだ成果を
世界に少しなりとも刻み込むことが出来たと思う。
友、と呼べる人も出来た。
いつも支えてくれるとも女房の暖かさも判った。
全て、全て男殿のお陰だ」
男「……」
黒髪娘「わたしは、だから願いは叶った。
……これ以上、助けてもらわなくても。
男殿に迷惑をかけなくても、だい……じょうぶだ。
これ以上願えば、男殿の重荷になる。
奇跡を、願えば、きっとそれは
男殿を傷つける……。
私は家事も出来ぬし、学芸が出来るとは言え
所詮それは、この時代のものだ。
男殿と一緒に、男殿の世にいきるのは……。
だから……。
だからっ」
男 もぎゅっ
黒髪娘「ら、らりをふるっ」
818 :
パー速民がお送りします [] :2010/01/27(水) 12:20:13.28 ID:vWaGiADO
恋って素敵だよな……
orz
819 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 12:27:06.51 ID:0jLDu2DO
>>818
やだ…、この子恥ずかしい///
820 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 12:31:46.06 ID:
RCnXttEo
男「桃みたいなほっぺたしやがって」
黒髪娘「うう〜……」
男「そっちの云いたいこと、聞きたいことは
十分に聞いたし、答えたよな。
義理は果たした」
黒髪娘「そういふことれは、らいのらっ」
男「今度はこっちのターンなんだよ。
わざわざ、歌集の編纂が終わるの待ってたけど、
もういい加減切れた。
あんなっ」
黒髪娘「おろころのっ」
男「俺は、一緒にいるから。
そっちがどう思ってようと、一緒にいるからなっ」
黒髪娘「ふぇ……」
男「おまえ、変に遠慮してるだろう?
巻き込んじゃいけないとか、自分じゃ迷惑かけるとか。
そういうのなんてな、全部覚悟して選んだからな?
こっちでも、あっちでも、どっちでも良いけどさ。
離れるつもりは全然全くないからっ」
きゅっ。
821 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 12:32:41.21 ID:
RCnXttEo
黒髪娘「……あ、お。男殿」 じわっ
男「つか、面倒だから。お前は俺のもの
お持ち帰りするからなっ」
黒髪娘「わたしを、その」
男「連れてく」
黒髪娘「……娶(めと)って?」 ほろっ
男「そう」
黒髪娘「男殿の、世に?」
男「そう」
黒髪娘「わたしは、何の役にも、立たない。
……足手まといの、子供で、家事も、料理も」
男「俺得意だし」
黒髪娘「常識だって、判らない。知らないことばかりで」
男「くどいっ」
822 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 12:33:36.66 ID:
RCnXttEo
男「嫌なら嫌ってはっきり言えっ」
黒髪娘「この世の女子はみな……」
男「……」
黒髪娘「十を過ぎれば――嫁ぐのだ」
男「うん」
黒髪娘「さらってくれるなんて、
――うばってくれるなんて」
男「……」ぎゅ
黒髪娘「そんな事、絶対されたいではないかっ」
男「うん」
黒髪娘「……ゆく」
男「うん」
黒髪娘「連れて行ってくれ」 ぎゅぅっ
男「うん」
黒髪娘「どこへでも。男殿の元に」
男「任せておけよ」
ゴォォアアン! ォォォォァン
誰かぁ……誰かぁあるー……
黒髪娘「?」
男「なんだ……?」
823 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 12:37:24.88 ID:MebGqmc0
頼むからBadEndだけは避けてくれ〜
この綺麗な恋が成就すれば、たとえ物語でも勇気をもらえる人がいると思うんだ・・・orz
825 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 12:38:50.40 ID:gbjgKcSO
男、黒髪を不幸せにしたら許さないからな?
826 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 12:39:08.13 ID:Fhs.5EDO
これは火事フラグ…
827 :
パー速民がお送りします [] :2010/01/27(水) 12:39:55.66 ID:hYxWnew0
戻れない・・・のか?
828 :
パー速民がお送りします [sage] :2010/01/27(水) 12:42:34.26 ID:zZG5QcAO
二人の幸せを願う