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魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」
Part97


423 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/11(日) 20:44:25.43 ID:8sofY9MP
――湖の国、首都、『同盟』本部執務室、深夜
ザー
青年商人「ひどい雨だな……」
ザーーザーーザザザ
青年商人「嵐でも来てるのか。……さて」
青年商人(聖王国への湖畔修道院の進出は認めさせた。
 できれば主要都市全てに同時に建築を開始したいな。
 大主教が戻る前に、既成事実とする。
 ……と、同時に、湖畔修道院の敷地内には『同盟』の
 小取引所、および銀行を併設してゆく。
 これは修道院の建築費と引き替え取引で達成できるだろう。
 湖畔修道院の修道院長とも、面識が無いわけでもないしな)
ザーーザーーザザザ
青年商人(と、なると当面は戦争の結果待ち。
 ……それから資金面の手当てか。儲けの皮算用はその後に。
 しかし、な。戦争――か)
青年商人「ふむ」
ザーーザーーザザザ
青年商人(勝敗。……勝敗ね。
 そもそも何を持って勝敗とするかだ。
 魔界の全面的な征服など、現実的な意味でもって
 想像が出来る人間などいるのかな……。
 いくら地底にあるとは云っても、
 世界丸ごと1つを戦って所有権を得るなどと。
 ――“征服”。
 なんだかまるで夢物語みたいだな。
 そもそも魔界の全土征服など、誰が望んでいるんだ。
 まったく愚かしい)

424 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/11(日) 20:51:26.56 ID:8sofY9MP
青年商人(今回の遠征に参加した王族や領主は合わせて40あまり。
 彼らに1つずつの新しい領地を与えるために
 40の都市を占領してそれぞれに防御部隊を
 置いたとしたらどうなる?
 遠征軍参加者が30万。その全てが戦闘員だとしたところで
 ……1つの都市に7500人でしかない。
 ばかげた話だ! 1つの都市を7500人で征服し続ける?
 7500の兵士、しかも勝手のわからない異境で
 分散された防備軍など、都市から逃れた魔族の兵や民によって
 あっという間に分断され、小部隊ずつ殲滅されてしまうだろう。
 それが判らぬ聖光教会でも王弟元帥でもない。
 彼らには別の目的がある。
  それはおそらく、中央大陸の意思の統一。
 第一次聖鍵遠征軍から始まった物語だ。
 魔族という敵を得た中央中枢国家群は
 中央大陸の権力の掌握に大きな一歩を踏み出した。
 しかしその流れは途中で大きく変更を受けてしまう。
 忠実な前線兵だったはずの南部諸国の“反乱”によってだ。
 あの“反乱”は彼らのストーリーには存在しなかった。
 南部は己の意識など持たない木偶人形として、
 永遠に中央の指揮の下に戦場で踊り続ける哀れな奴隷だったはず。
  しかしその筋書きは“なぜか”失敗してしまう。
 自分たちの意志を持った南部は三ヶ国通商同盟を結成。
 着実に経済力や防衛力をつけて、中央の制御から外れ始めた。
 このままでは流れが止まり、中央諸国家には南部に同情的な
 国家や領主も増えるだろう。
 ……事実その傾向は見え始めていた)
ザーーザーーザザザ
青年商人「お茶を誰……。誰もいる時間じゃないか」

427 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/11(日) 20:54:19.49 ID:8sofY9MP
ザーーザーーザザザ
青年商人(中央諸国家にとっては、大陸の意思を統一する上で
 “共通の敵”だけではもはや足りなくなっていた。
 その“敵”でさえも、南部諸国家では情報統制が崩れ、
 真実の姿が見えかけていたからだ。
  そんな中枢が考えた戦略は2つあっただろう。
 1つは大兵力もしくは権謀術数を持って南部連合、
 特にその主要国である旧三ヶ国通商を瓦解させること。
  しかし、おそらくはその戦略は凍結された。
 ――種痘のせいだ。三ヶ国は滅ぼしたいが、あの技術は欲しい。
 大方そのようなところだろうな。
 本当であれば、湖畔修道会への調略工作は熾烈を極めたはずだ。
 しかし、調略して裏切らせるには、湖畔修道会は素朴すぎ
 その頂点は清廉でありすぎた)
青年商人「そこが“らしい”。あの勇者のお仲間ですから」
ザーーザーーザザザ
青年商人(もちろん武力制圧も検討しただろう。
 しかし、そのするには、湖畔修道会および南部連合は
 平和的な態度を徹底してしまった。
 異端指定をしてきた聖光教会すら否定しなかったのだ。
  聖光教会は自分たちの影響下にある国から、湖畔修道会の
 建物全てを撤去させ、追放した。
 焼き討ちを許し略奪を行なった土地さえある。
 しかし、一方南部連合の三ヶ国は、領内の聖光教会の活動を
 禁止さえしていない。
 この状態で南部連合に戦争を一方的に仕掛けるというのは
 あまりにも“大義名分”がなさ過ぎた。
  そもそもの発端、あの“異端指定”の時からがそうだったのだ。
 中央は南部諸王国を挑発し、武力で歯向かうように仕向けていた。
 そうすれば大義名分を持って南部諸王国を討てたからだ。
  しかし、中央中枢の思惑を大きく越えるほどに、
 南部の盟主、冬寂王の政治的バランス感覚とカリスマ性は
 ずば抜けていたわけだ)

428 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/11(日) 20:57:40.08 ID:8sofY9MP
青年商人(こうして、中央諸国家は南部連合を
 直接的に攻撃するという戦略を放棄せざるを得なかった。
 南部連合は降りかかる災厄、白夜王の侵攻や魔族の介入を
 全て振り切り、その上で内政を疲弊させることも
 最小限にして着実に発言力を伸ばしてきていた。
  そこで中央中枢はもう一つの選択肢、
 魔界への侵攻を検討し始める。
 ここまで考えれば、彼らの狙いは明白だ。
  彼らにとって大陸の意思統一のためのテコはすでに
 “共通の敵”だけでは不十分なのだ。
 時代は転換してしまった。
 中央が中央の意志を固く1つにまとめるためには、
 新しいテコ、つまり、強力な報酬が必要なのだ。
 魔界への侵攻は、その餌。“新しい領土と無限の富”。
 しかしそれも実際には与える必要のない餌だ。
  農業技術の進化や極光島に代表される魔族撃退を受けて
 今や大陸の生産力は確実に上がっている。
 諸侯や諸王国も富と資源、そして兵士を蓄えて、
 外へ向かって進出する力を水面下ではつけ始めている。
 その野心を刺激された諸王国はこれからも
 甘言に乗せられるだろう。
 何度失敗しても、いや、失敗すればするほどに
 新しい領土や富への欲求は身を焦がして彼らを飢えにも似た
 欲望へと追いやるだろうに……)
ザーーザーーザザザ
青年商人「戦争、ですか……」
青年商人(聖鍵遠征軍が30万、そしてマスケットが如何に
 優れた兵器だとしてもとうてい魔界の全土征服など
 可能だとは思えない。
  もし、可能だとすれば、それは30万をそのまま運用して
 補給などは現地略奪に頼り、出会う魔族は一人残らず抹殺。
 そして都市を征服しても占領もせずに焼き討ちにして、
 次の都市へと向かう。
 つまり虐殺的な手法だ。
 しかし、そんな風にして荒廃させた領土の価値を回復させるには
 どれほどの時間と資金が必要なことか)

429 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/11(日) 20:59:50.98 ID:8sofY9MP
青年商人(かといって、都市を占領し、魔族を支配して防備軍を
 置くとすれば、その上限数は、自ずと5つやそこらになるだろう。
 それを越えればその後は拡散してゆくだけとなる。
 あの広い魔界の中で、20万だろうが30万だろうが
 まるで水に入れた湯のように、
 その熱を放散させて、やがて溶けて消える……。
  だとすれば、やはり中央中枢の目的は
 幾つかの都市を陥落させて、いわば“美味しい餌”であることを
 諸侯や諸王国に印象づけることか。
 それで次回、その次の遠征軍へと望みをつなげ
 南部連合をも既成事実と“餌の魅力”で切り崩しをはかってゆく。
  ……だとすれば、魔界の全土は当面無事といえるし、
 現在の我ら『同盟』の戦略方針は間違えていない。
  でも、なんだろう。この違和感は……)
青年商人「……」
ゴゴンッ
青年商人「?」
ザーーザーーザザザ
青年商人「誰か来たのですかー?」
ズル、ズルッ、ズルッ
青年商人「今日はもう会議も打ち合わせもありませんよ。
 こんな夜は宿舎で酒でも飲んで寝た方が」
ガチャリ。ぽたっ。ぽたっ。ぽたっ。
火竜公女「……」
青年商人「公女……?」

443 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/11(日) 21:42:43.75 ID:8sofY9MP
火竜公女「……」
青年商人「転移符ですか!?
 どこから歩いたんですか、まったく。
 ……ぐしょ濡れじゃないですか。
 雨とは云っても冬なんですよ? 死にますからね、まったく」
火竜公女「……」
青年商人「公女はこういう事をしない人だと思ってたんですが」
ザーーザーーザザザ
火竜公女「……助けてください」
青年商人「え?」
火竜公女「商人殿に頭を下げるのはいやでありまする。
 この胸が玻璃の様に粉々に砕ける思いさえしまする。
 しかし、妾にはもう他に頼るべき人もおりませぬ……。
 開門都市が陥落しようとしております。
 なにとぞお力添えを。
 なにとぞ……」
青年商人「……」
火竜公女「開門都市は遠征軍二十万に包囲され、
 その火砲の脅威は昼と夜の別なく、
 市民を責めさいなんでおりまする。
 聖鍵遠征軍は狂気のごとく都市防壁に押し寄せては、
 命も省みずに突撃さえ繰り返す有様。
 開門都市は魔王殿の指示の元良く耐えていますが」
青年商人「魔王? 魔王殿が開門都市に?」
火竜公女「そうでありまする。
 この都市は失うわけにはいかない、と」
青年商人(なにゆえに? 一度奪わせて奪い返す方が、
 遙かに容易なはず。戦争のことは詳しくはないが
 補給線を伸びきらせるだけ伸びきらせ、
 魔界の奥深くへ誘い込み戦うのが定石なのではないか?
 あるいはマスケットの力を見誤ったのか?)
火竜公女「聖鍵遠征軍も、執拗なほどの執着を見せて
 開門都市の一帯は、今は魔界最大の戦場となってしまいました。
 すでにして死者は三万を遙かに超え、
 大地は血の供物を飲み干すばかり……」
青年商人「王弟元帥……」

444 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/11(日) 21:44:16.46 ID:8sofY9MP
火竜公女「王弟元帥なる敵の総司令官は、会戦が始まる前に
 なにやら別働隊三万を率いて軍から離れた模様であります。
 未だその動きは知れませぬが……」
青年商人(本軍15万に、王弟元帥がいない……?)
火竜公女「……」
青年商人「辣腕会計は?」
火竜公女「待避しました」ぽつり
青年商人「そうです。『同盟』の商館は待避するように
 司令の手紙を出したはずです。公女はなぜ残ったんです?」
火竜公女「妾は竜の公女ゆえ」きっ
青年商人「……」
火竜公女「同胞を見捨てることなど出来ませぬ」
青年商人「そう……でした。すみません。
 公女のことをよく考えもせず、わたしは退避命令を出した」
火竜公女「……辣腕会計どのも、中年商人殿も、
 それ以外の職員達も我が父の居城へと、
 会戦が始まる前に移動しております」
青年商人「……」
火竜公女「何とぞ、お力添えを」ぎゅっ
青年商人「わたしは商人です。なんの兵力もない」
火竜公女「それでも、商人様ならば」
青年商人「出来ません」
火竜公女「報酬ですか? 報酬ならば何でも。
 妾に払えるのならば、どのようなものでもっ」
青年商人「商いの道を歩むのならば、
 “何でも”なんて手形を出してはいけませんよ」

445 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/11(日) 21:46:37.14 ID:8sofY9MP
火竜公女「やはり、わたしには商いの道は無理です」
青年商人「……」
火竜公女「商人殿と世界を渡るのは楽しかった。
 あちらでは鉄を買い、こちらでは塩を売る。
 まだ見ぬ場所に乗り込み、初めて顔を合わせる人と渡り合い、
 交渉し、妥協点を探り合う。
 互いの利を手渡して、まだ見ぬ商いを考える。
 それは、とても、とても楽しかった。
 狭い世界で生きてきた妾にはまぶしかったのでありまする。
  しかし、妾は竜の公女。
 やはりともがらは裏切れませぬ。
 それに妾は――あの都市が愛おしい。
 壊滅の中から産声を上げて、人と魔族がすれ違うあの都市が。
 楽園ではなくて、そこではだましや裏切りや
 詐欺などがあったとしても、
 それが出来るだけの多様性と自由を持つ
 あの都市の行く末を見届けたい。
  商人殿にこれを云うのは、切ない。
 胸の奥が帰するように悲鳴をあげまする。
  商人殿は、取引相手としての妾を買っていてくれて
 気を許してくれてはいぬにせよ
 ……すこしは、意味を感じていてくれたと思うゆえ。
  このように情にすがり、取り乱し、弱い妾はきっと軽蔑される。
 そう思うと膝が砕けて立ってもいられぬ心持ちがします。
 一度膝を屈した妾を、商人殿は決して、決して対等の相手とは
 もはや見てくれなくなるでしょう。それが妾には切ない。
 でも、妾に支払えるモノは多くなく、
 商人殿に軽蔑される事くらいしか」
青年商人「聞きたくありません」
火竜公女「そうで、ありましょう……な……」

446 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/11(日) 21:48:50.19 ID:8sofY9MP
青年商人「魔界は聖鍵遠征軍に全土征服はされない。
 たとえ魔界が都市の5つや10失ったところで、
 その市場性と価値は揺るぐことはない。
 これからは聖王国を中心とした聖光教会文化圏と
 南部連合と、そして魔界。
 3つの経済圏が複雑に絡み合った新しい世界が開かれる」
火竜公女「……」
青年商人「それがわたしと『同盟』の予測にして野望。
 その世界でなら、3つの文化圏の間を自由に商取引をする事が
 出来る商人は、今の何十倍も飛躍的に力を広げることが出来る」
青年商人「なぜ魔王は、開門都市を手放さなかったのですか?」
火竜公女「わかりませぬ。……ただ、未来のため、と。
 魔族自身の誇りと、人間族のためでもある。と」
青年商人「それを、魔王が?」
火竜公女 こくり
青年商人(我らのあの都市に対する価値判断が間違っていたのか?
 あの都市には我らが考えていた以上の軍事的、経済的な
 価値があると? ……それは考えづらいだろう。
 だとすれば、文化的、宗教的……。あるいは象徴的な意味での
 価値がある、のか?
 ――その可能性はどうなのだ?
  なぜあの都市を失うことが出来ないのだ……。
 あの都市を失って、何が失われる。
 なぜ魔王はこのタイミングで、あの都市に戻り、死守をしようと)
火竜公女「……」
青年商人(“人間族のためでもある――”とは?)
青年商人「っ!」 がたりっ
火竜公女「商人殿?」
青年商人「魔王はっ! 魔王殿の瞳は紅いのですかっ!?
 磨き抜いた葡萄の酒のようにっ!?」

463 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/11(日) 22:20:54.79 ID:8sofY9MP
――遠征軍、奇岩荒野、湖畔修道会自由軍
 ズギューン!!
 「だ、だめだっ!?」 「どこから撃たれているんだっ」
 「前線が持ちませんっ!」 「このままじゃお終いだぁ」
女騎士「副官殿? 後事を託して良いか?」
副官「拝命いたしました」
女騎士「獣牙の精鋭兵諸君っ! 突撃だ! 騎士団続けっ!」
獣牙双剣兵「おおおーっ!!」
湖畔騎士団「姫将軍に続けっ!」
ダカダッ ダカダッ ダカダッ ダカダッ 
   ギィィン!! うわぁぁぁ! うわぁぁぁ!!
副官「すさまじい速度ですね」
執事「にょっほっほ。性格ですな、あれは」
副官「良し、我々も移動しましょう」
執事「御意」
副官「狙撃部隊! 場所を移動しますよ、右前方の丘へ。
 護衛騎士は周辺を索敵。夜露に警戒をしてください。
 火薬の補給は後方部隊管理っ!」
執事「副官殿は細かい用兵が得意ですな」
副官「大将がずぼらですからね。雑用ばかり身について」
執事「にょほほ。良いことです」
副官「位置についたら各自狙撃位置を確保!
 後方の司令部が立ち直る気配を見せたらこれを狙撃」
ライフル兵「了解ッ!」
執事「これで、この陣地も落ちましたな」

464 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/11(日) 22:23:15.90 ID:8sofY9MP
副官「はい……」
執事「気になることでも?」
  ダカダッ ダカダッ ダカダッ ダカダッ
    「我につづけぇ! 降伏したものは敵に非ず!
    伏せたものにはそれ以上の攻撃は無用だっ」
副官「卓越した手腕です。我らだけで襲撃を企てていた時よりも、
 被害も小さく、遙かに早い攻略です。ですけれど……」
執事「焦っているのですね」
副官「はい」
執事「もう少しです。あと2つ」
副官「しかし、落としたとしてもこの軍だけの兵力では」
執事「そうでしょうかね」
副官「?」執事「聖鍵遠征軍の中にも、きしみが出ているのではないですかな。
 にょっほっほっほ。総司令が本軍から出るとは、異例ですぞ。
 あのつるつる将軍もおそらくそれを考えているはず」
副官「王弟元帥が?」
執事「彼がいれば、包囲戦はもっと絶望的だったでしょうからね」
副官「そうでしょうか?」
執事「今指揮を執っている指揮官もきわめて優秀かつ、
 合理的なのでしょうが、その上を行くでしょう。
 格、というものは時に冷酷です。自覚でしょうが」
副官「自覚、ですか?」
執事「ええ。手を汚す、もしくは手を汚さない。
 何が出来て何が出来ない。全て自覚のたまものですよ。
 わたしは少々年が行ってからそれに気が付きましたが」
副官「それが、英雄の資質なのでしょうか」
執事「あるいは、勇者の。かもしれませんな」

465 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/11(日) 22:24:39.01 ID:8sofY9MP
――魔界、大空洞近辺、赤い荒野
鉄国少尉「報告しますっ。最後方部隊、大空洞を抜けるためには
 あと一日半はかかる模様」
軍人子弟「よし、先遣隊を先行させるよう指示をだすでござるっ」
鉄国少尉「了解っ」
鉄腕王「どうだい?」軍人子弟「あと一両日で全ての部隊が大空洞を抜けるでござる」
鉄腕王「たいしたもんだ。行くって決めてから一週間で
 ここまで来ちまうとはな」
軍人子弟「それもこれも、多数の協力があってのことでござる」
鉄国少尉「まったくです」こくり
冬寂王「なかなか暖かいな、この装備は」
羽妖精侍女「温イノデス」
将官「商人子弟殿が、これだけの予備の防寒具を備蓄しているとは」
冬寂王「小癪な真似をする男だ。ふははは」
軍人子弟「……感謝でござる」
鉄腕王「しかし、準備が良い割には糧食が少ないな」
将官「ええ、一週間分しかないのでは?」
冬寂王「強引に出てきたからか……」
軍人子弟「これで良いでござるよ。計画通りでござる」
冬寂王「そうなのか?」
軍人子弟「糧食を持てば安心感は増すでござるが、
 行軍速度は著しく落ちるでござる。
 全ての行動を輜重隊の速度を基準に考える必要があるで
 ござるからね。
 今回の遠征では、補給線は軍とは独立して動かすでござるよ」
鉄腕王「こいつが強情で、そこは譲らないんだ」

467 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/11(日) 22:26:41.83 ID:8sofY9MP
軍人子弟「出来れば補給は持ちたくないのが本音でござる。
 それに関しては、当てになるかどうだか判らない
 気障ったらしい男がいるのでまぁ、なんとなく」
鉄腕王「いいのか? 当てにならない男を当てにして」
冬寂王「ここには3万の連合軍がいるんだぞ!?」
軍人子弟「何とかするでござろう。あれでも同期でござる。
 それに拙者、全面戦争で勝てるとは思っていないでござる」
鉄腕王「うむ……」
将官「やはりマスケットには」
軍人子弟「マスケットの一斉射撃に、
 歩兵や騎兵を突入させるには無理がござるよ。
 もちろん幾つか使える策がないわけではござらんが
 相応の犠牲を払う覚悟で行なう、いわばいかさまでござる。
 拙者も前線司令をする限りどのような手でも使うつもりでござるが
 大局的に見て、いかさまだけで勝てる相手でもござらん。
 いかさまはやはり時間稼ぎや、
 局所での戦術的な勝利を得るに留まるでござるよ。
 戦争に勝つとは、大局で勝つと云うこと。
 おそらく、師匠なら……」
鉄国少尉「?」
軍人子弟「いや、何でもござらん。
 肝心の“荷物”は十分に用意が出来たでござるしね。
 負けるぐらいならば、逃げ出すでござるよ」
鉄腕王「わしは負けるなんて考えていないぞ」
羽妖精侍女「急ギマショウ。皆サン」パタパタ
軍人子弟「侍女どの、ではこれから先の地勢を
 教えて欲しいでござるよ」
羽妖精侍女「ハイデス」

471 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/11(日) 22:50:21.61 ID:8sofY9MP
――14年前、夏、ある領主の館、広間
裕福な貴族「ほほう、これは賢そうな!」
貴族婦人「ええ、まさに英雄の相ですわ」
貴婦人「可愛らしい黒髪ね、小さな勇者さん」
勇者「えへへ〜」
老賢者「何をでれでれしておるのじゃ。きもいわ」
勇者「う、うるさいっ」げしっ
老賢者 ひょい 「甘いわ」 ぼこんっ
勇者「あうっ!」
裕福な貴族「賢者様、そんなにしからないでやってください」
貴族婦人「そうですよ。勇者さまは平和と繁栄の象徴。
 この世界の守護者なんですからね」
裕福な貴族「この年でもうすでに二十四音呪全てを使いこなすとか」
勇者 えへん
貴族婦人「素晴らしいことですわ。そのうえ、剣技においては、
 もはや大国の騎士団長クラスにも達するのでしょう?」
貴婦人「強いのですね、勇者様は」にこり
老賢者「強いか弱いかとは、
 何も技のみにて決まるわけではないですからな。
 この勇者は、いってみればまだ見習いでして。
 人を救う意味がわからない限り
 ケツはブルーのまんまでありつづけて青いあざが取れませんなぁ」
勇者「むー」
貴婦人「そんなことないわよね?」
勇者「うん! おれがんばるもん!」