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魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」
Part94


830 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/08(木) 20:13:17.56 ID:7lABGacP
王弟元帥「中央大陸には長い間安定して発展を遂げた歴史がある。
 それは農奴制と貴族社会、そして王族による統治を
 前提にしたものなのだ。
 その成果を否定することは誰にも出来ない。
 たとえ、その機構に弱点や汚点があったとしてもだ。
 わたしはそれらが無謬であるなどとは云わないよ。
 だとしても、この数百年人間はその中で栄えてきたではないか。
  その発展の歴史と、聖王国の軌跡は一致する。
 我はこの方向こそが正しいと信じるゆえ、これを堅持するのだ」
勇者「まぁ、そうだろな。新しいことは全部正しいってのは
 確かに言い分としてはおかしいわな。
 何かを新しく始めればそりゃ経験もないわ実績もないわ
 転んだって怪我をしたっておかしくはない」
王弟元帥「……」
勇者「だが“人間には失敗をする自由だってあるはず”ってのが
 まぁ、あっちの言い分なのだろう?」
王弟元帥「で、あれば、我にもまた同じだけの自由を持って
 現在の体制と機構を維持したいと願うことが許されるはずだ」
勇者「その言い分も、正しいな」
王弟元帥「理解してもらえるのならば、勇者。
 これは自由な意志を持つ者同士が
 自分の理を通そうとする激突なのだ。
 ――手出し無用に願おう」
聖王国将官「……」
勇者「……」
王弟元帥「ふっ。我に一理の正しさがあることは認めるのだろう?」
勇者「王弟元帥。ってことは、逆にあの娘が今までやってきた
 新しいこと……例えば、農地改革やら農奴開放やらにだって
 一理があるって事は認めているんだよな?」
聖王国将官「それは、どういうことですか?」

834 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/08(木) 20:22:54.61 ID:7lABGacP
勇者「新しいことが正しいとは限らない。
 それとまったく同じ理屈でもって
 古いことが未来永劫正しいとは限らない、ってことさ」
王弟元帥「理屈の上ではな。そう主張する“自由”はあるのだろう」
勇者「だからこそ、両者はその地平では対等だと?」
王弟元帥「如何にも」
勇者「どちらも人間で、どちらも対等だから、
 勇者である俺には介入するな、と。そう言うことだよな?」
王弟元帥「そうだ」
勇者「で、俺が介入しなかった場合、
 自由な意志を持つ両者の激突でもって事の是非をつけようと」
王弟元帥「我らが絶対善、絶対正義であるなどとは言わぬよ。
 しかし、この世界においては、自らの信じることを
 貫くためには力が必要な時もあるのだ。
 それがもっとも苛烈に試されるのが戦場であり
 その戦場に立った以上、彼女も戦士だ。
 性別や年齢などは考慮されるべきではない」
勇者「そりゃ仰せ、ごもっともだ」
王弟元帥「ならば」
勇者「ならば、の先はこうだ。
 ――王弟元帥。地上最大の英雄。
 “ならば”そのまったく同じ理屈を持って、
 つまりおのれの意を押し通すために、
 戦場で力を示そうとする輩……つまり、攻撃を始める軍を、
 勇者は勇者個人の自由な意志と信条を守り通すために、
 暴力で排除するぞ、とね」
参謀軍師「それはっ」
聖王国将官「勇者殿……っ」

839 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/08(木) 20:27:49.36 ID:7lABGacP
勇者「確かに云うとおり、人間同士、
 意見が異なることもあるだろうが、
 異なる意見を持つという自由はどちらにもあるんだろ?
 その辺は、教会よりも俺はあんたのことは買ってるよ。
 どっちの味方かと云えば、やっぱり王弟元帥がいいや。
  どっちに正義があるかは判らないこの世界で、
 その相違を解決するために話し合いをするつもりならば、
 俺は俺の上限を話し合いまでとさだめるし、
 もし暴力を解禁するのならば俺も暴力を解禁するよ。
  なぁ、王弟元帥」
王弟元帥「……」
勇者「恩着せる訳じゃない。
 どっちかって云うと、飯を奢って貰って恩に着ているのは
 俺の方であるべきだからな……。だけどさ」
聖王国将官 ぞくり
勇者「これは、王弟元帥だから云ってるんだぜ?
 判るだろう?
 聖鍵遠征軍の残り半分はさ。
 暴力を解禁しちまってるんだって事も」
王弟元帥「それは脅迫か、勇者?」
勇者「まさかー」
王弟元帥「勇者、ならばこちらも云わせて貰うが
 ここには数万のマスケットがあるのだ。
 勇者の戦闘能力がどれほどであろうと
 たった一人で軍も歴史もねじ曲げられると考えているならば
 それは思い上がりも甚だしいと云わせて貰わねばならん。
 被害は出るだろうが、我らは勝つ。
 その自信がわたしにはある」
勇者「ったりまえだ。そんな思い上がりはしちゃいない。
 暴力で解決するならば、喧嘩でみんな気持ちが変わるならば
 最初っからこっちは我慢なんかしちゃい無いんだよ。
 こんな面倒くさい問答なんてこっちだって本当は
 一番苦手なんだってんだよ。
 ……本当は飛んでいきたい気持ちなんだ。
 判れよ、この石頭どもめっ」

867 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/08(木) 21:07:53.38 ID:7lABGacP
――開門都市、防壁を囲む聖鍵遠征軍、遠征軍陣地
    ひゅるるる……どぉぉーん!!
      ひゅるるる……どぉぉーん!!
灰青王「一週間か。よく保つな」
観測兵「被害は観測できるのですが、補修を前提にしているのか
 落としきることが出来ません。せめて門を狙えれば」
灰青王「しかし門を落とすためには左右の突出防壁を
 何とかしないと、カノーネを近づけることが出来ない。
 そういう防御策な訳だ」
観測兵「はい……」
灰青王「判ったことは?」
観測兵「どうやら、あの防壁は石組ではなくて、
 巨大な土塁だと考えた方が良さそうです、
 土ゆえに衝撃を吸収して、基幹部が末広がりのために
 倒壊することもない」
灰青王「そしてあの傾斜か……」
    ひゅるるる……どぉぉーん!!
      ひゅるるる……どぉぉーん!!
カノーネ部隊長「灰青王閣下」
灰青王「どうした」
カノーネ部隊長「その、本日の砲撃のご指示を……」
灰青王「右辺突端部に砲撃を集中させよ。
 しかし、1/4は砲撃を散らして敵に安心感と休憩の暇を与えるな」
 
カノーネ部隊長「はっ。はい、その……」
灰青王「どうした?」
カノーネ部隊長「実は、カノーネ用の純度の高い黒色火薬が……」

868 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/08(木) 21:09:52.48 ID:7lABGacP
観測兵「……」
灰青王「後どれくらい残っている?」
カノーネ部隊長「このペースだと、あと3、4日ほどかと……」
    ひゅるるる……どぉぉーん!!
      ひゅるるる……どぉぉーん!!
灰青王「砲撃の手をゆるめるな。
 火薬の件を敵に知らせて希望を与えることは下策だ。
 火薬については、マスケット兵のものを再配分し、
 カノーネ用に供給をし直す。現在のまま砲撃を続けよ。
 右辺突端さえ破壊すれば、正門を崩して流れ込むことが可能だ」
カノーネ部隊長「はっ! 鋭意努力しますっ」
観測兵「……」
灰青王「ちっ。なんというしぶとさだ。
 瀕死の蛇のようにいつまでものたうち回り、見苦しい。
 開門都市など、もう実質的には陥落したも同然ではないか」
観測兵「灰青王閣下っ!」
灰青王「どうしたというのだ?」
観測兵「じつは、百合騎士団隊長が……」
灰青王「あの女が?」
観測兵「そのぅ。夜な夜な、銃兵どもを大量に集めて、
 集会とも、説教会ともつかないようなことをしているようでして」
灰青王「集会?」
観測兵「はい。精霊の宝は開門都市にあると。
 いまこそあの都市を落とさなければならない。
 そのためには光の信徒の心魂を捧げた奉仕が必要である、と」
灰青王「毒をもつ華、か……」
観測兵「いかがいたしましょう」
灰青王「その毒の香りが甘美であるのだから始末に負えぬ。
 ……放っておけ。いずれ俺がけりをつける」

882 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/08(木) 21:36:16.64 ID:7lABGacP
――開門都市、慌ただしい市内、大通り
がやがや……
  がやがや……
魔王「どうだ? 不足している物はないか?」
人魔商人「魔王様っ!? こんなところへいらっしゃらないでも、
 庁舎で休んでいてくださればいいのに!」
魔王「あそこにいてもやることなど無いのだ。
 防壁への登り口はこっちか?」
人魔商人「そうです、はいっ」
ひゅるるる……どぉぉーん!!
  ひゅるるる……どぉぉーん!!
土木師弟「泥濘に石灰を混ぜろっ! 上から応急で流し込んでおけ」
巨人作業員「わがっだ……」
蒼魔族作業員「こっちにも石灰をくれ!!」
人間作業員「いま運ぶっ。台車をまわせぇl」
魔王「どうだ?」
土木師弟「はっ。はいっ」びしっ
魔王「緊張しないでくれ。世話をかけているのはこっちだ」
土木師弟「正直、そろそろ限界です。
 いつ破れてもおかしくない場所がいくつもあります。
 疲労が浸透して、基幹部分にもひびが入っている。
 一応それらしく見せかけてありますから、
 敵の攻撃が集中して無くてごまかせていますけれど……。
 東側は特にまずい。工事の時にも一番後回しにした部分で、
 最初から張りぼて同然だったんですよ」
東の砦長「東側、か……」

883 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/08(木) 21:37:25.82 ID:7lABGacP
ひゅるるる……どぉぉーん!!
  ひゅるるる……どぉぉーん!!
魔王「逆に、まだ強度に余裕があるのはどのあたりだ」
土木師弟「南西の神殿付近ですね。あの辺はまだ攻撃を
 受けてはいないし、最初から防壁の厚さもある。
 あそこならいままでの砲撃を受けても、まだ一週間は耐えられる」
魔王「それでも一週間、か……」
人間長老「魔王殿、このままではこの都市は……」
魔王「沈んだ顔をするな、長老どの。
 まだ決着がついたわけではない。勝負はこれからだ」
人間職人長「しかし、たとえ一週間を耐えても、
 一月を耐えても、いずれは時間の問題で……」
魔王「大丈夫だ。まだ……。まだ、手はある。
 火竜公女!」
火竜公女「はい」
魔王「すまぬが、これを火竜大公に渡してきてはくれぬか?」
人間長老「それは……?」
火竜公女(この書状は……白紙……!?)
魔王「援軍の要請だ。魔界は広い。この都市を救うだけの兵力は
 いくらでも残っている。我らはそれまでの時間を稼げばよい」
火竜公女(そんな兵力があるわけはないではありませぬか。
 たとえあったにしても……。
 半日で三万の屍を築いたあのマスケットの前に、
 どのような長が兵を送ることが出来ましょう。
 だから魔王どのは白紙の書状を……)
東の砦長「済まないな。兵を全部おっぽり出しちまって。
 義勇軍のみんなには苦労をかける」

885 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/08(木) 21:39:20.57 ID:7lABGacP
人間の義勇兵「まぁ、いいってことよ。
 こうやって防壁の修理や
 投石機でたまにお返しをするぐらいしか、
 俺たちは役に立てないんだからな。
 剣を振ることも馬に乗ることも出来ない俺たちには」
竜族の中年女「そうだねぇ! あっはっは。安心おしよ!」
竜族義勇兵「夜になったら、
 また防壁にうまった砲弾を掘ってきてやろう。
 連中達は自分が撃った砲弾が
 投石機で投げ返されてさぞや悔しいだろうよ!」
魔王「うむ。もう少し辛抱してくれ」 にこにこ
人間長老「はっ。魔王様。お心のままに!」
人魔商人「よぉっし。わたしも倉庫を整理して、
 どんな食料が出せるか見てみようじゃないか」
人間職人長「兵隊さん達が出ているから、
 食糧の備蓄は十分ですね。二ヶ月でも三ヶ月でも保ちましょう」
ひゅるるる……どぉぉーん!!
  ひゅるるる……どぉぉーん!!
火竜公女「……」ぎゅっ
東の砦長「姫さん、今晩にでも」
火竜公女「……え?」
東の砦長「爺様の元へと行くんだろう? “安全に届けよ”って
 魔王殿にも云われている。数は少ないが護衛をつけよう」
火竜公女「はい……」
魔王「さぁ! 暗い顔をするな! 
 ここは自由の街開門都市ではないか!
 この街を護りきるのだ! 明日のためにっ!!」

892 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/08(木) 22:14:38.90 ID:7lABGacP
――魔界、南部、旧蒼魔族領地辺境部、野営地
傭兵弓士「苛々するなぁ……。もう5日だぞ」
ちび助傭兵「うん」
メイド姉「根を詰めては持ちませんよ」
傭兵弓士「そうは云ってもな……。神経がすり減るよ。
 こっちは、だって100名もいないんだぜ!?」
ちび助傭兵「それで3万の聖鍵遠征軍を足止めして、
 あの領地を守りきるだなんて、頭がおかしくなりそうだ」
メイド姉「別に100名が千名でも1万名でも、
 負ければ全滅しちゃうんだから同じですよ」にこり
ちび助傭兵「爽やかな顔で絶望的な事言うなよっ!」
若造傭兵「やれやれ」
生き残り傭兵「まぁ、もう勝ったようなもんだがな」
メイド姉「はい」
傭兵弓士「そうなのか!? だって結局交渉では譲って
 食糧の無償供給までしちゃったじゃないか」
貴族子弟「それはあまり関係ありませんよ」
生き残り傭兵「考えても見ろよ。
 もしも俺たちがれっきとした大国の軍勢の
 一部だったとしてだぜ?
 たかが百騎で300倍の軍を五日も足止めしたんだ。
 あいつらが今からどこへ行こうと一週間は行軍に遅れが出る。
 これが勝ちじゃなくてなんだってんだ」
貴族子弟「そうゆうことです」
メイド姉「機怪族の皆さんの待避も進んでいるでしょうね」

893 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/08(木) 22:16:30.38 ID:7lABGacP
生き残り傭兵「5日もあれば、ずいぶんましだろう。
 食料の持ち出しや隠蔽、
 鉱山の閉鎖などもやってくれているはずだ」
器用な少年「すっげーハッタリだな」
貴族子弟「外交なんてそんなものです」
メイド姉「ハッタリだけじゃありませんよ?
 信じた気持ちの強さが言動になるんです。
 自分の命を掛けないと他人を説得は出来ません」
器用な少年「すげぇ格好良いけれど、それってある意味
 “キチ○イだから無敵です”に聞こえるよなぁ」
貴族子弟「師匠もおおむねそんな感じでしたしねぇ」
メイド姉「あらあら。自分には実感ないんですが」
傭兵弓士(小声)「実感があったら余計にマズイだろう」
メイド姉「でも、あの方とは戦をしたくないですね」
貴族子弟「王弟元帥と?」
メイド姉「はい」
生き残り傭兵「ってことは、代行の姉ちゃんにも
 怖い相手がいるのか?
 さすがにあの威厳と意志の硬さは、歯が立たないか」
メイド姉「いえ、それは怖いですけれど……。
 怖いけれどためらう理由にはならないですよ。
 負けるのならばそこまで悩む必要さえないんですから。
 ただ、あの方にはあの方なりの正義があるのでしょう。
 わたしの決意とは道が違いますけれど
 でも、だからと云って、
 わたしにはあの方の正義を間違っていると云えるだけの
 資格は無いんです。
 あるいはあちらの正義の方が
 世界にとっては良いのかも知れないんですから」

894 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/08(木) 22:17:42.12 ID:7lABGacP
傭兵弓士「……」
メイド姉「わたしは別に聖鍵遠征軍が憎いわけでも
 壊滅させたいわけでもないです。
 出来れば、聖鍵遠征軍の人にだって死んで欲しくはない。
 本当はもっと別の形で争えれば良かった。
 戦以外の形で。
 戦をしてしまうと、喧嘩が続きません。
 片方が死んでしまいますから。
 あの方には喧嘩友達が必要なのじゃないかと思います」
貴族子弟「……」
メイド姉「生意気なことを云ってしまいましたね」くすっ
傭兵弓士「いや、判らないじゃないよ」
生き残り傭兵「そうだな」
器用な少年「そうなのか? さっぱり判らないぞ」
貴族子弟「少年には、早いかも知れませんね」
生き残り傭兵「まぁ。俺たちは傭兵だからな。
 戦場がなければ、食いっぱぐれちまうし、
 仕事が無くなっちまうってのはもちろんあるんだが、
 それ以上に、なんていうか、要らないやつになっちまうんだよ。
 だから何となく判るのさ。
 自分の居場所を定めたやつは、その自分の居場所では
 自分を曲げるなんて事は出来ないし、やっちゃいけないんだ」
器用な少年「要らないやつ?」
貴族子弟「あの方はあれでもまぁ……。
 どうにも始末に負えないながらも
 聖王国の屋台骨ではあるのでしょう。
 現在の中央諸国家は
 長く続きすぎた歴史の中で、若い人材が払底している。
 彼もまがりなりにも英雄と呼ばれる男ですからね。
 ああいう風な生き方でもしない限り自分が立たないのでしょう。
 あの方なりに守るものがあるんですよ。
 要らないやつにならないためにも」

903 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/08(木) 22:48:54.14 ID:7lABGacP
――魔界、南部、旧蒼魔族領地辺境部、王弟軍
バサッ! バササッ!
王弟元帥「どうした?」
参謀軍師「本陣から早馬による急使です」
聖王国将官「内容は」
参謀軍師「それはまだ。書状ですので」
王弟元帥「読もう」
ガサッ。シュルシュル……
王弟元帥「……。……ふむ」
参謀軍師「いかがしましたか?」
王弟元帥「都市攻略の遅れだ。
 魔族軍が開門都市内部に撤退してからすでに一週間。
 火薬と食料が徐々に切迫してきた。
 食料は後方陣地から順次送ればまだまだ持つだろうが、
 連続してカノーネを使うのは、莫大な量の火薬を消費する」
参謀軍師「はい。前の早馬によれば、
 昼夜を分かたぬ連続砲撃により、住民の交戦意欲そのものを
 へし折ると、そのように云ってましたが」
聖王国将官「古来、城塞の攻略は力で攻めるのは下策であり、
 これに篭る人の心を攻めることをもって上策とする。
 と云います。灰青王閣下の判断は間違いではないかと」
王弟元帥「間違いではないが、間違えでなければ
 それで勝てるとも限らぬのが戦だな」
聖王国将官「確かに。……苦戦でしょうか?」

904 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/08(木) 22:51:39.05 ID:7lABGacP
王弟元帥「しかし、これは灰青王の手落ちと云うよりも、
 カノーネの連続砲撃を一週間にわたり凌いだという
 開門都市の魔族軍の手柄、と褒むべきかな。
 この目で見ていないこともあって信じがたいが……。
 いったいあのカノーネの砲撃をどのような防壁と
 どのような指揮を持って一週間もの間
 凌ぐことが出来るのかとな」
参謀軍師「まことに。100門のカノーネは、平均的な城壁を
 数時間で破壊することが出来るというにもかかわらず」
聖王国将官「やはり魔界の技術ですか」
王弟元帥「いいや、それにもましてこの場合驚くべきは
 開門都市に籠もった軍と民衆の士気の高さだろう。
  一週間にもわたる砲撃で、周囲との連絡も絶たれ
 補給もままならず、しかも直前の開戦では
 軍の半数あまりが壊滅したのだぞ。
 おそらく街中には負傷者や半死人が溢れているはずだ。
 士気は悪化して、降伏論や自決論も出るだろう。
 争いや喧噪が絶えず、絶望感が蔓延し、
 次第に立ち上がる気力さえもなくなっていくのが
 攻城戦、都市攻略線の常の姿だ。
  いくら強力な防壁があったとしても、
 それで軍と市民の士気を維持できるほど
 攻略戦、防御戦は生ぬるいものではない」
参謀軍師「書状にはなんと?」
王弟元帥「一刻も早い帰還を望む、とのことだ」
聖王国将官「都合の良いっ」 だむんっ!!
王弟元帥「手持ちのカノーネ用火薬の半分以上を使い切ってしまい
 焦りも出てきているのだろう。
 硝石さえあれば、残りの硫黄や木炭はなんとか都合が
 つかなくもないが、硝石だけは貴重品だ。
 もし今砲撃をゆるめようものならば、
 物資の不足を魔族に悟られて希望を与えてしまう。
 それですぐさま勝敗が逆転するというものでもないが
 士気が上がったあの都市はさらに落とし難くなるだろうからな」

906 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/08(木) 22:53:55.92 ID:7lABGacP
聖王国将官「しかし我らも硝石を手に入れるどころか、
 旧蒼魔族領地の辺境部でこうして
 無為な時間を過ごしているわけですし」
参謀軍師「無為とは言葉が過ぎるぞ。聖王国将官どの。
 我らがこうして勇者殿とあの学士を相手にどれだけ
 微妙な舵取りを要求される交渉を続けているかも知らずに」
王弟元帥「こうして我らの足止めをしていると云うことも
 あの学士の目的の一つなのだろうがな……。くくくっ」
参謀軍師「それは……。しかし」
王弟元帥「いいや、これは痛み分けと云えるだろうさ。
 こちらにも兵力を全面で使えない代わりに、
 向こうも譲歩せざるを得ない。
 現に食料を馬車200台分に渡って無償供与を約束させた。
 そして我らがここにいることで、
 あの学士の軍――南部連合の秘密遠征軍も
 その動きが封じられている。
 魔族との平和条約を締結した以上、
 南部連合が魔族に援軍として現われる可能性は
 無いとも云えないのだから。
 そしてそれ以上に、勇者は、この場所を離れることが出来ない」
聖王国将官「しかし、その判断も、灰青王閣下の遠征軍指揮により
 開門都市が攻略が速やかに成れば、の話」
王弟元帥「仕方あるまい。こちらが向こうに頼りたければ
 向こうもこちらに頼りたいのだろうさ」
参謀軍師「本軍は我らが持ち帰る硝石と補給を必要とし、
 我らは本軍があの都市攻略を成功させれば、
 その既成事実を足がかりに、有利な交渉展開、
 もしくは勇者の制止をも振り切った強攻策が取れるのですが」
聖王国将官「千日手、ですね」
王弟元帥「……広範囲斥候の報告次第では移動を開始するぞ。
 硬軟両面に備えて準備を進めるのだ」