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魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」
Part92


594 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/07(水) 21:45:09.10 ID:Oxb903Uo
商人子弟「まず考えられるのは
 “戦争を行ないながらも、その費用を他者へと
 押しつけられる存在が行なう戦争”です。
 押しつける方法は協定でも陰謀でも圧力でも権力でも構わない。
 戦費を全て他者に押しつけることが出来るのであれば
 戦争というのは、確かに魅力的な巨大消費です。
  自分から戦争を仕掛け、しかし戦費は他者の財布に
 回せるとしたら原理的には無限に財産を殖やすことさえ可能です。
 古の時代、略奪を目的に行なわれていた戦争とは
 これに当たります。略奪という形で戦費をまかなっていたのです。
 これは現在でも、敗戦側の賠償金という形で存在します。
  賠償金のもっと進んだ形で考えるのならば
 恫喝的外交があげられます。
 つまり、戦争をするぞという脅しで他者からお金を巻き上げる。
 実際銃弾や遠征費、食料を一切使わずに、
 利益だけを得ることが出来るので、非常に効率がよい。
  いうまでもないことですが、これらの行動のためには
 強大な軍事力、もしくは少なくとも軍事力に繋がる
 権力基盤が必要です。
  明らかですが、我らは現在戦争を仕掛けてはいませんし
 恫喝的外交を行なう方針も一切持ち合わせていません。
 ゆえに、この手法で利益を上げるという可能性は、
 まったく考慮しなくて良い」
鉄腕王「ふむ」
赤馬武王「それはその通りだろうな」

595 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/07(水) 21:47:27.91 ID:Oxb903Uo
商人子弟「次に考えられるのは、
 戦争の当事者ではない、または関係の薄い第三者が、
 自国の商品を戦争の当事者に販売をする場合です。
 これは明からですね。
 わたしは、戦争は経済活動として論外だと思いますが
 一級品の消費活動ではある。
 ありとあらゆる物資がそこでは消費されます。
 ですから、自国が被害を受けない状態が
 保証されているのならば魅力的な市場たり得る。
 “特需”などと呼ばれる現象がこれに該当します」
梢の君主「それがまさに今の南部連合の位置ではないか」
軍人師弟「……っ」
梢の君主「中央諸国と魔族軍の戦いによって、
 南部連合の様々な物資が売れている。
 銅の国からは木炭を売って欲しいという嘆願書が、
 秋の雨のような勢いで降ってきているほどだ」
自由都市の領主「……しかし」
商人子弟「そうですねー。そうとも云えなくはないですけどねー」
軍人師弟「……」ぶるぶる
梢の君主「経済、税収面から見れば、
 ここは傍観するのも手段としてはあり得ると発言させて頂く」
冬寂王「だが」
がたんっ
軍人師弟「どこからわれら南部連合は部外者になったでござるか?
 蔓穂ヶ原では遠征軍の銃撃に倒れた者もいたのを
 忘れてしまったでござるか?
 いや、遺恨で派兵を求めるわけではござらん。
 ござらん、が。
 ――そもそも、我らは第三者なのでござるか?
 いま交戦していないだけの当事者なのではござらんか?
 われらは幸運にしていま攻め込まれていないでござる。
 だからこのような会議も開いていられる。
 しかし、我らの安全は誰が保証してくれるのでござる?」

598 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/07(水) 22:09:42.42 ID:UGv5Hk.P
赤馬武王 こくり
軍人師弟「あのマスケットの向けられる先が
 我らでなかったことに理由などござらん。
 いや、正確には理由はあるのでござろうが、
 それは中央諸国と教会の気まぐれ以上の理由などではござらんよ。
 蒼魔族はたしかに我ら三ヶ国にとっては大きな試練でござった。
 あのとき我らの軍は全滅する可能性さえあったのでござる。
  しかし、いまの聖鍵遠征軍はその蒼魔賊軍の5倍の数でござる。
 軍の危機ではない。
 この南部連合の、民の一人一人にいたるまで
 それこそ炉辺で精霊の迎えを待つ老爺から、
 生まれたばかりの幼子まですべての民の危機でござる。
  なんとなれば、6万の蒼魔軍は我らの軍を
 滅ぼすことが出来たかも知れませぬが
 30万の聖鍵遠征軍は、われらの王国全てを
 地上から抹消する事さえ可能だからでござる。
  けして危機感を煽り立てたい訳ではござらんが、
 拙者は軍人でござる。そこにある危機を、
 しかもいつこちらに向けられるか判らぬ危険を放置し、
 警告さえしないわけには行かないのでござる。
  各々がたに再考を求めるでござる。
 出来れば、その時、ほんのわずかでも、
 あのときの魔族の軍の支援で救われた人々もいるという事実も
 心に留めておいて欲しく、伏して願う次第でござる」
梢の君主「……」
商人子弟「さて、では現場から付け加えることはもう一点あります。
 おい、フリップ」
従僕「はいっ!」 しゅたん

600 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/07(水) 22:11:26.31 ID:UGv5Hk.P
商人子弟「さて、今回の聖鍵遠征軍は我ら人間がかつて経験した
 どの戦よりも長距離の遠征であり、最大級の規模です。
 また、マスケットの登場により、いままでの戦争にはなかった
 種類の費用が発生することになりました。
 マスケットは、おそらく農奴の短期的な鍛錬により
 編制された歩兵軍です。そのためにこれだけの人数が
 騎士や用兵に比べれば遙かに安価に集められたわけですが
 逆に言えば、戦争をしている期間中ずっと食料を消費し続け
 いざ合戦となれば火薬と弾薬を垂れ流す存在となってしまった。
 次たのむ」
従僕「はいっ!」 しゅたん
氷雪の女王「っ!?」
梢の君主「なっ!?」
商人子弟「これが、現在推定される聖鍵遠征軍の維持費です」
鉄腕王「これは……」
商人子弟「そうです。べらぼうな額ですよ。
 我々がいままで経験してきたどんな戦争でも
 見たことがない数字です。
 戦費の増大は予想していましたが。
 金貨にして一億三千万、しかもそれは月あたりです。
 さて、この戦費を如何に徴収するか。
 戦争がきわめて短期間に、例えばいまから一ヶ月以内に遠征軍の
 全面的勝利で終われば、魔界からの領土割譲や賠償金などで
 打ち消せる可能性はあります。しかし、長期化するならば
 それさえも焼け石に水になるでしょう。
  次に考えられるのは、八代前に西方諸王国が行なったような
 “戦争税”の導入です。これは一時的な効果が望めるでしょう。
 しかし、ここで考えて欲しいのは、各国共に働き盛りの年齢の
 男性の少なくない割合が、マスケット兵として遠征軍へ
 参加しているという事実です。
 小麦にしろ林業、漁業、そのほかにしろあらゆる産業の
 生産量は減少している。その状況下で重税を長期にわたって
 支えることは不可能とは云えないが、非常に大きな重圧を伴う」
軍人師弟「商人……」

601 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/07(水) 22:14:33.53 ID:UGv5Hk.P
商人子弟「もちろん死人は物を食べませんから、
 戦争が長期化するにつれ、戦費は徐々に低下していくでしょうが
 負債というのは消えるものではない。
 医薬品や身代金が必要になる局面もあるでしょうね。
 とすると、この軍を維持するためには
 “維持するための戦争と勝利”が必要になる。
 なぜって、軍というのは戦争をするための物で、
 基本的には戦争をしない軍は無駄飯ぐらいな訳ですからね。
 この場合、先の恫喝的外交なども戦争に入るわけですが……。
  そう考えると、我々が直面している現実は、
 安全とはほど遠いと云えるかと思います」
葦の老王「長期的に考えて、我らがまったく巻き込まれない
 可能性を商人子弟殿はどの程度と見積もっておられる?」
商人子弟「ゼロです。論外だ。我らは異端指定を受けてるんですよ」
梢の君主「……っ」
自由都市の領主「そ、それでは滅亡ではないか」
商人子弟「いえ、それは違います。巻き込まれない可能性は
 ゼロですが、何も軍事的な意味に限定したわけではありませんから」
葦の老王「では、軍事的な意味では?」
商人子弟「さて」
軍人師弟「このまま頭を低くしていれば、三割程度かと」
葦の老王「三割……」
軍人師弟「でもそれは、中央の聖王国や教会に
 毎年のように莫大な上納金を納め、奴隷のような国家になった
 上での三割でござるよ」

602 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/07(水) 22:16:37.88 ID:UGv5Hk.P
赤馬武王「ずいぶん偏った意見ではあると思うが
 わたしはおおむね真実ではあると考える。
 我らはそもそも中央の圧政を嫌い、その横暴を嫌い連合に
 身を投じたのだ。
 後退をするつもりなら最初から参加をしなくても良かったのだ」
葦の老王「……」
湖の女王「そうですね。生き残るための道を模索せねば」
冬寂王「いかがだろう、諸王よ」
商人子弟「……」 軍人師弟「……」
鉄腕王「我ら鉄の国は、魔界へ軍を送るべきかと考える。
 いまであれば、魔族の一部とは少なくとも対話が出来るのだ。
 もし軍事的な意味で決着をつけるのならばいまを置いて
 他に道はないと考えるし、
 仮に何らかの話し合いにより決着をつけるにしても
 一定の軍事力を背景にしない限り、
 耳を傾けてもらえるとは思わん。
  さらに云えば、我ら鉄の国はさる遠征の部隊となった国で
 遠征軍のマスケット兵団に攻撃を受けた国でもある。
 相手が魔族とはいえ、その魔族に救われたのも我が国だ。
 わだかまりがない、とは云わぬ。
 しかし、恩を忘れるような国にはなりたくない。
 国民もそのように望んでいると理解している。
 我が国の意見は、派兵だ」
赤馬武王「我が国の意見も派兵だ。聖鍵遠征軍の脅威は理解した。
 決着をつけるにせよ、その時期が早い方が良いと云うこともな」
氷雪の女王「我が国は、残念ながら派兵には賛成できません。
 そもそも、派兵するだけの余力がない。しかし、聖鍵遠征軍の
 脅威は理解しました。それ以外の方法の模索を提案します」
自由都市の領主「我らもいわば棄権です。
 わたし達自由港益都市は
 そもそも派兵と呼べるだけの兵を持っていない。
 しかし、現在の独立を捨てるつもりもまったくありません。
 輸送船団および、金銭、物資的な側面支援をもって
 状況に対応すべきかと思います」

603 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/07(水) 22:19:18.15 ID:UGv5Hk.P
葦の老王「我が国も派兵するだけの余力は、現在のところ無い。
 しかしそれでも、この場合は派兵に賛成と云うておかねばならぬ。
 義勇兵を募ることも視野に入れよう」
湖の女王「そうですね。我らは王宮騎士団、および魔法兵団の
 参加も検討しましょう。もちろん戦争を避けるための方法を
 限界ぎりぎりまで模索した上でのことですが」
梢の君主「しかたあるまい。一度戦争が始まってしまえば
 我らには破滅以外の道は残されていないと云うことは判った。
 わが梢の国も、介入に賛成しよう」
冬寂王「戦争は悪であると考えるが、身を守るためには
 善悪にかかわらずそれを行使する必要もあるだろう。
 我らも被害を最小限にするために、派兵に賛成する。
 続いて規模についてだが、
 これについては、各国の事情もあるであろう。
 どのような形で、どれくらいの兵力の提供が可能かを
 各国検討に入って欲しい。
 第一報を今夕までにお願いしたく思う。
  派兵軍総大将だが、わたしとしては鉄腕王を推す。
 異論がある方はいらっしゃるだろうか?」
赤馬武王「前線司令官を何人か推挙させてもらえるのならば
 異論はない。いままでの司祭あること、適切かと思う」
葦の老王「異論はありませんな」
梢の君主「その武勇の鳴り響くところ。相応しいかと存ずる」
自由都市の領主「異論などとんでもない」
    軍人師弟「騎士師匠はどうしたでござる?」
    商人子弟「爵位はあっても、家臣じゃないからね。
     そこまでの拘束力はないんだ」
    軍人師弟「へ?」
    商人子弟「修道院騎士団と義勇兵をまとめて
     とっくに出発しちゃったよ」

624 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/10/07(水) 22:58:58.94 ID:UGv5Hk.P
――開門都市、城壁を囲む聖鍵遠征軍
灰青王「どうだ?」
観測兵「もうしわけありません。
 まさか後方からの直接奇襲などと」
灰青王「いいや、かまわん。猊下の移動天幕を狙われたら
 構わんからな。そこを護りきっただけで上等だ。
 打撃の方も上々だろう。報告はあがったのか?」
観測兵「おそらく、魔族軍の損害は3万に迫るかと」
灰青王 にやり
百合騎士団隊長「灰青王さま、いかがでした?」
灰青王「敵の損害は3万。およそ半数を削った」
従軍司祭長「半数ですと? 全滅させると仰ったではありませんか!?」
観測兵「ちっ」
灰青王「そう言わないでほしいなぁ、まったく。
 ある一定の規模の軍がその戦闘能力を維持するための
 損害許容の割合はおおよそ三割と云われている。
 半分も倒れた魔族の軍は、もはや事実上壊滅だ」
百合騎士団隊長「ふふっ。魔族。……壊滅」 とろん
灰青王「続いて都市攻略戦に移る。銃兵部隊に護衛を命じる。
 カノーネ部隊、砲撃位置へと急げ!
 輜重部隊および後方部隊は宿営地の建設を急げっ!」

625 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/07(水) 23:00:18.05 ID:UGv5Hk.P
――開門都市、城壁の上、防御部隊
獣人軍人「日が暮れる! 急げっ!」
土木師弟「灯心に火を灯せっ」
ぽやぁ
巨人作業員「……明るいな」
義勇軍弓兵「これは?」
土木師弟「ガラス鏡だよ。さぁ、撤退作業の支援を。
 土木班は、土嚢を積み上げろ! 油と丸石の積み上げも忘れるな」
巨人作業員「わかったぞ……」
義勇軍弓兵「開けてくれ! 開けてくれぇ、けが人だ!!」
人間作業員「ダメだ、これじゃ人が溢れちまう」
土木師弟「神殿回廊の門を全て開けろ! 丘を取り巻く
 幅の広い参詣道は天幕を張れるように拡張してあるっ」
ひゅるるる……どぉぉーん!!
    ひゅるるる……どぉぉーん!!
巨人作業員「っ!」
義勇軍弓兵「なっ! なんだ、あの音はっ!?」
どごぉぉーん!!
土木師弟「落ち着いてっ! あれは“砲撃”ですっ。
 火薬で鉄の弾を撃ち出す火砲の巨大な物ですっ」
人間作業員「なっ。大丈夫なのか、俺たちはっ」

626 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/07(水) 23:02:09.25 ID:UGv5Hk.P
土木師弟「よく聞いてくれ! この防壁は丈夫だ。
 十分な厚さを取ってあるし、砲弾をそらす傾斜を備えている。
 この事態も前提に設計してある。
 時間は少なかったが防衛施設や塹壕も準備されている。
 だから、落ち着いてくれっ!」
巨人作業員「そうだぞ……」
人間作業員「俺たちの設計士様は嘘はいわねぇ!」
義勇軍弓兵「そっ、そうかっ?」
土木師弟「まずは手分けだ! 義勇軍は、傷病兵の
 受け入れをたのむ!」
獣人軍人「こころえたっ!」
 義勇軍弓兵「行きましょう隊長っ!」
ひゅるるる……どぉぉーん!!
    ひゅるるる……どぉぉーん!!
人間作業員「俺たちは?」
土木師弟「土木班は監視だ。かといって、神殿の大鐘楼はまずい。
 あれは良い的だし、石造りでそこまでの強度はない。
 防壁城の監視所から敵陣を観測してくれ。
 たいまつは灯すなよ、目をつけられるっ」
人間作業員「判った!」
 たったったったった
土木師弟「それ以外は物資の搬入を急げ。
 滑車壺で水のくみ上げもさせてくれっ。
 今晩はおそらく一晩中砲撃が続くだろう。
 交代要員の編成も行なう! えーっと。臨時本部を
 どこにおけば良いんだ!?
 畜生っ。俺はただの土木技師なんだぞっ!!」

627 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/07(水) 23:03:51.54 ID:UGv5Hk.P
――開門都市、城壁を囲む聖鍵遠征軍
灰青王「どうだ?」
観測兵「……第三波着弾を確認とのことっ。
 しかし目立った損害を観測できません」
百合騎士団隊長「どういう事です?」
灰青王「どうやら普通の城壁ではなさそうだ。
 あの黒くうずくまったような不細工な外見は、
 どういう理屈かは判らないが火砲への防御をも可能にして
 いるらしいですな」
百合騎士団隊長「事前の試射では、現存するどのような
 防壁や城壁であれ3時間の砲撃で壊滅できると
 仰っていたではありませんか」
灰青王「ここは魔界ですから。
 人間界での試射の成果に過剰にこだわると
 足下をすくわれるでしょう。
 目の前で起きていることを認めた方が、手間がない」
    カノーネ部隊長「撃てい!!」
    カノーネ兵「はっ!」
    ひゅるるる……どぉぉーん!!
      ひゅるるる……どぉぉーん!!
百合騎士団隊長「しかし」
灰青王「それならそれで、手は他にもある。
 兵力、兵数の差が戦場を変えるという実例をお見せしましょう。
 カノーネ部隊っ!」
カノーネ部隊長「はっ!」
灰青王「部隊を4班編制にするのだ。
 あの防壁に間断無い砲撃を加えよっ。
 あれなる魔族の街から、安らかな夜の眠りを奪い去れ!!」

644 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/07(水) 23:26:46.64 ID:UGv5Hk.P
――開門都市、騒がしい市街、路上に張られたいくつもの天幕
「ううっ。足がぁ」 「焼けるっ。傷が」
「ぐぅうううぅううっ」 「痛む。誰か、誰かっ」
「水をお願いだ。一杯だけで良い……。水を……」
魔族娘「どんどんお湯を沸かして! 傷の浅い人は応急手当と
 包帯、場合によっては縫合してくださいっ」
人間の市民「湯だぁ!?」
魔族娘「ごっ。ごめんなさい、ごめんなさいっ。
 偉そうに支持をしちゃったりしてごめんなさいっ」ぺこぺこ
竜族の中年女「なにすごんで見せてるんだいっ!
 この子はこの神殿治療院の責任者なんだよ!!
 湯だね? 任せておくれなっ」
衛生兵「通りますっ! 通りますよっ」
魔族娘「はっ、はい、ごめんなさいっ」こけっ
連絡兵「魔族娘さん、自治院解の倉庫から、布の運び出しが
 終わりましたっ。どうしましょうっ」
魔族娘「えっと、そ、そうですね……。その……。
 ひ、ひ、人手をっ」
連絡兵「人手ですね? 判りました、義勇軍にお願いして参ります」
 たったったっ
魔族娘「ご、ごめんなさい、ごめんなさいっ」わたわた
腕を失った獣人男「そこの嬢ちゃん」
魔族娘「ひっ!? ごめんなさいっ」
腕を失った獣人男「悪いな、ちぃと、そっちの端っこを持ってくれ」

647 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/07(水) 23:28:41.36 ID:UGv5Hk.P
魔族娘「包帯ですね。ま、ま、巻きます。
 任せてください。……へ、へたくそですが」
腕を失った獣人男「適当でかまわねぇよ。どうせ片腕なんだ」
魔族娘「すいません、すいませんっ」
ぎゅ、まきまき
腕を失った獣人男「ぷはぁ。……嬢ちゃんも酒飲むか?」
魔族娘「だ、だめですよっ! お酒なんか飲んだら
 血が止まりませんよっ!!」
腕を失った獣人男「うるせぇやい。飲まないでなんの戦だ」
魔族娘「だ、だだ。ダメに決まってるじゃないですかっ!
 片腕なんですよ!? また出るつもりなんですかっ!?」
腕を失った獣人男「ったりめぇだ。俺たちは止まりはしねぇ。
 こいつは弔い合戦なんだ。さぁ、くっちゃべってないで
 早いところ、俺の腕を固めてくれ。
 出来れば鉄の棒でも結わえ付けて欲しいくらいだ」
ぎゅ、ぎゅっ
魔族娘「……うう」
ぎゅっ。ぎゅっ。
腕を失った獣人男「ありがとうよ」
魔族娘「……なにも出来てないのに。
 ごめんなさいしか云えないのに」
腕を失った獣人男「じゃぁ、これからすりゃぁ、いいじゃねぇか。
 おれたちだって、これからやらかしてやるんだからよ」

648 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/07(水) 23:29:56.26 ID:UGv5Hk.P
――開門都市、自治委員会、兵舎
カッカッカッカッ!
「魔王様っ!」 「魔王さまぁっ!!」 「魔王様のご帰還だ!」
人間長老「よくぞご帰還されてくださった!」
人魔商人「魔王様、良くご無事でっ」
魔王「心配をかけたな。……軍議だっ」
カッカッカッカッ!
副官「大将。こいつは、ぼろっちくなっちまって」
東の砦長「ふっ、お互いになっ」 どんっ
副官「ご無事で。……良かったです」
東の砦長「ふんっ。無事とは喜べないがな」ぎりっ
火竜公女「魔王どのっ」さっ
カッカッカッカッ!
魔王「戦の最中だ。だが、無事で良かった。お互い」
火竜公女「はい」
魔王「誰ぞあるかっ! 防壁の責任者を連れてこいっ。
 あの防壁を設計した男じゃ。
 寝ぼけたような顔をした鬼呼の大男のはずだ。
 ぐだぐだ抜かしたら構わんから
 赤い瞳が定規でひっぱたくと云えば大人しくなるっ。
 連れてこいっ」
鬼呼の姫巫女「鬼呼の……?」

649 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/07(水) 23:31:08.94 ID:UGv5Hk.P
紋様の長「魔王どの、その男とは?」
魔王「昔、しばらくの間いろいろなことを教え込んだ男だ。
 もしあのまま研鑽を重ねているのであれば、
 きちんと手抜きのない防壁を作り上げておるだろう。
 もし期待通りだとすれば、
 この防壁の強度はこの戦役の生命線となる」
人間長老「……なんと!」
副官「あの方が、魔王様の、弟子?」
火竜公女「あまり値切るのではなかったかもしれませぬ」
がちゃり
魔王「さて、自治委員会の諸卿」
人間長老「はっ」
人魔商人「はいっ」
魔王「わたしがいない間、大きな心配と多大な負担をかけた。
 すまなかった。そして、ありがとう。わたしの見込みの
 甘さからこのような事態を招いたことを謝罪する」
人間長老「いえ、これは……その」人魔商人「人間族のせいです」
副官「……」
魔王「その責を問うのは生き延びてからにしよう。
 紋様の長よ」
紋様の長「はっ」
魔王「傷はどうだ?」
紋様の長「いま少し時間をもらえれば、戦場に立ってご覧に入れる」