Part56
225 :
以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/09/23(水) 16:22:35.33 ID:OGIpmW2P
勇者(……こいつの統治センスってのは、切れ味あるな)
東の砦長「だから、そうではないってあたりを
今から意識しておかなきゃまずい。
蒼魔の一族だけなら、全面戦争になれば勝てない
相手じゃないのだろう? だったらなおさらだ。
なーに、面倒なことになりそうだったらまとめて開門都市に
送ってくれてもよい。
あそこは氏族も人種もごちゃごちゃだから、
迫害も大きくはないさ」
碧鋼大将 こくり
火竜大公「して、もう一点は?」
東の砦長「こちらの方が、ある意味重要でな。領民の安堵だ」
妖精女王「ふむ」
東の砦長「これも今云った話と関係あるのだろうが、
いったい今起きていることは何なんだ?
仲間内の利権沙汰のごたごたなのか、
それとも戦争なのか、小競り合いなのか。
どうすればこの状況は解決するんだ? ってな話だよ」
銀虎公「そもそも蒼魔族が不意の裏切りで
我らを攻撃してきたことから端を発したのだ。
この戦はその間違いを糾弾するのが目的であり、
そのようなことは自明であろうがっ」
碧鋼大将「そのとおり、そのような問い自体、
我らに向けられるべきではない」
鬼呼族の姫巫女「しかし、それでは領民の不安はどうする。
蒼魔族の責任を問う。それはそれで正論なれど、
我らが領民のその疑問に、蒼魔族が答えてくれるはずもない」
226 :
以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/09/23(水) 16:24:43.40 ID:OGIpmW2P
東の砦長「そう言うことだ」
銀虎公「……っ」
巨人伯「領民に……大きな声で……おしえる」
火竜大公「ふむ」
東の砦長「俺もそれが必要だと思うぜ。
今回の戦は、忽鄰塔中に乱心した蒼魔族の新王が父親を殺害し
一族の軍を率いて他の氏族を攻撃した、ってな」
銀虎公「父を殺害!? それは本当なのかっ!?」
東の砦長「いや、事実は知らないが。そのほうがいいだろう?」
火竜大公「……そうだな」
妖精女王「結果的に間違った推測では無いと思います」
紋様の長「それを領民に語って聞かせる、と云うのか」
鬼呼族の姫巫女「面白い考えだ」
東の砦長「俺たちの街は今必死で畑も作っているが、
度重なる戦で神殿も農地も壊されて、
すっかり疲れ果てちまっていたんだ。
戦も辛いが、民にとって一番辛いのは
何をやっているか判らないことだというな。
自分たちの国や軍が何をやっているか判らないと、
自分たち民では何の手も打てない気分がして、
自分が無力で取るに足りないちっぽけば存在に過ぎないと
いう気分で、だんだんと腐ってゆく。
こいつは町も人も産業も腐らせるぜ?
何せ心の根っこが腐ってゆくんだからな。
そうなったら、街は酷い有様になる」
227 :
以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/09/23(水) 16:27:01.55 ID:OGIpmW2P
鬼呼族の姫巫女「……」
勇者「……」
東の砦長「そいつをどうにかするには、
何が起きたからこうなって、この状況はどれくらい酷くて、
またどれくらい希望があって、どういう風になれば
解決するんだってことを、教えてやらなけりゃならない。
まぁ、事が戦だ、全部教えるってわけにも
全部真実って訳にもいくまいが……」
銀虎公「ふむ、つまりはこういう事だろう?
全ての民も戦場に出ないだけの戦士だと。
将軍ならば士気を鼓舞するのもその手腕である、と」
東の砦長「そうそう、そういうことだよ。虎の旦那」
銀虎公「だが、ふぅむ」
銀虎公「そうとなると、いよいよ、我らが蒼魔族との一戦に
どのような決着を望んでいるのかが重要になるだろう」
妖精女王「……決着」
紋様の長「そうだな。蒼魔族が自分の領地から
出てきたところを叩く。
それだけでは、永遠に決着などつかぬ。
何も攻め込んで征服しようと誘うわけではないが、
最終的にはどのようになればいいのか、と云う話にも通じる」
鬼呼族の姫巫女「そうだな」
(あるいは魔王殿は、我らが望む未来の我らを
我ら自身に考えさせたかったのであろうか……)
228 :
以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/09/23(水) 16:29:01.42 ID:OGIpmW2P
東の砦長「……それは俺には難しいな。
新参者の俺には、蒼魔族との戦が、
様々な氏族にどのような利害関係があるのか
感情的にはどのようなもつれがあるのかは判らねぇ」
鬼呼族の姫巫女「我ら鬼呼族は先の乱世において
蒼魔族と長い長い戦闘を続けてきた。
我ら氏族には蒼魔族とに対する恨み辛みが根付いている。
だがそれは領土や支配権に関わる問題で、
当時の魔界では日常的に起きていた抗争なのだ」
銀虎公「俺たちも人魔族との争いが絶えなかった」
紋様の長「当時は大小様々な氏族が入り乱れ、
この会議の席には来ていない、中氏族や戦闘氏族を
如何に取り入れるかと云う謀略も日常でした」
勇者「そうだったのか……」
火竜大公「ふむぅ」
巨人伯「まずは、知らせる……」
火竜大公「そうだのぅ。まずは、先のこと。
“蒼魔族の新王が裏切り、忽鄰塔を襲った”と云う事実を
領民に告げるとしよう。そして戦に怯える領民のために
蒼魔族は領地へと戻ったために、当面みんなが住まう場所は
安全であると云うことを伝えるのだな。
念のために警備兵の増強なども進めてゆくという、
いわば根回しを領民にするにはよい機会だろう」
紋様の長「妥当な対応でしょうな」
鬼呼族の姫巫女「戦の決着については、それぞれの氏族が
よく考えて、その考えを持ち寄る必要がありますね」
230 :
以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/09/23(水) 16:30:28.63 ID:OGIpmW2P
銀虎公「では、当面の蒼魔族への対応はそのようで」
東の砦長「おう」
銀虎公「さっそく領地へと戻るとするか」
碧鋼大将「ふむ……。衛門の長どの、後で時間を。
商取引に関する話がある」
東の砦長「判った」
巨人伯「……かえって、声の大きいモノに、噂を広めさせる」
火竜大公「それで宜しいか? 黒騎士殿」
勇者「おお。見事にまとまったな。
大公殿、これからもよろしくお願いする」
火竜大公「なんのなんの! はぁっはっはっは」
紋様の長「そういえば、魔王殿の様子は?」
勇者「ベッドからでる事は出来ないが、
口先だけは元気になってきているよ」
東の砦長「そいつぁ、良かった」
勇者「今日の会議の結果も、早速伝えよう」
銀虎公「お願いいたす、黒騎士殿」
火竜大公「では、今回の会議はこれで終了とする。
何もなければ次の会議は40日の後、ということに。
蒼魔の動きは途切れず報告を入れ合うとしよう」
一同「心得ました」
233 :
以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/09/23(水) 16:54:09.68 ID:OGIpmW2P
――魔王城、深部、魔王の居住空間
女騎士「ほら。口を開けて」
魔王「……」
女騎士「何で嫌そうな顔?」
魔王「このシーンは、わたしと勇者が行うのが常識だろうに……」
女騎士「勇者は会議に出たり忙しいの」
魔王「だからといって……」
女騎士「あーん」
魔王「くっ」
女騎士「……あーん」
魔王「ううう。……」ぱくっ
女騎士「それでよし」
魔王「……なんだか屈辱的だ」
女騎士「友達だろうに。気にする方がおかしい」
魔王「そうか? そういうものなのか?」
女騎士「うん、そうだ」
魔王「女騎士は……。わたしやメイド姉妹と話す時は
言葉が少しだけ優しいな」
女騎士「……そうかな?」
魔王「うん、そうだ」
234 :
以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/09/23(水) 16:55:15.98 ID:OGIpmW2P
女騎士「これでも一応軍を率いていたりするからな。
男に舐められないようにしようとすると、
やっぱり言葉遣いもそうなってしまうんだろうな」
魔王「そういうことか」
女騎士「……やはり女らしくないと好かれないよな」
魔王「そんなことはない。女騎士は女らしいと思うぞ」
女騎士「……」ちらっ
魔王「?」
女騎士「魔王が言っても説得力がない」
魔王「む。そう言うことではない。わたしは……その。
確かにここのサイズは大きいが、包容力とか、母性とか、
細やかな気遣いとか……色気とかにかけていると
よく指摘されるのだ。女らしさでは、女騎士に大きく劣る」
女騎士「そんなことはないと思うけれど」
魔王「そもそも、女らしさとはどういうモノなのかよく判らぬ」
女騎士「うん」
魔王「書物にあるらしい耳かきや添い寝なども試してみたが
勇者に大きな感銘を与えたようにも思えぬ。
……そもそもちょっと隙を見せると、すぐに襲いかかってきて
場面は暗転、結ばれるのが男女ではなかったのか」
女騎士「わたしも相当に偏っている自覚があるけど
魔王はその比じゃないな」
魔王「ふむぅ……」
235 :
以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/09/23(水) 16:57:33.41 ID:OGIpmW2P
女騎士「……よく判らないけど」
魔王「うん」
女騎士「わたし達は、ある側面では勇者に避けられてるんだ」
魔王「……」
女騎士「……」
魔王「この話は、止めよう」
女騎士「うん」
魔王「ああ。メイド妹の料理が懐かしいな」
女騎士「そうだな。もちろんこの城の料理だって最高だが」
魔王「そうだが、メイド妹の料理には、
最高の料理にも無いような、特別な味わいを感じるのだ」
女騎士「ああ。その気分は判るぞ」
魔王「パイが食べたいな」
女騎士「あははははっ。気持ちはわかる。
けど、いまはこれだ。ほら、あーん」魔王「むぅ……」
女騎士「ふふふっ」
魔王「やはり屈辱的だ」
女騎士「健康になってから復讐すればいいさ」
魔王「もちろんだ。このお礼は勇者にする」
女騎士「え?」
魔王「女騎士にはそれが一番よく効くって判っているからな!」
242 :
以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/23(水) 17:14:13.25 ID:OGIpmW2P
――聖王国、国境沿いの貿易の街
小麦の卸人「小麦! 小麦〜!
大麦もあるよ、今朝入荷! 早いもん勝ちだ!
ふっくらパンにも、オートミールにもぴったりだ!
一袋、新金貨7枚だ」
太った市民「旧金貨じゃ駄目なのかい?」
小麦の卸人「だめだめ。そんな金貨は聖王国じゃもう使えないよ。
そんなものが使えるのは、南の蛮族の国だけだ」
旅の商人「まだまだ市中には旧金貨が残っているというのに」
小麦の卸人「市の宿舎に行くんだね。そこで旧金貨と
新金貨を取り替えてくれるよ」
太った市民「だが、取り替えると行ったって旧金貨を350枚
持っていっても新金貨を100枚だけじゃないか……」
旅の商人「タイミングを逃したからさ」
小麦の卸人「さぁさ、おろしたての小麦! 小麦はどうだい?」
太った市民「……くそっ。そんな小麦、金持ち以外
食えるわけが無いじゃないかっ」
旅の商人「まったくだ」
がやがや……がやがや……
酒場の店員「そう言えば聞いたことがあるかい? あの噂を」
太った市民「噂?」
243 :
以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/09/23(水) 17:15:58.88 ID:OGIpmW2P
旅の商人「ああ、光の子の村の噂かい?」
酒場の店員「ああ、それだ」
太った市民「なんだい、それは?」
酒場の店員「なんでも、この聖王国を中心に、
大陸のあちこちに新しい村が作られているらしいのさ。
多くは森の中や山中や古く滅びた村があったような
戦場らしいんだが。
それらの村には沢山の小麦が集められていて、
食うには困らないらしいんだ」
太った市民「なんだいそりゃ、すごい話じゃないか!」
旅の商人「ああ、どうやらその噂は噂じゃないらしい。
教会が特別な任務のために、農民や開拓民を集めて
訓練を行っているそうなんだ」
酒場の店員「そいつが最新の話さ。
どうやら、その話のおおもとの所は『聖骸』にあるらしい」
太った市民「『聖骸』……?」
酒場の店員「そうさ。聞いて驚け。
なんと、光の精霊様のご遺体だ!」
太った市民「ええっ!?」
旅の商人「なんだって!? そんなものが本当にあるというのか?」
酒場の店員「さぁなぁ。噂だから俺にも本当のところは判らない」
太った市民「俺は精霊様って云うのは、もっとなんか、
風とか光みたいなものだと思っていたよ」
旅の商人「うーん」
244 :
以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/09/23(水) 17:18:19.64 ID:OGIpmW2P
酒場の店員「だが、教会はその『聖骸』は
魔族に奪われたと云っているんだ。
魔族から『聖骸』を奪い返すために今までにない
精鋭兵が沢山必要とされる。
そのための『光の子の村』で訓練するんだって話だぜ」
太った市民「ふぅむ……。でも、飢えなくて済むんだろう?」
旅の商人「ああ、それはそうらしい。別の街でも聞いた話だ」
酒場の店員「光の精霊の恵みなんだとさ。
その村では、一日二回のパンの食事と、昼にはこってりした
にんじんのシチューが出るらしい。しかも夜のパンは
真っ白いふかふかのパンだって云うじゃないか」
太った市民「白いパンが出るのか!?」
旅の商人「何とも豪勢な話じゃないか」
酒場の店員「ああ」こくり
「この話からつまり教会は
どうやら随分本気なのじゃないかって云われているな」
旅の商人「本気……?」
酒場の店員「ああ、ここだけの話だが、こんなにも小麦が
値上がりしているのは、教会が買い占めを行って、
その『光の子の村』へと送っているせいじゃないかと。
そんな話があるんだ」
太った市民「!!」
旅の商人「そうか、そう言うこともあり得るよな」
酒場の店員「だろう?」
太った市民「でも、だとすれば、本気で戦争をするんだな」
旅の商人「そうだなぁ、だが、光の精霊のためなのだろう?
ならば、それはそれで仕方がない」
245 :
以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/09/23(水) 17:19:31.43 ID:OGIpmW2P
酒場の店員「ああ、まったくだ。精霊の恵みあれ」
太った市民「恵みあれ! 我が暮らしにもせめて黒いパンを」
旅の商人「だがそう言うことになると、見てみたいな。その村を」
太った市民「俺は見るよりも住んでみたいよ。
だってそうだろう? 光の精霊様のご遺体を取り返す、
つまり正義の戦いをするだけで、食事がもらえる。
飢えなくて済むなら俺だってそんな村に行きたいよ」
教会職員「無理な話ではありませんよ」
旅の商人「へ?」
教会職員「すみませんね、耳に入ってしまいました。
……その『光の子の村』は増えているんです。
何せ卑劣な魔族との戦いの時が迫っていますからね。
教会へ毎晩の懺悔にやっていらっしゃい。
近いうちにまた『光の子の村』へと送られる優秀な人々への
祝福が始まると思いますよ。
最近教会は、この特別の祝福を求める方で
ごった返しているのです」
酒場の店員「本当ですかい? 司祭様!」
太った市民「本当なんですか!?」
教会職員「わたしはまだ司祭などという身分ではありませんが
云っていることは嘘偽りはありませんよ。
今晩にでもまた新しい隊が荷物をまとめてこの街を発つでしょう」
太った市民「俺も行ってみたいぞっ」がたっ
旅の商人「それを言うなら俺だって!」
教会職員「では是非教会へといらっしゃい。
司祭さまが、あなたたちの献身を待っていらっしゃいますよ」
252 :
以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/09/23(水) 18:01:50.54 ID:OGIpmW2P
――開門都市、安い下宿、隣り合った部屋の片方
土木子弟「いやぁ、これは美味いな」
奏楽子弟「ん。ああ……」
土木子弟「羊、って云うのか? 初めて食べるけれど」
奏楽子弟「うん。地上の家畜らしいよ」
土木子弟「へぇ〜地上かぁ」
奏楽子弟「うん……」
土木子弟「どうかしたのか?」
奏楽子弟「へっ? ううんっ。何でもないよ」
土木子弟「美味いなぁ。……むっしゃむっしゃ」
奏楽子弟「……もぐ」
土木子弟「よっし、こいつだ」カリカリッ
奏楽子弟「もうっ。食事中くらい、図面をおこうよ」
土木子弟「悪い悪い。だけど、どんどん頭の中に
新しい工法や工夫がわき上がってきてさ。
メモを取っておかないと忘れてしまうんだ」
奏楽子弟「もうっ。本当に馬鹿だなぁ」
土木子弟「仕方がないさ。早く作ってくれって橋が云っている」
奏楽子弟「橋が?」
土木子弟「ああ。そうさ」
奏楽子弟「あんたほんとに変わってるよ」
253 :
以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/23(水) 18:03:02.18 ID:OGIpmW2P
土木子弟「そうかなぁ。お前にも聞こえるもんだと
ばっかり思っていたけれど」
奏楽子弟「え?」
土木子弟「お前だって憑かれたように歌ったり、
あふれ出すみたいに戯曲を書いたりするじゃないか」
奏楽子弟「それは、まぁ」
土木子弟「あれは、お前の内側から、そう頼まれてじゃないのか?」
奏楽子弟「……」
土木子弟「頼まれる、と云うと相手が俺たちみたいな言葉を
話しているみたいだけれど、そうじゃなくさ。
なんていうのかな。
迂回路を通ってまとまった水流がため池に注ぎ込んで、
それが溢れ出しそうと云うか、
こぼれ落ちそうになって、俺をせき立てるんだ。
“早く作って! 早く完成したいよ!”ってな。
だってそうだろう?
この橋は完成すれば、沢山の人のお腹や、懐や、冒険心を
満たすためにあらゆるものを運ぶことが出来るんだ。
早く生まれたがっても不思議じゃないさ」
奏楽子弟「……うん」
土木子弟「ん?」
奏楽子弟「判るよ。それは歌声でしょう?
生まれ出たい声なき声で歌い上げるハルモニアだ。
胸の中で、フィドルが、リラが、ツィンクの勇壮な響きが
なっている、早く生まれたいと懇願の声を立てる」
土木子弟「ちゃんと判っているじゃないか」
254 :
以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/09/23(水) 18:04:20.84 ID:OGIpmW2P
奏楽子弟「ねぇ、土木子弟」
土木子弟「なんだい? ……もぎゅ、むしゃ」
奏楽子弟「『聖骸』って聞いたことがある?」
土木子弟「ん。いいや? なんだ、それ」
奏楽子弟「わたしも詳しくは知らない。
ただ、開門都市の噂にかすかに聞こえるんだ」
土木子弟「ふぅむ」
奏楽子弟「その言葉が、わたしを誘うんだ。
時にわたしを誘う風が強すぎて、必死に何かにしがみつかないと、
魂ごと吹き飛ばされそうなくらいなんだ……」
土木子弟「……」
奏楽子弟「わたし、出掛けたい」
土木子弟「うん」
奏楽子弟「でも、一緒にもいたいんだ」
土木子弟「うん」
奏楽子弟「……」
土木子弟「……」
奏楽子弟「……」じわぁ
土木子弟「そんな顔するなよ。馬鹿だなぁ」
奏楽子弟「だってさ」
土木子弟「遠くに行くのか? もしかして、地上か?」
255 :
以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/09/23(水) 18:06:07.33 ID:OGIpmW2P
奏楽子弟「うん……。いつ帰れるかも判らないんだ」
土木子弟「でも帰ってくるだろう」
奏楽子弟「そんなの当たり前だっ」
土木子弟「じゃあ、何一つ変わらないじゃないか。行けば良いんだ」
奏楽子弟「でもっ」
土木子弟「はははっ」
奏楽子弟「……?」
土木子弟「じゃぁ、俺の橋は、お前を旅立たせることが
出来るんだなっ! そして、お前を迎え入れることもっ!」
奏楽子弟「あ……」
土木子弟「行けばいいさ。
俺の橋はお前の帰りをずっと待っている。もちろん、俺もだ。
俺の橋はありとあらゆるものが通るんだ。
地下世界の誇る天才作家! 妖精の歌い手だって通るんだぞ!
妖精の歌い手は、地上を旅して、新しいお話と
新しい音楽を見てくるんだ。なんてすごいんだろう!
俺の橋には音楽だって通るんだ!」
奏楽子弟「う、うんっ」
土木子弟「すごいものを沢山見てこい」
奏楽子弟「すごいおとも沢山聞いてくるよ」
土木子弟「そうして、またこの街で会おう」
奏楽子弟「うん、うんっ。……約束、だっ」
土木子弟「われらは紅の子弟」
奏楽子弟「ああ。わたし達の約束は絶対だっ」
ぎゅうっ