Part117
677 :
以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/11/22(日) 01:44:10.03 ID:KvXPKcsP
勇者「へ?」
魔王「約束する。涙を拭って欲しい。
わたしは幸せなんだ。
……あなたの娘とも云える魔王として
初めて幸せになったのがわたしだ」
光の精霊「……はい」
勇者「良く判らないけれどさ。
俺と魔王だって出会って色々あったけれど、
喧嘩は止めて旅を出来たんだ。
最初から恋人同士だった精霊とその彼だったら
裏切るとか裏切らないとかさ、
そんなの無かったんだと思うぜ」
魔王(わたしと勇者だから、説得できる――か。
理屈も論理展開も根拠も、何もかも判っていないくせに。
勇者は正解だけは判るんだな)
光の精霊「……はい」
勇者「うわぁ。良かったよ、判ってくれたよ」
魔王「色々思う所はあるぞ。勇者は鈍すぎだ。
それでは四方の相手が報われないこと甚だしい」
光の精霊「願いを……」
勇者「ん?」
光の精霊「願いはありますか? 勇者。そして魔王。
永久に続くこの循環からの開放。
それはわたしにとっては未だ喜びよりも
不安と寂しさのもとですが、
それでもカリクティスの娘として、あなたたちを祝福したい。
……かつては結ばれなかった私たちの未来として。
希望と羨望を込めて。自分自身の業が無意味でなかったと
せめてものよすがとして」
勇者「あー。……そか。んっと」
魔王「勇者は、もう決めてるんだろう?」
勇者「うん。いいのかな」
魔王「そうしなければ、おそらく終わらない。
それに、もう世界は変わったんだ。
私たちがどうしようと、この世界は沢山の勇者と魔王がいる」
光の精霊「沢山の?」
678 :
以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/11/22(日) 01:46:17.91 ID:KvXPKcsP
勇者「もともと精霊の願いから生まれたモノだったんだろう?」
魔王「世界にいる人間も魔族も、全ては精霊の子だからな。
その中から無数の勇者や魔王が現れてもおかしくはない。
いや、本来はそうであるべきだったんだ。
……望めば誰もが勇者にも魔王にもなれる。
それは無敵の戦闘能力や無限の魔力はもっていないが
でも、そんなことは重要じゃない。
大事なのは、世界を変える力を
誰だって持っているって云うことだ。
もし本当に“絶対やり遂げる”と決心さえすれば
人間も魔族も、無限の明日を持っているはずだ」
光の精霊「はい」
勇者「精霊がさ。名家の生まれだから、
炎の娘だったから、巫女だったから……。
そんな理由で世界を救う生け贄になったんじゃないのと一緒だ。
きっとそのときだって“絶対に救う”って決心したやつが
他にいれば、そいつであったとしてもどうにかなったんだ」
魔王「わたしたちの願いは叶っている」
勇者「うん。見たい景色は自分たちで見た。
欲しかった世界は、直ぐそこまで来ている」
魔王「世界は私たちがいなくても、
“絶対この世界を救う”と思う勇者や魔王がいるし
そんな勇者は今後も生まれてくるだろう。
だれもが勇者になれる自由な世界になったんだ」
勇者「きっと、新しい作物を発見したり、
新しい鉄の作り方を考えたり、
開拓村で一杯開墾したりする勇者が生まれるんだぜ?」にやにや
魔王「それに、麦や塩を売り買いしてお金持ちになる魔王や、
星の動きを記録して遠い距離の旅を
考えつく魔王も生まれる」 にこり
勇者「そりゃやっぱり“絶対世界を滅ぼしてやる”っていう
そういう勇者も生まれるかも知れないけれどさ」
魔王「確率論的に、それは正義の魔王によって阻まれるだろう。
そういう世界になればよいと願っている限り
世界はそうなるはずだ」
679 :
以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/11/22(日) 01:48:38.44 ID:KvXPKcsP
勇者「学者とか云って、魔王の云ってる言葉だって
楽天的な希望論じゃないか。
人のことを馬鹿みたいに云ってるくせに」
魔王「経済というのは人々の希望と予測で動いているのだ。
大多数の人々が“景気は良くなる”と信じることで
実際に景気が良くなるように、多くの人が平和を
強く望めば平和な世界がやってくる」
光の精霊「お二人は強いのですね……」
魔王「そうじゃない。もし仮にそうだとすれば
……精霊と彼も強かった、ということだと思う」
光の精霊「はい」
勇者「俺たちの願いは叶ってるんだ」
魔王「うん」
勇者「だから、俺たちの願いは……。
精霊の救済だ。
光の精霊は、いつでも困ったような、
ちょっぴり泣きそうな顔をしていた。
今まで一杯助けてもらった。ありがと」
魔王「うん。だから、救われて欲しい。もう、泣かないで」
光の精霊「え……」
勇者「ほら」
魔王「うん」
光の精霊「え? え?」
勇者「見えるよ。あんなに大きな」
魔王「不死鳥がやってきている」
681 :
以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/11/22(日) 01:56:56.86 ID:KvXPKcsP
――おおぞらをとぶ 開門都市庁舎
火竜公女「……黒騎士殿はまだみつからぬのかや?」
東の砦長「ああ、どうやら戦場に墜落したらしいんだが」
青年商人「魔王殿も行方不明です」
冬寂王「……それに執事と女騎士も連絡が取れぬ」
軍人子弟「師匠……」
鉄国少尉「何かあったのでしょうか」
火竜公女「おそらくは。しかし何が……」
青年商人「敵がいたのでしょうね」
冬寂王「敵、とは?」
青年商人「論理的に考えれば、勇者一行の力を持って
初めて倒せるような、強大な敵が居たのでしょう。
その敵と戦うために、勇者達は姿を消したのかと」
鉄腕王「それは魔王じゃないのか?」
火竜公女「魔王殿は弱いからなぁ」
東の砦長「勇者と魔王は戦わねぇよ、絶対にな」
青年商人「ええ、それはそうでしょう」
冬寂王「良く判らぬな」
軍人子弟「すこしだけわかる様な気がするでござる」
東の砦長「……ほう」
青年商人「どういう事です?」
軍人子弟「お二人とお仲間は、拙者達ではどうにもならぬものと
戦いに赴いたでござるよ。目に見えぬ、手では触れぬ敵と。
それは、おそらく……。曖昧模糊としているのに頑強で
与しやすいのに絶対的で、誰の前にでも現れるのに
誰も勝つことが出来ないようなモノ」
鉄国少尉「なんです、それは?」
683 :
以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/11/22(日) 02:00:45.44 ID:KvXPKcsP
軍人子弟「誰かの胸の痛み。後悔、とか」
鉄国少尉「?」
火竜公女「後悔……ですかや?」
青年商人「……」
冬寂王「我らと同じではないか。 我らは未来の後悔をなくすためにいまを戦わねばならない」
火竜公女「まことに」
青年商人「……目の前の問題をかたずけましょう。
まずは、講和をしなければなりません。
講和条約の作成が一つの山場でしょう。
遠征軍は魔界に対して一方的な侵略を仕掛けてきた。
これは紛れもない事実です。
それ相応の賠償を要求せねば魔界側も納得しない。
しかし、追い詰めすぎては講話の前提が崩れる」
冬寂王「そうだな」
軍人子弟「双方の顔を立てるとなると至難でござる」
青年商人「実は魔界には一つ、族長の決まっていない
難民同然の氏族がありましてね。領地も支配者も浮いている」
火竜公女「っ!? 蒼魔族の? あれを使うのかやっ!?」
青年商人「あそこの開発や発展を、人間界にやらせましょう。
もちろん人材や資金は全てあちら持ちです。
戦争の結果ですから、復興責任は向こうにあります。
しかし、復興責任とは云っても、魔界との貿易で人間界も潤う。
向こうにとっても損な話ではない。
後は謝罪と、賠償金を組み合わせて、
落としどころを模索すればかまわないでしょう。
場合によっては極光島が話の俎上に上がるかも知れませんが」
冬寂王「それは予想している」
ガタンッ!
庁舎職員「み、皆様っ! 窓をっ!!」
684 :
以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/11/22(日) 02:02:18.30 ID:KvXPKcsP
鉄腕王「はン? 窓?」
軍人子弟「何が起きたのでござる?」
ぱたんっ
火竜公女「あれはっ」
東の砦長「あれは、なんだ?」
冬寂王「なんと美しい。……あれは魔界の鳥なのか?」
きらきらきら、きらきらきら……
火竜公女「いいえ、あのようなモノは魔界でも見ませぬ」
東の砦長「どれだけ大きいんだ。小屋くらいあるのか」
軍人子弟「いいや、あれは随分高くを舞っているでござる。
小さく見積もっても、この庁舎ほどあるかと……」
鉄国少尉「金と虹色に輝いて。なんて綺麗な鳥なんだろう」
火竜公女「……光の塔が消える」
東の砦長「ああ……」
青年商人「あの塔も、鳥も。あるいは勇者の行方と関係が」
冬寂王「あるのかもしれぬ」
軍人子弟「だとすれば、それはきっと師匠達が
戦って勝ち得たものでござるよ」
火竜公女「そうなのかや?」
軍人子弟「あんなに雄大で美しいものが、
悪い結果の産物であるはずがござらん」
火竜公女「皆も見ているのであるかや……」
東の砦長「みんなも?」
冬寂王「ああ。こんな素晴らしいものは、
全ての国の人々も見れればよいのに……」
686 :
以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/11/22(日) 02:10:52.33 ID:KvXPKcsP
――おおぞらをとぶ 開門都市城門
光の少年兵「これ、ですか?」
魔族娘「そうそう。煮立たせて」
人間作業員「おーい! 鍋が出来たぞぅ」
巨人作業員「おお……」
義勇軍兵「ほれ。人間の兵隊さんも食えよ」
光の槍兵「でも……」
義勇軍兵「遠慮すんなよ。どっちも多くの犠牲は
出なかったんだ。この防壁のお陰でな」
ぽろろん……♪ ぽろろん……♪
土木子弟「お帰り」
奏楽子弟「た、ただいまっ」
土木子弟「なんか、こう! き、緊張するな」
奏楽子弟「うん……。あははっ」
光の少年兵「え? ちがいますか? こうですか」
魔族娘「ちがくて、んと。赤い実を入れるの」
人間作業員「そりゃ辛すぎだろう?」
巨人作業員「……辛いと、美味しい」
光の少年兵「で、出来ましたっ」
土木子弟「へへん。聞こえてたぞ、歌」
奏楽子弟「うんっ。聞こえてたか。あははっ」
土木子弟「なんか上手くなったな。
いや、上手くなった訳じゃないかもしれないけれど
聞いてて無性に泣けてきた……」
奏楽子弟「そか」
土木子弟「苦労したか? 世界は見れたか?」
奏楽子弟「うん。見たよ。聞いたよ!! それに感じた。
すごいよ。広くて、その広い世界に、沢山の氏族が住んでるよ。
人間も、わたし達も。変わらない。
嬉しいと笑うし、悲しいと泣く。大事なものがあって
避けたい不幸があって、理不尽で、必死に生きている。
それでも……。
世界は――綺麗だったよ」
687 :
以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/11/22(日) 02:12:46.75 ID:KvXPKcsP
光の少年兵「ど、どうぞ……」
人間作業員「おー。それでいーんだ」
光の少年兵「はい……」 おずおず
巨人作業員「偉そうだ……」
竜族兵士「温かい……。戦は、終わるな」
奏楽子弟「わたしも、橋を通ったよ。
人間の遠征軍に紛れて帰ってきたんだ。
人間の世界には飢餓がある。
彼らは、ほんのちょっぴりの食料をもらうために
こんな世界の果てまでやってきたんだ」
土木子弟「聞いた。……なんだか切ないな」
奏楽子弟「帰ってきて驚いたよ。橋も、この防壁も!」
土木子弟「ぼろぼろになっちゃったけれどな」
奏楽子弟「でも、立派だったよ。
この防壁がなければ魔界の民は沢山殺されてたし、
人間も沢山死んでいたはずだもの。
この防壁が、最悪の戦を防いでくれたよ。
こんなに穴だらけになっても、守ってくれた」
土木子弟「面目ない」
奏楽子弟「格好良かったよ!」
土木子弟「あ、うん……。その、ありがとな」 そぉっ
奏楽子弟「あ」
土木子弟「へ?」
奏楽子弟「鳥……だ」
光の少年兵「え?」 きょろきょろ
魔族娘「綺麗……」
竜族兵士「あれは、不死鳥!」
土木子弟「すごいな……!」
奏楽子弟「うん。世界は――すごいところだよ。
遠くまで行って、不思議なものも。
綺麗なものも。恐ろしいものも。沢山、見てきた。
見て来ちゃったよ……」
土木子弟「――お帰り。長い旅から」
奏楽子弟「ただいま。やっぱりここが、落ち着くや。
土木子弟は、変わらないね。……ありがとう。
待っていてくれて、ありがとう」
ぎゅっぅ
688 :
以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/11/22(日) 02:15:15.81 ID:KvXPKcsP
――おおぞらをとぶ 開門都市近郊
王弟元帥「了解した」
参謀軍師「では引き続いて陣備えの報告を申し上げます。
中軍二万八千は5里後退して設営中。
食料は現在のところ南部連合から供給される小麦を中心に
一端の安定状態を保っております。
周辺からの狩りにて肉類を補充したいとの要望も出ておりますが」
聖王国将官「ですな」
王弟元帥「異境の地だ。何があるか判らん。
現地の魔族からの買い取りを優先させろ」
参謀軍師「魔族、ですか?」
聖王国将官「出来るのですか? こんな地で」
王弟元帥「開門都市に使者を出して詳しい担当を派遣してもらえ。
狩りをするにしても、周辺の森はどこの氏族の領地かも判らん。
この時期不用なトラブルは避けたい」
生き残り傭兵「ああー。いいす、いいす。
機怪族の狩人やら商人を派遣しますから」
貴族子弟「そうですね」
メイド姉「そうしましょう」 にこっ
参謀軍師「閣下」
王弟元帥「なんだ?」
参謀軍師「なんでこのようなごろつきどもが、
我が遠征軍の最高会議に出席しているのですか?」
器用な少年「ごろつきだってさ! おれごろつきだって!!」
貴族子弟「ホームレス少年から格上げですね!」
メイド姉「出世ですよ、これは」にこにこ
689 :
以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/11/22(日) 02:17:36.39 ID:KvXPKcsP
参謀軍師「ええい、ちゃかすな!」
王弟元帥「堪えよ」
参謀軍師「っく!」
聖王国将官「しかし、魔界に詳しいのは現実ですし。
得体の知れないコネも持っていますし。
……こうして何かと世話はしてくれているわけですし。
わたしだってこんなのと同席は腹が立ちますが」
生き残り傭兵「俺たちは何でもしないと生き残れないからな」
器用な少年「生き汚いと呼んでくれよ、おっさん!」
貴族子弟「それは褒め言葉じゃないんですよ? 少年」
器用な少年「いたたたっ! 耳っ! ちぎれるっ!」
貴族子弟「事は全てエレガントに。です」
メイド姉「ふふふっ」
参謀軍師「このような者たちの存在は軍の規律に影響を
与えずにはおきません。悪影響ですっ!
そもそも講和も成っては居ないこの状況です。
せめて軍気からは放逐してください。閣下!」
メイド姉「でも、大主教様は行方不明なのでしょう?
であれば、聖骸をもってきた精霊の使いの娘は
しばらく王弟閣下のもとにいたほうが、
都合が良くはありませんか?」
参謀軍師「それは……っ」
メイド姉「それに、軍としては悪影響でも構いません。
だって遠征軍自体はここでお終いにして頂きたいんですから。
“巡礼者の群”に取って悪影響でないのなら
わたし達にとっては好都合。むしろ渡りに船です」
生き残り傭兵「姐さん、ぱねぇな。ほんと」
聖王国将官(たしかに、光の子の中でも
日に日にこの娘に感化されるものが増えているが……)
貴族子弟「見かけより遙かにタフですよね」
メイド姉「元々メイドですからね。
朝から晩まで働くのは得意なんです。
料理は妹に譲りますが掃除や洗濯、
けが人の世話は得意なんですよ。書類仕事もね」