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魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」
Part105


166 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/15(木) 01:00:52.89 ID:SB4LPYUP
火竜公女「しかし、それでもあの方なら云うでありましょう。
 平和など一時の幻想だというならば云うが良い。
 幻想の平和の一年は戦乱の十年に優れる、と。
 それに、平和な一年があれば、次に十年平和にするための
 努力が出来まする」
火竜大公「この歳になって奇跡を信じるようになったよ。
 わしはな。この世界には、ずいぶんと頓狂なものがいる」
青年商人「やれやれ。たいがいに楽観主義ですね」
火竜公女「思い悩んでも救われないゆえ」
紋様の長「あの方らしい」
鬼呼の姫巫女「だが、備えだけはする必要があるだろう。
 我も氏族の命を預かる身なのだ」
妖精女王「人間の、南部連合の王族もこの南2里のところに
 陣を構えています。我らを助けるためにはるばる駆けつけ、
 我らの動静を見守っているのです。
 我らが信頼に足る隣人かどうかを」
東の砦将「全面的な戦争になれば、世界をどん底に落としかねないぞ」
火竜公女「見せてやれば良いではありませぬか。
 我ら魔族の度量と実力、そして勇猛さ、誠実さを。
 そのために、忽鄰塔を招集したのです」
火竜大公「すでに報せは魔界を駆け巡っていよう。
 即日は無理であろうが、夜が明ければ、近隣の小氏族の長は
 次々とこの都市へと集まってくる」
紋様の長「忽鄰塔……」
鬼呼の姫巫女「二度目の、忽鄰塔か」
東の砦将「二十万の軍が、この街を包囲している。
 入ることは出来ないんだぞ? どうして呼び集めたんだ」
火竜公女「見て欲しいのです」
東の砦将「見る?」
火竜公女「知らないというのならば、見て欲しいのです。
 人間を……。魔族とどれほど違い、どれほどに同じなのかを。
 もはやいい加減によいでしょう。これは我ら全員の問題なのです。
 見るだけで良い。森の中からでも、地の果てからでも。
 明日には、何か一つの結果が出るのですから。
 もし奇跡が起きるのならば、その証人が必要でしょう」

171 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/10/15(木) 01:11:39.09 ID:SB4LPYUP
――開門都市、南側、瓦礫にまみれた廃屋
ザアアァァァ……
――雨、か。
――強いな、こんなに降って。身体の感覚が、遠い。
――まだ夜なのか? 戦いはどうなったんだ?
勇者「っ!」がばっ
魔王「無理をしては駄目だぞ」
勇者「魔王っ! っく! 痛っ」
魔王「動くな、傷に障る」
勇者「ここは!? 今は、戦は、なんでここにっ」
魔王「慌てるな。ここは開門都市の廃屋だ。
 時間は雨が降り出した夜の、おそらくは真夜中過ぎ。
 なぜここにいるかと問われるならば……。
 我慢しきれなかったのだろうな」
勇者「どうやって……」
魔王「夢魔鶫が連れてきてくれた。主上が死にかけている、とな」
勇者「……いくさは?」
魔王「だめだ」 ぎゅぅっ
勇者「……っ」
魔王「今は、駄目だ。朝まではどちらの軍も動けぬ。
 ここは戦場の中心部からは外れているし、
 おそらくどちらの兵も身を潜め、ここまでは来ないだろう。
 今だけは、大丈夫だ。だから、動いては駄目だ」
勇者「うん……」
魔王「勇者には隠していた、大事な話があるのだ」

65 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/11/08(日) 00:10:20.35 ID:EFPdgVwP
――魔界、聖鍵遠征軍後方戦線、後方戦線
ザァァァァアア……
 聖王国将官「負傷者を優先して大天幕に運び入れろっ!」
斥候兵「現在、連合軍は約半里ほど撤退、野営陣地内部にて
 待機をしているものと思われます」
王弟元帥「……4000か」
参謀軍師「申し訳ありません」
王弟元帥「ずいぶんとやられたものだな。雨か?」
参謀軍師「はい。判っては今したが、ここまで脆弱化するとは」
王弟元帥「意識するにせよ、しないにせよ、マスケットに
 頼り切った軍編成になっていたと云うことだろう。
 わたしも、そして兵の一人一人もだ」
参謀軍師「マスケットの火薬は湿らぬように至急運び入れ
 させましたから、明日以降にでも挽回は可能かと」
王弟元帥「……」
参謀軍師「どうされました?」
王弟元帥「いや、なんでもない。それより、敵の新兵器だと?」
参謀軍師「はい。どうやらその数は多くないようでして、
 おそらく30前後、100は無いかと思うのですが。
 マスケットに似た武器だと思われます。
 ただ、その射程はマスケットより遙かに長く、
 二倍を下回ることはないかと」
王弟元帥「やってくれるな」
参謀軍師「はい。この情報は伏せさせておりますが」
王弟元帥「それに、装甲された馬車か。銃の特性をよく判っている。
 敵の将は女騎士だったのか?」
参謀軍師「いえ、最前線で指揮をしていたのは
 まだ若い鉄の国の護民卿を名乗るものでして」
王弟元帥「ふっ。……貴族や王どもが目の前の餌に釣られて、
 あの開門都市の強固な防衛軍に雨の中突撃を繰り返している間に
 その後方では南部の新しい才能が指揮を執るか。
 ……皮肉なものだ。中央諸国と南部連合の勢いの差を
 暗示するようではないか」

66 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/11/08(日) 00:12:31.55 ID:EFPdgVwP
ばさりっ
聖王国将官「再編成を進めさせております」
王弟元帥「判った。被害の総数がより詳しく判れば、報告せよ」
聖王国将官「了解いたしましたっ!」
王弟元帥「戦闘に参加した
 将兵に十分に休みを取るように伝えさせよ。
 中央に派遣した近衛が順次食料と、暴徒化しそうな
 銃兵や貴族の私兵を送ってくる。
 聖王国の騎士を隊長に据えて仮設で良いからどんどん
 新造部隊を作ってしまえ。時間がないぞ」
参謀軍師「急ぎでしょうか?」
王弟元帥「今晩中だ。夜を徹して作業を続けさせよ。
 名簿を作り、腕布でも任せて識別させるのだ。
 天幕は余剰があったはずだな?
 新規参加させた部隊は当面の間全て工兵として扱う。
 天幕を作らせ、食糧配給をさせるのだ。
 新しくやってきた兵には今晩は眠らせるな。
 へとへとになるまで働かせ、飯を食わせるのだ。
 余計なことを考えているようではつとまらんぞ、とな」
参謀軍師「了解いたしました……」
 (しかしそのための糧食すら足りるかどうか……)
ばさりっ
王弟近衛兵「中央陣地から、雨にずぶ濡れの兵が
 押し寄せてきています」
王弟元帥「受け入れろ。手配は参謀殿がするさ。
 このままでは軍の指揮系統が瓦解する。指揮系統の再編を急げ」
参謀軍師「どこまでたががゆるんでいるのですか」
王弟元帥「欲望にも飽和限界があると云うことか。
 ふっ。色々なことを学ばせてくれるものだ。
 中隊長以上を集め、二人ずつ我が元へ。
 本日の戦場の様子と遠征軍内部の諸事情を聞き取りたい。
 ――どうやら転換点に差し迫っているな。頼んだぞ」

71 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/11/08(日) 00:17:26.94 ID:EFPdgVwP
――魔界、聖鍵遠征軍後方戦線、最前線、王族の天幕のひとつ
ザアアアアアアア
霧の国騎士「灰青王っ! 灰青王っ!」
灰青王「怒鳴らなくても、聞こえるさ」
霧の国騎士「どうなさったんですか、このうち身はっ。
 あの戦闘の中で見失い、わたしは、もう本当に王とは……。
 会えないものかと。……灰青王っ!」
灰青王「男がピィピィわめくな。みっともない」
看護兵「見た目ほど、ひどくはありません。
 折れている骨はございませんし。ただ、健や筋肉が
 ひどく痛めつけられ、伸びてしまわれていますから。
 数日の間はひどくお痛みになるでしょう」
霧の国騎士「いったいどこに……。それに何がっ」
灰青王「俺が前線にいては都合の悪い輩がいたのさ」
霧の国騎士「魔族がっ」
灰青王「さぁて」
霧の国騎士「すぐにでも、このことをふれて、そして軍議の準備を」
灰青王「やめろ」
霧の国騎士「は?」
灰青王「俺の帰還は、伏せろ。
 長い間じゃない、せいぜい明日までだ」
霧の国騎士「宜しいのですか?」
灰青王「ああ。私事さ。私事ではあるが……。
 どうなんだろうなぁ、大主教さんよ。
 あんたのも私事なんじゃねぇのかな?
 ……だとしたら、おれが私事で動いていけないという
 そういう道理も、有りはしないよな」
霧の国騎士「は?」
灰青王「いいや。誰にだって、
 譲れないものは一つくらいはあるって話さ」

73 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/11/08(日) 00:27:01.39 ID:EFPdgVwP
――開門都市、南側、瓦礫にまみれた廃屋
ザアアァァァ……
勇者「なんだよ、それ……」
魔王「勇者は、終わりってなんだと思う?」
勇者「……終わり?」
魔王「うん、そうだ。
 “終わり”ってなんだろうな?
 わたしは“丘の向こう”が見たかったけれど、
 “丘の向こう”は“丘の向こう”であって“終わり”じゃない。
 “終わり”というのは、文字通り、お終いのことだ。
 その先がない。
 全ての結末であると云うこと。
 多分、わたしにとって、最初の終わりは、
 勇者との出会いだったんだと思う。
 魔王城の大広間で、勇者を迎えた。
 勇者は炎のような瞳でわたしに剣を向けたよな。
 ……あれが、多分、“終わり”の一つの形」
ザアアァァァ……
魔王「勇者の剣がこの胸を刺し貫いて、わたしは息絶える。
 それがあり得た終わりの一つの形だったんだ。
 それを、魔法使いにも言われた。
 あそこで終わるのが、あり得るべき本来の形だった、とね。
 でも、わたしはそれを否定して、
 そんなのじゃない明日を探して、勇者と旅をした。
 色んな事をしたな……。
 農業の技術改革、畜産の振興、羅針盤の改良と
 風車や水車などの機械導入。
 馬鈴薯、玉蜀黍などの新しい作物の栽培指導。
 紙を作ると云うこと、教育への提言。
 メイド姉が自由主義を唱えて、
 魔法使いが種痘の技術的供与を行なってくれた。
 そのほかにも、商人子弟は官僚制度を、
 貴族子弟は中央諸国との関係改善を
 軍人子弟は民兵組織や塹壕千などの軍事技術を。
 その間にも、魔界では忽鄰塔の穏やかな改革による
 間接的な民主主義を実験してきた。
 さらには公共事業や銀行の概念、土木事業の充実まで。
 勇者と二人は嬉しかった。
 勇者と二人は楽しかった」
勇者「うん」

78 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/11/08(日) 00:32:00.39 ID:EFPdgVwP
魔王「わたしが目指した“丘の向こう”は、
 前にも云ったけれど、殆ど見たよ。
 冬越しの村は胸が温かいという気持ちを
 わたしに教えてくれた。
 開門都市は人間と魔族の新しい可能性を
 わたしにそれを見せてくれたと思う。
 でも、わたしは欲深いから、丘を登れば
 次の丘にも登ってみたくなる。
 次の、その次のあの向こう側も知りたくなる。
  丘の向こうには新しい明日があり、そこには様々な技術がある。
 技術は人々を幸せにしてくれる。
 でも、そうして生み出された技術、
 例えば農業の技術は多くの生産物を産みだし、
 余剰な人口を支えることを可能として、
 溢れた富はさらなる欲望を喚起した。
 火薬の技術は軍事的な野心を解放して、
 こんな大遠征の群馬でも引き起こしてしまった。
 とても沢山の人が死んでしまった……」
勇者「うん」
魔王「後悔は一つもしていない。
 だって勇者にも云ってもらった。
 一緒に行こうぜ、って。
 だから後悔はない……。
 この胸の痛みは、後悔ではない。
 最初にしたこと――農業改革や馬鈴薯、玉蜀黍で
 人を沢山救えたと思う。種痘も良かった。
 まだ十分に広まったとはいえないけれど、
 あれで救われる死者は数え切れないほどだろう。
 みんなも喜んでくれたし、その笑顔が嬉しかった。
 でも、だんだんと歯止めが利かなくなって、
 制御を外れていくんだ。
 良いことをするために考えた方策や技術が、
 結果として災厄を引き起こす。
 その災厄を回避するために考えた新しい技術が
 より大きな災厄を招いてしまう。
 感謝されたくて始めたことではないけれど
 あの笑顔を裏切るのは身を切られるようだ。
 なんでわたしはこんなに弱くて、
 贅沢になってしまったんだろうって。
 勇者はそれでも良いって言ってくれるけれど、
 それでも……」
勇者「それでも」
魔王「それでも、どこかで終わりはやってくる。
 だって、終わりのないものはないから」

80 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/11/08(日) 00:35:21.97 ID:EFPdgVwP
勇者「……」
魔王「だから、内緒にしてたけれど云わなければならない。
 この『開門都市』に終わりがある。
 魔王に遺伝記憶で伝わる古い命令だ。
 ――この都市の地下祭壇に勇者の骸を備えて、
 天への橋を架ける」
勇者「その橋を渡りきった先には始原の人がいる。
 胸に秘めた願いをつげて、光の彼方へ旅立つべし」
魔王「勇者……」
勇者「俺も勇者だから、そのことは知ってたよ。
 俺たち二人が戦わないと、“伝説”は終わらない」
魔王「そうか、……勇者も知っていたのか」
勇者「でも、俺は戦うつもりはないからな」
魔王「わたしにだって戦うつもりはないっ」
勇者「こっちはいざとなれば命を投げ出す覚悟ぐらいある」
魔王「わたしだってそうだ」
勇者「魔王が塔を登るべきだ」
魔王「勇者が精霊に会うべきだろうっ」
勇者「判らず屋」
魔王「勇者こそっ――いいや、待とう。話が混乱している。
 目下の問題点は、開門都市を包囲している遠征軍ではないか」
「……違う」
勇者「魔法使い!?」
魔王「魔法使いの声」
「それは、違う」

82 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage_saga]:2009/11/08(日) 00:39:24.33 ID:EFPdgVwP
勇者「何が違うんだ?」
「……開門都市を包囲している遠征軍は、確かに問題。
 でも、それは魔王の問題ではない。魔族と人間の間にある問題」
勇者「だったら俺だって魔王だって当事者だ」
魔王「そうだぞ」
「……それはつまり、関係者の一人に過ぎないということ。
 全てを背負い、解決しようとするのが、すでにして、間違い」
ひゅぉんっ
女魔法使い「……」こくり
勇者「そんな理屈、あるかよ」
魔王「どういうことなのだ」
女魔法使い「……遠い昔、一人の女の子がいました」
勇者「?」 魔王「?」
女魔法使い「……女の子は頑張り屋さんなので、頑張りました。
 とてもとても頑張りました今でも頑張っているそうです。
 頑張り終わる明日は来ません。だって終わらないために
 頑張ってる女の子を、終わらせるなんて誰にも出来ないから。
 ――おしまい」
勇者「は?」
女魔法使い「……すぅ」
勇者「寝るなよ。判らないよっ」
魔王「それは。その伝説は……」
女魔法使い「……本当に救うべきなの?
 何度も何度も世界を救うべきなの?
 この世界はそんなに情けない、救ってもらえないと滅ぶほど
 なんの力も自由意志も持たない箱庭なの?」
勇者「……」
魔王「彼女というのは」

83 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/11/08(日) 00:43:27.18 ID:EFPdgVwP
女魔法使い「……すべきではない救済だったのではないか。
 それを言うべき資格は、あるいはわたしにはないのかも知れない。
 なぜならばわたしもまた救われた存在の子孫なのだろうから。
 あの大災厄から魔族も人類も、自力で復興できたとは限らない。
 あるいはそれほどに世界のきしみと
 悲鳴は大きかったのかも知れない。
 ……それでも、わたしは問わずにはいられない。
 “あれは、救うべきではなかったのではないか?”と。
 “あれは彼らの罪で、罰だったのではないか?”と。
 彼女は、“わたしたち”から滅ぶという自由も、
 出直すべき機会も奪い取ってしまったのではないかと。
 彼女は優しくて、暖かい。
 魔王に、ちょっぴり、似てる。
 だから、魔王は選ばなければならない。
 同時に、勇者も選ばなければならない」
勇者「……」
女魔法使い「魔界と人間界に与えるかどうか」
魔王「自由を?」
女魔法使い「機会を」
勇者「だって、そんな事出来るかよっ。死ぬんだぞ!?
 目の前でっ! 一杯人が死ぬんだぞ。
 それに手を伸ばすなんて当たり前じゃないかっ!
 俺は勇者なんだ。勇者は人を救ってなんぼだろっ!」
魔王「……」
女魔法使い「救ってないかも知れない」
勇者「なんでっ!」
女魔法使い「魔王の言葉を思い出して。勇者。
 あなたの戦闘能力は、もはや戦争を誘発するほどに高い。
 あなたが人を救えば救うほど、諸侯や教会、王の欲望は高まり
 新しい戦乱を呼ぶほどに。いま人間と魔族は対峙していて
 そのどちらに勇者が味方をしても多くの人が死ぬ」

84 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/11/08(日) 00:46:06.94 ID:EFPdgVwP
勇者「だったらどちらにも味方をしない。
 両方を締め上げてでも平和を誓わせる。
 こうなりゃ力づくだ。
 女魔法使いが止めたって聞きやしないぜ。
 今はちょっと体力が落ちてるけれど、それさえ戻れば」
女魔法使い「わたしは勇者のためにならこの身を焼く。
 だから、本当にそれで勇者が良いなら、それでも良い。
 でも、ちがう。
 勇者は、後悔をする」
勇者「後悔なんてっ!」
女魔法使い「する。だって、それは人間から光を取り上げるから。
 あの娘は云った。辛くても、苦しくても、それでも成し遂げる。
 自らを傷つけてでも、正しいことを為す。それが自由だと。
 もう虫でいるのは止めると、彼女が言ったから。
 ……勇者。
 勇者は、彼女を虫だというの?」
勇者「……そ、れは。それはっ」
女魔法使い「……それを、勇者は奪うの?」
魔王「もう、手を出すなと?」
女魔法使い「……」
勇者「だってそんなのっ」
女魔法使い「……」
勇者「そんなのっ」
女魔法使い「知ってる。勇者がずっとそれを感じてきたことを。
 魔王がずっとそれを感じてきたことを。わたしは知っている」
勇者「……」
魔王「……」
女魔法使い「その気持ちは“寂しさ”」
女魔法使い「もしかしたら、それは死よりも辛い認識だけれど。
 自分が相手の役には立てないと知るのは苦しいけれど
 ……それだけなの。判って。
 それは“それだけ”なの」

85 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :[saga]2009/11/08(日) 00:48:20.94 ID:EFPdgVwP
魔王「だめなのかなぁ」 ぽろっ
女魔法使い「……」
魔王「わたしがいちゃ、だめなのかな……」
女魔法使い「……」
魔王「みんな、みんな。すごく好きだった。
 言葉には出さなかったけれど、好きだった。
 メイドの姉妹は可愛かった。
 年越祭りにプレゼントをもらったんだ。
 竜族の兵士も、鬼呼族の醸造頭領も気の良い奴らだ。
 妖精なんて、小さくて一杯一杯飛んでくるんだ。
 森歌賊の歌は優しくて透明で涙がこぼれる。
 冬越し村の村長も好きだった。
 酔うとひょうきんな歌を歌ってばかりいる。
 修道会の栽培技術者は、はにかみやだけど真面目で。
 苗を植える時期については一歩も引かないんだ。
 女騎士も、魔法使いも、青年商人も、冬寂王も
 メイド長も、火竜大公も、妖精女王も、鬼呼の姫巫女も
 銀虎王だって……」
女魔法使い「……」
魔王「勇者と、わたしが、この世界にいては駄目なのかなぁ」
ぽろぽろ
女魔法使い「“彼女”の間違いを、繰り返すの?」
魔王「……っ」
女魔法使い「……」
勇者「魔法使い。教えてくれ。知っているんだろう?
 何か手があるんだろう?
 拡張と縮退する速度が均衡するって事に関係があるんだろう?」
女魔法使い「そう」
魔王「拡張と縮退……?」
女魔法使い「この世界の復元力、維持力。そういったもの。
 魔王が余りにこの世界を拡張させようとしたので、
 強力な反発力が現われて、この世界は崩壊の瀬戸際にある」