Part8
175 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 23:41:09.98 ID:DVa9p2REo
どちらから言い出したわけでもなく、初めて出会った場所に向かっていた。
彼女をどこまで送ったらいいのか聞くべきだったのかもしれない。
男「……」
夜にも変わらず、コンビニは照明がまぶしかった。
男「……何か買いますか?」
魔女「ん? 私は、もう良い」
魔女「キミに入り用のものがあるのだったら、私はここで待とう」
男「ああ、いえ。僕は、大丈夫です」
魔女「そうか」
魔女は何かを考えているようだった。
会話も弾まず、足が重く感じられた。
176 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 23:44:21.78 ID:DVa9p2REo
男「……」
魔女「……」
男(ここだったな)
昨夜、月を見ていた僕はここで魔女に出会ったのだ。
魔女「……感謝する。今日一日、付き合ってくれて」
男(そうか、ここで終わりか)
男「……いえ。大したことはしていませんよ。どうでした? 僕の国の文化は、何か分かりましたか?」
魔女「そうか、そうだった。ふふ」
魔女「そういう体裁であったな。忘れていたよ」
彼女の口から体裁などという言葉を聞くのは、とても残念な気がした。
177 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 23:48:33.84 ID:DVa9p2REo
魔女「面白いところだったよ。私の知らないものばかりで、驚くことばかりだった」
男「まだたくさん、あなたの知らない面白いことがありますよ」
魔女「そうだろうな」
男「他にも見せたい場所が数え切れないほどあります。例えばーー」
魔女「それを見ることができないのは残念だな」
男「……」
魔女「キミには感謝してもしきれない。私の我がままを聞いてくれて、ありがとう」
魔女「キミに会えてよかった。この時間を過ごすことができた」
178 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 23:50:34.21 ID:DVa9p2REo
男「いや、まだ……」
魔女「私は自分の国に帰らなければならない。そこが私の本来いるべき場所だから」
男(そんな……)
魔女「楽しかったよ。心からそう思う」
魔女「本当のことだ」
魔女「こんなに楽しい日を私は他に知らない」
魔女「ありがとう」
179 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 23:53:01.03 ID:DVa9p2REo
彼女は2,3歩前に進むと、くるりと振り返った。
魔女「それでは、ここでさよならだ」
魔女「もう二度とキミには会えないだろうが、私は今日のことを覚えておこう」
魔女「……元気で」
微笑むと、彼女は背を向けて歩き出した。
180 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 23:54:48.96 ID:DVa9p2REo
男「待った、待って下さい!」
魔女「どうした? 何か忘れ物か?」
男「僕はあなたと、まだ話がしたい」
魔女「すまない。私はキミに迷惑ばかりをかけたな」
男「僕はそういう話がしたいんじゃない」
魔女「……」
男「僕は、これからのことを話したいんです」
魔女「……今日の日のお祭りはもう終わった」
男「どうしてですか? 今日が終わってもまた明日、話をすればいいじゃないですか?」
魔女「キミにはもう会えない」
男「……!」
181 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 23:56:05.96 ID:DVa9p2REo
男「確かに、今日で仮装は終わりです。だけど、あなたが消えていなくなるわけじゃない」
魔女「……」
男「また、どこかで会えませんか? いつでも良いです」
魔女「もう、会えないと言っただろう?」
男「……それは、僕と会うのはもう嫌だってことですか?」
魔女「っ」
魔女「キミは……悪くない。非があるとすれば私のほうにある。言っただろう? 帰らなければならないと」
魔女「ここにもう来ることはできないんだ」
182 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 23:57:21.25 ID:DVa9p2REo
男「どうしてですか? 遠いところに住んでいるんですか? それとも他に、事情があるんですか?」
魔女「そうだ。私の国は、遠いところにあってーー」
男「日本じゃない? 海外ですか?」
魔女「……魔法の国だと言っただろう」
男「そうじゃない、現実の話をしているんです」
魔女「……もう、やめてくれ」
男「僕が嫌いなんだったら、そう言って下さい。そっちのほうが、いっそ諦めもつく」
魔女「……」
男「今日一日だけだった。それでも、あなたの好きなことや嫌いなことを知って」
男「あなたの笑った顔や泣いた顔を見た」
魔女「……っ」
183 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 23:57:59.78 ID:DVa9p2REo
男「こんなのでお別れなんて、納得できない」
男「僕は、僕はあなたを。あなたともっとーー」
魔女「やめて」
男「……っ」
魔女「……、やめなさい」
184 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 23:59:24.87 ID:DVa9p2REo
魔女「……」
長い沈黙があった。
彼女は僕に背を向けると、言った。
魔女「キミは」
魔女「いい加減に、するべきだ」
男「……」
魔女「分からないか?」
魔女「私は、今日を素敵な思い出にしたい」
魔女「そのためには、ここで終わるべきだ」
185 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/30(日) 00:01:51.33 ID:7ttSL2+/o
男「そんな。僕はまだ」
魔女「……やめろと、言った」
男「けど、こんなんじゃ納得できません」
魔女「……っ」
男「こんな終りじゃ、僕は……」
魔女「……」
男「僕はまだ、あなたとーー」
魔女「……、……私?」
魔女「……キミは今、私のことを言ったな?」
186 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/30(日) 00:03:03.22 ID:7ttSL2+/o
魔女「……私は何だ? キミは私の何を知っているのだ?」
男「……」
男「あ……」
男(それは、それはーー)
魔法を使える。箒で空を飛べる。大国から正式に認定された魔女。故郷は平和な国で。
それで……。それから……。
男(これは、この話は……)
187 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/30(日) 00:04:07.98 ID:7ttSL2+/o
魔女「キミは私のことなど何も知らない」
魔女「キミが今日知ったのは、魔女の仮装をした私」
魔女「すべて、作り物だ」
188 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/30(日) 00:05:59.94 ID:7ttSL2+/o
魔女「これは言いたくなかった」
魔女「本当は、別の人と来る予定だったんだ。私は今日のために、今日を楽しむために」
魔女「この服も、道具も一生懸命揃えて。細かい部分まで考えて」
魔女「でも、その人が来れなくなった」
魔女「ずっと今日のことだけを考えていた。ずっと楽しみにしていた。それなのに」
魔女「だから。一人でも、魔女になりきって。一日中楽しもうって思った」
魔女「そのときに会ったのが。キミだ」
魔女「キミは、こんな私の演技に嫌な顔をせずつきあってくれた。だから、私も思わず調子に乗ってしまった」
魔女「楽しかったのは嘘ではない」
魔女「感謝しているのも嘘ではない」
魔女「だから、こんなことは言いたくなかった」
魔女「だからこそ、こんなことは言いたくなかった」
魔女「こんな喋り方も本当はしないのだよ。変だろう?」
顔を背けたまま、畳み掛けるようにまくし立てられた。
189 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/30(日) 00:10:06.54 ID:7ttSL2+/o
何を言えば良いのか分からなかった。
罵れば良いのか、泣き言を漏らすのか。
自分の感情が分からなかった。
男「……」
魔女は僕に振り返ると、告げた。
魔女「もう会うこともない。私という架空の存在は、この世界にはもういないのだから」
魔女「……」
魔女「キミの人生がより良いものになることを祈っているよ」
魔女「これは本当の気持ちだ」
魔女「……さよなら」
そして魔女は去った。
190 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/30(日) 00:11:01.04 ID:7ttSL2+/o
男「……」
立ち尽くした。
分かっていたよ。そんなことは。
魔女なんていないんだ。魔法なんてない。
丁寧に作りこまれた設定を、ちょっと面白そうに思ったから。
その崩れない演技に、感心したから。
だから一日中付き合ったんだ。
最悪な気分だった。
実は全部演技でした。あなたも分かっているはずでしょうなんて。
お祭りはもう終わりよ、なんて。
あんまりじゃないか。
191 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/30(日) 00:12:02.94 ID:7ttSL2+/o
トリック・オア・トリート。
ひどい悪戯をされたものだ。
男「……ミルクココアあげたのに」
魔女め。
こうして、僕のハロウィンは終わった。
192 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/10/30(日) 00:13:22.08 ID:tZ1nZavA0
うそん
193 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/30(日) 00:13:53.96 ID:7ttSL2+/o
今日は以上です。
194 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/10/30(日) 10:11:50.00 ID:3QD/xfoJ0
乙
195 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/31(月) 11:37:49.83 ID:IZEJSARdo
夜道を一人で帰る。
男「あーあ。もう次の日か」
どっと疲れを感じた。思い返せば、ずっと遊んでいたのだ。
しかも騎士の格好で。
男(みっともない話だ)
のぼせ上がっていたのだろう、僕は。
ハロウィンに変な女の子と関わり合いになったと、笑い話にできるだろう。
ただ、そうなるまでにはもう少し時間が必要だった。
どれくらい必要なのか、今はちょっと予想がつかないが。
196 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/31(月) 11:41:09.88 ID:IZEJSARdo
無造作にポケットに手を突っ込んだ。
男「……ん?」
何かが触れる。
取り出すと、金色に輝く硬貨。魔女から唯一もらったもの。
紛い物なのに随分と重く感じる。それを腹立たしく思った。
大きく振りかぶると、どこか遠くへ向かってーー
男「……はぁ」
投げられずに手のひらの金貨を見つめた。
男「女々しい野郎だ」
197 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/31(月) 11:43:20.57 ID:IZEJSARdo
男「カッコ悪いね……」
比べて金貨は良く出来ていた。おもちゃにしては随分と精巧な造りだな、と思った。
その金貨が何かの光を受けて、キラリと輝いた。
男(? 何だろう?)
辺りを見回したが、光源は見つからない。
また、キラリと輝いて。
今度はそれが何か見当がついた。
男(雷か……)
見上げたが、雲なんて一つもない。
なのにまた一瞬。空が光った。
198 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/31(月) 11:44:53.12 ID:IZEJSARdo
ゴロゴロゴロ
雷の音がする。
昨夜もそうだった。
雨も降っていないのに、雷が落ちたのだ。
その後、魔女の格好をした彼女に出会った。
不意に。
自分が何かとんでもない間違いをしていたんじゃないかと考えた。
199 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/31(月) 11:45:23.31 ID:IZEJSARdo
男(いやいや……)
すぐに打ち消す。
そんなことがある訳がない。
男(まさかね)
確かに、彼女の設定も演技も素晴らしいものだった。
それは事実だ。
詳細まで作りこまれ、彼女はこちらの世界のことを何も知らなかった。
それはまるで異世界からやってきた本物の魔女のようだった。
200 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/31(月) 11:46:15.47 ID:IZEJSARdo
男「……」
男(想像力の働かせすぎだ、こんなのは)
あるいは自分の願望だろうか。
男(あり得ないことを信じるなんてーー)
男「みっともないし」
男「……」
どうせ一日、みっともないことをしていたのだ。
この際、どこまでも。
僕は走り出す。
201 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/31(月) 11:48:41.17 ID:IZEJSARdo
ゴロゴロゴロ
先ほどまでの場所に彼女は見当たらない。
男(……もう帰ってしまった?)
男(いや、もしもあの落雷が関係あるんだったら)
男(雷が落ちるまでは。まだ猶予があるはずだ)
とても馬鹿らしい考えだとは思ったが、あの雷が落ちるまでは彼女を探そうと思った。
202 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/31(月) 11:49:35.18 ID:IZEJSARdo
ゴロゴロゴロ
いない。見つからない。
特徴的な黒い三角帽に黒いマント。背丈ほどもある箒。
男「……」
ウェーブがゆるやかにかかった長い髪。
爛々と輝く瞳。
芝居がかった喋り方。
ころころ変わる表情。
ゴロゴロゴロ
男(どこだ……)
203 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/31(月) 11:50:57.38 ID:IZEJSARdo
雷鳴が徐々に大きく聞こえてくる。
もしも、彼女を見つけるより先に、あの雷が落ちてしまえば。
もう二度と彼女には会えないような気がした。
男(……あの雷の鳴る方向へ)
走った。