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魔女「ハッピーハロウィン・オーバーナイト」
Part7


150 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 22:00:14.90 ID:DVa9p2REo
「何がハロウィンだ!! 馬鹿馬鹿しい!」
カウンターにてコーヒーとココアを待っていると、店内に怒号が響いた。
場にそぐわぬ声に振り返ると、さっきすれ違った男だ。
「くだらねえんだよ!」
ゾンビの仮装をした男性に、掴みかからん勢いで吼えている。
男(何かトラブルでもあったのかな?)
「お、お客様。当店は今夜はハロウィンパーティとの前提で、開催しておりまして」
店員に宥められるも、彼の気はおさまらない。
周囲の客も談笑をやめ、遠巻きにして見ている。

151 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 22:02:30.28 ID:DVa9p2REo
「わ、悪かったよ。そんなつもりじゃなくて」
ゾンビの男は引きつりながら、言葉を返す。
どうやらその場のノリで、ちょっかいをかけてしまったらしい。
男(こういうのが好きになれない人もいるだろうが……)
「ああ? じゃあどういうつもりなんだよ、てめえ?」
男(少し、興奮し過ぎだ)
酔った影響もあるのだろう、顔を赤くして怒っている。
そのときだった。
全身真っ黒に包まれた姿が、その場に現れた。
男「え……」
魔女「何をそこまで怒っているのだ?」
凛とした声が響いた。

152 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 22:04:32.88 ID:DVa9p2REo
「あ? 何だ、お前は?」
魔女「私は偉大な魔女だ」
「は?」
魔女「私のことは良い。今そなたが何に怒りを感じているかが問題だ」
「……そなた? 舐めてんのか、てめえ?」
魔女「そのようなつもりはない。気に障ったなら謝ろう」
「っは。何だその喋り方は。魔女になりきっているつもりか?」
魔女「……、何をそんなに怒っているのだ」
「てめえには関係ないだろ?」
魔女「そんなことはない。私もこの場に居合わせた」
魔女「関係ないと、見て見ぬ振りはできぬ」
「何かのキャラクターか? ……そういうのが癪に障るんだよ」

153 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 22:08:35.73 ID:DVa9p2REo
「このハロウィンって騒ぎを皆が皆楽しんでいるわけじゃない」
「てめえらは何も考えず好きに騒げばいいだろうが、迷惑に思う人間もいるんだよ!」
魔女「……そう、か。そうだな」
魔女「誰かの我がままに、振り回されている人もいるかも知れない。……すまない」
「っ……」
思いがけず彼女は消沈し、その謝罪の言葉に、彼は少しうろたえたようだった。
根は悪い人間ではないのかもしれない。
だが、引っ込みがつかないのだろうか。
「そ、そもそもが気に食わない。いい歳の大人が気味の悪い格好をして楽しむなんてな」
魔女「……気味の、悪い……」ポツリ

154 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 22:17:15.41 ID:DVa9p2REo
男(成り行きを見守っている場合じゃない)
だが、どうすればいい。
何とか場を上手くおさめることは出来ないだろうか。
男(このまま割って入るか? けど……)
ふと自分の腰に下がっている剣を思い出した。
男(そうか。そうだな。だが、これは……)
彼女の横顔は、心なしか青ざめているように見えた。
躊躇する時間は必要なかった。
僕が恥をかくだけで、すむならば。

155 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 22:19:13.67 ID:DVa9p2REo
男「ちょっ、ちょっと待ったああああああ」
シュタッと身を躍らせて、彼女の前に立つ。
息を大きく吸い込む。
「? 今度はなんーー」
男「嗚呼! なんたる不覚! 我が主をこのような危機に晒してしまうとは!」
ぽかんとした。
僕以外の皆が。
魔女「え……」
魔女も含めて。

156 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 22:21:38.87 ID:DVa9p2REo
男「主様!? 大丈夫ですか、お怪我はありませんか?」
魔女「……え? あ、ああ。大丈夫だ」
男「この私めがみるくここあを買いにお側を離れたばかりに! ああ! 何たる失態!」
男「我が主様の騎士としてなんと恥ずべき行い! ああ! 面目ない!」
ガックリとうな垂れる。
魔女「……いや……」
彼に向き直る。
男「貴殿! 我が主に仇なすとは不届きな輩め!」
「何だお前……酔っているのか?」
かなり困惑しているようだった。よし。

157 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 22:22:58.96 ID:DVa9p2REo
男「はっ!? も、もしや貴殿、人ではないな? む! その、正体は……」
男「竜! 悪竜か!」
男「おのれ、悪竜の化身であるな。この国を侵略せしめんとは。恐ろしき竜め!」
「何言ってんだ……」
僕にもよく分からない。
が、かなり引いているようだ。
魔女「……」
……よ、よし。

158 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 22:24:09.05 ID:DVa9p2REo
男「おのれ竜め!」
男「貴殿がもしも仇なすというのならば、我が主より授かったこの剣にてーー」ガッ
男「……?」
男「この、剣にてーー」ガッ
男「……」
抜けない。にせものだ。
「……お前、恥ずかしくないのか?」
さっきまでの興奮はどこへやら、ひどく冷静な様子で問われた。
割とダメージを負う。
男(……かなり)
何とか微笑んで返す。

159 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 22:24:55.01 ID:DVa9p2REo
男「悪しき力を持つ竜よ。恐ろしい竜よ。来るというなら容赦はせぬ」
男「この剣が鞘から抜ければ、たちまちにーー」
魔女「それは、抜けないのではなかったか……あ。す、すまない」
男「……」
「はっ。ご主人サマから心配されてるじゃねーか」
男「……。くっ、さすがは恐ろしき竜。しかし、この剣が抜けずとも!」
男「たとえ私では勝てぬとも! だが、退くわけには行かぬ!」
男「敗北に沈もうと、恥辱に塗れようと、主様だけは守り抜く! その心こそ我が剣!」
魔女「……」

160 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 22:26:49.35 ID:DVa9p2REo
「……」
男「どうした、来るのか。帰るのか。帰ろうか。もう帰りませんか。もうよろしいじゃないですか」
「ちっ……もういいよ。付き合わされてるこっちが恥ずかしい」ツカツカ
男(……はぁ)

161 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 22:27:52.20 ID:DVa9p2REo
何とか彼は去ってくれたものの、周囲のぎこちない空気はまだ流れている。
周囲の視線を感じながら、僕は続けた。
男「ご無事でしたか? 我が主様よ!」
男「助けに馳せ参じました……っ」
彼女の前にうやうやしくひざまずく。
魔女「……」
男「しかし、僅かであっても御身を危険に晒したこと、誠に申し訳ありませぬ……っ」
男「その罰、何なりとーー」
魔女「よい。かまわぬ」
男「何と、ありがたきお言葉!」
魔女「……それよりーー」
男「?」
魔女「悪竜を撃退した手際、見事であった。……褒美をつかわす」
彼女は僕の顔の前に手を差し出す。
男「っ……」

162 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 22:28:54.10 ID:DVa9p2REo
手を取ると、その甲に軽くキスをした。
おお、と周囲から小さな歓声を聞いた。
狼男「やあやあ! 騎士さまが恐ろしきドラゴンを撃退なさったぞ!!」
ゾンビナース「さすがは騎士さま! その勇ましい剣によって主をお守りになったわ!」
狼男「二人を祝して杯を空けようではないか! 乾杯!」

163 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 22:30:12.99 ID:DVa9p2REo
……
男「さすがにやりすぎた……」
席に戻り、羞恥に頭を抱える。
魔女「恥ずかしいことなど何もない。キミは勇敢だった。とても、とても」
男「あれでは騎士というより道化です」
魔女「ふふ。分かっているよ。あの場を収めるために、わざとそうしてくれたのだろう?」
男「……上手く行って良かった」
僕の力じゃない。
あのゾンビナースと狼男のカップルが、上手に盛り上げてくれたおかげだ。
魔女「やっぱりキミは……」
とても嬉しそうに手の甲を見つめながら、彼女は言った。
魔女「キミは騎士だよ。私の騎士だ」

164 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 22:31:19.19 ID:DVa9p2REo
男「身に余る光栄です」
魔女「ふふふ。……そうだ。忠義には礼を持って応えねばなるまい。キミに私と踊る名誉を授けよう」
ダンスフロアを指し示した。
男「僕は踊れません。踊ったことがない」
魔女「何だと。それは拙いな。騎士たるもの、舞踏のひとつもこなせねばな」
魔女「よし! 私がじきじきに教えてやる」グイッ
男「えっちょっ」

165 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 22:32:49.68 ID:DVa9p2REo
彼女がその旨を店員に切り出すと、快く承諾された。
照明が少し落とされ、BGMがゆったりとした曲調のものに変わった。
魔女「まずは……、そうだな。手をぎゅっと握れ」
男「こう、でいいんですか」ギュッ
魔女「……」ホッ
男「どうかしました?」
魔女「何、少し気にかかっていただけだ。……箒で空を飛ぼうとしたとき、言っただろう?」
男「飛ぼうとしたとき?」
魔女「覚えてないならいいんだ。つまらないことだ、忘れろ」
男「あなたとこうやって手をつなぐことができて、嬉しいです」
魔女「……う。き、キミはいじわるだ……」

166 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 22:34:04.93 ID:DVa9p2REo
彼女の指示で、少しずつ簡単なステップを覚えていく。
苦労するが、彼女は熱心に教えてくれた。
男「……どうですか、こんな感じですか?」
魔女「いいぞ、慣れてきたのなら私の目をまっすぐ見ろ」
男(顔が近い)
魔女「……あまり見るな」
男「どっちですか」

167 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 22:38:28.79 ID:DVa9p2REo
ハロウィンの夜に、魔女と踊る。
さして僕は上手には踊れなかったが、それはもうどうでも良かった。
僕は魔女をずっと見ていた。
楽しそうに僕と踊る魔女を。
男(……ああ、しまったな)
そんなつもりじゃなかったのに。
目が合うと、魔女は恥ずかしそうに照れて俯いた。
男(……彼女はどう思ってるんだろう)

168 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 22:40:37.86 ID:DVa9p2REo
……
魔女「初めてにしては、上手くやっていたぞ。褒めてやろう」
男「ありがとうございます。私のようなものと踊っていただけるとは。光栄にございます」
魔女「ふふふ」
男「あはは」

169 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 22:44:28.63 ID:DVa9p2REo
魔女「……」
男「? どうかしましたか?」
魔女「う、うん。こんなことでは礼にはまだまだ足りぬと思う、が」
男「え?」
魔女「す、少し待て……」フー
男「あの、どうしたんですか?」
魔女「大丈夫だ……よし」
キッとした表情で、僕の顔を見た。
そして、目を閉じると僕の頬に軽く、口づけた。

170 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/10/29(土) 23:14:39.16 ID:WCkjbVbA0
いいなあいいなあ

171 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 23:30:48.76 ID:DVa9p2REo
外はもう真っ暗だった。
男「熱い」パタパタ
身体にまだ熱がこもっていた。
酔いの熱と、それから。
魔女「熱いな」パタパタ
彼女も頬を赤く染めて、それをぱたぱたと手で仰いでいた。
魔女「少し、飲みすぎてしまっただろうか?」
男「踊ることを教えていただき、ありがとうございました」
魔女「ふふ、良い。次は……、いや。キミにも、この先踊る機会があるかもしれぬ。できぬよりかは、覚えておいたほうがいいぞ」
男「努力しましょう」
魔女「うむ」

172 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 23:33:34.36 ID:DVa9p2REo
外の冷たい空気に、頭の熱が少しずつ奪われていくのが分かった。
男(『次は』……彼女と踊る機会は。もうないのだろうか……)
魔女「……そうだ」
男「?」
魔女「その貸衣装を返さねばなるまい」
男「え……」
魔女「仮装のお祭りは今日一日だけだろう?」

173 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 23:36:37.64 ID:DVa9p2REo
店に寄り、スーツの姿に戻る。
コートを羽織ったが、妙に寒い。
魔女「どうした?」
男「いえ、何だか騎士の格好に慣れてしまって。スーツ姿も妙な心持になります」
魔女「はは、そうか。だが、私はそのすうつ姿も良いと思うぞ。似合っている」
男「それはありがとうございます。ところで、あなたはーー」
魔女「何だ?」
男「……いえ。あなたは寒くないんですか?」
魔女「この外套は暖かいんだぞ?」
格好を戻さないのか、という言葉をすんでのところで止めた。

174 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 23:38:49.36 ID:DVa9p2REo
もうすぐ今日が終わる。
口に出すことはなかったが、それは分かっていた。
男(そうしたら、その先はあるんだろうか)
『今日一日、私と一緒にいてくれないだろうか……?』
今日一日だけの話だった。
最もな話だ。ハロウィンは、仮装は、今日一日きりなのだから。
だけど。
男(今日が終わった、そのあとは……?)

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