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魔女「ハッピーハロウィン・オーバーナイト」
Part6


125 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 16:32:35.73 ID:DVa9p2REo
「「「トリック オア トリート!」」」
店内にジョッキをぶつけあう音が響く。
選んだのは、二人でゆっくりと話ができるようなところだった。
魔女『皆で騒ぐよりも、キミと話がしたいかな……』
ポツリとそう呟かれれば、僕はそれに従うほかない。
仮装をしていない人たちもちらほらと見かけたが、
店内にはモンスターが跳梁跋扈していた。

126 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 16:35:09.40 ID:DVa9p2REo
南瓜野郎の光の下で。
悪魔が闊歩し、ゾンビが這い回る。
ゴーストはふわふわと漂い、狼男は月を眺めて。
ミイラ男が包帯を巻きなおし、吸血鬼はトマトカクテルを頼んでいた。
そして魔女は。
林檎酒を飲んでいた。

127 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 16:36:42.37 ID:DVa9p2REo
男「本当に、あの大丈夫なんですよね? お酒、大丈夫ですよね?」
魔女「何度か飲んだことがある。年齢も問題はない。キミは心配性だな……んくっんくっ」ゴクゴク
男(……何歳なんだろ)
魔女「何だ、そんな目で見て……まあ、本当は。飲んだことがあるって言っても父上のをこそっとくすねたくらいだが」ボソ
男「大丈夫じゃないですよ、それは。飲みすぎて酔っ払わないでくださいね?」
魔女「大丈夫と言っているだろう? 何をそんなに心配しているんだ? キミは」
男「酔っ払って、大きな魔法でも使われたら困りますから」
魔女「え?」
男「大騒ぎになります。それじゃ、楽しめなくなるかもしれないじゃないですか」
ビックリした顔をした。
それが次第に笑顔にかわっていき。
魔女「キミは……キミは、とても素敵だな! とても素敵だ!」
嬉しそうにはしゃいだ。

128 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 16:38:11.55 ID:DVa9p2REo
魔女「ふふふ。心配はいらぬ。何せ私は偉大な魔女だからな。自身を律することを心得ている」フフン
男「本当ですか?」
魔女「ふふ。しかし、そうだな。もしも……もしも私が。自分で望まぬ魔法を使ってしまいそうなときは、キミが止めてくれ」
その瞳が潤み、悪戯っぽい眼差しで僕を見た。
魔女「それは騎士の役目のはずだ」
男「その仕事、喜んで承りました」
魔女「頼んだぞ。よし、だったら誓いの乾杯だ!」カチャン

129 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 16:40:23.86 ID:DVa9p2REo
魔女「む、私か? 私は三十も半ばをとうに過ぎたぞ」
男「……へ?」
男(あれ? もうアルコールが回ってきたかな?)
魔女「何を驚いた顔をしているんだ……っ、そうか、もしや!? この国では法が違うのか?」
魔女「私としたことが失念していた。ここでは飲酒は何歳から許されているのだ?」
男「……に、二十歳ですが」
男(きっと聞き間違いだな)
僕も普段から酒を飲む習慣がなかったから、少し感覚が鈍くなっているのかも知れない。
魔女「二十!? 随分寛容な国だな! いや、他国の法に口を出すのも不作法ではあると知ってはいるが……まだ幼い時分から飲む習慣があるのか……」
男(うんうん。きっとそうだな。聞き間違いだ。きっとそうに違いない)
魔女「ある面で厳しいと思えばある面で寛容でもある。異なる文化に接するのは学ぶことが多く面白いな」
男(たとえそうだとしても、何も問題などないしな。うんうん)
だが確認はしなかった。

130 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 16:43:22.88 ID:DVa9p2REo
ナースゾンビ「おっとっとっと。ごめんね邪魔しちゃって」
僕たちの座るテーブルにナースゾンビが寄りかかった。
ナースゾンビ「ここ狭いからさ。ほら、あそこのエリアでダンスまで踊っているもん」
見るとスリラーを踊っているのはゾンビだ。
ナースゾンビ「ハッピー・ハロウィン? 楽しんでる?」
魔女「ああ。素晴らしい日だ」
ナースゾンビ「ふうん。魔女さんと、こっちのカレは騎士ね。お似合いね」
魔女「そう思うか?」
ナースゾンビ「ええ。とっても」
魔女「それは嬉しい」ニコニコ

131 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 16:47:07.01 ID:DVa9p2REo
ナースゾンビ「可愛い話し方をするわね。ね、あなた、どちらの出身?」
魔女「私は☪♣♬☾から来たものだ。そこの正式な魔女だ」
女性の目がちらりと僕に泳いだ。にこりと微笑み返す。
ナースゾンビ「あー、知っているわ! あの、綺麗でおてんばのお姫様がいるってところ……だったかしら?」チラッ
男(ごめんなさい、僕には分からないです)
魔女「知っているのか?」
男(あたったのか)
ナースゾンビ「ええ、飼ってる猫が言ってたの」
なかなか上手なお姉さんだ。ゾンビなのが悔やまれる。

132 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 16:49:01.70 ID:DVa9p2REo
魔女「そうか。やはりこの国にも知る人はいたか」
ナースゾンビ「彼氏さんも同じ国かしら?」
男「あ。いや、僕は」
魔女「うむ。その国に仕える騎士だ。なかなか立派であろう?」
男(彼氏でも騎士でもないんだけど)
ナースゾンビ「へえ! 幻想的な二人なのね」
男(幻想的か……)
ナースゾンビ「あ、ごめん。狼男が寂しげに吠えてるわ。じゃね、素敵な夜を」

133 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 16:50:10.41 ID:DVa9p2REo
魔女「ふむ。意外と知られているのだな、私の国も。王女のことが有名だとは思わなかった」
男「綺麗でおてんばなんですか?」
魔女「そう言われているようだな」
彼女は林檎酒の入ったジョッキを見つめた。
魔女「実を言うと、私は魔法の研究ばかりをしてきた。あまり俗で言われているようなことは知らないのだ」
男「魔法の研究……」
魔女「ああ。毎日そればかり。今日のように遊ぶこともなかった。だから、これまでに妙な振る舞いも少なくなかったと思う」
男「僕からすると新鮮で楽しいですよ」
魔女「……うれしい。とてもうれしい。ありがとう」ニコ

134 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 16:54:46.23 ID:DVa9p2REo
男「そうだ。魔法のこと聞いてもいいですか?」
魔女「魔法?」
男「ええ。僕には魔法が使えない。だから興味があって」
魔女「……」
彼女は思案したが、それもほんの少しの間のことだった。
魔女「本来、魔法は門外不出の技法だ。だが少しくらいなら、いいだろう」
魔女「私がキミに教授してやろう」
男「それはありがとうございます、先生」
魔女「……先生? 私が、先生か! ふむ。良いな、良い響きだ」

135 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 16:56:19.83 ID:DVa9p2REo
魔女「魔法とは、想いを形にする技術だ」
男「想い?」
魔女「ああ。心の中の願いや何かを成し遂げようとする意志。そういったものの力を用いて事象を起こす」
魔女「もちろんそれは誰でも持っている力だ」
魔女「例えばキミが今、そこにある林檎酒を飲みたいと思ったとしよう」
目の前のジョッキを指し示した。
魔女「キミは手をのばし、杯を掴み、林檎酒を飲む」
魔女「魔法はその代わりができる。腕を動かさずに、杯を口に運ぶことができる」
魔女「わざわざ、そのようなことで魔法は使わないがな。手で取った方が早い……んむっ」ゴクゴク

136 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 16:57:30.80 ID:DVa9p2REo
魔女「魔法の最大の利点は、その手段や過程に通常では不可能に近いものを選択できるということだ」
魔女「しかし、魔法は心のあり方が強い影響を及ぼす」
魔女「人の心は移ろいやすい」
魔女「今は林檎酒を飲みたいと思えば、しかし次の瞬間にはみるくここあを飲みたいとも思う」
男(もしかして飲みたいのかな?)
魔女「それが影響して失敗してしまう。私は偉大だから、もうそのような簡単なものでの失敗はないが」
魔女「その魔法が複雑かつ大きいものであるほど、行使が難しくなっていくのだ」
男「そうなんですか」
男(分かったような分からないような)

137 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 16:58:49.34 ID:DVa9p2REo
魔女「キミは使ってみたい魔法などあるのか?」
男「使ってみたい魔法……そうですね、何だろう。空を飛んでみたいかな」
魔女「? 何を言っておる。箒があるだろう? 魔法を使うまでもないことだ」
男「ああそうか、そうでした。うーん。だったら……」
男(何だろう、使えたら便利な魔法とか……あ)
男「そうだ、すぐに場所を移動できる魔法なんてあればいいかな」
魔女「……ふむ。であれば転移魔法になるか」

138 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 17:00:03.89 ID:DVa9p2REo
男「転移魔法?」
魔女「ああ。今いる場所から、思い描いた場所にすぐに移動できる魔法だ」
男「それは便利ですね。じゃああなたはーー」
魔女「先生と呼べー」
男「じゃあ先生は、気軽に旅行ができますね」
魔女「……む。それなんだが、実は、それはできない」
男「え?」

139 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 17:01:31.69 ID:DVa9p2REo
魔女「転移魔法は、今ある魔法の中でも特別に難易度が高いんだ」
魔女「高度な技術を持っている者、あるいはそうした者の補助がなくては非常に行使が難しい」
魔女「その上で、目的地に強い心像を持っていなければならぬ。どうしてもその場所に行きたいという望みとともに」
魔女「だから見知らぬ場所を旅行したい、などという軽い気持ちでは成功しないだろうな」ゴクゴク
男「……」
魔女「? そんなに残念かな?」
男「あ、いえ……」
魔女「考えてもみよ。各々が好きな場所に簡単に行けるようになれば、社会として問題が起きよう。踏み入るべきでない場所というものもある」
魔女「先生は、そう考えるぞ」エッヘン
男「そうですか……?」
魔女「……煮え切らない顔をしているな。何か聞きたいことがあるのか?」
男「いえ。少し疑問に思っただけなんですけど」
魔女「うむ?」
男「だったら、あなたはどうやってこの国に来ることができたのかなって思って」

140 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 17:03:22.32 ID:DVa9p2REo
魔女「あ……」
彼女がしまった、という顔をしたのを見て、質問を間違えたことに気がついた。
魔女「……それは……」
男「あ。いや、すいません。分かってたことでしたね」
魔女「……え?」
男「あなたは偉大な魔女でした。聞くまでもなかったことでしたね」
魔女「……」
男「すいません、あはははは」
魔女「……、そうだな」
男(……失敗した)

141 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 17:04:13.67 ID:DVa9p2REo
慌てて場の空気を変える話題を考えたが、こんなときに限って全然思い浮かばない。
男「楽しいからついつい飲みすぎてしまいました。……ちょっと、席外しますね、すいません」
無理にでも言葉を口にしようとして、出たのは結局それだった。

142 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 17:05:54.98 ID:DVa9p2REo
化粧室
男「……」
鏡を見ると、騎士の仮装をした自分がいた。
自分が思わぬショックを受けていることに気がつく。
男(馬鹿だな、僕も)
男(まさか本当に、彼女が異世界から来た魔女だとでも思い込んでいたのか?)
『目的地に強い心像を持っていなければならぬ。どうしてもその場所に行きたいという望みとともに』
『だから見知らぬ場所を旅行したい、などという軽い気持ちでは成功しないだろうな』
彼女は、この国のことを何も知らなかったはずなのだ。
魔女『あ……』
彼女もそれに気がついたから、あんな顔をしたのだろう。
矛盾を感じたからといって、簡単に口に出すべきではなかった。

143 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 17:07:39.89 ID:DVa9p2REo
魔女の仮装。
もちろんそんなことは理解している。
ただ、彼女の話の中に見つけた小さなほころび。
それが、今日一日の時間は絵空事の上に成り立っているものだと僕に思い出させた。
今日のハロウィンが終われば、彼女の魔女というキャラクターはいなくなる。
魔法が解けてしまうように。
男「……なんてな」
僕が動揺したのは、それを意識してしまったからだ。
それほど、彼女と一緒にいることは楽しかった。

144 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 17:08:20.77 ID:DVa9p2REo
男「……戻るか」
ハロウィンが終わるまでにはまだ時間がある。
男「っ」
「っと」
出ようとして、入ってきた男性にぶつかりそうになる。
奇妙な柄のシャツを着ていた。
男「あ、すいません」
「ん? ……っは」
男「?」
僕を見ると、小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「楽しいのか、それ?」
男(騎士の仮装のことか)
どう答えようかと思ったが、そのうち興味をなくした様ですれ違っていった。
服の奇妙な柄は、巨大な蛇だと気がついた。

145 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 17:09:32.83 ID:DVa9p2REo
男「……あれ?」
戻ってみると席に彼女の姿がない。
辺りを見回すが、見つからなかった。
男(どこか行ったのかな?)
とりあえず座ったが、あの特徴的な魔女の姿は見当たらない。
テーブルの上には、飲みかけのジョッキが二つ。
男(……まさか帰った?)
男(何も言わずに?)
男「……そんな」

146 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 17:10:40.38 ID:DVa9p2REo
男(さっきの質問が良くなかった? まさか、そんなことで?)
そう思ったとき。
林檎酒のジョッキに彼女の顔が映った。
「だーれだ」
視界が塞がれた。
男「……」
「む? だーれだ?」
男「……偉大で、いたずら好きな魔女」
魔女「その通り、正解だ!」
にこにこと微笑みながら向かいに座る。
魔女「さっき狼男がやっているのを見た。……? どうした?」
男「少し驚いてしまって。どこに行ったのかと思いましたよ」
魔女「私もいたずら好きだということを見せたくてな。……私には、いたずらは似合わないだろうか?」
男「誰よりも似合っていますよ」
魔女「うしし」

147 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 17:11:26.91 ID:DVa9p2REo
意気揚々と物を語り、目を輝かせながら話に聞き入り、コクコクと喉を鳴らして林檎酒を飲む。
楽しげな彼女の様子を見ながら、頭の隅で考えた。
明日には彼女は何をしているのだろうか。
箒に乗って空を飛び、魔法を使っている?
まさか。
『だーれだ』
男(……あなたは誰なんですか?)

148 : ◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/29(土) 17:11:57.09 ID:DVa9p2REo
ふと気がつくと林檎酒は空になっていた。見ると、彼女のもだ。
男「何か飲みますか? 僕はそろそろコーヒーでも頼もうかなと思っていますが」
魔女「みるくここあは置いてあるだろうか」
男「聞いてきます。待ってて下さい」

149 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/10/29(土) 20:11:04.06 ID:841YFCB10
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