Part2
24 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/26(水) 23:04:10.39 ID:nHt9fow6o
魔女「しかし、キミは随分と変な格好をしているな。それが普通の格好なのか?」
男(何かおかしなところあったかな?)
自分の姿を振り返る。
ワイシャツにネクタイ。その上からコートを羽織っただけで、取り立てて変わったところはない。
男(そっか。この子の設定に従えば、これは変な格好に見えるんだろう)
男(こんなビジネススーツなんて存在しない世界だろうし、この格好は初めて見たってことになるのか)
などと考えていると。
魔女「……今のは失言であったな」
男「え?」
魔女「自分が知らぬからといって、キミの装いを変などと。気を悪くさせるつもりはなかった」シュン
僕の沈黙を悪くとったのか、彼女は申し訳なさそうに俯いた。
魔女「私は礼儀を知らなかったようだ。すまない」フカブカ
25 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/26(水) 23:05:15.54 ID:nHt9fow6o
男「い、いえ。違うんですよ。僕は自分の服装にあまり頓着がなくてですね。だらしないところがあったんじゃないかって不安になっただけでして」
男「それに、あなたにはこの格好が妙に見えるのも良く分かりますし」
魔女「そう、か?」
男「ええ。あなたの国にはこんなスーツやコートなんてないんですよね?」
魔女「すうつ……。ああ。私は初めて見た」
男「だと思いました。だったら変に見えますよ、仕方ないですって」
あまりにも済まなさそうな顔をしたので、むしろ悪い気がしてフォローした。
男「僕自身、自分のスーツ姿が変に見えることもありますし。あまり似合っていないと言うか」
男「あなたみたいな素敵なひとに向き合うと、自分が少し恥ずかしくなるくらいですよ」ハハハ
魔女「……」マジマジ
男「ははは……」
魔女「……キミは……」
男(……う。恥ずかしい。何をベラベラと喋っているんだ、僕は)
26 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/26(水) 23:05:48.77 ID:nHt9fow6o
魔女「……キミのことがききたい」
男「は、はい?」
唐突に尋ねられた。
魔女「その……キミはどういう人、なのかな?」
男「へ?」
男(どういう人?)
怪訝に思ったが、そう言えば魔女だという自己紹介は受けていた。
僕も自分のことを明らかにするのが礼儀だろうか。相手のそれが本当のことかどうかはまあ、さておき。
男「あー。自由業、ですかね?」
魔女「自由業?」
男「自営業って言ったほうがいいかな」
魔女「自営業?」
男(なんなんだ、この子は)
魔女「ふむ……よく分からんが、きっと立派なことなのだろう」
男(えらいざっくりとした評価だ)
27 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/26(水) 23:06:29.73 ID:nHt9fow6o
魔女「住居は近いのか?」
男「すぐそこに住んでいるものでして」
自分の家のアパートを指差す。
魔女「……大きいな」
男(そうかな?)
魔女「ときに、結婚はしているのか?」
男「はい?」
魔女「してるのか……」
男「いえ、独身ですけど」
魔女「……そうか。恋人は……いるのか?」
男(何だこれは)
なぜ今僕は、夜の町で、魔女の仮装をした少女に職務質問を受けているのか。
この現場を警察に見られれば、本物を受けることになりかねないが。
魔女「いるのか?」
男「い、いえ。残念ながら」
魔女「そうか。やはりな」
男(えぇ……やはりって)
地味に傷つく。
28 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/26(水) 23:07:26.10 ID:nHt9fow6o
魔女「ふむ。なるほどな。ならば……」
なにやら難しい顔をして考え込む。
男(こんな不思議な遭遇をするとは思わなかったな)
正直に言えば、彼女と話すのは楽しかった。
もちろんそれは魔女の格好や、その垣間見える『世界観』によるものも大きかったが、何よりころころ変わる彼女の表情が魅力的だった。
男(……それともこれも魔女のキャラクター設定なのかな)
ふと、思いがけず時間が経っていたことに気がつく。
男「あの。もうしばらくすると明けるとは思いますが」
魔女「む?」
男「まだ暗いですから。出歩くのも用心して下さいね」
魔女「そうか。心配してくれるか。その心、ありがたく思おう」
魔女「しかし無用だ。私にいたってはな。何せ、私はーー」
男「?」
魔女「偉大な魔女だからな!」フフン
男(……僕もそろそろ帰ろう)
29 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/26(水) 23:08:19.03 ID:nHt9fow6o
男「そうか、そうでしたね。それなら大丈夫だ」
魔女「ああ! たとえ魔物が襲い掛かってきても、私の魔法で瞬時に灰にしてみせよう」
男「それはすごい。……でも、身の安全だけは気をつけておいて下さいねホント。ここ治安は良いところですけど」
魔女「そのようだな。着いてすぐに辺りを空から一望してみたが、魔物のようなものは見受けられなかった」シュイン
魔女「良いところに住んでいるのだな」
男「住んでいる身としても、そう思いますね。……では、僕はそろそろ。あなたに会えて楽しかったですよ」
男(さて、と)
身を翻そうとしたときだった。
30 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/26(水) 23:09:04.30 ID:nHt9fow6o
ぐい。
コートを引っ張られた。
男「んがっ」
魔女「すまぬ」
男「えっと。まだ何か?」
魔女「その、何だ。もう少し話をしないか?」
男「はい? 話?」
男(どういうことだろう)
男「何か困った事情でもあるんですか?」
魔女「そういうわけではないのだ、が。キミともう少しだけ話がしたい……のだ」
男「話……ですか?」
魔女「う……うむ」
男(どして?)
31 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/26(水) 23:10:06.24 ID:nHt9fow6o
男(これが緊急な事態ではないとすれば)
男(考えられるのは……例えば)
男(魔女の『なりきり』の練習に付き合ってほしい、とかそういうことかな)
男(今日どこかであるハロウィンイベントで、これを披露するのかもしれない)
魔女「駄目か……?」
男「あ、いえ、その……」
男(より『魔女』になりきるために、練習がてら僕に話しかけたとか)
男(……わざわざ夜に一人出歩いてまですることとは思えないが)
32 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/26(水) 23:10:58.04 ID:nHt9fow6o
男「そう言われましても、こんな時間ですし」
魔女「……実は、これから、どうすればいいのか分からないのだ」
男「え」
男(僕に言われても、僕も分からないが)
男「この後、どなたかと会う予定なんてないんですか?」
魔女「初めての場所だ、知っている人などいない……」
マジか。
この子、誰かと示し合わせてこんな格好しているわけじゃないのか。
してはいけないとは言わないが、勇気があると言うかなんと言うか。
魔女「……」シュン
もしかして、そのような事情がある子なのかもしれない。
あまり友達がいない、というような。
33 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/26(水) 23:11:48.26 ID:nHt9fow6o
男(困った……どうするかな)
彼女は俯き、箒を持たないほうの手で、僕のコートをぎゅっと握っていた。
魔女「……」
魔女「だ、だから、その」
魔女「……頼みがある」
男「なんです?」
魔女の頬が少し赤い。
魔女「……その」
34 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/26(水) 23:12:35.53 ID:nHt9fow6o
魔女は魔法を使うという。
それは知っていた。
魔女「今日一日、私と一緒にいてくれないだろうか……?」
35 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/26(水) 23:13:40.92 ID:nHt9fow6o
男「え、……え!? 僕と!?」
魔女「……そうだ」コクリ
男「え、いや。どうして、また?」
魔女「え、ええっと。その……文化を調べると言っても。この国の情報は全く持ってなくてな」
魔女「誰かに、協力を仰ぎたいと思ったのだ」
魔女「ちょうどその、キミがいたから。その、今日一日、夜まで。お願いできないだろうか?」
男「しかも一日中ですか?」
魔女「この一日だけでいい。無理なお願いなのは、分かっている。だが、頼む……」ギュッ
男「……」
男(もしかして……)
男(今日のハロウィンに一緒にいるはずの相手、例えば友達とか家族とか、あるいは……)
男(そういった人が来れなくなったのかな……?)
男(このコスプレ、かなり気合入っているし)
男(がんばって来たことが、台無しになるのは残念だろうな)
雷が落ちてデータが飛ぶとか。
36 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/26(水) 23:14:50.78 ID:nHt9fow6o
見れば、コートをつかむ手は震えていた。
一瞬だけ、本当に。
彼女が異世界からやってきて、頼りもなく不安になっている魔女に見えた。
男(でもなあ……)
吹っ飛んだデータを思いやる。
実際のところ、それが切迫した仕事ではないことは知っていた。
気は進まないが、ひたすら低頭平身すれば作業の延長を許されるかもしれない。
男(……強烈な嫌味は覚悟しないといけないだろうが)
37 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/26(水) 23:16:19.47 ID:nHt9fow6o
魔女「駄目、だろうか」
男「正直面白そうなお話ですが、あまりにも急ですし。今日、僕もしなければいけないことがありますので」
魔女「そう、か」
男「……すいません」
魔女「いや、いいんだ。無理を言ってすまない。私はわがままだったな」シュン
魔女「みるくここあ、だったか。非常に美味だった。感謝する」
男「いえ……」
魔女「ここに来て、初めて会ったのがキミで良かった。キミのことは忘れないでおこう」
魔女「それではな」ニコ
彼女は寂しそうに微笑んだ。そのまま踵を返す。
男「……」
とぼとぼと向こう側へ歩いていく。
振り返ったと思うと、ぱたぱたと手を振り、頭を下げた。
男「……」
38 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/26(水) 23:17:53.76 ID:nHt9fow6o
いつもお世話になっております。
昨日、別の打ち合わせだったはずが、突然私に新しいお仕事をお寄越し下さり、感謝の念に堪えません。
日々日常的にたやすく行なわれているその恩義に報いるために、いつも以上に鋭意を込め、作業をしておりました。
しかしながら昨夜。近所に落雷があり、ほぼ完成していたと思われるデータが不幸にも丸々消失。
私の鋭意が余りにも鋭かったために、雷が落ちたのだと思われます。
添付しているのは、かろうじてバックアップしていたデータの一部です。
ご迷惑をかけて誠に申し訳ありません。
以上
追伸
今日はハロウィンなので、これから魔女と旅に出ます。探さないでください。
39 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/26(水) 23:18:48.83 ID:nHt9fow6o
男「送信っと……」
魔女「良いのか、本当に。良いのか?」
男(強引だった割りに随分うろたえてるな)
男「良いんですよ。どっちみち、もうメール送ってしまいましたし」
魔女「? めえる?」
男(ああ、そうか)
男「今日は一日中遊ぶってことを伝えたんです、……部下に」
男「この道具でそういったことが色々できるんですよ」
魔女「そのような小さな物で……興味深いな」
男「でしょう? とっても便利ですよ、これ」
男(なんとなく会話の仕方を掴めて来た気がする)
40 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/26(水) 23:19:54.66 ID:nHt9fow6o
魔女「その」
男「はい?」
魔女「心より、感謝する……。キミはやさしいな」ニコ
男「い、いえ。僕もそろそろ休み取りたいなって思っていましたし。振り返ると最近、働きづめでして」
男「だから、ちょうど良かったですよ。良い機会です」
魔女「そうか。私は運が良かったのだな」
男「そう、ですかね?」
魔女「ああ、そう思う。……、これから一日よろしく頼む」ペコリ
男「こちらこそ」
41 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/26(水) 23:21:46.11 ID:nHt9fow6o
うっすらと空は明るくなりつつあった。
しかしまだ外は肌寒く、空腹も感じてきたので、とりあえず近所の24時間営業のファミレスへ向かうことにした。
魔女「む……あれは何だ? 随分明るい」
男「え? ああ。あそこはコンビニです。さっきのミルクココアもここで買ったものですよ」
魔女「みるくここあを置いている場所か」
男(こっちの世界のこと何も知らないって設定だったな)
興味深そうにコンビニを眺めた。
42 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/26(水) 23:22:35.24 ID:nHt9fow6o
魔女「ここは何をする場所だろう? 対の犬の像がある」
魔女「これで飲み物を買えるのか? ……みるくここあはあるのか?」
魔女「猫は私の国にもいる。やはりにゃあと鳴く。そしておしゃべりだ」
魔女「な! み、見ろ。あれもキミたちの技術か!? 速い!」
魔女「凄い、凄いな。まったく、……凄いな!」
彼女の振る舞いは相当造りこまれており、辺りの物を目にする度に、目を輝かせ質問をしてくる。
おかげで到着するまで随分と時間がかかってしまった。
決して飽きるようなものではなかったが。
43 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/26(水) 23:26:53.65 ID:nHt9fow6o
今日は以上です。読んでいただきありがとうございます。
ハロウィンまでには終わる予定です(おそらく)。
44 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/10/26(水) 23:32:46.88 ID:SXLB6mcSO
おつ
45 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/10/27(木) 07:30:27.50 ID:Z2G2JFW60
期待
46 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/10/27(木) 08:31:12.51 ID:q6e3mSLA0
続けたまえ